「説明、してくれるのよね?」
「えぇっと、取り敢えず落ち着こう? 目が怖いよ、真……」
どうしてこうなったかと言えばもちろん僕に責任があるのだけど、明くる日の放課後、僕は生徒会室に連行されて真から先日のことを問い詰められていた。
「後で、なんて言っておいてあれからずっと用事だなんだってのらりくらりと逃げてるじゃない」
据わった目の真に対して僕は確かにとここ数日を思い返す。冴さんと奥村氏のところに乗り込んだり、個人的な調べ物をしたりとどうしても放課後になるとすぐに学校を出ることが多くなり、それだけじゃなく生徒会でも仕事が多くなってきたことで真とまともに会話したのはいつぶりだろうかというレベルだ。
「春の男っていうあの言葉、どういう意味かしら?」
真が気になっているのは当然、僕が奥村さんを庇って誤解された日のことだ。あの婚約者という男とも結局誤解を解けていないままだったっけ。
「あれは僕があの人と奥村さんが揉めているところに割って入ったから誤解されただけだよ」
「……本当に?」
あの日起きたことをそのまま伝えたというのに、真からは疑り深い視線が返って来た。うん、まあ自分で言っておいて白々しく聞こえるんだけども、本当のことなんだから仕方ない。
「本当だよ。奥村さんにも確認してみると良い」
「春には確認したわ。誤解だって」
「既に裏取りはしてたのね……、それじゃそこまで疑わなくても良かったんじゃない?」
「……一応本人から聞かないと不安だったのよ」
真はそう言うとちょこんと椅子に座り直した。先ほどまでの威圧感は消え失せており、僕が奥村さんの言っていることと矛盾したことを言わないかを気にしていただけらしい。取り調べでもされているのだろうか、僕は。
「不安は解消出来たかな?」
「……少し」
僕が聞けば、真はそう言って気まずそうに目を逸らす。冷静になってしまったようで、先ほどまでの勢いは消え失せていた。
「それなら良かった」
「なんだかいつも私ばっかり気を揉んでるように思えるわ……」
席を立ち、二人分のインスタントコーヒーを用意する僕の背中に、真がぼやく声が届く。そう言われれば、真にはいつも心配をかけてしまっている。なんだかんだと気心の知れた友人だと、言葉を交わさずとも分かってくれると甘えていたところがあるのだと、自分でも思う。
「真なら分かってくれると甘えてるのかもね」
そう言いながらカップを真に手渡せば、彼女は両手でそれを受け取ってジト目で僕を睨みつける。
「その言い方、女たらしみたいよ」
「人聞き悪くない?」
「蓮や杏だってそう言うと思うわ」
どうやら僕は友人達の間で恐ろしい誤解を受けているらしい。この話題をこれ以上続けても僕にとって良いことがあまり無さそうなので話題を切り替えることにする。幸い、ここ最近は話題には事欠かない。今月はビッグイベントが控えているのだから。
「そういえば、そろそろ文化祭だね」
「そうね、徹のクラスは何をやるか決まったの?」
「占いの館をやることになったよ。受験も控えてるし、あんまり準備に手間が掛かるのもどうかってことで」
文化祭。秀尽学園では毎年秋に行われる学生達による一大イベントだ。主体となって動くのは二年生であり、三年生はそのフォローがメインになる。クラスで出し物をするにしても、模擬店のような事前準備に時間が掛かり、当日も忙しいようなものは一、二年生が担当し、三年生は本格化してきた受験勉強と並行出来るよう、あまり手の掛からないものを担当する、というのが建前だ。本音のところは、高校最後の文化祭は見て回る側であまり責任も無く楽しみたいという三年生の思いもあったりする。
そうして僕のクラスで出た案は占いの館。当日は教室を暗幕で囲って暗くし、水晶玉やタロットカードで雰囲気を出す。後は占い好きで齧っている子が占い師を持ち回りでして相性占いなんかをやれば文化祭としては上等な出し物になる。ただ、唯一の誤算と言えば。
「何故か僕も占い師として当日は担当することになったけどね」
「徹も占いが出来るの?」
「まさか。だけどとりあえず座ってくる人の悩み相談でもしておけば良いって言われてね」
クラスメイトからの謎の圧力に屈して引き受けたものの、それって占いじゃなくてお悩み相談室でしか無いんじゃないだろうか。
僕がそう言って肩を竦めれば、真は小さく笑った。
「でも、人気出ると思う」
「占い目当てで来て、適当なお悩み相談で返されたら普通怒らない……?」
僕としてはこの人員配置は面倒そうな手合いを僕に担当させるクラスメイトの巧妙な罠だと思っているのだけど、どうやら真にとってはそうじゃないらしい。
「あなたは人の悩みを聞いて、適当な答えで済ませたりはしないでしょ?」
「それはそうだよ。僕に話してくれるのなら、出来る限りきちんと答えるつもりではいる」
「だから人気出るわよ。占いよりも、そうやって話を聞いてくれることに安心感を覚える人もいるんだから」
そういうものだろうか。看板に偽りありになってしまって申し訳ないから来てくれた人には出来るだけのことはするつもりだけど、それでもあまり満足出来るようなものになるとは自分では思えない。だけど、真がそう言ってくれるのならそれを裏切らないように頑張ってみようか。
「私も、聞いてほしいもの」
「真にも悩みが?」
「あるわよ、それも凄く大きな悩みが」
真はそう言って僕をまたジト目で睨みつける。つまりはまあ、僕が悩みの種だということだろう。うん、半ば予想していたことだ。
「それなら、当日はぜひうちのクラスに来てほしいね」
「そうさせてもらうわ。予約、出来るかしら?」
「お得意様のご依頼とあらば」
「ふふっ、もうお得意様なの?」
「そりゃあね。僕だって特別な友人くらいは贔屓したって良いじゃないか」
「と、特別!?」
僕の言葉に真がビクリと肩を跳ねさせた。そこまで驚かれるような言葉だっただろうか。真とは秀尽に入学して以来の付き合いだし、クラスこそ違えど生徒会活動も通して他の人よりも長い時間を一緒に過ごしている友人だ。
「……ちゃんと空けといてよね?」
「もちろん」
だから少しくらい、彼女との時間を楽しんだって良いじゃないか。
奥村 邦和殿。
お前の利益と世界的な名声は、
従業員への非道で成り立っている。
ゆえに我々は全ての罪を、
お前の口から告白させることにした。
心の怪盗団『ザ・ファントム』より。
「ふん、甚だ面倒なイタズラだ!」
赤と黒を基調にした紙に、新聞の切り抜きを張り付けたようなフォントの文章。そしてここ最近誰の目にも留まるようになった特徴的なシルクハットのモチーフ。
怪盗団の予告状の対象となった奥村氏は、僕と冴さんを呼びつけたかと思うとこの予告状を乱暴にテーブルに投げつけて見せた。
「怪盗団を追っているのだろう? こうして証拠を渡してやったんだ。きちんと働いてもらうからな!」
奥村氏はそう言ったかと思うと、憤懣やるかたないといった様子で足取りも荒々しく部屋を後にした。奥村氏の私邸、その応接室に残された僕と冴さんは、予告状を手に取って互いに顔を見合わせる。
「怪盗団は動いたわね」
「そうなって欲しくは無かったですが」
冴さんは予告状をそっと机上に戻し、ソファの背もたれに身体を預ける。その眉根に少し皺が寄っているのは、彼女もこうなって欲しくは無かったと思ってくれているからだろう。
「オクムラフーズの躍進を阻止したい何者かの偽予告状という線も考えたけれど……」
「まず間違いなく怪盗団でしょう。今のオクムラフーズを掣肘出来るような勢力はそう無いですし、あったとしてももっと直接的な手段が採れる。こんな回りくどくてリスクの高い方法を採る意味がありません」
「……そうよね」
冴さん自身、今のは希望的観測に過ぎないと分かっていたのか、僕の言葉にあっさりと頷いた。
「怪盗団が動く、これは敵にとって怪盗団を罠に嵌める絶好の機会。私達が奥村に接触したのも、排除の都合良い理由にされたかもしれないわね」
「ですが、こうして動くしか無かったと思います。後は奥村氏が僕らのことをどう伝えているかです」
「当初の予定通り、ということね。綱渡りだわ」
頭が痛いと言わんばかりに冴さんが眉間を指で揉んだ。
「あまり悩んでいても仕方ないと思いますよ。後はなるようになるしか無いです」
「一番危険なところにいるはずのあなたがどうしてそこまで落ち着いているのかしらね」
僕が気遣うように声を掛ければ、冴さんはそう言って少し呆れたように笑う。僕がここまで落ち着いていられるのは、冴さんに預けた情報に加えてもう一つ、抱えた秘密があるからかもしれない。けれど、それは冴さんにも明かせない。
そうして少しの沈黙が応接室に漂っていたところ、先ほどよりは冷静さを取り戻したのだろう奥村氏が再び部屋に戻って来た。
「それで、怪盗団の正体について目星は付いているんだろうな?」
「それについては正直まだ調査中です。しかし、何かしら奥村社長の近辺に疑わしい人物が現れると思っています」
「つまりは私を囮に使うと?」
冴さんの言葉に奥村氏はまた顔をピクリと怒りに震わせた。その迫力に表面上こそ取り繕えているものの、僕は少し緊張を感じていたのだけど、冴さんは常と何も変わらない様子のまま、口を開く。
「怪盗団の手口は誰も分かっていません。これまで誰も狙われた瞬間を見たことが無いからです。しかし今回は違う。我々も準備が出来ます」
「……こんなくだらんことをする輩、さっさと捕まえてほしいものだな」
奥村氏はそう言うと腕を組み、応接室の扉を顎で示す。話は終わったということだろう。冴さんは席を立とうとするが、僕はそれを手で制した。少しだけ、奥村氏と話しておきたいと思ったからだ。
「奥村社長、この予告状の内容について心当たりはありますか。もしかしたら怪盗団の改心は、対象の弱みを握って暴露されたくなければ自白しろと迫るようなものかもしれません」
僕の言葉に、奥村氏は眉をピクリと震わせたものの、それ以上は何も目立った反応は見せなかった。
「そんなものある訳ないだろう。私は至極真っ当に会社を経営している。利益を追求するのも、真っ当な企業として当然だ」
「そうですよね。奥村社長で三代目となるオクムラフーズの急躍進。その陰にあること無いことを見出したのかもしれないという、子どもの想像でした」
「フン、働いたことも無い学生に何が分かる」
「ええ、アルバイトくらいしかしたことが無いので。幸いにもブラックバイト、と言われるようなものでも無いですし」
ブラック、という言葉が出た瞬間。奥村氏の視線と僕の視線が交錯した。だけどそれも一瞬のこと、また奥村氏は興味無さげに装い、僕の言葉を受け流した。
「最近はすぐにブラックだなんだと……、私の頃はそれこそ身を粉にして会社に尽くしたものだというのに」
そこに滲むのは奥村氏のプライド。会社を維持し、大きくしてきたのは自分であるという能力と実績への自負。
「僕も今どきの若者なので何とも擁護し辛いですけれど、思っていた仕事と違った、騙されたと思ってしまうのかもしれないですね」
「騙された……、そんな甘いものか。本当に騙されたことも無い人間が」
彼の口から零れたのはそんな言葉。僕らに聞かせるつもりも無いだろう音量で呟かれたそれは、今日聞いた中で最も彼の心を強く映し出した言葉かもしれない。そう思わせるだけの思いが、今の呟きには籠められていた。
「今の人はワークライフバランス、というものを大事にされているようですから。奥村社長はそうでは無いのですね」
「当たり前だ。世界はいつだって競争しているのだから。成功を収める為には競合以上に仕事に身を捧げるのは当然だ。話は終わりか? 私も忙しいのでな」
「僕の些細な疑問に答えて頂いてありがとうございます。引き続き、怪盗団に対して協力して当たることが出来ればと思います」
話は終わりだとポケットからスマホを取り出してどこかに電話を掛け始めた奥村氏に一礼すると、僕と冴さんは奥村氏の家を後にした。
奥村氏の歪んだ認知、それは早晩、怪盗団によって正される。だけど奥村氏が認知を歪めた原因は何だったのだろうか。あの短い会話の中で、そのヒントは提示されたのだと思う。それを紐解き、彼に歩み寄るだけの時間は僕には与えられなかったけれど。
奥村氏は本当に、怪盗団に頼らねば改心出来ない人間なのだろうか。