Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Sitting in the easy chair

 喜多川君の口から発された衝撃の事実を美味しいコーヒーと共になんとか飲み下した僕は、今度こそ助けが欲しいと雨宮さんに視線を送った。

 

「……事実。副会長の違和感は正しい。指摘した絵は全て祐介が描いたもの」

 

「なんとまぁ……」

 

 そして追撃のように放たれた言葉に僕はコーヒーの良い香りと共にため息をこぼす。何の力も無い一般男子高校生が聞くには重たすぎる話なわけだけど、どうしてこんな話を彼らは僕にしたのだろうか。

 

「どうしてこの話を僕に?」

 

 疑問は内心に留めておけず、口をついて出ていた。

 

「あなたがどう思うかを聞きたかった」

 

「どう思うか……?」

 

 雨宮さんから返ってきた答えに僕はますます首を傾げる。どう思うも何も僕の手には負えない話としか言いようが無いのだけど……。

 そのことを伝えれば、聞きたいのはそういうことじゃないと雨宮さんは首を横に振った。

 

「鴨志田のことでインタビューをされた日、あなたは鴨志田のやったことは許されないことだけど、あの人自身を貶めるようなことを言わなかった」

 

 彼女が言っているのは、ゴールデンウィーク明けに僕が校門前で受けたインタビューのことだろうか。そう聞き返してみれば、彼女はコクリと頷いた。

 

「あなたも鴨志田から暴力を受けたはず。なのにどうしてあんな受け答えが出来たの? 罪を憎んで人を憎まず、ということ?」

 

「うぅん、流石に僕はそこまで聖人ではないなぁ」

 

 僕が鴨志田先生のことを悪く言えないのは彼があの日、心の底から悔いているように見えたからだ。あの懺悔が演技なのだとしたら、鴨志田先生はもっと巧妙に秀尽学園で影響力を発揮できていただろうし、僕があの人のやっていることを暴くのも遅れたはずだ。

 別に性善説の信奉者でもないため、反省の色が全く見えない人を庇うようなことは僕だって出来ないし、それに鴨志田先生に直接被害を受けた人が彼を憎むのを止めろとも言えない。言ってしまえば僕はどっちつかずで中途半端な立場で居続けているだけなのだと思う。

 

「ああして反省出来るってことは根っからの悪人だと僕には思えなかったんだよね。もう少し彼に自制心があれば少しプライドが高くて女好きの体育教師で収まっていた可能性もあったのかも、と思うくらいにはね」

 

「……蓮、お前が彼に斑目の話を聞かせたいと言ったのは、つまりこのためか?」

 

「そう」

 

 ? 僕が思うところを告げてみれば、喜多川君はどこか納得した様子で雨宮さんに聞き、雨宮さんはその通りだと頷いている。ダメだ、この場で話についていけてないのは僕だけみたいだ。

 

「二人で納得していないでどういうことか教えてもらっても良いかな……?」

 

「盗作したことに対するあなたなりの見解を聞かせて欲しい」

 

「ええ……?」

 

 雨宮さんに言われたことに僕の混乱はいよいよ頂点に達していた。まずもって盗作という話だけでもインパクトが大きいのに、それに対して見解を述べよと言われても……。

 

「うぅん、取り敢えず盗作について証拠があれば告発してみるっていうのは出来ないの?」

 

「無理だな。盗作されたのは弟子である俺や、これまでの門下生の未発表作品だ。未発表だから証拠は無いし、出せるとしても証言だけ。斑目は日本芸術界の重鎮だ。複数の振興協会の理事や美術学校の役員でもある奴に証言だけでは勝てない。それにそんなことをせずとも……」

 

「告発するかどうかはともかく。盗作をしていたことについてあなたはどう思う?」

 

 まだ話している途中の喜多川君を遮るように雨宮さんが僕に問いを投げ掛ける。どう思うと言われれば答えは一つだろう。

 

「もちろん盗作は悪いことだ。許されちゃいけない。元の作者の権利も、尊厳も踏みにじる行為だからね」

 

「そう……。じゃあ斑目は問答無用で罰されるべき存在?」

 

 雨宮さんが重ねて問う。まあ被害者からすれば何があろうと許せないし、許されちゃいけないことなんだろう。けれど質問をする彼女の表情を見ると、求められているのはそういうありきたりな答えでは無さそうだ。

 僕は俯いて少し考え込む。日本芸術界の大重鎮が盗作をしていたらしい事実の背景に、どのような事情が隠れているのか。そんなもの、僕なんかでは及びもつかない領域だけれども。

 

「すぐにそこに結びつけるのは短絡的だと、第三者の視点から言わせてもらおうかな」

 

「なに……?」

 

 雨宮さんに返した言葉に、訝しげに眉をひそめたのは喜多川君だ。怜悧な彼の目の奥に剣呑な光が宿るのが見えるが、雨宮さんの方は僕を咎めるような気配は無い。

 

「裁判でもさ、被告人に情状酌量の余地は無いかって議論されるじゃない。反省の色が全く無いのか、もしくはどこかで良心の呵責に苦しんでいるのか、そうせざるを得なかった理由はあるのか。そういったところを考えるのが第三者の役割だよ」

 

 僕は鞄の中から一冊の本を取り出す。それは個展を見に行った日に僕が入場までの待ち時間で読んでいた斑目画伯のインタビュー本だ。それをパラパラと捲りながら頭の中にポツリポツリと浮かんだことを話していく。

 例えばこういう事情があったのだとすればどうだろう。彼が弟子を取り始めた頃、そのときはまだ彼は純粋に若き芸術家達を支援する想いがあったかもしれない。けれど人を養うというのはとても金がかかる。サユリの発表以降、芸術界の重鎮となった後の斑目画伯ならその程度の出費は大した負担にはならないかもしれない。けれどまだそうなる前、理想に燃えていたとはいえ、そのような余裕が無かったときはどうだろう。

 少なくとも彼の審美眼は確かなものだ。彼の名前で発表された絵はどれも人の心に残るものばかりだ。時に繊細で、時に大胆な筆遣いで描かれる彼の絵は、見る者の心を掴んで離さない魅力を備えている。そうした絵を見抜く力は彼に備わっていた。

 

「だとすると昔、最初に彼が過ちを犯したときというのはそこには悪意なんて無かったのかもしれないよ?」

 

「どういうことだ?」

 

 長々と語ってしまっているが、雨宮さんも喜多川君も身を乗り出して聞いており、退屈そうな様子は見受けられない。むしろ、早く続きを聞かせろと先を促すような雰囲気さえ感じた。

 もしかすると最初は本当に弟子が師匠にアイデアを渡したのかもしれない。生活に困窮してくる師を哀れに思った弟子が自らの名で発表するよりも師の名を使った方が話題に、金になるからと。

 何を描いたかより、誰が描いたかが時に絵の価値を大きく左右してしまうことがあるのは芸術という定量化できない世界では避けられない事態かもしれない。前衛芸術の世界を見ていると特にそう思ってしまう。

 そして本当にそうだったとしたら、そのことに葛藤しなかったわけが無いんじゃないだろうか。彼のインタビューでは、芸術が真にモチーフや表現で評価される世界になって欲しいと同門の画家と熱く語り合ったと述べている部分もある。

 

「けれど時を重ねる毎に、名が売れれば売れるほどに、絵そのものの価値より、斑目一流斎の名前の価値が重くなっていくことに彼自身気付いてしまったんじゃないかな。あるいは名を売り、芸術界を変えようとすればするほどそんな世界に染まっていったのかもね」

 

 若いときにああはなるまいと年長者を見ていた者が、いざその歳になってみるとなりたくないと思っていた者と同じ振る舞いをしていた、なんて話はそんなに珍しい話でもないわけだから。

 

「僕には事情も何も分からないけど、悪い側面しか無い人間、良い側面しか無い人間って結構珍しいものだと思うよ。白黒で割り切れるような単純に評価できるものじゃないんだから、人間って」

 

 それこそ芸術のように。だからこそ絵や彫刻、その他芸術作品は人間の割り切れない微妙な色彩を表現出来るんじゃないかと思う。人間は0と1のデータじゃないってことを思わせてくれるものだと、勝手に僕が感じているだけなのだけれども。

 

「だから問答無用で裁く、という前に少しだけ相手の事情も見て、その上でどちらに天秤を傾けるべきかを考えられたら良いよねっていう話でした。ごめんね、好き勝手に語っちゃって。特に喜多川君にとっては不快だったと思うから謝らせて欲しい」

 

 直接の被害者を前にして、関わったこともない人間が想像で好き勝手にしたり顔で喋ってしまったのだ。良い気分になるはずが無い。僕は頭を下げて謝意を示す。盗作された被害者の前で加害者を擁護するようなことを言ったのだ、殴られてもおかしくない。というか半ば殴られることを覚悟していたのだけども、いつまで経っても予想していた痛みはやってこなかった。

 

「……いや、頭を上げてくれ。まるで斑目本人を見てきたように語るから驚いた。腹立たしい気持ちもあるが、だからと言って全てを切り捨てる気にもなれない話だった」

 

 喜多川君から返ってきたのは驚くほど理性的な言葉だった。部外者が偉そうに語った内容なのに受け止めようとしてくれるとは思わなかった。僕が彼と同じ年齢、立場であれば間違いなく知った口を聞くなと怒り狂っていたであろうに。

 

「副会長、怪盗団が次のターゲットを斑目にしていると言ったら、あなたはどう思う?」

 

「怪盗団が……?」

 

 雨宮さんの言葉に、僕の頭の中にあった疑問が一つ氷解する。何故雨宮さんが斑目の弟子である喜多川君と親交を持っているのか、そして斑目の悪行を知っているのか。なるほど、怪盗団は新たな仲間を見つけたということなんだろう。

 

「鴨志田先生と同じように近いうちに斑目は自らの悪行を自らの口で告白することになる、ということかな?」

 

「そうなる」

 

「なるほど。もし斑目のやっていることが事実だとすれば、証拠も無く、正規の手段では暴けない悪事を犯人自身の口から白状させることについて否やは無いよ。懸念はあるけどね」

 

「懸念……?」

 

 雨宮さんが首を傾げるので、僕はスマホを取り出してあるサイトのページを呼び出す。画面に現れるのは黒と赤を基調としたホームページ、怪盗お願いチャンネルなるサイトだ。

 

「怪盗団がどうやって犯人に自白させているのか、その手口も気になるけど、今は置いておこう。ただ、怪盗団は警察や検察にも出来ない何らかの方法で悪事を犯人の口から自白させられる集団なんだよね」

 

 話しながら僕の頭の中には薬物や拷問といった物騒な単語が浮かんでくるが、鴨志田先生が自白したあの日、雨宮さんはそうした非合法な手段を怪盗団は使っているのかという僕の質問に否定を返してくれた。ならばそれを信じてあげないといけないだろう。

 

「だとすると怪盗団は自分達がターゲットにする相手を慎重に決めなくちゃいけない。そして自らの行いがどんな結果を導こうとも、たとえ誰に何を言われようとも受け止めなくちゃいけない。意図した結末にならなかったとしてもね」

 

「どんな結果を導こうとも……」

 

 怪盗お願いチャンネルには、日夜様々な書き込みがなされている。そこにあるのは泣き寝入りするしかなかった被害者達が最後に縋らんとする悲痛な声だ。僕はこんな悪趣味なものがあってたまるかと顔をしかめたくなるのを堪えた。

 このサイトを作った人間がどういうつもりなのかは知らないけれど、その人はこれがあることによる弊害を軽く見ているのだと言わざるを得ない。怪盗団は神様でも何でもない、ただの人だ。けれどこのサイトはそんな怪盗団に無数の人の気持ちを無遠慮に積み上げていく。過度な期待も失望も、向かう先は全て怪盗団だ。画面の向こう側で今まさに傷ついている人が、実在するかも分からない謎の存在に解決を祈る。それは宗教と何ら変わらないと僕には思えてしまう。なお質が悪いのは本当に救われてしまう人がいること。救われること自体は悪くないが、望みを見せれば人は縋りたくなる。行き着く先は自らが掲げた鰯の頭を無批判に信じる過激な信奉者達の発生と、それに反発する人間の争い。最後に矛先が向かうのは小さな善意から始まったであろう怪盗団への中傷であることは想像に難くない。

 

 誰かを救う怪盗団をもっとも追い詰めるのは、それに救われてきた者達だ。そのとき、怪盗団は誰に救いを乞えば良いのだろう。

 

「怪盗団が誰なのかは僕には想像もつかないけれど。願わくば怪盗団が自らの信念を見失わないことを、最初に志した理念が大衆の無責任な願いに埋もれてしまわないことを祈るよ」

 

 偉そうなことを言っている自覚はある。けれど、目の前の少年少女達が不幸になるかもしれないときに口うるさくなってしまうのは僕だけじゃないと思う。

 そして僕の考えていたことが杞憂に終わったなら、そのときは僕を盛大に馬鹿にすれば良い。晴天の日に雨傘を持って外出するような、空模様一つも読めぬ心配性もいたものだと。

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