女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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幕間「のこりもの」

 それで、と。男は……ゆっくりと口を開いた。

 

「本当にこのまま誰とも会わせず、その刻を迎えるつもりか」

「仕方ねーだろー。俺だってなんとかしてやりたいけどさ、そりゃ……高望みだよ」

「"鬼の立場から全ての謎を解き明かし、いずれはこの世の壁を越えてやる"。……亡き鬼子母神(グゥイズームーシェン)に誓った言葉は、果たされなかったか」

「……お前こそ、"次こそはあの方の役に立てるように"とかって息巻いてただろ。それがどうしたよ、俺もお前も、あんな小さな子の犠牲を待つばかりとか……。お互い、堕ちたモンだな」

「普段ならば一緒にするな、と言うのだがな。……どうにもならないことは、どうにもならない、か」

 

 眠る必要のない鬼二人。対し、あの少女は半幽鬼となれども睡眠を必要とする。

 覚醒している間の半分を氏族への牽制に使い、もう半分は他者への気遣いばかりを続けるその双肩。かかる重さは、果たしてどれほどか。

 

「何もできないのか、本当に」

「めっずらしーな。お前が俺を頼るのか」

「私は……相学については詳しくない。輝術についても、その理解がお前に及ぶとは考えていない。……これから行われようとしている全てが相学的なことである以上、その権威たるお前に問いをかけるのは間違っていないだろう」

「何もできないよ、本当に」

 

 言い切る。普段はおちゃらけている……"おちゃらけているふりをしている"ふりをしている彼は、けれど、根っこの部分では「誰もが思う通りの」である。

 彼が少女のやろうとしていることに気付いたのは、赤州での一件の際。人工的な理性無き鬼……人形の身体を持つ鬼を少女が消した時。

 あれだけで、何が起こったのか、そして何をするつもりなのかを見抜いた彼は……それからずっと考えていた。

 

 考えて考えて、考え抜いて、自分ではどうしようもない部分は様々な者……己より高齢な鬼に頼って、近づくだけでも痛みを覚える神族にも問いをかけて。

 

 無理なのだと悟った。

 

「呪い、みたいなものだと思う」

「……非理論的だな」

()()()()()()なんだよ。あの子の助けとなれるはずの人間、そしてあの子に好意を抱く存在には……己のことで手一杯で、努力しなければあの子に追いつくことすらままならないやつが多い。それは多分、同一因子がさせていること。俺やお前、あと……凛凛か。そういう、役に立てるはずの存在は、あの子へ一定以上の好意を抱かない」

「ゆえの呪いか」

「ああ」

 

 たとえば、今はもう死してしまった先代赤積君。彼ならば傍若無人で大言壮語の塊のようなあの少女に好意を抱き、その全霊を以てあらゆる障害を排したことだろう。同時に、彼女の突撃癖を瞬時に見抜き、矯正させたかもしれない。

 たとえば、既に老い、立つこともままならないという先代黒根君。彼女であれば、起きているあらゆる些事を無視して、少女の話から新たな事業を打ち立てたかもしれない。優秀な輝術研究者でもあったから、あるいは鬼である男達よりも親身に……そして思いもよらない手立てを思いつけたかもしれない。

 たとえば、青州の要人護衛が出した人員が違う者であれば……「好意を抱き、友情を背負わせる」ということはしなかったかもしれない。青清君でなければ、進史でなければ。

 

「確かに……私達の時代の青州に生まれていれば、輝術師の質も良かっただろうしな」

「夜雀も祭唄も頑張ってるよ。でも、"頑張ってる"じゃダメなんだよな。……青清君みたいな輝術師ばっかりだった時期もあったよな?」

「三千年前ほどだがな」

「やっぱり、調整されていたんだ。そしてそれは、俺達も含まれる。ことこの状況になって、"誰も、何の役にも立てない"。時の循環にあの子が刻まれたその瞬間からこうなることは定められていた」

 

 神族以外、この世にいる者は無意識に少女の足を引っ張る。

 頼みの綱である神族は、しかし少女に最も助けを乞わねばならない立場。

 上手くできた鳥籠だ。その「足の引っ張り具合」は、天遷逢が近づくにつれて苛烈になっている。

 

 彼女が大切だから、彼女を殺す。彼女が大切だから、彼女を鬼とする。

 

「誰もが目的を見失っている。誰もがあの子を忘れている。己の感情ばかりに夢中になって……でもそれは、彼ら彼女らの責任じゃない。同一因子というものがある以上、それは一生俺達の枷となり続ける」

「……私のこの、"どうにかならないのか"という思考も、そうか」

「そうだよ。いつものお前……というか、あの子に出会う前のお前ならあんな諫言は言わなかった。こうして俺に相談してくることもなかった。お前抱え込むやつだからなー、外に出た後で散々に後悔はするだろうけど、あの子が決めた、と言ったことに"考え直せ"なんて言わなかっただろ」

「そう、かもしれない」

 

 肉体の檻を脱ぎ捨てたとて、同一因子は付き纏う。

 世界を出ることだけを目的に進め、人間の犠牲など欠片も考えていなかったはずの桃湯が暴走を始めたのも、楽しければなんでもよく、命が損なわれることに一切の感慨を抱かなかった結衣がそれに同調したのも同じ理由。

 少しでも己が行動を疑問に思った者は、その暴走感情の制御に成功している。それは今潮であったり陽弥であったりと様々だが、それでも心のどこかのざわめきは抑えられていないはずだ。

 この二人でさえそうで、肉体の檻を脱すことのできていない輝術師はほとんどがそうで。

 

「だからって、どうにかしてやりたい、って気持ちが全部同一因子のものってわけでもないのが厄介なんだよな。俺達にはしっかりと悪性と善性が備わっていて、同一因子は巧妙に働き掛けを行っているだけだから」

「故にこその断言か」

「ああ。俺という全てを以てして言う。今俺達にできることは何も無い。あるとすれば、あの子の覚悟を無駄にしないことだけだ」

 

 二人の眼下。砂に包まれ、睡眠を摂っている少女。

 何も無い。何もしてやれない。だから、足を引っ張る者達から引き離すことしか……どれほどの恨み節を聞かされても、非情に徹するしかない。

 

 沈黙は。

 

「──やれることはまだあるぜー、って言ったら、どうするよお二人さん」

 

 予想外の人物に、破られた。

 

 

 ここは雲の上。光閉峰からも離れた、目印の一つもない場所だ。

 謂わば真白の海の真ん中に立っていた二人をどのようにして見つけたのか……その人物は。

 

「よ、濁戒に奔迹。相変わらず仲良いなぁあんたら!」

 

 道破(ダオポォ)。成り行きで新帝同盟の一員となっている、黒州狂気的相学者三人衆の老師である。

 

「おっと、それ以上近付くなよ。……穢れに侵蝕されるってのもあるが」

「あたしが平民だから信じられない、だろ?」

「わかってんのか」

「おう! この身に蠢く肉も魂も、あっちにいる嬢ちゃん……祆蘭を止めろ止めろってうるせーからなー」

 

 話題にすら挙げなかった種族……平民。

 同一因子の塊であり、輝術師や鬼以上に少女の足を引っ張りたくなっているだろう存在。

 

「が、まぁ信用しな。あたしにそういうのは効かねぇんだ」

「……濁戒」

「わかっている」

「おい言ったそばから逃がそうとするなよ!」

 

 言葉に信は置けない。鬼の二人ですら抗い難い救済欲求を持っているのに、平民がどうにかできるとは思えないからだ。

 だから二人は少女を逃がそうとして……思いもよらない単語を聞くことになる。

 

「"世界の存亡の行方と、次にどちらの足を踏み出すかにおいての重要性は、等号で結ばれる"」

「……!」

「それは、確か……」

「『精神與存在間(ジンシェンユーツンザイジェン)接哲學概論(ジェヂェァシェガイルゥン)』……!? おいおい、アンタ幾つだよ……」

「女に歳を聞くのかぁ~? ま、答えてやってもいいけどさ。それ答える代わりに、あたしの話をちぃっとだけ聞いていけよ」

 

 相学者にとっての原点。相学者であれば誰もがそれを読み、誰もがそこから文章を引用すると言われる程、相学における基礎、及び哲学の詰まった書。

 無論五千年前……否、それ以上前に書かれたもので、現存する書は残っていない。仮に残っていたとしても、平民に理解できるものではない。

 

「待て……そもそもアンタ、どうやって浮いて」

「気配は一切感じませんが、やはり同胞なのでしょうか」

「何度も何度も否定してるけど、あたしは平民だよ。ちぃっとばかし特殊な、だけどな」

 

 女の身体は雲の上にあった。

 雲を踏みしめるところまでは理解できようものの、その場に居続けるには流れる雲を渡り続けなければならない。

 その動作が無いということは、雲に足をつけず、浮いているということだ。

 

「どう判断する、奔迹」

「聞くだけ聞く。だけど、俺達に作用する何かを感じた瞬間……合図を出すから、全力で彼女を」

「わかった」

 

 鬼が後天的な氏族の尖兵ならば、平民は先天的な氏族の意思そのものと言っても過言ではない。

 何の力も持たされていないとはいえ、天遷逢が近いこの状況では何をしてくるかわからない。少なくとも奔迹はこういう"大事"の場面で平民を隣に置いた経験が無いから。

 

「……それで、できることってなんだ。そもそもあんた、彼女をどうにかしてやりたいって思ってるのか?」

「んー、そこはどうだろうなー。今潮と凛凛が気にかけてて、笈溌が死に際になんか託してて……折居だの点展だの秀玄だの、昔の知り合いが随分と世話になったってことくらいしか関わりなくてさ。一応行動を共にしたこともあるけど、心の底からどうにかしてやりたい~! って思うような相手じゃないよ」

「だったら尚更疑問だ。何しに来た」

「まーまー、急かすなよ。あ、団子食う?」

 

 団子。そんなものはどこにもない。

 ……否。女の持っていた麻袋の中から、剥き出しの団子が出てきたではないか。葉に包むようなことさえしていない、そのままの団子が。

 

 衛生面など鬼となってからはとうに忘れた概念であるが、素直に「うへぇ」となる光景。特に潔癖のきらいがある男は汚物を見るような目を彼女へと向けている。

 反対に、になるのだろうか。初めは「うへぇ」となっていた小物願望の男は……その光景を注意深く観察し始めた。そして気付く。あり得ないものを見た……見ている、というような顔になって。

 

「アンタ……食ったもの、どこにやってんだ?」

「おいおい、鬼には恥じらいってもんがないのか~? あたしの中身を見たいって、そりゃもちっと仲良くなってからだよ」

「自らの特殊性を理解させるために、わざわざ私達の眼前で食事をした、ということですか」

 

 団子は咀嚼されている。

 けれど、喉を通る様子はないし、腹に溜まっているようにも()()()()

 穢れを使わずともそういう物事を理解できる彼にはわかる。彼女が食べたモノは、口腔の中で忽然と姿を消している、と。

 

 食べ終わった団子を……その串を無造作に捨てる女。雲に運ばれて姿を消すそれには目もくれず、「食った食ったぁ」なんて言って……その場にどかりと座り、胡坐をかいて、頬杖を突いた。

 

「なぁ、帝ってさ、どんな意味があると思う?」

「唐突ですね……」

「そんな難しく考えなくていいからさー。ちょっとした問答だよ。鬼の見解を聞いてみたいだけ」

 

 ニヤニヤ笑って、女は……問いをかける。

 

「一般的な考えと相学的な考え、んで、俺の考え。どれが聞きたい?」

「アンタの考えだな。ああでも、濁戒、奔迹、どっちの考えも聞きたいかなー」

「ふむ。……私の考えは一般的な考えとそう変わりません。象徴であり贄。誰かが負わねばならぬ責務であり、実のところ何の実権も有さぬ傀儡」

「悲観的だなぁ。んじゃ奔迹は?」

「……楔だ」

 

 女の……道破の口元に、「へぇ」という楽しそうな色が浮かぶ。

 

「濁戒の言う通り、帝自体に意味はない。象徴でしかないし、権力だって……結局はその後ろにいる州君が怖いから集められているだけのものだ。だから、この世にはそもそも帝なんて要らない。それでも存在するのは、"古来から存在するから"で、そう設定したのは氏族。だから、氏族の目線では、帝というものには意味がある。輝術の力量で州君に劣る帝がいる意味は、"同一因子の統一化"、及び"同一因子の拡散"を防ぐための楔……だと、俺は考えている」

「いいねぇ、流石はってトコか」

「アンタは?」

「あたし?」

「ああ。俺達だけ答えるのは公平じゃないだろ」

「……。まぁいいや。あたしにとって帝っていうのは、()()さ。奔迹の答えにちょっと似てるけどね」

 

 重心。

 その単語だけで、彼の頭は回転する。

 

「……先々代帝、月織。時の循環を垣間見る術。あらゆる重責を背負い、しかし全ての布石を打って死亡。先代帝、陽弥。輝術師も鬼も利用する術を開発。氏族を騙す偉業を見せたのち、その地位を譲渡。新帝……現帝、祆蘭。"次点の絶対決定権"なる埒外の術を持つ楽土より帰りし神子。月織の打った布石のすべてを背負い、陽弥の作り上げたあらゆる外道を背負い、此度これより犠牲となる……」

「どっちが先か、なんて野暮なこと言うなよ? "偶然ソレが生まれたのではない。ソレを生むために偶然が配置されたのだ"、だろ?」

「俺達が役に立てないのも、彼女が重心だから、か」

「話が早いねぇ、流石若手の希望!」

 

 反応するは、当然男二人。

 五千の齢を持つ二人を「若手」などと表現するのは、当然彼らよりも年上の者でなければいけない。同時に離れ過ぎていてもいけない。

 

 彼らと本当に同年代に生まれていた、彼らより年上の誰か。

 

「まさか……『精神與存在間(ジンシェンユーツンザイジェン)接哲學概論(ジェヂェァシェガイルゥン)』の著者、だったりするのですか?」

「違うね。あの本が出たのは俺達が生まれる千四百年くらい前だ。その著者が俺達を若手だなんて言うはずがない」

 

 しかし、実際彼が「若手の希望」と呼ばれていたのは事実だ。生前はそう呼ばれていた。

 

「なるほどなぁ。アンタらは考えることの方が好きみたいだから、答えより問いを与えた方が良さそうだ」

「……あんまり時間はかけたくないんだけどな」

「まぁまぁ。いいじゃねーか、祆蘭が起きるまであたしたちにできることなんかないんだし」

 

 それは「聚光(しゅこう)の呼応」のことを言っているのか。それとも何か別の目的があるのか。

 理解し難い相手──それは、五千の齢を持つ研究者には、垂涎ものである。

 

「全く別の問いかけをしよう。三古厥(サングージュェ)。城、宮、庫からなるこの三つは、誰が、何のために作ったと思う?」

「誰が、については氏族でしょうね。ですが、何のため、ですか」

「そりゃ簡単だよ。住ませるためだ」

「誰を?」

「城には神族を、宮には人間を、庫には遮光鉱のチャオチャンディツンザイを」

「なんでそう思う」

「庫の建物が大きすぎる、っていうのが理由の一つ。そんで、神族には"それなりの待遇"を用意しておかないといけなかったからだ」

 

 普段からそうして素直に答えてくれていれば話は早く進むのだがな、とは相学者ではない方の男談。

 無論、今目の前にいる相手に小物ぶる必要が無いと判断したが故の行動であろう、ということも理解している。

 

「チャオチャンディツンザイ……あー、あの子は『ティンゴラ』とかって発音してたかな。俺には言葉がわからないから、音だけの再現になるけど……。まぁそいつらは、元からこの天遷逢……正確にいうと光閉峰に住んでいた種族だって話だ。遮光鉱の鉱山なんてものがあるのはそれが理由だな。あそこは奴らの生まれる場所だった。そして庫は、そんな奴らが強い自我を有した時に住まう場所だった。……こっちも正確にいうと、氏族が『ティンゴラ』のために用意した場所だった。彼らと友好関係を築くために」

「良い理解だなー。じゃあ、なんで宮と城がある?」

「『ティンゴラ』の膝元で休戦協定を結ぶため。……穢れは輝術に勝てない。その力関係は、氏族と神族でも同様であると俺は考えている。ただし氏族は多分数が多くて、神族は少ない。だから拮抗していた。……いや、どうかな。ずっと圧され気味ではあったんだろう。氏族側が」

「おいおい、あたしは宮と城がある理由を聞いたんだぞー?」

「城に神族を招き、宮に自分たちを置いて、休戦協定を結ぶために幾日かを過ごす。下手に出て、半ば降伏宣言のような形を取る。それが氏族の用意した作戦だった。『ティンゴラ』は一部を除いて自我を有さない種族だから、神族と『ティンゴラ』の相性が良くなくても問題なかった。……はずだった」

 

 肩を竦める道破。聞いてもいないことまで……正確には、後で聞こうと思っていたことまで男が答えてしまうものだから、「これは学徒には向いちゃねーな」なんて独り言ちる。

 

「初めは従順だったんだろうな。神族側はそもそも氏族を警戒していなかった、ってのもあるだろうけど、休戦協定ってより降伏宣言で、もう逆らいません、みたいな態度を取るものだから……油断した」

「成程、搦め手ですか」

「ああ。まさかそこにいた氏族全員が、氏族自身の複製だったことも知らずに……ってな」

 

 それこそが同一因子。

 氏族の用意した最大限の罠。己達の複製を作り、恭順に躾け、さらには様々な能力を削ぎ落して作られた同一因子は、心の底から神族への誠意を見せた。そうでもしなければ、己を作った氏族にも、圧倒的な力を持つ神族にも敵わない……殺される、ということだけは知っていたから。

 

「そうして発動するのが世界結界。盤古閉天(シェングービーテン)だ。『ティンゴラ』も神族も同一因子も全てを閉じ込める結界。三古厥はそうして出来たし、神族はそうして閉じ込められた。……採点は?」

「満点だよ。すげーな奔迹。推測だけで完璧な答えに辿り着いちまうなんてさー」

「……完璧な答え、ですか」

「ん? なんだ嫉妬してんのか濁戒。大丈夫大丈夫、お前にも見せ場はやっからさ!」

「完璧な答えを……奔迹の答えが完璧であると知っている、ということは、やはりあなたはその頃からを生きる者である、ということになりますね」

 

 ニタァ、と。道破の口角が弧を描く。

 陽を背負うがゆえに逆光となっている彼女の顔は、それこそ悪鬼羅刹のようにも見えた。

 

「そんなにあたしのことが気になるのかよ。祆蘭に関する話はいいのかー?」

「道破、って名前。本名か?」

「ん」

 

 唐突だった。唐突に何かを思い出したかのように……相学者は問いをかける。

 

「いや……生前に、同じような奴にあった覚えがあるんだよな。全体的に汚くて、団子を勧めて来て……妙にたくさんのことを知ってる女」

「全体的に汚い、が無ければあたしだったかもなぁ」

「少しばかり特殊な人間である、とあなた自身が仰っていたわけですし、どう特殊なのかを教えていただきたいところですね。祆蘭様の話は勿論聞き出しますが、その話への信頼性を確かめるためにも、あなたを知っておく必要はあるでしょう」

「確か、丁存(ティンヅン)だ。裾の中からボロボロと団子の串を落とす女で……四十幾つの若作り研究者。色んな研究者から煙たがられてて……けど正しい言葉を吐くから邪険にもできなくて……」

「おー、懐かしい名前。あの名前はでも、五十年保たなかったんだよなー。お前達が一斉蜂起したせいで」

「それは、認めた、ということでよろしいでしょうか」

「おう!」

 

 あっけらかんと。今まで隠していたのがなんだったのか、と思うほどに……彼女はその正体を口にする。

 

「ある時は天才と言われた子供の老師。ある時は団子を盗み食う窃盗犯。ある時は相学会における厄介者。またある時は帝も認める大空け。またある時は天染峰各地を回る旅芸人。──変面婆(ヤービェンボー)たぁあたしのことさ!!」

「子供の迷信、というか、人食いの鬼ですね。祆蘭様を逃がしましょうか」

「……か」

「か?」

 

 男は察する。そこにいたのは、相学者の彼ではなかった。

 

「か……っけぇ……。お……俺も、それが良い。流離いの奔迹は……そういうのも良かった……そっちもアリだった……!!」

「……はぁ」

「はーはっはっは! そうだろそうだろ! 流離いの奔迹の名乗りを聞いた時から、気が合いそうだなぁとは思ってたんだよ! んじゃ改めて名乗りをあげさせてもらおうか」

 

 どこから取り出したのか──錫杖らしきものをガツン、と空中について、女は立ち上がる。

 その錫杖を胸に抱き込むようにして腕を組み──。

 

「あたしの本当の名は佩普(ペイプー)! 盤古閉天の頃から存在し、人間の寿命に合わせて名前や姿を変えて練り歩く姿はまさに変面婆! ……なんだけど、森封(センフォン)とかいうあたしの上位互換がいたせいで出るに出られなかった悲しき生き物……!」

「わかる……わかる! 最近あの子に絡んでくる奴らがこう……なんつーのかな、この流離いの奔迹をも越える……こう、こう……! 人格性というか、存在感があって……上手く流離えねーんだ」

「馬鹿二人でしたか。刻を無駄にしましたね」

 

 馬鹿二人だった。そして──。

 

「で、単刀直入に言うけどさ。あんた氏族だろ」

「はーはっはっは! ──大正解だ、学徒。といっても外の奴らとは敵対してるからさー、なんぞ神族に対して企てしてるっつーから妨害してやろうって同一因子のふりして潜入してたら、閉じ込められちまったってわけよ!」

「つまり……利害の一致、ってことか。敵の敵は味方、と」

「ああまぁそんな感じ。あたしに神族の血は混じらねえから輝術は使えないけど、輝術師に作ってもらったモンで大体何とかなるからなー。今まではそうやって生きてきて、んで今からはその知識を全部使って祆蘭にイイコトしてやんのさ」

 

 女は笑う。それはもう楽しそうに。

 

「どのようにして? 何を?」

「さっき重心だって話をしただろ? 結局のところ、帝っつーたった一人に重心がかかってるからこの世はこんなにも()鹿()()鹿()()()のさ。じゃあよ、重心が増えたらどうなると思う?」

「……そりゃ、重さが分散される。けど……なんだ、今から帝を擁立するのか? 擁立っつーか、乱立? その前に重心を増やすってどういう……」

「名ばかり帝じゃ意味がない。が、そもそも帝の役割自体は帝じゃなくても補える。要は多くを導く存在であれば、誰だっていいんだ。それなら心当たりはあるだろ?」

 

 州君や桃湯。

 頭となるものの顔が浮かぶ。

 

「あとは祆蘭に作らせたらいい。そうだなぁ、だいたい……六本脚か八本脚で立つ物。なんでもいいから作ってもらえ」

「それで増えるのは重心じゃないだろ」

「いいんだよ、とりあえず、だ。そんで、その後にあたしらがやんのさ。"符合の呼応"によって起きる"事象の呼応"に手を加える。氏族のあたしがいれば大丈夫大丈夫!」

 

 考える。相学者は──考える。

 仮にそのようなものを作ってもらい、仮にそのようなことができたとして。仮定して仮定して仮定して……結果になりそうなものが何か。

 利害の一致でしかないのなら、この女は。

 

「あなたの目的は、外にいる氏族に敵対するが故に祆蘭様を救う……という認識でよろしいでしょうか」

「まぁそんな感じだな!」

「現状の祆蘭様が考えているものより、今から行うことに切り替えた方が、氏族にとって苦しい展開になる、と?」

「そうそう!」

「奔迹」

「ああ」

 

 言われずとも、と言った風に。

 相学者は答えを出す。

 

「断るよ」

「……なんで?」

「あの子を救うために来たってわけじゃなさそうだし、どうにも敵意の方が勝り過ぎているように感じるんだよな。あの子のことはむしろ眼中に無い……これからすることによって作用する外界への諸々が目当てで、あの子が結果的にどうなろうと構わない。そんな気概を覚える」

「相学者が感じる、なんて言うのかよー」

「理論九割、己の感じたこと一割。それが相学者だろ。自分の感覚さえ無くしちまったら意味が無い。……加えて、その理屈だと各州君やら鬼やらに働きかけるだけでも……この事実を明かすだけでも良さそうな所を、わざわざ俺達に言いにきた。正確にはあの子のそばに来た。それが答えだろ」

 

 言わずとも勝手にやっていれば良かったことを、わざわざ「言いに来る」という行為が。

 

「"聚光の呼応"。アンタ、その効果範囲みたいなものがわかるんだろ?」

「祆蘭様の認知しない場所で起きたことは、その大抵が失敗に終わるという機構。ですが、下準備にそれは干渉しないはず。そして祆蘭様を助けることができる、という名目で振れ回れば、州君らも協力したことでしょう。あなたはそれを放棄し、ここへ赴いた。祆蘭様を使うためだけに」

 

 女の顔は……また、ぐにゃりと曲がる。

 そこにあったのは、ただただ深い悪意。

 

 同時に、だからこそ、ではあったのかもしれない。

 

「──私を差し置いて私の話をするとは、良い度胸だなお前達」

「祆蘭様……」

 

 それはもう邪悪な笑みを浮かべた少女がもう一人。

 眼下に置く程度には高度を離していたはずの少女は……どうやら光閉峰の峰肌を登ってきたらしい。

 

「お前だな、閣利の言葉を輝術師に伝えたのは」

「唐突だなー。そんで、そんなに敵意を向けられるようなことした覚えはないんだけどな~あたし」

「私の策をひっくり返そうとしていた時点で、だろう。おい莫迦者ども、騙されるなよ。こいつは赤州地下で、世界結界……光界を抜けることができる、という発言をしている。閉じ込められてなんかいないのさ」

「うわ、悪い子だな。いつから聞いてたんだあたしたちの話」

「馬鹿二人が大声で名乗った時からだ」

 

 良い目覚ましだったよ、と。

 少女は──腰に佩いた鋸を女へと向ける。発せられるは剣気。威圧の混じったそれは、直接向けられたわけではないにも関わらず、男二人を跪きたくさせるもの。

 

「あたしは可哀想な少女の助けになってやれたらな、と思って動いただけだよ」

「違うね。今の話を聞いていた限り、最終的に起こるは出力不足による"誰も出ることができませんでした"という結果だ。敵の敵は味方など馬鹿馬鹿しい。敵の敵はまた別の敵だ。困るのだろう? この世界から私以外がいなくなったのなら、遊ぶ相手がいない。長きに渡って人間で遊んできたお前にとって、私がやろうとしている全てが邪魔だ。だから何度も何度も妨害しようとした。そのたびに玻璃や凛凛さんが止めていた」

 

 呼ぶ。呼ばれる。

 

「奔迹、濁戒。──流されるな。己を信じろ。結論はつけたはずだ──方法はない、と。情を押し殺して非情に徹している者は悪意に浸け込まれやすいというのが世の常。今のお前達はまさにそれだった」

 

 言う。言われる。

 

「私を救う手段など存在しない。お前達が導き出した答えが全てで、その他は誘惑だ」

 

 はっきりと──彼が至った事実を、なぞるように。

 

「……ほんっとによー、なんでこの子が"天火の少女"なのかね。もうちっと騙しやすい奴来いよー」

「もうあと一日だ。お前の遊び場が無くなるその様を、指を咥えて見ておくと良い」

「ちぇー」

 

 不貞腐れて……なんの釈明もせずに帰っていく女。

 恐らくそれが、最後の誘惑だったのだろう。二人の男を崩し得る最後の刺客。

 

 もうすぐ「釣り」が始まる。

 そうして夜が明けたのなら──来る。

 

 天遷逢が。

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