女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百二十話「茶葉のパラドックス」

 醴泉處(リーチュェンチュ)

 酒を作っている場所、というだけあって、まー酒臭いその場所は……なんというか、想像していた蒸留所とはまるで違った。

 当然ではあるのだけど、機械らしい機械がまるでない。蒸留器もポットもないから──作業、及び工程はオール輝術。

 

 酒は毒派の私でもこれは……あー、光界を出たら酒が飲めなくなって絶望する者が現れそうだな、とか。

 ただ……こちらも当然なのだけど、私に蒸留器やら醸造所やら、酒に関する機械・施設の知識は存在しない。嫌いだから。……我慢してくれ、としか。

 

「それで、手掛かりんむぐ」

定希(ディンシー)様はいらっしゃいますか? 私、黄征君に遣わされた風利(フォンリー)という者なのですが」

 

 鈴李に口を押さえられ、さらに抱えあげられる。なんだなんだ。

 

「ん……そんな連絡は来ていないが」

「ええ、今黄征君は新帝への問い質し及び……いえ、問い質しのため、新帝のいる廟へ向かわれておられるので」

「訳ありか。はぁ、黄征君の秘密主義は今に始まったことじゃないが、巻き込まれるこっちの身にもなれってんだよ。アンタもそう思ってんだろ、その口振りじゃ」

「否定はいたしません」

 

 特に怒ってすらいないのは……まぁいつも言われていることだから、だろうな。

 黄州でのひそひそ話は全部聞こえていただろうし。

 

「素直でいィね。わーったよ、定希さんを呼んでやる。……で、後ろの二人は?」

「母と、妹にございます」

「……娘と姐の仕事についてきたのか」

「言っても聞かぬので、いないものとして扱って頂ければ」

「ウチの媽媽もそんな感じだからよくわからァよ。……少し待ってくれ、だそうだ。今書類を書いている最中だから」

「ありがとうございます」

 

 情報伝達を挟みながらの会話ってこうなりがちだよな、なんて思いながら。

 抱えあげられたままに周囲を見渡す。……手掛かり。手掛かり手掛かり。

 

 酿庵(ニィァンアン)の手掛かり……。

 そもそも酿庵を知らない、というのはそれはそうで……。

 

 しばらくして、定希なる者がやってくる。女性、か。珍しいな。

 案外というほどでもないけど、朝烏さんみたいな例外を除いて、宮廷は割合男社会だ。輝術の力量やら何やらで決まる世界とはまた別に、貴族社会、役人社会があって……ってまぁその辺はよく知らないんだけど。

 とにかく、こういう場所で「慕われている、あるいは上司である女性」というのは珍しいのだ、ということ。

 

「初めまして。定希と申します。早速でございますが、黄征君からの直接の伝達では適わない事情、お察しいたしました。どうぞこちらへ」

 

 ついていこう……かとも思ったけど、玻璃ならなんとかできるだろう。

 ここは。

 

風姐(フォンジェ)、ここで待ってる、ね?」

「はい。……皆さまの仕事の邪魔をしないように。いいですね? ……媽媽、わかっているとは思いますが」

「ああ。お前の迷惑となるようなことはしない」

「既に迷惑なのですが……いえ、これ以上時間を取らせるわけにも行きませんね。申し訳ございません」

「いえいえ、素晴らしい家族愛だと思いますよ」

 

 ここは、別行動をすべきである。

 

 

 さて、改めて。

 

「すまないな、娘が……」

「ははっ、そりゃ実はアンタにも返って……っと、余計なことは言いやせんがね。娘さん……ああ、こっちのお嬢ちゃんは、まだ十五になってねぇだろう。酒、興味あんのかい?」

 

 無い。毒だろ。

 そういいかけた。

 けれど。

 

「……綺麗」

 

 まぁ……酒そのものは好きじゃないけど、蒸留器に入らず輝術オンリーで蒸留される酒は、綺麗だ。液体の煌きが美しい。

 

「お酒は……美味しい。です。聞く?」

「すまぬ、まだ言葉が」

「いや気にしねえですよ。んで酒が美味いか、か。あー……まぁ、俺は不味いと思ってる」

「疑問。理由? あー……理解、理由? 違う……理由、労働?」

「まずいと思ってんのになんで働いてるか、ってことでいいか?」

 

 頷く。私の最上級丁寧語は幼稚な印象を与えるそうなので、これで行こうと思う。

 本当はそれじゃダメなんだけどね。

 

「輝術師ってのはさ、嫌なことを忘れることができねぇ生き物(イキモン)なんだよ。遠征先で誰かが死んだとか、幽鬼や鬼との戦いで誰かが死んだとか……まぁ怪我して兵士として使い物にならなくなった、でもいい。で、そういうのってのは、割り切って乗り切るしか()んだわ。俺は平民に友人がいんだけどよ、あいつらは忘れるってことができる。嫌なことも、考えなければならないことも、友人や家族の死も……そん時の辛いことぜーんぶ忘れて、新たな一歩を踏み出せる」

「死ぬ……怖い。疑問?」

「はははっ、嬢ちゃんの歳じゃまだわかんねぇか! ……とにかく、そういうさ、忘れたくても忘れられないのが輝術師なんだ。けど、酒はそれを忘れさせてくれる。一時的だがな。素面に戻れば全て思い出すにしても、酒を飲んでる間だけは何もかもわからなくなって……ようやく本音の弱音ってモンが吐き出せるんだ。だから俺達が作ってるのは薬なんだよ。輝術師の心をちっとでも楽にする薬。ほら、良薬は口に苦しっていうだろ? だから問題ないのさ、俺が酒を不味いと思っていようがな」

 

 ……まぁ。

 それを否定する気はない。そういう使われ方をしていたことは……地球でもそうだった。身に染みてわかっているわけじゃないけど、誰もが嫌なことを忘れるために飲み明かして……あるいは考えなければならないことがあっても、この時ばかりはと喜びの感情を得るために祝杯をあげて。

 酒は薬、か。まぁドラッグにしか思えんが、……そうさな。

 

「誰、理由? ……貴族、輝術師。理由? あー……んー……。経験?」

「嬢ちゃんは賢いな。……そうだ、黄宮廷に住んでりゃ誰もがこうなるんだよ。ここは……嫌なことばかりだ。嬢ちゃんも大人になったら、行政区画じゃねぇ場所に就くと良いぞ。誰かが突然いなくなるなんてザラだからな。前線でもねーのに」

「理由?」

「どうして、ってのは……俺もわかんねぇ。何かやらかしたか、嫌気が差して逃げたか。醴泉處でもそうなんだから、他のとこでも、だろうさ」

 

 意識が切り替わる。

 社会科見学から、現場の声のインタビューから……手掛かり探しの方へ。

 まだるっこしいのは性に合わない。だから今酿庵の名前を出してしまいたい……けれど、それは玻璃がやってくれるだろうから。

 

「嫌う。薬、私……」

「はははっ、そりゃそうか! けど、実際に薬酒ってのも存在するんだぜ。嬢ちゃんが大人になったら飲まされるかもなぁ」

「私、したい。飾る、綺麗」

「酒の飾り物? ……考えたこともなかったが、確かにアリだな。どれ」

 

 名前も知らないその男性が、今蒸留中の酒の一部を掠め取り、更に瓶の一部を浮かび上がらせる。

 瓶を液状に変形させ、酒をぐるりと取り囲み……球体へと変えた。そして、そのままだと置くことが難しいと思ったのだろう。下部となる部分を平たくして……私に渡してくる。

 

「やるよ、嬢ちゃん」

「……媽媽、お金」

「ああ、支払おう」

「いいっていいって! これくらいの量なら誰も気にしねえし、受け売りみたいなもんだからな、これは」

「……? 貰う、売る?」

「受け売り。……墓祭りで、似たようなのを見たんだよ。鎮魂水槽(ヂェンフンチーツァォ)って工芸品。青清君から帝……っと、元帝に贈られたものでさ。……正直、驚かされた。俺達にとっちゃ硝子の液体が入っている、なんてことは特に何でもないことでさ、何をみんなざわついてんだ、って思ってたけど……誰かが美しいというたびに、そういう……なんだ、俺達の偏見? 先入観? みたいなもんが剥がされていくのを感じてよ。それから……日常に戻って、この酒造りには特に何も思わないでいたんだが……今嬢ちゃんに綺麗、って言われて、その感覚を思い出したんだ」

 

 まぁ関係者が二人とも目の前にいるからな。

 それとも、これも呼応だったりするのか。

 

「薬でも不味いモンでもねぇ、俺達は綺麗なモン作ってるんだって思ったら、なんとなく贈りたくなった。つーわけで、これは俺の気持ちだ。受け取ってくれよ」

「私、違う。青清君」

「贈る相手が誰だろうと関係ないのさ。俺が今誰かに綺麗なモンを贈りたくなった。それだけが大事なんだよ」

「……了承。貰う、理解」

 

 受け取る。なみなみと、ではなく気泡の一つもなく封じ込められた酒。

 それの入った置き物。

 日光の当たる場所へ出て、日差しに球体を透かせば……おお。

 

 美しい。

 その陽光が偽りであるとしても……。

 

 ……。

 

「消える。人。……渦……理解、想定、予定調和? 違う……渦、広がる、弟子、薬師……集団……生贄」

「ん、どうした嬢ちゃん」

「必要、拡大鏡……無い。諦める、理由。理由? そうだ……たとえ同じことが起きるのだとしても、内部の理由は違う。今潮が鬼となった理由はなんだ。亡き妻のため。捻じ曲げられた意志のため。ならば……」

 

 踵を返す。

 鈴李と男性の制止の声を振り払い、醴泉處を出る。

 各地の三古厥が全て同じ形をしているというのなら、あの日進史さんに見せられた青宮廷の地図は、ここでも役に立つはず。

 案の定だった。宮廷はかなり入り組んでいるけれど、青宮廷や黒宮廷を想定して突っ走った最短ルートで裏門まで来ることができた。

 酒の瓶を抱えて走る。守衛の「どうしたんだ君!」という声も無視して、あの場所へ。

 

 結衣の碑のある、あの場所へ向かう。

 

「今潮!」

「はいはい。よく私が見ていることに気付いたね、お姫様」

「もう今更だろう。教えろ、お前が鬼となる際に生贄とした者は、どこに埋めた!」

 

 視線はずっと感じていた。だからこいつがいることになんの違和感もないし、呼べば来ることも知っている。

 走るのでは遅いからだろう、抱えあげられて……鬼火ブースターでの飛行が始まる。

 

「いたた……穢れの吸われ具合がとんでもないね。これは、すぐに手放したいところだ。……で、生贄をどこに埋めたか、だって? 埋めてはいないよ。薬にしてしまったからね」

「それだ!」

 

 渦理論であれば、「事象の呼応」は()()()はずなんだ。

 今潮の弟子皆殺しの上での心中は、第二の渦にて集団自殺事件になった。今潮が鬼へとなった事象は、では何に変わったのか。

 答えはそう難しいことじゃない。鬼を広げることができない以上、広げやすいものが広がる以外ない。

 

 つまりは穢れ。同じ渦にあった酿庵は、より強大な穢れを持つ鬼へと変わったはず。しかし、点展以降の若い鬼の存在は確認されていない。

 いるはずだ。いたはずだ。「成功例」の鬼と、「酿庵」という鬼の双方がいなければ、この話は完結しない。しないままに私が出て行ってしまったから、それらは水面下へと入り……そして、今になった。

 

 この水面下へ入る、という表現は比喩表現ではない。今まで二次元平面上の渦を考えていたけれど、事象を終わらせない場合に限り渦は二層になる。私はそれを確認していたはずだ。

 今潮の件然り、媧が無意識に理解していたこと然り、点展と偽緑涼君のこと然り。

 私が来なければ全ての事象が明るみに出ないこの世界において、渦になり切れずに……なり終わらずに放置され、その上から渦が再度発生した場合、テイラークエットフローのような逆螺旋過流が発生する。回転方向と逆方向に回転する渦が水面下に発生するのだ。

 

「此度の事件は順序が逆だった。お前の時は、お前が全てを企て、結果的に周囲が死んだ。そして最後にお前が鬼となり、生贄は薬となった」

「鬼が人間と敵対する理由が詰め込まれているね」

「二つ目の渦の時は恐らく周囲が原因だった。もう半分……紊鳬の煽動があった可能性も否めないが、鬼になりたいがために周囲が薬による連続自殺を図り、結果的に中心であった者も巻き添えを食らい、死んだ。そのままなら陽弥が鬼となった時と同じような現象が起き、中心の薬師……酿庵も鬼となる……はずだった」

 

 そのまま行けば、だ。

 けれど途中で私が去り、事態は全て水面下へと戻る。あるいは水面下に戻ることが確定していたから最初から水面下にあったのかもしれない。

 とにかくそのまま行けば今潮と同じルートを辿り、解決されていた……またも新たな鬼となりて私達の前に現れるか、桃湯一派のような場所に入っていたはず。それが為されずに逆を辿ったのだとしたら……鬼にならなかったとしたら?

 

 成功例の鬼と酿庵という鬼がいなければ完結しない。完結していないということは、成功例の鬼はいるけど酿庵という鬼はいない?

 

 待て。鼬ごっこだ。リセットしろ、フラットに考えろ。

 渦理論であれば「事象の呼応」によって作り出された第二の渦は広がるはず。けれど今回は逆螺旋過流になったことで、狭まった可能性がある。連続集団自殺を起点に、中心人物であった酿庵という薬師は鬼とならんとした……が、なれなかった。紊鳬を生贄にできなかったから。結果酿庵は幽鬼のまま黄宮廷を彷徨うこととなり……。

 

「そら、見えてきたよ。結衣の碑。そして──元、天壇處(テンタンチュ)。黄宮廷の外にある、黄宮廷の施設だった場所」

 

 もう一度同じ事件が起きた。

 今度は無数の理性無き鬼が殺された。中心にいたのは劣化"(とこしなえ)の命"を持つ肉塊。

 完結しなかった渦は第三の渦に統合され、此度の容疑者として浮上した。

 けど……そうであるはずはない。恐らく「成功例の鬼」があの肉塊を今も動かしている鬼だ。だから、その後に幽鬼となった酿庵がそれであるはずがない。

 

 さてこれをフラットに考えるのならば──。

 いいや。

 ハンロンの剃刀で削ぎ落とすのならば。

 

「酿庵は……失敗した?」

「流石だ、お姫様。天壇處へ運んであげたというのにお礼の一つもないどころか意味が分からない」

「あの時点で既に紊鳬と笈溌は繋がっていた。先代青清君と輝霊院院長の繋がりを探られることを酷く嫌った。先代青清君と紊鳬は恋仲にあり、それを見た閣利が殺された。なれば……この天壇處にある手掛かりとは、先代青清君へと繋がるものであるはず。証拠となる輝絵や、あるいは」

 

 結衣の碑。その下の地面。

 土とは思えないそれを掘る。掘っていく。

 

 すると、そこまで深くない場所に……腐食した板のようなものがあることがわかった。傾いた板。

 いいや、屋根。土というか腐食した肉、みたいな粗さの地面だから、手で掘っていける。

 次第に見えてくるは……人一人くらいしか入れない程度の大きさの、建物。

 

「驚いたな。……結衣に壊されたわけではなかったのか」

 

 それを開けば……ガラン、と落ちてくる人骨。

 弟子達の集団自殺は早計。計画を早める気の無かった酿庵は巻き込まれ、自身も幽鬼となり、しかし鬼とはなれなかった。彼が次に取った行動は、幽鬼から鬼となる方法。即ち拡大鏡を使った鬼化……も、失敗する。結果酿庵は引き寄せられるようにして幽鬼の集まる場所へ向かう。

 ──第三の渦の前準備である場所とも知らずに。幽鬼の集合体……理性無き鬼の巣窟へ。

 

 そしてそこで、何を為すこともできずに死んだか、食われたかして……成功例の鬼だけが残った。

 この骨は酿庵のもの。彼の死体をここへ持ってきたのは成功例の鬼、あるいは飼い主。その死体を発見したのが閣利。正確には彼の幽鬼。

 閣利の幽鬼がこれを手掛かりだと言ったのは、あの時の私であれば「順当に考えれば今潮と同じ立ち位置の酿庵が犯人だろうな」と間違った推理を展開していただろうから。既に死んでいる、と知らせたかった……のだとしたら。

 ああ、コイツを人骨にしたのは、ならば笈溌か? 蜂花の例があるから白骨化の速度が妙に掴めないんだけど、肉を食ってしまえば少なくとも私は誰が誰なのか見分けがつかない。

 ……以前結衣の碑の前に来た時わざわざ笈溌が出てきて……争うことをしなかったのは、これの露見を防ぐため?

 

「聞かないのかい?」

「ん……何が」

「どうして私がここにいるのか、だよ。黒州で別れたはずの私が」

「別に……お前は、そう何日も何日も友の墓の前で悼み通すようなやつではないと知っていただけだ。そして、緑州には濁戒らの一派がいて居心地が悪いだろうから、こっちへ……黄州へ来るだろう、ということもな」

「そんなにも親しかったかな、私達は」

「親しくなくとも行動予測くらいできる」

 

 そんな話はどうでもよくてだな。

 

 ……本当に?

 もし、本当に全てが逆であるのなら。

 こいつの行動の逆を行けば……理解できるんじゃないか?

 

「お前が……弟子たちを殺し、自死のために染料を飲んで、一時的に幽鬼となり……私のもとへ現れた時。あれは結局なんだった?」

「今更解説させるのかい?」

「いや、私の思考整理だ。あれは私を少なからずの友と認め、あるいは"世の理"を解するものだと見込んでの接触。且つ、私を生き証人にするための行動」

 

 あの時間には彼が幽鬼になっていたことを証明するための。あの時間にはまだ死んでいなかったはずだ、という矛盾を作るための。

 その逆はなんだ。

 

「酿庵は……誰かに助けを求めた? けれど死体が隠されてしまい、死んでいないことにされた……誰かが酿庵に成り済まして……」

 

 誰かは、誰だ。

 酿庵が頼らんとする者。一派を率いる者が誰を頼る。そんなもの、益を齎してくれた相手だろう。それは誰だ。当然、鬼になる術を教えてくれた者。

 

「……」

「どこへ行くのかな、お姫様」

 

 成程。

 だからラヴァストーンの念珠なのか。

 まったく馬鹿げた話だな。

 

 

 

 そこへ辿り着く。

 戻ってくる。

 

「……やぁ、早かったね。()()()()()()()()()?」

「変わらないが、不貞腐れているだけだ、莫迦者」

 

 彼の隣に座る。

 ……踊らされた。ああ、クソ。もしや断罪してほしいがために黙っていたのか? それとも知らないままに偉そうなことを言うな、ということか?

 

「輝術師至上主義の一派に鬼となる術を教えたのはお前だな、陽弥」

「そうだね。私と、紊鳬だ」

「成功例の鬼はお前ではない、というのは事実。だが、その成功例の鬼の隣にお前はいたんだな」

「正しいよ」

「鬼にならんとしていたところまでは同じ。だが、酿庵は助言をしに行ったのではなく、命からがら助けを求めに行った。まだ何の準備も済ませていなかったから。けれど、そうなることなどわかり切っていたお前は笈溌に指示を出し、酿庵の肉体を隠した。そして……酿庵として振る舞わせた」

「笈溌にはさせていないよ。名前も覚えていない、混幇の誰かだ」

「そうか」

 

 そいつは仲間ではないから、か。

 

「而してお前達は"(とこしなえ)の命"の材料を手に入れる。酿庵という核と、勝手に集まってくる弟子たちという幽鬼。……ああそうか。あの時、天壇處側の原野では青清君と玻璃の戦いが起きていた。だからその程度の些事は気にされなかった。気にできる余裕が無かった」

「青清君から母へ決闘の申し出があったから、これを機に、と一派を排することを決めた、が正しいかな。酿庵は邪魔だったんだ。彼は賢かったが故に、劣化"(とこしなえ)の命"の外法に気付きかけていた。加えて声も大きかったからね。だから一番に消えてもらった。彼の弟子が集団自殺を始めたのは彼が死んだ後だよ」

「師が率先して行ったから、あれほどの人数がそれを試した、と」

 

 ここも逆か。

 

「けれど、彼の弟子たちも賢かった。いや、愚かだった者と賢かった者がいた。その内の賢かった者が、酿庵の失敗に気付いて……何が足りなかったのかを考えた。結果、生贄が無いことに気付き……報復として紊鳬を生贄にしようとした。弟子の誰かが鬼となれば酿庵の悲願も達成され、そして私を告発してもそう簡単には殺されやしないと考えたが故に」

「ただし、悉くが失敗した。私が来たから。紊鳬が私と行動を共にしていたから。……まさか、私と祭唄の宿泊先を紊鳬の工房に決めたのは」

「当然、私だよ」

 

 そうか。そりゃそうだ。玻璃に決定権なんかないだろうし、その時点ですでに陽弥と紊鳬は仲間。監視の面でも利用の面でも鈴李と私を共に住まわせた方が良い。

 

「わざわざ酿庵の遺体を天壇處に置いたのは?」

「……あの頃は"(とこしなえ)の命"こそが氏族に抵抗する唯一の手段であると私達は考えていたからね。……地の底に眠る天を祀る施設に、彼の死体を置いたよ」

「私が言った言葉だな。お前達にも情はある、と」

 

 邪魔をするな、と。

 そこは削ぎ落とせなかった悪意か。

 

「誤算だったのは勿論先代青清君の付き人、閣利の存在だ。彼が幽鬼のままに黄州を彷徨っていた、なんて知らなかった。笈溌があれだけの蟲を世界に置いていたのに、あの日までどこにいたのか全く見当もつかないとは、恐れ入るとしか言いようがないね」

「どうやって隠れていたのかは知らないけれど、誰に隠されていたのかは知っているよ」

「……ああ」

 

 ずっと黙っていた今潮の言葉に、合点が言ったらしい陽弥の諦めたような声が響く。

 

「桃湯、か?」

「そう。彼女はずっと黄州で小細工をしていた。君にも言ったんじゃなかったかな。君に敵対するような行為はしない、と」

「ああ……閣利が私への助言者であると理解していたから、守っていたのか。……けど、閣利が死んだのは私が生まれる前だろう。宣言をしたのなんかつい最近だ。それまではどうやって」

「元帝に問いをする日が来るとは思わなかったけれどね。──誰だと思う? 言葉を解することのできない幽鬼を十年以上匿い続けた誰かとは、果たして、一体」

月織(ユェヂー)だろ」

「……」

 

 今潮から「君は本当に風情というものがないね」みたいな視線が送られてくるけど、それしかいないじゃないか。

 あいつこそずっと隠れ続けていた者だろう。記憶から消されて、幽鬼のままに、という点で言えば大先輩。加えて先を視る力を持っていたあいつなら、私への置き土産に彼を匿うくらいはしようさ。

 紊鳬の外法を知ったから秀玄に目を付けた、なんてことまであり得る。あいつは輝術ネットワークから自身を遮断するようになるのだから……。

 

 ……気に入らん。喋っている時、共に行動していた時はあれだけポンコツだったのに、行動を振り返ると美化されるというか、合理的な行動ばかりに見える。

 思い出補正だ思い出補正。あいつに先見の明なんかあるもんか。

 

「ま、答え合わせはこんなところでいいだろう。で? 成功例の鬼はどこにいる。それを聞くために一人戻ってきたんだ」

「さて、どこだろうね」

「おい」

「もう一度言おうか、祆蘭。相談に乗ってくれてありがとう。──だから、選ぶと良いよ。償いか、贖いか、逃避か、悲しませないためか──もしくは、拝融(バイロン)のためか、そして黄宮廷の、黄州のためか」

 

 立ち上がる陽弥。肉塊の監視をやめた、のではない。

 私から距離を取ったのだ。

 

「ここが最後なんだ。母とて永遠の命を持つわけではない。彼女を悲しませたくないというのは本心だけど、彼女の死後、私を裁く者は誰になるだろうか。仲間を失い、友を見失い、死に損なった幽鬼の塊は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程に強く、異様な存在になってしまった」

 

 私を抱えあげた時、今潮は消耗していた。劣化"(とこしなえ)の命"の外法が彼の穢れを吸い取ったから。

 けれど陽弥にその兆候は見られない。同じ鬼でも、違う。

 

「成功例の鬼なら──私の中にいるよ」

「……吸う者同士だった、と」

「そうなるね。だから私の仲間に鬼はいないし、鬼より輝術師や顕と共にいることの方が多い。幽鬼が集まってできたような鬼は信念がない。だから分離しやすい。あなたの消費、及び変換はその理論のもと行われている。それも正解だ。だから私に近付いた成功例の鬼は、信念なけれど理性ある鬼であったにもかかわらず……私に食われた。酿庵も、同じ」

「鬼は嘘を吐かないんじゃなかったのか」

「信念ある鬼は、そうだろうね」

 

 身中の虫かね。

 ……溜息を吐く。

 

「どうしても己を許せないというのなら、せめて本当の力を告げてから戦いに興じろ。玻璃を泣かせるにも理由が必要だ。大して強くないお前を捻じ伏せるだけならどうとでもなるが──殺さなければならなかった理由は、お前が強くなければならない」

 

 嘘を吐け、なんだよな。

 四千七百年を生き抜いた幽鬼の集合体たる鬼。

 その力が、穢れを透明にすることと、肉体の大きさを操ること。

 

 なワケ。

 

「不可視にする、というのは、確かに言葉が悪かったね。粗密を操ることができる、が正しい。濃淡を操る、でもいいよ」

「それしかできないんだな?」

「それだけで充分だからね」

 

 そうか。

 であれば……四足の構えを取ろう。

 

「聞いておくぞ、陽弥。ああもすんなりと私へ下ったのは、死ぬるためか」

「是。仲間の中で、私だけ死に場所が用意されていなかった。だから──"元帝の不始末"をつけるために、ここを選んだ」

「廟にてお前は何を思い、玻璃への絵を描いた」

「形あるものの方が悲しみや怒りをぶつけやすい、ということを知っていただけだよ」

「最後に──私が玻璃という友を失うことに、なにか感慨はあるか!」

「無い。あなたは私にとって、"青州の細工師"であり、"世界を選ぶ者"。我が情の全ては母に使いたり。我が理の全ては友に使いたり。……あなたへ渡すものは、何も残っていないよ」

 

 上等だ。その根性が死して尚直らぬというのなら、その身その魂、余すところなく使い切ってやろう。

 

 では──くだらない断罪の時間だ。懺悔していけ、莫迦者め。

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