僕としては悲しいことに、あの日の新島さんとの一件以降、僕は彼女から避けられているようだった。時おり後ろを尾けてきている気配を感じるが、そちらに視線を向ければ彼女は僕と目を合わせることなく走り去ってしまう。
入学して以降、勉学の面でも生徒会活動やその他課外活動の面でも仲良くやってきただけに、自分でも意外だけど割りとダメージは大きい。
「それであんまり元気が無いわけだ」
「君とこうやって頻繁に顔を合わせても良いと思う程度にはね」
「あはは、ひどい言い種だなぁ」
今日も今日とて爽やかさを全面に押し出した笑顔で僕のイヤミを笑って受け流す高校生探偵に、僕はジト目を送った。もはや恒例となってしまった駅前のカフェでの明智君との交流は、恐ろしいことに今まで全ての回が彼からの誘いによるものだ。
「それで、電話でも言っていたけど僕に聞きたいことがあるんだよね? これまで色々と僕の捜査にも協力してもらったことだし、もちろん力を貸すよ」
「君の捜査への協力は単に僕が巻き込まれただけなんだけどね。まあ良いや」
僕は注文したコーヒーで口を湿らせると、最近秀尽学園に漂う不穏な気配、それと学生達の間に流れるおいしいバイトとやらの噂について話す。あれから、僕の方でも校内で聞き込みをした他、渋谷はセントラル街をバイト帰りに歩き回ってみたりなどしている。
その結果、学生の間で流れている噂についてもある程度の裏は取れてきた。驚くことにおいしいバイトが実際に行われるのは昼間から夕方がメインであり、日が沈んでからは勧誘も、実際に物を運ぶのも一切行われていない。更に知らずに運び屋にされている被害者達は、多くが駅前のロッカーなど人目の多いところが目的地に設定されていた。
この絵図を描いた人間がどれほど用心深く、抜け目無いのかがひしひしと伝わってくる。勧誘のタイミングが昼間から夕方ということは、学生達の警戒心が多少なり緩んでしまう。夜という時間帯はそれだけで後ろ暗いことを想像させ、人の警戒心を高めてしまうものだ。そして目的地が路地裏などではなく、駅前のロッカーという点も巧い。そんな堂々としたところであれば、大したものを運んでいるとは思いにくい。更に脅迫材料となる写真を撮影するにも通行人に紛れやすく、被害者が見られないように警戒していたとしても盗撮から逃れることは非常に難しくなる。こうして犯人グループは何も知らない学生達を騙し、盗撮した写真を材料に金を脅し取っている。
「なるほど……」
僕が話し終えると、明智君は何かを考え込むように顎に手をやって黙り込む。なので僕は自分の考えを引き続き口にする。
「末端で動いているのはヤクザ、とまではいかない半グレの若者。不思議なのは最近になって活動が活発になったことだけど、根拠地は恐らく渋谷だ」
「……渋谷を根城にしていると思ったのはなぜ?」
「最近になって活動が激しくなったことが一つ。ネットでも調べてみたけど、こういう話は日本全国で無いこともない。だけど5月末から6月にかけて被害者が急増しているのは東京の渋谷。トップの差配がもっとも早く反映されるのは当然その支配力が強いところのはずだよね。だとすると渋谷はトップかそれに近しい人物が影響力を及ぼしやすいところになる」
「そうだね、そう考えるのが自然だ」
明智君がそう言いながら足元のアタッシュケースを自分の膝に乗せ、中から一枚の書類を取り出して机上に差し出した。
「この件については僕も警察から捜査協力を受けていたんだ」
彼が差し出した紙には、[渋谷を中心に発生している学生脅迫事件の顕著な増加について]との文字。中身に目を通してみれば、警察も僕と同様に今の状況を把握しているらしく、パトロールの強化、捜査に乗り出しているらしい。あまり成果を挙げられていないのが苦しいところみたいだけど。
「警察が主犯と睨んでいるのはこの男、金城潤矢。これまでも違法薬物所持や反社会的勢力との繋がりが疑われて警察の強制捜査の対象にもなったことがある男だよ」
明智君が指差した先には金城と思われる男の写真。ふくよかな身体を包むけばけばしい紫色のスーツに黒いシャツ。明るい茶髪に恐らく純金であろうネックレスや指輪などのアクセサリー。それらに装飾されたふてぶてしくカメラ越しにこちらを睨み付ける目。
なるほど、偏見かもしれないけれどいっそ清々しいほど裏側の人間だと思える風体だ。
「そこまで分かっているなら警察ももっと積極的に動けるんじゃないの?」
「それがそうもいかないんだよ」
僕の疑問に明智君は悩ましげに眉を寄せる。
「過去の強制捜査は警察としてもかなりの勝算があったにも拘わらず空振り。そして今回の件についても有力な容疑者ではあるものの捜査に踏み切れる証拠が揃っていないんだ」
明智君の説明になるほどと頷く。やはり相手はかなり狡猾な手合いらしい。とするとさっき語った不思議な点がより浮き彫りになる。警察の強制捜査、明智君も言ったように、警察も勝ち目がある、半ば勝ちを確信した状態で捜査に踏み切ったはずだ。なのにそれを掻い潜ったほどの用心深さと対応力がありながら、なぜ今になってここまで性急に事を進めようとしているのだろう。
金城の動機は資金調達であるのは間違いない。学生をターゲットにしているのは社会的地位も低く、そして親という確実に搾り取れる対象を巻き込めるからであるからに違いない。加えて容疑者として挙げられていながら証拠を警察が掴めていないという。ここまで周到な手段を用いることが出来る人物が、どうして急速に被害者を増やすような真似をしたのだろうか。僕が金城の立場であれば、目を付けられないように各地でじっくりと事を進めると思うのだけど。
「……金城は主犯格かもしれないけど、更に上に指示を出している者がいるよね、これは」
「やっぱり君もその結論に至ったね。僕の見込んだ通りだ」
僕の呟きに、明智君がニヤリと笑った。その顔は、普段の爽やかさが鳴りを潜め、どこか好戦的な色を窺わせるものだった。
「ドラマや映画だとこういう人の上に本物のヤクザがいて、そこに納める金を金城が稼いでいるっていう展開がよくあるよね」
「そう、君の言う通り僕もその線を疑っているんだ。そしてこのことが僕が捜査に苦戦している原因でもあるんだけどね」
金城だけでここまで警察の捜査を掻い潜れるのは不自然だと明智君は語る。警察の強制捜査も事前にその兆候をキャッチできていたのだとすればそれも頷ける。
「だけど厄介なのは金城のバックについている人間について調べを進めても手がかりすら掴めないことなんだ」
明智君はそう言うと肩を落とす。これまで大人顔負けの推理力で警察にも頼りにされているだけあって、こうした調査がうまくいかないということは彼にとっても歯痒いものらしい。
彼は自身が捜査を進めてきた内容をかい摘まんで説明してくれる。それを聞きながら、僕は頭の中で言い様のない違和感が生まれるのを感じていた。
金城の狡猾な立ち回りとそれに反する性急な動き、その動機と恐らく更に上にいるであろう黒幕。これが単純に金城を中心としただけの
「資金……」
「ん、なにか引っ掛かるものがあった?」
考えを巡らせる内に口を衝いて出てしまっていたらしい僕の呟きに、明智君が耳聡く反応する。僕は彼への返答もおざなりに、再び机上に置かれた紙に視線を落とす。
反社会的勢力との繋がりの証拠は無い……、それが本当だとしたら。
違法薬物。金城の資金調達の方法は薬物売買かもしれないがそれによって得られる資金は莫大なもののはず……、今回彼が学生を相手に脅迫をしてまで資金を調達しようとしている動きは性急過ぎやしないだろうか。
違法薬物売買で得られる以上の資金が早急に必要になった。そのために金城は上にあたる人物から資金調達を命じられたのだとすれば、直近でそうした資金源が潰されるような大きなニュースはあっただろうか。
そこまで考えたところで、ふと視界の中に不思議そうな顔でこちらを見ている明智君が入る。その瞬間、僕は頭の中に引っ掛かっていたものに気付いた。これが僕の単純な思い過ごしなのか、あるいは何かとんでもなく大きな事件の一端に手をかけようとしているのかは分からない。僕は心臓が痛いくらいに脈打つのを感じる。
「……斑目」
「斑目?」
「彼は記者会見で言っていたよね、サユリの贋作を作っては売り捌いていたと。彼自身も相当溜め込んでいただろうけど、彼の資産がどこに流れ込んでいたかを警察は調べた?」
「いや、まだそこまではしていないと思うけど……」
「斑目が逮捕されてから入れ替わるかのように今回の事件が現れたんだ。どちらも共通するのは大きな金の流れが発生していること。そもそも盗まれたはずのサユリが表のルートで出回ることが無いと考えれば、金城と斑目は資金の流れで繋がっていたと考えられない?」
「まさか……」
飛躍し過ぎた僕の妄想だと言われてしまえばそれまでだ。けれど、本当に裏で斑目と金城が直接的、間接的に繋がっていたとすれば、金城のバックにいる人物は単なる反社会的勢力に収まる人ではないかもしれない。
「明智くん、これが僕の考えすぎだと、飛躍した妄想だと思う?」
「……常識的に考えれば、その可能性は薄いと言わざるを得ないね。斑目と金城の件に繋がりは無い。少なくとも僕はそう考えているよ」
「それは何故?」
「僕は怪盗団が金城の部下である可能性を考えているからさ」
「……怪盗団が?」
明智君の口から出たのは、僕にとっては一笑に付してしまうような内容。けれど、彼の表情は真面目そのものであり、ふざけて言っているわけではなさそうだ。
「僕は君と違って精神暴走事件と改心事件は繋がっていると考えている。どちらも怪盗団が実行犯だという僕の推理に基づいて金城と怪盗団の繋がりに関する僕の推理を話すね」
明智君曰く、金城が警察の強制捜査の情報を掴めたのは怪盗団の持つ人の心を操る何らかの術によるものだという。金城の所業に目を向けられそうになれば、それを逸らすように精神暴走事件、改心事件を引き起こしてきた。世間の目が怪盗団に向いている今ならば、多少は派手に動いたとしても問題ない、むしろ警察に睨まれても怪盗団の力を使えば逃れられると確信しての動きだと明智君は語った。
なるほど、彼の言うことにも一理ある。怪盗団が僕にとって本当に正体不明の集団であったならば、僕もその可能性を考えたかもしれない。
「僕の中では斑目と金城はむしろ敵対していた、という線が濃厚だよ。薬物売買の資金源かロンダリングルートで二人が競合した可能性も考えられるからね」
「敵対していた……ねぇ」
僕はそれについてはあまり得心がいかなかった。違法薬物の売買と贋作絵画は客層も流通ルートもそこまで被ることは無い、むしろ薬物売買で得た資金を贋作絵画を通してロンダリング出来ることを考えれば、二人は協力関係にあったと考えても良さそうだと思ってしまうのだ。けれどこれは僕が怪盗団と金城に繋がりはないと強く信じているが故の推理。言ってしまえば現時点では明智君の推理と僕のそれに優劣は無いのだ。
「その顔はあまり納得していないって顔だね」
「ごめんね、明智くんの推理を否定したいわけじゃないんだ。でも引っ掛かる点がどうしても飲み下せない」
「構わないよ。むしろそうやって僕と違う視点を持っていながら、それを僕に納得させるレベルで話してくれるから僕は君を信用してるんだしね」
だけど、これ以上はあまりここで話すべきじゃないかもしれないと明智君は周囲に視線を巡らせる。その意図は僕にもすぐに伝わった。ここは渋谷駅前のカフェだ。金城の手の者がどこにいるか分かったものじゃない。見る限りはあからさまな風貌の人間はいないものの、狡猾な立ち回りの出来る金城の部下にはもちろんそれ以外の人間もいるだろう。ただでさえ明智君がいることで周囲の耳目を集めやすいのだから、彼の懸念は尤もだと思う。
「それじゃあ今日はこのあたりにしておく?」
「いや、僕はもう少し話したい。この件については僕と君とで異なる視点から推理していかないと手がかりは掴めないと思うからね。ちょっと待ってて」
もう切り上げようかと提案すれば、明智君はそう言って席を出す。スマホを見ながらお手洗いに向かっていき、誰かと電話しているようだ。時おりこちらに視線を向けながら。
電話自体はすぐに終わったらしく、明智君は爽やかな笑みを浮かべながら席へと戻ってきた。
「良かった。今日は予定が空いていたみたいだ」
「誰との電話だったんだい?」
「僕が今協力を依頼されている人だよ。この件について警察とは別口で捜査を進めていてね、僕は警察とその人の両方と情報をやり取りしながら捜査しているんだ。君の推理は彼女にとっても参考になると思ったからね、今後も君が動きやすいように僕の助手として紹介しておこうと思って」
「助手、というのはあんまり頷きたくないけれど、気遣いには感謝するよ。それで、その人って?」
「新島冴さん。今新進気鋭の敏腕女検事さんだよ」