女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百二十六話「再構築」

 黒い旗袍を着た女性が一人、山道を歩いている。その後ろをつかず離れずで追従するは、動きやすそうな恰好の女性。

 

「……ここも、違うわね」

「遠くから見た時点でわかってたじゃない」

「近づいてみないとわからないこともあるでしょう」

「そう?」

 

 桃湯(タオタン)結衣(ジェイー)

 二人の名前はそれだった。

 

 一派を連れて鬼の村を拓いたと言われていた桃湯だけど、実際のところ鬼に村など必要ない。だから、もう人間を害する必要がなくなった以上、余計なことはしまいと……ただ遠くへ行って、あとは各自解散、の流れになっただけである。

 勿論仲の良い者同士でつるむことはあったけれど、大抵が一人になって夜闇へと消えていった。

 無駄に長い鬼の生をどう使うかが見定められていないのだ。また一部の者は神々の戦いへと参戦している。あまり戦力にならないことを理解した今でも、それでも、と。

 

 そしてこの二人は、彼女のいる場所……「テンセンフォン」、あるいは「グァンビーフォン」なる山を探して山という山を歩き回っている一行、になる。

 

「ちなみに……今更聞くけど、仮に見つけたとしてどうするつもりなの?」

「……謝るのよ」

「何を?」

奔迹(ベンジー)に粗方を聞いたとはいえ……あの時の私、どうかしてたわ。……まともな別れの言葉も告げられないままに……私は外へ出されてしまった。お礼の一つくらい、するべきなのに」

「まぁ桃湯がそうしたいならいいけどさ。あの子、気にしないんじゃない?」

「そうでしょうね。……だからこそ、よ。私、あの子みたいになりたくないもの」

 

 八千歳と二千歳。

 歳の差は広かれど、この二人は気の置けない親友のような間柄にあった。「テンセンフォン」にいた時は力の上下関係もあったけれど、もう増えることのない同胞同士で争おうとする鬼はいない。それは彼女らも同じ。そうなれば、後に残るは性格や関係性だ。

 その点、この二人は相性が良かった。

 何にも考えていなそうで、けれどちゃんと物事を考えられる結衣。

 いつも小難しいことを考えていて、けれど周りが見えている桃湯。

 

 口論程度はよくするけれど、それでも「仲が良い」と言えるほどには相性の良い二人。行動を共にするのも自然なこと。

 

「それより、流石に気付いているわよね、あなた」

「視線のこと?」

「ええ」

「流石にねぇ。あからさま過ぎるし」

 

 輝術の使えなくなった輝術師と違い、鬼の穢れは健在だ。むしろ同一因子による思考制限が無くなった分、より強大で凶悪なことができるようになった者も多い。

 たとえば濁戒などは、探索の末に発見した「砂漠」と呼ばれるような一面砂地のそこの砂を用い、瞬時に城を建てる、街を作る、なんてことができるようになったとか、なんとか。それができて何になるんだと彼の横で流離っているやつに笑われて、そいつを蹴り飛ばすまでが一連の流れ。

 穢れとは即ち氏族の力の根源。氏族が流星のような力を持つように、いずれは桃湯らも神族に対抗できるほどの力を有するようになるのかもしれない。

 ただそれは……何万年、下手したら何億年と先のことだろうが。

 

「どう? 勘違いじゃなさそう?」

「ええ……音を聞く限り、私達を商品にしたいみたい」

「あは、なにそれおっかしい! ……じゃ、遠慮なく食べちゃっても?」

「良いけど、不味いと思……あ」

 

 桃湯の忠告は間に合わなかった。林の中を駆けた蝕は彼女らに視線を向けていた者達……山賊団の全てを食らい尽くし──。

 

「不っっっ味い……」

「でしょうね。元輝術師であっても、平民と変わらないほどに味が落ちているわ。……だからこそ、また……その」

「舐めたいの? あ、謝りたいっていうのは方便で、実はあの子の魂を舐めたいだけ……ちょっと、それ危ないから! 私の身体でもちゃんと斬れるから!!」

 

 じゃらん、と鳴らされるは胡弓。

 少女から贈られた大切な遺物は背中に背負っている。どこの馬の骨とも知らない輩に回収されそうになっていたのを奪い去ってきた一品だ。

 

 さて、鳴らされた音は冗談では済まされない威力を以て結衣を……通り抜け、山道の下を走っていた山賊団の生き残りを切り裂く。 どれだけ音を隠して走行しようと、桃湯のそれに敵うはずがない……などということを気付け、というのは酷な話。

 無論、一見して鬼には見えないとはいえ、こんなところに女性が……それも美女と言える二人いるわけがない、なんてことに思い至れなかったのが運の尽きであると言えるだろう。

 

「……あら?」

「どうしたの……って、あら」

 

 二人して同じ反応をしてしまうくらいには、「あら?」なものがあった。

 今しがた山賊団を殺した崖下に、洞窟があったのだ。

 これがただの洞窟であればこんな反応にはならない。

 

 現れたのである。今、突然。

 

「なに? ……神族の……棲み処、とか?」

「絶賛戦争中の彼らが?」

「まぁ別に仕返しに興味ない奴もいるんじゃない?」

 

 さて。

 ではここで……択が。

 

 生まれなかった。

 

「とんでもない穢れねー。私の廟を思い出すわ」

「ええ……。でも外界にこんな場所があるなんて」

 

 今はどんなきっかけでも欲しい状況である。

 この不思議なものを見なかったことにする、という選択肢は存在しない。

 そして……入ってわかることがあった。二人の言う通り、凄まじい量の穢れに満ち溢れているのだ。

 

 絶対に神族の住処ではない。

 となれば。

 

「まさか、氏族の研究施設?」

「氏族って洞窟に住んでるの?」

「知らないけれど……。……ま、穢れはもう中々手に入らないし、貰えるだけ貰って行きましょうか」

「さんせー」

 

 何かがいる気配はない。桃湯が音で、結衣が蝕で確認したけれど、神族や氏族がいる痕跡はなかった。

 ただただ、穢れの凄まじい場所。

 二人が吸っても吸っても無くならない穢れの洞窟。

 

「美味しい……」

「ねー。というか、なんか食べたことのあるような味なのよねぇ」

 

 甘美な穢れ。

 それの発生源を辿っていく内に……二人は発見する。

 この洞窟がさほど広くなかった、ということもあるけれど。

 

 あまりにも輝いていたものだから……すぐにわかった。

 

「……まさか、緋玉(フェイユー)?」

「でも大きさ的に子供の心臓でしょコレ。緋玉って來潤(ライルン)とかいう大人……鬼子母神に乗っ取られた神子の心臓じゃなかった?」

 

 人体に詳しい結衣の見抜いた通りである。

 とんでもない量の穢れを発していたのは子供のそれ。

 であるのならば。

 

「え、ってことは!」

「でしょうね。……そう、心臓がここにある、ということは……やっぱり」

 

 ずっとずっと秘してきたこと。秘されて来たこと。

 あれを決行したその瞬間、彼女に死が訪れる……その確たる証拠を今目の前で。

 

「た……食べて良いかしら」

「ダメに決まってるでしょ。馬鹿なの?」

「え! いいじゃない、もう死んじゃってるならどうしようもないんだし!」

 

 ここで意識の差が生まれる。

 結衣にとって彼女は「賢いお馬鹿さん」であるけれど、「他の何を度外視してまでも救いたい対象」ではないのだ。一時は同一因子によって暴走していたけれど、それが解かれた今、目の前にあるものは「久方振りに見た美味なる食材」でしかない。

 一触即発──かに思われたその空気は。

 

「あれ、桃湯()()()に結衣()()()?」

「とりあえず死んでくれるかしら」

「久しぶりにぞわっとしたわぁ」

「音に蝕は無理無理無理無理だって!」

 

 どっかで流離っているはずの奴の介入で、避けられた。

 

 

 必要のない椅子をわざわざ持ってきて、着席を促す男。

 

「ソレが研究材料ってどういうことよ、奔迹(ベンジー)

「そのままの意味だけどー? ああ結衣ちゃ……結衣、そんなに腹減ってるならこれやるから食べてみな」

 

 未だにソレ……幼子の心臓に涎を垂らす結衣に、黒い結晶のようなものが投げ渡される。

 光沢のある表面が綺麗……ではあるものの、およそ食べ物には見えない結晶。ただ穢れの気配は感じられたので、結衣が一息にあーんと口へ放り込めば──。

 

「え……美味しい! なにこれ!」

「氏族の死体から取れた……核、とでも呼ぶべきものかな。いやぁ驚いたよ。濁戒たちと一緒にいい立地を探してたら、星が降ってくるんだから。どーにも神族との戦いで傷を負った氏族だったみたいでさ、これ幸いにと解剖して研究してみたんだけど、どうやら彼らはこの核が心臓みたいなもので、穢れの発生源であると同時に弱点みたいで──」

「そんな話はどうでもいいの。なぜ、あなたが、あの子の心臓を、持っているの?」

「今桃湯が流そうとした話が関係してくるのさ」

 

 三角形に囲まれた椅子の前に机が運ばれてくる。穢れを手足のように使っているらしかった。

 その上に茶碗が三つ。真っ黒な中身は穢茶とでも呼ぶべきもの。人間が飲めば即死待ったなしの穢れ入り茶である。

 

「俺は今氏族を研究していてね。氏族の身体のシステム……成分とか構造とか、そういうものがわかれば、あの子の肉体を作れるんじゃないか、って考えたんだ」

「肉体を……作る?」

「そ。さっき話した通り、氏族の身体は核が全て。あれだけの巨星でありながら、本体は今結衣が食べ切った程度の大きさなんだよ」

「……あの子を氏族にしようとしている、ということ?」

「氏族なら光界を素通りできる。氏族、といったって大きさと核以外は鬼と大差ない……って判断したのはまぁ今潮なんだけど、とにかくこの心臓を核化して肉体を再構築すれば、受け皿を作ることができる。氏族は不死ではないけれど、不死性は持っているみたいでね。さっきの核を巨星の中に埋め込んでおくと、時間経過で再生して復活するんだ。だから神族は彼らを消滅させんが勢いで消し飛ばしているみたいでさ」

 

 早々に興味を失った結衣と違い、桃湯は彼の話を真剣に聞く。

 色々気に入らないところがあるとはいえ、彼は智者である。そして……伝わるのだ。

 

「光界の中で桃湯たちが暴走していたように、俺だって何かできることがあったらやりたかったよ。でも内側では何もできないって理解していたから──せめて外側ではあらゆるアプローチを試すことができるように、ずっと動いていたんだ。たかだか人間のためならこんなに躍起にはならないよ。たとえ命の恩人でもね。でも……彼女は今尚、鬼子母神だから」

「……そう。そうね。……なら、私の答えは決まり。肉体の再構築とやらにおいて、私達が手伝えることはある?」

「正直なことを言うと、無いに等しい。俺たちが光界で一度死んだ時、彼女の肉体もまた死を迎えた。穢れの塊……緋玉である心臓だけは外の世界へ出られたみたいだけど、他は何も残っていない」

「あれは? あの子がいつも巻いていた包帯」

「あれは凛凛(リンリン)ちゃんが作った布でしかないから……と言いたいところだけど、同じような境遇であるはずのトンカチと鋸は青清君……鈴李ちゃんの手元にある。彼女に投げ渡されたものを、目が覚めた時にはずっと握りしめていた、っていうんだ」

「なるほど。だから、無いに等しい、なのね」

 

 天火の少女がつけていた包帯。

 あれ自体は凛凛が固定の輝術をかけた、というだけの包帯である。そして輝術の全てが神族へと帰った今。

 

「もし世界の外へ出ていても、普通の包帯と見分けがつかない、か」

「今の文明事情を考えれば普通の包帯の形を成しているだけでも珍しいから、目に付く包帯全部集めたらなんとかなりそうだけど……それは人間たちを侵害するから、難しいんだよね」

 

 流石に。

 流石の結衣も、「なら人間の里を襲っちゃえばいいじゃない」とは言わない。棲み分けを行うこと自体には納得と理解の意を示しているからだ。

 

「できることはそれだけで、それ自体も望み薄。でも……だとしたら、あなたは今何をしているの? 肉体の再構築というのは、そういう……彼女に関連するものを集める以外にもあるのでしょう?」

「ああ、氏族の死骸集めだよ。さっきも言った通り、どういう成分でどういう構造をしているのかが分かれば、こっちで培養可能なんじゃないかと思ってね。そうだ、それ自体は二人にもお願いできるかもだ。空から星が降ってきたら、高確率で氏族だから……その肉体のサンプルがたくさんたくさん欲しい」

「核は要らないの?」

「ああ。だから食べちゃってくれていいよ、結衣ちゃ……結衣」

 

 溜息は桃湯から。だって、それを聞いて結衣が燃えないはずがないと知っているから。

 光界から出て……氏族に対して自分たちの力が然程有効ではないと知ってからというもの、結衣は目的を見失っていた。桃湯についてきたのも「一番気が合うから」程度の理由だし、この無意味とすら思える捜索に飽きが生じれば、いつでもふらっと……どこかへ行く準備が整っていた。

 だからこの溜息は呆れ半分、安堵半分なのだ。

 

「こういうの、なんて言うのだったかしら。……諸国漫遊食べ歩きの旅?」

「肉片は音かなんかで送ってくれよ~」

「いいじゃない! それに、桃湯」

「……? 何かしら」

「それ、使いたかったんでしょ? 人間が今どこまで散らばっているのか知らないけれど、旅をしていけば"空から何かが降ってきた"って話はいくらでも聞けるだろうし、それで音を奏でてあげれば話も聞きやすくなる。私ってば天才じゃない?」

「二人とも可愛いからなぁ、実際に刺さりそうだ」

 

 桃湯が知らなかったことがあるとすれば、これだろうか。

 

 結衣は確かに勝手気ままな性格だけど──。

 

「……にしても、なんでわかったの? ……私が、その……」

「えー? だって、それは決して攻撃に使わないじゃない、あなた。使いやすい使いやすいって言っておきながら、ずっと布に包んで背負って持ち歩いて。殺しに関係ないところで弾きたいって感情が漏れ漏れなのよ」

「桃湯はわかりやすいよなぁ昔から。……おっとこの洞窟内で音を使うのは無しだぜ? 穢れの偏光を使って狭い洞窟に見せているだけで、研究資料がわんさかあるんだ」

「桃湯がわかりやすい、というのは同意。流石、結構な古株でありながら実は信念なんて無かった鬼第一号よねぇ」

「あー確かに。引き継いだんだっけ? 陽弥のこととやかく言えなかったんだな、言われてみれば」

「でもそこが可愛いし、凄いのよ。他人から背負わされたもので八千年ですもの。友人として誇らしいわ」

 

 彼女が、何よりもまず、友情を大切にする、ということを。

 

 ……まぁデリカシーが無いので流離いのノンデリ男共々小一刻怒られる嵌めになるのだが。

 

 

 張り切って出て行った桃湯らを見送り……夕暮れ時になった空を見上げながら、男……奔迹は口角を上げた。

 

「もう出てきていいぞー」

「……いやー。……最近の子は怖いねぇ」

 

 ぐにゃりと歪む空間。そこから現れるは……所謂貫頭衣というものに身を包んだ女。

 光界においては、道破(ダオポォ)、あるいは佩普(ペイプー)と名乗っていた存在だ。

 

「死にかけ氏族の死骸を食って回って、その肉は全部お前に、かよ。敵対してるから同情とかはないけど、うひぃ、考えただけでぞっとする」

「結衣ちゃんは氏族に見初められることなく鬼になった例外中の例外だからなぁ、シンパシーとか欠片もないんだろ」

「いや倫理観の話なんだけどな……」

 

 彼女は氏族である。その身はあの幽鬼の氾濫においても圧し潰されることはなく、こっそりと光界から抜け出してきた……ところを奔迹に見つかり、拘束された次第。

 そこから二年間、「研究」され続けている。

 なお、奔迹の名誉のために明記しておくのなら……そこに「卑猥さ」は無い。「凄惨さ」はあるかもしれないが。

 

「さぁて、じゃあ今日も、だ」

「格好つけているところ悪いんだけど、早くこの穢れ吸い取ってくれない? 浄化しちゃっていいわけ?」

「ああわかったわかった。待って待って」

 

 洞窟内に満ちていた穢れが彼の中に吸収される。許容量の限界を超えた穢れを身に溜め込んだことのある彼からしてみれば、この程度の穢れはなんてことはない。

 そうして綺麗になっていく洞窟内。当然偽装に使っていた穢れも吸い込まれるので、洞窟の壁一面……というか明らかに先程までとは違う奥行きを持ったそこが本来の姿を取り戻す。

 

「はい、これでいいよ」

「人を呼んでおいて待たせるって、最低よね」

「しょうがないでしょ、ここがあの二人に見つかるなんて思ってなかったんだからさぁ」

 

 声は、かなり低い場所から聞こえた。

 不機嫌さを隠そうともしないその声の持ち主は──勿論、凛凛である。

 

「出たなー神族モドキ! 今日もあたしに酷いことするんだろ!」

「当たり前じゃない封印氏族。その貫頭衣、全く力が出せないでしょう? 少し前まではただの拘束具で、いつでも抜け出せる程度のものになっていたから……少し前に改良してあげたのよ。神族モドキですもの、これくらいはできて当然」

「な……うわほんとだ!? 研究が終わって"ようやく落ち着けるなぁ……"ってなった奔迹の目の前でソレを壊してやる計画が……!」

「ちなみに気付いてたよ俺は。だから核付近の穢れに仕込みを入れておいたんだ。木を隠すなら森。氏族って不便だよな、自分の中にある穢れに気付けないんだからさ」

 

 それは巨虎(ジュフー)という氏族の造物が倒された時からわかっていたことかもしれない。

 己の中に入ってきた他者の穢れに反応できない。故に奔迹は、佩普の体内にこれでもかというほどの仕込みを行っている。

 

「おいおい、乙女の身体に何仕込んでくれてんだよ!」

「アンタ無性だろ? 女の身体の方が都合がいいって理由で使ってただけで」

「体内も人間とは全く違う構造をしているしねー。さ、今日もやるから、早く寝台に乗りなさい」

「こ、こんなところに居られるか! あたしは自分の部屋に──のわっ!」

 

 地面から生えた蔦が佩普の足を絡め取り、ビタン! と寝台へ打ち付ける。そして縛る。

 

「毎回毎回面倒臭いのよアンタ」

「クッ……俺の生涯に一度は言ってみたい台詞がどんどん消費されていく……!」

「アンタもよ。……はぁ、面倒臭い。私は自分の部屋で干し昆布でも食べてぐぅたらしていたいのに……」

「凛凛ちゃ──ちょおおい!? 今眼球狙ったよね!? 流石に危ないからね!?」

「前に言ったはずだけど。次言ったら眼球を刳り貫く、って」

「わーよく覚えてるなー」

 

 さて──これより始まるのは、「凄惨な」光景。

 

「おーいお二人さん。イチャイチャしてないで早く始めてくれよ。あたしだって縛られて喜ぶ趣味はないんだ」

「まるで凛凛には縛って喜ぶ趣味があるみたいな言い方だ」

「あら、揶揄ってくるのね。じゃあ今日は苛烈に行こうかしら」

 

 ここに集まりしは……方向性は違えどマッドサイエンティストばかり。奔迹も今は「小物になりきれないお兄さん」風であるけれど、相学者として越えてはならない一線を当然のように踏み越えたものであるということは忘れてはいけない。凛凛は言わずもがな。そして佩普も。

 

「いやぁ、楽しみだ。いつか鬼や人が氏族を殺す日も来るのかねえ。……そうなりゃ、次の敵となるのは……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、はい、入れるわよー」

 

 ぐさぐさと刺さる。蔦という蔦、根という根。

 それが佩普の肌に突き刺さり、入り込んでいく。

 

 痛みは果てしないはずだ。氏族であるとて、使っている肉体にはしっかり痛覚がある。それをさも楽しいことであるかのように笑い済ませられる狂気。

 彼女の姿に何の感慨も覚えぬまま、神族モドキである自らの力を使って「氏族の肉体」の調査を進める凛凛。

 そして……面をつけたのではないかと思うほどの無表情になって、検出されていく結果を……データを紙に書いてまとめていく奔迹。

 

 人道も倫理もない。もしかしたら結衣よりもないかもしれない。

 ここは、ここなるは──紛う方なき実験場。人体実験場。

 

「……ところでさ、凛凛」

「なによ」

藺音(リンイン)ちゃんはどうしてんの?」

「ああ……。妹と『輝園』と、旅芸人の一座として大陸を回るそうよ。一年前に出て行ったきり、文も届いていないから……今どこにいるのかは知らないわ」

「へえ、そうなんだ。……目の届く範囲に居てもらわなくて良かったの?」

「子の巣立ちを見届けるのも親の仕事でしょう?」

「うわぁ、やっぱり大人だなぁ凛凛ちゃ痛いっ!? 足に蔦を突き刺そうとしないで! 硬いとはいえ刺さるかもだから! 君神族モドキだから!」

「あ、アンタら、あたしに今とんでもなく酷い事をしてるのにその世間話はとんでもな──」

「ここくらいしかこいつと接点無いし、大目に見なさいよ」

 

 嗚呼、此処はこの世の黄泉(オウセン)なりや──。

 

 

 コツ、コツ、コツという規則的な音が響く。

 

「よ、ほ、ほ、ほ……と!」

「……合格ですね。これならば、公演に出ても問題はないでしょう。では、すぐにでも皆との合わせを行いますので、あちらへ」

「ん……わかった。何から何までありがとう、ちぇーんぐぉ」

「私ですら私の名前は発音が難しいと思っておりますので、無理していただかずとも……センカ、と呼んでくださって構いませんよ」

「いやいや、名前は大事なものだからね。頑張るよ。……それじゃ、大姐」

「ええ、頑張って」

 

 ここは活性(フォシン)から遠く遠く離れたどこか。

 元より貴族と平民の混成で成っていた『輝園』という組織には蟠りらしい蟠りが無く、そして誰もが元通りの仕事を続けたいと……輝術の使えなくなった輝術師たちもそう望んだために、この一座は誰一人欠けることなく移動民族としての動きを持っている。

 

「藺音様。……蓬音(ポンイン)様は、ご立派に成長なされましたな」

「本当に。姐である私がこんなにも不甲斐ないのが……申し訳なくなってしまうくらい」

「おや? 藺音様の舞いは、我が『輝園』の中でも人気の演目の一つだったと記憶しておりますが」

「あまり虐めないで、泉過(チュェングゥオ)。それともわざわざ言わせたいの? ……黒州の誰もから……もしかしたらこの一座の誰かからも、私が……黒根君(ヘイゲンクン)だと割れたら、殺されてしまうかもしれないという事実に怯えているばかりだ、って」

 

 かつての「ヘイシュウ」において恐怖政治を行っていた「ヘイゲンクン」こと藺音。彼女に恨みを抱く人間は少なくない。平民はその噂ばかりしか知らぬだろうが、貴族は違う。その貴族が今平民と衝突しがちであるからこそこうして抜け出してくることができたわけだけど、平民も貴族も共にあるこの一座においては……彼女は「ヘイゲンクン」の振る舞いをすることができない。

 男装をしたり、美しいばかりの女性を口説いたり、身を重ねたり。

 言語に混乱を抱えたからこそ、そして皆の記憶があやふやになっているからこそ……彼女は本性とでも呼ぶべき姿、つまりお淑やかな彼女に戻ることができたわけでだけど、いつ、どこでバレるやら。

 

「妹はああやって……新たな一歩を踏み出しているというのに、私は」

「申し訳ございません。私も……少し、変わったのかもしれません。今のあなたをみていると、少しばかり意地悪、というものをしたくなるのです」

「なぁに、それ。もしかして告白かしら」

「いえいえ。ただ、親元を巣立つにはまだ幼過ぎたのではないか、と思いまして」

 

 泉過が言えば彼女はむっとする。誰のことかをすぐに理解できたから。

 

「別に……それこそ私は、彼女がいなくたって一人でやれる、ということを証明しなきゃいけないのだから、いいのよ」

「そうして凛凛様に安心してもらい、幸せになってもらいたい、と」

「り、凛凛の名前は出していないでしょう! あなたが勝手に思っているだけで!」

「"そんな馬鹿なことを考えているのだろうから、好きにさせてあげるわ。けれど泉過……あの子のこと、ちゃんと見守っていてあげてね?"とは……はて、誰の言葉でしたかな」

「~~っ!」

 

 思わず地団駄を踏む藺音。

 彼女が凛凛のもとを離れたのは一年も前のことだ。つまりその時点で、というか、最初から、なのだろう。

 

「任されている身ですので、私は藺音様のケアもして差し上げなければなりません」

「だったら今までのやり取りは逆効果でしょう! 無駄に苛々しただけじゃない!」

「ですから、心苦しくはあったのです。蓬音様の成功を道具にしてまであなたの本音を吐き出させる、という行為は」

「はぁ? 何を言っているのよ。私の本心なんてとっくに……」

 

 ば、と。何かに気付いて周囲を見渡す藺音。

 いた。そこには、というかそこかしこにいた。

 

 二人をじぃっと見つめる……目、目、目、目。

 

「ぁ……」

「皆様方。今聞いた通り、実は彼女は彼の悪名高き"黒根君(ヘイゲンクン)"です。──では、当座には当座における蟠りや喧嘩の際の掟があったように思いますが、誰か覚えている者はありますか?」

「はーい!」

「元気な返事ですね。では蓬音様、どうぞ」

「言葉で、無理矢理、言い負かした方の勝ち! 恨みっこなし! 期日の制限もなし!!」

「ええ、ですので──殺傷禁止で。どうぞ皆々様方、彼女へあらん限りの罵声を」

 

 開く。口が。口が。

 元黒州州民。締め上げられ続けた貴族の口が開く。

 

 出た言葉は。

 

「あの座長、今更過ぎるんで戻って練習する許可ください」

「俺達だって何年も演技やってんですよー。見抜けないはずないじゃないですか」

「恨みつらみとか疲れるんで、雑技やってた方が気が楽なんで」

「やーいオトコオンナー!」

「もう男装はしないんですかー? あれ、なんだかわざとらしくって、見ていて笑いを堪えるの大変だったのですけど」

「罵詈雑言が欲しいならいくらでも言ってやるが、今は芸に集中しろよ馬鹿州君。舞いにまで不安を出してんじゃねぇ、別にもう誰もてめーのことなんざ覚えちゃいねーよ自意識過剰女が」

 

 手を叩く音が響く。

 では、と。

 

「お付き合いいただきありがとうございました。皆さま、各自練習に戻っていただいて」

「はーい」

「そもそもなぁ、てめーが毎度毎度俺達の公演を見に来てたことくらい誰だって知ってんだ、他ならねえ俺達がてめーを責めるわけねーだろ馬鹿なのか?」

「先輩! 先輩! もう充分です! あ、あの、でも……割と俺達も同じ気持ちなんで! それじゃ!」

 

 愚痴大爆発の彼を無理矢理連れていったのは、鍛冶の得意な青年。『輝園』の備品づくりはほとんど彼の手腕によるところが大きい。

 

 とかく。

 ポカン、とした藺音の前で……老人は笑みを零す。

 

「さて、雛鳥の巣立ちを文として出す日がいつになるか、楽しみでなりませんな」

「……いつかぎゃふんと言わせてやる」

「ええ、楽しみにしております」

 

 いつか彼女と再会できるように、と。

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