大きく口を開けて、青年は眼前の揚げ物を齧る。モグモグと咀嚼する度、塩と油の質素な味が口内に広がっていく。
「なんかコロッケみたいですね」
年季の深さ超えて廃墟と形容できそうな部屋の中で青年――出久は率直な感想を零した。
「コロッケ?これはじゃが丸くんだよ?」
異世界の似た惣菜と喩える出久にじゃが丸くんを頬張りながら反応したのは幼い女神――ヘスティアだ。隣りにちょこんと座る彼女はその幼い見た目からまるで妹のよう。
それも育ち盛りの少年――ベルと大人な出久の間に挟まれてソファに座しているため、幼い印象に拍車を掛けている。
「いや〜、ごめんね二人とも、祝賀会の祝い物がじゃが丸くんたった三個だなんて」
表情は明るいが心無しかツインテールを萎ませるヘスティアに眷属二人は畏れ多いと云うように、いえいえと気を回した。
まず彼女に拾って貰ったという恩があるのが理由の一つ。もう一つはこの場所、拠点と称される此処がマトモな管理も行き届いていない廃教会だからである。
ここが、ボクたちの拠点だ、と最初に言われた時は流石の出久も面を食らい、以後ヘスティアの口からどれほどの困窮具合かを知らされてもこれ以上の衝撃は受けなかった。
じゃが丸くん三個もその一つであるが、兎に角現在ヘスティアファミリアは火の車であり、早急にお金を工面する必要があると、出久は回る頭を抱えて、不安を募らせていた。
然し、今は祝賀会。楽しい時間を過ごす場に野暮な考えは不要だと、出久はこの時だけは愁いを頭の隅へ追いやっていた。
「⋯⋯よし、じゃが丸くんで腹も満たせた事だし、じゃあそろそろ僕のヒーロースーツ姿を披露したいと思います!異論はありますか?」
盛り上げるのは柄じゃないと思いつつも、出久は張り切って場を仕切る。
「ないない!ないですよ!早く見せてください!」
「メインイベントの開催に異論なんてないさ!」
食事後の突拍子な宣言。場を取り持つという経験がないからか出久は事の運びに間がなく、傍から見れば少々雑だと突っ込まれていたであろう公言。
然し、少年と女神は歓喜とした表情で即刻と受け入れる。何せ、二人は彼のヒーロー姿にゾッコンなのだから。
「わかりました。それじゃあ、装着します」
壁に沿わせ掛けていたケースを出久は徐に持ち上げると、腕を上げ胸の前に突き出すように掲げる。遂に始まる切望
の光景にベルはまるで子供のように目を釘付けにさせ、ヘスティアは値踏みするかのように目を鋭くさせた。
夫々の熱意が渦巻く中、出久は『Ω』の起動装置を押すと口を開いた。
「コスチューム『Ω』トライオン!」
『了解ダ!』
出久の起動の言葉と謎の溌剌した男の声と同時に展開されていくケースの変化、それを目の当たりする二人は理解し難さ絶句した。珍奇な見た目とばかりに思っていたケースが
謎めいた光の粒子が出久の体を纏い、形を形成する。粒子は服にもなり、外套にもなり、果てには腕と手を覆う装甲に形を変え、全体像を作り出した。
深緑をベースにした生地の厚いスポーツウェアに、丈に沿わせた黄色のマント、そして腕には見た事も無い補強装置のようなものが取り付けられていた。
「か、カッコイイ⋯⋯!」
一目見た瞬間、ベルは誰よりも早く感嘆の言葉を零す。出久の歴然とした立ち姿、それはまるで英雄譚に出てくる英雄達の絵姿と酷似していた。
「よ、予想の遥か斜め上を行ったよ。そのケースからスーツを取り出すとばかり思っていたのに、まさかケースそのものがスーツだったとは⋯!意外過ぎる!」
只々見惚れるベルとは対照的にヘスティアはいい意味で予想を裏切られ、仕組みに驚愕する。既存の形をここまで変える技術は勿論のこと、その発想自体、専門外の神であるヘスティアすら感銘を受ける程であった。
「ハハッ、僕も貰った当初はすっごく驚いたんです。何せ新技術の塊でしたから」
「へー、新技術ねぇ。ん?イズク君のそのスーツって貰い物なんだ?」
「はい。クラスメイトの皆が僕の為に共同出資してくれて、作ってくれたんです。志村転狐との戦いで無個性になった僕に依然ヒーロー、デクとして在り続ける方法をみんなが模索してくれたんです」
「模索って⋯それはただのコスチュームじゃないのかい?」
怪訝な視線を向けながら、ヘスティアはスーツに指を指す。出久はその疑念に首を縦に振ると、
「これはOFAの歴代個性を再現した戦闘機動アーマーなんです。腕や足の打撃部位は勿論の事、ただの布地に見えるこの服も、マントも、実は全て金属で出来ていてスーツの機能を担っています」
「う、嘘だろ~~」
「え、えぇ!?
「そういうことになるね」
出久から肯定の言葉を聞きベルは頬を少し紅潮させると手を背中で組みながら、
「あ、あの、すごく勝手な頼みだと分かってはいるんですが、い、一回だけスーツを着させてもらう事ってできますか?」
「⋯⋯もう少し君が成長出来たら、だね」
「成長って、背丈のことですか?」
「どうかな?そこは自分で考えて行動してみてよ」
首を傾げるベルに出久は試すようにそう言い切った。ただ答えを教えるだけでは成長は促せない、考えることが重要だと出久は教鞭を執る中で信条を据えていた。
「⋯⋯わかりました。じゃあスーツ、少し触ってもいいですか?」
「うん、それなら全然いいよ」
当人の是認を聞きベルは軽くガッツポーズを取ると、恐る恐ると言った仕草で出久の隣りに立ち、手触りで質感を確かめ始める。
「――ッ!凄い、凄い!これ本当に鎧ですよ神様!胴の部分はカチカチだし、マントなんて軟性があるのに全く壊れる気配がしない!」
「ほ、本当かい?なら、僕も少し⋯⋯」
テテテと小さく歩を進めて傍観していたヘスティアも出久の正面に移動するとスーツに触れ始めた、すると、
『ナンダ君達ハ?ヴィランッテ訳デハ無サソウダガ』
「うわぁ?!イズクさん、神様!今何処からか声聞こえませんでした?」
「う、うん、聞こえたよベル君。まさか幻聴じゃあなかったなんて。でも、下界に幽霊なんて存在しない筈、一体何処から?!」
装着の際に耳にした声にベルとヘスティアはビクリと肩を上げる。拠点の荒廃して荒んだ不気味な雰囲気も相まって、恐怖心を擽られた二人は思わず出久の脚に抱き着き、辺りを警戒する。
「え、えっと⋯二人とも落ち着いてこれは――」
「落ち着いていられるか!ボクらの憩いの場に不審者がいるんだぞ。ハッ!ま、まさか、もうイズク君の素性がバレていて、拉致しに来たのか!?」
「イ、イズクさ〜ん!僕滅茶苦茶怖いです!!」
顔を蒼白に変えて大声で威嚇する女神に、甲斐性の欠片も無く全力で脚にしがみつく少年。突如としてパニックになった空間は最早収拾がつかない程加速していた。
そんな阿鼻叫喚な場に又もあの声が響く。
『HAHA!コノ子達底抜ケニ愉快ダナ緑谷少年!』
「笑い事じゃないですよ、オメガ。なんとか収拾付けてください」
眼下で戦慄する二人を見兼ねて出久はこうなった原因に吐息すると、元凶に尻拭いの指示をする。気落ちした声に元凶は『オーライ!』と返事をすると、
『ドウカ落チ着テクレ、少年少女。私ハココダ、決シテ手ハ出サナイヨ』
「どこだ!?出て来るんだ!」
「どこ?どこなんですか!?」
どこか人とは差異のある声に恐慌する二人。恐怖を煽られ更に強く脚を抱き締めるベルとヘスティアの肩にちょんちょんと上から手が添えられる。
正体不明の相手に圧倒されている二人はその手に縋り付くように視線を上へ、そして乞うように瞳を潤わせる。が、救いの手の指先はスーツの中央を指し示し、直後、
『ココダヨ、ココ!』
スーツに意識を向けた途端、声の正体がそれだと、直感が二人に走るが、脳はそれを否定する。常識が、自身の築いてきた世界が、壊れる音がする。
まだスーツの技術は理解の範疇にあった。だが、これは違う。鎧が喋る訳がないのだ。
『HELLO?ヘーイ』
「「わァ⋯⋯ァ⋯」」
「⋯⋯固まちゃった」
体を揺さぶろうと、肩を叩こうと無反応な二人を思い、出久は頭を冷やさせる為、休息を取る事にした。
▽
世界には『穴』があった。大陸の片隅にひっそりと口を開けていた大穴。
遥か昔、人類がその日で確認する以前から在り続けたその『穴』の起源は知るよしもない。『穴』は無限の怪物を産む、魔窟。
大穴より溢れ出る異類異形のモンスターは地上にのさばり、森を山を谷を海を空を、この世界のありとあらゆる領域を席巻した。
一時なす術なく蹂躙された人類は、地上の支配者であった尊厳を取り戻すため、同胞の復讐を遂げるため、種族の垣根を越えて協力し合い反撃に打って出る。
後世にて『英雄』と称えられる者達の活躍により、モンスターと一進一退の攻防を繰り広げた人類はやがてモンスターの根源である『穴』のもとへと到達する。
『穴』の奥には、地上とは異なる別世界があった。数多の階層に分かれる「地下迷宮』。
日の光がなくとも不可思議な光源に満たされ、目にしたことのない草花が隆盛し、ここでしか採取不可能な物が存在した。貴重な資源といい、『魔石』が生じるモンスターといい、この地下迷宮ーダンジョンには、確かな『未知』が横たわっていたのである。
そして、『穴』の上に『蓋』という名目で塔と要塞が築かれ始め、モンスターの地上進出を防ごうとする者達が有志を募るその一方で。
人類の中から、『穴』の向こう側の世界、地底に広がる未開の地を切り開かんとする酔狂な探索者達が現れるようになった。いつしか、『冒険者』という言葉は。その多くが、『未知』の誘惑に抗えなかった彼等を指すようになる。
――ヘスティアのご愛顧の本屋から借り出した、一冊の装丁の古い本。頭を抱える二人を横目に出久は本を手に取り、序章を読み進めていた。
異世界の成り立ちに出久は目を左右にさせてスラスラと読み進めていたが、ここに来て漸く自覚した疑問点があった。
「なんで僕、文字を読めるんだ?」
綴られている文字は英語でも、最も難しいと言われているアラビア語とも似ているが違う、まるで音符のような謎の文字――
然し、単語の意味そのものは分からないモノも多く度々出てくる用語等は解読は出来ていない。
知らない言語を話せ、読める。単純考えれば幸運な事だが、矢張り真理を追い求めたいというのが人間の性である。
神様に訊けば分かるかも、と出久はヘスティアを一瞥するが彼女は未だ顔色が優れておらず、一杯一杯の様だった。その様子に自身の良心がこれ以上神様を追い詰めるなと告げていた。
「⋯⋯ま、いっか。貰い物だと考えよう」
幾ら考えた所で無駄だと出久は軽く割り切ると、もう一度本を開き世界の情勢を読み解こうとページの端に指を掛けた。が、
「イ、イズク君。も、もう大丈夫さ、頭の整理ついたから」
「ぼ、僕もです」
意を決したような顔つきでベルとヘスティアが復帰を宣言した為、出久は読み進めたページの端を折るとパタリと本を閉じた。
「じゃあ彼を起こすよ。オメガ、応答を」
休息の合間で既に脱いでいたケース状となったスーツに出久は声を掛けると、起動音が鳴り始め、ハキハキとした特徴的な音声が流れ出る。
『ハーハッハッ!私ガ、普通ニスリープモードカラ起キタ!』
「――ッ!や、やっぱり喋った!!」
「は、早く説明して欲しいイズク君。ボ、ボクは今すごく嫌な想像をしてしまっているから、早く弁明して欲しいんだ!」
「わ、わかりました」
酷く動揺する二人――特にヘスティア――を不憫に感じ出久はそそくさと口を開く。
「えと、それじゃあオメガ、貴方は自身の紹介を。僕が補足にまわるので」
『ウン、分カッタ、ソレデ行コウ。タダ、ソノ前ニ、少女、君ニ聞イテオキタインダガ、私ニ嫌ナ想像トハ一体何カナ?』
爛漫とした男の言葉の度にケースに描かれた十八という数字が光る。余談だが、この数字は過去緑谷出久が在籍していた学校の出席番号である。
機械男の問に対し、ヘスティアは癪に触れたのかぷくりと頬を膨らませると、
「ボクは少女じゃなくて神様だい。君に嫌な想像というのは、君の意識がそのスーツに閉じ込められているんじゃないかって思ったんだ。けど、イズク君がそんな事する訳ないし、一体なんなんだい君は?」
『意識、フム⋯中々イイ線ヲ行クジャナイカ、流石ハ神様ダネ』
「――っていい線行ってるのかい!?」
驚きのあまりヘスティアはバンッと机を両掌で叩いてしまう。半端な返事にヘスティアの胸中が乱される中、オメガは「ゴホン」と咳払いをすると、その正体を明かす。
『私ハコノスーツ専用ニ創ラレタ、サポートAI、オメガ。人格思考モデルハ、ナチュラルボーンヒーロー、オールマイトサ!』
「人格思考もでる?えいあい?な、なにが何だか全く分からないんですが⋯⋯」
「人格、思考、モデルは型とか手本とかを意味する単語だ。そして後続のオールマイトの名。――ッ!ま、まさか!!?スーツの君は!!もしかして!!」
『補足ナシニ、辿リツイタヨウダネ』
「オメガさんの正体、分かったんですか神様?」
真相に辿り着いたヘスティアは机に身を乗り出しこれまでにない程の形相でその存在に驚嘆した。置いてけぼりのベルを彼女は興奮の眼で射竦める。
「君がイズク君の話を聞いた時から目を輝かせていた存在に最も近い人がそこに居るんだよ!」
「えっ、え?それってどういう――」
記憶の中で見た、圧倒的な力。平和の象徴と謳われた最強の英雄、そんな人物の意志に限りなく近い存在。
「彼は、オメガは生き写しなんだ!ボクも言っていて信じられないけど、オメガはあの英雄の、オールマイトの意識を模倣した存在って事なんだよ!!」
「え⋯⋯⋯そ、、そんな、事って⋯⋯」
生き写し、その言葉の意味をゆっくりと咀嚼し、ベルは理解した。分かってしまったからこそ、英雄に憧れる少年は愕然としたまま動けない。
感情を置いてけぼりにする漠然とした雰囲気の中、ケースの十八の番号から光る何かが投影される。筋骨隆々の体を覆うように見合う赤と青を基調としたコスチュームに身を包み、前頭部に金髪の触覚を生やした人物。
大きさは投影の問題からか幼い女神より少し小さいが、その存在感は圧倒的だった。
『ハーハッハッー。マァ、完全ニ本人ッテ訳ジャアナインダガ、代ワリニ言ワセテ貰オウ。異世界ニ私ガー、来タ!!』