女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百二十五話「観客席」

 トンテンカンという音が響く、田舎村。

 活性(フォシン)。意味は様々あれど、何よりも「最も活気ある村にしたい」という意志を込めてつけられたこの村は、結局田舎村に落ち着いた。数々の策謀入り乱れ……というわけではないく、「初めに作ったものを壊したくない」という勢力が一定数以上いたため、「まぁそんなに言うなら……」とこれまた一定数以上が大人しく引き下がったから、という理由である。

 

「おい、そこの山賊。そちらにある板を取れ」

「え~……」

「え~……じゃない。その体格を存分に使わなくてどうするというのだ。設営を手伝いにきたというから無理矢理メンバーに組み込んでやったというのに、文句を言うなら帰れ、邪魔だ」

「そこじゃなく……のぅ? せっかく役職名を呼ばずに名で呼び合える仲となったのだ。儂のことも勇迅(ヨンシュン)と呼べ。……発音はこれで合っていたか」

「もう一年も経つというのに己の名すら覚えられぬか」

「あまり額に青筋を立てるな、鈴李(リンリー)ぶふぉっ!?」

 

 大男と、それなりに身長の高い女性。

 険悪というほど険悪ではないけれど、特段仲の良い関係にも見えな……くもないような、見えるような二人。

 

「他人に礫を投げるなどどうかしているだろう! 儂はもう輝術師ではないのだぞ!?」

「それは私もそうだ。そら、そなたの筋肉が輝術頼りではないことを証明せよ」

「他者の名を呼ぶのも己の名を呼ばれるのも嫌だとは、まぁ初心ではあ……待てシー……あー、なんだったか、お主の役職名」

青清君(シーシェイクン)だ、馬鹿者」

「そうかそうか、しぃしぇーくん。もう揶揄わぬからそのナイフをこちらに向けるのは止せ、洒落にならぬ」

 

 今行われているのはある舞台の設営。

 才華競演(チャイファジンチャン)。開催を続けてくれ、と頼まれはしたけれど、残念ながら一年目には開催することの叶わなかった催し。

 なぜ開催ができなかったか、と問われたのなら、理由などいくらでも出る。たとえば今の二人。そのやり取りにあったように、今まで使っていた言語能力に翳りが出たことが一つ。彼ら彼女らの記憶にある限り、空から幽鬼が降ってきて、それが凝結し、埋め尽くされて意識を失って……気が付けば「外」にいた。

 何も無い場所。否、森や泉などはあったけれど、自分たちが住んでいたような家屋と呼べるものは一つもない……そんな場所。

 

 そんな中で、初めに立ち上がったのが新帝同盟と呼ばれていた者達だった。

 こうなることをある程度予測していた、とでもいうかのように動き出した彼らは、彼らの元居た場所でも大工や鍛冶の仕事に就いていた者へ役割を振った。自然と元居た場所における「シュウ」ごとのグループ分けにはなったけれど、それでも混合されたグループは、これまた時には軋轢を、時には嫉妬を、時には逆恨みを生んだりして……その後、大団円、というわけにも行かず。

 あの日から一年を経た今でさえ、禍根を残す者達がそれなりの数いる。

 かつて「シュウクン」を名乗っていた者達の権威が失われた、というのも大きい。特に「ヘイゲンクン」は酷いもので、その恐怖政治がゆえに一時追われる身になっていたほどだ。無数の恨みを持つ者がいた……というのは、けれどどこかの有能付き人が裏で処理をしたようだったけれど。

 

 逆に「ロクリァンクン」や「チィジークン」は慕われたけれど、当の本人が「上に立つ気は無い」と言い切ってしまったものだから、二人を慕った人々は選ぶこととなった。

 

 つまり、「シーシェイクン」か「オウヂォンクン」か、別の誰かを擁立するか、という択を。

 

 その結果──。

 

「まったく、気に入らぬ……。なぜ玻璃(ブァリー)の人気の方が高いのだ。あ奴、ふわふわ浮いていただけではないか」

「ブァッハッハッハ! なんだまだ気にしているのか!」

 

 結果、「オウヂォンクン」がリーダーに適していると判断。その「オウヂォンクン」が新帝同盟の一員であるのだから、一度は新帝同盟に背いたグループもなし崩し的にそこへ合流。多少の蟠りを残しながらも協力し合い、一年を迎えた、という次第になる。

 

「しかし、ぶぁりーか。ううむ、この……儂らが使っていたらしき言語。いやはや全く慣れる気がせんな」

「今話しているものとて同じものらしいがな」

「そのようには聞いているが、どうにも全く同じようには思えぬのだ。……かといって学者連中と言い合いをするつもりはないが」

 

 言語に関しては多大なる混乱があった。仕事は最悪言われたことをやるだけでいいのでなんとかなるけれど、「読めていたはずの文字」が読めない……どころか、「書けていたはずの文字」が書けないのがほとんどで、日常的に読み書きしていたはずの文字は「読めるはずなのに読めない」というもどかしさに襲われる。

 それによって"オカシクなる"ということはなかったけれど、やっぱりこれも争いの火種だった。

 新帝同盟によって元々使っていた文字ではない、『新帝文字』なるものを教わる派閥もいれば、上手く思い出せない文字をなんとか形にしてそれを忘れないよう使っていこうとする派閥、言葉が通じるのだから文字など要らない、と言って出ていって、一年と経たずにどこを見ても影すら見つからなくなった派閥。

 

 曰く自分たちは「規格文字」と呼ばれる言語及び文字を使っていて、幽鬼の海に圧し潰されたことでそれが読めなくなった……という「事実」を聞いてその下手人への恨みを募らせる者も多数。

 むしろ新帝同盟に反発している者は大体がこれと似た理由だ。今までの暮らしを奪い、今までの言語を奪い、今までのあらゆるものを奪って「あの楽園」を独占した新帝への恨み。けれどおかしなことに、誰もその新帝が誰だったのかを思い出せない。思い出すことのできる者は彼女に恨みを抱かない。

 

 混乱である。新帝同盟の数名だけで抑えきれる混乱に非ず、頼みの綱である神族や鬼は我関せず。

 結果的に人類は大分され、それぞれがそれぞれに村を、街を興した。いずれはそれらが国となるのだろうが、それはあと二、三年は先の話だろう。

 

「で?」

「なんだ、で、とは」

「そなたのような山賊が才華競演を手伝いに来る、などという殊勝さを見せるワケがなかろう。なんだ、頼み事でもあるのならハッキリ言え。私達も暇ではない」

「むぅ。……まぁ、お見通しか」

「私でなくともわかっただろうな」

 

 この辺りで一番大きな「街」は今「オウヂォンクン」……玻璃が治めている。ただし此度の災害によって視力を失ってしまった──ということになっているので、同じく新帝同盟である蓬音(ポンイン)夜雀(イェチュェ)という人材が彼女の補佐につく形で、ようやく形になっている、というところだ。ただし蓬音は近々出て行く予定があるとかなんとか。

 彼女の盲目は弱点でしかないため、その身に危険が迫るのも時間の問題……のはずなのだが、そういう邪な考えを持つ者はいつの間にか消えているとかなんとか。

 贖罪とでもいうかのように、どこぞの親離れのできない鬼が暗躍しているとかなんとか。

 

「あの娘を貸し出して欲しい」

「誰だ」

「ほら、あの……娘子の近くにいた娘だ」

祭唄(ジーベイ)か?」

「それがあの背の小さな娘のことなら、そうだな」

「はぁ……。人材を借りたいのなら名前を覚えろ。そなた普段はどうしているのだ。なんぞか、まだ若い付き人三人がいただろう」

「それぞれの道に進むよう背を押したのだがのぉ、儂に仕えると言って聞かぬから、今は武芸を教え込む毎日よ。先程お主が言った通り、儂ら……チーシュウ? の者は輝術頼りだったわけではない、と示さなければならんからの」

「問いの答えになっていないが」

「ブァッハッハッハ! ……だから、まぁ、その三人に任せているというか。その三人の名前だけ覚えたのならあとは覚えなくても良いというか……」

 

 溜息も出ようという答えだった。だから青清君(シーシェイクン)……鈴李はそれはもう盛大な溜息を吐いて、()()ようとして……もう一度溜息を吐く。

 

「ブァッハッハッハ! それはわかるぞ。お主今、伝達を行おうとしたであろう。儂も良くやるわい。……一年を経ようと、習慣は変わらぬな!」

「変わっていかなければならぬのだがな……。容姿を覚えているのなら、自分で会いに行け」

「覚えておらぬから頼っているのだ」

「……礼を欠き過ぎだろう、山賊」

「新帝同盟が教えてくれたことであろう? 関係性の薄い者の顔は思い出せなくなっても致し方ない、と。儂とあの娘の関係性などあってもないようなものだった故、何も思い出せぬのだ」

 

 輝術に保存されていた記憶が引き出せない、という問題は、これもやっぱり混乱を引き起こした。

 日常的に見慣れぬ者の情報がごっそりと抜け落ちてしまったから、「そういえばあんな人材がいたような」という時に顔も名前も出てこない事態に陥るのだ。その者が為した事象だけは覚えているがゆえに、より酷い混乱があった。

 グループごとの溝が深まった理由の一端がそれだ。思い出せぬ者は信用できぬ者でもある。蟠り程度のものが禍根となる例も少なくはなく、グループやコミュニティが乱立し、統制らしい統制はほとんど取れぬまま。とはいえ新帝同盟がいなければ混乱はこれ以上に酷かったことが予想されるので、そういう部分から新帝同盟を神格化している者も少なくはない。

 

「青清君、設営は引き継ぎますよ」

「む、ああ悪いな進史(シンシ)。……いや待て、お前確か今日は奥方との」

「なにぃ!? しんしお主……婚姻を結んだのか!?」

「……。青清君?」

「す、すまない。今のは素だった。決して悪気があったわけではないのだ」

「おいおいおいおいしんし! いつだ! というか誰だ! なぜ儂に言わぬのだ~!」

「そうやって騒ぎ立てるからに決まっているでしょう。……その彼女に言われたのですよ。"そろそろ小鈴が寂しがる頃合いだから~、手伝いに行ってあげてくださいね?"と」

 

 人は変わる。環境が変われば自ずと。

 あるいは何かがあったのかもしれない。何か変わるべきことが。変わらざるを得ないことが。

 

「とにかく二人は祭唄を探しに行ってください。ここで騒がれると邪魔なので」

「後で会わせろ! いや、昔のしゅ、……しゅーくん達に教えて回るのが先か!」

「あなた以外は全員知っていますよ」

「おおい虐めか!? 儂はしゅーくんの中でも飛びぬけて老人なのだ、丁重に扱え!」

「もう州君(しゅうくん)とか関係ないので。ただの煩い老人はただの煩い老人として扱いますよ、私は」

 

 そして、誰もが痛感するのだ。

 ──自分たちが、どれほどまでに「制限」を受けていたのか、ということを。

 

 やいのやいの、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら村の中心の方へ向かう二人の元州君を見送って……彼、進史もまた溜息を吐く。

 背を預けるは樹木。少し肌寒くなってきた気温を覚えつつ、空を見上げる。

 

 まだ昼だというのに、煌めく星々と流星群。一年前から変わらない……代わり続ける空模様。

 あの少女から星座という概念を聞いていた彼も、これでは観測仕様が無いな、などと呆れを吐いた。

 

「やぁ、進史」

「っ……今潮(ジンチャオ)か。……輝術で感知する、ということができなくなった今、お前達を探知する術がないのだ。突然話しかけてくるな、心臓に悪い」

「この時期になったら私がここに来るのは目に見えてわかっていただろう? 娘の晴れ舞台が近いんだから」

「ああ……。だが今年出るかどうかはわからんぞ。半年前の才華競演も開催できていないのだし、彼女もまだ生活基盤を整える段階で、芸術など夢のまた夢なのではないか?」

「それがね。上の姐の助力を得て、何か作品を作っている、ということを風の噂……陽弥の噂で掴んだんだよ」

「形無しも良い所だな、その出所は……」

 

 鬼は我関せずと述べたけれど、個人個人を見ればそうではない部分も多い。

 暗躍真っ最中の彼や、今此処にいる今潮。そしてともに仕事をする内に奕隣(イーリン)へ意気投合したらしい停谷(ティングー)

 この三人はそれなりに見かける鬼であると言えるだろう。

 ただし穢れが他生物を侵食する、という性質は何ら変化していないため、必要以上の接触はないが。同時にこれ以降鬼が生まれることも……ほとんどあり得ないため、彼らも無理はしない。生物的に強いとはいえ、不死ではないのだ。万が一がある以上、そして互いのために不必要な干渉を行わない。

 

 進史の聞く限りでは、桃湯(タオタン)一派と呼ばれる鬼の集団はどこか遠くで村を興したとか。濁戒(ヂュオジェ)一派と呼ばれる集団もいるのだけど、別にいがみ合う関係でもなんでもないとか。

 無論、鬼というもの自体「彼と関係性の薄い誰か」なので初めは靄のかかった記憶だったのだけど、彼は持ち前の優秀さで全てを覚えきった。バッドコミュニケーションは名前の齟齬から生まれると知っているのだ。元々がバッドコミュニケーションの塊であったが故に。

 

「それで……私に何か用か? もう私は何の権力も持っていないぞ」

凛凛(リンリン)を覚えているかな」

「ああ」

「彼女がね、婚姻を迫ってきたんだ。だから経験者に聞いておこうかと」

「……お前、ここに来たのは娘の発表を見るため、だっただろう。……奥方が亡くなっているから何とも言えんが……いいのか、それで」

「無論私は断ったのだけどね。なんでも、"未だに神族の血が体内に残っている私と鬼であるアンタが番った場合、どうなるか試したいのよね"だそうだよ。子供ができるのか否か、穢れに冒されて終わるのか」

「あるいは生まれてしまうやもしれん子のためを想うのならば断われ。そんな実験で産み落とされる子が可哀想だ」

「やっぱりかい? まぁ私は断固拒否の姿勢だから大丈夫だとは思うのだけど、一応ね」

「いや待て、だとしたらお前は私に何を聞きに来た」

「え? そりゃ……言い寄ってくるたくさんの……明らかに自分という存在より別の何かを目的としている女性からのアプローチを躱す術、だよ。慣れているんだろう、そういうの」

「輝術に頼らぬ私の剣術でどこまでやれるかは不明だが、その腸もう一度掻き出してやろう」

 

 わぁ、怒った怒った、なんて言って逃げ出す今潮。追いかける……素振りを見せて、溜息を吐く進史。

 彼には鈴李から引き継いだ設営準備があるので遊び惚けるわけにはいかないのだ。

 

 進史。役職から解放されようと、一生苦労人な男である。

 ただし、前と違うのは──。

 

「おーいすまない! 観客席の設営に人手が必要だ! 誰か手の空いている者、手伝って欲しい!」

 

 導く……とまではいかないまでも、周囲を束ね、頼り、うねりを生み出すことを覚えたこと、だろうか。

 

 

 

 そんなことが背後で起きていたとは露とも知らず。

 鈴李と勇迅は、村の中央広場まで来ていた。

 

 活性(フォシン)は田舎村。だけど貧乏村ではない。老若男女が仕事に精を出し、子供の駆けまわる平和な村だ。

 だから当然、そんな場所に見た目山賊な勇迅が現れたのなら……ざわつく。

 

「えーんやこーらっさ、あえーんやこーらっさ、おっれは♪ あ、山の狩人~、あ、えんやこっらさっさ」

 

 さらにそれが酷く音痴で意味の分からない歌を歌っていたら……奇異の目を向ける。

 

「その歌を止めろ、山賊。私が恥ずかしい」

「何を言うか。これは古くからちー……ちーしゅうに伝わる狩人の唄ぞ。儂が幼き頃から聞いてきたものだからな、色々忘れた今でも覚えておるわい」

「背景など誰も聞いていない。私が恥ずかしいからやめろと言ったのだ。……む、ほら、いたぞ」

「お」

 

 目的の人物は、すぐに見つかった。

 他の家屋よりも大きめに作られたその家の中で、老若男女問わずに読み書きを教えている女性──祭唄(ジーベイ)だ。

 

「むぅ」

「どうした」

「いや、流石の儂とて他者の勉学の時間を奪ってまで用事を済ませようとは思わぬ」

「……明日は嵐か」

「むしろこういう時強引で無理矢理だったのはお主の方だろう、しぃしぇーくん」

「ぐ」

 

 反論は出なかった。あまりにもその通り過ぎて。

 一年。一年だ。

 

 見知らぬ土地に放り出されて……一年。貴族がどれほど裕福な暮らしを送ってきたのかを思い知らされる一年だった。

 その点勇迅は平民と暮らしてきた時間が長かったし、「ロクリァンクン」も似た状況ゆえに順応は早かったらしいが。

 

 とまぁ、思い知ったのだ。本当に。

 鈴李は、自身がどれほど横暴に彼女を登用したのかを……連れ去ったのかを。そして彼女を失ったあの水生(チーシン)という村がどうなる可能性があったのか、ということも。

 同時にこの村は、恵まれている方でもあった。

 

「発火装置使うぞー近くにいる奴は耳塞げー」

「む?」

 

 中心部近くにある大きな焚火。その周囲にいた男衆がそんな言葉を吐く。

 同時、近くを駆けまわっていた子供も仕事をしていた青年たちも、そして勇迅の隣にいた鈴李も耳を塞いだ。

 なんだなんだと彼が周囲を見渡している内に──轟音が鳴り響く。

 

 敵襲か、と思うほどの轟音。

 

「落ち着け。耳を塞げと言われたのに塞がぬそなたが悪い」

「これが日常なのか? というより今のは何の……おお」

「圧気発火装置、だそうだ。あの子が水生で使っていたもので……ある程度の条件を整え、コツさえ掴めたら、簡単に火をつけることができる。とはいえこのように轟音が鳴るからな。放火には向かぬ」

「儂が放火に使う前提で話をするな。……あれは門外不出か? 儂の村にも欲しい」

「基本的には使い切りだ。解析したいのなら、あの者達から竹筒を貰えば良い」

 

 新帝同盟は技術を分け与えることを惜しまなかった。

 その恩恵に預かっているこの村が、それを教えぬことはない。

 

「去年、火に秀でる、を謡っていたちーしゅうは、雪に見舞われて大変だったからのぅ。これで暖が取れるわい」

「ああ……気候に関しては私達も苦難の連続だよ。近い内に治水工事をする予定でな。近くに川があることは良いのだが、ちょっとした大雨で氾濫するから困っておるのだ」

「それならば儂らを使え。この装置の礼とでも思えば良い。今儂らの村では土いじりが流行っていてなぁ、元おうしゅうの連中が陶芸を見せてきたせいで、焼き物が大流行しておる。土で川をなんとかする、というのを村の若僧どもに話せば、何かしら良い策を思いつくだろうさ」

「是非とも、だ。……と、授業が終わったようだぞ」

「おお!」

 

 拡大版マグネットボード、というらしいそれに文字を書き、それについてを教えていた女性──背丈で言えば少女だが成人しているので女性──、祭唄が、それはもう呆れた顔をして二人の方へ歩いてきていた。察したらしい。厄介事だと。

 なお、この拡大版マグネットボードは祭唄が作り出したもので、ここだけではなく様々な場所に導入されている。加えてそれの表面に使われている『カゼインプラスチック』なる存在があまりにも特異過ぎて、日夜研究が行われているとかなんとか。

 樹脂に関してはあの少女が新帝同盟へ知識を残していたので聞けば済む話……なのだけど、「自分たちで解明したい派」と「樹脂という言葉をまず学ぶ必要がある人達」と「新帝同盟嫌い」がいて、遅々として進んでいないとか、一部地域ではかなり進んでいるとかなんとかかんとか。

 

「どうしたの、鈴李。赤積君(チィジークン)は久しぶり」

「おお、そうだそうだ、確かにお主がじーべい、だったな。そして昔の役職名で呼ぶのはやめろ、儂はもうそれで呼ばれ慣れておらん」

「そう? じゃあ山賊って呼ぶね」

「お主までもか……」

 

 先程「シーシェイクン」と「オウヂォンクン」の人気の話が出たけれど、実を言うと一番人気が高かったのは何を隠そうこの祭唄である。

 どこまで行っても庶民目線を理解してくれるし、言葉が分かりやすいし、絵がある程度上手いし、知識量もとんでもないしで……まぁ、当然、どこぞの元州君の嫉妬心を擽ったのは昔の……いや今の話でもある。

 祭唄老師、祭唄老師と慕われるその様は、もっと早くから勉強しておくべきだった、という悔悟と……なぜもっと早くに教えなんだあの鬼……! というどこぞの流離っているやつへの怒りへ変わったとか。

 

「この山賊がな、お前に用があるそうだ」

「私に? ……遺物関連?」

「ああ。村の近くで出土した」

 

 ──遺物。

 それは……つまり、あの少女が作ったもののことを指す。

 あらゆる家屋、あらゆる道具が幽鬼の海に圧し潰されたはずなのに、彼女の作った物は遺り続けた。今鈴李が両腰に佩いているトンカチと鋸も、だが。

 遺物らは基本的には原始的なつくり……あの頃は「制限」があったが故に誰も思いつけなかったものだけど、それが解除されたのならば子供の玩具にもならないつくりをしているものばかりである。だけど時々、特異な……それこそマグネットボードのような、明らかに「段階」の違う技術の使われたものが見つかる。

 そういうものに関してはできるだけ新帝同盟が発見、回収、解析を行うのが慣わしになりつつあった。彼女の痕跡だから、というのもあるけれど、壊してしまいかねないから、というのが大きい。勿論これも新帝同盟を嫌っている連中には通用しない話であるが……なぜかそういう連中の手に渡ってしまった遺物は何者かによって再度奪われるのだとか。

 鳴るはずの無い弦の音と共に。

 

「すぐに支度をする。あ……でもそれだと……。鈴李、才華競演の設営は手伝えないかも」

「構わぬ構わぬ。あの子の痕跡は私も見たいが、私が見たところで、な部分も大きい。それよりも今年こそは才華競演を実現させたいが故な、お前はお前の、私は私のことをやるべきだ」

「うん。どういうものかわかったらちゃんと教えるね。鈴李に贈られたものかもしれないし」

「ああ」

 

 鈴李と彼女とのきっかけとなった『やじろべえ』含め、多くの遺物がどこかへ消えた。

 この村にあるもの、そして玻璃の手元にあるものでも四分の一に届かないと言われている。どこぞの鬼が幾つかを保管してくれているらしいけれど、それでもほとんどが見つかっていない状況だ。

 考えたくは無いけれど、海の中に沈んでしまっている、という可能性もある。彼女らが住んでいた場所に比べ、この「外」の世界の海は広いし複雑だ。切り離された陸地も多数存在し、鉱石資源も場所によってまちまち。遺物が埋まっている深度は完全にランダムなようなので、もし黒曜石の中などに埋まってしまっていたらお手上げである。現状ではどうしようもない。

 

 残念ながら、だ。

 彼女たちの住んでいた世界……「テンセンフォン」がどこの山なのかは、未だにわかっていない。

 険しい山である、ということだけは知らされている。だからあらゆる山を探した彼女らも、次第に落ち着いていった。それよりもまず自分たちの生活を何とかする必要がある、と。

 

 神族は未だに戦争中。鬼はほとんど接触してこない。

 だから人間の力だけでなんとかしなければならない。早く、早く、早く全てを整えて……彼女を探しに行く。そうしたいのに、できない。

 

 あの詭弁小娘のことである。

 待っていろ、とか言いはしたけれど、具体的な手段は全く考えていなかったのだろうことくらいわかる。鈴李も、そしてその話を後から聞いた祭唄、夜雀も同じ見解であった。

 どうせ口から出まかせだ、と。だから……やっぱり、会いに行かなければ。

 

 誰にどれほど無駄だと言われても、確認しに行くのだ。あの馬鹿娘がどうなったのかを。

 

「世話になったな、しぃしぇーくん。治水工事をする時はまた文でも出せ。ブァッハッハッハ、儂は読めぬがな!」

「発音がおかしい。青清君(シーシェイクン)。ぃ、じゃなくてィー。そしてしぇーじゃなくてシェイ。わかる? shiじゃなくてxiなの」

「ぬわああ! やめろやめろ、その……儂らとは完全に言語体系の違う言葉! 耳がこそばゆい!」

「成程、勉強嫌いの我儘老人。道中みっちり教えてあげる。まずshiとxiの違いから──」

 

 歳の差的にあり得はしないだろうが、あれはあれで……なんて感想を抱く鈴李。

 ちなみに祭唄は頑張りに頑張って「十文字と五十文字と五十文字と二十六文字と三千文字」は覚えたそうだ。ただし、祭唄曰く「本来は六千字だし二十四文字と三十三文字も覚えなきゃいけなかった。……流石に無理だった」だそうで。さらにそれを別言語として切り分けるのも難しかったらしい。

 

 鈴李たちが当然のように使っていた「規格文字」。あれによる会話をあの少女がどうやって行っていたのかというと、「頑張って」だそうだ。

 なのでやっぱり鈴李たちも「頑張ら」ないといけない。

 

「……今は、才華競演の成功を、だな」

 

 空を見上げても、振り返っても。

 あの偽悪小娘が声をかけてくれることはない。だから……今はできることをするだけだ。できることを、できること以上に、できるだけ。

 

 いつか彼女と再会できるように、と。

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