「メジエドの怪盗団への宣戦布告から数日。依然として、怪盗団に動きは見られず、各地には不安が広がっています」
テレビから流れるニュースキャスターの声に、僕の視線は思わず店内に備え付けられたテレビへと向けられた。
「また、メジエドの声明から怪盗団を名乗る特殊詐欺被害の報告も増え始めており……」
続くニュースキャスターの言葉に僕の口からため息が零れた。
「怪盗団もメジエドも、匿名の皮を被った義賊気取りだね。そして匿名だからこそこうして他の小悪党に利用される。匿名の正義執行機構なんて警察で十分だと僕は思うけど、マスターはどう思う?」
「あ? 興味ねえな」
テーブル席に腰掛けた小太りの男が訳知り顔で佐倉さんに語るが、佐倉さんはそれを興味なさげに一蹴していた。そんなぞんざいな対応に客が何も言わずに大人しくコーヒーを飲んでいる辺り、佐倉さんのそんな対応はいつものことらしい。
夏休みのある日、ルブランに昼間から訪れた僕は、相も変わらず佐倉さんから呆れたような目を向けられていた。
「蓮の奴ならいねえぞ」
「良いんですよ。今日は普通に客として来たんですから」
「ったくよぉ。高校生なんだからもっと洒落たとこに行くとかしたらどうだ? 昼間っからこんな店に一人で来てどうするよ」
佐倉さんの苦言に僕も苦笑を返すことしか出来ない。我ながら高校生のやることじゃないかもしれないという自覚はあったからだ。
そしてコーヒーを片手に読書をしていた僕の耳に届いたのが先ほどのニュースだった。
メジエドによる怪盗団への宣戦布告と、それに端を発した怪盗団を名乗る特殊詐欺の増加。これも明智君が仄めかしていた怪盗団排除計画の一つなのか。そして雨宮さんはその両者をどうにかするために、今日もどこかで集まっているのかもしれない。
「怪盗団の予告状らしきものを送り付け、改心を起こすと脅迫、あるいは正義の為に活動資金を募っているといった文言で金を騙し取る手口の特殊詐欺が増加しています。特に一部では怪盗団の熱烈な支持者がおり、そうした人間は支援が出来ると思った、と多額の現金を支払ってしまう事例も出てきています」
「問題はこれが怪盗団本人による犯行か、その名声を利用した第三者による犯行かの区別がつかないことです。メジエドもそうですが、匿名性の高さはそれを利用される危険性も孕んでいます。僕から怪盗団やメジエドに言えることは、こんな馬鹿なことは今すぐ止めて、これ以上の混乱が起こらないようにして欲しいということですね」
ニュースキャスターと共に流れる明智君の声。彼はこの騒ぎに連日テレビに引っ張りだこの様子だ。どこも怪盗団とメジエドの対決に、これまで怪盗団を追っていた明智君の見解を知りたい、そうした需要を満たす為にどこのテレビ局も明智君にオファーをしているのだろう。雨宮さん達がこんなことをするだなんて思えないし、思いたくない。これはメジエドの騒ぎに便乗した第三者か、怪盗団を邪魔に思う人間による妨害なのだと僕は思っている。けれどこんなことを僕が言ったところで何の解決にもならないのは明らかだった。
そこで、僕のポケットが震えたのを感じ、スマートフォンを取り出すとメッセージの受信を知らせる通知画面。
『怪盗団を名乗る特殊詐欺とメジエド、あなたの意見が聞きたいわ』
僕のスマートフォンには、冴さんからのメッセージが届いていた。そして、間を置かずしての着信。冴さんからの着信だろうか、と思っていたら画面に表示されていたのは意外な名前だった。
「もしもし、意外な電話ですね?」
「最近気になるニュースが多いからさあ、是非とも協力者君のお話が聞きたいなぁって」
「もしかして昼間っから飲んでます?」
「あ、ばれた? でもまだ全然酔って無いから平気だよん。アハハ―」
「それじゃ、また後で。いつものところでいいですか?」
「話が早くて助かるなぁ! それでオッケー!」
電話口から聞こえてきた声に、僕は苦笑を漏らしながら席を立つ。相も変わらず面白い人だと思う反面、昼間から飲んでるのは社会人としてどうなんだろうと思う。
電話を切り、佐倉さんにお会計を伝えて席を立つ。
「友達からの誘いか?」
「まあそんなところです」
ここでコーヒーを飲みながらのんびり読書をするのと、週刊誌記者にゴシップネタの取材を受けるの、どちらが高校生らしいかと問われればまだ前者の方がらしいかもしれないなあと思いながら清算を済ませた僕はルブランを出る。まだまだ夏休みも始まったばかり、うだるような暑さだ。
『それに関する情報を集めてきます』
冴さんのメッセージにそう返信すると、僕は駅へと向かった。
大宅さんが半ば根城としているお店、バーにゅうカマーは、昼間だからか店先の電気は消えていた。バーだから昼間は営業していないのかもしれない。だとすると大宅さんはどうして店に入れてるのかと思うけど。
雑居ビルの中、店の扉に手を掛ければ、扉はあっさり開いて中の冷気が汗ばんだ僕を包んだ。
「いらっしゃーい!」
「……アンタねえ、そろそろアタシも怒るわよ?」
「すみません、お邪魔しますね」
僕の姿を見たララさんはそう言ってこめかみに青筋を立てていた。それに何故か僕が恐縮しながら、カウンターに座る大宅さんの隣に腰掛ける。
「暑かったでしょ? なんか飲む?」
「それじゃウーロン茶を」
「こんな時間にこんな店に来るなんてね。高校生らしく友達と遊んでくれば良いじゃないの」
「あはは、自覚はしてます……」
佐倉さんにララさん。今日は同じような苦言を呈される日だ。それだけ僕は高校生らしくないんだろうけど。
氷の浮かんだグラスになみなみと注がれたウーロン茶で喉を潤せば、大宅さんが待ちかねたようにこちらに身を乗り出してきた。
「それでさ、最近もニュースになってんじゃん? 怪盗団を名乗る詐欺だっけ」
「やっぱりその話ですか」
大宅さんの口から出てきたのは、半ば予想していた話題。ニュースになったから、という訳では無いだろう。ニュースよりも情報の遅い記者なんかいない。彼女なりに掴んだ何かがあるから僕を呼んだのだと思う。
「あの詐欺、どーにもおかしいんだよね」
「おかしいとは?」
ビールのジョッキを持っているにもかかわらず、大宅さんの目は鋭く細められていた。酔っていない、というのは本当なのかもしれない。
「警察の動きだよ。こういう詐欺って被害が大きくなるからさ、結構警察も本腰入れて動くわけ。今回なんて特に不特定多数の詐欺グループによる活動も考えられるからさ」
だが、今回に関してはその動きが鈍いという。
「メジエド、怪盗団って懸案事項があるのは分かってるけどさ。だとしても遅すぎる。前に君、過去の精神暴走事件だったり政治家の汚職について調べてたりしたよね?」
何か心当たりでもあるんじゃないかなって。
「……悪どい顔してますよ」
「だってこんなに面白そうなネタ、記者として逃すわけにはいかないじゃん? それに、前はあたしが情報提供したんだし、ギブアンドテイクで何か聞かせてくれても良いんじゃない?」
その顔はいつもの大宅さんの顔じゃない。一人の記者として、特ダネを嗅ぎつけた顔だ。そして僕がそこに繋がる何かを掴んでいると、彼女の記者としての勘が告げているのだろう。逃がすものかという顔、まるで悪魔のようだ、というと怒られるだろうか。
「僕が何か知っている、というのは確定事項なんですね?」
「そりゃそうじゃん。怪盗団は今回の詐欺に関係してる、なんて流石に思っちゃいないけどさ。でも、メジエド騒ぎと詐欺被害はホントに無関係?」
「無関係、僕は少なくともそう思ってないですよ」
「ということは精神暴走事件とは関係あったり?」
鋭い洞察だ。なんでこの人がゴシップ誌の記者で半ば干されてるのかが分からない。あんまりにも頭が切れるから閑職に追いやられたとか、そんなところだろうか。
「だとしたらどうします?」
「前に聞かせてくれた君の話。精神暴走事件は政治が絡んでるってやつ。あの話がマジなんだとしたら、今回の警察の動きが鈍いのも偶然じゃないってこと?」
大宅さんにこの話をしたのはマズかったかもしれない。今更ながらにそう思い始めた。過去の精神暴走事件やそれに付随する様々な事件を捜査する上で彼女の情報網や調査能力は不可欠だった。けれど、僕以上に好奇心旺盛な彼女は、本当に虎の尾を踏んでしまいかねない。いや、既に踏んでしまっている僕が言えたことじゃないだろうけど。
「大宅さん、これ以上この件に首を突っ込むのは危険ですよ」
「それ、君はすでに危ないところまで首を突っ込んでるってことじゃんね?」
語るに落ちる、とはこのことだろうか。いや、彼女の洞察力の鋭さに負けたのだと思おう。
「君が持ってるのは他の誰も掴んじゃいない情報。そんな記者として垂涎のネタ、逃すと思う?」
「……その結果、翌日には精神暴走事件の被害者になるかもしれませんよ」
「既にあたしより深みに嵌ってそうだけどね、君は」
「だからこその忠告なんですけどね……」
そんなんで踏みとどまってちゃ記者なんて出来ないわよ。そう言って彼女は笑った。つまり、このまま放っておいても彼女は独自に調べを進めていくということだ。
「逆に言えば裏切る心配の無い協力者ってことで、今後ともご贔屓にね。君にくっ付いていれば君と同じところまで知っても助かる可能性があるってことだし」
「それ、協力者というか避雷針って言いません?」
「そんなこと無いわよぉ?」
大宅さんはその言葉と共に顔をだらしなく緩めてビールを呷った。
「ま、君のお陰でこの事件の裏には色々きな臭いことが潜んでるって確信できたし、私も気を付けて動くことにするよ」
「ぜひそうしてください。僕も大宅さんがいなくなると困ります」
「やだ、ずっと傍にいて欲しいなんて大胆な告白するじゃん」
一体何をどう聞き間違えたらそうなるんだと言いたくなったけど、酒臭い大宅さんに拘束された僕は何かを言う気も無くしてしまった。実際大宅さんがいなくなると困るのは事実なんだし、これで慎重に動いてくれるようになるなら安いもんだ。
「それで、あたしが知りたいことは知れたから、また君が知りたいことがあったら調べてあげるよん」
「こうしてまた僕に貸しを作るつもりですか?」
とはいえ彼女の情報網は魅力的だ。調べて欲しいことは山のようにある。
「それじゃまた一つ、調べてもらっても良いですか」
「どこまで調べられるかは分からないけどね」
そう言う大宅さんだけど、彼女の情報網は恐ろしいところまで達している。どこから調べて来たのかと思うようなことばかりだ。
「ではここ一年の裁判所の記録を」
「裁判所の記録? そんなもの、君だって調べられるじゃん」
「出来れば証言者の記録も一緒にお願い出来ませんか」
「それは……ちょっと厄介だなぁ」
そう言って頭を掻く大宅さん。厄介とは言っても無理とは言わないあたり、彼女の優秀さがよく分かる。
相変わらず僕に引っ付いたままビールを呷る大宅さんを適当に相手していると、カウンターの奥からララさんが凄みを纏わせてこちらにやって来た。
「アンタね、そろそろいい加減にしときなさいよ」
「ララちゃん、怖すぎぃ……」
「子どもに色目使ってんじゃないわよ、年甲斐もなく」
「そこまで老けてないやい!」
頼る人は間違えてないはずだけど、大人としてはこの人は間違ってるんじゃないかなあ。