女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
爪と鋸が、硬質な穢れとトンカチがぶつかり合う。
戦闘方法自体は
ただしそこへ織り交ぜられる不可視だったり不可視でなかったりする穢れの攻撃が厄介だ。硬質化させることも身体をすり抜ける程薄くすることも思いのまま。もしすり抜けた状態で硬質化されたら、まぁ、尾に対する攻撃と同じようなことが起きるのだろう。
大きく振りかぶった右腕。振り下ろすトンカチは彼の顔面を捉えることなく外し、姿勢が崩れる。
見せた隙への攻撃……は、来ない。「チ」と小さく吐き捨てながら、かかと落としを空に切ってその場を離れる。
「女児のかかと落としなど容易く受け止められるだろうに、何をそんなに恐れるのかわからんな!」
「あなたは容易く受け止めることのできるような、自身の隙となり得る攻撃をそう易々とはしないはずだからね」
「良い信頼だ! 反吐が出る!」
そう、たとえ彼もまた吸う側の存在であっても、私の浸透は効果を成すはずだ。
足か手、そのどちらかさえ当てることができれば、……まぁ一回じゃ無理だろうけど、浸透と消費で弱体化させることはできるはず。
何も無い空間を殴打する。
直後、そこに穢れのスパイクが現れた。
「なんだ断罪されたいのではないのか」
「私が勝たば、それは道理であり摂理だろう。あなたを下し、この世と共に消えることを選ぶよ。それもまた氏族による私への断罪と見做すからね」
「だったらお友達の神族にでも殺してもらえばよかろうものをな!」
「顕には無理だね。彼は優しすぎる」
「優しさとは、友を静かに眠らせてやることではない、と?」
「彼は共に逃げる道を探すだろう。私が何も気にしなくても良い場所へ、と」
「ハ、想像に難くないな」
次にぶつかり合うは足と爪。切り裂かれて終わるはずのそれは、しかしまたも硬質な音と共に弾かれ合う。
凛凛さんの包帯はしっかりと左腕にある。だというのになぜそれが起こったのか。
「幽鬼の足……!」
「まさかこんなに硬いとは思わなかったか?」
「いや……あなたの魂の欠片だというのなら、納得だ。その結合がこの世の何よりも硬いものであるだろうから」
そうさ。
あいつが遺した、私と融合した幽鬼の身。
ただし正確には幽鬼ではなく物質化した魂とでもいうべき部位だ。肉体と成り代わったそれらは、私の魂と同等の強度を持つ。
易々と壊されるものではない。同時に弱点剥き出しのようなものだから、まぁハイリスクハイリターンではあるな。普通に工具か包帯で受けた方が良い。
踏み込む。振り下ろされる爪に合わせた突進は、角度的に私を切り裂かない。
目の前の歪みは穢れ。不可視化されたそこへ突っ込めば、濃度を高くされて終わり。
故に心臓の穢れを解放する。四千七百年分の穢れを、七万年分の穢れで押し流す。
一手。
「『灰翼』……っ、無理か!」
浸透は左足のみ。それ以上いこうとあの場に留まっていれば串刺しだったことだろう。
「ここの理性無き鬼を倒す時にもその言葉を吐いていたね。聞き取ることはできないけれど、どんな意味があるのかな。それともあなたの楽土における輝術のようなものなのだろうか」
「ただの自己暗示だよ。あとで回収するとはいえ、魂を切り分けるんだ。それを正当化するための自己暗示」
左耳に感じる冷たい感覚。たらりと流れ落ちるそれは……血か。
避け切ったと思ったのだが、斬れていたか。まぁどうでもいい。動けない傷以外は無傷と同じだ。
「しかし悠長だな、お前は。青清君と玻璃がここを見つけるのもそう遅くはなかろうに」
「顕は優しいからね」
「……友を見殺しにするために、あの二人の前に立ちはだかるか。酷な役目を押し付けるものだ」
「願われないと動くことのできない彼らが、私の願いを叶えられなかった。だからこその、と言っていたかな」
「殺してくれ、などという願いを聞き届ける神族はそうそういなかろうさ」
だんまりのメゾンド祆蘭。責めることもできないのだろうな。
こいつら、結局どこまでいっても甘ちゃんだし。もし
ま、悠長なのは私も同じだ。もし顕を抜けて鈴李と玻璃が入ってきたら、面倒になる。
さっさと片付けねばな。
「お前の不始末! お前の欲望! そのためだけに私と青清君の逢瀬を邪魔した罪は重いぞ、元帝!」
「そうだね。それは確かに謝ろう。申し訳ないことをしたよ。──それも込みで、裁いてほしいかな」
「断る。莫迦者め、誰が恋路の邪魔への報復に殺人を犯す。そういうのは螺子の飛んだやつだけで充分だ」
「紊鳬の悪口は見過ごせないかな」
「なんだ、扇動したのは紊鳬の方だったのか?」
「違うよ。けれど恋路の邪魔をされて彼女が怒ったことも事実だ。──折角うまく行きそうだったのにね」
……だろうな、とは心のどこかで思っていた。
魔性の女だな、アイツ。
「利用する気満々か」
「私達は気付いてしまったが故に、だからね。彼女など、その最たるだろう?」
「同情することも絆されることも無いが──ま、憐れだな。憐憫を向けよう」
少し。ほんの少しだけ、爪に込められる力が増した。
それは嫌か。なんぞ、くだらん矜持があるらしい。
矜持がある内は悪事になど手を染めるなよ。心が折れるだけだぞ。
「『花に枯れども』、『夢現』!」
込められた力の方向に鋸を下げて陽弥を釣り出し、左腕と胴体に触れる。
よろめく彼にさらなる追撃を行おうとして……真横からぶん殴られた。……穢れの押出か。
ならばと押し出された穢れにトンカチを立てる。爪を立てるように釘抜きをぶっ刺して、削れる脇腹に灼熱を覚えながら膝蹴りをかます。
「『輪生葉とも』」
さらに絡みつく蛇のように膝を首へと回し、その全身へ手を──当て、られなかった。
空振った。
下を見れば、滅多に見せないギラついた笑みを浮かべた彼が。
子供の姿になって、両手の爪を光らせる彼の姿が。
身体を丸める。ジャグリングのようにトンカチと鋸を持ち替え、包帯と鋸で身体の側面を守れるようにしてから落ちる。
衝撃。斬撃なのか打撃なのか判別のつかないものが全身を襲うのが分かった。
「で」
落ちる。
落ちる。
そのまま……防げなかった部分に灼熱を覚えながら、だらだらと赤を流しながら。
「だから、なんだ」
くだらない。そのまま切り裂くことも圧し潰すこともできただろうに……最後の最後まで加減しやがって。
「……仲間の悲願を、私が終わらせるわけにはいかないからね」
「ならばハナから断罪など求めるな。『鳥雲に入る』」
その頭蓋に、血塗れの手を置いた。
聞こえたのは呼気。小さく小さく息を吸うその声。
「……祆蘭」
「なんだ、玻璃」
「陽弥、は」
「見ての通りだが」
仰向けに倒れる彼。その頭に手を置く私。
動かない彼。振り向く私。
「おっと。どうやって神族を抜けてきたのかはわからないけれど、お姫様を害そうとするのなら私が相手になるよ、黄征君」
「お前元帝との戦いでは何もしなかったクセに、今更護衛気取りか?」
「何を言うこともなく輝術を使おうとしていたからね。刹那を稼ぐ壁くらいにはなるだろう?」
まぁそうだな。今潮じゃ壁にもならんと思うが。
強いて言えば……障子?
「なぜ、などとは……問いません。成功例の鬼、というのが陽弥だった。陽弥は嘘を吐いていた。なんとでも考えられます。……あなたの怪我の具合を見れば、襲われたのはあなたである、ということも」
「そうか。ならばその殺気はなんだ、玻璃」
「なん……でしょうね。紊鳬が死した時にも感じたもの。月織が消えた時にも覚えたもの。……私は皆の顔すら知らないのに、おかしなものです」
顔布の内側から……涙が流れる。
ふむ。
「やっぱりだめだな。断罪など無しだ。あの玻璃を見て、お前、先に逝けると本気で思っているのか」
「え?」
「……やれやれ。我が母ながら……なんだか幼子を相手にしているような気分だよ。年齢的には……ああでも、神門様は七万年を生きているのだったかな」
解析……完了。
発見。
「成功例の鬼。名前は?」
「
「……一瞬痛むだろうが、我慢しろよ、男の子」
全身に浸透させた私を使い、肉塊とのリンクを持つ鬼……というか幽鬼塊だけを消費する。
まぁそれは、麻酔無しに内臓をもぎ取られる程度の痛みだろうけど……今更だろ?
「っ……!」
「はい、終わり」
ひと際大きな揺れが響く。
穴の方へ行ってみれば……肉塊が活動停止し、セメントの海に倒れ伏しているのが見えた。あれが動かなくなればセメントも固まる。あとはまた二人に生成してもらって完全に埋めてしまえばいいかなー。
「え……え、あれ」
「私が陽弥に渡したものは溶岩石の念珠。煩悩を消し去るだけにあらず、多孔質で穴だらけ、軽い、なんかの性質を有するもの。陽弥の身体がそうであるのなら、取り込んだ幽鬼や鬼は異物だろうから、見つけやすいんじゃないかと考えたんだ。そして案の定だったな」
発泡スチロールの中に鉄球が入ってる、ってくらいの異質さだったよ。除去除去。
「戦力があるとわかった時点で殺すつもりは無かったさ。馬鹿馬鹿しい、対氏族の貴重な戦力をなんで私が殺さにゃならん。死にぞこないには死にぞこないの役割があるんだ。……とりあえず家族を泣かせないくらいの甲斐性は見せろよ、莫迦息子」
あー疲れた。
手加減に手加減を重ねられていたとはいえ、傷は傷。あのな、別にバトルジャンキーってわけでもないんだ私は。ちゃんと痛いんだぞ? わかっているのか?
「……鈴李~」
「なんだ珍しい、弱った声を出すものだな」
「穢れを抑え込むのは媧に手伝ってもらうから、私の身体の治療……というか包帯やらなにやらは任せる……日数を考えると黄金城で治療、というわけにもいかないからなぁ」
なんでもない顔で鈴李と顕が現れたこと……については、まぁ余計な世話焼きのせいだろう。スで始まってイで終わるやつの仕業だ。
「……お前は。目を離すとなぜ毎回毎回血塗れなのだ。……先ほど祭唄から伝達があった。幽鬼のことは任せてほしい、だそうだ。だから、一日程度で良い。傷の治りの早まる黄金城へ行くぞ。玻璃、良いな?」
「……」
「おい玻璃?」
「へ? あ、は、はい。……いいです。伝えて……おきますね」
なんか若返ってないか?
驚きのあまり声がこう……裏返ったというか、幼くなったというか。
「穢れの濃淡を操り得るのなら、輝術師に触れたとてそっちが痛む程度だろう。なら抱きしめてやれ。天染峰に無い文化だというのは知っているが、玻璃の楽土ではそういうものが好まれていたらしいぞ」
「そうなのかい? ……仕方ないな、口車に乗せられてあげよう」
接触なんか欠片もなかったらしいメルヒェンディストピアで、はっきり見ることのできる男性に抱きしめられること。
ないだろうなぁ。基本的に自分からやる分にはいいけど他人からされるとドギマギするタイプだし、こいつ。
醴泉處での手掛かりがなんだったのかは……次起きた時に聞こうかね。
目を覚ますと、あの暗い空間だった。
「ん、何用だ
「軽イナ……もっと驚ケ」
「目が覚めた時におかしな場所にいても驚かないことは、私を通じて見ていたんじゃなかったのか」
「ウレの行動を四六時中監視していたわけではナイ。オレが見ていたのはウレが死地に飛び込むところだケダ」
「物好きなやつだな」
夢の中。ぐぐ、と身体を伸ばす……けれど、伸びた感じはあまりない。
「で、何の用だ」
「意思表明ダ」
「なんの?」
突然パッと明るくなる周囲。おいやめろ、記者会見のフラッシュを思い出すだろ。一応私のトラウマ扱いらしいぞアレ。邪魔だなぁくらいにしか思ってなかったけど。
……あー。
「勢揃い、か?」
勢揃いだった。
この真っ暗な空間に、
ん、五人?
「
「最終調整をしてイル。手が離せナイ。だが意思は受け取ってキタ」
ほーん?
で、なにこの仰々しさは。あと半分くらい自分の身体が光ってることを自覚してくれ。眩しいんだよこの暗い空間だと。
「遺憾ながら……私が代表して話す」
そう言って出てくるは、媧。私の姿をした、私ではない者。
彼女は……私の眼前で片膝をついた。
「我ら華胥の一族。否、神族は、これより
「……」
「が、それは我々の矜持が許さない。必ずや氏族に報いを受けさせ、この光界なる匣を解く術を見つけよう。氏族の術を学ぶ必要がある故、幾年かかるかはわからないが……必ず貴女を……今度は我々が助けに行く。それをこの場で誓う」
「誓う。誰に? お前達が神なのだろう」
「故に、己に、だ」
そうかい。
「シェンラン。解き放つ者。世界を選ぶ者。天火を持つ者にして、幽谷にてひそりと咲き誇る者」
「……」
「感謝を。そして……しばらくの離別を」
ああ。だからそんなに仰々しいのか。
「次に貴女と我々が
「ふむ。せっかくだ。昔の媧、というものと喋ってみたい」
「は?」
いやだって。
「昔はもっとお淑やかだったのだろう? それが私のせいでこんなぶっきらぼうになってしまったと聞いた。昔の媧はどんなだったんだ」
「……最後のお願いぞよ、媧。やってあげるぞよ」
「そうだよ媧。恩人なのだから、ね?」
「サニウエンなりの気遣いだろウガ、願いは願イダ。媧、何を俯ク」
「まーオレはその恥ずかしさわかるがよ、こいつにゃ多少なりとも恩があんだ。つゥか、願われねーと動けないからオレ達のことは嫌いだ、とか言ってたくせに、いざ自分が願われたら何もできねぇってことは……ねェよなァ?」
総攻撃である。
愛されているなぁ。
「……ふ、ふん! わかった、わかった。……あー……。……だから……」
雰囲気が変わる。
いつものカリカリしたそれから、凛としたものへ。
「シェンラン。貴女に出会うことができたこと……貴女が、わたくしの意思を封じ込めてくれたこと。当時は怒りもしましたし、すぐにでも次の宿主を、などとも考えましたが……ふふ、貴女の中に留まったことは、長き神生の中でも最良の決断でした。わたくしは……貴女のことを誇りに思います。そして、世界が終わるその時まで、あなたの存在を忘れないことを誓いますわ」
「似合わん」
「……はい?」
「うん、やっぱり似合わん。え、お前達この媧と防衛戦やってたのか? 全然似合わな──」
気付いた時には身体がぽーんと跳んでいた。
顔面をテレフォンパンチされたのだ。さらにアッパーカットも。
「いやー、これが本当に素の媧なんじゃよ。だから吾らはあんなに驚いていたんじゃ」
「もう少しお淑やかな、とかって言ってたから、変わってもちょっとだけなのだとばかり」
「今は理由が分かったから良いけど、
「確かに……
「オイ」
「オレは、実際にそのつもりでいたかラナ。何も言えナイ。……顕も半ば裏切っていたようなものだろウニ、他人面すルナ」
「うるせぇな。オレはいいんだよ、元から後発組だし、オレはオレでやることやってたんだから」
「オレだってやってイタ」
騒がしくなり始めた神族。
その中でわなわなしている媧は……正直可愛らしい。姿形が私とはいえ、正確には「祆蘭ちゃん」の姿だからな。
もうちょっと髪を括って、服もおしゃれして……目元周りをふんわりさせればいいのに、とか。
……何を今更。
「私のことを助けるとかは正直どうでもいい。出たくなったら自力で出る術を探す。……が、まぁ、願いはある。今みたいなおふざけじゃない、ちゃんとした奴だ」
「私に恥をかかせたことをついでのように言うな……!」
「あ、戻ったのじゃ。戻った媧も吾は好きだから安心するぞよ?」
「うるさい!」
まぁあの二人は無視するとして。
「同一因子……というか、現輝術師、平民、そして鬼を見捨てないでやってくれ」
「……」
「暴論だがな、あいつらはお前達のせいで生まれた命だろ。お前達を薄めるために生み出された命だ。それが氏族の尖兵に見えるのだとしても……力の無い人間だ。もしかしたら、というかほぼ十割の確率で、元々お前達神族を崇めていた"外の人間"は死しているのだろう。あるいは氏族に鞍替えしているか。……そいつらと比べたら愛着は湧かんのだろうが、まぁ、私の顔を立てるということでここは一つ」
これから彼らを放り出す者として。
見知らぬ地に。何があるとも、私ですら把握していない場所に人々を送り出す存在として。
「目から遠ざかれば、心からも。見捨ててしまえば忘れるだろう。人間の生生流転は早いからな。……頼めるか、神族」
「承ッタ」
「当然だろ。テメェに言われるまでもねェ」
「吾は元から人間が好きぞよ~」
「そうは言うけどね、祝。君は大きいのだから」
騒がしくなる神族を背に……媧が前に来る。
そして。
抱きしめられた。
「……断る」
「おい、抱きしめておいてなにを」
「私は有象無象よりお前を優先する! 有象無象への下賜は他の奴らに任せればいい! そもそも華胥の一族と呼ばれる私達だけが神族なのではなく、輝術師に溶けてしまった神族も多くいる! その者達がそちらはやってくれるはずだ。だから私は、私だけは、お前をこの匣から出す研究を優先する」
あー。
駄々っ子か?
でもまぁ。
「私の楽土には、葡萄はお互いを見ながら熟す、という諺があってな」
「……どういう意味だ」
「さてな。自分で考えろ」
それができる時間があるのだから。
「話は終わりか? ああ、こっちから聞きたいことなど何もない。願いは今のものだけ。──よい、っしょ!」
抱き着いてきている媧を抱えあげ──祝の方へぶん投げる。「きゃあ」なんて悲鳴が聞こえた気がするけど気のせいだろう。
「上手くやれよ、神族! 私も上手くやる!」
返事は──。
目が覚めた。
伸びをすると気持ちが良い。
時間は……朝か。ちょっと寒いのは、接近不可命令が出たからかな。黄金城の温度を整える輝術師がいないのだろう。
周囲には誰もいない。
メゾンド祆蘭にも誰もいない。
丁度いい。
青宮城と同じ作りなので、ぴょいぴょいと城を登って屋根の上につく。
早朝の寒い空気と、雲一つない空の光。
未だグラデーションを描くその空には微かに星々も見えている。
「宣戦布告をしに来た」
大声ではなく。
剣気も威圧も尊瑤も出さず。
ただ言葉を導く。
「同一因子というのだ。あるいはそちらに……祭唄や夜雀、そして鈴李のもととなった氏族もいるのかもしれない。だから言おう。だから言葉にしよう」
サムズダウンで。
「投降するなら今の内だぞ。優しき心を持つ者であれば、これよりの戦いは苛烈となろう。同調圧力で神族を閉じ込めてしまっただけだというのなら、謝れば多分許してくれるぞ」
反応は──無し。
「では開戦だ。まぁ安心しろ、私がお前達のもとへと辿り着くことはない。だが──」
ある星。その一粒目掛けて──剣気を飛ばす。それはいつもの放射状のものではなく、刺し貫くかのような剣気。
織り交ぜられるは穢れ。尊瑤。そして、我が魂。
張り詰めた弓を思わせる剣気の糸を……釣り、上げる!
星海からの一本釣りだ。
当然起るは流れ星。流星。群星。
この小さな光界に向かって降り注ぐ巨星は。
「ブァッハッハッハ! ブァーハッハッハッハ!! 一番槍は儂が頂こう!」
光界に入ったその瞬間、ぶった斬られる。
声が響く。声が響く。声が響く。
「おう、聞け、お主ら! 天染峰という地に住まう者たちよ! 起きよ、目を覚ませ!」
前に立つ者が、ようやく調子を取り戻した者が。
「聞けば儂らの州につけられた色には意味がないらしい。聞けば儂らは天に坐す星々に管理されているらしい。ブァッハッハッハ……ああ、全く以て腹立たしいな!」
両断された巨岩──否、断面は岩ではない──はさらにさらにと斬られて斬られて。
「なれば儂らで意味をつけてやるしかあるまい! 星々の意など解する理由が無い! 儂らは儂らのために生き延びたのだと、生き続けたのだと!!」
砂塵となって、光閉峰の側面に叩きつけられるに終わる。
「儂の名は
続く。
「我ら
「他州には決して後れを取るなよ! なにせ、新帝に真っ先に負けたのが我らが州君だからな! 我々州民が良い所を見せつけねば、火の名も武の名も泣こうと言うもの!」
「生まれの州は違えども、武に焦がれて赤州を終地と選んだ者も多いはずだ! その我らが壊されるばかりで何が赤州か! あとここで武を見せつければ次代赤積君の座もあるんじゃないか!」
「ブァッハッハッハ! 好き放題言ってくれるわ! だがその通り! 儂が負けぬ限りは負けぬのだから、さぁ──新帝よ!」
……宣戦布告だけのつもりだったんだけどなぁ。
うるさい変なのが出てきたせいで……。
まぁ、開戦ではあるか。
「寄越せ! 獲物を! 全て我らが潰してやろう! 先陣は我らが、儂らが──拓いてやる!」
「戦端を開いたのは私だがな。まぁいいさ、そんなに『テンション』高いなら、もっともっと釣りあげてやろう。何もできぬ同一因子ではないと見せつけてやれよ、人間」
今度は三つ。瞬く星々に糸を刺して、無理矢理に引っ張り上げる。引き摺り下ろす。
「大言壮語でないことを祈ろうか、赤州」
仲間の一人が殺されたというのにリセットは起きない。
いいや、見えている。わかっている。
噴火を起こす穢れは残っていないと教えたのだ。
「……朝っぱらから煩い山賊の声が響いておると思ったら……焚きつけたのはお前か、祆蘭」
「私のせいにするな。勝手に飛び出したのだ」
「あ奴が飛び出さねば、どうする気だったのだ」
「誰かがどうにかしただろう。天より
さぁ、さぁ、さぁ。
前哨戦ではあるが──ここでできるだけ削るぞ。海を匙で乾涸びさせるような行為なのは知っているけれど、活気づくのは良いことだ。
今この時点でくだらんことを考えているやつ。企てているやつ。
諦めて武器を取るんだな!
共通の敵の前では、そんなことをしている暇などないぞ──。
「隣にいても問題はないか?」
「穢れが気にならないなら」
「今更だ」
「そうだな。……ああ、破片なんかが私の方へ飛んで来たら弾いてくれ」
「無論だ。……結局逢瀬で二人きりの時間は少なかったから……少々周りは煩いが」
ぴとりとくっついて。
「この世の終わりのような光景に、そして幕開けの光を肴に……共に過ごそう、祆蘭」
「ああ。これを美しき光景と捉えようさ、鈴李」
そう……。
そう、だな。
「……なぁ雰囲気ぶち壊してもいいか?」
「その言葉を吐いた時点でぶち壊れている。なんだ」
「釣竿、わかるか。生成してくれ」
「はぁ……」
生成されるは……簡易な竹の釣竿。まぁ漁があるからな。こういうものはあると思っていた。リールなんかはないけど。
「何をする気だ、こんな上空で」
「いやぁ、毎回毎回氏族を釣り上げるのに、無手ではどうにも『イメージ』がな」
「……そうだ、早く覚えねば……」
「ちなみに今のは印象という意味」
お。
屋根に上がって来たのは……縄を握った祭唄。
その縄の先には、数多の幽鬼が。
う、うん。
「安心して。逢瀬を邪魔するつもりはない。私はこれを届けに来ただけだから」
「その……あとで祆蘭の文字の覚え方を共有してほしいのだが……」
「その覚え方も忘れちゃうんだから、自分で頑張って。じゃ」
「あぁ……」
なんか、良い関係になったなこの二人。
雨降ってジ・エンドって奴か。
「新帝同盟も今ちゃんと動いているし、もう少ししたら夜雀も遊びに来るから。またね、祆蘭」
「またな。天遷逢まではいつでも来て良いから」
「ううん。こういう、恋人同士が密になる時間にはあまり来ないつもり。それじゃ」
その知識の出所って。
……まぁ考えないでいいか。
「しかし『釣りデート』とは、中々オツなものだな」
「だからわからぬと……! ぬ、この単語群と絵は……! お、おお! 礼を言うぞ、祭唄!」
「ふふ、励め励め」
天遷逢まであと三日。
別にずっとここにいるつもりはない。というか昼間になると星々の位置がわからなくなるからやりようがないというか。
だから夜は釣りデートで、昼は英気を養う、になるかな。
昼間に攻撃を受けたら……昼夜関係ない鬼に動いてもらおう。穢れが身体を操る? そんなもん意志で捻じ伏せろ。
なぁ、新帝同盟。
お前達も実はそろそろ暴れたいんだろう?