Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Eyesight of judgement

 明智君に連れられてやってきたのは銀座の小料理屋だった。電話口で新島さんに指定されたお店らしい。大きな看板も無く、表通りからは一本入り込んだ路地にあるところから知る人ぞ知るお店といった場所だろうか。

 入り口を開ければ純和風な落ち着いた佇まいにこうした所に縁遠い僕は内心たじろいでいたけれど、明智君は慣れた様子で女将さんに挨拶をしたかと思えば店の奥へと歩を進めていく。

 

「……フフッ」

 

「人が緊張してる様子を笑うのはあまり良い趣味とは言えないと思うけど?」

 

 僕が固くなっているのを横目に見た明智君がクスリと笑った。自分でも情けない限りだけどこんな見るからに高級でございというお店なんて僕の記憶にはそう無いものだから仕方ないだろう。というか同じ高校生なのに慣れた様子の明智君がおかしいのだ。やはり芸能人は違うということなのだろうか。

 

「ごめんごめん。君がそんな風に固くなっているのは珍しくてね。なんだかずっと君にはどこか遅れているような気がしてたから、こうやって人並みに緊張することもあるなんて親近感を覚えただけさ」

 

「僕は芸能人の君とは違ってどこまでも一般人でしかないはずなんだけどね……」

 

 妙に僕を持ち上げてくる明智君についていくこと少し、通されたのは奥まったところの個室だった。既に相手は到着しているらしく、明智君は気負った様子も無く引戸を開いた。

 

「やっと来たわね」

 

「お疲れさまです。冴さん」

 

 腕を組み、少しピリピリとした様子で僕らを迎えたのは黒いスーツに身を包んだ怜悧な印象の女性。色素の薄い髪は一見して儚い印象を与えそうだが、青紫色に濃く引かれたアイシャドウと吊り目気味の鋭い眼差し、何より身に纏う雰囲気が彼女という人間のあり方を率直に表していた。

 

「それで、そっちが電話で話していた彼ね」

 

「ええ、そうです。それより、僕らも座って何か注文しても? もう良い時間だしお腹ペコペコで」

 

 新島さんの姉らしく、凄い美人なんだけど初対面だとかなり気後れしてしまう雰囲気の女性だな。僕を値踏みするように観察する新島冴さんに頭を下げながら明智君の隣、新島冴さんの正面に腰を下ろす。

 

「えっと、はじめまして。海藤徹です。秀尽学園の3年生で、なんでか知らないけど明智くんの助手、みたいなことになってます」

 

「……新島冴よ」

 

 よろしく、と言って差し出された右手を僕もおずおずと握る。なんだろう、敵対的とも違うけれど、何故か警戒されているような気がする。

 

「真からたまに話は聞いているわ。同級生に凄く優秀な男子がいるって。名前も合ってるし、探偵の助手をしているってことを踏まえても海藤君がそうなのよね?」

 

「あー、はい。そうですね。新島さん、いやどっちも新島さんだからややこしいな。真、さんとは生徒会でも一緒に活動してまして」

 

「最近避けられてるから寂しいんだよね」

 

「余計なことを言うのは止めてくれないかな、明智くん……」

 

 横から茶々を入れてくる明智君にため息を一つ。そのタイミングで女将さんが注文を取りに来てくれた。こういった店が初めてだし自分の手持ちも心許ないと考えているとこの場の会計は新島さんが持ってくれるとのことだ。そこまで生活が苦しいということは無いだろうけどこんな高級そうな店でそこまで甘えるのもいかがなものかと葛藤していると明智君が僕の分まで無遠慮に注文を済ませてしまった。

 

「君は少し年長者への敬いというか遠慮というものがあった方が良いと思うけど」

 

「冴さんが奢ってくれるっていうんだからそれに存分に甘えるのはある意味敬っていることになるさ。ですよね、冴さん?」

 

「……それで頷かなかったら私が狭量扱いされるだけじゃない。別に気にしなくて良いわよ、海藤くんも。それと呼びにくいだろうし、明智くんと同じように下の名前で呼んでくれて構わないわ」

 

「そういうことでしたら、お言葉に甘えて。ごちそうになります、冴さん」

 

 新島さん、もとい冴さんは先ほどの僕と同じように小さくため息を吐くと気を取り直したように足を組み直して僕らを見据える。

 

「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうかしら。明智くんも認めている推理を。高校生だからって子供扱いしないわ、ここのお代を出す甲斐があると期待しているわ」

 

「それに見合うだけのものかは僕には分からないですけど……」

 

 過分な期待をされていることに喜び以上のプレッシャーを感じながら僕は口を開く。話すのは先ほどまでカフェで明智君とも話していた内容だ。再度口にすることで自分の中でもう一度整理するという考えもあった。

 僕の考えの前提となっている条件は三つだ。

 

 一つ目、数年前から世間を騒がせている精神暴走事件と今年に入ってから始まった改心事件に繋がりは無い。

 

 二つ目、斑目による贋作絵画の流通と金城の生業は本人達が直接知らぬところで繋がっていた可能性がある。

 

 三つ目、斑目と金城のバック、上に立つ人物は恐らく単なる反社会的勢力に収まらない人物である。

 

 改めて並べてみると、我ながら一つ目の条件以外はドラマや映画の見すぎだと言われても仕方ないくらいに荒唐無稽だ。ただの一般人が少ない情報を無理矢理繋げただけの推理とも呼べない妄想なのだからそうなるのも致し方ない。

 

「……明智くん、あなたは海藤くんの言っていることがどこまで合っていると考えているの?」

 

 話を聞き終えた冴さんは明智君に水を向ける。

 

「僕はそもそも彼の話す推理の前提条件である精神暴走事件と改心事件の繋がりを否定してますから、そういった意味では合っているとは言い難いですね。でも、金城の後ろにいる人物がただ者ではない、それは僕だけじゃなく冴さんも分かっていますよね。あれだけ僕らが調査しても手がかり一つ掴めなかったんだから。事件の時系列からそのことだけでなく金城と斑目の繋がりにまで洞察が及ぶ、それも僕や冴さんみたいな情報網が無い人間がですよ」

 

 僕の助手として紹介するのに不足は全く無いですよね? と言って明智君はニコリと笑った。

 

「……斑目の取り調べはあまり進んでいないわ」

 

 少し考え込むような沈黙の後、冴さんは彼女が所属している地検特捜部の調査状況について話し始める。いや、僕が聞いちゃダメなことだらけじゃないかと慌てて止めたが、明智君の助手なら問題ないと言い切られてしまい閉口する。ここで僕が明智君の助手でもなんでもないと言ってしまえば僕だけじゃなく冴さんまで守秘義務違反だなんだで問題になってしまう。こうやって僕が逃げられなくするために散々と助手だなんだと吹聴していたのか、と僕はジロリと明智君を睨み付けてみれば、彼は何も悪びれた様子無くいつもの爽やかな笑みを返してきた。巻き込まれることは分かってはいたけど、ここまで渦中に入り込むだなんて思ってもみなかった。

 

「秀尽生なら鴨志田の件も知ってるわよね?」

 

「ええ、まぁ」

 

「鴨志田と斑目はどちらも心の怪盗団のターゲットになった。精神暴走事件との繋がりはともかくその二件には確実な繋がりがあるのよ。けれど二人とも何かをされた記憶は無いと言っている。ある日突然、自分が今までしてきたことがとても罪深いものだと気づいて自責の念に耐えかねたと」

 

 脅迫や薬物の痕跡も無い、ただ人が変わったかのように殊勝な人間になり、自分の悪行を明かす。だからこそ警察も検察も取り調べしようと自首、自白以外の調書の書きようが無いのだという。

 

「人なんてそう簡単には変わらないわ。ということは何かの外的要因であそこまで変わったはず。だというのにそこだけがブラックボックスになっている。そういった意味では精神暴走事件も同じなのよ。ただ結果の方向性が犯罪を自白するか、犯罪をさせるかの違いがあるだけ」

 

 だからこそ私も明智君の言う通り精神暴走事件と改心事件には繋がりがあると考えているわ。

 

 冴さんはそう締め括った。つまりは僕の考えは可能性としては薄いものだと、彼女も考えているということだろう。もちろん、僕自身もこの推理が容易く信じてもらえるわけが無いことを分かっている。客観的に事実を並べてみれば精神暴走事件と改心事件には類似点が多い。そうなれば繋がりを疑わない方が不自然だ。僕は単純に、怪盗団が精神暴走事件に拘わっていないことを知っているだけなのだから。

 とはいえ、それを明かしたところで事態はより悪化するだけなのでどうにか二つの事件が繋がっていない理屈をこじつけなくてはいけない。

 

「これは明智くんとも前に話したんですが、精神暴走事件は今も起こっている。二つの事件が同一犯によるものなら改心事件にしないのは何故でしょう」

 

「精神暴走事件は一般人がある日突然犯罪や事故を起こすわ。改心事件とはターゲットの選定基準が違う」

 

「正義の怪盗団と精神暴走事件の黒幕の二つの仮面があれば動きやすくなる。金城はそれを利用していると僕も考えているよ」

 

 冴さんの言葉に明智君も続く。仮にも助手と言っておきながらどうしてそちら側に味方するんだ。せめて君は僕の味方になっていてほしいんだけど。

 

「そうであれば精神暴走事件も改心事件もそれの発生によって金城に利する必要がある。冴さん、数年前からの精神暴走事件の発生前後で誰が得をしたのか、あるいは損をしたのかは分かりますか?」

 

「それは……でもそんなもの調べようが無いわ。明智くんに頼んでも明確な繋がりは見えてこなかった」

 

「今の日本経済はあらゆる業界、人間が絡み合っているからね、どこかが崩れたことによる影響は崩した本人にも計り知れないと思うよ」

 

 チリ、と何かが引っ掛かった感覚が僕の中に生じた。けれど僕がその輪郭を把握する前にその感覚は消えてしまう。僕は目を閉じて熱くなりかけた頭を冷ます。落ち着け、変なことを口走ってはいけない。

 

「本当にそうですかね。それなら改心事件は金城に利する結果になったと言えますか?」

 

「僕が推理している斑目と金城の対立関係があった場合は、少なくとも斑目事件は金城の利益になっているんじゃないかな」

 

 それはカフェでも話した明智君の推理。けれど僕がどうしても飲み込めない点だ。斑目と金城の繋がり、どうしてここまで違和感があるのか。冷静に考えれば、明智君の言っていることも尤もな内容のはずなのに。

 

「……これ以上話しても恐らく平行線になるだろうね。それじゃあ少し論点を変えよう。もし怪盗団が金城の部下じゃなかったとしたら、彼らは金城をターゲットにするかな?」

 

「多分だけどするだろうね。今までの怪盗団の行動、といっても二件だけだけど。それを考えれば怪盗団は案外単純な行動原理で動いていると思うから」

 

「単純な行動原理?」

 

「そうです。怪盗団はどちらの事件でも明確に被害者を救うことを命題としています。鴨志田事件のときは彼に虐げられたバレー部員を、斑目事件のときは才能を盗まれた弟子達を。しかもその被害者は誰もが社会的には地位が低い学生や一般人、表立って動けなかった弱者でした。だとすれば今回のように学生がメインで狙われている事件に彼らが動かないという可能性は低いでしょう」

 

「弱者のための改心事件。怪盗団のプロファイルとしては理にかなっているね」

 

 疑問を呈する冴さんに僕は僕なりの考えを伝える。このプロファイルについては明智君も同意するようで、僕の隣でうんうんと頷いていた。ただ、冴さんはどこか気に入らないようで、ただでさえ鋭い目を更に細めて僕を睨み付ける。

 

「怪盗団は正義だとでも言うつもり?」

 

「いいえ? 僕は善悪を論じるつもりはありませんから」

 

「え……?」

 

 僕の返答が意外だったのか、先ほどまで鋭く細められていた冴さんの目が驚きに丸くなる。その反応が面白かったのか、明智君は横で声を殺して笑っていた。どうやらこの問答をさせることも明智君の狙いの一つだったらしい。

 

「怪盗団の善悪の定義は無意味だと思いますよ。だって被害者を取り調べても不法行為は無かったのでしょう? だとすると現行法では罪に問えない手段を用いている可能性が高い」

 

「っ……! それでも、彼らのやっていることを野放しには出来ないわ!」

 

「ええ、野放しに出来ないから今こうして動いているし、それが検察である冴さんの信念なんでしょう」

 

「信念……?」

 

「違いましたか? 冴さんは男社会の検察庁にいながら圧倒的な実力で評価されている方だと、真さんから聞いていますよ。自分にとっての憧れで、尊敬する姉だと」

 

 夜討ち朝駆けが常態化していると言って良いのが検察庁を始めとする司法の世界だ。日本では起訴された刑事事件の有罪率は99.9%と言われており、これは世界では類を見ない数字になっている。確実に勝てる戦いしかしないだとか、強引な手法による捜査が含まれているだとか言われてしまう面もあれど、そう揶揄されても検察の執念深さと圧倒的な捜査力は称賛されるべきだろう。そしてそれを支えているのが検察の血の滲むような努力なのだとすれば、そこで頭角を現している冴さんがどこまでずば抜けた力の持ち主であるかは良く分かる。女性だからと色眼鏡で見られてもおかしくない中で、それも両親もいない環境で妹を少なくとも経済的には不自由させること無く高校まで通わせているのは尊敬に値する。

 そんな冴さんを支えているのは検察としての法の番人としてのプライドなのだろう。だから法に頼らず、法の目を盗むような輩が許せない。

 

「その姿勢は認められるべきものですし、僕は尊敬します。真さんから聞くだけで凄いと思いましたから」

 

 とはいえ最近は避けられていてそういう話も出来てませんけどね、と自分で言っていてまた少し凹む。やめてくれ、慰めるように肩を叩かないでくれ明智君。そんなことをしてるくせにその分だけ自分に構ってくれる時間が増えたと嬉しそうな顔してるのは分かってるんだぞ。

 

「そう……、真が」

 

 冴さんは意外そうな、けれどもどこか嬉しそうな面持ちでそう呟く。新島さんも冴さんも二人して素直に自分の内心を相手に伝えたりはしないだろうから、こういったことを聞く機会があまり無かったのかもしれない。家に帰って新島さんがこのことで冴さんにからかわれたら少し申し訳ない気持ちが湧いてきたかもしれない。冴さんが表情を緩めたのもほんの僅か、彼女はすぐに表情を引き締める。

 

「と、そんなことはどうでも良いわ。じゃああなたは怪盗団を追う私に協力してくれる、ということで良いのよね?」

 

「僕が出来る協力なんて大したものじゃないと思いますけどね」

 

「海藤くんに連絡を取るなら僕にも一言くださいね? 一応僕の助手なんですから。僕だけハブにするとか泣いちゃいますよ?」

 

 明智君の言葉で先ほどまでの緊張感は霧散する。そしてそのタイミングを見計らっていたかのように女将さんが料理を運んでくる。話している間は聞いちゃマズイことを聞いてしまわないように部屋に近づかないようにしてくれていたのだろうか。

 

「さて、それじゃあ後は食べながら話そうか」

 

「というかどれだけ頼んだのよ、明智くん」

 

「少しは遠慮する気持ちとか無いの?」

 

「あれ? いつの間にか二対一になってない?」

 

 テーブルにずらりと並べられた料理を前に、僕と冴さんは冷たい目を明智くんに向ける。親しき仲にも礼儀ありという言葉をもう一度辞書で引くべきじゃないかな、この男は。

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