法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

弥助が黒人の「侍」だったという話を今さら否定することはできない

 東映南アフリカ共和国と共同で弥助の物語を映画化する企画があると、米国の報道をつたえつつ関連情報をまとめるかたちでRiverが記事にしている。
黒人侍「弥助」東映が映画化決定 ─ 南アフリカと共同製作、世界市場ねらう | THE RIVER

日本の東映が、戦国時代に実在したとされる黒人侍の弥助(ヤスケ)を描く長編映画『Yasuke – Way Of The Butterfly(仮題)』製作のため、南アフリカのPambili Mediaと共同製作契約を締結したことがわかった。米Deadlineが報じた。

 仏国のゲーム『アサシンクリード シャドウズ』のダブル主人公に採用されてから、それを拒絶するように弥助の身分は「侍」ではないという主張が急速に広められている*1
 それ以前は、むしろ弥助を奴隷から解放して侍としてとりたてたことが、日本に偏見や差別が外国ほどには存在しなかった根拠とされたりして、保守派からの歓迎すらあったようだ。
 たとえば2023年の産経新聞は、ブラジルのカーニバルで弥助モチーフのサンバパレードが優勝したという共同通信配信の記事を好意的にのせている。
黒人侍「弥助」題材で優勝 サンパウロのカーニバル - 産経ニュース

サンバの精鋭14チームによるコンテスト形式のパレードが3日までに行われ、16世紀の日本で織田信長の家臣となった黒人の侍として知られる「弥助」を題材にしたチームが優勝した。関係者は「差別されることの多い黒人の若者らを力づける演出にした」と語った。

チーム「モシダージ・アレグレ」は2月19日、総勢1800人が武士や農民などをイメージした衣装に身を包み、弥助のルーツとされるモザンビークや、弥助と日本の出合い、武士になった弥助など4部に構成した演出で勇壮な踊りや演奏、山車を披露した。


 そもそも「侍」という身分は定義があいまいだが、だからこそ時代劇のようなフィクションで「侍」と位置づけただけでは史実に反したことにはならない。
 WL641884氏のエントリにまとめられた「歴史学者たちの意見」という小見出しを読めば、意見の異なる歴史学者も「侍」という位置づけを完全には否定しないことがわかる。
弥助関連史料とその英訳 / YASUKE in historical materials - 打越眠主主義人民共和国
 そして歴史的な位置づけをふりかえると、1954年の別冊文藝春秋で弥助を「侍」と記述した歴史小説が、国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で簡単に見つかる。

19 コマ: を護衞してゐるのは、信長の馬廻の侍で彌助といふ黑人であつた。敵は黑人にも害を加へないと見える。

 これは井伏鱒二の『安土セミナリオ』で、送信サービスをつかえば1958年の『新選現代日本文学全集』に収録されたものが無料で手軽に確認できる。
新選現代日本文学全集 第1 (井伏鱒二集) - 国立国会図書館デジタルコレクション
 外国のゲームシリーズのひとつや東映の時代劇映画のひとつは否定するまでもなく歴史のなかで忘れられてもおかしくないが、井伏鱒二の作品を否定することは無理だろう。


 ちなみに井伏作品に弥助が登場することは長谷川珈氏が先行して詳細に指摘している。


弥助が出てきた井伏鱒二の作品も読める!
「かるさん屋敷」https://dl.ndl.go.jp/pid/12483496/1/142 昭和27(1952)年の新聞連載
「安土セミナリオ」https://dl.ndl.go.jp/pid/12483496/1/216 昭和28~29年にかけての雑誌連載小説(「弥助の奮戦」と題された回を含む)
(いずれも国立国会図書館ウェブサイト)

 他にも弥助が登場する過去の作品を詳細にしらべているが、現在になると異なる文脈が生まれているものがあった。


泉貴森夫「時代妖奇小説 黒い執念」『小説倶楽部』1962年10月号
弥助がお市の方とセックスしてその後殺される。
(´・ω・`)いろいろひどい… けどまあ昭和の大衆小説って感じやね
https://dl.ndl.go.jp/pid/1790520/1/105国会図書館

 実は『アサシンクリード シャドウズ』には弥助とお市が心をかわすようなルートがあり、それに対する反発も一部で発生していた。


え、俺「お市様のことはお慕いしておりますがそれはそれとしてこの柴犬はお譲りしたくありません」みたいな態度取ったらお市の方とはキッスすらせずイベントが終わったんだけどもしかして他の選択肢選んでもキッスすらしないの?あんな奥ゆかしいやり取りでみんなキレてたの?

 さすがにゲーム会社がいくらくわしく日本のことを調べても、ここまでマイナーな小説に目を止めて元ネタにした可能性がまったくないとはいわないが考えづらい。
 しかし公では特に接点のない人物が特別な関係にあったという創作は定石だし、それを弥助とお市に当てはめることも先に日本国内でおこなわれていたわけだ。

*1:映画『ジュラシックパーク』が公開後に人気になることを予想して特撮ヒーロー番組『恐竜戦隊ジュウレンジャー』を前年に放送したように、東映の企画の速度や方向性から考えると、それこそ『アサシンクリード シャドウズ』で良くも悪くも話題になったことを受けての映画化ではないかと思わずにいられない。