嫉妬の冒険譚


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作:凪 瀬
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30話 成長限界と初めての『冒険』 前編


ステイタス回兼前後編の前話。
文字数少なめです。


 

 ベル君達と共同探索を行った数日後の深夜、ダンジョンへ向けて準備を整える。

 期限の近いポーション類、包帯、添え木の役割となる折りたたみ式の鉄棒、ひたすら魔力を込めて作り出した泥玉、予備の短剣。水を入れた革袋に非常食。

 普段に比べて入念に、準備不足がないように、何があっても生き残れるように準備する。

 

「……寝てても良かったんですよ?神様」

 

「いいえ、ちゃんと見送りしたかったもの。それに、ステイタスの更新は必要でしょ?」

 

「昨日の晩にしてもらったばかりなので大丈夫だと……いえ、そうですね。安全を考えるなら更新すべきだ」

 

 月明かりと蝋燭の火が朧気に照らす部屋の中で、ベッドの上にうつ伏せで寝転がる。

 俺の背中に神様が跨り、一滴の血を落とす。背中に浮かび上がった神聖文字が光を放ち、薄暗い部屋を淡く照らす。

 しばらく経って、神様は俺の背中から降り、ステイタスの写しを渡してくれた。

 

ズィーヤ・グリスア Lv1

力 :B799→A800

耐久:A831→831

器用:B748→B748

敏捷:B740→B740

魔力:SS999→SS999

【魔法】

不出来な理想(プロミコス・イデア)

・魔力によって不定形の泥を生成する

・泥の形を1度だけ変えることが出来る

【スキル】

歪曲理法(パラモフォシー・ロイギ)

・魔力によって生成された物質の形を変える。

深遠羨望(ヴァフィース・ジロフトニア)

・嫉妬の深さによって経験値に超域補正

・感情の昂りによって力と魔力に超域補正

・嫉妬対象がいる限り効果は持続する

 

 成長限界を迎えた魔力につい頬が緩む。

 これまでの戦いを支え続けてくれた『不出来な理想』を現時点での最大限で使うことが出来るんだ。嬉しくないはずがない。

 もっとも、成長限界を迎えたということはランクアップする事でしか先へ進めないことの証左。ランクアップするまではいっそう魔法の使い方や技術へ意識を割く必要がある。

 他のステイタスも11階層を踏破する最低限までは成長している。

 だが、だからこそ、足りない。

 燃料を投げ入れられ胸の中で燃え盛る炎と脳裏に鬱陶しい程焼き付いた光景を鎮めて、振り払う為には、ここで殻を破るしかない。

 

「……ズィーヤ、焦っている訳じゃないのよね?」

 

 ベッドの縁に座る神様が、神妙な表情で問うてくる。頬を撫でる手は冷たく、心配からか微かに震えている。

 焦り、か。無くはないのかもしれない。自覚がないだけで、俺は焦っているのだろうか?

 自分のことは自分が一番よく分かっているとは言うが、俺はそんなこと思わない。自分のことでも分からない時はある。寧ろ、俺はそんなことの方が多い。

 今も、神様に焦っていると言われたら、首を縦に振りかねない。

 ただ、心は嫌に静かだ。月よりも冷たく、凪いだ水面よりも平坦に感じる。

 瞳を閉じれば、ベル君がインファント・ドラゴンへ放った一撃の輝きと身を過ぎ去った衝撃を鮮明に思い出せる。

 

「……多分、焦ってないわけじゃないと思います。ただ……」

 

「……ただ?」

 

 あの時、インファント・ドラゴンへの決め手に欠けていた時、無意識にベル君を頼りにした自分が酷く情けなくて、許せなくて……同時に凄く納得した。

 俺がベル君を頼るのは、彼が俺よりも強くて、俺よりもできることがあるからだ。

 俺にできないことを、彼はできる。

 だから俺は彼のようになりたい。強く、速く、圧倒的で、それでも身近なベル君(輝き)のように。

 それが、俺が彼に嫉妬する理由だから。

 

「……ただ、俺はベル君に負けたくない。彼を羨むのなら、彼を追い抜く存在になるなら……今、この熱を逃しちゃダメだと思うんです」

 

「っ」

 

「おわっ」

 

 何が琴線に触れたのか、あるいは怒っているのか、突然勢いよく抱きついてきた神様にそのままベッドへ押し倒されてしまう。

 俺の胸元に小さな頭を押し付けて力いっぱい抱き締めてくる神様を思わず抱き締め返してしまう。

 華奢で、柔らかで、俺よりも小さい、そんな神様の体を抱き締めていると、何となく生きたいと思う。

 普段の探索も、いつもの修行も、死なないように注意を払って無茶をしてる自覚はある。けど、こうして神様を抱き締めると、大事なものの価値を再確認出来たようで生きたいという気持ちが滲んでくる。

 暫く、蝋燭の火が揺らめく音だけが響く静かな部屋の中で抱き締めあって、神様が満足して抱擁を解く。

 

「……うん、もう大丈夫。行ってらっしゃい、ズィーヤ。必ず、生きて戻ってくるのよ」

 

「はい、必ず戻ってきます。それじゃ、行ってきます!」

 

 飛び出した夜の街は静かなものだ。

 人の声も、鳥の鳴き声も、神の神威もない。無人の街道を走り抜ける。

 背中が妙に重いのは荷物だけのせいじゃないだろう。だが、今はその重みが心地いい。

 思考は明瞭。気持ちは凪いでいる。それでも、嫉妬の炎は絶え間なく熱を放っている。

 よし、行こう。今日が初めての『冒険』だ。

 

 

 

 ダンジョン11階層

 道中の戦闘を最小限に抑え目的地であるダンジョン11階層へズィーヤは辿り着いた。

 目的は、希少種インファント・ドラゴンの討伐。それも、ズィーヤ1人による単独(ソロ)討伐。

 レベル2を相手取ることも可能な巨体と質量の暴力を持った小竜。それをレベル1がたった1人で討伐しようとするなど、勇気と蛮勇を履き違えた馬鹿か、己の力を過信した愚か者かの2択でしかない。

 そもそも、インファント・ドラゴンは11、12階層に出現する希少種魔物(レアモンスター)見つけることさえ困難な存在なのである。

 

「無闇矢鱈に探しても出てくることは無い……出現する瞬間を待つのも現実的じゃないし、その前に他の冒険者が来てしまう」

 

 ポツリポツリと独り言を零しながら背中のリュックに手を突っ込み、パンパンに膨れ上がった革袋を取り出す。

 

「なら、向こうから来てもらえばいい」

 

 そうして、革袋の封を解き中に詰まった異形な肉塊を周囲へと放り投げる。

 革袋の中に詰まっていた全てを投げ捨てると同時に、少し離れたところにある大岩の影へと隠れる。さらに隠密用に灰色の大きな布を被りその時を待つ。

 全身を灰色の布で覆い隠し、準備が完了した時、全方位から魔物の足音が響く。

 

「ブギィー!」

「きゃぎゃぎゃ!」

「グォオォ!」

 

 大小様々な魔物の軍がズィーヤの投げ捨てた異形の肉塊へと殺到し、先程までズィーヤが立っていた場所は魔物の宴が開かれる魔境となっていた。

 当然、本来このようなことをすれば他冒険者から犯罪者の謗りを受けても仕方がないが、現在は誰もダンジョンに居らず、肉塊の効果も朝には切れている。

 単独討伐は勿論、インファント・ドラゴンとの接敵方法も考えて、ズィーヤは深夜にダンジョンへ潜ったのだ。

 

「さて、来てくれるかな……?」

 

 インファント・ドラゴンがどのような理由があれば出現するかなどは判明していない。ズィーヤの使う肉塊も効果があるか分からず、魔物が集まるところに引き寄せられるのか、はたまたそこから離れるのか。

 事前に情報を集めていたが、その辺は全く分からずズィーヤはこの作戦に賭けるしか無かった。

 もっとも、肉塊の効果時間中に小竜と接敵出来なければ集まった魔物達と連戦するつもりであるズィーヤからすれば、大きな損はない賭けなわけだが。

 途切れる様子のない魔物達の波。魔物達の声に引かれたのか遠くからも咆哮と足音が小さく聞こえてくる。

 肉塊を投げてから数十分、魔物達の存在をBGMにズィーヤはひたすら待ち続けたが、インファント・ドラゴンが現れることはなく。肉塊の魔物を呼び寄せる効果も弱くなり始めた。

 そろそろ潮時かと脇に置いた短槍を手に取った時、一際大きな咆哮が鼓膜を揺らす。

 11階層から出現する、実質的な上層のボス。

 強固な鱗に強靭な筋肉、長い首に比べてずんぐりむっくりとした胴体のアンバランスさは少し滑稽さを感じさせる。

 長い首の先にはワニの頭部をやや縦に長くし小さな角を生やした頭部が鎮座し、肉買いに集まる魔物達に苛立ってか、口を大きく開き鋭利な牙を覗かせながら咆哮を上げる。

 希少種小竜魔物インファント・ドラゴンが、一丸となっていた魔物達を轢き殺しながら現れた。

 

「グギャアァァアアン!!」

 

「……いいねぇ」

 

 耳を(つんざ)く咆哮に耳を抑え鼓膜を守りながら、ズィーヤは獰猛な笑みを浮かべる。

 魔物を引き寄せる肉塊に苛立っているのか、魔物達の騒がしさに苛立っているのか、それとも人間(ズィーヤ)の策略に気づき苛立っているのか。

 真偽は不確かであるが、怒髪天をついた様子の小竜はやたら滅多(めった)らに巨躯を振り回し魔物達を蹂躙してしまう。

 その被害はズィーヤの隠れた大岩にまで及び、吹き飛んできた魔物が大岩に激突し、小さく岩の破片を飛ばしながら絶命し灰へと姿を変えた。

 その衝撃にやや驚きながらも、体を覆う灰色の布を剥ぎ、泥色に塗れた軽鎧と深い泥色に染まった外套を顕にする。

 

「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ 不出来な理想(プロミコス・イデア)』」

 

 詠唱を終え、短槍は泥の長槍へと姿を変える。

 逃げる魔物達がズィーヤの隠れる大岩を無視して走り去る中、その流れに逆らうように隙間を縫って小竜へと近づく。

 視界から魔物が消え、広がった階層の空白。

 その中央で、小竜は息を荒らげる。

 魔物を蹴散らす過程で肉塊は潰され、魔物を引き寄せる効果は無くなった。そして、小竜が暴れたことによって集まっていた魔物達も蜘蛛の子を散らすように逃げていき、逃げ遅れたものは物言わぬ灰となって消えた。

 正に万全の状態(ベストコンディション)

 幸運にも、ズィーヤが想定しうる中でもっとも理想的な状況を作り出すことが出来た。

 興奮して視界の狭まった小竜の後ろに回り込み、数日前の再演のように右膝裏で槍を構える。

 

「さぁ、『冒険』と洒落こもうかっ!!」

 

 突き出された槍の穂先は正確に膝裏を穿ち、長槍のリーチという利点を完璧なまでに発揮し、関節を貫いた。

 突然の痛み、関節を貫かれバランスの崩れる自身の肉体に小竜は絶叫する。

 ズィーヤの命を懸けた全力の『冒険』がこうして幕を開けた。




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