女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百二十四話「フリーズバースト」

 月が降りていかない。

 ただ……雲上には明かりが差し込みつつある。

 思い起こすはあの時の衝撃。どうしようもなくなって鈴李のもとへと駆け込んだ私の見た、あまりにもおかしな光景。

 

 そうして光閉峰の峰から光源が上がってくる。雲に遮られた地上は普段通りに明るく、それの無い場所もまた、明るくはなれど──その異質さに、平民のどれほどが気付き得るだろうか。

 

 肌のざわつき。高揚する気分。

 

「……会えずじまい、か」

「怒ってる?」

「いや。ただ青清君なら私を見つけてくるのではないか、なんて……幻想を抱き見ていただけだ」

「そっか。……ごめんな、小祆」

「お前よりも先に謝りたいやつがごまんといて、そいつらが同一因子のせいでおかしくなっているんだ。お前だけが先駆けるのはどうかと思うぞ」

 

 立ち上がる。手筈のすべては濁戒と奔迹に伝えてある。

 あとは実行するだけ。

 

「手、震えたりしないんだな」

「ん? ああ、緊張で、か?」

「だってそうだろ。こんな一大事……楽土での小祆がどんな奴だったのかは知らないけど、大事(おおごと)を前に、信頼できる相手もそばにいない中で、緊張の一つもしないとは思えなくてさ」

「そこはまー……お前に言う言葉でも無いとは思うが」

 

 いつも通りの調子で行こう。

 なんせこれからも世界は続いていくのだから。

 

「お前達が考えているよりずっと、運命というものは優しいよ」

 

 励起する。

 今は欠片でしかない胎動。次第に大きくなっていく揺れ。

 

「濁戒」

「はい、承知しております。青宮城、黒犀城、赤塞城、緑麗城、黄金城。五つの城全てにいる人間、及び輝術師を排除いたします」

 

 砂が動く。砂塵はあらゆる場所から侵入し、城という城にいた人間を強制的に引き摺り下ろす。

 

「こっちも、既に全員追い出したわ。……じゃあね」

「最後までありがとう、凛凛さん」

 

 手にしていた綿毛から聞こえてくるその声に返事をして。

 

 体内の穢れを一気に排出する。

 といってもシュレーディンガーをやるつもりはない。これはただの合図だ。

 (チー)への合図。

 

 瞬間、五つの城全てが──落ちる。

 浮層岩にかけられていた輝術が消えたのだ。それらは私の知らない、けれど古来より繰り返されてきた帝の入れ替わりと同じように、権威の代替を表す。

 しかしながら此度は全て。城だけでなく、廟までもが落ちたというのならば、誰もが理解したことだろう。

 

 強い──強い衝撃があった。

 

「っぶなぁ~……!」

 

 方向は緑州。今奔迹が防いでいなければ、この場の誰かが死んでいた可能性さえある威力。

 重火器でも隠し持っていたか?

 

「今のは緑涼君ですね。点展の死の際に、生成した槍を射出する輝術を見せていました」

「位置が割れたか。が、もう遅い。……背は任せるぞ、二人とも」

「あいよー」

「御意に」

 

 その後も攻撃が続く。輝術や穢れ、その他あらゆる手段が飛んでくるけど、奔迹の鬼火と穢れが防ぐ防ぐ。

 濁戒の砂も負けてはいない。むしろ大本……飛んできている輝術師の方は砂が包み込み、無力化を行っている。

 

 そう、ここは。

 

 ここは、ここなるは光閉峰の峰肌に非ず。

 灯台下暗し。

 

 此処なりしは黄宮廷上空──天染峰のど真ん中!

 

「さぁて、出番だぞ……」

 

 光界ギリギリの高度に存在するは、行き場を失った……楽土へ向かったはずの魂たち。さながら暖められた空気のように天辺へと沈殿するそれらに触れて、それらを全て()()()()()

 それら──魂の性質が水に似通っていると気付いたのは折居のもとで鬼に囲まれた時。

 

 私が幽鬼の言葉を聞き得るのが唇を読むことができるが故、ではないと気付いたのは果たしていつだったか。

 この身この魂この存在。

 幽鬼を解するは無論、私が幽鬼に近しきが故。

 

 人を導く存在が州君なり。輝術師を導く存在が神族なり。鬼を導く存在が鬼子母神なれば──。

 

 幽鬼も人も輝術師も鬼も導く私は、やはり帝の一文字が似合おうさ。

 

 掲げる手が触れるは幽海。そこから伸びる糸筋は、まるで地を這う根の如く。

 果たしてそれらは光を零す。しとしとと降る雨のように。あるいはこんこんと降る雪のように。

 気体と化していた幽鬼という幽鬼が凝固し、その体積を増やす。

 見よ、見よ。

 砕けた月と、穴の穿たれた太陽を通して世界を見よ。

 

 お前達が手にかけなかった全てがここにいる。お前達が価値なしと定めた全てが世界を覆う。

 ダメじゃあないか。

 レンズの水滴は、確りと拭き取らないと。

 

 騒ぎが聞こえる。地上での騒ぎが。

 天災である、天災であると──幽鬼が降ってきたぞ、と。

 

「小祆! 青清君が来てる! どうする!?」

「通しても良い。だが他は通すな。玻璃でも桃湯でもだ」

「りょーかいっ!」

 

 根は広がっていく。雲よりも上を覆い尽くす根。

 ──はじまり。暗中漂う光が一つ。光いつしか止まり木見つけ。木の根を辿って世界を創る。

 

「祆蘭……!」

「ようやく来たか、鈴李。会えずじまいで終わるのかとも思ったが、元気そうで何よりだ」

「なぜ、逃げた。どうして……最後の時まで共に逢瀬を過ごすと言ったのに」

「事情も状況も変わった。玻璃や祭唄が見るからにおかしくなっていただろう。あれと関係している」

「……私に言えぬようなことが、起きた。それは……お前に関わること。そうだな」

「ああ」

 

 やがて幽海は一つにまとまり始める。

 私を起点に、地上へと根を……否、幹を伸ばし始めたのだ。幽鬼の水は黄宮廷に降り落ち、そして──そこにいる数多の人々を飲み込んでいく。輝術師も人間も関係ない幽鬼の波が。

 ──はじまり。創りし世界に人を置き。光いつしか姿を隠す。世界に絡んだ木の根が伸びる。

 

「……聞いておらぬ」

「何をだ」

「もう一度、心から言ってほしい」

「だから、何を」

「私はお前が好きだ。──その返事が欲しい」

 

 ああ。もう、何度も言っていたはずだが。……荷、ね。

 そうだったのかもしれない。全ての事象には理由があるけど、仕方のないことは仕方がない。私と鈴李は同じ考えで、だからこそ違いがあった。……先に見せつけられていた正解を、たった一つのものと信じ込んだ愚か者。

 

「もし……許されるのならば、お前に呪いをかけよう」

「愛した者からの言葉を邪険にするほど狭量であるつもりはない」

「そうか。なら」

 

 溜まっていく。押し流すとか堰き止めるとか、そんなちゃちな量じゃない。

 変換された幽鬼は光界を埋め尽くしていく。藻掻いても無駄だ。抗っても無駄だ。苦しむ必要はない。悲しむ必要はない。

 これからお前達の身に起きることは、勿論初めてのことだろうが──。

 

 安堵しろ。

 私が導くのだから。

 ──はじまり。木の根は草花雨風噴き出し。光いつしか安堵をす。

 

「もう、会いにくることはできない。ここが別離だ。ここで別離だ、鈴李」

「……」

「薄々勘付いていた、という顔だな」

「ああ……あまりにも潔かったから、そうなのかもしれない、と」

 

 ──其の木示せし名は建木。輝き灯すは太古の木!

 

「ここで……お別れ、なのだな」

「故に!!」

 

 声を張り上げよう。

 諦めきった鈴李の、いいや、皆々様方に声を届けるように。

 

「いつかこちらから、会いにいく!! 我が名は神濫(シェンラン)! この魂は既に一度死したものなれば!」

 

 濁戒の砂が落ちる。本人が幽海に浸かったから。

 鬼火の壁と穢れが消える。本人が幽鬼に埋もれたから。

 

「二度と三度と、死の壁合切──何するものぞ!!」

 

 腰に佩いた鋸とトンカチ。その両方を……鈴李へと投げる。

 あまりにもな危険行為に呆然とする彼女に、だから、告げるのだ。

 

「愛している。愛しているから、私が行くまで……誰の物にもなるなよ、鈴李」

「……無論だ。いつまでも、待っている」

 

 詭弁だ、結局。希望を持たせるための……彼女がこのまま潰えてしまわないための。

 その彼女も幽鬼に埋まった。

 体積を増やした幽鬼。氷のような性質はなくとも、この光界を満たして尚変換しきれぬほどの量がある。

 これこそが全国行脚の結果。集めに集め、増やしに増やした降幽泉(ジャンヨウチェン)

 

 それでも尚もと変換を続ければ、当然──フリーズバーストを引き起こす。

 水道管破裂。身近な例だろう。

 

 魂の存在感。圧力。

 それはやがて、物質界への干渉を引き起こす。尊瑤(ズンイャォ)だ。包まれているものも例外ではない。溺れているものも漏らすことはない。

 満たした幽鬼で世界を掌握し──同一因子と呼ばれるもの全てに。

 

 死を、与える。

 死、死、死、死だ。掌握した命。それらを殺す。氏族のクローンの全てを殺す。

 "次点の絶対決定権"を持つ私が告げる。この世に寂寞を。この世に静寂を。この世に──光界に、あらん限りの冷徹を。

 

 やがて、世界が……寂寥に満ちた。

 

 

 

 未だに残る幽鬼の海の粘性に片腕を預け、世界を見渡す。

 

 消えた。

 人も鬼も、建物も文化も、何もかも。

 

 この身もそうだ。同一因子であった肉体部分は消し飛んだ。穢れの塊であった心臓も潰えた。

 けれど私はここにいる。

 

 まだやることがあるからだ。

 

(フー)! 準備はいいな!」

 

 静かになった世界へ叫ぶ。聞こえていないだろう声を張り上げる。

 

「是。激戦が予想される。我々は人々を守ると同時、氏族への徹底抗戦を仕掛ける」

「殲滅の間違いだろう。あっちがやってきたんだ、オレらに制限はねェ」

「何より願われたからね。私達は、願われたのなら……強く在れる」

「じゃけど、わかっておると思うが、吾らと皆とでは、()()()()()ぞよ。これよりの全て、声を聞き届けられるかは確約せぬ」

「そのための新帝同盟だ。大丈夫、人間は強いよ。弱いからこそ強い。だから、強いからこそ強いお前達には、どうしようもない災厄の相手をしてもらうんだ」

 

 現れしは六つの光。

 言葉を発さなかったのは二つ。

 私の声は届いていないだろうけれど、大丈夫、皆わかってくれている。

 

「媧。サニウエンに何も言わなくて良いノカ」

「ふん。最後の最後まで詭弁捏造小娘だった此奴に何の言葉をかける。……死を物ともせぬというのなら、諦めるなよ。外の楽土の魂となっても、私は引き摺り出すぞ」

「楽しみにしている」

 

 残りの幽鬼。世界に浸る幽鬼の海。

 その全てを──。

 

「行け、神族! 私の名のもと、世界から濫れることを許可しよう!」

 

 使い、切る。

 灰翼は自己暗示の句。ただしそれは私の魂を切り分けることへの自己暗示ではなく、悔悟を伝えるための句だ。

 

 使うことを許せ、と。

 そして……今度こそ次を目指せと。

 

 激しい震動が世界を襲う。軋む音が聞こえてくる。

 逆さまの建木は未だに生長を続け、上下を大きく押し上げる。

 足りぬ足りぬと、それでも言うなら。

 

「出番だぞ──天故理(テングリ)!!」

 

 腕に収束するは月色の液体鉱石。

 天染峰の全てに存在する遮光鉱が、この手に集う。

 それを──重なった月と太陽へ向けて。

 

千百十一()()千二百()()()

「この山はお前達の故郷なのだろう。好きな時に帰ってこい。好きな時に出してやる」

二百千百十一十二(それは)百十百十一百十千二百(仕返しを)百十二百二百千二二百二十(してからだ)

 

 そうかい。

 存外腹を立てていたのだな、お前達も。

 

「さらば」

零零(ああ)百千十二零千千百二二百一(神溢るる)千二十百十百二千百千十一百十二千百一(燈火の娘よ)

 

 投擲する。

 

 世界結界を突き抜け、月を貫き、太陽を刺し殺すは天鋲の槍。

 そしてそれを皮切りに、その一点を起点として──光界の中で圧力を高めていた全てが放出される。

 元々そういう仕組みなのか、直らんとする光界の壁に対し、けれど中のものが出ていく力の方が強い。

 決壊したのは天だけではない。側面からも──光閉峰の峰肌に穴を穿って吐き出されていくは魂たち。

 

 六つの光もまた同じ。

 一粒だけがこちらを一瞬振り返って……そして、出ていく。

 

 出て、出て、出て。

 

 見える。別に世界の外が見えなかったわけではないから──見える。

 

「一番槍は貰うぞよ──吾の名は(ヂュ)! 神族火精、(おお)きい者なり──じゃ!!」

 

 轟と燃え上がり、巨大だ巨大だと、実は誰よりも大きいと言っていたその身を……その身の全てが見えなくなるほどの巨体へと膨れ上がらせる祝。

 

「さて……私達の一生に比べれば、まぁ、大したことはないのだろうけれど。七万年の鬱憤は、晴らさせてもらおうかな」

 

 祝に負けず劣らず火を宿し、輝きを以て星空を覆い潰す(スェイ)

 

「オレはとっとと陽弥を守りに行きてーんだが」

「ウレは本当に牙が抜けタナ。こういう時、むしろ真っ先に突っ込むのがウレであっただろウニ」

「テメェにゃ言われたかねーんだよ、(チー)!」

 

 異形は二つ。牛面鳥躯の蚩と、鳥馬一体のような姿をした(シィェン)。二つは祝を追うように飛び立ち、星々に食らいつくようにしてその顎を開く。

 

「馬鹿者が! 研究資料までもを壊し尽くすでないぞ──光界に関する資料と、それを持つ氏族は殺すな!」

「媧、ウレの口調……戻るわけではないのダナ」

「煩い!」

 

 何かを振り切るように媧も巣立ち。

 

「我々は(なれ)の願い通り、人間を守護しよう。これより始まるは神々の争い。人と鬼だけでは、守れるものも守れない」

 

 助かる。……という言葉はもう聞こえないのだろうが。伏もまた、彼方へと消えていった。

 吐き出されて行く幽鬼。幽鬼幽鬼幽鬼。

 先も述べた通り、幽鬼同士の結合の方が強いので、余る幽鬼は存在しない。同一因子を潰して取り囲んだ魂を揺籃の籠に入れて、外へ外へと運んでいく。

 

 そうして──戦争が始まった。

 

 見上げる限りの全て。星空だと思っていたありとあらゆるもの。

 死した天体には目もくれず、巨大な輝きが六つ……いや、幾つも幾つも、幾条も。

 輝術師に溶け込んでいたのだろう神族らが目を覚まし、瞬時の伝達を受けて敵へと向かっていく。

 

 混じる黒い糸。穢れの尾。竜の成り損ない。

 本来氏族の尖兵であるはずの……鬼達だ。

 同一因子の制御が無くなったからだろう、彼ら彼女らは各々の力を振り絞り、天の戦いへと身を投じる。確認できた鬼は奔迹、濁戒、陽弥に結衣。そして赤い反物の女性……桃湯と、追従する今潮、角栄(ジャオロン)旧蓮(ジゥリェン)。隻腕のアレは停谷(ティングー)か。

 

 次第に……離れていく。彼らもだけど、私もだ。

 水位が下がるようにして、徐々に。幽鬼がいなくなっていくから。世界から出ていくから。

 

 そうして、そうして、そうして。

 

 気付けば──黄宮廷の、多分内廷のど真ん中で、仰向けになっていた。

 

「……」

 

 起き上がる……と。

 

「おお。幽体離脱だな、幽体から離脱しているからもうよくわからんが」

 

 "祆蘭"を残して、私だけが起き上がった。彼女が目を覚ます様子はない。

 

 内廷のど真ん中、とは言ったけど……建物は軒並み圧し潰されているので、まぁまぁ廃墟だ。ゴーストタウン。加えて同一因子の肉片がそこかしこに散らばっているものだから、スプラッタというかなんというか。

 ゾンビに襲われて人っ子一人いなくなった方のゴーストタウン、って感じ。

 

 ……歩くか。

 

 

 

 それからどれほどの時間が過ぎたのだろう。

 幽鬼……ですらない、魂だけの身体は疲れを知らない。

 だから、行きたい場所に行けた。雲も流れてこなければ建物らしい建物も何も無い世界だけど、痕跡自体は残っているから……廃墟探索、って感じで楽しくはあって。

 方角なんかもわからないので、青州らしき場所で、青宮城っぽい場所に入って、多分自室だろうところで一休みしたり。

 青宮廷は内廷で、考えるに雨妃の雨霜宮だろう場所へ行ってみたり、(チン)だったと思われる場所に座ってみたり。

 

 黒州では元愛の巣……もとい黒犀城跡地を踏みつけてみたり。『輝園』を最後に見た場所で月織の絵を探してみたり。無かったけど。

 それから、危険物の小屋……小屋自体は無くなっていたけれど、依然と存在する危険物の周りに瓦礫を置いて、「触っちゃダメ」感を出してみたり。

 

 緑州、赤州、黄州と回って、山灰庇炉處(シャンフゥイビールーチュ)に間違って迷い込みそうになったり。……誰の案内も無く出られる自信が無いのでやめておいた。

 

 そして結衣の霊廟へと足を運び……けれどそこも全てが潰れていて、なんとなく手を叩いておいたり。

 

 うむ。

 

「消えんな……」

 

 結構時間経ったぞ。魂だけとはいえ出せる速度は徒歩とそう変わらない。

 天染峰全土をぐるりと回ったんだ、そろそろ消えても良いはずなのだけど。

 

 いやまぁ消えたいというわけではないし、消えぬのならば地縛霊としてここに留まることも吝かではないのだけど、消えるものだと思っていた手前……こう。

 

 ……。

 んじゃ。

 

「なんか作る、か?」

 

 作れるのだろうか、この身体。

 

 とりあえず、さっき瓦礫を持ち上げることはできたので、物理干渉は可能なのだろう。

 えーと……でも鋸もトンカチもあげちゃったし、そもそも小物入れは失くしてしまったし。

 

 そこから作る? ……樹木もほとんどぼっきり行ってるけど。

 ……打製石器からやり直すか!

 

 打製石器に使う石はそこらじゅうにある。硬くて割れやすい石ならなんでもいいので、粘土岩とか石英岩が好ましい。黒曜石とかいう硬いは硬いけど決して割れやすくはない石はNGで。

 特に割った時に貝殻状破断が生じるものだと尚良し。

 次に硬いけど割れやすくない石を用意。こっちは打撃石としての機能を持ち、握りやすい大きさのものにしておく。

 

 後はもう打撃するだけだ。必要以上強く叩かないことを念頭に置いて、石器用の石に対して打撃石が六十度くらいの角度になるよう調整。石器用の石を回転させながら、刃となる部分と柄となる部分を作る。

 片面加工か両面加工かはお任せだけど、今回作るのは両面加工。ある程度形になったら打撃をさらに弱めて微調整。刃先の部分が滑らかになるよう仕上げを行っていく。

 

 最早打撃石では無理、というところまで来たら、砂利の出番だ。ここに刃先をガリガリやるだけでいい感じになる。

 いい感じにしたら──完成。

 

「……腹も減らなければ動物もいないここで、なぜ刃物を作ったのか」

 

 とはいえ消えることができない以上暇である。

 光閉峰があるので外の様子は見えないし、天空の大戦は「うわーすごーい」とはなるものの、細かい部分が見えるわけではない。望遠鏡も押し流されちゃったし。

 

 じゃあ……次は、磨製石器か。

 

 そうやって、まるで歴史の授業をなぞるかのように……道具を作っていった。歴史の勉強は嫌いだったけど、まぁ、流石にこの辺は覚えている。

 青銅器が出て、鉄器が出てきて、鉄製品が高度化して、硝子とか陶器とかも台頭してきて。

 

 そして当然のように産業革命で躓いた。いや、実を言うと青銅器……つまり銅とスズの合金段階で躓いてはいた。それらしきもの、ができただけで、青銅器かと言われると微妙だったし。

 悲しいかな、原始時代よりも酷い有様……まともな岩もまともな木々も残っていないここでは、作れるものも作れない。

 

「消えん……なぜだ……魂とは魂だけになったら消えるものでは? それとも"祆蘭"がいると消えないのか?」

 

 ……流石にそろそろ起きたんじゃないか、と思って見にいくたび、仰向けで寝っ転がっている幽鬼祆蘭ちゃんがいるので……いやでもそろそろ……。

 

 と思って行くと。

 

「起きてないんだよね。……そもそもちゃんと起きるのか、この子は」

 

 頬をげしげしと蹴ってみる。

 ぐにゅ、と潰してみる。

 ぺしぺしと頬を叩いてみる。

 

 反応なし。

 

 幽鬼なので当然脈はなく、胸も上下していない。……え、でも私にできること……何も無い、よな?

 

 ど……どうしよう。

 全てが終わって、やれること全部やって。

 

「待ち、かぁ。潔く死ぬつもりだったのに、これがまた……私らしいというか」

 

 締まらんなぁ、って。

 ……眠るのも気絶するのも無理。だから……成程、無間地獄か。

 まぁ天染峰の人間全員殺してるしなぁ。罪の重さはピカイチだろう。

 

「まぁ消えないなら」

 

 意を決する。

 そう……山灰庇炉處の探索である。あそこには鉱物資源が死ぬほどあるはずなので、それを採掘しに。

 

 あとは……そうだな、森封(センフォン)にも会いにいってみるか。

 問題があるとすれば、あの縦穴を何の装備も無しに昇降できる自信が無い、ということ。……どうにか頑張って登山用具を作るか。

 魂の身体だ。多分怪我はしない。のでヘルメットとかシューズとかは度外視して、ハーネスとロープはこう……切り株の樹皮を編んで……カラビナもロープ代用、支点は石器を打ち込んで……いや、外側から階段を掘っていくべきか?

 というか魂だけの身体って光界を抜け出せるのだろうか。

 

 

 抜け出せなかった。

 準備に準備を重ねてやってきた赤州の縦穴。世界結界にそーっと足を降ろしてみれば、帰ってくる地面の感触。がっくりである。

 一応そこから「おーい森封ー!」と叫んでみたけど届かなそう。一応森封の居場所は鬼や玻璃が知っているので、彼女はいずれ助け出されることだろうが……ううむ。

 

 中々不便だな、魂だけの身体。

 

 その後、何度も何度もずり落ちながらもスーパーロッククライミングをして見せ、赤州の大穴を後にした私は……また放浪の旅に出る。

 色々な場所……己が起こした様々や、己の巻き込まれた様々の跡地を観光し、時折黄宮廷跡地に戻って幽鬼祆蘭ちゃんが起きていないか確認し、また旅に出るを繰り返す。

 

 何日、何つ月、何年。

 月と太陽が天故理の槍に突き刺されたせいで動いていないため、正確な時間はわからない。突き刺したのは私なので誰のせいにする気もない。

 空で行われている大戦は既に収束気味にも見えるけど、時折超新星爆発のような……まぁ地球にいた頃に肉眼で超新星爆発を見たことがあったわけではないのでイメージになるけど、そういう爆発が起きているのが観測できるので、今がどうなっているかはよくわからん。

 年が経っているのなら墓参りはどうした墓参りは、となるし、まぁ墓参りに来たところでそんな奇跡が二度も三度も起こって堪るか、という気持ちもある。

 会えないものだと諦めて奥さんと幸せに暮らせよ、と。

 

 そんな感じで──流石に暇を持て余した私が辿り着いた最後の趣味。

 それは。

 

「……うむ。まぁ、可愛く出来たな」

 

 木彫り、及び石彫りのフィギュア作製、である。

 

 昔……私がまだ何もわかっていなかった頃に作った桃湯人形や角栄人形もブラッシュアップしたし、知り合いという知り合いは全て彫ってみた。

 幸いにして山灰庇炉處の中に石材が沢山あったので、うまいこと加工して……森の土地家族の家みたいなものを作って人形遊び……は流石にしないけど。

 

 みんな、どうしてるのかなぁ。

 とは……流石に気になりはする。このまま消えることができないのだとしたら、本当にいつかやってくる可能性もあるわけで。

 

「……」

 

 待っていてくれ、と言った手前。

 それは詭弁であることくらい……彼女もわかってくれた、と思いたいけれど。

 

 待つだけで何もできないというのは……苦しいだろうし。

 

 土で台座を作って"祆蘭ちゃん"を座らせて。

 さて──考えようか。

 

 時間のDIY、開始である。

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