女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
インターバルである。
昼は星々が見えなくなるから、一本釣りができない。とりあえず今のところ襲ってくる気配はない。
「それで?
「手掛かりというか、答えがありました。酒類の配分に関する研究成果。それらの納められた倉庫の中に、一つだけ開かないものがあったのです。固定の輝術ではなく、そもそも開かないように作られた箱。壊すことの為されなかった箱の中には、幾つもの文書が認められていました」
これらです、と。
玻璃が差し出してくるは……確かに継ぎ目らしい継ぎ目の見当たらない直方体の金属。そして何かが書かれた文書。
「……どうやって出したんだ?」
「斬って」
「え、いや」
「箱の修復くらいわけはありませんよ?」
いやそこは、開け方を探すとか、そういうさ。
私がいうことでもないけど、じょ、情緒……。
「で、何が書いてある」
「さぁ? ……お忘れなのでしょうが、私、盲目でして。内容自体は理解していますので、それで問題ないのでは?」
「ああ……いや、無いとは思うが……その
「私も無いとは思いますが、用心深いのはいいことですね」
周囲を見渡す。黄金城の城内は私がいるせいでがらんどう。
新帝同盟は廟にいるし、州君やその付き人は氏族の報復があるかもしれない、という報を受けて、自州で迎撃準備を固めている。
つまり。
「私の出番、というわけだね」
「……薬関係以外は役に立たないと思っていたよ」
「酷いなぁ」
今潮である。
陽弥ではないのは、「少しでも多くの絵を玻璃に残したい」と言って廟での作業に戻っているが故。
私の結った糸ならば玻璃にも視認可能であるとわかっている。だから絵画以外にもいろいろな美術に挑戦しているらしい。幸いにして、十一年分の墓祭りにおける贈答品というサンプルがあるからな。
そしてそういう面で……新帝同盟に任せている「生活基盤をマトモにする」という分野において、今潮にはやることがない。
薬の調合は知識だし、そもそもこいつは己の教え子をも殺して自身の知識を殺したような奴なので、そういうものに興味が無いのだとか。
で。
「じゃあ読むよ。……と、思ったけれど……これは酒の製法……?」
「おや。本当に騙されていたのでしょうか」
「少し待ってほしい。ふむ……」
顎を擦りながら、彼はその紙に書かれていることを何度も何度も読み返して。
「これは何かの酒の製法であるのは間違いないけれど、同時に何かを暗喩しているね。珍しいな。輝術師でこういう風に文字の使い方を考えられる存在がいたのか」
「文書の作成日時はわからん。閣利が幽鬼となってから書いたのやもしれん」
「幽鬼となったところで、同一因子の縛りからは抜け出せないはずなんだけどね。それで、黄征君は醴泉處の長から何を聞いたのかな。少なくも酒の製法ではなかった、という口ぶりだけど」
「ええ、そのようなものではなく、"
「なんだ、玻璃だと理解されていたのか?」
「偽装輝術を使っている、ということ自体は見抜かれていましたね」
へえ。
やっぱりいるものなんだな、そういう……在野、というと違うかもしれないけど、黄金城に上がっていないだけのエリート。
それで相手を察したのだろう。やんごとなき身分か、それに類する誰かだ、と。遣いの者が姿形を偽装する意味はないし、間者であれば正面から来ることはないし。
「しかし、なぜ嘘を吐いたのでしょう。彼女を問い質すべきでしょうか?」
「嘘ではないから、だろうね。これは証拠品で間違いないよ」
製法を見ながら云云唸っていた今潮。けれど今はスッキリした顔をしている。
難問を解き終わった学生のような顔だ。
「私を呼んだのは正解だったね。これは黄宮廷に出される清酒や蒸留酒の製法ではなく、薬酒の製法だ。
「存在を知っている程度だな」
「私も遊び方は知りませんね」
客家牌。前に
「簡単に説明すると、四人で行う
「……すまんほとんど聞き取れなかった。詩的過ぎる」
「要するに、見えているものが真実ではなく、その裏にいるものが本当に見るべきものだ、ということですか?」
「そう。だけどこれだけでは当然何のことを言っているかわからない」
吃磴遊戲……ということは、つまりババ抜きみたいなものってことか。絵柄を揃えたら捨てることができて、最後まで札を残していた奴が負け。……の、ババがいっぱいあるバージョン?
確かに驚きかもしれない。そういう風に文章で遊べるやつがいた……というかそれが閣利だったことが。秀玄の影響か?
「だから着目すべきは親だ。これを三人の子に配った親。客家牌のそもそも牌数は三十八。子の持ち牌は十二。親の手元には必ず二つの牌が残る」
「えーっと……? つまり、その二つを割り出せば、陽弥に繋がる……ということで合っているか」
「まぁ、私達は先に答えを知ってしまっているからそうなるね。残った二つの牌に当てはまる文章は、"琥珀の杯を待ち侘びる者"と"夜闇を纏いて騒ぎを見る者"。どちらも墓祭りにおける帝……陽弥の暗喩だね」
そ、そうなのか。
……玻璃は納得しているようだし、多分これが教養の差……。貴族社会にないとわからない話……!
まぁ私の誓いや自己暗示も似たようなものだから、ここは納得しておこう。
「しかし、なぜそんな……あっさり理解できるものを遺したんだ、閣利は。というか幽鬼の身体でどうやって継ぎ目のない箱を作ったんだ」
「確かに。この謎掛け自体は手掛かり足り得るから納得できるけれど、どうやってこの箱を作ったのか、については疑問が残るね」
「輝術師に頼んだのでは、と言いかけましたが、そういえば幽鬼でしたね」
私でもなければ幽鬼の意思の汲み取りなんてできないと思うんだけど。それも「箱が開かないよう、継ぎ目を無くしてほしい」なんて複雑な依頼を誰が。
先見の明で言えば真っ先に月織の名が挙がるけれど、あいつだってずっと幽鬼だったわけで。次点で紊鳬だけど、そもそも紊鳬は主犯側の人間で。
三人してうーんと頭を悩ませるけれど……答えは出ない。
「箱の継ぎ目を無くすこと自体は誰にでもできるのか?」
「ええ、力量の低い輝術師でも時をかければ可能かと。高位輝術師であれば、一瞬ですね」
「ならまぁ、"中身を見ることなく、この箱の継ぎ目を無くしてほしい"と紙にでも書いておけば」
「その発想が自然と幽鬼から出るのであれば、私達は古来から幽鬼と会話できていただろうね」
「……でもこの文書を残しているわけで」
「……」
確かにそうではあるのだ。
幽鬼は文字を書くことができる。それは赤州の林の中にいた幽鬼たちや、その他大勢が証明している。
けれどそれを用いてコミュニケーションを取ろう、とはしない。死者側も生者側も。
幽鬼と口を利くと、楽土に連れていかれてしまう、という迷信のせいか。それだけで、と思う自分と、この世界ならばあり得る、と思う自分がいる。
同一因子によって発想上限の定められたディストピア。それが天染峰だ。
では、閣利だけがその軛から離れられた理由はなんだ。
月織との接触か? 確かに奴であればその常識を覆す、くらいはできそうだけど、だったらなぜ今まで自分はやらなかったのか、という疑問が──。
「……あなた、である可能性はありませんか?」
「ん。……ん? 何が」
「ですから、閣利の声を聞いた者が、です」
「私なワケ──」
……ああ。
腕を持ち上げる。
幽鬼となった腕を。
「アイツ、ってことか?」
「ええ、幽鬼の声を聞くことができることもそうですが、あなたがそうである、と知らない状態で、早朝あなたに接触して手掛かりの場所を言う、というのがそもそもおかしな話なのです。事前にあなたを知っていなければ不可能であると思えませんか?」
確かに。
突然現れて「天壇處と醴泉處に手掛かりを残した」なんて言葉を伝えるには……私がそれを有効活用できることと、その言葉を理解できることの双方を事前に知っていないと意味が無い。
アイツ。つまり、影のようなナニカ。
時の循環に帰っては戻され、帰っては戻されを繰り返した……"祆蘭"となるべきだった者。
うわ、そうなると故意に詩的な文章にまとめあげたのも納得が行くというか。我が事……もとい、私の中のアイツ像ならばやりかねないというか。
「証拠がない、証人が全ていなくなっている以上、これ以降は憶測にしかならんし……それで納得しておくか」
「ううん、こういうものはきっちり解決したいのだけどねぇ」
私もスッキリしたいけどさ。……まぁ、良いよ。
来年の命日に墓参りへ来てくれるらしいから、その時に聞くよ。アイツがこっちのアイツの記憶を持っているのかは知らんが。
で。
「今更だがな、今潮」
「うん?」
「死にたいのか?」
根本的な問いをする。
私にかけられた劣化"
私の周囲に輝術師だけじゃなく鬼もいないのは、穢れを吸ってしまうからだ。陽弥だけが唯一隣にいることのできる存在で、その他の鬼は無理。耐えられない。
今でさえ──吸っている。私を抱きかかえた時に「痛い」という言葉を発していた彼だけど、その後もずっと疲弊を覚えていたはずだ。況してや若い鬼である今潮は、最悪も考えられる。
「今並が悲しむぞ」
「彼女はもう歩き出しているよ。……ただまぁ、死にたいわけでもないかな」
「であればなんだ。私に穢れを吸わせたいのか?」
媧がいないので、暴発の可能性を考えれば玻璃や鈴李ですら近くにいない方が良い。輝術師も平民も鬼も、私からは逃げておいた方が良い状況なんだ。
だというのに何が目的で。
「あと三日しかないから、かな」
「……? なんだ、私に特別な想いでも抱いていたのか?」
「可能性として」
彼は言葉を切る。そして……やるせない、といった風に、笑った。
「私のような弱い鬼は、光界の外に出た瞬間、死ぬかもしれない。そうだろう?」
「ああ……お前の余命の方か」
確かにその可能性はある。
鬼が鬼の穢れを吸う、ということが可能な時点で、同じことが氏族にもできる可能性はゼロじゃない。というかできてもおかしくない。
だって鬼は氏族の尖兵だから。それが反旗を翻すのなら、穢れを奪って無力化する、ということだって。
「鬼となったことは長寿を望んで、ではなかったけれど、あと三日で死ぬかもしれないというのなら、まぁ、その三日くらいは好きなことをしたいじゃないか」
「今まで好き放題して来ただろう。何を今更」
「──何を隠しているのか、教えてほしい」
「何も隠していない」
即答する。
こいつ、玻璃がいること忘れてないか?
やめろ、そういうこと言うの。
「祆蘭だけが光界に取り残されてしまう、という話であれば、なんとなくですが理解していますよ」
「なんとなくでも理解されているのは嬉しくないんだがな。……というか鈴李も知っていたな、そういえば。誰かが言いふらしているのか?」
「君の態度を見れば誰だって理解できるさ。けれどそういう表面的な部分じゃない。君はもっと重要なことを秘している」
玻璃にはわからないように……随分と制御の上手くなった威圧で、今潮に圧をかける。
踏み込むな、と。
けれど彼は笑って。
「私は自らの
「……膝を突きかける、んじゃなかったのか」
「知っているかい? 己が恐怖を上回る感情というものも存在するんだ。君が……君だけがこの世界から出ることができない、という事実以上に、皆に知らせたくないもの。私はそれを知らずに世界を出ていきたくないんだよ」
「猫に殺されてしまえ」
好奇心だけで覗いてくるんじゃない。
ああほら、玻璃ももう「話してください」という顔付きをしている。顔布で見えないのに。
けれど、教えてください、なんて言われて教える馬鹿がどこに。
「あなたの心臓にある穢れ。そして幽鬼に成り代わった身体。幽鬼ではない同一因子の身体。──世界に残るものは、どれかしらね」
声、は。
……久しぶりじゃないか。
「なんだ、遊びに来たのか、桃湯」
「そんなわけないでしょう。ちゃんと用があって来たのよ」
久しぶりだ。
その顔を見たのも、その声を聞いたのも。
でもわからない。
なぜ怒った顔をしているのか。
「……桃湯。今の言葉は」
「ええ。そういう意味よ。……意味です」
おいおい。
ネタバレとかってレベルじゃないぞ。黙っていりゃいいものを、なんで言ってしまうかね。
「余命は……君も、なのか」
「死ぬことはないと、何度も何度も言っていたのは……嘘だったのですか?」
額を顰めるくらいは許して欲しい。
そして桃湯に抗議の視線を投げることも。
「不可抗力だ。少なくとも……この身に幽鬼が融合する、なんてことになる前までは、死ぬ気などなかったさ。ずっと言っていることだけど、私は幽鬼にはならない。未練がないからな。……しかし、融合によって強制的に幽鬼となってしまった。だから」
「だから、私達が光界を出る瞬間、この子の中にある穢れと……そして、この子を構成している平民の肉体は、世界の外へと押し出される。そして、完全な幽鬼となる。そうでしょう?」
「そこで私が消える選択肢を取らなければな」
もうどうしようもないことだ。
だから言いたくなかったんだ。祭唄や鈴李が必死になって光閉峰を登ったとして、登ることができたとして。媧が一生懸命勉強して研究して光界を開くことができたとして。
そこにいるのは言葉の通じない祆蘭ちゃんですよ、なんて……言う理由がないだろうに。
「教えなさい」
「何を」
「あなたが幽鬼から言葉を読み取っている、本当の方法を、よ。唇を読んでいる、なんて嘘ばっかり。いえ、あなた自身も途中まではそう思っていたのでしょうけれど、どこかで気付いた。そうじゃない、って。違う?」
「……」
「私達が幽鬼の言葉を理解できるようになれば、幽鬼となったあなたの意思を理解できる。あなたは死して幽鬼となるわけではないのだから、よく言っている死者が生者へ言葉を届けてはいけない、なんて道理も当てはまらない。そうでしょう?」
「そもそも私達は鬼だしね。仮に君がそうなった己を死者であると定義していても、死者が死者に言葉を伝えることは許されて然るべきはずだ」
……。
……。
まぁ。
「わかったわかった、じゃあ」
「──今、嘘を吐きましたね。その理解なら、それに合わせよう。そう考えたでしょう」
紡ぎかけた言葉を、開きかけた口を閉じる。
図星だからだ。
「桃湯。これらのことを、誰に吹き込まれたんだ。お前の発想じゃないだろう」
「奔迹よ。全てを知っているようだったけれど、どれだけ問い詰めても何も話さないから、こうして直接聞きに来たの」
あいつ……。
クソ、もっと警戒しておくべきだった。黄州で接触してきたのは具合を確かめるためか?
「幽鬼と融合してしまったから、幽鬼となる。そう言ったね。……なれば、幽鬼となった君は……君、なのかい?」
誰だよこいつを智者枠とか言った奴。
今潮も奔迹も余計なことしか言わないじゃないか。
「祆蘭であることは間違いない。充分だろう、それで」
「……」
「そこまで深刻になることか? 別離など、その辺に転がっているものだろう。別に……こういうことがなくたって、いつ死んでいてもおかしくなかったんだ。誰に殺されるでも、氏族に操られるでも、崖から落ちるでも、なんでも」
数多の人間を食い物にしてきた鬼や、人間の活動に然程も興味を持っていなかった玻璃が……今更何を言うんだか。
そんなに私は特別かね。
「あなたを今殺せば、どうなるのかしら」
「どうにもならん。誰も世界の外には出られなくなる。私は死ぬ」
「本当に? 今から輝術師を殺して回って、幽鬼にして……あなたへ混ぜ合わせれば、第二の陽弥を作ることができるかもしれない」
「正確には第三だなー。……ま、そうなったら私は理性を手放そう。鬼となってまでやることなどないし、良い感じに討伐してくれ」
反応できなかった。
気付いた時には、胸倉を掴まれて……持ち上げられていた。
怒った表情の桃湯に。
「命数尽き果てるまで抵抗するんじゃなかったの? なぜ諦めているのよ、あなた」
「あのな。私は感情の無い人形じゃないんだぞ」
「だからこそでしょ。なぜ──」
「世界のために死ぬ気がなかったのは、この世界を愛してなかったからだ。……今は違う。それだけだ」
恋愛初心者同士のソレでも、理由ができたからな。
殉じることに何の抵抗もない。
「……今潮」
「なにかな」
「あなたは奔迹に代わる頭脳として私の一派に引き入れたの。考えて。……どうすれば、この子を救えるのかしら」
「難しいね。本人に助かる気がないと、どうしようもできない」
ふん、ずけずけと踏み込んできた割に、理解が良いじゃないか。
そうだよ。もう三日しか……今日を外したら二日しかないんだ。
自己犠牲なんてくだらんことをするつもりはない。ただ結果的にこの身が弾け飛ぶというだけだ。同じにされても困る。
「魂が……潰える、というわけではないのですよね。そのような事象が起こるのであれば、神族も出られないでしょうし」
「……」
「では、幽鬼となる"祆蘭"の他に、魂だけの存在となるあなたも出てくるのではないですか? それならば……残っている相学者を集めて」
「ま、その理解で正しいよ。そもそも氏族は祆蘭を墓守にしたいみたいだからな。私は魂だけの存在となって、天染峰に残る。これは事実だ」
「ならばそれをどうにか……幽鬼や鬼という形で残すことができれば」
「私は楽土より戻りし神子だよ、玻璃」
墓守となった"祆蘭"は幽鬼として残る。
魂だけの存在となった私は──いずれこの世を去る。そして、他の帰りし神子と違い、私の魂のいるべき場所は現世ではない。
「だから言いたくなかったんだ。桃湯も、あと、祭唄とか夜雀とか鈴李とか。こういうことを聞けば、是が非でも止めようとしてくる。私を殺そうとしてでも、今やっていることを妨害しようとしてでも、だ。表面上の希望を持たせておけばそれだけで良かった話だろうに、どうしてわざわざ私の敵を作るような真似をするのかね」
多少の苛立ちを入れる。
「幸福も愛情も永遠ではない。いずれ終わる。その時が来ても同じことを言うか? 私が沢山の人に愛してもらっていることくらい知っているし、この秘密が皆への裏切りであることくらい重々承知している。外の世界で仲良しこよしをしたって、どうやっても寿命による別れは来るし、そもそも永遠など願わん。人生とは突然の連続で、偶然の連続で、悔悟の連続だ。誰も彼もが良かったね、で終わることなどあり得ない。後悔するといい。罪悪感に苛まれるといい。私を救えなかったことを、世界の外で泣き叫ぶといい。今はそれが怖いから、それを受け取ることが嫌だから、拒絶の感情が出てしまっているだけだ」
だから。
「負い目を負えよ。それがお前達にできる最大限だろう」
歯を食いしばる音が聞こえる。誰の、だろうなぁ。
「……この事実を口外すること。そこに……何か、命令を敷くかい?」
「新帝命令を、か? ハ、誰が守るんだ、それ」
「識者と思える相手に話して回って、対策を考えますよ。いいのですか」
「だから、私が禁じたところでやるだろう、お前達。あと二日で何ができるかは知らんし、別のことに使った方が良いとは思うが、別に止めやしないさ。私に手を差し伸べようとしてくれているのだろう? 何を拒む」
「その手を取るかは別として、でしょう」
「さてな」
ゆっくり降ろされる。
苦しい、とすら思わなかったな。まぁこの身体もそういうことなんだろう。
「今潮。廟に帰りましょう」
「私はここに残って彼女と」
「良いから。……この子の意思に関係なく、この子を救い出せる方法を議論するの。奔迹にも全てを吐かせるわ。手伝いなさい」
「やれやれ、余命三日かもしれないのは私も同じだというのに、好きに使わせてもらえないのか。……わかったよ。それじゃ、さようなら、祆蘭」
「ああ、さようなら」
また会おう、とは。
言わない。そういうところは気が合うんだけどなぁ。なんで好奇心を抑えられなかったのかなぁ。
……振り返ることなく去っていく桃湯と今潮に手を振って……玻璃を見る。
彼女は。
「あなたに関わったことがあり、そしてあなたに好意的な印象を抱いている輝術師。青清君以外の全員にこの事実を共有しました。そして、解決策を考えてほしい、ということも」
「行動早いなぁ。青清君に伝えなかった理由は?」
「彼女を抑え込むことができるのは私だけですから。他はどうとでもなるので良いのですが、私にも考える時間と心の整理をする時間をください。……負い目を負うことが嫌だから、拒絶しているだけ。ええ、その通りですよ。今からも全力で拒絶します。負い目も悲しみも負いたくはありませんので」
「好きにしろ。止めはせん」
「はい」
結局こうなるのか。
未練はないけど、奔迹相手には祟りとして出てやろうかな。諸悪の根源が過ぎるだろ、アイツ。
……去っていく玻璃を見送る。
一人になった。
ん。なんぞか……作るかね。
楓の樹皮を五
表表裏裏、という順番で置いた楓の樹皮に垂直交差するよう樹皮を一本入れる。上下上下となるよう調整し、あとはいつか作った鳳凰の編み人形と同じ手順で編んでいく。
裏面を見せる樹皮は表面を見せる樹皮より多く織って、左上に当たる部分の織り込みを途中で変える。首となる部分だ。
三段分の首を織ったら、そのまままた方向転換して顔とする。こちらは二本だけ。織り込まない方はピンと立てて、顔にした部分はくるっと結んで鼻先にする。
これで完成。イタヤ馬である。
大人が仕事をしている時、子供達を遊ばせておく、という名目で作られたこの郷土玩具は、無病息災を願う縁起物でもあったはず。
「どっちが大人で、どっちが子供なのかは知らないけれど」
怒らせている私がいう台詞じゃないかね。
して、夜が来る。
「結局昼には何もしてこなかったな」
「うむ……。氏族とは……危機感を持ち合わせていないのか?」
「わからん」
釣竿から剣気その他諸々で作った糸を飛ばし、一本釣りを行う。降り落ちる巨星の迎撃に、赤州だけでなく各州が参戦し始めているのを眺めながら……ちら、と青州の方を見る。
「進史は一人で大丈夫だ。というより、あ奴にはあ奴の友がいるし、仲間がいる」
「心なしか、寂しそうだな、と思ってな」
「進史がか?」
「恋愛感情はないだろうが、親愛はあったのだろうさ。それが……私も鈴李も離れているとなれば、多少は寂しがるんじゃないか?」
「あれはしっかりとした大人だぞ」
「本当にそうかねえ」
釣る。釣る。引き摺り落とす。
けれど……月や太陽からは感じた「怯え」や「焦り」のようなものを、星々からは感じない。
自意識が薄い、のだろうか。
「祆蘭」
「なんだ」
「見よ」
と、彼女が生成した紙に描いたのは……『祆藺』という漢字。
うん。
「それだと私と黒根君の子供、みたいな名前になるな」
「な、なに!?」
祭唄、必要じゃない漢字まで教えたんだろうなぁ。善意で。
結果ごっちゃになってしまった、と。蘭と藺は似ているからね。まぁね。
「ち……ちなみに、私と祆蘭の子、とするのなら、どういう字になるのだ」
「……もう少し……」
もう少し、なんとかならなかったのか。鈴李のこの……思春期中学生みたいな言動。先生はそれなりにいるだろうに。
まぁいい。釣竿を使っているのはパフォーマンスでしかないので、星々を引っ張りながら文字を書く。
正直親の名の文字を受け継がせる、というのはどうなんだ派に属してはいるけれど、たとえば、だからな。
「『祆鈴』、かね」
「おお。……おおお」
「反応がなぁ」
少しどころじゃなくなぁ。
「ちなみに、楽土でのお前の名前はどう書くのだ?」
「言わん」
「なぜだ」
「必要ないだろう。それともなんだ、浮気か?」
「な、なぜそうなる! どちらもお前だろう!」
死者の名前で、別人の名前だからだよ。
教える意味など無いし、教えてはならないものだろうから。
「良いから、今はちゃんと覚えてくれ。まぁ世界の外に出てから祭唄に習う、という手もあるのだろうが」
「いつまでも祭唄に頼ってばかりではおれん。というか、この世の外に出た時、輝術は使えなくなるのだろう。そうしたらどうだ、私と祭唄を比較した時……私の方が身長が高い、くらいしか勝てる場所がないではないか!」
「確かに」
「納得するな! こ、恋人ならこう、私の方が勝っているところを挙げ連ねるところだろう!」
「いやだって、祭唄はまず絵が上手いし、記憶力も凄いし、確か料理もできたはずだし……」
かなりハイスペックなんだよね祭唄。
まぁ絵が上手い……とはいえ人物画は八頭身か二頭身しか描けないという謎の画風持ちなんだけど。
身長もなぁ。
勝ったところでなぁ。……高身長女子は、一部には好まれるけれど、実際言い寄ってくる奴がいるかって言ったら……。
「無いのか……私が祭唄に勝っている部分は……」
「……古風な口調、とか?」
「そんなもの比較対象にならぬ!」
そういう、他愛のない会話をやいのやいのして。
その夜も、終わった。
天遷逢まで、あと二日。