女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百三十話「木彫り人形」

 それは──誰にも話していなかった話。

 光界の中で過ごした十五年において、唯一の欠片。

 

「お前……、出て来過ぎだろう」

「……おお。久方振りだな」

 

 私がまだ魂だけの存在だった時。

 その光景は、目の前に現れた。

 

「何周忌だ、そっちでは」

「さてなぁ。己が認知症を患ってからは、年数を覚えることはなくなった」

「ああ……いや、そこまで歳を食っていたか、お前」

「今が何歳であるかはわからんが、己も彼女ももうすぐ還暦だった、ということは覚えている。まぁ、異世界というのはそういうものなのだろう。時の進みが世界で共通している方が不自然だ」

 

 墓の前で座り込む男性。手を合わせているのは……私の墓かな。

 

「もしかしたら走馬灯の可能性もアリ、か?」

「否定はできない。しかし、それならば悲しむべきだろうな。己は彼女の死に立ち会えなかったのか、それとも覚えていなかったのか」

「なぜお前の方が長生きである前提なんだ」

「約束をしたからだ。どんなことになっても、必ず、己は彼女より長生きをして……彼女を看取ると。ああ、だから、多分それ自体は達成できたのだろう。覚えていないだけで」

 

 私の知る姿から、幾つも幾つもブレてはぼやけていく。ノイズの走る親友の身体。

 最後に落ち着いたのは車椅子に乗る老人。……ふん。

 

「変わったな、お前」

「ん? ああ、どうやら人間ではなくなったらしいからなぁ。魂だけの存在、というのが今の私だ」

「そうじゃない。己にはわかるぞ。……ようやく弱さを手に入れたようじゃないか」

 

 クツクツと笑う彼は、とても楽しそうに……身を背もたれへと預ける。

 

「覚えているか。己とお前が出会った日のこと。ネット上じゃない、初めて現実で出会った時の事だ」

「覚えているさ。秋に入ったはずなのに死ぬほど暑かったあの日だろう。天気予報では涼しくなるとか言われていたから気持ち厚着で行ったら地獄を見た」

「ああ……そうだ。そしてお前は……古着屋を検索して、今着ている服のほとんどを売りに行った。当時は驚いたものだ。行動力の化身とかそんなチャチなものじゃあない。この女には本当にこだわりが……所有物に対してのこだわりが無くて、自我が薄くて望みが無くて、刹那的な快不快だけで生きている別次元の生き物だ、と」

「……その後に入った喫茶店で雰囲気もマナーも気にせず騒ぎ立てた奴に言われたくはないな」

「お互い様だったか」

「ああ」

 

 心地の良い応酬。

 けれど、明らかにレスポンスが悪い。それは彼の老いを感じさせる一因。

 

「記憶が飛ぶたびに、自身がそういう症状に見舞われたのだと自覚する。"認知症"というものの存在を教え込まれた己達の世代は幸運だろうな。記憶が飛んで、周囲の人間が成長していたり、死んでいることに……昔の者ほどの恐慌に陥らない。数瞬前の記憶には、己の息子だという男がいたし、体感一昨日あたりの記憶には孫を自称する少女がいたように思う。その間、たまに己を思い出す。並列に己があり続けるという経験は、"認知"を患っているからこそのものだろう」

「私のことを見知らぬ幼女だと思わないのは、あまりにも強烈な記憶だったから、か?」

「さて……どうだろう。少なくとも己は彼女とお前に関することを忘れたことはなかったはずだ。……だとしたら、彼女はまだ死んでいないのやもしれない。であれば早く帰ってやらねばとは思うが、今どこに己が住んでいるのやら。この墓から数キロメートル先にある己の家は、今も尚己の家なのか。はぁ……まぁ、警察の優秀さでも祈っておこう。徘徊さえしていなければ、己は保護されるだろうし」

 

 首だけをぐるりと私へ向ける親友。

 本当に老けた。それでも面影は感じられる。

 

「あるいは徘徊の末にここへ来たというのなら……未練、なのだろうな」

「私ともっと過ごしたかったか? 浮気は大概にしておけ」

「己の友は、お前だけだったからな。ああいや、忘れてしまっただけかもしれんが……少なくともここまで心を開いた相手はお前だけだったはずだ。だとすれば……己は何を、報告しにきたのか。お前に話を聞いてほしくてここへ来たはずだ」

 

 しわがれた声で、しわくちゃの指で。

 ピン、と人差し指を立てる彼。

 

()()()ミステリーだ、友よ。己はなんのためにここへ来たのか」

「情報が無いにも程がある。もう少し前提条件を寄越せ」

「そうさなぁ。……まず、己が一人で行動している、ということだ。彼女が生きているのなら、己のそばには彼女がいるはずだ。しかし己は彼女とお前に関することを忘れない。この記憶に翳りがない限り、彼女は未だに死んでいない」

 

 生きていたら必ず共にいるはずの奥さんがいない。車椅子で行動しているような奴が、一人で墓参りにまで来ている。そして奥さんは九割方生きている。

 この少ない条件から導き出される答えがあるとすれば、それは。

 

「やっぱり死んでいるんじゃないか、お前」

「まぁ……そこへ辿り着くのも理解できる。己も半ばそう思っている。お前も死んでいるようなものなのだろう? であればここは死後の世界かもしれん」

「お気に召さんかこの答えは。なら別のものを考えよう。条件を追加しろ」

「……ならば、そうだな。そう……そういえば確か、土地開発が激しくなって、元々住んでいた家から別のところへ引っ越した記憶がある。それはここよりももっと遠い場所だったはずだ。だから……単独で、車椅子を動かすこともやっとな己が辿り着ける場所ではない」

「じゃあ死んで幽霊になっているから辿り着けたとか」

「飽きているなぁ、お前」

 

 いやだって。

 追加された条件がさっきの答えを補強するものなのだから、仕方がないというか。

 

 墓地より遠い地に住んでいて、どう頑張っても車椅子では辿り着けない距離を、単身徘徊老人してきた……として。

 まぁ……まぁ、それが、仮に真実だとして。

 

「お前がなんのためににここへ来たのか、が問いだろう? 墓参りのためじゃないのか」

「別に今日はお前が死した日ではないはずだし、己は十周年とか二十周年でもない限りは来ない。……ああいや、十年忌、二十年忌、か」

「つまり、あり得ない程の無理をしてまで、何でも無い日に墓参りへ来た、と。それがなぜなのか、なんのためだったのか」

「ああ」

「であれば簡単だな」

 

 考えるまでもないことだった。

 こいつが奥さんの死をまだ目の当たりにしていないというのなら。それでいて互いに高齢であるというのなら。

 

「頼みをしに来たのだろう。守護霊という奴でも何でもいいが……奥方もまた、何か病に罹って、それがお前自身でどうしようもできないものであると知って、お前は居ても立っても居られなくなった。だからどれほど長い距離でも関係なく身を引き摺ってここまで来て、私という唯一の例に頼みをしに来た」

「頼み。妻を、助けてくれ、と?」

「死さば此方へ来るやもしれんから、丁重に保護してくれとか……そんなことじゃないのか。お前はオカルトに延命を願うような奴じゃあないだろう」

 

 ぎし、と音を立てるは車椅子の背もたれ。

 体重を預けたか。ならば正解か。……こいつに正解がわかっているのかは知らんが。

 

「お前には……頼まないだろうし、妻に新たな生を受けてほしいとも願わんよ、己は」

「強情な奴だな。条件を追加しろ。もう少し付き合ってやる」

「そう……さな。……何か、悲痛な顔の妻を見た覚えがある。"それなら、なんのために"という言葉を聞いたような」

「なんだ、私の務めていた会社の嘘がバレでもしたか?」

「どうだったか……普通に今もある企業だったような……とっくに倒産したような……」

 

 唯一の手掛かりがこれだからなぁ。

 たとえ正解に辿り着いても正解だとわからないんじゃないか、こいつ。

 

「あと……どうにかならないか、と……相談されたはずだ」

「私はお前の職業を知らんし、お前に何ができるのかも知らん。その状態でどう推理しろと」

「普段頼み事も我儘も言ってくれぬ彼女が己を頼った。それは大体がお前絡みだ。つまり、お前に何かあったと考えるべきだろう」

「私は既に何かあった後なんだが」

 

 でもまぁ知っていることもある。

 こいつが想像以上に有能であることや、結構な金を持っている、ということとか……そういう俗なことは。

 でもそれくらいだ。

 

 あー、でも。詭弁捏造こじつけ小娘が磨きに磨かれた今となっては、なんとか推理できる……いや……。

 

「私の名誉回復……とか?」

「死者の名誉を回復して何になる」

「だよなぁ。私もそう思う」

「加えてそんなことのために己がここに来るとは思えん。もう少し真面目に考えろ」

 

 ……こいつ。

 いや、まぁ、そうだったそうだった。こいつはこんな奴だった。今更怒ることでもない。

 

 えーと、で。

 そういうことではなく、私のためのことだとしたら……ああ。

 

「この墓地か」

「……」

「そうか、土地開発。この墓地もどこかへ移転されるのだな。それがどれほど罰当たりなことなのかは知らんが、土地の少ない日本では仕方のないこともあるのだろう。それで……お前が私に会えなくなるから、奥方はお前に頼みごとをしたし、お前は必死になってここへ来た。……お前がその状態であるのなら、奥方もまた似たような状態にあっておかしくはない。むしろまだ看取っていないという発言から、これから看取る可能性の示唆も感じ取れる。奥方は付いてくることができなかった。ただ、一言。オカルトな関係で繋がりをもつ私に挨拶だけはしておきたくて……お前は遠路はるばる徘徊老人となってここへ来た」

 

 どうだ。

 推理素人としては、そこそこ良い推理ができたんじゃないか?

 

 反応は。

 

「……どうやら、正解らしい」

「なんだ、覚えていたのか」

「ああ……今ので思い出した、が正しい。……そうだ。己はお前に会いにきた。恐らくこれが最後の会話となることを……どこかで察していたから。己はお前に、問いをしに来たのだ」

「問い?」

 

 なんだ、これで終わりじゃないのか。

 有終の美を飾って「それじゃ」で良いのに。

 

「お前は……お前自身の家族を、どう思っている」

「私にする問いか、それは」

「ああ。お前にする問いだ」

 

 そんなもの。

 

「なんとも思ってはいないさ。恨んでいればもう少し関係性も生まれたのだろうが、私にとってあの人たちはただ私を生み出した存在であって、それ以上でもそれ以下でもない。……同時に、こちらでの家族へは感謝ばかりだ。何かを察して踏み込んでこなかった両親祖父母。言葉がなくとも意志の伝わる関係性。それを感謝しないやつはいないだろう」

「……何とも思っていない、か」

 

 ん、これは。

 

「なんだ。私の両親に会ったのか?」

「ああ。……どうやら、そうらしい」

 

 また物好きな。

 見せたこともないだろう友情を発揮して、私に関する文句でも言いに行ったのだろうか。

 

「己は……それぞれに問うたはずだ。子を産んだことは、"不都合"だったのか、と」

「余計なことを……」

「二人は答えたよ。"不都合は不都合だったが、やりようはあった"と。"記者会見を見た時にすぐ理解した。あれはまた"不都合"を押し付けられているのだと"、と。そして……"殺されたということを聞いた時、なぜか悲しみを覚えた"と」

「……」

「お前の死後、父親は教職を辞めた。母親の方がどういう道を辿ったのかは聞けずじまいだったが、少なくとも父親は……己に対して頭を下げてきた。さてここで問題だ。己はその頭に対して何をしただろうか」

「膝蹴りか肘鉄かラリアットか」

「阿呆め。現代日本でそんなことをしたら傷害罪に問われるだろうが」

 

 確かに。

 現代日本厳しいな。

 

 えー、でも「頭」に何かをしたのだろう。……父親も父親だよ。名前も覚えちゃいないが、誰に謝ってんだ。

 

「わからん。罵詈雑言か?」

「ああ。一言、"お前が死ねばよかったのに"と言っておいた」

「……ストレートにも程がある。なんと返された?」

「"あの子の人生に不都合以外が存在したことを、心から嬉しく思う"と。それだけ言って己と彼は別れた」

 

 んー。……えーと。

 私はなんて反応を返すべきなんだろう。情感豊かに「お父さん……」とでも言えば良いのか? お父さん、なんて言ったこと一度も無かったはずだけど。

 

「というかその感じだと、母親の方とは何か蟠りが生まれたのか」

「ああ。己に対し、恨みがましい目を向けた後……"初めて娘に感情を抱いた"と言っていた。それだけだ」

「……嫉妬か?」

「だろうな」

「はぁ。で、それを伝えたくて来たというのなら、正直意味が分からん。お前の苦労は無駄だったな、としか言えない」

「つまり、だ」

 

 彼は。

 

「こちらの世界。地球でのお前の家族は、あんな奴らではなく、己と妻の二人だったのだ、ということを言いたかった。……そちらの世界で幸福であるのなら、地球でのことなど思い出さずとも良いが……それでも、家族というものに想いを馳せるのであれば、できれば"不都合"ではなく"好都合"な己と妻との関係性に目を向けてほしい」

「普段のお前からは考えられない発言に驚いている」

「さっき述べただろう。息子がいた。孫がいた。ああ、今また、少し思い出した。そう……己は、家族とは良いものであると感じてしまったのだ。そしてそれを……身勝手にも、お前に押し付けたいと願うようになった。なんでもないことのように、何も気にしていないという言葉を使って……お前は家族のことをそう話す。話していた。こちらでも、そちらでも」

 

 心配になるほど捲し立てる。

 老人ならあんまり血圧上げない方が良いぞ、という茶化しを入れようと思ったけれど、入れる隙間が無い。

 

「嫌なんだ。──ここはお前の故郷だぞ。"……ふるさとは、遠きにありて思ふもの──そして悲しく、うたふもの"。己がこの詩を今引用した意味くらい、わかるだろう」

「珍しいな。お前が句を引用するのは」

 

 遠方に行って、いつか帰郷した時に……懐かしく感じれば、忘れ難い思い出になる。けれど、冷ややかにされれば、それが堪えて胸が苦しい。

 そういう詩だ。

 

「お前の思い出す地球は、家族というものは……苦しいものであってほしくない。己は……お前を……忘れ難い友だと今でも思っている。だからどうか、だからどうか──」

「安心しろ」

 

 見せる。

 この、墓地だけがある真白の空間ではなく──十五年の月日をかけて作り上げた、光界の新しい姿を。

 

「今、私は一人だが、いずれ愛しき者と再会する。いつになるかはわからんが、必ずだ。……そして、こうなっている状況を私はもう"不都合"だとは思わないし、不幸だとも考えない。見ろ、この木彫りや彫刻の数々。これらが私と関わった人々の姿で、私を愛する人々の姿だ」

「……いやこういう場面で言うべきではないんだが、お前、造形だけは上手い割に顔の絵が死ぬほど下手な部分は変わってな──」

「そして、地球での思い出も、思い出すのはお前達のことばかりで、両親のことなぞほとんど思い出さん。お前に忠告されずとも、頼まれずとも、地球での記憶はお前達と過ごした楽しい記憶ばかりだ。──だから、もう一度言う。安心しろよ、親友。私はもう幸せになっているから、お前ももう、負い目なんか捨てて……最期という幸せを掴み取りに行け」

 

 最近作ったものを取り出す。

 それは笛。ティン・ホイッスルと呼ばれるもの。

 

 奏でるは──音楽になっていない、「ピーッ!」という甲高い音。

 

「何を……」

「聞こえたか、近隣住民! 聞こえなくてもいい、聞こえた気がするでもいい! ここに他県から足を延ばして迷子になっている徘徊老人がいる! 寒空の下、コートも着ていない莫迦者だ! ──ちゃんと奥方のもとへ返してやれ!」

 

 ああ、それと、と。

 投げ渡すは木彫りの人形。

 

 作らないはずがない。だってそれは、私が最も覚えていたかった……覚え続けていたかった二人の姿なのだから。

 

「持っていけるかどうかは知らんし、お前が覚えているかどうかもわからんが……持っていけ。お守りだ」

 

 完全に二つの人形で在りながら、腕と腕を組んで、外れないようにしてあるもの。

 奇跡的に残っていた一本の松から作り上げたペアリングの人形。それの意味するところは一つ。

 

「どちらかがどちらかを看取る、なんて悲しい真似はよせ。二人仲良く同時に死ね。お前達の親友から贈る言葉は以上だ!」

「……そうだ、思い出した。……お前と初めて会った時、お前に言われた言葉」

 

 なんだ忘れていたのか、薄情なやつめ。

 私は覚えていたぞ。

 

「『なんか最終的にたくさんの息子と孫に囲まれて夫婦仲良く大往生を迎えそうな顔してて、ムカつく』」

「先見の明があったな」

「そうだそうだ。……ならば生きねばならん。妻も生かさねばならん。己はお前の言葉を真にするぞ。おお、生きる気力が湧いてきた。そうだ、己は──」

 

 薄み、掠れていく彼の姿に。

 

「幸せ者だった!」

「ああ、私もだ」

 

 これで終わりなのだろう。

 もう会えないのだろう。ここまでがずっと延長戦で、あってはならない再会で。

 

 その奇跡をこそ──。

 

 

 

 海上。

 ここは光界の外だ。大陸からかなり離れた海上に立っている。

 懐かしい記憶を今思い出したのは、多分。

 

「祆蘭、本当にここなのか。どれほど探知を広げても何も見つからぬが……」

「彼女の感覚を信じよう。さて……準備をするよ」

「万が一に備えて吾は離れておくぞよ! 突然噴火する可能性もあるのじゃ! ぞよ! な!」

「ウレの初の大仕事ダ。オレ達は見守ロウ」

「……ま、失敗しても気にすんな。そういうもンだよ、大抵」

「我々も最大限の補助をする。気負うな、神濫」

 

 好き勝手言ってくれている神族にヒラヒラと手を振りつつ、そこへ……その場所へ手を翳す。

 繋がり。

 

 私はあの場所に、多くの人形を残してきた。それらは全て存在する。たとえ画面の傷であろうと、存在するのだから存在する扱いにできる。

 

 海面に手を当てて……久方振りの尊瑤(ズンイャォ)を解放した。

 

 波立つ水面。そして、何も無い場所から現出の始まるは……裾野。

 

「おお……」

 

 誰の声か。

 それまで秘されていたものが、修復されていく。画面の傷が直っていく。

 海であった場所に山ができる……正確には現れるのだ。波は一層に大きくたって、水棲生物は一目散に逃げる。

 

「波が……ちぃとまずいな。オレはそっちを抑えにかかる」

「我々は反対側を抑えよう」

 

 山だ。巨大な、巨大な山。目算、富士山はもちろんエベレストも軽く超えている山。

 光界の外にあるすべての山を見渡してもこれほど高い山は無いというほどに(おお)きな山。

 

 ふと……現出し行くその隣に、死骸が見えた。

 

「あれは、まさか巨虎(ジュフー)か?」

「そのようダナ。テングリへの負い目カラ、氏族もここへは手を出せなかったとみるべキカ」

「おお……そろそろ山頂が見えてくるぞ!」

 

 引き摺り出す。修復する。

 いつもの感覚で……それを、この世に、降誕させる。

 

 超巨大な火山。山頂に円柱状の結界の張られた火山。

 現出によって高波が生まれるが、顕と伏がそれを抑え込む。

 

「大丈夫か、祆蘭」

「……ああ」

「最後まで気を抜かないように。氏族がどんな仕掛けを施しているかわからないからね」

 

 引き抜く。引き出す。

 物質界に干渉するこれを以て──世界を、一つの世界を、此処へ。

 

 視界の端にゆらりと動く何かを捉えた。

 

「フン」

 

 ソレは……尾は、私に辿り着く前に、蚩の蹄によって掴まれ、潰される。

 

「やハリ、生きていタカ。核が潰されていないのだカラ、当然……!」

「蚩、上だ!」

 

 巨虎の尾を掴む彼。その頭上に叩きつけられしは──疑似太陽。

 灼熱の岩石が、そして透明な硝子玉が。

 無数の雲海が──襲い来る。

 

「祆蘭、お前はこいつらを引き摺り出すことに専念しろ。──さぁさ、集え、集え、神族たちよ! 戦線の維持に半数を割いて……この戦場へと降り注げ!」

 

 まさに天狗だった。天つ空。星降る虹霓。

 宙より現れたるは、願いによって突き動かされる数多の神族。

 

「張り切るのは良いが、光閉峰自体を破壊しないよう気を付けるんじゃぞ! 今度はテングリとの戦争となれば、吾らに勝ち目はない!」

「一番気を付けるべきは君だろうけどね、祝……」

「巨虎はサニウエンばかりを狙ウナ。一度殺された恨ミカ」

 

 あるいはこの光景を望遠鏡なんかで覗いている者は、この世の終わりの光景かとも思ったことだろう。

 降り注ぐ光条と揺れ動く巨山。天地の戦いは、けれど。

 

 剣気と……そして威圧で場を包む。

 

「久方振りに会ったんだ。こちらを向けよ、意気地なし共」

 

 言葉とともに、光閉峰を完全に引き摺り出す。

 そして鋸とトンカチを手に持ち直して。

 

「蚩! 私の初戦はここだ! 撃墜数でも争おうじゃないか!」

「良い言葉を吐くもノダ、サニウエン! オレもやる気が湧こうというモノ!!」

「……この戦闘馬鹿どもが。まぁ……流れ弾なんかの処理はやってやるから、存分に暴れて来い。神族祆蘭の晴れ舞台だ」

「応ともさ!」

 

 拝啓、名前の知らない大親友。

 私は異世界に生まれ直して、なんやかんやあって神になって、神々の戦いを引き起こしています。

 諸悪の根源は私ではありませんが、まぁ、大体の戦いの理由は私にあって、それを謳歌している真っ最中です。

 

 これを幸福と呼ぶのかどうかは知りませんが……命数尽き果てるまで戦いたい、生き延びることをしたい、という願望は叶えられそうです。

 

 ですから、どうか。

 あなた達の旅路に、少しでも多くの幸福がありますよう。

 

「──敬具は要らんか。締めくくる気もないしな!」

「何の話ダ、サニウエン!」

「今生こそがエンターテインメント! そういう話だよ!」

 

 祆蘭なりし者は──此処に在り!

 

 

 

 して。

 天故理(テングリ)に許可を取って掘り出すは、膨張した幽鬼の塊。

 

 それを肉体へと変換し直せば……彼女が戻る。

 

「……案外、かかりましたね」

「すまんな、色々あったんだ」

 

 森封(センフォン)

 情と、それだけではない理由で必ず助け出すと約束した……氏族になりきれなかった同一因子。

 既にその身の同一因子は消してしまったから、不死性も失われたことだろうけれど。

 

「世界を見て回ってこい。そして、まぁ、誰かに恨まれていたら、殺されると良いさ。そういう摂理だからな」

「ええ、勿論。……ただ、抵抗はするかもしれませんが」

「構わん構わん。ああだが、道破(ダオポォ)、あるいは佩普(ペイプー)を名乗る者に絡まれたら私を呼べ、むしろそいつが本命だ」

「……なるほど、釣餌ですか」

 

 これから先、光界の結界はもっともっと研究が重ねられて行くらしい。

 だから……幽鬼祆蘭ちゃんが解放される日もいつかは来るのだろう。その頃には、彼女の心にもちゃんとした自我が宿っているのかな。

 

「森封」

「はい」

「自決だけはするなよ。それは贖罪にならんからな」

「……はい」

 

 それではこれにて──過去の清算、終了である。

 あとに残るは、人と、未来なり。

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