「最近あんまり夜眠れなくて……。警察の人に取り調べされてから……」
「校長先生が怪盗団に殺されたって……」
「俺の周りに殺人犯がいると思うと……」
校長の死により、日程が急遽変更された学園祭はあいにくの平日開催になった。にもかかわらず学園内外の人間で賑わっているのは怪盗団が良くも悪くも目立ちすぎたからだろう。
そんな中、僕のクラスの出し物である占いの館はというと、何故か僕は占いというには少し毛色の違うお客さんばかりを相手にすることになっていた。どちらかと言うとカウンセリングじゃないだろうか、これ。しかも朝から時間を経るにつれて並んでいる人間が増えてきた気もする。何なら学生だけじゃなくてチラホラと大人の姿も見える。
クラスメイトには口コミで思った以上の集客があるからと僕だけ休憩無しで働くようにお願いされてしまった。どうして高校生なのに人権を無視された働き方をする羽目になってるんだろう。
僕がやっていることと言えば、話を聞いて適当に相槌を打って思ったことを口にしているだけなのだけ。話の最後に申し訳程度の占い要素として雑貨店で購入したタロットカードを引いてもらい、それっぽいことを言うくらい。話す内容が外に漏れないようにボードで区画分けし、雰囲気を出す為に暗幕で囲ったりしているから悩みなんかを離しやすいのかもしれない。あるいは話を聞いてもらいたい人が意外に多いということなんだろうか。
「副会長さん、こんにちは」
そして何人か数えるのも億劫な人数を見送った後、次に入って来たのはトレードマークの赤いリボンを身に付けた芳澤さん。常の溌溂とした雰囲気を身に纏い、興味津々な様子でブースの中を覗き込んでいる。
「ようこそ、占いの館へ」
入店の挨拶として設定された台詞を口にして目の前の椅子を手で示す。制服の上から羽織っただけのローブでどこまで雰囲気が出ているかは分からないけれど、クラスメイトからちゃんと役になりきるようにと言われてしまっているので仕方ない。
芳澤さんはおっかなびっくりと言った様子で椅子に腰かける。椅子は普段から使っているものだけど、机は暗幕に覆われてその上に並べられたタロットカードが少しは雰囲気を出してくれていると思いたい。
「ええっと、意外に本格的、ですね?」
「適当に準備して楽しもう、ってコンセプトのはずが皆の興が乗ったみたいでね」
「そのローブもお似合いですよ」
「ありがとう。選んでくれた鈴井さんのお陰かな」
さて、と僕は姿勢を正す。こうして雑談をするのも楽しいけれど、あいにくと時間は限られているのだ。もし彼女が相談したいことがあるというのなら、きちんと話を聞く時間を作らないといけない。
空気が変わったのを察したのか、芳澤さんも表情を引き締めて背筋を伸ばした。
「話を聞くぐらいしか出来ないけど、それで良ければ僕とお話ししてくれるかな?」
「はい、えっと、その……」
僕の言葉に芳澤さんがおずおずと切り出した内容は、やはりと言うべきか怪盗団に絡むものだった。事実、これまで相談に来た人も口にすることが多かった話だ。もっとも、その多くは自分の周りに殺人犯がいるかもしれないということに対する不安を吐露するものだったけれど。
「怪盗団が校長先生を殺したという話、本当だと思いますか?」
しかし、芳澤さんが話そうとしていることはそれとは少しだけ毛色の違うものらしい。
「副会長さんも一緒に見てたあの会見。皆があれは怪盗団の仕業だって言いますけど」
あの日、動画配信サイトで流れた奥村社長の謝罪配信はその後すぐに動画が削除されたものの、録画されたものが次から次へと動画サイトにアップされ、およそ知らない人はいない程に有名になってしまった。
「その、私はそうじゃないと思ってるんです」
芳澤さんは僕を真っ直ぐと見つめて、確信しているようにそう告げた。
「怪盗団は誰かを殺めてしまうような人たちじゃない。私が知るあの人達は、そんなことをする人じゃないって思うんです」
「……怪盗団が誰だか知っているみたいな言い方だね?」
「副会長さんなら、大丈夫だって思いましたから」
いつの間にかすごく信頼されていたみたいだ。実際、ここでの話を外に漏らすつもりは無いのだけれど、一体どうして僕は芳澤さんからそこまで信用されるようになったんだろうか。
「芳澤さんは何かそう確信できるようなことを知っているのかな?」
「……それについては言えないです」
知らない、ではなく言えないとするあたり、彼女も素直な人間だと思う。僕が怪盗団を追い掛けている側の人間だったとしたら、今の一言だけでも致命的じゃないだろうか。少なくともあの高校生探偵の目からは逃れられないだろうなと思わされる。
芳澤さんは机上に並べられたタロットカードの上に視線をさ迷わせながら、申し訳なさそうに呟いた。
「副会長さんは、怪盗団を信じてますか?」
そう言いながら彼女は視線を上げ、僕と目を合わせた。彼女は僕が怪盗団をどう思っているのか不安なのかもしれない。だけど、それに対する僕の答えはずっと変わっていない。
「もちろん」
その一言だけで、芳澤さんはホッとしたように息を吐いた。その後、ペコリと頭を下げる。
「ありがとうございます。おかげで私の中のもやもやも晴れた気がします」
「そう。本当に話したいことじゃないのかもしれないけれど、少しでも力になれたなら良かったよ」
僕がそう言えば、芳澤さんはハッとしたような表情に変わる。
「一体どうして……」
「何となく、かな。以前、丸喜先生と僕と芳澤さんで話をしたときからずっと気に掛かってた」
芳澤かすみじゃないといけない。
そう叫んだ彼女は、一体何を抱えているんだろう。あの日以来、芳澤さんと顔を合わせる度にあの言葉が脳裏を過る。
「私は、芳澤
「芳澤さん……」
拳をぎゅっと握り固め、俯いて小さく呟く芳澤さん。やっぱりその言い方は、僕というよりも彼女自身に言い聞かせているようだった。
「……副会長さん、以前聞きましたよね。明るい私と暗い私、どっちが私らしいかって」
「そうだね」
「暗い私の方が、私にはお似合いですか……?」
赤いリボンでまとめられた彼女の後ろ髪が、彼女の心情を表すかのようにしょんぼりと項垂れていた。
その問いかけに、丸喜先生がかつて言っていたことを思い出す。
自身が芳澤かすみだと思い込んでいないと、芳澤すみれの精神は耐えられなかった。僕の言葉は彼女の心を傷つけることになる。だとしても、僕は言ってしまうんだろう。
「僕が暗い君の方が君らしいと言えば、芳澤さんはそう変われるかい?」
「そ、それは……」
「芳澤さんしか決められないんだ。自分らしさなんてそれぞれだよ。家と学校ですら、全く同じように振る舞うなんて出来ないんだから」
彼女が芳澤かすみとして生きるのか、あるいは自身の奥に秘めた芳澤すみれに戻ろうとするのかは分からない。
それを決めるのは僕じゃない。僕が出来ることは言葉にして伝えることだけだ。
「だけどいつか直面するときは来る。選ばなくちゃいけないときが」
芳澤さんが帰って行った後、しばらくはまた何人ものお客さんを相手にしたけれど、クラスメイトにお願いして列を切ってもらうようにした。
時間は昼過ぎ、もう少ししたら予約のお客さんが来る時間だからだ。
客足もまばらになり、他のクラスメイト達も各々に休憩を取りに行ったようで、シンとした静けさの中で僕はブース内に座って待っていた。
「今、大丈夫かしら?」
ブースの入り口から声が掛かる。そちらの方を見れば、僕を見て可笑しそうに口元を緩めている彼女。
「ようこそ、占いの館へ。お待ちしてましたよ、お客様」
「ふふ、何それ」
真はそう笑いながら、僕の前の席に座った。
「人気みたいね、あなたの占い」
「占い、というよりもお悩み相談室だけどね」
「タロットカードも用意したのに?」
「一夜漬けで大アルカナの意味を覚えたくらいだよ。本職の人に申し訳ないくらい」
僕と真しかいないブースの中、久しぶりと言って良いくらいに和やかな空気の中で僕らは雑談を楽しんでいた。
今は教室にいるのは僕と真だけだし、ここでの会話が外に漏れることはまず無い。
「時間は大丈夫なの?」
「気にしなくても良いよ、特別対応」
「あら、良いのかしら?」
「もちろん。真の為だからね」
僕がそう言えば、真は少し照れたように顔を赤くした。こういう場ではロールプレイを恥ずかしがった方の負けだと思っているので、そういう意味では僕の勝ちかもしれない。一体何の勝負をしていたというわけでも無いけれど。
「相変わらず口が上手くていっそ腹立たしいわ。いっつも私ばっかり気を揉んでるみたい」
「そんなことは無いと思うけどね。僕だって真のことをずっと心配してるよ?」
そういう意味じゃないと真は口を尖らせて目を逸らした。いつもよりも幼く見えるような振る舞いも、僕達二人だけだからと思うと微笑ましい。
「……心配かけてごめんなさい」
少しの沈黙の後、彼女が口にした謝罪には色々な意味が籠められているのだろう。今の彼女たちの状況に対するもの、そしてそれを話せないこと。
「気にしてないってことは無いけど、理解はしてるつもりだから。お互いに秘密ばっかりだね」
真は怪盗団のことを、そして僕は明智君や冴さんのことを。お互い半ば公然の秘密として互いにテーブルの下で握っていながら、僕達はお互いに素知らぬふりをしている。まるで子供のごっこ遊びみたいだ。そう思うと笑えてくる。僕なんて探偵ごっこに興じているのだから。
「そういえば、蓮達は来たのかしら?」
「いいや、生憎と見てないよ。忙しいのかもしれないね」
「そ……、私に気を遣ってくれたのかしら」
「僕じゃなくて真に?」
「こっちの話。私が勝ったから今日は私なの」
真と蓮で何かを賭けて勝負をした、ということなんだろうか。何の話かと聞いても真は話どころか目も逸らして教えてくれなかった。
「そ・れ・よ・り・も! お姉ちゃんと徹がどういう関係なのか、この機会に聞かせてもらうわよ?」
少し強引にも思える勢いで、真は机越しに僕に詰め寄る。何故か占いのブースが取調室に変わったような錯覚を覚えた。
どういう関係と言われても、僕は冴さんの仕事を少し手伝ったことがあるくらいだとしか言いようがないと告解するのだけど、真は納得いっていない表情だ。
「それにしては、家であなたのことを話すお姉ちゃんが楽しそうなのよ」
「それを僕に言われましても……」
冴さんは冴さんで僕のことを上手く利用して仕事を進められているから、ということもあるだろう。色々と協力関係にあるお陰か、冴さんに気に入られているんだろうとも感じているけれど。
「……そういう関係では無いと?」
「真が邪推するような関係じゃないよ」
否定したのに何故か真の目がスッと細められ、より疑わしいものを見るようなものに変わる。それから諦めたように真はため息を吐いた。
「あなたがそう思っていても相手はどうか分からないわよ」
「それこそまさかでは?」
僕は高校生で冴さんは社会人なのだけども。僕が冴さんに惹かれるならともかく、逆は考えられないだろう。とはいえ、同年代をそういう目で見られるかと言われると口ごもってしまうのも確か。僕の頼りにならない前世っぽい記憶というのはかくも面倒な精神を僕に植え付けてくれたものだ。
「……今のところは信じてあげる」
ようやく真の疑いが和らいだのか、真の表情から険が取れる。彼女はチラリと腕に付けた時計に目をやる。時間を気にせず話していたけれど、そろそろ彼女も後の予定がある頃だろう。
「そろそろお開きかな?」
「そうね、残念ながら。……最後に占いをお願いしても良い?」
「もちろん」
僕はそう言うと机に並べられたタロットを集めると、手早くシャッフルして裏向きに広げる。
「好きなカードを」
そう促せば、真は顎に手を当てて少し逡巡した後、一枚のカードを手に取った。そこに描かれていたのは法典を抱えた女性の姿。何となくだけど、真にぴったりのカードを引いたものだと思った。
「女教皇のカードだね。それも正位置」
「どういう意味があるの?」
「そうだね、悩んでいることがあったら、真の心の赴くままに行動してみても良いんじゃないかな。きっと悪いことにはならないよ」
深い見識、精神的な強さを表す女教皇のカード。それは自分の芯を持ち、着実に歩を進める真を表すものだと言っても良いかもしれない。なるほど、占いっていうのも案外馬鹿に出来ないものなんだな。
「私の心の赴くまま……」
真は僕の言葉を反芻しながらカードと僕の顔を交互に見ていた。それから、何かを決めたように目を閉じて頷くと、カードをテーブルに置いて僕に右手を差し出した。
「徹、今日はありがとう。あなたの占いが人気になったのも分かるわ」
「ほとんど雑談しかしてなかったけどね」
差し出された真の右手を、僕の右手が握り返す。緊張しているのか、少しだけ僕より高い体温が触れたところから伝わった。
「それが良いのよ。あなたと話していると不思議と心が落ち着くんだもの。あなたのそういうところ、私は好きよ」
そう言うと、真は手を離してブースから出て行ってしまった。後に残された僕は、しばらくの間右手を差し出した状態で固まることになる。
休憩が終わったのか、少しずつ教室に人の気配が増えてきたのを感じながら、僕は右手を握ったり開いたりしてさっきの真の言葉を思い出していた。
「…………今のは不意打ちだなぁ」
もうしばらくはお客さんを入れてもらわないようにお願いしないといけないかもしれない。