Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

23 / 104
Buzzing of fly

「副会長、ちょっといい……?」

 

 ためらいがちな様子でそう言うのは普段あまり会話を交わすこともない他クラスの男子生徒。メガネをかけた物静かな、歯に衣着せず言うならば少し暗い彼が、昼休みに僕を訪ねてきた。挙動不審とも思えるくらいにビクビクしている彼の様子に用件を察した僕は、人のいないところに行こうと言って席を立つ。向かう先は屋上だ。

 最近、といってもここ数日の話だけれど、こうして声をかけられることが増えた。本来ならば交友関係が広がると嬉しく思うところなのだけど、そうはいかない事情もある。

 

「その、僕と同じクラスの人に脅されてて……助けてくれませんか!?」

 

 屋上に出た彼の第一声は半ば予想通りのものだった。相談内容は大抵決まってこれだ。彼のような相談を僕に持ちかけてくる人は少なくない。

 鴨志田先生の一件で、僕は良くも悪くも名が知れている。それ以前からもそうだったかもしれないけれど、特に目の前の彼のように気弱な子ほど、同じクラスに頼れる友人も少なく、藁にも縋る気持ちで僕のところに来ることがある。もちろんそういった人たちを邪険に扱うわけにはいかないため、両者から事情を聞き出し、僕に出来る範囲で事態の収拾に努めるのだけど。

 

 今日相談を持ちかけてきてくれた彼の悩みは、以前からからかってくることの多かったクラスメイトが最近度を越して因縁をつけてくるようになったというものだ。カツアゲ紛いのことまでされており、お金を払わないと暴力を振るわれることもあったという。

 秀尽学園は曲がりなりにも進学校だ。もちろんやんちゃな生徒もいるにはいる。スポーツ推薦制度もあるため、全員が全員、勉強を頑張っているとは言えない。それでも、学力的にはある程度均質化されており、故にそこまで荒れた環境ではない。

 だというのに、ここ最近、それも6月に入ってからは僕のもとには今日の彼のように恐喝紛いの行為で金品を巻き上げられたといったトラブルが多く舞い込むようになっていた。これまでも無いわけではなかったが、最近は異常だ。校内にもどことなくピリピリとした雰囲気が漂っているようにも思える。

 

「なるほど、事情は分かった。僕の方から相手方には話をしておくよ。君はお金を払う必要はない。もし顔を合わせるのが怖ければ数日は休んでも良いと思うよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 僕の言葉に、相談者は大袈裟に頭を下げる。本当に、ここ数日ですっかりこういった案件の対処に慣れてしまった自分がいる。あまり嬉しくないことだけれど。

 相談者の彼から相手の名前を聞き、とりあえず休み時間は教室にいないこと、放課後になったらとにかく早く帰宅することを言い含めておいた。今日の放課後に相手の生徒に会って事情を聞き出せば少なくとも今日は彼が被害に遭うことも無いだろう。

 相手方の事情とやらも、ここ最近の嬉しくない経験値によって僕は何となく察しがついてしまっているのだ。

 

「最近校内の雰囲気がおかしくないですか?」

 

 放課後、生徒会室には珍しく副会長の僕と書記、会計の三人だけが集まっていた。新島さんは用事でもあるのか、まだ来ていない。

 

「おかしい、っていうのはどんな風におかしく思うの? 会計くん」

 

「そりゃ、なんかピリピリしてるっていうか……。副会長だって色々相談受けてるじゃないですか」

 

 会計の彼が言うことに僕は頷いた。この異様な気配はどうやら僕の考えすぎというわけではないらしい。

 

「そうそう、私の同級生にも急に金遣いが荒くなったり、かと思ったら凄い顔してお金貸してって言って回ってる人とかいたよ」

 

 同調するように書記の子も身近で見た様子のおかしい人物を教えてくれた。名前を聞けば、僕も何度か相談されたことのある人のことだった。

 

「トラブルもあちこちで起きてるし、なんか怖いですよね……」

 

 会計の言葉に僕はここに来る前に聞いた話を思い返す。昼休みに頼まれたことを早速片付けようと、僕はHRが終わるや件の彼の下へと向かい、人気の少ない教室で事情を聞き出した。最初は話すのを渋っていた様子だったけれど、僕が大体の事情を察していることが伝わったのか、ぽつりぽつりと話してくれ、最後には彼からも助けて欲しいと頭を下げられてしまった。

 彼に聞かされたのは所謂闇バイトと呼ばれる部類の話だ。おいしいバイトがあると昼間の街中で声をかけられ、その甘言に乗ってしまったら最後、違法行為の片棒を知らず知らずのうちに担がされ、気がつけばそれをネタに脅迫されてしまったという。

 バイトの内容が路地裏のコインロッカーに小さな封筒を入れるだけという手軽なものであったのに対し、提示された報酬は真面目にアルバイトに精を出すのがバカらしくなるような金額。遊ぶ金欲しさについつい手を出してしまい、封筒を運んでいるところ、お金を受け取っているところを写真に撮られ、後で中身が違法薬物と聞かされたらしい。

 どうしてそんな見るからに怪しいバイトに手を出してしまったんだと言いたくなるが、秀尽学園がなまじ進学校であることが悪く作用したと僕は思っている。良くも悪くも平均以上の家庭で育ってきた生徒が多い。それに中学校までとは比べ物にならない環境変化の中にいるのだ。遊びに行ける範囲も、交友関係の広さも、興味の幅もこれまでとは桁違い、けれども自分の自由に使える金は少ない。更に社会の悪意に晒された経験も殆ど無いのに、本人たちの中には根拠の無い全能感がある。思春期特有の何者にでもなれそうなその気持ちと、経験の浅さ、そしてまさか自分が騙されたりはしないなどという無根拠な思い込みが付け入りやすい隙となってしまっているのだと思う。

 

「……そうやって怖いと思えることは大事だよ。くれぐれも、危ないことには首を突っ込まないようにね」

 

 僕は目の前に座る二人にそう言い含める。それからは僕も手早く自分の分の仕事を片付けると、さっさと荷物をまとめる。今日はバイトのシフトが入っているのだ。

 

「お先に失礼するよ。君たちも無理しないようにね」

 

「お疲れさまでーす」

 

「副会長も気をつけてくださいね」

 

 後輩たちの声を背に受けながら生徒会室の扉を開く。そういえば結構時間が経ったと思うけど、今日は新島さんの姿を見ていないな。真面目な彼女が何も連絡無しに帰るとは中々考えにくいのだけど。

 そう思いながら昇降口に近い階段に向かえば、上階から下りてくる雨宮さんとばったり顔を合わせた。

 

「あ」

 

「おや、珍しいね。帰宅部なのに残ってるなんて」

 

 雨宮さんは特に部活動にも所属していないので、放課後に校内に残っていることは少ない。それこそ丸喜先生との面談や、図書室で勉強していたり、あるいは僕と本の感想会を開いているときくらいだと雑談の中で話していた記憶がある。

 

「……ちょっと、人と会う用事があったから」

 

「なるほどね。もう帰るなら途中まで一緒にどう?」

 

「……うん」

 

 浮かない表情をしている彼女が少し気になったので誘ってみれば、彼女は少し躊躇いを見せたもののコクンと頷いた。校門を出てから少しの間は僕も彼女も口を開くことはなかった。こういうときは男の方から気の利いた話題の一つでも提供するべきなのかもしれないけれど、今はそういう雰囲気でも無いような気がしていたので黙って歩く。

 

「……副会長はこの前のテレビを見た?」

 

「この前、っていうと君がスタジオで明智くんと討論していた番組のことかな?」

 

「そう」

 

 僕が聞き返してみれば雨宮さんは頷く。先週の日曜日のこと、雨宮さん達2年生は社会科見学として色々な職場へと見学へ向かっていたのだ。彼女が選んだのはテレビ局。そこでたまたま、明智くんが出演するワイドショーを観覧していたらしい。途中でお客さんにインタビューするコーナーが始まり、そこでマイクを向けられた雨宮さんが明智くんと怪盗団の善悪について論じる一幕があった。もちろん雨宮さんの顔は映されてはいなかったが、特徴的な制服と声で知り合いならば誰が話しているかはすぐに分かっただろう。

 

「明智は怪盗団は悪だと言った。人の心を勝手に弄ぶ犯罪者だと。私は怪盗団は罪もない人の心を踏みにじったりしない正義だと思う。あなたはどう思う?」

 

「怪盗団の善悪ね。最近本当に似たようなことをよく聞かれるよ」

 

 明智くんに新島さん、そして雨宮さん。こんなに短期間で怪盗団について質問されるとは思わなかった。やはり斑目という大物が怪盗団によって改心され、人々の関心を惹いてしまったからなのだろうか。明智くんと新島さんはともかく、雨宮さんは特に怪盗団に対する周囲の人々の認識が気になるようだ。

 

「僕が言えることは以前にルブランで君達に言ったこととそう変わらないよ」

 

「怪盗団は自分達の行いの結果を受け止めなくちゃいけない?」

 

 雨宮さんはあの日の僕の言葉を思い出そうとするかのように顎に人差し指をやり、視線を宙に彷徨わせながら呟いた。

 

「そう。怪盗団の採っている手段はきっと僕の想像も出来ないことだ。突然人を改心させてしまう方法なんて考え付かないからね。だから肯定も否定もしたくない、というのが本音。もちろん、無理矢理心を変えてしまっているのだとすれば、褒められた行為じゃないと思うよ。それだけは明智くんに同意だ」

 

「それはその力が悪用されてしまうかもしれないから?」

 

「その力が怪盗団の望まぬ方向に作用したとき、一番傷つくのが怪盗団本人だからだね」

 

 僕の言葉の意図が読めないと言わんばかりに雨宮さんが僕を見つめる。明智君が話した精神暴走事件と改心事件の関連性。二つの事件をどちらも怪盗団が引き起こしたとは考えていない。しかし二つの事件が似ているのも事実ではある。すると、怪盗団が改心させようとした結果、誤って精神暴走事件を引き起こしてしまう可能性はゼロじゃないのだと思ってしまう。斑目の改心を経て、彼らは自分達の行いの影響力がどれほどのものかを徐々に分かり始めてきていることだろう。それは世間も同じだ。これから怪盗団には多くの声が、目が向けられることになる。救いを求めるもの、近しい人が不本意な改心をさせられたと恨みをもつもの。そこに本当に怪盗団の関与があったかは関係なく、彼らは自分達ではコントロールし得ないものに自分達の動きを規制されてしまう環境へと自ら足を踏み入れてしまった。

 大衆はある意味身勝手だ。勝手に救いを求めて縋るくせに、何かが起こると手のひらを返す。どれだけ賢明な人間でも、自分の心が操られるかもしれない者を庇い続けることは難しいだろう。怪盗団は自らの力の性質故に、誰一人味方がいない状況になってしまう危険性を秘めている。現代社会において、法の外にいるものは法によって守ってもらえなくなることの恐ろしさを、怪盗団には味わって欲しくはない。

 

 ただ、それとは別に怪盗団そのものの善悪については、僕に思うところはなかった。

 

「怪盗団の善悪を問うことって、僕にとっては無意味なものだと思うんだ」

 

「それはどうして……?」

 

 僕の言葉に雨宮さんは首を傾げる。まあこれは僕のただの持論でしかないから、怪盗団本人達の心の内は本当は違うのかもしれない。

 

「怪盗団は世間の人達に認められたいと思って、改心なんてものを始めたのかな?」

 

「それは……」

 

 雨宮さんは何かを言いかけて口をつぐむ。けれど僕には、後に続く言葉が何となく予想できた。

 

「誰かを助けたい。このままじゃダメだ、そう思ったのが怪盗団の源流なのかな、と僕は勝手に思ってるんだ」

 

 鴨志田先生によって心に深い傷を負った鈴井さん、自らの陸上人生を絶たれた坂本君、関係を強要されていた高巻さん。そして体罰によって身も心も傷ついていたバレー部員達。そんな人達を放っておけなくて、助けたいと思ったから、彼らを虐げる大人達が許せなかったから怪盗団は立ち上がったのだと僕は思っている。そこに、誰かからの称賛を求めたり、認められたいという気持ちはあったんだろうか。

 

「無垢な善意と反抗心が怪盗団の原動力だったんじゃないかなっていう推理。最近できた知り合いのせいでこんな取り留めもないことを考えるようになっちゃったよ」

 

「無垢な善意と反抗心……」

 

 僕の言葉を噛み締めるように呟いて反芻する雨宮さん。彼女の表情には、思いもしないものを見た、という感情が見てとれた。

 

「実際はどうか分からないけどね。これも僕の勝手な希望だから。でも、世間からどう思われても自分が正しいと思ったことを貫く。それが時には悪だと言われたり、時には正義と称賛されたり、でもそれを気にせず自らのスタイルを崩さない。それって怪盗っぽくてカッコ良くない?」

 

 なんちゃって、と言って笑う。これは僕が考えるカッコ良い怪盗像なだけで別にこうあるべきだという一般論でも何でも無い。けれど、雨宮さんなら意外と共感してくれるんじゃないかと思っている。

 

「4月に雨宮さんと怪盗アルセーヌについて感想会したじゃない? あのときに君が語ってくれたアルセーヌの美学、僕は好きだよ」

 

「怪盗の美学……。美学がある方がカッコいい、確かにそうかも」

 

 僕の言葉に、雨宮さんもやはり共感できる点があったらしい。うんうんと頷いて微笑んでいた。さっきまで浮かない顔をしていたから少しでもそれが晴れて良かった。

 

「やっぱり副会長は少し不思議。世間だと怪盗団が正義か悪かで盛り上がってるのに」

 

「かもね。でも、こんな変な奴がいたって良いと思わない?」

 

 そう言って僕と雨宮さんは笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。