女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百二十三話「誘拐」

 そうして、天遷逢の日となった。

 

「……莫迦者しかいないのか、この世界の存在は」

 

 現在、特製の寝台らしきものにガッチガチに縛り付けられ、さらには輝術によっても拘束されているなう。

 起き抜けからこれである。本当に……もう本当に。

 

 それでいて暗い顔をしているのだから目も当てられない。

 

「結論は?」

「……あなたを救う術は、見つかりませんでした」

 

 代表するは玻璃。

 

「だろうな。だからどうしようもないと言ったんだ」

「よって──輝術師全員。鬼、そして神族全員。──あなたと心中することに決めました」

「……」

「これが、私達の出した結論です」

 

 溜息を吐く。

 そして……起き上がる。

 

「これが五本目の枝か? (フー)

「是。我々の観測し得なかった未来。ほとんど確定していた未来から分岐した、もう一つの可能性」

 

 時間は止まっている。というか普通に夢。

 久しく姿を見ていなかった伏と私だけが動いている。

 

(なれ)は多くの存在から関心を持たれている。愛情を受けている。その身に死が訪れることさえ知らされていなければ、未来の分岐は起きなかった。我々としても汝を救うことは最優先事項としたいところだが、同時にできないことでもある」

「ああ、お前は割り切りが良くて助かるよ」

「選択。我々は強いる。選べ、"シェンラン"」

「何を?」

「この未来を掴みたくないのならば、この城から逃げ出すか、あるいは来る者全てを追い返すか。汝の周囲に来る全ての者がこの機会を狙っていると思え」

 

 今日を入れてあと二日。

 その間……ずっと警戒しろ、と。

 

 恨むよ奔迹、本当に。

 鈴李とのデートの時間が減ったってことだろ、それ。

 

「我々は神族に何も告げないことを誓う。よって、この場で礼を。あの時……我々を見つけてくれたことを、感謝する」

「ああ」

「もし神族が輝術師の動きに気付きかけたのならば、我々が止めよう。──健闘を」

「了解了解」

 

 はぁ。まぁあり得る未来か、これ。

 麻酔輝術とかで一撃だもんな。

 

 仕方がない。

 

 目を覚ますかぁ。

 

 

 あれ。

 

「……なぜ既に縛られているのか」

「あ、起きた? おはよう小祆……ってすんごい睨まれてる!?」

「当然だろう。お前が余計なことを言ったせいじゃないか、色々と」

 

 私を縛って……そして背負っていたのは、奔迹。

 ここはどこだ。少なくとも黄金城じゃないな。

 

「いや違うんだって。俺が言ったのは前に青清君へ言ったようなことだけで、君が死ぬなんて一切、欠片も言ってないの。小桃が勝手に辿り着いただけなの!」

「ああわかったわかった。寝起きの頭の近くで喚くな。……で、なんだこの状況は。こんなにも私に密着したら、死ぬぞお前」

「それは大丈夫。拝融(バイロン)からたんまり穢れ借りてきたし」

 

 ……貸し借りとかできるんだ、穢れって。

 

「だとしてなんだ。何を──おお!?」

 

 先程まで私達のいた場所に、巨大な穴が開く。

 えーと。……輝術?

 

「今俺、流離いの奔迹改め誘拐の奔迹になってるからね! ね! ね! ね……!」

「もしかしないでも、私を攫ったのか」

「だってそうしないと周りの輝術師たちが……うっひゃぉう!」

 

 斬撃、打撃、圧し潰し、生成。

 様々な輝術を避けて避けて避けまくる奔迹。生成ってことは州君もいるのか……。

 

「いやぁ、愛されてるねぇ小祆は!」

「激しすぎるだろう、愛情が」

「俺を愛してくれるやつなんか一人もいないからなー羨ましいなー」

 

 溜息も出ようと言うものだ。

 

「お前のせいでこうなっているとはいえ、まぁ、助かった。黄金城で眠りこけていたら、そのまま封印されるところだったな」

「そゆこと~」

 

 じゃあもっと早くにコンタクト取ってこいよ伏! とか思わないでもない。

 なんで直前なんだいつもいつも。

 

「とはいえ、玻璃が多くへ共有したせいで、天染峰全土が敵のような状態だろうに。どこへ逃げる気だ?」

「逃げ場が無いなら、逃げ続けるしかないでしょ。大丈夫大丈夫、夜になったら君が氏族を引っ張って、輝術師はそれにかかりきりになるから。加えて鬼は疲れたり眠ったりしないからねー、君が眠い時は俺が走り回るよ。だけど」

 

 飛んでくるは──音。

 それを尊瑤で弾く。

 

「そうそう! そういうこと!」

「暇なのか、桃湯も……」

「んー、というか小桃は今焦っててさ。君を鬼にする方法を探しているみたいなんだよね。あれだけ信念の無い鬼を……自らの意思でない鬼化を嫌っていた彼女が、それでも、ってさ」

「あー。まぁ陽弥式じゃない、普通の手順で鬼になったら確かに諸々の問題は解決するが……」

「でしょ? だけど君は鬼にはならない。自分の望みが、このまま死することと同じだから」

「あまり知ったような口を利いてくれるな。発端がお前なだけに、このまま縊り殺したくなる」

「怖っ!?」

 

 実はそう。幽鬼の集合体ではなく、普通の鬼になったら昨日話した「悲しい結末」は避けられる。

 なる気が無いだけで。

 

「……しかしなぁ。残りの日数は青清君と過ごしたかったのに……お前かぁ」

「まぁだから彼女も事情も分からずに参加してるんじゃない? ほら上」

 

 上。……見覚えのある青が。

 う、うん。とても怒り心頭な顔をしているね。

 

「怖いねー。まぁ狙いが甘すぎて当たらないんだけどさ」

「私がいるからか」

「いやー? 州君ともなれば、君に当てずに俺だけ、くらいはできて当然だと思うけど、……見え見えなんだよね、指標が」

 

 私を背負いながら、「うひゃあ」とか「どひゃあ」とか奇声を発しつつ……いや。

 奇声を発してから、攻撃を避けている。まるでそこへ来ることがわかっているかのように。

 

「小祆に驚かれる方が驚きだけどな。君最初からこれやってたじゃん」

「……いや、そこまで意識しているわけじゃない。直感的に……ここへ来るだろうな、と思ったものを避けたり防いだりしていただけだ」

「ああそうなんだ。ま、それにもちゃんと理論があってね。前に話した通り輝術師は力そのものを操っているのに指標を操っているつもりになっているから、出力の絞りが勿体ないんだけど、さらに言うと力の収束ばかりに力を入れているから、簡単にその行き先がわかるっていう」

「理論を語られてもわからん。輝術師じゃないんだ、こっちは」

「フーって息を吐いたら、なんとなーく息が当たる場所はわかるでしょ? そういうこと」

 

 有能か?

 けど先にそっちを言え。

 

「なら、こうやって」

 

 私達に影が落ちる。

 見上げるまでもない。巨大さは気配でわかる。

 

「面で制圧されたら、どうするんだ」

「こういう時はこうする。出でよ、砂!!」

 

 砂が現れる。現れて、生成か輝術かはわからないけれど、巨大な何かが受け止められた。

 

 そして砂は奔迹の口の中に入る。

 

「ちょ、ぺっ、ぺっ! 何すんだよ濁戒!」

「私はあなたの力ではないので」

 

 ああ。仲良し五千年前組ね。

 

「祆蘭様。赤州の幽鬼を集めてありますので、頃合いを見て合図を出していただければ、すぐに」

「助かる。夜になって攻撃の手が緩んだらやってしまおう」

「いや、大きな声では言えないけど」

「わかっている」

 

 五千年前組が有能過ぎる。

 そして私は知っている。

 

「你好、凛凛さん!」

「まぁ確かに、その辺りには、継草が沢山あるから、会話はできるけれど。こう、して、途切れ途切れ、に、なるわ、よ」

「ちなみに私達の位置情報を他の誰かに教えていたりは」

「しないわ。アンタには、色々思うとこ、ろあるけれど、今更騒ぐ、のはあまりにも、みっともないし。どうせ解決策、なんかないんだから、青清君との、時間を過ごさせてあげ、ればいいのに、直情的なやつ、らって理解でき、ないわー」

「輝術師全員が君みたいだったら楽なんだけどね、小凛!」

「次そう呼ん、だら眼球、刳り貫くから」

「怖くない!? 発想が怖くない!?」

 

 避ける避ける。話しながら、ツッコミを入れながら、ぴょいぴょいと避ける。

 穢れや鬼火を使っている気配はない。借りてきたとはいえ私に穢れを吸われ続けている身で、よくもまぁ。

 

「それ、じゃ。本当、に困っ、たら、頼ってき、なさい」

「今俺! 割と本気で困ってる!」

「アンタに、言ってないわ」

 

 多分固定電話ならいま「ガチャ」って音がしたんだろうなぁ。

 ……優しい人だ、本当に。

 

「しかし、現状味方はこの三人だけか」

「まーねー。そうさらっと割り切れる奴ばっかりじゃないのは知ってたけど、この人数が来るのは俺も予想外! 小結まで桃湯側にいるから怖いよなー」

「へー。結衣が」

「そう。残忍と名前が同義なんじゃないか、ってくらいの思想を持つ小結が」

「いやそうじゃなくて、ほらそこの結衣が」

「──流石に鬼火回避!!」

 

 足元から鬼火を噴出させて回避を行う奔迹。その真下を、全てを分解する蝕が通り過ぎた。

 

「お前五千歳なんだろ。なんで結衣に負けるんだ」

「あの子は特別なの! 二千歳の鬼だけど、氏族に認められることなく鬼になった稀有な例だから!」

「へー」

「興味無いよね!? じゃあ聞かないでおこうね!? 今俺集中してるからね!?」

 

 いや、だから桃湯は結衣を傍に置いているのかな、って。

 結衣が鬼になったプロセスを解明できれば、私をシームレスに鬼化させられる……とか考えてそう。

 

 とかなんとか考えていたら、いつの間にか喧騒は収まっていた。奔迹の使う鬼火ブースターは今潮のものよりも速く、一気に輝術師たちの波状攻撃から抜け出したようなのだ。

 ……そして、一応あったらしい目的地へと辿り着いて、身を潜める。

 

「……よーし」

「芸が無いな」

「え!? 助けてあげたのに!?」

「いや、輝術師から逃れるために遮光鉱の鉱山に入るとか、二番煎じも良い所だろ」

「おかしい……感謝されて然るべきはずなのになぜ貶されているのか……」

 

 ぬめぬめした足元に気を付けながら奥へと進む。光源は鬼火。

 黒州の遮光鉱鉱山らしいこの場所には人気がない。人気がないのかもしれない。

 

「なぜここを選んだ」

「人がいないから」

「なぜ人がいない。鉱夫も鍛冶場もない鉱山がなぜある」

「この前の尾の一件で鍛冶場が消し飛んだからねーここは。雇うお金も無くなって、って感じ」

「なるほど」

 

 進んでいくと、鬼火の青白い光が見えてくる。

 それを持っているのは。

 

「濁戒。ああ、大きな声では言えない、というのは」

「そそ。ここで合流予定だったからさ」

 

 彼の隣にあるのは巨大な砂……の袋。

 どうやら解除する気は無いらしい。

 

 無言で手を突っ込み、消費を行う。

 

「……ん。よし。完了だ」

「お役に立てて光栄です」

「それじゃ、天遷逢までここで過ごす?」

「仕方がないだろうな。それはそれとして、濁戒」

「はい」

「そいつ拘束してくれ」

「御意に」

「へ」

 

 幽鬼を包んでいた砂が一斉に奔迹へと襲い掛かる。何か反撃をしようとしていた彼は、けれど途中で諦めたのか、大人しくお縄についた。

 

「何すんだよー、よー、よー、ょー、ょー……!」

 

 返答はしない。ただ近寄って──その頭蓋を掴んだ。

 

「ちょ」

「隠し通せると思ったのか?」

 

 吸う。彼の中の穢れを。

 今にも──彼を破裂させそうになっていた、莫大な量の穢れを。

 

「いやいやいや、ここの位置が割れたらまた逃げるんだから、ダメだって!」

拝融(バイロン)を食ってきたのだろう」

「!」

 

 驚きに目を見開く奔迹。彼は、そのままの目で濁戒を睨みつけた。

 

「私は何も言っていない」

「濁戒から聞いたわけじゃない。穢れの貸し借りなんてことができるのなら、桃湯が今潮を弱い鬼のままにしておくわけがない、と考えただけだ。私は輝術にも穢れにも明るくないから騙し通せるとでも思ったのだろうが、流石にそこまでキツそうにしていたらわかるさ」

「……顔に出てた?」

「いつもより小物感が薄かった」

 

 しかし、何故、はわからない。

 奔迹から充分量の穢れを吸い取ってから、手を離す。そして問う。

 

「本物の星空を見たいのではなかったのか、あいつは」

「……言わないよ。俺とあいつの約束だからね」

「そうか」

 

 何かあったのだろう。

 余程……強い誓いが。約束が。

 

「じゃ、この砂もう外してくれないかな」

「まだ聞きたいことはある。それを──」

「祆蘭様。鬼の集団が近づいてきています。恐らく遮光鉱の鉱山に逃げ込んだ、という浅知恵の計画が露見したものかと」

「ちょぉぉぉい濁戒! お前も賛成しただろ! 何一人だけ良い子ぶってるんだよ!」

「私は仕方なく、ですから」

 

 鬼の集団。桃湯が、というような言い回しをしなかったのは、私の知り合いでない鬼だからか。

 

「逃げる……より、入り口を塞げばいいんじゃないか?」

「もっと大勢に囲まれて、小結とか小桃とかに強制突破される未来が見える……」

「まぁ確かに」

 

 じゃあ。

 逃げるか。

 

 と言っても私がすることはほとんどない。背負われるままに背負われて、時々尊瑤を使って。

 たまに投げられて砂にキャッチされて、またリリースされて背負い直されて。

 

 ふと、潮の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「海か。……あ、そうだ」

 

 

 絶対に見つからない場所に立って、天染峰を眺める。

 

「いや考えたね小祆。確かにここは輝術師も鬼も近寄らない」

「そうですね……私も、来るのは初めてです」

 

 ここ。

 つまりは。

 

「光閉峰。しかも雲上。いやこえーなー。もうちょっと行くと穢れ使えなくなるから、そうなったら真っ逆さまだ」

「ん、高度が下がっても使えないままなのか?」

「むかーし試した鬼曰く、その一定域に入った瞬間に穢れが扱えなくなって落下して、雲に激突するまで使えなかった、とかなんとか」

「一時的に封じる効果でもあるのか。ちなみにその鬼はその後どうなった?」

「生きていますよ。そしてあなたの目の前にいます」

 

 ああ。

 まぁこいつの性格ならそうか、試すか。

 謎を謎のままにしないよな。

 

「ちなみに海の方は試したのか?」

「おんなじ感じだったなぁ。足先が触れた瞬間に力が抜けて、急いで濁戒に引っ張り上げてもらってさ」

「……お前の砂、水の中でも使えるのか」

「むしろ水の中の方が固くなりますよ」

 

 そうか。

 確かに。

 

「いやー……今日の夜を経て、明日。それで終わりかぁ」

「お前のせいで青清君との時間が減ったことについてはどう落とし前をつけてくれるんだ」

「だから俺のせいじゃないって!」

「それよりも祆蘭様。遮光鉱の鉱山でなにかこの者から聞き出そうとしていませんでしたか?」

「ああそういえば」

 

 濁戒が有能過ぎるな。なんなんだ五千年前組。冷静だしさっぱりしてるし。

 冷製パスタの可能性まである。

 

「相学者のお前に聞きたいんだが」

「そんな奴知らないぜ。なんたって俺は、流離いの奔迹! 今は誘拐の奔迹!! そう、お、俺の、俺の、あ、俺の名は~奔迹、ぃ、ぃ、ぃ、ぃ!」

「州君が一世代に一人しか生まれない、というのは、何かから定められた機構なのか?」

「俺の話ちょっとは聞こう? ね?」

 

 折角時間があるのだし、聞けるところは聞いておきたい。

 ……。

 ……。

 

「……?」

「あ、俺の言葉は無視なのね。はいはいはいはい、わかったわかった。じゃあ相学者の奔迹が教えてあげよう!」

「本当は頼られて嬉しいくせに、一々面倒臭いですね、あなたは」

「そこうるさーい! ……コホン。それで、州君がなぜ一世代に一人しか生まれないか、だったね」

「ああ」

 

 本当に仲が良いな。

 

「まぁ俺は神族と関わりがあるわけじゃないから、実は神族が、という話ならわからないけれど、根本的な原因は平民の血……つまり同一因子にあると見てまず間違いないだろうね」

「同一因子が輝術師の素質を決めるのか」

「考え方が逆なんだよ。青清君がいい例だ。様々な偶然から最も純血に近くなった輝術師が彼女だけど、それは逆に言えば、最も同一因子が減った輝術師が彼女、ということでもある」

「ふむ」

 

 まぁ、そうか。

 輝術の総量も同一因子の総量も変わらないのなら、どっちを主語にしても変わらない。

 

「そして、同一因子は輝術師の血を薄めよう薄めようとする。それはそういう風に作られたから。結果として、同一因子の集まった場所から最も離れたところにいた者が州君ほどの力を得る」

「理解はできる。それが一世代とどう繋がる?」

「同一因子がそれほどまでに頑張って輝術師の血を薄めようとする時って、どんな時だと思う?」

「……繁殖の時か?」

「情緒がないね……。あと曲がりなりにも少女である君の口から聞きたくない……いや相学に年齢も情緒なんてものも要らないのはそうなんだけど」

 

 彼はピンと指を立てて。

 

「強い輝術師が現れた時だ。それはつまり、先代の州君。わかるかな、州君がいる時、同一因子は州君の方へ波のように押し寄せる。輝術師同士の公媾(こうごう)によって少しずつ少しずつ同一因子は移動し、州君の次の血が州君とならないよう妨害する」

「成程、州君が血筋に左右されないのは、むしろさせまいとしている同一因子がいるからで、その同一因子が結果的に州君を作る」

「そそ。さらに言うと州君の強弱は同一因子の必死さに依存する。強大な州君が現れたのならそこに集中するけれど、その後生まれるのは強大な州君と複数の高位輝術師になる。だから同一因子らは、次の世代においては州君と高位輝術師の両方を薄めなければならないと必死になる。そうすると同一因子が集まり切らなくて、次代の州君の血も薄れ、輝術師全体の質も落ちる。さらには一定数平民と公媾する輝術師がいるから、同一因子の量も増減する」

「……青州の強さに波がある、と言われていたのは」

「青州の貴族街は、平民との隔たりの少ないところが多いから、だろうね。同一因子のそういう揺れは、同一因子が増えれば増えるほど小さくなっていくものだけど、何か大事がある……たとえば俺達鬼が輝術師をたくさん殺した、だとか、平民と貴族の間に隔たりのできるような何かがあった、だとかの後は、同一因子が偏りやすくなる。どこに行けばいいのか同一因子自体も迷って、結果的全て同じところを選ぶんだ。拡散ができなくなる。……結果また強い州君が生まれて……って具合だね」

 

 各州一世代に一人しか生まれない、というのは、その波が常に双方向だからなのだろう。

 しかし……だとすると。

 

「先代青清君と紊鳬の間に、もし子供ができていたら……」

「ああ、そうだよ。だから州間での婚姻は忌避されている。忌避するように同一因子が思考へ働き掛けている。違う州の同一因子が交ざってしまうと、偏りが意味を為さなくなるし、州ごとに違う方向性の同一因子があるから」

「……州ごとに違う?」

「君はもう辿り着いたんだろ? 俺達では知りようのない、氏族の区分。俺は相学の観点から同一因子が五種の区分に分けられることに気付いていたけれど、君は全く別の方面からそれに気が付いた」

 

 エジプト神話の神々。

 それが氏族の正体、ないしはモデルとなっている、というところまではわかった。加えて(チー)が言っていた荷鲁斯という名前から、それが確定であることも掴めた。

 

「氏族には多分、いくらかの頭と呼べる存在がいて、それに付き従う形で無数の意思がいる。頭と呼べる存在は基本的には怠惰だ。こっちが拡大鏡を展開したところで、覗き込んでくることはない。普通の鬼は大抵が穢れの意思と呼ばれる方の、付き従っている手下による覚醒であると考えられる。ただ、天遷逢の前後、及び最中に鬼となると話は別だ。その時は怠惰な頭もじっくりと俺達を覗き込むから、より強大な力が……より強大な鬼が生まれる」

「それは、五柱か?」

「いや、もっとだよ。頭っぽいやつはもっといる。ただ定期的に天染峰を見ているのは確かに五つだね。……話を戻そう。まぁそんなわけで、頭と呼べる存在ごとに見る州が違う。それが鬼の性質の違いであり、質の違いであり、そして……光界の外に出た時、抗えるか抗えないかの違いだと俺は考えている」

 

 見初められた奴相手には手も足も出ない可能性がある、と。

 

「まぁそれはお前達次第というか、私に言われても、だな。実際に戦うのはお前達だし」

「冷たっ」

「しかし、理解はできた。それが州君が一世代に一人である理由で、州間の婚姻が少ない理由だ、と」

「授業は終わりでいいかな。それじゃあさ、俺も聞きたいことあるんだけど、良い?」

 

 ん。

 私から奔迹へ?

 

 え、それは……「素人質問で恐縮ですが」のアレか?

 

「小祆の楽土における諺。色々教えてほしいんだよね」

「……諺? なぜ?」

「知りたいから」

「祆蘭様。今潮も奔迹も、好奇心を抑えられぬが故に学者となり、鬼とまでなった存在です。その原動力は知りたいから、以外に存在せず、それ以上を突いたところで何も出てきません」

「あー、ね。……諺か。うーん」

 

 おかしなものを知りたがるものだ、とは思ったけど、海外の言語を知りたいって考えたら割と普通、か?

 しかし何を教えるべきか。

 

「"水が半分しか入っていない壺のほうが、水はよく跳ねる"とかどうだ」

「……えっと、もしかして俺のこと言ってる?」

「お前はたっぷり入った壺だろうに」

「ああ……そういう意味ですか」

 

 本当の知識を持っていない人の方が、必要以上に大声で物事を語り、大仰な身振り手振りを以て飛び回る、という諺である。

 あとはー。

 

「"海の水は、ただ眺めるためだけのもの"とかは、天染峰には馴染みがないだろうな」

「確かに。よくわからないな」

「水に関する諺が多いのですね」

「いや、私がわざとそればかり挙げているだけだ。これは……そうだな、黄州の平民が海を目指している、と考えると良いかもしれない。その道中にて、川にも湖にも出会えなかった黄州の平民だと」

「あぁ。努力が必ず実るわけじゃない、ってことか」

 

 そう。長く苦しい旅の果てに、求めるものが待っているとは限らない、というシビアな諺。

 ハッピーエンドで終わる諺の方が少ないけれど、これは詩的で好きな言い回しだ。

 

「逆に天染峰における諺はどうなんだ。何か面白いもの、ないのか」

「水関係なら、一つありますね」

「別に水に限定しなくてもいいんだけど、まぁ聞こう」

「"よく水を吸う樹ほど早く腐る"」

「ちょ、濁戒! お前なぁ、言い方ってものがあるだろ!」

「状況を客観的に見て、この言葉を贈るのならばここが最適だろう」

「そりゃそうだけど……違う、そもそも贈らなくていいんだって!」

 

 あまり良くない意味を持つ諺、なのかな。

 内容自体は当然のことのように聞こえるけど……だから、ああ。

 

「手を広げれば広げるほど短命になる、とかそういう意味か?」

「似たようなものです。"多くを我が物であると認識する者は、早晩命を落とす"。……祆蘭様は、抱え込み過ぎたのだと愚考いたします。月織という男も、紊鳬という女も、あなたに大きな荷物を背負わせました。けれど、あなたが望んで背負った荷物ではないし、あなたにはその荷物を降ろす権利があった。それを行わなかったのは、使命感を覚えたから、ではないですか?」

「……」

「青清君のこともそうです。聞けば、彼女の恋心を受け入れたのは、背負い切れると考えたから、であるとか。ですが、私から見て……あなたの腕は酷く短い。あなたの手は見えない程に狭い。その魂の許容量が大きいだけで、あなた自身はそう多くを抱え込んで耐えられる構造をしているようには見えません」

 

 これは多分、濁戒なりの諫言。

 

「この世界を愛していない。だから命を懸ける気がないと言っていたあなたは、しかし意見を変えました。青清君の好意という荷を背負ったから。その水を吸うことを決心したから。……素晴らしいことです。誇るべきことだとは思います。しかし……もう少し、嘆いてください。少なくとも私や奔迹は、あなたに背負われずとも問題ありません。本来であれば全ての鬼がそうでなければなりません。輝術師も同じです。そして……神族も」

「ま、私が好きで」

「恐ろしいことに、あなたの肩へ体重をかけている者は皆、自立した大人なのです。……愛されているから。好意を持たれているから。それらは言い訳でしょう。私の目には、あなたは"生贄であった"としか映りません」

「……ありがとう。だが」

「ですから!」

 

 遮って、遮って。

 濁戒は言葉を続ける。彼にしては珍しく語気を強めて。

 

「ご命令くだされば、あなたの手足となりましょう。祆蘭様。あなたは氏族をこの世に引き摺り落とすことに成功いたしました。そして拝融(バイロン)の例や、尾の件から、氏族を騙したり、その一端を殺す術もあるのだとわかっております。それはつまり、初期化というものを掻い潜り、氏族を全て殺し、この世という楽園だけで物事を完結させられる、ということです。……鬼の持つ"外へ出たい"という意志など所詮紛い物。神族に義理人情を感じているのならそれは錯覚でしょう。彼ら彼女らは、あなたに何もしていないのですから」

 

 だから、どうか、と。

 ご命令を、と。

 

「……奔迹」

「ん」

「お前の友達、良い奴だな」

「だろ? 俺の数少ない自慢の一つなんだ」

「他にあるのか。意外だな」

「無くても良いって思えるくらいには良い奴だよ、濁戒は」

 

 ふん。……そうだな。

 

「私は全ての水を吸うよ、濁戒」

「……」

「そして、腐る前により大きくなろう。建木ほどになれば、腐ることもなくなるだろうから」

 

 ありがとう。

 嬉しい言葉だと素直に思う。

 

 だからこそ──鬼には、外の世界へ出てほしいと強く思う。

 

「安心しろ。お前達はまだ誰も自立などしていない。自立した大人である私が保証する。私の枝に乗って、この偽りの空をぶち破っていけ」

「……言葉は、届きませんか」

「いいや、ちゃんと嬉しかったよ。ありがとう、濁戒」

 

 まったく。

 ここで「俺は? 俺は?」って聞いてこないからお前は小物になりきれないんだ。

 達観した目で、柔らかい笑みで友人を見守っているから。

 

 莫迦者め。お前には無理だよ、この先もな。

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