「それで、事情は分かったけどだからってウチに来るのはどうなのよ……」
「いやぁ、ご迷惑お掛けします。しばらく匿ってもらいたくて」
占い師の御船さんと別れた後、尾行してきている人間をどう撒くかを考えた末に僕が訪れたのはBARにゅぅカマーだった。
カウンターの向こう側にいる店主のララさんはやれやれとため息を零しながらウーロン茶の入ったグラスを僕に差し出してくれる。
「迷惑とか思わなくても良いわよ。ウチは多少の風評被害を受けてもビクともしないわ。というかこういうときこそ警察を頼りなさいよ」
「ストーカー被害って中々警察も動きにくい面がありまして……」
特に僕のようにまだ尾行されている気がする、というだけでは中々警察も動いてくれないのだ。明智君に言えばそれでも何とかしてくれるかもしれないけれど、今は金城のアジトを潰すので忙しいだろうし、少し連絡を取るのが躊躇われる。
「にしても、高校生を脅すなんてシャバいことする半グレもいたもんね」
「今も昔もそういう輩から見れば学生っていうのはカモでしょうから」
大人というには肉体的にも社会的にもひ弱で、そのくせ年頃の万能感があって向こう見ずな面を見せる。悪どい人間にとっては垂涎の的だろう。
良く冷えたウーロン茶で喉を潤していると、店のドアが開いて来客を知らせるベルが鳴った。
「ララちゃ~ん! とりあえずビールちょうだ~い!」
入ってきたのはサングラスを頭に乗せ、ジーンズに黒シャツといつもの格好をした大宅記者。彼女は店に入るなり大声でビールを所望し、僕の隣にどかりと腰を下ろしてこちらを見やる。
「それで? 結構面倒な手合いに絡まれてそうじゃん? 店の前で普段は見かけない奴がウロチョロしてたし」
そう言う大宅の目は油断ならない鋭い光を放っていた。記者特有の、美味しそうなネタを見つけたときに放つ光だ。酒が入っていたときも情報の選別眼は確かなものだったけれど、まだ酒の入っていない彼女が浮かべる野性的な笑みは普段がどうあれ彼女が有能な記者だということを感じさせるものだった。
「話すと長くなるようで短いんですけど……」
彼女に対しては隠すことでもない上、有益な情報の一つでも貰えないかという打算も込みで僕は事情を彼女に話す。ララさんが毎日のように飲みに来る大宅さんに小言を言いながら三杯目のビールを注ぎ終わる頃には一通りの事情説明は済ませることが出来た。
「なるほどねぇ、あんたも結構な案件に首突っ込んだね」
「金城の居場所に心当たりなんかあったりしません? 幼気な学生を助けると思って」
「自分の口で言うあたり全く信用ならないのよ、あんたの幼気は」
それに警察が掴んでいる以上の情報は無い、と大宅は苛立たし気に呟いた。どうやら金城の用心深さは筋金入りらしい。大宅も上司から投げられた仕事を処理する傍ら、金城については探っているらしいが巧妙に足跡は消されてしまっており、候補は挙がるものの決定打にはならないと言う。
「おかしくない? 相手はただの半グレよ? 本職のヤクザがバックにいるとしてもそこまで痕跡を消せるもんじゃないでしょうに」
大宅の言を聞いたララさんがカウンター越しに怪訝な表情でこちらに身を乗り出してくる。そんなララさんに同調するように大宅もアルコールでやや赤らみ始めて据わった目でジョッキをガン、と机に叩きつけた。
「ほんとそれよ! どうしてただの半グレの元締め程度がここまで痕跡消せるわけ?! 絶対におかしいでしょ! この裏にはデカい闇が潜んでると睨んでるわ」
そこからは彼女の酔いどれ推理ショーの始まりだった。やれ警察上層部が金を握らされて捜査妨害しているだの、果てには政治家と癒着していて不可侵領域になっているだのと様々な推理を披露してくれる。酔い交じりの妄想も多分に入っているだろうけど、彼女の推理は僕や明智君のそれとも合致している所が多少あり、彼女が独自に集めた情報から推理したのであれば彼女は想像以上に色々な伝手を持っていて優秀なのだろう。あるいは僕や明智君の考えたことが酔っ払いの妄言と同レベルということなのかもしれないが。
「それはともかく、あんたも気を付けなさいよ。あたしの記者としてのカンが言ってるわ、金城の件はヤバいってね。似たようなヤマを追いかけてたあたしのカンだからまあ外れてないわ」
「そうは言われても既に目を付けられてしまった後ですしねぇ」
気を付けたところで向こうが見逃してくれる段階は過ぎてしまっている。後は明智君と冴さんが金城を捕まえてくれるのを祈ることしか出来ないのだ。
「その割にはまったく焦ってないあたり、警察に相談できるアテでもあるんでしょ? その伝手を使って保護してもらうなりすべきでしょうが」
「ララさんにも言われましたね、それ」
あはは、と苦笑して話を濁す。今は僕の保護よりも金城の捜索に力を割いて欲しい。僕の動きが鈍っていて、尚且つ警察が活発になり始めているとしたら金城もこちらにあまり構っていられないんじゃないかと期待もしている。あるいは僕が情報を流したと激昂して更なる無理難題を突き付けてくる可能性も考えられるけれど。
そうやって酒も入ってヒートアップしていく大宅さんを横目に、僕は空になったグラスを持って立ち上がる。
「ララさん、ウーロン茶ありがとうございます」
「気にしないで、そこの酔っ払いにツケとくから」
「えぇ~? ヒドイよぉララちゃ~ん!」
「良い歳して高校生の前で酔っぱらってる報いでしょ」
ブーブーと文句を言う大宅さんを無視してララさんは僕からグラスを受け取る。
「ま、そこの酔っ払いはともかくとして、危ないことに首を突っ込んだりするもんじゃないわよ」
「仰る通りなんですが、知り合いが困っているのを見るとどうにも放っておけなくてですね」
「ハァ、受け答えは歳不相応なくせにそういうところは歳相応なんてチグハグね、あんた」
ため息交じりに零された呟きに苦笑を返す。自覚しているのだけれど、中々改善出来ないあたりこれは僕の生来の気質だ。それもここまで根が深いと今生に限らないものなのだろう。
「あたしはただのバーの店主だから大したことはしてあげらんないけど、困ったことがあったら寄りなさい。話くらいは聞いてあげるわ」
「ありがとうございます。ララさんとの話はテンポが合うのか楽しいですからね、流石はバーのママです」
「だからそういうところが歳不相応だってんだけど……、まあいいわ」
ララさんはそう言って一度店の奥に引っ込んだかと思えば、パンパンに膨らんだごみ袋を持ってカウンターに出てきた。
ごみ捨てにでも行くのだろうかと思っていると彼女はついておいでと言わんばかりに手招きする。
「ほら、あんたはこっちに来なさいな。あたしが店の前の連中を惹きつけてるうちに帰るんだよ」
「何から何までありがとうございます」
ララさんのご厚意に甘えてまだ飲み足りないと騒ぐ大宅さんを無視してララさんは店の扉を開ける。雑居ビルの一室を借りているこのバーには裏口という洒落たものは付いていないため、どうしても出入口は一つに限られてしまう。ただし、雑居ビル自体には裏口は存在しているのだ。ララさんはそのガタイの良さと扉を巧みに利用して雑居ビルの入り口から僕の姿を隠すと、そのまま裏口に繋がる通路を示してくれる。
「行きな。表の連中はしばらくはあたしの姿に注目するだろうからね。適当に因縁も付けて絡んでおいてあげるわ」
「何から何までありがとうございます。今度お礼させてください」
「なら店の手伝いでもしてもらうわ」
ララさんの姿に隠れながら、示された通路へと潜り込むと裏口の扉の前で少しだけ立ち止まる。
「なにジロジロ見てんのよアンタたち。そんなにオカマが珍しいっての?」
「あぁ?」
そしてララさんが口論を始めたのを聞くと扉をそっと開けて路地へと出ていく。後は駅まで走るだけだ。
僕は後日改めてお礼を言いに来ないといけないと心に誓うと、夜の新宿へと駆けていくのだった。
海藤 徹様
過日の損害請求の件に関しまして、生じた損害が予想以上であったため、
下記の通り追加請求とさせて頂きますことを連絡いたします。
つきましては先日お伝えした支払期日までにご用意ください。
追加請求額 金二百万円也
翌日、朝一番に僕のスマホに届いたメールには金城からの慇懃な脅迫が書き連ねられていた。そして添付されていたのは僕が校門から出てこようとするところや、駅に向かって歩く姿を撮影した画像。僕が金城の監視下にあることを知らせるためのものだろう。
「こうして連絡を寄越すっていうことは明智くんが想定以上に追い詰めてくれているってことだよね」
メールの文面にも予想以上の損害とある通り、金城にとっても自身の逃げ場であったクラブが複数強制捜査の対象になったのは意外だったのだろう。たかが高校生と油断していたら、そこから思わぬところに繋がって自身を窮地に追い込もうとしている。だから起点と考えられる僕をこうして脅しにかかる。
「だけど僕の家を押さえているわけじゃなさそうだし、まだ猶予はありそうだ」
金城なら僕の住所が分かればそれを示唆する画像を添付しないはずがない。だけど、メールに添付されていたのが新宿を歩いている姿までであるあたり、やはり昨日の尾行はララさんのお陰で撒けたらしい。とするとこのメールは金城の焦りを反映しているものだと思って間違いなさそうだ。
僕は送られてきたメールをそのまま明智君と冴さんに転送する。金城が直接脅迫してきた貴重な証拠だ。今回については僕の名前しか出ていないから何も隠すことなく二人に共有することが出来る。
「お、早速明智くんから返信だ」
二人にメールを転送してから五分も経たないうちに明智くんから返信が来る。そこには捜査は順調に進行していること、尾行されていると感じたら最寄りの交番に立ち寄って助けを求めるようにとの内容が書き連ねてあった。警察には情報提供者として保護してくれるように根回しまでしてくれるらしい。至れり尽くせりの対応だけど、昨日はあんまり頼るのもなぁと思った矢先にこれだから少々心苦しい。
その数分後には冴さんからも返信があり、明智君と似たような内容でこちらを案じてくれていることが伝わる文面だった。ありがたいことに僕の周囲には頼れる人が多い。二人にはお礼のメールを返し、さて朝のHRまで恒例の読書でもと考えていたところで生徒会室の扉が開いた。
「おや、珍しいお客さんだね。おはよう、雨宮さん」
「おはよう」
扉の向こうにいたのは癖のある黒髪に眼鏡といういつもの風貌の彼女。眼鏡の奥の目はこちらを案じる光を宿していた。
「金城から脅迫されていると、聞いた」
「……それは新島さんから?」
僕が問い掛けると彼女はコクリと頷いた。
「新島さんといつの間にか仲良くなったんだね。良いことだと思うよ」
「うん、真は心強い仲間になってくれた」
あの日、新島さんが言った私が何とかしてみせる、という言葉の意味が今の一言で繋がった。つまりはそういうことだ。あの日以来、彼女が生徒会室に顔を出す頻度が少し落ちたのも頷ける。何にせよ、新島さんと雨宮さんが対立することにならなくて良かった。
「そう、それなら安心かな」
「金城のことは、近いうちに何とかする」
そう言った雨宮さんの目は強い意志を宿していた。斑目が怪盗団のターゲットになったと僕に告げたときと同じ目だ。
「金城は裁かれるべき悪だと怪盗団は考えた。副会長は斑目のように、金城にも情状酌量の余地はあると思う?」
「……流石に僕もそこまで聖人にはなれないよ」
雨宮さんの問い掛けに僕は首を左右に振ってそう答える。本当の聖人であれば金城にも救われるべき事由を見出せるのかもしれない。けれど僕は全知全能でも無いしそこまで慈悲深くもなれない。
「直接の被害者にもなった僕が言えることは、金城が一刻も早く捕まってこの騒ぎが収まって欲しい、ということだけかな」
人には善悪両方の側面がある。その言を違えるつもりは無い。けれど、僕には金城の善性を見つけ出せるほどの彼との繋がりは無かった。ただそれだけだ。僕の言葉を聞いた雨宮さんは、少しの沈黙の後口を開いた。
「……例えばの話。金城は幼い頃から家族にも、友人にも恵まれず、誰からも愛されずに育ったとして」
幼少期から誰にも認められず、褒められず、植え付けられた劣等感に苛まれ続けた結果、金城は周囲全てを敵と考えるようになった。彼を正道に立ち返らせることが出来たチャンスはそこで潰え、後に残ったのは自らの肥大したコンプレックスを解消するためだけに周囲を食い潰す醜悪な欲望のみ。そうなったとして、金城の悪性は本人が元々持ち得た特性なのか、あるいは周囲の環境がそうさせたのか、そこに金城を擁護する余地はあるのか。
まるで見てきたかのように金城の境遇を語る雨宮さんは、僕に再び問い掛ける。そうだったとして、金城は許されるべきか、そうでないか。
「……金城の犯してきた罪を裁くのは僕じゃない。そしてその上で僕は金城が真に更生したときに、それを受け止めてあげられる人がいれば良いと思う、とだけ言っておこうかな」
「それは金城がまともになれば、罪を償えば許すということ?」
「一個人として、金城を許せるかと言われると素直にハイとは言えないかな。僕だけならともかく、新島さんを巻き込んだことの方が僕にとっては許し難いことだから」
僕がそう言うと、雨宮さんは目を丸くして驚きを露わにした。
「副会長が怒っているとは思わなかった」
「僕だって人間だもの、怒ることくらいあるさ。それを表に出しても何もならないと思っているから隠しているだけ」
金城の罪の軽重はそういう個人の感情とは別のところで勘案されるべきものだから、僕の個人的な好悪とはかけ離れたところで金城には裁きが下されることだろう。
「僕としてはさっき言ったことが全てだよ。金城が更生したときに、受け止めてあげられる人がいても良い。それは少なくとも僕では無いけれど」
「……そう、副会長が真のことを大事に思ってるのがよく分かった」
「新島さんだけじゃなくて友達は皆大事に思ってるよ? もちろん雨宮さんも大切な友人だし」
「……これは強敵」
そう言って雨宮さんは先ほどまでの緊張感を緩めて呆れたようにため息を吐いた。
カネシロ ジュンヤ殿。
詐欺に明け暮れ、未成年だけを狙う愚劣な手口。
我々はすべての罪を、
お前の口から告白させることにした。
その歪んだ欲望を、頂戴する。
心の怪盗団『ザ・ファントム』より。
翌日、一夜にして渋谷の街中に貼られたその予告状は、ターゲットである金城のみならず、斑目のときを上回る人々の目に触れるところとなり、人々の心に怪盗団という存在が深く刻みつけられるきっかけとなった。