女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十九話「セメント」

 疑ったら、顔を真っ赤にして怒られた。

 

「私はそんな節操無しではない!」

「いや……だってほら、青清君も玻璃も、生成か消滅か、もしくは輝術で圧倒して終わり、っていう印象があって……」

「輝術師で州君なのだからその認識は間違いではないが、まるで荒くれものではないか……今までの揺れが全て私のせいなどと……」

 

 違ったらしい。

 この、二人と合流してからもずしんずしんと鳴っている揺れは、全く別の理由なのだと。

 

「それで、見当はついているのか。この揺れの正体」

「そこの元帝の不始末だ」

 

 あー。

 あーね。

 

「今しがたお前達が遭遇していたものもその内の一体だな。……魂は人工的な鬼として理性無く暴れまわり、肉体は奇妙な外法で生かされ……その拘束が外れて、移動し得る個体だけがし得ない個体を()()()()さらに肥大化し、今は食物を求めて暴れまわっている」

「であれば、私の不始末ではなく笈溌と紊鳬の不始末だね」

「配下の失敗は頭の責任だ」

 

 それに異論はないんだけど、そこを争っている時間はない。

 拝融(バイロン)に生きろと言っていおいて「ごめん山灰庇炉處(シャンフゥイビールーチュ)壊れちゃった!」は無理があるだろう。その程度じゃあいつは死なぬのだとしても、だ。

 

「二人がいて、殺せていないのか、それ」

「先ほどのような小さな個体は殺してきたが、地下にいる巨大なものと、それを囲むようにいる理性無き鬼が邪魔をしてくる。恐らく本能的に己の肉体であるとわかっているのだろうな、あれは」

「加えて、心臓、脳、他重要臓器がいくつもあるようでして……どれを潰しても動き回るようでしたから、一度様子見を、と」

「……別に"(とこしなえ)の命"というわけでもあるまいに、殺し続ければ死ぬだろう」

 

 ただ、と。

 

「使えそうではあるな、鬼の方は」

「ええ、それを理由に様子見をしました。強固な術で繋がれているわけでもない人工的な鬼であれば、あなたが分解してしまえるのではないか、と」

「となると、理性無き鬼の足止めと、暴れまわる劣化"(とこしなえ)の命"の鎮静化。その双方を私達が行い、祆蘭に片を付けてもらう、というのが一番かな」

 

 ……さて。

 念珠。これと世界が呼応したのなら……たとえば、その肉体は多孔質的である……みたいな。

 あるいは今回の件は近すぎて関係なくて、それを撃破した後にコトが起きるか、か。正直後者の方が「らしく」はある。

 

 怪物退治は、事件かどうか怪しい。

 

「祆蘭、聞いているのか?」

「あぁ聞いている聞いている。そうさな、すぐ行く。……ああそう、そいつを見下ろすことのできる場所はあるか?」

「だから今からそこへ向かうと言っておろうに」

「そうか、聞いていなかった」

「やはり聞いておらなんだか」

 

 符合の呼応に囚われすぎるのは良くない……とはわかっているけれど。

 警戒するに越したことはないよなぁ、と。

 

 

 さて……震源地へと向かえば、成程。

 縦に大きく空いた穴。その中で、暗緑色と緑灰色の混じった肉塊が暴れまわっているのが見えた。

 

 全長約十(m)はありそうなソイツは……所々に老人の手足と、若者の顔が生えていて……まー、うん。

 きっ……。

 

「そして理性無き鬼が十数体、と」

「十六体だな。この肉塊の中にいる場合はわからぬ。穢れが濃い」

「陽弥。劣化"(とこしなえ)の命"は、理性無き鬼の方が死なば肉体側も活動停止する。この認識は共通で構わないよな」

「そうだね。その逆は無いよ。肉体側をいくら殺そうと、鬼は死なない。切り離されるだけだ」

「なら鬼を一匹ずつ釣り出して分解していくべきだな。あれに近付けば、命数尽き果てるまで抵抗する以前に潰されて死ぬだろうし」

 

 ビルの倒壊に工具で抵抗できるわけがないというか。

 アリのひと噛みが象をも驚かせたとて、それが倒れてきたら死ぬことに変わりないというか。

 

「とりあえず……これ以上山灰庇炉處を壊されるのは遠慮願いたい。二人とも、今から言うものを大量に生成していってほしい」

「良かろう」

 

 生成するものはこれら。

 柏油、石膏、石灰、粘土、砂、水……そして、この洞窟だけに数多存在する灰。

 欲を言えば矽酸……というか珪酸も欲しいのだけど、伝える術を持っていない。

 

 とまぁこれらを大量に縦穴の中へと生成、投入してもらう。

 

「少し、漆喰に似た粘度を感じるね」

「わかるか。まぁ用途は似たようなものだからな」

 

 作っている……というかこれによって作られるのはセメントだ。地球で使われていたようなポルトランドセメントとなるともう少しこう……膠とか樹脂とか色々必要になるのだけど、固めるだけのセメントならこれで充分。というか漆喰だけでも本来は問題なかった。あの大きさを固めることができる、なんて考えていないし、あくまで暴れまわっているのを鎮静化するためのものだからな。

 だから仮にこれら生成されたものが上手く固まらなかったとしても問題はないんだ。粘性が高いというだけで十二分。

 

 ……だけど、そこは輝術特化の二大州君。

 見た目は完全にセメントな灰色の水溜りが出来つつある。

 

「油を使うのならば、このまま焼いてしまえばいいのではないか?」

「焼いて何が出てくるかわからんからなぁ。加えて洞窟内だ、中毒が怖い」

 

 その辺も輝術でなんとかなるんだろうけど。

 ま……目論見通り、肉塊の動きが鈍ってきた。ただ理性無き鬼には完全に発見されたな、こちらの姿が。

 

「祆蘭……穴にあった横穴から、何体かの鬼が逃げているようです」

「ああ、構造物が見えないからこそそれらがわかるのか。……ふぅむ」

 

 理性無き鬼でも逃げるんだな、って。

 激昂して向かってくるものだとばかり。

 

「こちらへ誘導することは可能か?」

「難しい、ですね。あちらの通路とこちらの通路は繋がっていないようです」

「私でも難しい。その通路がどこに繋がり、どこが出口であるかを精査し、先回りするくらいしかなかろう」

「母よ。あなたは確か、再現輝術なるものを使うことができるのだろう?」

「ええ、できますよ。色は消えてしまいますが……」

「ならば山灰庇炉處の全体を再現し、鬼のいる場所を祆蘭に見せてみてはどうかな。位置がわかれば、祆蘭も青清君も、やりようはあるだろう」

 

 鈴李はともかく私に何が……って。

 

 ああ、剣気か。逃げるなよ、かかってこい、をやれと。

 

「いい案です。……では、出しますよ」

 

 眼前に現れるは、まさにアリの巣状としか表現できない複雑な通路の再現図。

 光の粒で構成されるそれらの中で、強く発光するヒトガタが走り回っているのが見える。……この上の方にいるのは私達か。なるほど、私だけカラフルだな

 

「距離……あー、縮尺はどれくらいだ、これ」

「凡そ千分の一です」

「……玻璃、お前はその輝術に集中せよ。生成は私がやる」

「あら……見抜かれてしまいましたか。よろしくお願いします」

 

 ん。あれ、輝術って疲れないんじゃなかったっけ。

 無理させちゃった、か? 

 

 ──疲労しないと言っても、処理能力の限界というものは存在するよ。一度にたくさんのことを、それも全く別のことをやろうとすると、人間の脳では疲弊するだろうね。

 ──吾らの力は吾らが手足を動かすが如くじゃけど、輝術師はそれを借りているに過ぎぬぞよ。いくら強力な輝術師といえど、一度に展開できる輝術の量はそこまで多くはないんじゃよな~。

 ──燧、お前の弟子は、その限りではなかったようだが。

 ──おや、媧が人間を褒めるなんて珍しいね。

 

 やっぱり輝術を使えない、というのはこう……あるな。どれが無理でどれがいけるのかが感覚的にわからんというのは、どれほどの無理難題を押し付けているのかが測りにくい。

 一度穢れを扱ったから、穢れの方は理解できるようになったけど……。

 

 ま、この場に二人いて良かった、ということで。

 

 ……強く発光するそれらに、剣気を当てる。縮尺を考えた距離と方向へ、刺し貫くような剣気を。

 効果は覿面だった。ピタ、と止まった光点は……けれど道を引き返すのではなく、回り道をしてこちらに向かってきている。

 理性はなくても道はわかるのか。よくわからんが、本能が引き寄せられている的なアレソレかな?

 

「陽弥、さすがに理性無き鬼とは戦えるよな」

「そうだね、劣化"(とこしなえ)の命"の外法もかかっていないのであれば、四千七百年の功を役に立たせられるかな」

「青清君はそのまま生成を頼む。玻璃はこの再現輝術を続けてくれ」

 

 よって。

 

「私と陽弥で、十六体の理性無き鬼退治と行こう。類を見ない激戦だが、自信のほどは?」

「ただの激戦ではなく、母と青清君を守りながらの戦いだよ」

「類を見ない防衛戦か。良いじゃないか、祝と顕がやっていたのをみて、少し焦がれはあったんだ。……ちなみに出てくるなら今だぞ、顕。陽弥が窮地に陥った時だけ出てくる、などというのは無しだ」

「……テメェ、どうやってオレがいるかどうかを見極めてやがる」

「勘」

 

 というかこんな危ない場所についてこないはずないじゃん、っていう。

 

「華胥の一族は、理性無き鬼に対してはどれほどの有効手段を持っているんだ」

「あァ? 別に何もねぇよ。輝術で斬るか輝術でぶん殴るかだろ。氏族相手にやることと何も変わらねえ」

「そうか、案外使えんな」

「……つぅか、テメェは下がってろや。一番弱い自覚あんのか、ん?」

 

 案外冷静だよなー、こいつ。

 陽弥をどうこう言われるとすぐキレるけど、自分に対しての挑発はどこ吹く風。

 

 ま、この場で一番弱いのは自覚しているさ。

 

「来ますよ、三人とも」

「やれやれ、直接の戦闘というのは、帝の座についてからはやっていなかったから、油断しないようにしなければね」

「危なくなったらすぐオレを呼べよ、陽弥!」

「少しはお坊ちゃんのことを信用してやれよ保護者」

「うるせェんだよ婆が」

 

 言い返そうと思ったけど、そんな時間はなかった。

 ドタドタと大きな足音を立てて──三体が一気に突っ込んできたから。玻璃の再現輝術を参考にするなら、この三体を数分以内に処理しなければ追加で二体、その後さらに二体が続いてくる。

 時間をかけることはできない。ゆえに。

 

「ガァ──!」

「突っ込む!」

 

 出てきた理性無き鬼に、吶喊する。

 後ろでまた「馬鹿野郎」とか「何をして──」とか聞こえた気がするし、メゾンド祆蘭で「おい馬鹿」とか「君は……」とか聞こえた気がするけど、全部気のせいだ。キジムナーだ。

 

 凛凛さんの包帯を巻いた左腕を盾に、鋸の腹をその腕へと押し当てる。

 普通こんなことをすれば腕が潰れて終わるのだけど、そこは固定の輝術。腕が潰されることはなく──且つ、手首を曲げて、その掌を理性無き鬼の身体へ当てることに成功した。

 

「『灰翼(はいつばさ)』、以下略!」

 

 "私"を浸透させる。

 理性無き鬼とはつまり、無理矢理継ぎ接ぎにされた幽鬼の集合体。他の鬼とは構造が違う。……それは多分陽弥もだけど。

 何が言いたいかというと、こいつらには「入り込む隙」というか「結合と結合の隙間」が存在するのだ。

 

 そこに"私"という魂を浸透させる。私の魂は幽鬼と似ているから、入り込める。

 

 あとは幽鬼を一体一体引き剥がし、消費してしまえば──理性無き鬼など一瞬で消すことができる、と。

 いつかの人形の理性無き鬼や、それで作られた壁にやったことも同じこと。急造の理性無き鬼であればあるほどこれは行いやすい。

 

 他者には……私の目の前で、理性無き鬼が消滅したように見えたことだろう。

 

 尚。

 

「づ、くっ!?」

「うお!?」

 

 別に衝突の衝撃を消せる、とかではないので、消滅させると同時に私もぶっ飛ばされる。ぶっ飛ばされたその刹那に消滅させている、が正しいかな。

 今回は後ろに味方が多いので使える手段だけど、平場でやったら大変なことになるだろう。

 

「テメェ、何か手段があるなら先に言え、んでもってこうなるなら事前に言え!」

「ド正論だ、何も言い返す言葉が無い!」

 

 片手……だろうもので私を受け止めてくれた光のヒトガタ地黒ヤンキーこと顕。

 彼がもう片方の腕で受け止めている理性無き鬼の身体に触れて、同じことをやる。

 今度は相手が止まっているので衝撃も何も無い。

 

「──陽弥、作戦変更だ! 深追いは必要無ぇ、足を潰せ! 潰したら別の通路へ向かえ! コイツとは間違っても接触するなよ!」

「成程、回転戦術か。懐かしいね、黄州と赤州の戦争で似た陣形を見たことがあるよ」

「案外余裕だな、オイ」

 

 へー、ローテーションなんかやる機会あるんだ、この世界。

 

「第二波、来ます」

「チッ、陽弥場所代われ!」

「いや、既に足は潰したよ。私と顕は違う通路を担当しよう。祆蘭、この鬼の処理を頼めるかな」

「わかっているから早く退け、お前の穢れを吸いかねん」

 

 顕によってぶん投げられるままに放物線を描き、その下を陽弥が通って、私の担当していた通路へ移動。

 足が潰されたといってもまだ暴れようとする理性無き鬼の腕に鋸をかけて、その柄を思い切り踏みつける。……相変わらず硬すぎるけど、こっちも州君謹製鋸だ。刃毀れはない。

 伸び切った腕では攻撃のしようもない。……なんてこともない。掌を閉じたのだろう、鋭い爪が私の顔目掛けて近づいてくるけれど、それはまぁトンカチの殴打と身を屈めることで回避。鬼の掌に触れて、消費を行う。

 

「あと十三体か」

「悠長過ぎんだよテメェは! ほら次!」

「ぬお」

 

 輝術……というか神の御業で引っ張られる身体。入れ替わる形で今まで顕が相対していたらしい理性無き鬼の前に放り投げられて、顕は顕で新たに現れた理性無き鬼の対処を始める。

 彼が相手していた鬼は……「ギリギリで生きている」程度まで壊されていて、なんか、まぁ、苦戦はするわけないよな、そりゃそうか……って気分。そんなズタズタ鬼を消費して、向かうは陽弥の方。

 こっちは楽勝、というわけではないようで、未だに戦いが続いていた……けれど、私の足音が聞こえていたのだろう。

 

 何を言わずとも、彼は突然その身を小さくした。

 それにより外れる鬼の殴打。その伸び切った腕にタッチする私。

 

「受け止めてあげたいけれど、すまないね」

「構わん! 私を受け止めるのは青清君の役割だからな!」

「……おい、やめろ。恥ずかしいではないか」

「なんだ、見せつけるための全国行脚ついでの逢瀬だろうに。今更何を恥ずかしがるんだ」

「そうですよ、青清君。私と二人きりの時、色々聞かせてくださったではありませんか」

「このっ……祆蘭には絶対に言わぬと言うから話したのだぞ! 約束を反故にする気か!」

「申し訳ありません盲目でして。契約文書の類の一つでもあれば約束も守りましょうが、情報伝達や口頭での約束となると……証明のしようがないでしょう?」

「母よ、母よ。それは少し、私にも刺さる言葉だね」

「テメェら緊張感とか無ェのか!!」

 

 無いだろ、この面子。

 むしろ一番強いお前がなんでそこまで緊張感を持っているのかが謎だよ。

 

 

 そんなこんなで。

 凄まじく激しいローテーション戦法ののち、見事十六体の理性無き鬼を消費することに成功した。

 ……の、だけど。

 

「……動いている、よな」

「……まぁオレの目がおかしくなったとかでなけりゃーな」

「……おかしいですね。精査も感知も、理性無き鬼の存在はこれ以上認めていませんが……」

「元帝の知識に不足があったのではないか? あるいは、お前があの一派を離れた後、笈溌とやらが外法を書き換えた、とか」

「無い話ではないね。やる必要があったかどうかはわからないけれど」

 

 大量のセメントの中で……けれど肉塊は未だに動いている。もう「暴れる」ことができる程の粘度ではないので洞窟が崩れる心配はなさそうだけど、生きている。

 

「細心の注意を払ってあの肉塊のもとへと降り、穢れを吸収するか。そうすれば劣化"(とこしなえ)の命"の外法自体が機能しなくなって、あとは飢餓で死ぬんじゃないか」

「そうするしかないか……。だが気を付けろ、何が飛び出してくるかわからぬ」

「降りずとも、このまま埋めちまえばいいじゃねーか。穢れはもう必要ねぇんだろ?」

 

 あー。

 まぁ、アリではあるけれど。

 

「この液体……膠灰というのだがな。これが完全に固まったあとも肉塊が生きていた場合が面倒臭い。最悪この膠灰ごと動かれて、より強大な破壊力を手にしかねん」

「最善は、あの肉塊と繋がる理性無き鬼の全てを殺すこと。次善策が肉塊の穢れを吸収し、外法を解除できるか試みること。悪手がこのまま埋めてしまうこと、か」

「……とりあえず、だ。少なくとも理性無き鬼を殺した以上、十六体分の命は削り得るようになっているのではないか?」

「それも……そうですね。削るだけ削って、様子を見ますか」

 

 直後、玻璃と鈴李、そして顕による飽和攻撃が行われる。

 爆撃でもしているんじゃないかと思うほどの攻撃輝術は……けれど。

 

「あー……やっぱ生きてやがんな」

「劣化とはいえ、"(とこしなえ)の命"。流石ですね」

「評価はあれを苦戦しながらも再現することに努めた笈溌と紊鳬に言ってあげてほしいかな」

 

 それが今最高の迷惑になっているのだけど。

 

「結衣ならなんとかできる、とかはないのか。あいつの蝕は、肉体の全てを削り取るだろう」

「ああ……どうなのでしょうね。肉体を殺し切ることができるのか、あるいは何をされても肉体は生き続けるのか」

 

 ……前に彼女と灯濫会の地下倉庫へ行った時は……確か、肉体だろうものを全て分解したのに、理性無き鬼が殴りかかってきた……んだっけ。いや、あの少年自体はあの部屋にいたから違う……?

 ううん……いや本当に、なぜ死なないんだあの肉塊。玻璃と鈴李の感知範囲に理性無き鬼はいない。であればもう……。

 

 ……。

 

「そういえば……前、黄州で集団自殺事件があった時、色々な都合で推理を途中でやめたことがあったんだ」

「ああ、懐かしい話ですね」

「あの集団自殺事件自体も謎が多い。歯が溶けていること、などがな。そしてもう一つ……捜査線上に浮上したのが、成功例……"(とこしなえ)の命"の成功例である、とされたはずの鬼の存在だ」

 

 あれは。

 

「あれは、お前のことで合っているか、陽弥」

「……違うね。確かにあの事件は半分ほどは私達の意思で動いていた事件だけど、もう半分は違う。紊鳬が襲われたのがいい例だ。私達は己が仲間を犠牲にするような真似はしない……しなかったよ」

味取(ウェイチュ)という者が手引きしていたようなのだが、それについて何か知識は?」

「少し前に私と奔迹でここを襲撃しましたので、その時に死んでいなければ生きているかもしれませんね」

 

 まぁ味取がそうかどうかはともかくとして、つまり。

 

「当時は"(とこしなえ)の命"と呼ばれていた劣化"(とこしなえ)の命"……それによって、"(とこしなえ)の命"を手に入れた誰かがいる、ということを言いたいわけですね」

「ああ。でなければ集団自殺事件は成立しなかっただろう。そして……その誰かは、理性無き鬼とならず、陽弥のように自我を確立させた、という可能性まで考えた」

「その者が生きている限り、この肉塊は死なぬ、と?」

「いつもの詭弁こじつけだがな」

 

 あれの成功例が陽弥ではないのなら、そう考えるのが妥当だろう、と。

 だから。

 

「もう半分、というのは……あの時"一派"と呼ばれていた者達だな」

「そうですね。黄宮廷で活動していたとある派閥。とある薬師の率いていた……なんでしょうね。輝術師至上主義、とでもいうべき派閥です」

「その薬師は今どこにいる」

「……おや」

 

 恐らく精査を広げたのだろう玻璃は、意外そうな声を出す。

 

「いませんね。……黄州の、どこにも」

「鬼になっているのだとしたら、母の精査に引っかからないはずがない」

「では私も精査してみるか。その薬師とやらの情報を寄越せ、玻璃」

 

 あの日。黄宮廷で眠った次の日の早朝に見た幽鬼。

 あれは恐らく、というか今や確実に閣利(グァリー)であるとわかっている。先代青清君と紊鳬の逢瀬を見てしまい、殺された付き人。雲妃の友。秀玄の息子。

 伝えられた言葉は確か……。

 

「"天壇處(テンタンチュ)醴泉處(リーチュェンチュ)に手掛かりを残した"……だったか。黄宮廷にそのような場所はあるか?」

「天壇處の方は過去にあったね。醴泉處は……どこにでもあるんじゃないかな」

「過去にあった、というのはなんだ。取り壊されているのか」

「結衣との戦いに巻き込まれて、消失したよ」

 

 ……あいつめ、と言おうとしたけど、それでは時系列がおかしい。

 閣利は比較的若い鬼だ。対して結衣は二千歳。であれば閣利の言っていた天壇處はどこになる?

 

「ふむ……こちらでも酿庵(ニィァンアン)なる薬師は見つけられなかった。輝術師の目撃情報も浚ったが、最後にその者を目にしたのは四つ月ほど前のようだ」

「四つ月前と言いますと、やはりあなた達が黄州へ来た時ですね」

 

 酿庵……むぅ、久方振りに発音しにくい名前だな。

 まぁそれが一派の薬師であり、そして鬼であろう者で、渦理論における今潮と同じ立ち位置である可能性が高い、と。

 

「そして、天壇處と醴泉處の話をしていたようだが、何があってそうなった」

「以前、黄宮廷で幽鬼を見たと言っただろう。そいつが話していた内容だ。……で、この二つはなんなんだ。何の施設だ」

「天壇處は天を祀るための施設ですね」

「……天を祀る?」

「元は平民の中にあった信仰です。それがいつしか貴族にも流入しましたが……まぁ、なくても問題はないので、再建されなかったのでしょう。他の州にもあったりなかったり、だと思いますよ」

「青宮廷には無いが、黒宮廷と緑宮廷にはあったはずだ」

「……つまり氏族を祀るための場所だった、と?」

「起源がどうなのかは私にもわかりません」

 

 平民信仰は輝術に記録されていないから探りようがないのか。

 天を祀ると何になるんだろう。……いや考えてもわからんか、宗教に必要なものなど。

 

「あまり快くない話だろうが、お前には少し関係があるだろうな」

「え」

「天壇處では幾つかの祭具が使われる。その一つが祭唄だ」

「あぁ……まぁ、私が快くない、となることではないよ。祭唄の前ではあまり話題を出さないようにするくらいか。それで、醴泉處は?」

「酒を造る場所だな。酒蔵とは違うぞ」

「……。つまり毒を作る場所か」

「その身体でしたら飲酒可能年齢も何も無いでしょうし、お酒、飲んでみてはどうですか?」

「結構だ」

 

 結構、だけど。

 手掛かり……あの時はなんのこっちゃ、だったけど……行く必要はあるんだろうなぁ。

 

「あの肉塊の監視は」

「私と顕がやっておこう。あまり黄宮廷内を歩き回るのはよろしくないからね」

「それも……そうだな。ああ、じゃあ頼む。無理はするなよ」

「オレがついてんだ。させねェよ」

 

 よし。では行こうか。

 ああでもその前に。

 

 

 

 三人で黄宮廷を行く。

 

「慣れ……ませんね。浮かばずに黄宮廷を行く、というのは」

「ふん、いつもいつも浮いている方がおかしいのだ。今の内に歩いておかなければ、世界の外へ出た時に歩けなくなるのではないか?」

「輝術師は全員その可能性を秘めているだろうなぁ。身体が重くて仕方がない、という輝術師はたくさんいるだろうさ」

 

 特に気にされないような姿に、という発注で、鈴李に偽装輝術をかけてもらったのだ。

 三人の身長から考えて、鈴李を保護者に、私と玻璃は姉妹に。

 不満がるかと思った鈴李は、思ったより乗り気。玻璃を叱ることのできる立場、が嬉しいらしい。子供か?

 

波姐(ブァジェ)、よろめいていては危ないぞ」

「し、仕方がないでしょう。歩くなど……赤子ぶりですよ。肉体年齢は四十四ですが、いろいろあって長生きなので……年数にして六十年か七十年は浮いて過ごしていたのですから、こう……慣れ、というものが」

「玻璃、お前そこまで婆だったのか」

「祆蘭もそのくらいでしょう。楽土を合わせたら」

「いや? その肉体年齢よりは若いぞ、私は」

「え……」

「……不思議な感覚だな。ではこの場において、私が一番若いのか」

 

 それはもう今更だけど。

 

「ちなみに波姐、楽土の年齢を合わせたら幾つになるんだ」

「……黙秘で」

「別にそのことでからかったりしないし、何をいうこともないぞ」

「黙秘します」

 

 強情な。

 けどなんだっけ、メルヒェンディストピアなんだっけ、玻璃の世界って。望んだものは何でも手に入るけれど、人付き合いが欠片もない世界……とかだったはず。

 結果的に言えば長寿になるんじゃないか? ……今生の倍生きていてもおかしくはないな。

 

「神門様時代を考えたら些事だろうに。七万幾つ、とかだろうお前」

「玻璃……お前、そのような歳で、そこまで若々しい恰好を……」

「いいじゃないですか、今が若いのですから!」

 

 偽装輝術で彼女が玻璃だとバレないようになっているからだろう。

 素の彼女が……なんというか、女子女子している彼女が見られて、少し面白い。

 

「はいはいはい、もう着きますよ、黄宮廷の醴泉處に!」

「前々から思っていたのだ私は。玻璃の恰好は、基本的な女性州君の衣装に比べて足回りの露出が激しいと。それでいて浮いているものだから、あれはそういう……ぬ」

 

 ばつんと仰け反る鈴李。……上限情報かな。

 いやでも確かにそうなんだよな。基本浮いて移動する玻璃は、けれど太ももとか結構見える服を着ている。……まさかそういう癖が。

 

「祆蘭?」

「大丈夫だ玻璃。私は否定しない。見えぬのなら、見られても平気。ナルホドナルホド」

「もしかしてですけど、輝術師以外には無力だと思われていませんか、私。──こういうこともできるのですよ」

 

 ふぁふ……と。

 脇や臍、首回りに出現する綿毛。

 ……うーむ。

 

「すまん、私にくすぐりは効かなくてな」

「ああ、何やらそういうことを前に聞いたな」

「そして、こういうことが効果的であると思う、ということは」

「やる価値はある、か」

「はい、行きますよ二人とも。陽弥も祭唄も、真面目に仕事をしているのですから!」

 

 それを言われるとお手上げだけど。

 そうやってぷんすか怒っている姿とか……いちいち可愛いんだよな、こいつ。

 

「どういう歳の取り方をすれば、ああなれるのだ。私も祆蘭から可愛がられた──」

 

 聞かなかったことにして醴泉處に向かった。

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