三番目の、そして今回の決意に至った直接的な理由は、立花を盲信し、あるいは自身の快楽のために大津さんやその支持者に対して罵倒、侮辱、時には中傷的な言動すら躊躇しないN信と呼ばれる人々の存在と言動、所業でした。まず、私個人に関して言えば林けんいちの私に対する過激な侮蔑や中傷の嵐が大きな引きがねになりました。私が裁判費用の捻出のために行った寄付金活動に対する陰湿な妨害行為がそれに相当しますが三番目の、そして今回の決意に至った直接的な理由は、立花を盲信し、あるいは自身の快楽のために大津さんやその支持者に対して罵倒、侮辱、時には中傷的な言動すら躊躇しないN信と呼ばれる人々の存在と言動、所業でした。まず、私個人に関して言えば林けんいちの私に対する過激な侮蔑や中傷の嵐が大きな引きがねになりました。私が裁判費用の捻出のために行った寄付金活動に対する陰湿な妨害行為がそれに相当しますが、それ以前から林は私や大津さんに対して暴言を吐きまくり、誹謗を積み重ねて来ました(添付資料参照)。彼は元々みんつくの党員ではありましが、党の方針、指針に従わなかったことから除名され、以降は大津さん憎しで凝り固まり、最近は立花に対して親和性を感じさせるような発言をするまでに至っています。しかしその行動の原点は、大津さんに対する人並みならぬ異様とも感じられるほどの思慕とそれが叶わなかったことに対する陰湿極まりない怨恨と推定され、人はこれほどまでに醜くなれるのだろうかと感嘆を感じるほどのものでした。
N信の非道さは、林けんいち個人に留まるものではありません。私は無為なレスバ(投稿の応酬)は全く無意味で無価値だと思っていますので、該当するアカウントは殆どブロックしており、そのポストを見ることは稀なのですが、それでも私に対する悪態や非難、誹謗は漏れ伝わって来ます。その代表的なアカウントを下記に例示しておきますが、彼らに対して私の方からポストやコメントをしたことは殆どありません。しかし、私のポストの揚げ足を取り、枝葉末節を突き、いや曲解だらけのポストやYouTube配信をする様は陰惨としか言いようのないものでした。おそらく、私の自死を起因として都合の悪い投稿や動画は一斉に削除を試みると思いますが、それでも「岩井清隆」もしくは「岩爺」「ルンペン」などで検索すれば、その無体な様は感じていただけると思います。繰り返しになりますが、私の方から彼らに対して発言したことは殆どなく、言い返しや反論は元より何らかの応対すらすることは無いのに、逆にそれをいいことに言われ放題になっていたのが実情なのです。
こうした、自身の歪んで湿った心根を、特定の対象への攻撃によって得られる爽快感で満足させるような人としての大切なものを決定的な欠いた言動、善悪の区別がつかない所業が自死を選んだ直接的な理由です。私の自死についておそらく、いや間違いなく非難や暴言の限りが尽くされるでしょうし、「ざまぁ」「自業自得」「逃げたw」などの想定される悪態にその卑劣さは如実に感じられるでしょう。
私の自死は、単に恨みを晴らしたいと言うことではなく、文字通り「最後の手段」によって、そのことに対する反省を促し、そうした風潮を少しでも抑制したいと思ったが故のことです。それ以前から林は私や大津さんに対して暴言を吐きまくり、誹謗を積み重ねて来ました(添付資料参照)。彼は元々みんつくの党員ではありましが、党の方針、指針に従わなかったことから除名され、以降は大津さん憎しで凝り固まり、最近は立花に対して親和性を感じさせるような発言をするまでに至っています。しかしその行動の原点は、大津さんに対する人並みならぬ異様とも感じられるほどの思慕とそれが叶わなかったことに対する陰湿極まりない怨恨と推定され、人はこれほどまでに醜くなれるのだろうかと感嘆を感じるほどのものでした。