Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

55 / 104
Deep dealings

 警察署に向かう道すがら、もう後ほんの数歩というところで、校長は足を止めた。まだ残暑もあり、さっきまでは汗をダラダラと流していただろう校長の顔からは血の気が引き切っていた。

 

「校長……?」

 

「そ、……んな……!」

 

 右手で左胸を抑えながら、苦悶の声を上げた彼を不審に思って近づけば、次の瞬間には校長は血の気の引いた顔で僕の肩に縋りつくように掴みかかって来た。

 

「か、怪盗団……たす、け……」

 

 目が飛び出さんばかりに見開かれ、目玉はぐるりとひっくり返って息が出来ないと喘ぐ様に大きく口を開いた表情。目と鼻と口からどす黒い血を垂れ流しながら、僕の服が千切れそうなほどの力で握り締めながら、校長はそう言って地面に倒れ込んだ。

 

 何度思い出しても身震いしてしまいそうになる。あれは、この上なく残酷な死に様だ。

 

「──えているか? 大丈夫かい!」

 

 どこか遠くに揺蕩っていた僕の思考は、そんなドスの利いた声で現実に引き戻された。ハッとして前を見れば、気遣わしげな表情をした警官が僕を睨みつけている。

 

「大きい声を出して申し訳ない。だが、少しぼうっとしていたようだからね」

 

「えぇ、すみません」

 

「あんなことがあった後だというのにすまないね。ただ、現場にいた関係者として話を聞かないわけにはいかないから……」

 

 校長が警察署を前にして倒れてしまった後、僕は近くにいた警官に声を掛けると、救急車が来るまで救命活動に没頭していた。そのときは、何とか助けなければという使命感で目の前の衝撃的な出来事から半ば無理やり目を逸らしていた。けれど、校長が病院へと搬送され、僕が関係者として事情聴取を受ける段になってようやく先ほどの出来事が現実感を持って僕へと迫ってきたようだった。

 

「それで、君は署に出頭しようとした被害者の付き添いだったと?」

 

「そう、ですね。校長に付いて来てほしいと頼まれましたから……」

 

 僕の視界の隅では、もう一人の警官が黙々と僕の話す言葉を書き綴っていた。鴨志田先生の件でこうした事情聴取は何度か受けたものの、それとは空気がまるで違うと感じさせられる。

 

「そうか、被害者は一体……」

 

 僕の対面に座る警官が何かを聞こうとしたところで、部屋の扉が無遠慮に開かれる。

 

「失礼する。ここからの取り調べは我々が引き継ぐ」

 

 そう言って部屋に入って来たのは険しい表情をしたスーツ姿の若い男、それと少し白髪が混じり、薄く笑みを浮かべた細目の男の二人組。

 取調室の警官は、二人を見ると揃って立ち上がり敬礼をする。

 

「ハッ。しかし、現在はまだこちらの聴取が済んでおらず……」

 

「我々が引き継ぐと言った。退出したまえ」

 

「……了解、しました」

 

 有無を言わせぬ口調で警官達から聴取書を奪い取った二人組は、警官を追い出すと僕の前にどっかりと腰を下ろした。

 

「単刀直入に言おう。先ほど、病院で被害者が息を引き取った」

 

「!? ……そう、ですか」

 

 若い男が机に片肘をつき、僕へと顔を寄せながらそう言う。

 

「正直に言うとだ。我々は彼が怪盗団によって殺害されたものだと見ている。そして君が怪盗団の関係者であるとも疑っている」

 

「……唐突ですね」

 

 自分でもまだ混乱している中、いきなりぶつけられたのは怪盗団関係者としての嫌疑。とはいえ、心当たりがある以上、完全に否定できないのも確かなのだけれど。

 

「我々は以前から怪盗団の改心事件を追っていた。鴨志田の件からだ。そこで君が被害者と対立していたことも調べが付いている。鴨志田との確執もあり、事件を起こす動機もあった」

 

 男はそう言うと脇に抱えたファイルをこれ見よがしに開いてみせる。僕の目からは中身を見ることは出来ないけれど、そこには僕に関する情報が全て書かれているのだと言わんばかりに、既に頭に入っているだろう情報ばかりであろうそのファイルに目を通しながら、男は言葉を続けた。

 

「斑目事件の時も、君は個展において二度、斑目と接触している」

 

 そう言いながらもう一枚、ペラリとページを捲る。

 

「金城についてもだ。金城の携帯から君に対して脅迫メールが送信されている。それも改心事件を起こす時期と近しいタイミングにな!」

 

 その言葉と共に、男は分厚いファイルをバタンと閉じると、大きな音を立てて机に叩きつけた。

 

「どれもこれも、怪盗団の起こす大きな事件にはお前の関与がある!」

 

 そして僕に叩きつけられる怒鳴り声。まさにドラマで見るような取り調べだ。だけど、こんな恫喝のような取り調べ、明確に犯人だと分かっている人間じゃないと出来るわけが無い。ここまで高圧的な取り調べを、普通の高校生が受けたらよほど肝が据わっていない限り耐えられないだろう。

 

「お前は怪盗団、ないしはその関係者だな」

 

 つまり、これは僕を怪盗団かその関係者として吊し上げるための取り調べになったということ。そうして重圧を掛けようとする魂胆なんだろう。こんな強引で恫喝みたいな行為、一般人にするにはリスクが大きすぎる。それを気にもしていないということは、ここでの出来事は全て握り潰せると判断してのこと。それが出来るだけの力を持った人物が背後にいる。

 

 これは、恐らく僕は怪盗団を追う何者かに限りなく近づいている。そしてその尾を踏んでいる状態だ。だからこそ、国家権力をちらつかせて直接的に脅しつけてきた。

 

「お前は確執がある被害者を脅し、警察署の前で何らかの手段で殺害した。被害者が今日接触したのはお前だけだということも分かっている」

 

 男はなおも言い募り、僕と額を突き合わせんばかりの距離にまで迫る。

 

「……警察を舐めるなよ、ガキ」

 

 その声はまるでヤクザか何かのようで、心構えはしていたとはいえ、背筋につうっと冷や汗が一筋伝うのを感じた。

 

「まあまあ、あまり脅かすものじゃない」

 

 そこで、先ほどまで沈黙を保っていたもう一人の細目の男が宥めるように若い男の肩に手を置いた。

 

「すまないね。まだ君が怪盗団だと決まったわけじゃないのに、こいつ、若いから血気盛んでね」

 

 そう言いながら、机を回り込んで僕の座る椅子の隣にまで来ると、しゃがみ込んで僕と視線を合わせようとする。そこで細く閉じられた瞼の奥に、口元の笑みとは似つかわしくない鋭い光を湛えた目が僅かに覗いた。

 

「けれど、君が何らかの情報を持っているのは確かなんじゃないかと思っている。君が怪盗団じゃないと言うなら、何か知っていることを教えてはくれないかな?」

 

 なるほど、と思う。典型的な恐い警官、優しい警官だ。ここまで脅かされて、自分の身に覚えのないことで責め立てられて、そこに蜘蛛の糸のように垂らされた優しさ。緊張状態から一気に弛緩させ、心の隙を作るやり方だ。僕が本当に何も知らなければ、知っていることを何もかも話していたかもしれない。

 

「話すことは何もありません」

 

「おや? そうかね、そうは見えないが……、まあ良い。時間はたっぷりあるからね」

 

 そう言って細目の男は一見すると柔和な、しかし蛇のような笑みを浮かべて僕を見た。

 

 時計も置いていない部屋の中ではどれだけ時間が経ったのかも分からない。あれから、あの手この手で口を割らせようと言い募ってくる二人の取調官に対して無言を貫き通した。時には怒鳴り、時には諭すようにこちらから発言を引き出そうとする二人。なるほど、こんなものを、それも年長者が二人がかりで長時間受けてしまえば誰だって参ってしまう。僕だって表面上は黙っていたけれど肉体的にも精神的にも消耗していた。

 

「……これ以上は時間切れかな」

 

 細目の男が腕時計を確認しながらそう言う。

 

「善意の事情聴取があまり長引くのもよろしくないからね」

 

 あくまでも事情聴取だという体でこの場を終わらせようとするらしい。つまりこの取調室に設置されているカメラは機能していないか、あるいは録画映像が何らかの理由で表に出ないということなのだろう。とはいえ、ここで僕を完全に拘束しないのは向こうだってこれ以上打つ手が無いから。

 

 こちらを窺うように視線を投げかけてくる細目の男を努めて無視しつつ、僕はこの時間が早く終わってくれないかと思考をあらぬ方向に飛ばすことにする。

 するとその時、取調室の扉がノックされる音。面倒な表情を浮かべた若い取調官を見るに、この来客は二人にとっては予想外のものだったらしい。けれど扉を開いて出て行ったかと思うとすぐに若い取調官は部屋に戻ってきて、細目の取調官に何やら耳打ちをする。

 

「……ふむ、後は引き継いでもらうしか無いか。海藤君、我々の取り調べはここまでだ」

 

 その言葉を聞き、ようやく終わるのかと思ったのもつかの間。

 

「後の取り調べは彼に引き継ぐことになる」

 

 そう言って開かれた扉の向こうにいた人物に、僕は目を瞠る。

 

「ご苦労様です。無理を言ってすみませんね」

 

 どこから見ても完璧な人好きのする笑み。だからこそどこか嘘っぽく見えるそれを湛えて、明智君は僕へと視線を移した。

 

 


 

 

「随分と疲れているようだね」

 

「理由は言わないと分からないかな?」

 

「まさか」

 

 和やかにも思える言葉のやり取りは、けれど明智君の目に宿る冷たい光によってただの雑談ではないと思わせる。

 

「……僕は何度も警告したはずだ」

 

 少し黙ったかと思うと、明智君はそう告げた。

 

「君が今ここにいるのは、僕が何かをしたからじゃない」

 

 むしろ、僕にとっても意外なことだった。そう言う明智君は口元に歪んだ笑みを浮かべている。それは僕を嘲るようにも、どこか諦めたようにも見える笑みだった。

 

「君の存在はもう軽くなくなったってことだよ」

 

「今までは君が庇ってくれていたんだね」

 

 ここでの会話は表に出ることは無いという僕の予想はやはり正しかった。そうでなければ、ここまで明智君が開けっ広げに僕との関係性を口にするはずが無いからだ。僕を庇い続けてくれていた明智君自身の立場が危うくなるはずで、それでもここでその話をしたということは、ここでの会話は僕と明智君だけのものになるということ。

 

「勘違いするなよ、庇っていたのは利用価値があったからってだけだ」

 

 そう言って明智君は身体の陰に隠すように左手を動かすと、親指で扉を指して見せた。なるほど、カメラは死んでいても耳は死んでいないということらしい。

 

「で、君が出て来たということは僕の利用価値は無くなったってこと?」

 

「それこそまさかだよ。……教授は次でイレーナにチェックを掛ける」

 

「それは一通目の手紙だと受け取っても?」

 

「二通目があるかは君次第だ」

 

 明智君が教授と呼称する相手が狙う人物と言えば、現状は一人だけだろう。そしてイレーナと言うあたり明智君はもう正体に辿り着いている、と。

 

「僕は手紙を出した。それなら君からも何かを受け取らないとフェアじゃない」

 

 明智君はそう言って腕を組み、僕を鋭く睨みつける。

 

「君はどうしてか廃人化させることが出来ない」

 

 廃人化、その言葉に僕は校長がああなった原因に思い至った。校長の最期が脳裏に蘇り、自然と視線が鋭くなってしまう。

 

「彼を、校長を廃人化させたな? 何らかの方法を以て精神暴走を起こした」

 

「彼の利用価値が無くなった、それだけの話だ。君があの場にいたことだけが想定外だった」

 

「それじゃあ君が……」

 

「今質問する権利があるのは君じゃない」

 

 僕の言葉は明智君によって遮られた。

 

「君の秘密、それを教えてもらおう。そうすれば君は解放される」

 

 そう言ってこちらに手を差し出す明智君。高圧的にも思える口調でありながら、その表情は取り調べをしている者とは思えない。

 どうして、君の方が辛そうな顔をしているんだ。今追い詰められているのは僕の方じゃないか。優位に立っているのは君のはずなのに、そんな顔をするなよ。

 

「君が欲しがっている情報について、僕が話せることは何も無いよ」

 

「それが君の答えかい?」

 

 視線を机に落とした明智君は、酷く傷ついた表情でため息を吐く。

 

「教授に伝えなよ。あなたの欲しい情報は直接聞きにくれば良いと」

 

 けれど次に僕が発した言葉に、明智君の表情は驚愕に歪んだ。

 

「……その言葉の意味、分かってる?」

 

「もちろん。前にも言っただろう、僕は君を諦めちゃいないんだ」

 

「勝ち目の無い勝負なのにかい」

 

 明智君の背後にいるのは一介の高校生じゃ相手にもならない人物なのは確かだろう。けれど勝ち目が無いと言われるのは心外だ。僕は一人で戦いに行こうなんて思っちゃいないんだから。

 

「僕だけじゃ勝ち目は無いかもね。だけど、一人じゃない」

 

「冴さんの命もチップにすると?」

 

「違うさ、僕は今でも、ホームズの帰りを待ってるんだ」

 

 そう言ったときの明智君の表情は見ものだった。驚いたような、怒っているような、けれどどこか嬉しそうな、最後に感じた印象が僕の勘違いでなければの話だけど。

 

「……それに値する何かを、君は出せるのかい?」

 

「どうだろう、君がどう感じるかだよ。僕を君の伝記作家にしてくれるかい?」

 

 明智君はチラリと扉の向こうへと視線を送る。しばしの逡巡の後、こちらに向かい合った明智君は氷のように冷たい表情に戻っていた。

 

「僕の真の目的を知ったとしても、それが言えるかい?」

 

 外に漏れないように潜められた声、けれどそこに籠められた情念は先程までとは一線を画していた。明智君の言う真の目的、それは明智君だけが知る、彼だけが目指しているもの。他の誰にも聞かれたくないであろうもの。

 

 だけど、それでも。

 

「いつだって言うさ」

 

 君が言ったんじゃないか。僕は君の助手なんだろう。

 

「……良いだろう、取引だ。ワトソン君」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。