Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Ark on the sea

 少し気まずくなるようなゴタゴタがありつつも、概ね無事に終わったと言えるここ数日は、僕にとってまさしく怒涛といって良い日々だった。

 心配しているであろう両親に連絡を取り、他の面々にも会って行けばと袖を引く蓮に謝りながら武見先生のクリニックを後にした僕。もちろん皆とも話をしたかったのだけれど、そうも言っていられない事情もあった。

 僕はまだ明智君の手によってどうにか姿を晦ませただけに過ぎず、そんな僕があんまり大っぴらに出歩いていては彼の協力を無に帰してしまうことになる。そのことは僕のスマホにも彼のメッセージが入っていて言及されていた。出来ればしばらくは身を隠すようにと。

 なので怪盗団のことは冴さんに少し任せることにして、僕は家に帰るのも諦めてまた一人、頼りになる大人の下を訪れていた。

 

「だからってウチに来る? ……アンタって男はホント」

 

 こっそりと訪れた僕をカウンターの奥から胡乱な目で睨みつけてくるのは紫髪の強烈な個性を放つバーにゅぅカマーのマスター、ララさん。

 

「本当にすみません。ですが頼れるアテもあんまり無くて」

 

「そうなる前に手を引けって言ったのにもう……」

 

 押しかけておいて勝手な言い分を並べる僕を、ララさんはちょいちょいと手招きしてカウンターに座らせる。

 

「痛っ!?」

 

 ララさんの厚意に甘えて席についた途端、僕の脳天に結構な衝撃が襲い掛かる。視線を上げれば、腕まくりをしたララさんがこちらを見下ろしている。心なしか拳から煙が立っているような気がしないでもない。

 

「ご迷惑をお掛けして申し訳ないと思います」

 

「そういうコトじゃないわよ。無駄に大人ぶって心配かけんのもいい加減にしなさいって言ってんの。そういうのはね、自分でケツ拭ける大人になってからやるもんよ」

 

「……本当に仰る通りです」

 

 あまりにも耳に痛い言葉に苦笑いすることしか出来ない。思えば、本気で叱られた記憶は今の生を享けてから数えるほどしかない。大人の言うことをよく聞く手間の掛からない子だったと我ながら思う。

 

「子どもが無理に背伸びしても良いことなんか一つも無いの。アンタも頭良いんだから分かってんでしょ」

 

「そうですね。特に最近はそう思うことばかりです」

 

 ウーロン茶の入ったグラスを差し出しながら、ララさんは鋭い目で僕を睨み続ける。ただ、彼女の視線にあるのは僕への悪意などではなく、むしろ底抜けの善意。だからこそ余計に居心地が悪くなってしまう。

 

「ご両親にはちゃんと顔出したんでしょうね」

 

「電話しただけ、ですね。落ち着いたら土下座しようと思います」

 

「ん、そうしときなさい」

 

 僕の言葉を聞いたララさんはそう言うと僕の頭に手を置いて優しく撫でる。なんだか最近、よく頭を撫でられる気がする。幼い頃に戻ったようで少し気恥ずかしかったが、僕はしばらくされるがままになっていた。

 

「殴って悪かったわね」

 

「むしろボコボコにされてもおかしくないと思っていました」

 

「……こんな変わった店やってるとね、色んな人間を見るのよ。アンタみたいなのは誰かがちゃんと繫ぎ止めてやんなきゃ勝手に突っ走って勝手に自己解決すんのよ」

 

 だから高校生の子どもらしく彼女でも作んなさい、なんて言うララさんの言葉に僕は曖昧に笑って返すことしか出来なかった。本当に、ララさんには敵わないかもしれない。もはや掠れた映画のフィルムのようになった前世の記憶を思い返してみても、ララさんのような人物と会ったことは終ぞ無かった。世界は僕の知らないことばかりだと思わせられてしまう。

 

「それで、いつまで匿えば良いのよ」

 

「良いんですか?」

 

「アンタと一子が危ないことやってんのは分かってんの。だからこうやって片方だけでも目の届くところにいた方がまだマシよ。と言っても夜にはお客も来るから……」

 

「お手伝いさせて頂けるなら頑張ります」

 

「バーで高校生働かせるなんてさせられるワケないでしょ!」

 

 僕の申し出は、そう言って僕の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと掻き混ぜるララさんによって中断される。それと同時に扉のベルが鳴る軽快な音。

 

「ララちゃんが若い燕に手を出してる!?」

 

「何人聞き悪いこと言ってくれてんのよ!」

 

 まだ開店時間になっていないこの店にここまで無遠慮に入ってくる人間と言えばまあこの人しかいない。目を丸くしてこっちを見ている大宅さんに向かって、ララさんが野太い声で言い返していた。

 

「……なるほどね。私の調べた通りだったって訳ね」

 

 僕の隣に座り、珍しくノンアルコールを注文した大宅さんは真剣な顔で手元のメモ帳に目を落としていた。

 

「あたしの方で社会部にタレこんであげようか?」

 

「得策じゃないです。揉み消されるどころか、大宅さんに危険が及びかねない」

 

「でも、キミも酷い目に遭ったんでしょ」

 

 やり返したいと思わない? そう目で問われたけれど、それに首を横に振って答える。僕だけならまだしも、大宅さんまで大きな危険に曝される。つい最近、僕は自分の力の無さを痛感したばかりだ。

 

「それに、このネタが大きな力を持つタイミングが来ます」

 

「怪盗団のこと? 相手は政界の怪物、獅童正義だよ?」

 

「だから僕達の出来ることは、その力を出来るだけ削ぐことです」

 

 その時、ポケットの中でスマホが震える感触。取り出して画面を見れば、メッセージの着信を知らせる通知だった。

 

 


 

 

『怪盗団を名乗る悪党は滅びました。しかし、国民の皆様はまだ不安な日々をお送りでしょう。不祥事の連続で、政治不信は増すばかり。私は国民のひとりとして、怒っております!』

 

 テレビから聞こえるその声は、どこまでも国民に寄り添った一人の政治家として視聴者に深く印象付ける。

 

『真に責任のある政治家とは何か? 国のことを考えず、私益で動くなどもってのほかなのです!』

 

 薄く色の付いた眼鏡の奥から覗く目が、強くカメラの向こうにいる視聴者を捉える。自分がどう映るか、自分をどう映すかを計算し尽くしたような振る舞いはしかし、何も知らなければ理想的な指導者に映るだろう。

 

「こんなこと言ってる人間がその実、裏では殺しも何でもありな私益塗れだってのはフィクションのお約束だけど。まさかこれが現実とはね」

 

 テレビを眺めながら、ララさんがそう言ってため息を吐く。

 

 新進気鋭の政治家。

 

 次期首相確定。

 

 腐った与党を離れ、時代を切り拓く麒麟児。獅童正義(しどうまさよし)

 

 今テレビに映る人物を褒めそやす言葉は日夜そこかしこで聞かれる。

 

「ま、事実は小説より奇なりってね」

 

 隣に座る大宅さんも軽い口調ながら表情は真剣だ。精神暴走事件を引き起こし、それによって多くの人間を踏み躙った人間。それが政界の大物となれば、なるほど校長先生があそこまで怯えていたのも頷ける。そして司法にまでその権力の手を伸ばしていたことにも。

 

「どこも獅童が当確、次期首相だって論調ね」

 

「異論は出ないでしょう。実際、今の政治家で彼以上に目立っている人間はいませんよ」

 

「一体いつから演技が達者な役者を選ぶのが選挙になったのかしらね」

 

 僕の言葉にカウンターの奥でララさんが頭が痛いとばかりに額を手で押さえた。

 

『今、この国は確かに沈んでいます。ですが、だからこそ私は立ち上がらねばならないと思ったのです。誰かが行き先を決めねばならない。舵を取らねばならないと』

 

「沈んでいる、ね……。まるで自分が舵を取ればそうならないとでも言いたげ」

 

 テレビの向こう側で熱弁を振るう獅童議員を射抜くような目で睨みつけていた大宅さんが吐き捨てるように呟いた。彼女も、大物政治家の不祥事を追っていた同僚がある日突然帰らぬ人となった経験を持つ。僕の依頼もあって調査を進める中で過去の事件の背後に獅童正義の名が浮かび上がってきたのだ。それ故に彼女が獅童議員に持つ恨みもまた深い。

 

「怪盗団は本当にあの怪物を改心させられると思う?」

 

「僕は友達を信じていますよ」

 

 大宅さんの不安そうな言葉にそれだけ返す。任せるしかない歯痒さも、この方法しか採れなかった自分の力不足を嘆くことも今すべきことじゃない。今は彼女らを信じることしか出来ないんだから。

 

「……そう、そうだよね。あの子なら大丈夫だよね。ああもう! ララちゃん、ビールちょうだい! シラフだとネガティブなことばっかり考えちゃう!」

 

「昼間っから酒飲ませるわけないでしょうが!」

 

 大宅さんの手をパシっと弾いたララさんが至極尤もなことを言うけれど、大宅さんはめげずにララさんに絡みつこうとする。それを微笑ましく眺めていると、スマホに着信。誰だろうと画面を見れば、そこには今まさに僕達が噂していた人物の名前だ。

 ララさんと大宅さんに断って席を立つと、僕は奥まで歩いて行ってから電話を取る。

 

「いきなり電話してごめんなさい。大丈夫だった?」

 

「大丈夫だよ、何かあったのかい? 蓮」

 

 電話口の蓮は、少し疲れたような声で話してくれた。なんでも、獅童議員を改心させようと動いているのは良いものの、その最初の一歩で足踏みをしている状態だと言う。

 

「徹から何かヒントを貰えたらと思って」

 

「大したことは出来ないと思うけど」

 

「良い。今から私の言う質問に答えてくれたら」

 

 獅童は、国会議事堂を何だと思っていると思う? 

 

 蓮から出された問題は、すぐには答えが浮かばない、というよりも質問の意図すらも掴みかねるものだった。国会は国会だ、と口にしようとして考える。そんな単純な問題じゃない。改心に関わるものだとすれば、つまりこれは認知世界に関する質問だ。

 

「獅童正義の認知世界は国会議事堂が中心になっている?」

 

「……そう。そこに入るためのキーワードが分からない。対象が、それを何だと思い込んでいるのか」

 

 僕の言葉に電話口の向こうからざわついた声が返って来たあたり、怪盗団の他のメンバーもこの通話を聞いているのだろうか。

 まあそれはどうでも良いかと僕は考え込む。獅童議員が国会議事堂を何だと思っているか。国会議事堂が獅童議員の認知の中心であるとするなら、そこはおおよそ国会議事堂の文字通り認識されているわけではないだろう。

 大宅さんの調査資料、何より僕が電話越しに直接話した時に彼から感じたものは何だっただろう。

 

 敵に容赦しない苛烈さ。

 

 絶対的な自信。

 

 自身を上位者であると信じて疑わない。

 

『この国は沈んでいる』

 

「……獅童議員は、自分が上に立って当然だと思ってる。そしてこの国は沈んでいるとも言っている」

 

 この沈んでいく国で、自分こそが上に立って率いると言い切る人間が国会議事堂をどう見ている? テレビで聞いた獅童議員のインタビューが頭を過る。

 

「……舵取り」

 

「え?」

 

 その時、電話口からポツリと聞こえた蓮の声に何かが繋がったような気がした。そのまま僕は頭の中に思い浮かんだままに言葉を呟く。

 

「沈む、舵取り、リーダー……船長? じゃあ国会議事堂は……」

 

「「船」」

 

 最後の単語で僕と蓮の言葉が重なった。それから少し間を置いて、電話口から聞こえてきた『候補が見つかりました』という機械音声と周囲のざわめき。

 

「少しは助けになれたかな?」

 

「最高の助け舟だった」

 

 僕が問えば、電話越しでもあの不敵な笑みを浮かべていると分かるような声で蓮が言った。

 

「おーい、海藤君いつまで電話してるんだーい!」

 

 と、僕の背後から恐らくお酒が入ってしまっただろう大宅さんの陽気な声が聞こえてきた。結局ララさんも押し切られてビール出しちゃったんだろうな。

 

「……副会長、今誰と一緒にいる?」

 

 先ほどまでとは打って変わって底冷えするような調子になった蓮の声が電話口から聞こえた。

 

「ちょっと頼りになる大人に頼らせてもらってるところ、かな」

 

「…………真への言い訳は直接するべき」

 

 そんな背筋に冷や汗が溢れるような言葉と共に電話が切られてしまった。直後、僕の背中にドシっと圧し掛かる何かと酒臭い息。頼りにさせてもらっている手前何も言えないけれど、少しはお酒を控えるように言っても罰は当たらないんじゃないだろうか。

 

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