1950年代
第1回NHK紅白歌合戦
1950年度
1951年1月3日、午後8時からの1時間の生放送。当初は正月の特別番組としてラジオで始まった。会場はNHK東京放送会館第1スタジオ。出場歌手や曲目、趣向などは事前に一切発表せず、聴取者の関心を高めた。司会は加藤道子(紅組)と藤倉修一アナウンサー(白組)。出場歌手は紅白各7組。放送が始まるとまもなく聴取者からの激励の電話が入るなど会場は大いに盛り上がり、藤山一郎がリーダーの白組の勝利で幕を閉じた。
第2回NHK紅白歌合戦
1951年度
1952年1月3日放送の正月番組。前年1月3日放送の好評を受けて放送時間を30分拡大し、午後7時30分から9時までとした。会場は前回と同じNHK第1スタジオ。司会は丹下キヨ子(紅組)と藤倉修一アナウンサー(白組)。出場歌手は紅白合わせて24組となり、前回から一気に10組も増えた。本番当日に交通事故にあった松島詩子の代役で越路吹雪が急きょ出演。ハプニングが生む意外性と歌合戦の熱狂が聴取者をとらえた。
第3回NHK紅白歌合戦
1952年度
正月番組としては最後の放送となった第3回。正月の恒例番組として回を重ねるごとに観覧希望者は増加した。熱戦の様子がより臨場感を持って伝わるように、スポーツ担当の志村正順アナが実況中継を担当。スタジオの客席内には2か月後のテレビ本放送に備え、3台のテレビカメラが入り、仮放送が行われた。出場歌手には宝塚歌劇団出身の月丘夢路、乙羽信子、久慈あさみ、そして暁テル子、奈良光枝などの女優陣が顔をそろえた。
第4回NHK紅白歌合戦
1953年度
この年2月にテレビ本放送が始まり、会場をNHKから日本劇場(日劇)に移し、テレビ・ラジオで同時中継された。放送日はこれまでの正月から一転、大みそかに前倒しで変更。大劇場がどこも新春興行で埋まっており、会場の確保ができなかったためである。テレビ初の紅白では、女性陣がテレビ放送を意識して華やかな衣装で登場し、紅白4回目にして初めて紅組が勝利。敗れた男性陣は「テレビは怖い。衣装に負けた」と悔しがった。
第5回NHK紅白歌合戦
1954年度
大ヒットした「お富さん」で春日八郎が初出場。美空ひばりも初出場し、雪村いづみ、江利チエミとの“三人娘”が顔をそろえ話題を呼んだ。また番組の企画・演出を担当した近藤積は「わが国を代表する一線級の歌手を勢ぞろいさせたい」と考え、歌謡曲やポピュラー音楽からだけでなく、オペラ界から藤原義江と長門美保、童謡から川田孝子を招いた。審査員は、この回から著名人と視聴者代表の2本立てという構成になった。
第6回NHK紅白歌合戦
1955年度
この年、民放が同時間帯に歌番組をぶつけてきたことで、大物歌手の確保が困難となり、順風満帆で進んできた紅白に初めての危機が訪れた。その対策として紅組リーダーに人気アナウンサーの宮田輝を起用し、“紅組に男性は御法度”の禁を破った。また、「応援」を番組を盛り上げる演出の要素と位置づけ、「おこんばんわ」と登場した芸人・トニー谷のソロバン片手の応援は大喝采を浴びた。以来、「応援合戦」は紅白の呼び物となる。
第7回NHK紅白歌合戦
1956年度
出場歌手が前回の32組から一気に50組に増える。放送時間も40分延長され、年末の看板大型番組として定着する。初めての会場となった東京宝塚劇場は、正月興行用の大道具が舞台裏を占め、楽屋は大勢の出演者でひしめき合っていた。紅組の雪村いづみが急病で出場を断念、親友の江利チエミが雪村の分と合わせて紅いバラを2つ胸に飾って舞台に立ち、「お転婆キキ」を歌った。
第8回NHK紅白歌合戦
1957年度
前年、宮田輝アナが「男のくせに女の味方か!」などとヤジられた紅組司会は、この年はクイズ番組『ジェスチャー』で人気の水の江滝子が担当し、再び女性に戻った。このステージを最後に引退する小畑実が、涙を流しながら「高原の駅よさようなら」を熱唱。前年に紅組のトリを務めた笠置シヅ子の姿はなく、出場2回目の美空ひばりがトリを務めた。また、フランク永井や島倉千代子など戦後のスターが続々登場し、新旧交代が目立った。
第9回NHK紅白歌合戦
1958年度
黒柳徹子が紅組司会を初めて務めた。『紅白』の人気に対抗し、民放各局が裏番組で大劇場からの生中継をぶつけてきた。掛け持ちの売れっ子タレントは、当時、横行していた“神風タクシー”のように会場から会場へと移動するため“神風タレント”と呼ばれた。この年の話題をさらったのは皇太子妃決定のニュース。その祝賀ムードを受けて、コロムビア・ローズがテニスラケットを抱えて登場し、「プリンセス・ワルツ」を歌った。
第10回NHK紅白歌合戦
1959年度
皇太子ご成婚と岩戸景気に沸いた1959年は、記念すべき第10回を迎えた。この年から設けられた日本レコード大賞の第1回大賞受賞曲「黒い花びら」で水原弘が初出場。ペギー葉山の「南国土佐を後にして」とともに、この年を象徴する2大ヒット曲が競い合い、会場の興奮は一気に頂点に達した。七色の声を持つといわれた中村メイコが初めての司会を担当。高橋圭三アナと丁々発止の司会を繰り広げた。
1960年代
第11回NHK紅白歌合戦
1960年度
1960年代の幕開け、高度経済成長の入り口に立った日本は、国際化の歩みを早めていく。この年、紅白はNHKの国際放送を通じて、初めて世界各地に同時中継を行った。英語のアナウンスがオープニングを飾ったのも初めてだった。高校2年生の橋幸夫が「潮来笠」で初出場。三橋美智也はヒット曲の「達者でナ」で大トリを飾った。ロカビリー・ブームを反映し、平尾昌章(のちに平尾昌晃)、ミッキー・カーチスも初出場した。
第12回NHK紅白歌合戦
1961年度
バラエティー番組『夢であいましょう』から生まれた「上を向いて歩こう」で一躍人気者になった坂本九や、「コーヒー・ルンバ」の西田佐知子が初出場。同じく初出場の村田英雄はヒット曲「王将」を、歌唱時間が2番の歌詞までしかなかったため、3番にある「何がなんでも勝たねばならぬ」を2番にはさみ込み、“打倒紅組”の心意気を示した。歌手たちの「紅白出場が目標」の発言が増え、出演者のトリ争いも次第に意識され始めた。
第13回NHK紅白歌合戦
1962年度
白組司会者は高橋圭三アナウンサーからバトンを受け宮田輝アナウンサーに。紅組も森光子が初めて起用された。新旧交代が目立ち、植木等、吉永小百合、中尾ミエら14組が初出場。出場4回目の森繁久彌は、自作の「知床旅情」を歌い、紅白で最初の“シンガーソングライター”の登場となった。この回より視聴率調査がスタートし、80.4%と驚きの数字を記録。恒例の歳末特別番組から、芸能界最大の年中行事の1つとなっていた。
第14回NHK紅白歌合戦
1963年度
翌年開催の東京オリンピックを意識して、番組冒頭では渥美清が聖火ランナーとして入場。激化する宇宙開発競争にちなんで、柳家金語楼が宇宙服姿で登場したのもこの年。レコード大賞受賞曲「こんにちは赤ちゃん」で梓みちよが初出場。歌手生活20年を超える田端義夫も初出場だった。また江利チエミが初めて出場歌手と司会を兼任。視聴率は空前絶後の81.4%を記録し、紅白が「国民的行事」であることを数字の上でも証明した。
第15回NHK紅白歌合戦
1964年度
日本中が東京オリンピックに沸いたこの年、ハナ肇とクレージー・キャッツは女子バレー“東洋の魔女”にふんして応援。曲タイトルにも“東京”が反映され、「東京ブルース」(西田佐知子)、「東京の灯よいつまでも」(新川二郎)、「さよなら東京」(坂本九)、「ウナ・セラ・ディ東京」(ザ・ピーナッツ)が歌われた。西郷輝彦、橋幸夫、舟木一夫の“御三家”が若者に人気に。カラー放送となり、衣装の色や柄にも注目が集まる。
第16回NHK紅白歌合戦
1965年度
このころから1年の総決算としてヒット曲をまとめて紹介する色彩が強まってきた。「マック・ザ・ナイフ」を歌ったジャニーズの初出場は、テレビの普及とともにアイドル時代の到来を予感させた。ほかに都はるみ、日野てる子、バーブ佐竹、井沢八郎、水前寺清子、山田太郎が初出場。それまで紅組のトリを5回つとめたトップスターの美空ひばりが、初めてレコード大賞を受賞したのもこの年。受賞曲の「柔」を6回目のトリで披露した。
第17回NHK紅白歌合戦
1966年度
ビートルズが来日し日本中を熱狂させたこの年、国内でもグループサウンズのブームが起こり、ジャッキー吉川とブルー・コメッツが初出場。同じく流行の兆しを見せていたフォークソングからは、マイク真木が「バラが咲いた」をギター1本で歌い、対照的な姿を見せた。また、青春映画「若大将シリーズ」で人気だった加山雄三が自ら作曲した大ヒット曲「君といつまでも」で初出場。「幸せだなぁ…」のせりふで会場をわかせた。
第18回NHK紅白歌合戦
1967年度
初出場は、山本リンダ「こまっちゃうナ」、佐良直美「世界は二人のために」、布施明「恋」、荒木一郎「いとしのマックス」など、和製ポップスが占めた。またグループサウンズからジャッキー吉川とブルー・コメッツが連続出場を果たす。ハナ肇とクレージー・キャッツ、ドリフターズにミヤコ蝶々が加わり、4分半もの“お笑い”応援コントを繰り広げた。この年来日したツイギーの影響もあり、衣装にはミニスカートが多く見られた。
第19回NHK紅白歌合戦
1968年度
宮田輝アナウンサーが総合司会に、紅組が水前寺清子、白組が坂本九という初の3人司会体制となる。グループサウンズに代わってムード・コーラスが台頭し、黒沢明とロス・プリモス、鶴岡雅義と東京ロマンチカ、そして「恋の季節」のピンキーとキラーズなどが初出場。さらに実力派の森進一、美川憲一、千昌夫も初出場した。青江三奈が歌う「伊勢佐木町ブルース」のため息を、笛の音で表現するという“配慮”もあった。
第20回NHK紅白歌合戦
1969年度
第20回の記念大会は、村田英雄が「王将」、春日八郎が「別れの一本杉」、西田佐知子が「アカシアの雨がやむとき」を歌うなど、ベテラン勢は代表曲を披露。いしだあゆみが「ブルーライト・ヨコハマ」で初出場。白組司会も担当した坂本九は「見上げてごらん夜の星を」を熱唱。この年7月のアポロ11号月面着陸の衛星中継で、同時通訳を担った西山千氏が登場し、ヒューストンからの応援メッセージを同時通訳した。
1970年代
第21回NHK紅白歌合戦
1970年度
この年、大阪万国博覧会が開催された。紅組司会の美空ひばりが、白組司会の宮田輝アナウンサーと舌戦を繰り広げた。紅組では「圭子の夢は夜ひらく」で藤圭子、「私生活」で辺見マリ、「笑って許して」で和田アキ子ほかが初出場。白組では「あしたが生まれる」でフォーリーブス、「もう恋なのか」でにしきのあきら、「一度だけなら」で野村真樹が初。また男女デュエット・ヒデとロザンナが白組から初出場したのも話題に。
第22回NHK紅白歌合戦
1971年度
札幌で行われる日本初の冬季オリンピックを翌年に控え、会場と札幌選手村との二元中継を実施。トワ・エ・モワが大会のテーマ曲「虹と雪のバラード」で、ダーク・ダックスが「白銀は招くよ」でオリンピック気分を盛り上げた。尾崎紀世彦がレコード大賞受賞曲「また逢う日まで」で初出場。授賞式の花を胸につけたまま登場した。五木ひろしが「よこはま・たそがれ」で、小柳ルミ子が「わたしの城下町」で初出場したのもこの年。
第23回NHK紅白歌合戦
1972年度
紅白対抗ムードを高めるために、紅組に水前寺清子、白組に堺正章の応援団長を置いた。人気絶頂だったアイドルの天地真理は「ひとりじゃないの」で初出場。この年に本土復帰をはたした沖縄出身の南沙織は2度目の出場。お笑いコンビ、コント55号が初めて応援で出演。第14回から10年連続でトリを務めた美空ひばりが、この年を最後に出場歌手としては『紅白』を去った。またこの回が東京宝塚劇場を会場とした最後の放送となる。
第24回NHK紅白歌合戦
1973年度
会場を新しく完成した東京・渋谷のNHKホールへ移した。テレビ公開収録用に設計されたホールで、歌はもちろん、応援合戦など総合的なステージショーの演出の幅が広がった。森昌子「せんせい」、アグネス・チャン「ひなげしの花」、郷ひろみ「男の子女の子」、麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」など10代歌手の活躍が際立った。この年に紫綬褒章を受章した藤山一郎と渡辺はま子が特別ゲストとして登場し、第1回出場曲を歌った。
第25回NHK紅白歌合戦
1974年度
これまで15回司会を務めてきた宮田輝アナウンサーから、山川静夫アナウンサーへと白組司会のバトンが渡された。紅組には山口百恵・森昌子・桜田淳子の“花の高1トリオ”が、白組には郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎の“新御三家”が、そろって登場し、若さあふれるステージを見せた。自作の「あなた」で小坂明子が初出場。伴奏オーケストラを指揮したのは指揮者で編曲家の父・小坂務氏。親子での紅白共演を果たした。
第26回NHK紅白歌合戦
1975年度
“あんたあの娘(こ)のなんなのサ”というフレーズが流行語になった「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」のダウン・タウン・ブギウギ・バンドと、人気アイドルのキャンディーズが「年下の男の子」で初出場を果たした。また、宝塚歌劇団の「ベルサイユのばら」ブームを反映し、花組と月組が華麗な舞台を披露。審査方法も、400人の“お茶の間審査員”が新たに加わり、電話で審査した。この回からブラジルへの衛星中継が始まる。
第27回NHK紅白歌合戦
1976年度
山口百恵ら“高3トリオ”のほか、「春一番」のキャンディーズ、「木綿のハンカチーフ」の太田裕美、「ファンタジー」の岩崎宏美など、女性歌手の活躍が目立った。フランク永井と島倉千代子は連続20回出場を達成。第8回以来、美空ひばりと島倉千代子の“指定席”だったトリを、初めて都はるみが「北の宿から」で務める。この回で歌われた48曲のうち、9曲が阿久悠作品が占め、スポーツ紙は「阿久、紅白“独占”」と報じた。
第28回NHK紅白歌合戦
1977年度
人気絶頂だったピンク・レディーが「ウォンテッド」で初出場。同じく人気のキャンディーズとともにステージを彩った。また、デビュー4年目にして演歌に転向した石川さゆりも、大ヒット曲「津軽海峡・冬景色」で初出場を果たす。沢田研二はレコード大賞受賞曲「勝手にしやがれ」を熱唱。ゲストにはプロレス界からビューティ・ペアの顔も。応援合戦では、三波伸介と中村メイコが掛け合いを見せた。
第29回NHK紅白歌合戦
1978年度
新しい音楽界の流れを受けて設けられたニューミュージック・コーナーには、庄野真代、渡辺真知子、サーカス、世良公則&ツイスト、原田真二、さとう宗幸の6組が出演。トリを山口百恵が「プレイバック Part2」で、沢田研二が「LOVE(抱きしめたい)」で務め、初めてポップス系が占めた形となった。森光子と山川静夫アナの歯切れのよい軽妙な司会も話題に。
第30回NHK紅白歌合戦
1979年度
大橋純子、サザンオールスターズ、さだまさし、ゴダイゴなどが初出場。ニューミュージック系歌手の躍進がみられたが、渥美二郎、小林幸子といった演歌組も健闘。若手ながら歌謡界のトップにいた山口百恵は翌年引退、最後の紅白となった。30回目の記念大会ということで、草創期の『紅白』の中心的な存在だった藤山一郎と、17回の出場のうちトリが13回という美空ひばりが特別出演し、ヒット曲を3曲ずつ歌った。
1980年代
第31回NHK紅白歌合戦
1980年度
この年、紅組、白組の先攻後攻を、本番中に決定するという演出で、合戦色を強く打ち出した。紅組司会には22年ぶりとなる黒柳徹子。山口百恵が歌謡界を引退し、入れ代わるように新しいアイドル松田聖子が「青い珊瑚礁」で初出場。田原俊彦が“たのきんトリオ”の仲間、近藤真彦、野村義男に応援されて「哀愁でいと」を歌うなど、新たなアイドル時代に突入。金八先生で人気だった武田鉄矢は、海援隊として「贈る言葉」を歌った。
第32回NHK紅白歌合戦
1981年度
歌番組の原点に戻り、恒例の応援合戦は歌手だけで行うなど、歌唱時間を十分にとる演出となる。河合奈保子や近藤真彦ら初出場の若手に注目が集まる一方で、ヒット曲「ルビーの指環」の寺尾聰や、大河ドラマ『おんな太閤記』に主演した西田敏行ら俳優系シンガーも登場。従来の電話による一般審査を廃止し、地方代表審査員らをNHKホールに招いた。「日本野鳥の会」による双眼鏡を使っての客席審査のカウントもこの回から始まった。
第33回NHK紅白歌合戦
1982年度
出場歌手の歌唱曲を新曲に限らず、歌手本人が歌いたい曲を優先。歌をじっくり聴かせる“歌手が主役”の演出を徹底。牧村三枝子が「くちなしの花」を、新沼謙治が「新雪」を歌うなど、“名曲”や“名調子”が続々と生まれた。サザンオールスターズの桑田佳祐が三波春夫を意識した着物姿で演歌調に歌い、事前に知らされていなかったスタッフを慌てさせた。初出場はシブがき隊、「待つわ」がヒットしたあみんほか。
第34回NHK紅白歌合戦
1983年度
『笑っていいとも!』で人気絶頂だったタモリを総合司会に迎え、白組司会・鈴木健二アナウンサー、紅組司会・黒柳徹子という個性的な布陣となった。これまでステージ上にいたバンドを、客席前のオーケストラ・ピットに降ろし、張り出しを設けることで華やかなステージが実現。初出場は、中森明菜「禁区」、アルフィー「メリーアン」、梅沢富美男の「夢芝居」など。この回から始まった金杯の授与は沢田研二に、銀杯は水前寺清子に。
第35回NHK紅白歌合戦
1984年度
オープニングは出場歌手がそれぞれ対戦相手とともに入場し、対決色を強めた。「うわさのカップル対決」では、松田聖子と郷ひろみ、中森明菜と近藤真彦が手を取り合ってのパフォーマンスに注目が集まる。小泉今日子、チェッカーズ、髙橋真梨子らが初出場。この回の話題は、引退宣言をした都はるみのラストステージ。トリで「夫婦坂」を歌い終わった都にアンコールを促す鈴木健二アナウンサーの「私に1分間ください!」が話題に。
第36回NHK紅白歌合戦
1985年度
NHKの「好きなタレント」調査でもナンバーワン歌手に輝いた森昌子が紅組司会に。翌年には森進一との結婚を控え、この回が“歌手”森昌子のラストステージ。トリで登場したが、涙で歌うことができなかった。白組のトップバッターの吉川晃司が、ギターを燃やすという破天荒なパフォーマンスで場内は騒然。安全地帯は「悲しみにさよなら」、C-C-Bは「Lucky Chanceをもう一度」、テレサ・テンは「愛人」で初出場。
第37回NHK紅白歌合戦
1986年度
連続テレビ小説『はね駒』でヒロインを演じた斉藤由貴が、紅組司会を20歳の最年少で務めると同時に、「悲しみよこんにちは」で初出場。白組司会の加山雄三は、トップバッターで初出場だった少年隊の「仮面舞踏会」を、うっかり「仮面ライダー」と紹介して少年隊に頭を下げる場面も。島倉千代子が30回連続出場を達成。小林旭は「熱き心に」の大ヒットで9年ぶりの出場。石川さゆりは「天城越え」で初めてのトリを務めた。
第38回NHK紅白歌合戦
1987年度
時代とともに人々の好みが多様化してきたことを受けて、演歌や歌謡曲、ポップスだけでなく、幅広いジャンルから出場者が選ばれた。クラシックから佐藤しのぶ、シャンソンから金子由香利、ロックから竜童組や小比類巻かほる、ニューミュージックから稲垣潤一や谷村新司、演歌からは瀬川瑛子が初出場を果たす。また例年はフレッシュな若手の“指定席”であるトップバッターを、八代亜紀と森進一のベテランが務めたのもこの回の特徴。
第39回NHK紅白歌合戦
1988年度
杉浦圭子アナウンサーが女性初の総合司会を担当。林英哲の和太鼓の連打で幕を開けた。昭和がまさに暮れようとしていた時期で、シンプルなセットに落ち着いた演出となった。トップバッターの光GENJIは初出場にしてヒットメドレーを披露。小室哲哉率いるTM NETWORKに代表される新しいポップスが登場。さらにオペラの佐藤しのぶ、ミュージカルで人気の島田歌穂、民謡の岸千恵子など、バラエティーに富んだ顔ぶれに。
第40回NHK紅白歌合戦
1989年度
記念すべき第40回は昭和から平成に移った節目にあたり、大きな時代の転換を感じさせた。放送時間を4時間25分に拡大した2部構成。第1部が戦後の歌謡史をたどる「昭和の紅白」。この年の6月に亡くなった昭和の大歌手・美空ひばりの映像を会場の巨大モニターに映し出し、在りし日をしのんだ。第2部はヒット曲中心の「平成の紅白」。また、中村メイコ、森光子、黒柳徹子、山川静夫など歴代の司会者が登場し、思い出を語った。
1990年代
第41回NHK紅白歌合戦
1990年度
「21世紀に伝える日本の歌・世界の歌」をコンセプトに、紅白史上最多の男女合計58組が勢ぞろいした。シンディー・ローパーやポール・サイモンといった海外のアーティストが衛星中継で参加し、国際色に富んだ紅白となった。オリコン年間1位を獲得したアニメ『ちびまる子ちゃん』の主題歌「おどるポンポコリン」を歌ったB.B.クィーンズほか、DREAMS COME TRUE、吉田栄作、たま、宮沢りえなどが初出場した。
第42回NHK紅白歌合戦
1991年度
当時大人気だった大相撲の若貴兄弟による開会宣言でスタート。湾岸戦争、ソ連の解体、バブル崩壊という激動の時代を背景に、「どんなときも。」、「愛は勝つ」などメッセージ色の強い歌がヒットした。初出場のとんねるずが、パンツ1枚で全身を紅白に塗って登場し、観客の度肝を抜いた。年々派手さを増していく小林幸子の衣装やパフォーマンスにも注目が集まる。またこの年、SMAPが初出場し、アイドルの新時代を担っていく。
第43回NHK紅白歌合戦
1992年度
「テレビ40年・日本そして家族」がこの年のテーマ。イルカと南こうせつがテレビ40年を記念して、「なごり雪」、「神田川」で初出場。連続テレビ小説『ひらり』のヒロイン・石田ひかりが紅組司会を担当し、DREAMS COME TRUEが主題歌「晴れたらいいね」を歌ったのも話題に。9回連続出場のチェッカーズは、このステージを最後に解散。視聴率は過去5年間では最高の55.2%を記録。
第44回NHK紅白歌合戦
1993年度
「変わるにっぽん・変わらぬにっぽん」をテーマに、きんさん・ぎんさんと安達祐実の開会宣言でスタート。渡哲也は19年ぶり、いしだあゆみは16年ぶりの出場で、互いに初出場の思い出の歌を披露した。Jリーグ開幕にちなんだサッカー・コーナーにも会場が沸いた。また、俳優としても人気上昇中だった福山雅治が初出場。この年8月に亡くなった藤山一郎に代わってエンディングの「蛍の光」でタクトを振ったのは宮川泰。
第45回NHK紅白歌合戦
1994年度
「戦後50年・名曲は世代を超えて」のテーマのもと、対決色をいっそう濃いものとしたのが白組司会の古舘伊知郎と紅組司会の上沼恵美子の舌戦。さらに美川憲一VS小林幸子の衣装対決がエスカレートし、空中浮遊を見せた美川が「幸子おだまり!」と挑発した。trfと篠原涼子の初出場は、小室哲哉時代の幕開けを予感させた。また、吉田拓郎や小椋佳など、それまでテレビ出演のほとんどなかった歌手の出場もファンを喜ばせた。
第46回NHK紅白歌合戦
1995年度
阪神大震災、オウム事件、金融不安など暗い出来事が続いたこの年は、新しい年への希望を託して「ニッポン新たなる出発(たびだち)」がテーマとなった。“アムラー”なる社会現象を引き起こした安室奈美恵が初出場を果たす。また200万枚の大ヒットを飛ばしたダウンタウンの浜田雅功と小室哲哉のユニット・H Jungle With tのステージでは、相方の松本人志が乱入し、会場を沸かせた。
第47回NHK紅白歌合戦
1996年度
テーマは「歌のある国・にっぽん」。白組司会は3年連続となった古舘伊知郎、紅組司会には史上最年少となる19歳の松たか子を起用、さわやかな司会ぶりも好評だった。TRF、安室奈美恵、華原朋美、globeと小室ファミリーの活躍が目立ち、華原には小室哲哉がピアノで伴奏。出場4回の米米CLUBは、解散を前にしたラストステージで大暴れした。また、この年、再集結したRATS&STARの初出場も話題になった。
第48回NHK紅白歌合戦
1997年度
この回のテーマは、「勇気、元気、チャレンジ」。SPEED、広末涼子、GLAYなど12組が初出場。連続テレビ小説『ふたりっ子』から生まれた演歌歌手・オーロラ輝子(河合美智子)も登場。由紀さおりと安田祥子の歌唱楽曲がおなじみの童謡ではなく「トルコ行進曲」だったことも話題に。またX JAPANは紅白をラストステージに解散へ。産休前の安室奈美恵が、トリで「CAN YOU CELEBRATE?」を熱唱した。
第49回NHK紅白歌合戦
1998年度
中居正広と久保純子アナウンサーの若手コンビが司会。テーマは「ニッポンには、歌がある~夢、希望、そして未来へ~」。DA PUMPとKiroroの初出場は、沖縄勢の躍進を印象づけた。また民放の番組企画から生まれた“モーニング娘。”が登場。SMAPは最大セールスを記録した「夜空ノムコウ」を歌唱。母となってカムバックした安室奈美恵が、前年と同じ曲を涙で歌った。大トリの和田アキ子はサビをアカペラで熱唱。
第50回NHK紅白歌合戦
1999年度
白組司会は大河ドラマ『元禄繚乱』の主演を務めた中村勘九郎(当時)、紅組司会は2年連続の久保純子アナウンサー。この回は、翌年解散を控えたSPEEDの出演と、松田聖子&郷ひろみの直接対決が話題を呼んだ。天童よしみは、「21世紀に伝えたい歌」アンケートで1位に選ばれた美空ひばりの「川の流れのように」を熱唱。スティービー・ワンダー作曲、さだまさし作詞による第50回を記念したオリジナルソングも披露された。
2000年代
第51回NHK紅白歌合戦
2000年度
巨人軍監督・長嶋茂雄の「いよいよメークドラマの始まりです!」という第一声で幕開けとなった20世紀最後の『紅白』。シドニー五輪で金を獲得したマラソンの高橋尚子、柔道の田村亮子(当時)も登場。演歌界の若きプリンス・氷川きよしはこの年デビューを飾り、初出場。アリスも再結成し初出場となり、ミレニアム・スペシャルとして往年のヒット曲メドレーを披露した。また、ピンク・レディーの10年ぶりの出場も話題に。
第52回NHK紅白歌合戦
2001年度
新世紀最初のテーマは「21世紀~夢・新たなる挑戦」。司会は紅組が有働由美子アナ、白組が阿部渉アナ、総合司会が三宅民夫アナと、45年ぶりに局アナだけで固めた。話題となったのはザ・ドリフターズの初出場。『8時だョ!全員集合』の人気コーナー「少年少女合唱隊」の紅白バージョンで盛り上げた。堀内孝雄はこの年亡くなった親友・河島英五の「酒と泪と男と女」を熱唱。また引退していた森昌子が16年ぶりの復帰を果たす。
第53回NHK紅白歌合戦
2002年度
この回大きな話題を呼んだのは、デビュー27年目にして初出場となった中島みゆき。それまでほとんどテレビ出演することのなかった中島が、『プロジェクトX』の主題歌「地上の星」を黒部ダムから中継で届けた。また、平井堅が「大きな古時計」、初出場の島谷ひとみが「亜麻色の髪の乙女」を歌い、リバイバル・ブームが反映された。新たな審査方法として、BSデジタル放送の双方向機能を使った「お茶の間審査員」がスタート。
第54回NHK紅白歌合戦
2003年度
「素晴らしいニッポン 心に響く紅白を」をテーマに、世代を超えて愛される楽曲が並んだ。森山良子・BEGIN・夏川りみによる「涙そうそう」や、森山直太朗の「さくら」、オペラ歌手・錦織健と女子十二楽坊の競演も話題になった。初出場の倉木麻衣は京都の教王護国寺(東寺)からの中継で、国宝の五重塔をバックにした世界遺産からの中継は紅白初となった。SMAPは大ヒット曲「世界に一つだけの花」で初の大トリを飾った。
第55回NHK紅白歌合戦
2004年度
アテネオリンピックが開催されたこの年は、数多くのメダリストが招かれた。ゆずはオリンピック公式ソングである「栄光の架橋」を熱唱。大ブームとなった韓流ドラマからは、『美しき日々』のイ・ジョンヒョン、『冬のソナタ』のRyuが出演し注目を集めた。「マツケンサンバⅡ」で初出場となった松平健は会場を華やかに盛り上げた。また、デビュー50周年の節目に8年ぶりの復帰となった島倉千代子が「人生いろいろ」を披露した。
第56回NHK紅白歌合戦
2005年度
戦後60年の節目の年。さだまさしが「広島の空」を、森山良子が息子の直太朗と「さとうきび畑」を歌い、吉永小百合が中継で原爆詩を朗読するなど、紅白から平和を願うメッセージを発信した。みのもんたが初司会を山根基世アナと務め、紅組司会に仲間由紀恵、白組司会に山本耕史という異色の顔合わせ。特別企画「タイムスリップ60年 昭和・平成ALWAYS」では森光子を囲み、出場歌手による戦後のヒット曲が披露された。
第57回NHK紅白歌合戦
2006年度
テーマは「愛・家族~世代をこえる歌がある」。テノール歌手の秋川雅史が初出場で歌った「千の風になって」は、この紅白もきっかけの一つとなり翌年ミリオンセラーとなった。トリノオリンピックのテーマ曲「誓い」を歌う平原綾香のもとには、金メダルを獲得した女子フィギュアスケートの荒川静香が駆けつける場面も。『プロフェッショナル 仕事の流儀』でおなじみとなったテーマ曲「Progress」をスガシカオが熱唱。
第58回NHK紅白歌合戦
2007年度
2007年の第58回から第60回までの3年間、「歌力(うたぢから)」を統一コンセプトとすることが決まり、この回は「歌の力・歌の絆」がテーマに。女性アイドルグループのAKB48が初出場を果たし盛り上がる一方で、26年ぶりの寺尾聰、25年ぶりのあみん、16年ぶりの槇原敬之など、久々に出場をはたした歌手も多く、じっくりと歌を聴かせた。また8月に亡くなった作詞家・阿久悠の名曲がラストの4曲を飾った。
第59回NHK紅白歌合戦
2008年度
北京オリンピックの公式テーマ曲を担当したMr. Childrenが初出場。藤岡藤巻と大橋のぞみによる「崖の上のポニョ」に先立ち、久石譲指揮による宮崎アニメの主題歌メドレーを披露。また日本人ブラジル移民100周年を記念してサンパウロから生中継され、特別企画で宮沢和史が「島唄」を歌った。同じく特別企画でエンヤがアイルランドから出演。「オリノコ・フロウ~ありふれた奇跡」で環境保護へのメッセージを伝えた。
第60回NHK紅白歌合戦
2009年度
第60回のテーマは「歌の力∞無限大」。久石譲作曲のテーマソング「歌の力」が記念大会を盛り上げた。初出場の嵐が「紅白スペシャルメドレー」を披露。小林幸子は、自身をかたどった巨大衣装「メガ幸子」で登場、「もはや舞台セットだ」と驚きの声が上がった。イギリスから動画サイトを通して世界中で話題になったスーザン・ボイルが出演。還暦を迎えた矢沢永吉のサプライズ出演には、出場者たちも驚きの表情を見せた。
2010年代
第61回NHK紅白歌合戦
2010年度
テーマは「歌で つなごう」。紅組司会は連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』のヒロイン・松下奈緒、白組司会は嵐というフレッシュな顔ぶれ。AKB48、倖田來未、和田アキ子、郷ひろみ、加山雄三、嵐、SMAPなど、複数曲をスペシャルアレンジで歌うメドレー形式が多く見られた。桑田佳祐は紋付き袴姿でスタジオから中継、病気からの完全復活を果たした。初出場は西野カナ、AAA、クミコ、植村花菜など。
第62回NHK紅白歌合戦
2011年度
この年、東日本大震災が発生。明るい未来へ一歩を踏み出す力を歌に託し、被災地を応援する企画が随所に見られた。テーマは「あしたを歌おう。」。史上最年少で初出場となった芦田愛菜と鈴木福は、東北の子どもたちと「マル・マル・モリ・モリ!」とディズニー・スペシャル・メドレーを歌った。また「世界からのメッセージ」のコーナーでは、レディー・ガガとジャッキー・チェンから寄せられた日本への応援メッセージが紹介された。
第63回NHK紅白歌合戦
2012年度
ロンドンオリンピックがあったこの年のテーマは「歌で 会いたい。」。注目は、史上最年長77歳で初出場となった美輪明宏。自身が作詞作曲した1966年のヒット曲「ヨイトマケの唄」を熱唱、若い世代に強烈なインパクトを残した。特別企画でMISIAがナミブ砂漠から中継。矢沢永吉のスペシャルステージも披露された。また東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」を大合唱、翌年以降も歌われるようになる。
第64回NHK紅白歌合戦
2013年度
テーマは「歌がここにある」。この年、連続テレビ小説『あまちゃん』が大ヒットし、“あまロス”という言葉まで生まれる社会現象に。紅白では特別編として、脚本・宮藤官九郎、音楽・大友良英のオリジナルストーリーが展開され、出演者も勢ぞろいした。EXILEのHIROのラストステージとなったのもこの回。北島三郎は史上初の50回出場を達成し、紅白勇退を宣言。ラストでは全出場者とともに「まつり」で歌い納めをした。
第65回NHK紅白歌合戦
2014年度
企画ゲストとして12年ぶりの中森明菜、31年ぶりのサザンオールスターズが出演し、注目を集めた。テーマは「歌おう。おおみそかは全員参加で!」。この年人気となった『アナと雪の女王』や『妖怪ウォッチ』の楽しい企画コーナーも。初出場はデビュー20年目のV6、SEKAI NO OWARIなど。また、初の試みとなる副音声「紅白ウラトークチャンネル」はバナナマンが担当し、視聴者感覚の自由なトークで盛り上げた。
第66回NHK紅白歌合戦
2015年度
黒柳徹子が総合司会、紅組司会は綾瀬はるか、白組司会は井ノ原快彦(V6)。戦後70年・放送開始90年の節目となったこの年は「ザッツ、日本!ザッツ、紅白!」がテーマ。小林幸子は動画サイトとコラボした特別企画で「千本桜」を披露。10周年を迎えたAKB48は、サプライズで元メンバーの前田敦子と大島優子が出演。企画コーナーの「アニメ紅白」ではアニメキャラクターが多数登場した。初出場は星野源、乃木坂46ほか。
第67回NHK紅白歌合戦
2016年度
「夢を歌おう」が第67回から第70回まで、4か年の通しテーマとされた。東京オリンピック・パラリンピックへの足がかりとして、椎名林檎やTOKIOが都庁から中継。福山雅治やAKB48はスペシャルメドレーで。大ヒット特撮映画「シン・ゴジラ」とのコラボもあり、主演の長谷川博己も登場し盛り上げた。また、スペシャルゲストとしてタモリとマツコ・デラックスが随所に出演。初出場は宇多田ヒカルやRADWIMPSなど。
第68回NHK紅白歌合戦
2017年度
テーマ「夢を歌おう」の2年目は、ミュージカル仕立てのスペシャル映像「グランド・オープニング」で幕を開けた。総合司会はコントバラエティー『LIFE!』の内村光良、紅組司会は『ひよっこ』のヒロイン・有村架純、白組司会は嵐の二宮和也。特別出演歌手として、安室奈美恵と桑田佳祐が登場。安室は翌年9月に引退を控え、最後の紅白で「Hero」を熱唱。初出場はHey!Say!JUMP、エレファントカシマシほか。
第69回NHK紅白歌合戦
2018年度
平成最後の紅白は、「夢を歌おう」をテーマに掲げた3年目。総合司会は前年からの内村光良と桑子真帆アナウンサー。紅組司会は連続テレビ小説『なつぞら』のヒロイン・広瀬すず、白組司会は嵐の櫻井翔。テレビ番組初出演の米津玄師が、郷里の徳島県鳴門市からの生中継で初出場した。また企画枠の「夢のキッズショー」ではFoorinの「パプリカ」などが披露された。大トリはサザンオールスターズが圧巻のステージを見せた。
第70回NHK紅白歌合戦
2019年度
2016年から4年にわたって掲げてきたテーマ「夢を歌おう」の集大成となる記念大会であり、令和初の紅白となった。特別企画としてYOSHIKIとKISSの夢のコラボや、ビートたけしによる「浅草キッド」、竹内まりやの「いのちの歌」、松任谷由実の「ノーサイド」など盛りだくさんの内容となった。嵐はNHK2020ソング「カイト」と「紅白スペシャルメドレー」を披露し、東京オリンピックへの期待を胸に幕を閉じた。
2020年代
第71回NHK紅白歌合戦
2020年度
新型コロナウイルス感染拡大により世界が一変したこの年、紅白は初の無観客開催となった。会場はNHKホールやいくつかのスタジオに分散された。番組テーマは「今こそ歌おうみんなでエール」。特別枠では、連続テレビ小説『エール』で描かれた古関裕而の名曲を披露、また主題歌を歌ったGReeeeNのアバターが出現した。「夜に駆ける」で年末までのストリーミング再生3億回のYOASOBIのテレビ初歌唱に注目が集まった。
第72回NHK紅白歌合戦
2021年度
NHKホール改修中のため、東京国際フォーラムをメイン会場に、中継や局内のスタジオを複数活用。2年ぶりの有観客での開催となったが、新型コロナウイルス対策として入場者を2100人あまりに限定した。テーマは「Colorful~カラフル~」。多様性の観点から、紅白をわけない司会陣、赤と白の境界があいまいに溶け合う番組ロゴに変更。出演者の役割や比率、テーマや描き方についても、これまでの在り方を見直した。
第73回NHK紅白歌合戦
2022年度
3年ぶりに有観客のNHKホールで開催。テーマは「LOVE & PEACE -みんなでシェア!-」。司会は大泉洋、橋本環奈、櫻井翔(スペシャルナビゲーター)、桑子真帆アナウンサー。初出場となるウタ、Aimerが注目のアニソンを歌唱。加山雄三が現役最後のパフォーマンスを披露、歌手活動休止前の氷川きよしはラスト紅白となった。桑田佳祐は、佐野元春、世良公則、Char、野口五郎とメッセージソングを歌った。
第74回NHK紅白歌合戦
2023年度
「ボーダレス-超えてつながる大みそか-」がテーマ。「音楽の力」が国や言葉、世代を超えて人と人とをつなぎ、楽しむことを目指した。司会は有吉弘行、橋本環奈、浜辺美波、高瀬耕造アナウンサー。「テレビ放送70年 特別企画」では、スペシャルゲストで黒柳徹子が出演し、ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ、薬師丸ひろ子、寺尾聰が歌唱。また、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)所属タレントの出場はなかった。
第75回NHK紅白歌合戦
2024年度
テーマは「あなたへの歌」。国も性別も、時代にもとらわれることなく、かけがえのない「あなた」ひとりひとりへ最高の歌を届ける紅白。司会は前回に続いて2回目の有吉弘行、2024年度の朝ドラヒロインの2人・橋本環奈と伊藤沙莉、そして鈴木奈穂子アナウンサーの4人。総合・BSP4K・BS8K・ラジオ第1で午後7時20分からニュースをはさんで午後11時45分までの放送。2025年3月に迎える放送100年企画も。