「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか―」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。
理由は単純だ。人工知能(AI)と人間の知能は本質的に異なるからである。しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの知能の「違い」を探求しなくてはならない。生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書『知能とはなにか』より、一部抜粋・再編集してお届けする。
『「雲」のシミュレーションに“自然法則”は必要ない!?…実際の原理を考慮しなくても「現実そっくりのCG」が生成できるワケ』より続く。
なぜ物理学者は生成AIを作れなかったのか
前世紀の末に非線形非平衡多自由度系が現実を高精度で模すことがすでにわかっていたのに、なぜ物理学者は生成AIの作成に成功しなかったのか。それは単純にダイナミカルシステムに学習させられるだけの大量のデータと、大量のデータを学習させられる計算機の能力がなかったからだと思う。
20世紀末にそれらがあったら多分、物理学者は現在の生成AIのようなものの作成に成功し、いまのチャットGPTや画像生成のソフトを作っている研究者の地位は物理学者のものになっていたのではないかと思う。返す返すも残念なことだ。
それはネオコグニトロンが日本人である福島によって提案されながら、学習させるだけの計算機の能力がなかったためにニューラルネットワークの発明にまで至れなかったのに似ている。実際、生成AIの仕組みを表現する模式図(図表5-7)には必ず方向を示す「→」がついている。
これこそがダイナミカルシステムの「→」、つまり時系列的なアップデートに他ならず、いまの生成AIの中身は、本質的にかつての非平衡非線形多自由度系の一種である。ただ、「学習」という重要なプロセスは、物理学者が研究した非線形非平衡多自由度系には欠けていたように思う。