Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

12 / 104
Interlude -Golden week-

「……」

 

 自身の部屋だと割り当てられた喫茶店『ルブラン』の屋根裏。ベッドに横になった蓮はぼんやりと天井を眺めながら思索に耽っていた。

 その脳裏に浮かぶのは一人の男子生徒の顔。

 

『危ないところだったね。怪我は無いかい?』

 

 秀尽学園を自らの城と見なす歪んだ鴨志田の認知世界で、彼だけは現実世界と何ら変わりがないようにいつも通り飄々としていた。

 敵に囲まれ、あわや絶体絶命の危機というところで逃げ道を示し、鴨志田の歪んだ認知が及ばない場所、セーフルームに導いてくれた。

 

『もはや僕の言葉じゃ鴨志田先生を止められそうに無いけれど、それでも僕が出来る限りの助けを君たちにしよう』

 

 そう言って鴨志田の歪んだ認知によって構成された世界、パレスの中でもその影響が少なく、脅威が小さなルートを蓮達に教えてくれた。

 

『誰だって心に弱いところを抱えているだろう? 言ってしまえば鴨志田先生は僕を通してそうした弱い自分を見つめ、それに耐えられなくなって僕を追放したのさ』

 

 城の暗い地下道を先導しながら彼が語った言葉が頭の中に甦る。

 

『君達には探してみて欲しい。彼が裸の王様に完全になってしまう前にこの城のどこかに散らばってしまった彼の最後の叫び、その欠片を。君なら、その声に気付けるはずだから』

 

 そうして彼と別れ、城の探索を続ける中で見つけたもの、モルガナ曰く『イシ』と名付けられたそれを手に取った瞬間に聞こえた声。

 

『どいつもこいつも、勝手な期待を押し付けやがる……!』

『どこまでやれば満足するんだ……!』

『どうしてこんな俺を理想の教師だなんて無責任に持て囃すんだ……!』

 

 髑髏を象ったそれを手にする度に脳裏に響く声は、まるで悲鳴のようだった。それを聞いたのは蓮だけだったのか、竜司や杏、モルガナに尋ねてみても首を傾げるばかりだった。

 それはもしかすると、鴨志田の歪んだ認知の中に取り残された最後の良心というやつだったのかもしれない。

 

「ボーッとしてどうしたんだ、蓮?」

 

 足元で丸まっていたモルガナが気遣わしげな声で枕元に寄ってくる。

 

「イシを手に入れたときの声のことか?」

 

 そう問われて蓮はこくりと頷いた。蓮の枕元に丸まったモルガナも悩ましげな声をあげる。

 

「ワガハイもイシについては分からないことだらけだ。だから蓮だけが聞いたっていう声もそのイシが大きく関わっていることは間違いないだろうな」

 

 だが、とモルガナは続ける。

 

「パレスにいたあの男、海藤だっけか? アイツは一体何者なんだ。アイツは鴨志田の認知が生んだ海藤なのは確かだが、それにしても異質なヤツだった」

 

 モルガナの言葉に蓮も頷く。確かに彼はパレスのシャドウ的存在、鴨志田の認知存在でしかないはずなのに、パレスの構造を熟知し、あろうことかパレスの主である鴨志田に敵対していた蓮達を助けるような真似をしてみせた。

 パレス内を闊歩している野良のペルソナを蓮の交渉で仲間にしたのであればまだ頷ける。だが、彼は蓮の仲間や野良ペルソナとも違うただのシャドウであるのに、他のシャドウから大きく逸脱した存在感を放っていた。

 

「イシについても知っているみたいだった。もう鴨志田のパレスは崩壊しちまったからアイツと話すことは出来ないのが悔やまれるな……」

 

 悔しそうにモルガナが呟く。蓮も同意するように頷いた。情報源というだけでなく、敵だらけのパレスの中で彼と出会えたのは蓮達にとって非常に幸運だった。

 現実でもどこか他の学生達とは違った雰囲気を持っており、周囲の白い目を恐れる蓮を助け、偏見無く手を差し伸べてくれた。パレスでも現実でも周りが敵に見えていた蓮にとってそれは非常に心強い支えとなってくれたのだ。

 

「ま、あんまり気にしても分からないものは分からねーんだ。今日はもう寝ようぜ?」

 

 再び思考の海に沈みそうになっていた蓮を、モルガナの欠伸混じりの声が引き上げる。そうだ、確かにもう夜も更けてきた。今日は朝から鴨志田の改心を見届け、それで大騒ぎになった学園や興奮した竜司を宥めるのに疲れた。

 明日からはゴールデンウィークなのだし、今日くらいはゆっくりと寝て英気を養おう。

 

 そう思って蓮は目を閉じる。

 

『強すぎる欲望は現実の認知を歪め、人格にまで影響を及ぼす。けれど、歪んだ欲望だけで果たしてそこまで成し得るものなのかな』

 

 別れ際、最後に彼が呟いた言葉がいつまでも蓮の頭の中で木霊していた。

 


 

 

「ニュースになってたよ、海藤君」

 

「藪から棒に何ですか店長?」

 

 秀尽学園は私立の進学校にしては大変珍しいことにアルバイトが容認されている高校だ。僕は成績優秀者の特待生枠のため授業料は免除されているが、高校生にもなっていつまでも親の小遣いだよりというのも申し訳ないと感じてこうしてバイトに精を出している。

 渋谷駅はセントラル街のファミレス。以前、坂本君を連れて入ったそこが僕のバイト先だった。学生がメインで平日、休日問わず混み合っていることもあり、夜遅くまでシフトに入れない高校生でありながらとりあえず居てくれるだけでもありがたいと雇ってくれている。

 

「あれよ、体育教師の体罰問題」

 

「ああ、そのこと」

 

 元メダリストの有名教師が起こした不祥事というのはマスメディアの格好のネタになったようで、鴨志田先生が警察に出頭して翌朝には朝の情報番組のトップを飾っていた。恐らく近々校長が会見を開いたりもするのだろうな、とぼんやり思いながら朝ご飯を食べていた記憶がある。

 

「ああ、ってドライな反応ねぇ。もっとビックリしたりしないの?」

 

「何でしょうね、そこまで実感が湧いてないのかもしれませんね」

 

 バックヤードの休憩室で、僕の対面に座ってノートパソコンをカタカタとやっているメガネのお姉さん(年齢は聞けない)がこの店の店長である。あまり表に出てくることはなく、もっぱら休憩室に篭ってパソコン作業に精を出しているため、バイト仲間からは親しみと少しの怒りを籠めて休憩室のヌシと呼ばれていた。

 

「バレー部員への暴言、体罰、セクハラ、これまたやりたい放題だね。海藤君って秀尽の副会長なんだよね? この人のやってたこと知ってたの?」

 

「まあ知ってましたよ。公表は出来なかったですけど」

 

 去年は真っ向から対峙してました。今年はがっつり殴られましただなんてとてもではないが言えないため、当たり障りのないことを言っておく。

 というかさっきからキーボードを叩くこともなくずっとマウスを触っていたのはネットサーフィンでもしていたな、この人。僕がそう思ってジト目で睨み付けてみれば、店長はこほんと咳払いをしてごまかした。

 

「これでも心配してるんだよ。海藤君はホールもキッチンも任せられる貴重な戦力だからね、学校生活がゴタゴタしてシフト減らしますなんて言われたら困る」

 

「そのときは店長がシフトに入れば良いんじゃ?」

 

「止めて。これ以上働かせられたら私死んじゃうから」

 

 飲食店の店長なんてそりゃまあ忙しいことこの上ないだろうけど、それでも高校生一人分の穴埋めくらいはしてくれないかな。僕は机にだらんと上半身を投げ出した店長を冷めた目で見つめた。

 

「まあろくにクローズ作業にも参加できない高校生をよくここまで重宝してくれてる、という意味では僕も感謝してますけどね」

 

「逆に言うと君が出来ない仕事ってそれくらいじゃん? オープンも発注も出来るし、私の代わりに店長してくれても良いんだよ?」

 

「なら時給上げてくださいよ」

 

「そう言われたから前も上げたじゃんかー!」

 

 そう言って店長はついに手足をバタバタと暴れさせた。それをハイハイと受け流しながら僕は手元の本に再び視線を落とす。どこまで読んだっけ? 

 

「あ、話は変わるんだけどさ、副店長」

 

「勝手に人を大層な役職に就けようとしないでください。何ですか?」

 

 しれっと人を副店長呼ばわりしてきたためきっちり否定しておく。今のを流しているとこの人のことだから他の人の前でも普通に僕のことを副店長とでも呼びそうだからだ。否定しても呼んできそうだけど……。

 

「いやね、海藤君は芸術に興味あったりするかい?」

 

「芸術、ですか? 詳しくないですけど絵とか彫刻とか鑑賞するのは好きですよ」

 

 特に好きな芸術家なんかは自伝なんかを読んで人となりを知ってからその人の作品を観て、制作時に何を考えていたのだろうと考えたりもする。これも恐らくは前世の記憶らしきものの影響だろうとは思うのだけど、自分が見ている世界は他人が見ている世界と違うのだと幼い頃からぼんやりと感じていた。その考えは突き詰めていくと自分が今いる場所の現実感を失わせ、アイデンティティを喪失してしまいそうにもなる。特に多感な中学生の時期は幼い自我と覚えの無い老練した記憶に挟まれて苦労したこともあったため、そうしたときに誰かの創作物を眺め、その世界観に身を浸すことで現実を再認識するということをしていた。

 僕の返答を聞いた店長はへにゃりと緩んだ笑顔で僕に一枚のチケットを差し出してくる。

 

「なんです、このチケット?」

 

「いやね、これいるかなって。何とかって有名な日本の芸術家先生の個展のチケット。私は芸術とか欠片も興味ないし」

 

「何とかって……興味無さすぎるでしょ……」

 

 チケットを受け取って目を通せば、『斑目一流斎個展』の文字が目に入る。この名前は流石に芸術に興味が無い人間でも一度は目にしたか、耳にしたことがあるはずだ。

 日本芸術界の押しも押されぬトップ。写実、抽象だけでなく和洋のジャンルにすらとらわれない変幻自在の作風で、まるで別人が描いたと言っても頷けるような幅の広さに世界でも評価が高い芸術家の一人だ。

 

「斑目一流斎って……日本画家の超大家じゃないですか。しかもこの個展のチケットって発売即完売でプレミア付きのやつでは?」

 

 なんだって芸術のげの字とも関わりが無さそうな店長がそんなプレミアチケットを手に入れられたというのか。驚きに目を瞪れば、店長はどこか得意気に胸を張った。

 

「フフン、私の親戚がなんかそういう筋らしくてね。余ったチケットを譲ってくれたのよ」

 

「へぇ、でも良いんですか? こんなの貰ってしまって」

 

 このチケットを喉から手が出るくらい欲している人はたくさんいるはずだ。褒められたことではないが、それこそネットオークションなんかに出品すればそれなりの小遣い稼ぎは出来るくらいの。

 それをたかがバイトの高校生にあっさりと渡してしまっても良いのかと思ってしまう。それを伝えたが、店長は気にするなとばかりに手をヒラヒラと振った。

 

「普段シフト入って頑張ってくれてるし、今日だってせっかくのゴールデンウィーク初日なのに朝からシフト入ってくれてるじゃない。これくらい貰ったってバチ当たらないよ」

 

 それに、これで恩を感じてもっとシフト入ってくれたら儲けものだし。と最後に付け加えたのは店長なりの照れ隠しだということは流石に理解できる。僕はチケットをロッカーの鞄に丁寧にしまうと、きちんと施錠を確認する。

 

「それならありがたく受け取っておきますね、店長。それと、これのお返しというわけじゃないですけどもうちょっと気合い入れて頑張ります」

 

「お、やったね。期待してるよー!」

 

 斑目一流斎の個展か、柄にもなく楽しみで顔が緩んでしまった。4月からこっちバタバタとしっぱなしだったけれど、少しは楽しみが増えたな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。