Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Special Providence watches over idiots?

「最近はバレー部の子達も立ち直ってきているみたいでね」

 

 明くる日、僕は珍しく放課後に丸喜先生のカウンセリング室へと顔を出していた。ここ最近はお互いに忙しかったこともあり、初対面のときのようにあまり落ち着いて話をする機会が無かったのだけど、今日はたまたま廊下で出くわして他に予定が無ければ話でもどうかと丸喜先生から誘われたのだ。

 

「代わりに闇バイト絡みでトラブルが発生したりしているみたいですけどね」

 

「ああ、やっぱり君も知っていたんだね。僕のところにも何人かの生徒が相談しに来てくれたよ」

 

 金城関係のトラブルは丸喜先生も耳にするところだったらしく、コーヒーとお茶菓子を用意しながら曇った表情で嘆息する。彼は僕にカップを差し出すと、三人掛けのソファーに座る僕の斜め前に位置する一人掛けソファーに腰かけた。

 そういえば人は対面するよりもこうして斜めになるように座った方が威圧感が無く話しやすい気分になれるのだったか。こうした細かな気遣いが出来るところもカウンセラーならではだと思う。

 

「インスタントで悪いね。お菓子は自由に食べてくれても良いから」

 

「ありがとうございます。生徒会室でも普段からインスタントですし、やっぱり学校となると本格的な器具なんかも使いにくいですよね」

 

「そうだね、それにコーヒー以外にも揃えておこうとするとどうしても一つ一つにはあまりお金を掛けられなくて」

 

 安月給だからねと苦笑する丸喜先生に、校長に言えばそれくらい揃えてもらえないんですかと疑問をつい口にしてしまう。

 

「相談してみたんだけどね、カウンセリング業務に本当に必要なものとは認められないと言われてしまったよ。確かに必須では無いからね」

 

 だから備品は結構私物もあるんだよ、と丸喜先生は部屋を見渡す。流石にソファーや机なんかは学校の備品だけど食器やお菓子他細々としたものは丸喜先生が自腹で買って来たものだという。学生にとっては自腹とはいえ好きなお菓子を学校に持って来ることが出来るというのは嬉しいかもしれない。

 

「ハハ、確かにね。それは僕の特権かも」

 

 丸喜先生との会話はサラサラと静かに流れる小川のような心地で、穏やかで他愛無い、意識していないと翌日には話した内容も忘れてしまうような会話だ。けれどそれがカウンセリングとしては結構大事なのかもしれないと感じた。話している側が気負うことなく話せる。出会って間もない人間であってもそんな空気を丸喜先生は醸し出しているということなのだから。

 

「そういえば今日は何か用件があって僕を呼んだんですか?」

 

 一通り会話を楽しんだ後、僕は気になっていたことを切り出す。普段から丸喜先生とは廊下で顔を合わせることが無いわけではない。そうしたときは互いに挨拶や立ち話程度の雑談に興じることもあるため、こうして改まって呼ばれるということは何か話したいことがあるのかもしれないと気になっていたのだ。

 それを伝えると特に大それた用事があるわけじゃないんだけどね、と言って彼は笑った。

 

「あんまり他の生徒との会話内容を明かすわけにはいかないんだけど、これまでカウンセリングしてきた生徒から度々君の名前を聞くことがあったからさ。僕が来る前からいろいろと相談に乗ってあげていたんだろう?」

 

「あー、まあ僕がしたことと言えば本当に話を聞いてあげたくらいですけどね」

 

 丸喜先生に言われて振り返ってみれば思い当たる節が無いわけではない。男ということもあって新島さんより相談しやすいのか、生徒会に入ってからは男子生徒からよく相談事を持ちかけられたりしたことがある。鴨志田先生と揉めていた頃は体育館を優先的に使うバレー部と他の運動部の軋轢なんかをどうにかしようと方々に顔を出していたからそのうち男女問わずに困ったことがあれば取り敢えず僕に話しておけば良いみたいな雰囲気が一時期あったのは間違いない。行き過ぎるときは新島さんが間に入って止めてくれたりしていたみたいだけど。

 

「それを言ったら僕の仕事も話を聞くことだよ」

 

 それに話を聞くことって案外難しいものだよ、と丸喜先生は言う。カウンセラーが相談を受ける上で最も苦労するのが相談者から話を聞く、特に本音を聞き出すことだという。相談したいことがあるからとカウンセラーを訪ねても、最初から赤裸々に自身の内心を吐露できる人はそうそういない。

 

「当たり前だよね、会ったばかりの人間なんだから。そういう人たちの為にこうやって雑談ベースでアイスブレイクをするんだけど、これがまた難しいんだよね」

 

「まあ僕が同じ学生だっていうのも大きいと思いますよ。僕達からすれば丸喜先生はやっぱり大人ですからね、多少は身構えてしまうのも仕方ないんじゃないですか?」

 

「あはは、学生の君にそこを気遣われるのもカウンセラーとしては情けないなぁ」

 

 困ったように後頭部を掻く丸喜先生。言われてみればその通りだな。年下から気遣われるのってダメージが大きいな。僕が色々と変なものを抱えているせいであんまり年相応の考え方をしていないからその辺りの意識が出来ていなかった。

 

「でも先生のお陰で鴨志田先生の被害に遭った子達も元気になってきたんでしょう。二ヶ月でそれは凄いことですよ」

 

 鴨志田先生の影響は何もバレー部に限った話じゃない。それこそ他の運動部で体育館の取り合いになったときに鴨志田先生に酷いことを言われた子もいるし、陸上部のように廃部一歩手前まで追い詰められた例もある。被害者は数人程度で収まるわけもないのだけど、丸喜先生はそれを二ヶ月である程度立ち直らせていったのだ。どのような話術を使えばそれが出来るのやら、僕には想像もつかない。

 僕がそのことを正直に話せば、丸喜先生は照れたように笑いながらも自分だけの功績じゃないと謙遜した。

 

「それこそ君のお陰さ、海藤君」

 

「僕ですか?」

 

「ああ、君が生徒の相談に乗ってくれていたことで皆の心のバランスが何とか保たれていたんだ。特に、鈴井さん」

 

 その名前が丸喜先生の口から出たところで、カップを傾ける僕の手がピクリと震えた。

 

「君が止めていなければ恐らく彼女の心には消えない傷が残っていた。一朝一夕のカウンセリングではどうしようもないほどのね」

 

 話しながら、丸喜先生は手に持ったカップをぎゅっと握りしめる。最悪の事態が起こったときに鈴井さんがどんな行動をしてしまうのか、これまで多くの患者を診てきた彼だからこそ想像してしまったのかもしれない。

 

「そういう意味でも、君には本当に感謝しているよ。だけど、当の本人である君自身の心が休まるときがあんまり無いんじゃないかとふと気になってね。人から頼られる人ほど、内側に溜め込んでしまいがちだから僕で良ければ話し相手になろうかと思って。回りくどくなったけど僕が今日君を呼んだのはそういう目的があったんだ」

 

「そうだったんですね、気を遣わせてしまったみたいでなんか申し訳ないです」

 

「そこで謝罪が出るあたり本当に君って学生じゃなくて社会人みたいだよねぇ」

 

 丸喜先生の言葉に内心ギクリとしてしまったが、表情には出さずにコーヒーと共に飲み下す。確かに僕は相談を受けるタイプではあるけど誰かに相談をする人間では無かったなと思う。

 

「と、君を呼んだ理由はそんなところだけど。どうだろう、何か話したいことはあったりするかい? もちろん雑談でも構わないよ。僕としては君と他愛無い話をするだけでも楽しいからね」

 

 丸喜先生はそう言って微笑む。何でも良い、と言われると改めて何を話したものかと思ってしまう。少し目を伏せて考えを巡らせていた僕だったけれど、ふと思い当たることがあった。雑談のネタにするにしてはあまり向いていない話題かもしれないけれど。

 

「それじゃあ、ちょっと気になって聞きたいことがあるんですけど」

 

「僕にかい? 良いよ、何でも聞いてくれて」

 

「前からカウンセラーって仕事に少し興味があったんですよね、心にトラウマを抱えてしまった人をどういう風に癒すんだろう、とか」

 

「お、僕の仕事に興味を持ってくれたんだね、それは嬉しいなぁ」

 

 僕の言葉に丸喜先生は破顔する。

 

「僕の話、というよりも単純な興味を優先して申し訳ないんですけどね」

 

「気にしなくて良いさ。むしろ君みたいな子にカウンセラー、臨床心理士に興味を持ってもらえるのはとても嬉しいからね」

 

 それから丸喜先生はそれはもう嬉しそうに話をしてくれた。カウンセラーとしてどのようなことを心がけているのか、どのような手法を用いているのか。

 

「よく催眠術でコインを左右に振ったりするよね? あれって実は心理療法でも似たようなことをするんだけど」

 

 そう言って丸喜先生はポケットからジッポライターを取り出して火をつけた。そしてライターを僕の目線の高さに持ち上げ、左右にゆらゆらと揺らす。

 

「こうしてライターの火とか、人の指を左右に振って目で追ってもらうんだ。人の脳は左脳と右脳がそれぞれ異なる役割を担っているんだけど、それを脳梁と呼ばれる器官が連結していてね。こうして視線の動きを左右に振ることで脳の働きを活発にするほか、脳梁の情報のやり取りを実際に活発化したりするとも言われているんだ。そしてトラウマの原体験となっている記憶を呼び起こし、言語化、客体化することでその記憶を適切に受け止められるようにするんだよ」

 

 ライターやろうそくの火を使うのはそれが人によっては安心感を与えることにも繋がるからと言う。もちろん火にトラウマがある人に対してそんなことをするわけにはいかないけれど。

 

「まあこうした本当に治療らしい治療をすることって珍しいけれどね。多くは会話や文字起こしで記憶を言語化することが大事かな。トラウマを抱えている人はまず原体験を適切に追想することが出来ないからね」

 

「なるほど、トラウマは過度に過去の記憶を恐れているからまずはそれを主観的な記憶から客観的な記録に変換する、と」

 

「呑み込みが早いね、その通りだよ。心の病ってそれこそ病気やケガみたいに治療法、特効薬が無いし、カウンセラーや心理士のやっていることって治療と言いながら会話をするだけだから軽んじられることもあるんだけど、きちんと方法論は策定されているし、素人とプロのカウンセラーじゃ採れる手段も効果も変わってくる、れっきとした医療行為なんだよ」

 

 そう語る丸喜先生の顔は自信に満ちていた。それはきちんと努力を積み重ねてきた人特有の自負であり、自身の職分に対する責任を感じているからこそのものだ。

 

「海藤君はカウンセラーにすごく向いていると思うよ。僕と同業になったら恐ろしいライバルになるんじゃないかと思うくらいにはね」

 

「いやいや、大袈裟じゃないですかね」

 

 丸喜先生は冗談めかした口調だけど、その目はキラキラと輝いてこっちを見ているあたり僕がもう少し興味を見せたら本当に色々勉強道具とかを貸して本格的に教えてくれるんじゃないかと思わされる。もちろん興味が無いわけじゃないんだけれど、本当に聞きたいことはそれだけではない。

 僕は嬉しそうな丸喜先生に申し訳なさを感じながら、聞きたいと思っていたことを口にする。

 

「それじゃあ例えばなんですけど、強いトラウマを抱えて、どれだけ時間をかけても言語化すら適切に出来ない患者がいた時ってそれでも諦めずに正攻法の治療を続けるんですか? あるいはその記憶、原体験を変えてしまう、みたいなことって出来るんですか?」

 

「記憶や原体験を変える? どういうことだい?」

 

「例えばトラウマ自体を無かったことにする、とか。トラウマの記憶はあるけど自分はその当事者じゃない、傍観者みたいな立ち位置だったと錯覚させてしまって強制的にトラウマを客観化させるようなことは出来るのかなって。トラウマを感じている自分を他人に置き換える、みたいなイメージですかね」

 

「……トラウマを感じている自分を他人に置き換える」

 

 僕の言葉を聞いた丸喜先生から柔和な笑顔が消えた。顎に手を当て、僕の言葉を真剣に吟味しているらしく、目を閉じている。

 

「面白い発想だけど、それはオススメしないな。そうやって認知をすり替える手法は無い、ことは無いよ。言ってしまえば催眠術は人の無意識に働きかけて認知を弄る技術だからね。けれど心理療法にそれを応用して仮に治療出来たとしても、いつ暗示が解けて再発するか分からない。それこそずっとカウンセリングし続けるか、余程強固な暗示を掛けるかしないとね」

 

 僕としては本当にそれで患者が救われるなら良いけどね、と丸喜先生は付け足した。

 

「患者が救われるなら、ですか」

 

「ああ。耐え難い現実に押し潰されてしまうくらいなら、甘美な夢であっても希望を持って生きられる方が良い。僕はそう思うよ」

 

「そう、ですね。全てを終わらせてしまうよりは、その方が良い、というのも理解出来なくも無いです」

 

 丸喜先生の言葉は確かにその通りだと頷けるものだったけれど、僕は素直にそうだと頷くことは出来なかった。甘美な夢に気付かずに生き続けられるほど、人は強くも無いと僕が思っているからかもしれない。

 

 例えば認知をすり替えて他人に成り代わったとして、本当にそれでその人は救われたと言えるのか。僕はそれを易々と肯定出来そうになかった。

 

 

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