ーいつからだったっけ、あいつの『英雄』でいようと思ったのは。
「ねぇ~ねぇ~、にぃに~これよんで~!」
いつも通りの、お父さんとお母さんが、お仕事でいなかった休日の昼。
ちょうど春が訪れた、ポカポカと温かな空気に一人の幼い子供の声が響く。
「いいけど…どれを読んでほしいんだ?」
「これ!マナミちゃがかしてくれた!どきどきが、のんすとっぷ?なんだって~」
「ふーん、タイトルは……【アーサーおうものがたり】」
そうして、あいつの食卓よりも小さい背丈をまるめて俺の隣に座り、俺が物語を読み始める。
それは、子供用にカタカナとひらがなで書かれたひとつの英雄譚。
「『……そうして、アーサーおうは『えいゆう』になりました』……どうした?」
「う~~~ん……にぃに、『えいゆう』って、なぁに?」
「『えいゆう』?そうだなぁ……この本に書いてある通り、誰かを守るかっこいい人かな?」
まだ多くを知らない幼女が、まだ幼い顔を横に傾げ、その黒い髪を揺らす。
そうだ、あいつはこの言葉の意味も知らなかったっけ。
それで俺が教えると、
「じゃあ……にぃにって、『えいゆう』なんだ!」
「……は?」
自分には不釣り合いな称号をゆうあいつに、思わずぶっきらぼうに返してしまう。
しかし続く思いに、俺の心が揺さぶられる。
「だって~、にぃにはえほんよんでくれるしぃ~、ピーマンたべてくれるしぃ~、わんわんからまもってくれるしぃ~、かっこいいもん!」
「……」
まるで…、自分の誇りだと言わんばかりに、胸を張るその小さいあいつに、俺は何も言葉を紡げなかった。
俺は、兄だから…お父さんもお母さんもいないから…
そんな一種の責任感であいつを守っていた俺には…
でも、そうだ、そこからだ。
あいつが俺の『大切』になり、俺があいつの本当の『英雄』でいようと思ったのは。
「じゃあ…、俺はお前の『英雄』になるよ」
「え~、だから~にぃには『えいゆう』だって~」
「ふふっ、そうだったな」
「そうだったねぇ~」
そうして、俺とあいつはまだしわが一つもない顔をくしゃりとほころばせて、笑みを交えたんだ。
でも…、俺は守れなかった…。
『英雄』に……なれなかった。
◆
「けほっけほっ…苦しい……」
…久しぶりに、休みが取れたお父さんとお母さん、そしてあいつと俺で、旅行に来たのに、
「ここ…どこだ…」
…一瞬で目の前が
さっきあいつと買ってもらって食べていたお菓子が焦げている匂いがする。
ぱちぱちだったり、悲鳴だったりが聞こえる。
でも、何も見えない。
「そうだ…!ーーー!---!うっ…!げほっげほっ!」
少し前は笑い声をならしていたのどに、味わったことのない痛みを感じ、おもわずせき込んでしまうが、必死になってあいつを呼ぶ。
「げぇ…!ぐっ!ーーー!」
けれども、誰の返事も聞こえない。鼓動が少しずつ音をあげていく。
「おどぉさぁん、おがぁさぁん!」
お父さんとお母さんを呼んでみても、誰の言葉も感じない。恐怖が少しずつかさなっていく。
「だれがぁ…」
もう涙は流せないとゆうのにあふれ出てくるそれを、あいつの『英雄』の俺はこらえ、またあいつを呼ぶ。
「ーーー!」
「にぃに?」
「っ!ーーー!どごだぁ!」
ようやく届いたあいつの声。
そうして、あいつを探そうとしーーー
◆
「えっ……」
目の前に突如広がったのは、先ほどのとは打て変わった白の空間。遠くには雲の山がそびたってい、赤や黄色、青に緑、名前のわからない色も含む様々な、
しかし、目は見えても何の匂いもしなく、ましてや声など……
「そうだ…!」
あいつの声が聞こえたのを思い出し、とっさに体を動かしだす。
しかし、俺の今の
が、そんなことはどうでもいい。あいつの『英雄』が、守るものを探せるなら。
そして前と進み、探す。
「はぁ…はぁ…」
普通の体はないはずなのに息が上がる感覚を覚える。
体じゃなく、魂が疲弊する感覚。
それでも、進む。『英雄』だから。
「ぅ……ぐぅ…」
急におおきな
それでも、進む。
「ーーーー」
もう、言葉といえるものは聞こえなくなった。
それでも、すすむ。
早く……ーーーに……
もっと、はやく…………もっと、もっと…もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともとおもっともtもtもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
◆
そこは、一言でゆうならば『本』が最も的を射ている場所だった。
格子状に分かれている道の壁に、トネリコの樹でつくられた首を直角に曲げても
「ぅぅ……どうして、また……」
そんな『本』の中に嗚咽をこぼす存在がいた。
「なんで、また……」
その存在は、地界での言葉では、女神とされる存在。
純白の衣を身にまとい、彼女がうずくまる床一面を覆っているほど長く艶やかな銀色の髪。空界でも類を見ないほど整えられた顔に宿る瞳は、あまたの宝石よりも輝いている。
まさに
「…ぐすっ……」
なぜか、透明に光る涙があふれていた。
「どうして……もっと、力を、あたえれば、よかったの…?でも、それは……」
『詩』の神も聞き惚れる声で、後悔と自問が紡がれる。
女神の嗚咽と声以外聞こえない、『本』には静寂がひろがっている。
そんな『本』に、
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOおおおおおおおおお!!!!!」
「っ…!」
突如として、一つの魂が次元と次元の狭間を破り、流れ込む。
「すんっ…どうして…あなた今、
女神の悲しみは、急に入ってきた困惑に塗りつぶされた。しかし、それもすぐに驚愕にかわる。
「魂が崩れかけじゃない…!まさか…
十柱の神に聞いたら、十柱とも
「「「「無理だろ(でしょ)」」」」
と言われるほど、無謀な挑戦とも言えない自殺行為。
神ですら近づきたがらないその狭間を、ましてや人が抜けるなど万が一のもないことであった。
しかし、億が一のことをしたその魂は
『魂』の女神でない彼女でもわかるほどボロボロに、砂浜の城よりも脆いものとなってしまっていた。
「っ!」
とっさに、記憶をもとに見様見真似の結界を創りあげ、これ以上の崩壊を女神は防ぐ。
しかし、これ以上はないだけで今までの崩壊がなくなったわけではない。
「くっ!早く直さないと!この状態だといつ無になっても…!」
元々、神でありながら、人のもつ優しさを持つ女神は、数瞬前の悲しみを頭の隅に追いやり、どうにかしてこの
「この魂を使って魂同士をつなげる橋にする…それだとその橋の部分が崩れる可能性もあるので無理…なら自己修復の時間をつくり…それだと」
「…………あの……」
「っ!しゃべらないで。今、あなたは…消えかけるほどに弱っているの。だから…」
この『本』に来てから、初めて魂が言葉を発した。
か弱く、女神の衣擦れの音にも負ける小さいの音。
しかし、それでも今は負担になりえると判断した女神は魂の行為をとめようとするが、
子の意思を、女神の願いでは止められない。
「道を…道を…」
「えっ……」
魂が、輝きだしその願いが膨れ上がる。それに女神の思考は止められる。
「道を……教えてください……」
「………………なぜ?」
その願いが子から神に伝えられる。
それを、女神たる彼女は無視することはできない。
「………………あいつのそばに、いないと……………………」
「………………なぜ?」
それではない……………あなたの願いは
「…………あいつの……妹の……『英雄』だ…から………………守らなきゃ…………」
そう、それよ
その可愛い我が子の願いを、女神は、
「……………………わかったわ」
「みんな!ちょっとだけお願い!」
女神がなにかに呼びかけると、床や空中、本などから白い光が集まった見た目をした彼女の眷属が結界を維持する役割を引き継ぎ、
「検索_人_状態:死亡…………」
女神は魂の情報をこの『 』からの情報をすべてを保管する『本』から探す。
『魂』の女神ではないが、かのときから無数の魂と向き合ってきた彼女は、その瞳で魂の生前を読み取れる。
「…………あった!抽出!」
コマンドによって、低いうなりとともに、一冊の本が女神の手元に収まる。
コマンドにより呼び出された本を、女神は彗星よりも迅雷よりも速くページをめくり、魂の物語を読んでいく。
「…………違う…………かわいいけど、違う…………この情報じゃない…………」
彼の魂の物語から妹を探す。
「…………享年8年1か月59分11秒…………両親も同時に…………妹は……………………そう…………」
やっとの思いで見つけれた妹の情報、しかしそれは、
「この子は…………道に行けたのね…………」
ルール通りに
神としては喜べることであった。なぜなら来世で会えるから。
しかし、子にとっては…………
「……………………………………………………………………………………」
会ってまだ数刻にも満たない、生きていたら人ではまだ子供といえる子の境遇を彼女は本で一方的にだが知ってしまった。
「……………………………………………………………………………………」
そして、優しい彼女はかわいそうな我が子を見捨てれない。
「…………………………………………………………………………………よし……………………」
長い長い沈黙の末、女神はある覚悟を決める。
それは、数刻前に涙を流した元となる女神の『罪』を再び行うとゆうもの。
きっと、また苦しむのだろう、苦しめるのだろう…………、また傷くのだろう、傷つけるのだろう…………、
でも、彼女は目の前の子を救わずにはいられない。
だって…………
「わたしは…………、
◆
……………………
「この子がまた地界に戻るのは、ほかの神々にばれる。これは駄目ね………」
……………………………………
「……この世界の神々が手を出せない、別の神々が監督している……そしてこの子がより力を得れる……」
………………………………………………
「崩壊を自己修復するための、魂の入れ物を……これも地界にいた子を参照にするとばれてしまう……なら想像上のキャラクターをもとに…私がつくって……」
……………………………………………………………………………………
「本からあの子の性質的にあう……………………すぅ……シスコン……で……、『英雄』になれる才能を持つ…………………………ぁ、たしかこの前あの子が見せてくれた……そう、この子『夜桜凶一郎』……この子にしましょう」
…………………………………………………………………………………………………………
「本から彼の能力だけを……人格と記憶は抜かないようにして……………………入れ物の核は……私を使えばいいわね……みんなは、この『夜桜凶一郎』を参考に8歳ほどの肉体、あと武器と衣服と靴、それと食料を作ってきてほしいわ……」
………………………………………………………………………………………………………………………………あぅ
「!気が付いたのね!良かったわ~」
……………………ここは……………………どこですか?
「ここは……………そう、転生の間。苦悩と共に……………………死んだ子に、もう一度のチャンスを与える場……それでわかるかしら?」
……死ん……だ……………………
「だけど、あなたは自力で
…………すみません…………………覚えていないです……で!……でもそれより!………………死んだって……
「…………そのとおりよ。あなたは、死んで、魂の状態でここまでやってきたわ。」
……!!……でも……俺はあいつの『英雄』で!……守らないといけないんです!!……………………
「わかってるわ。私は今からあなたを、人が生きている世界に送るつもり……だから……落ち着いて、ね?」
……それなら!あいつは!………ーーーは今、生きてますか!?………
「……………………えぇ………、大丈夫………。あなたの妹は………、あなたと違って、無事だったわ」
………そ………それなら……本当に……本当に良かった!………
「……………………」
「あぁ、みんなありがとね。あとは私も………よし入れ物に入れれたわ。状態は……よし止まっているわね」
「………
……はい………
「今からまだ魂のままのあなたを転生する肉体に入れて、さっき言った通り
………はい……お願いします………………ありがとうございます……僕にあいつの『英雄』になる……チャンスをくれて
「……………………えぇ……、ーーーちゃんを……、あなたの『大切』になった人を、あなたのために守るのよ。……あなたのために」
……俺の?……
「そうよ。……それじゃあ、肉体に入れるけど、なじむまでは眠っていると思うからその間に転送しておくわね」
……わかりました…………………よし…お願いします…………そうだ…あなたは
「………ごめんなさい………………許してなんて言わないわ。でも………………」
「原初の人を生んだ『地』でありながら…、救世の怪物を人に放ち…、争いを生んだ罪人ヴァラドムは、あなたの………、君の次の世界での幸せを願ってるからね…」
…え?…次てltu/?ーーーーーーーーーーーーー
◆
もう守れないのに、嘘を言ってしまったわね
代わりとは絶対に言わないけど
あなたの『大切』がふえるといいわね
◆
目を覚ますと、初めに月が、次に森が目に入ってきた。
魂だった時よりも気持ちいい覚醒。
しかし、心は疑念を抱いていた。
「……次……」
あの人の言葉がずっと耳に残っていた。
その言葉を思い返すと、途端に恐怖にかられ辺りをキョロキョロと見わたす。
けれども、周りの景色を見ても、より焦りと困惑が強くなるだけだった。
自分が死んだと思われる、旅行先ではなく、絵本で見たことしかない深い、森の海。そのなかにいた。
そして何よりーーーが近くにいなかった。
「……でも、あの人…は、生きて…る……って」
ーあなたと違って、無事だったわ
ーあなたの『大切』になった人を
ー許してなんて言わないわ
ー君の次の世界での幸せを
「っ!!」
一気に体のギアを上げ、加速する。
しかし、前世とはけた違いの膂力に、体をうまく扱えず何度も転んでしまう。
「いっ!」
だが、そんな痛みじゃ止まらない。
あいつの『英雄』だから。
そして、あいつを呼ぼうとして、
「……あれ……?」
ようやく、気づいた。あいつの名前を覚えていない、この夜より暗く、この森より寒く、あの月より差してくる現実に。
「……………………は?……」
まだ、未発達の脳が理解を拒む。
「なん・・・」
見た目は?
「黒色で…短い髪で」 あとは、なんだっけ……
性格は?
「明るい…はず……」 そう…だよな……
声は?
「うるさい……けど…あったかい」 でも、あれしか……
思い出は?
「それはっ!覚えてる!あいつが『英雄』だって!」 言ってくれた!……
それ以外は?
「……それはっ!…………最後に……俺を、呼んで……………………」 死んだ?
じゃあ最後
名前は?
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
死んでなんか!!!忘れてなんか!!!
してないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてないしてない
…………どれほど、走ったかはわからない。
…………時間は一度昼が過ぎたはずだが、どうでもいい。
走り疲れたのか、叫び疲れたのか、もう声を上げる気にもなれず、また暗く寒い夜の森を歩いていた。
ーどこに行くべきなんだろう……ー
それは、道のことか、心のことか…………
「……わからない」
もう何も感じたくない、
でも、歩く。歩き続ける。
「small》いたい《/small》」
「……?」
急に聞こえてきた。
確かに聞こえた。
あいつより、無感情で無機質な、でも聞こえた。
声のするほうに近づいていくと、犬よりも狼よりも大きい犬に似た化け物が、誰かを襲う後姿が見えた。
その化け物は俺に気づいたのかちらりと俺がいる背後を見た途端、俺のほうが危険だと思ったのだろうか、
勢いよく振り返り、唸り声をあげながら嚙みつこうとしてきた。
「ウルルルルルウアオウ!!!」
「……」
が、今の俺の体が動き、糸を取り出し、一瞬のうちにその頭と胴体を離れ離れのものにした。
前世では逆立ちしようができない、鮮やかな技。
それも、なにもかんじなかったが。
なぜか灰になった化け物を後目で見ながら、襲われていた誰かに近づく。
化け物が襲っていたのは、少女だった。
その少女は、髪はその腰まで線を引き、髪と瞳は夜でもはっきりとわかるほど白い。
あいつとは、似ても似つかない見た目だった。
あの人の、残っていた声が聞こえる。
ーあなたの『大切』に
もうーーーはいないからって、代わりを見つけろってことかな
なら、ーーーと似てもいないこの子は…別に………
「「……」」
二人の沈黙が夜の森に響くのを、月と木々だけが見ていた。
でも、あいつの『英雄』は……、
「大丈夫か」
「…………」
そうだ、きっとそうする。