「はも、はも……!」
眼帯をした青いシャツの双子、その片割れが僕の目の前でその両手にはやや大きいサイズのハンバーガーを持ってかぶりついている。
「やはり興味深いですね、これが多くの人間が虜になるという食べ物」
右側に視線を向ければ、ポテトを一本摘まんだもう一方が平坦な声でそんなことを言いながらチマチマと兎のようにポテトを食べている。
「……君達、保護者の方はどこにいるのかな?」
セントラル街でこの双子に絡まれ、もし迷子だったら無視して帰るのも良くないと目についたビッグバンバーガーに入ったは良いものの、当然のように二人はハンバーガーのセットを注文するとテーブル席に腰掛けて腹ごしらえを始めた。
あまりに自然な流れでそれが行われたものだから、怒るタイミングも失って僕は自分の分の飲み物だけ購入すると、この二人の保護者が現れるまでは相手をしようと席についたのだった。
「保護者? 我らを子ども扱いするな!」
僕の言葉に語気も荒く反論してきたのは右目に眼帯をし、髪を丸くツインお団子とでも言うべき形で纏めている方。
「身の程知らずですよ」
そして平坦ながら冷たい雰囲気を漂わせているのは左目に眼帯をし、髪を三つ編みで纏めている方。
その容姿も性格も、雰囲気からして鏡写しにしたように対照的な二人だが、僕の言葉が気に入らなかったという点は一致していたらしい。根っこのところは似た者同士ということなんだろうか。
「大人だって言うならまずは自己紹介しようか。僕は海藤徹。二人の名前を教えてもらえるかい?」
僕がそう言えば、二人は痛いところを突かれたようにぐぬ、と僅かに顔を歪めた。
「カロリーヌだ」
「……ジュスティーヌ」
「カロリーヌにジュスティーヌね。よろしく」
二人の名前を聞けばやはりというか二人とも日本人と言うわけでは無さそうだ。にしてはかなり自然に日本語を話しているけれど、まあその辺は人によって事情があるのだろうと考えるのをやめた。
「ところで、二人が僕に会った時に言っていた妙な来訪者っていうのはどういうことかな?」
自己紹介も済ませ、二人がどういった人間か垣間見えたところで出会ったときに聞いた気になる言葉について質問してみる。
カロリーヌは僕を妙な来訪者と評し、ジュスティーヌは不可思議な気配をしていると言った。まるで僕のことを前から知っていたようだ。僕は二人のことを知らないのだけど。
僕がそう思っていると、ハンバーガーを平らげたカロリーヌが子どもらしくない笑みを浮かべた。
「そのままの意味だ。お前は奇妙な不穏分子、招かれざる客。我が主がそう仰っていた」
「如何にも何か知っていると言いたげですが、カロリーヌも私も主の言っていることを理解出来ていません。ですからこうして直接見に来たというわけです」
「わ、私は理解出来ていたからな!」
ジュスティーヌの援護射撃という名の誤射に貫かれたカロリーヌが頬を少し赤くしてジュスティーヌの言葉を否定するが、彼女はそれに対して相も変わらず冷めた視線をちらと返すと、僕を見上げた。
「ですが、実際に会ってみれば不思議なものです。不穏どころか、私達や、ましてや主にとって害があるようには思えない」
ジュスティーヌの言葉にカロリーヌも先ほどまでの慌てた様子から一転、少し考え込むような素振りを見せる。
「そうだ。だからおかしい。主が不穏だと、害があると言ったのなら、我らが見ても分かるはず」
「けれど実際に抱いた印象は真逆」
「その通り、むしろどこか安心……ってそんな訳があるか!」
自分で言いかけたことを掻き消すようにカロリーヌが頭を振って否定する。
「カロリーヌの言う通り、安心やどこか懐かしさすら感じます」
「言ってないからな!」
しかしカロリーヌの抵抗も虚しく、ジュスティーヌがそう言って首を傾げて僕を見る。そんなに見られても何を言われているのか僕にはさっぱりだ。
「ワイルドの素養も無く、主が警戒するような怪しさも感じられない。主とは全く異なる気配なのに、何故か懐かしさを感じるのは一体何故でしょう」
「隠し立てしていることがあるなら早く言った方が身のためだぞ!」
「そう言われてもなぁ……」
お人形さんみたいで綺麗な双子だなぁ、くらいしか考えていない。隠すも何も初対面だし。そう考えていると、ジュスティーヌに顔を両手で挟まれてぐっと寄せられる。
「不思議です……」
蜂蜜のように金色に輝くジュスティーヌの目が僕の目を通して頭の裏側まで覗き込もうと言わんばかりに。
「ジュ、ジュスティーヌ、何をしている!?」
むにぃ、と頬を挟み込まれて顔を寄せられている横で、カロリーヌの焦ったような声が聞こえる。僕としても人目を集めそうなので離して欲しいのだけど、予想外に強い力のせいでそれも出来ない。
「あなたからは反逆の意思も、力ある者の気配も無い。それなのにどうして……」
「反逆の意思?」
ジュスティーヌの言葉を思わず復唱する。彼女とカロリーヌの持つ独特な雰囲気のせいだろうか、二人の言葉が子どもの悪ふざけだと切り捨ててしまえそうもない。
「反逆の意思、それを導くのが我らの使命」
「君達は一体……?」
僕の言葉は最後まで紡がれることは無かった。ドタドタと焦った気配を感じさせる荒い足音がに、ジュスティーヌの金色の瞳も、僕の顔もそちらを向くことになったからだ。
「どうして二人が徹と一緒に……?」
久しぶりに見たように思うフワフワと天然パーマがかかった黒髪。そういえば最近はあまり話せていなかったような気がする。
「や、蓮。二人と知り合いかい?」
珍しいことに、驚きに目を丸くした蓮がそこに立っていたのだった。
「……つまり、歩いていたら二人に声を掛けられたと?」
「そういうことだね。迷子だったらマズいかと思ってちょっと話し相手になっていたところ」
事情を説明すれば、頭痛がすると言わんばかりにこめかみに指を添えて蓮がため息を吐く。
「オイ! 我らが迷子だと!?」
「不敬ですよ、海藤徹」
僕の前に座るカロリーヌがそう言って机に小さな手を叩きつけ、遺憾の意を示す。その隣に座るジュスティーヌも剣呑な目で僕を睨んでいた。ちなみに先ほどまで僕の隣に座っていたジュスティーヌは蓮の手によりカロリーヌの隣に席を移されてしまっている。「生意気な囚人ですね」と言うジュスティーヌの冷たい瞳も蓮は物ともせず、普段からは考えられない迫力を醸し出していた。
「蓮は二人の知り合い?」
「知り合い……の子どもみたいなもの」
二人の抗議を聞き流しながら蓮にそう聞いてみれば、何とも煮え切らない回答。けれど嘘を言っているわけでも無さそうだ。
「おい囚人! 何を生意気なことを言っている!」
「むしろ我らの方が貴方を世話しています。そういう意味では貴方の方が子どもです」
シュウジン、とはまた変なあだ名だ。秀尽に通っているから付けられたのだろうか? まさか囚人という意味では無いだろうし。
「……蓮も結構大変なんだね」
「分かってくれてありがとう」
少し話しただけでもこの双子は一筋縄ではいかなさそうな気配がする。この二人とよく顔を合わせていそうな蓮は苦労しているのかもしれない。
「フン、我らとの特別刑務でスマホを見ては恋しそうに名を呼ん……」
「っ!?」
「もがーっ!?」
そんな僕と蓮を見て何かを言いかけたカロリーヌだったが、目にも止まらぬ速さで反応した蓮によってその口に大量のポテトを突っ込まれていた。
「何をする!」
「今度余計なことを言うとポテトじゃ済まさない……!」
「二人とも、席を立たないようにね」
今にも飛び掛かりそうなカロリーヌと蓮を宥めつつ、コーヒーをまた一口啜る。
「海藤徹、あなたの飲んでいるそれは美味しいのですか?」
それを見ていたジュスティーヌが首を傾げてこちらに手を差し出している。飲んでみたいのだろうか? だけど砂糖もミルクも入っていないからあんまりオススメは出来ないけれど……。
「良いから、寄越しなさい」
それを伝えてみればジュスティーヌは不機嫌そうに顔を歪めたかと思うと、バシッと僕の手からカップを奪い取ってしまい、ズズと口に含む。
「……こんなものを好んで飲むのですか、人間は」
そしてそんなことを言いながらうげぇ、と言いたげな顔で僕にカップを突き返してくる。
「だからオススメしないと言ったのに」
ジト目でこちらを睨みつけてくるジュスティーヌからカップを受け取れば、その肩に手が置かれる。
「妙に仲が良いようで……」
「いや、カロリーヌもジュスティーヌも遠慮が無いだけじゃないかな?」
カロリーヌとの睨み合いを終えた蓮が僕の肩に手を置いてジュスティーヌのように僕をジトっとした目で射貫いていた。
「そもそもどうして二人は徹と会おうと?」
「主が警戒していたからです」
「我らがこの目で見定めようと思ったのだ」
蓮の言葉にジュスティーヌとカロリーヌの二人はそう言って僕をまた不思議なものを見るような顔で見上げる。
「だが、何の変哲もない一般人でしかない」
「少なくとも主が警戒する必要があるとは思えません」
かと思えば、二人はため息を吐いてやれやれと首を振った。何だろう、ガッカリさせてしまったのかもしれない。
「期待に応えられなくてごめんね……?」
「むしろ応えなくて良かった」
僕の隣で何故か蓮がホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
「ところで、その割には二人と仲が良い」
けれどすぐに剣呑な目に戻り、僕を睨んで来る。最近何故か蓮や真からこうして睨まれることが増えた気がするな……。
「二人とも僕を見て懐かしいと言っていたから親戚に似たような人でもいたのかもね?」
「親戚……?」
僕の答えに、蓮は要領を得ないような顔をして今度は二人に視線を移す。その視線を受けたカロリーヌとジュスティーヌも、言葉に窮したように蓮から目を逸らした。
「わ、分からん!」
「理由は不明ですが、この人間に警戒心が湧かないのです」
「警戒心が湧かない……」
ジュスティーヌの言葉を繰り返し、僕と二人の間で視線を行ったり来たりさせていた蓮。少しの間そうしていた蓮だったけれど、意を決したように表情を引き締めると、姿勢を正して僕と正面から向かい合う。
「徹、一つ聞かせて欲しい」
「何だろう? 僕に答えられることで良ければ答えるよ」
その様子から、少なくとも彼女にとって大事なことを聞こうとしているのだと察した僕もカップを机に置き、彼女に向き直る。
「パレス、メメントス、イセカイ。この言葉を知ってる?」
「パレス?」
彼女の口から飛び出したのはいずれも耳に馴染みの無い言葉。
「英語の質問って訳でもないよね? 異世界とか言ってるし」
「……知らない?」
彼女の目は真剣そのもので、妙なことを言って僕を揶揄っている様子でも無い。ということはこの言葉は彼女にとっては重要な意味を持つ言葉であるには違いない。けれど、それが何を指しているかについては。
ああ、いけない。このゲームはあくまで君達がプレイヤーなんだ。ここで
何だ、これ……。
「……徹?」
「悪いけど、それを聞くことはあまり良くない結果になる。これは
その時までは、この言葉もまだ覚えておく必要は無いよ。徹
僕の目の前で蓮が驚いたように目を見開いている。視線を横に向けてみれば、カロリーヌとジュスティーヌも同じだ。動きを忘れたように硬直して僕をじっと見つめていた。
「ごめん、蓮。少しボーっとしてたみたいなんだけど……、何を聞かれていたんだっけ?」
「……いや、何でも無い」
けれど、蓮はそれだけ言うと何かを考え込むように押し黙ってしまった。
「おい、囚人。さっさと出るぞ」
「我々の目も曇ったものです」
カロリーヌとジュスティーヌが先ほどまでの和やかな雰囲気から一転、どこか冷たさすら感じさせる様子で蓮をそう言って促す。
蓮もそれに文句を言うでもなく黙って頷くと席を立った。
「二人を見てくれていてありがとう。後は私が送って行く」
それだけ言って双子を連れて店を出て行く蓮。僕はと言えば、やっぱり何か変なことでも言ってしまったんじゃないかと不安になりながら残ったコーヒーを飲み干すと、少しだけ時間を置いてから店を出ることにした。何故だか、様子の変わった三人を追い掛ける気にはなれなかった。