女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十八話「念珠」

 黄州は玻璃と陽弥のお膝元なだけあって、私に関する触れがしっかりと出ていた。

 即ち、接触禁止……どころか接近禁止命令が、平民にまで完璧に。

 

 長くかかったけれど、ようやく『山灰庇炉處(シャンフゥイビールーチュ)』をじっくり調べることができる……なんてことはない。

 今回の目的は幽鬼集め。そんな時間はない。

 

 ……なんてことも、なかった。

 

「どれだけ広いんだ、ここ……」

「ざっと精査した限りでは、世界結界近くまで穴が掘られているようですね」

「私が御史處を出てからも、拡張され続けていたのだろうね」

「ぬぅ……またしても邪魔者が……」

 

 山灰庇炉處。黄州の地下に張り巡らされたアリの巣状の穴は、前回崩してしまった主要部分以外にも様々な部屋……部署とでもいうべき場所があったようで、その中には「幽鬼保管庫」らしき場所もあった。正確には「劣化"(とこしなえ)の命"用輝術師保管庫」であり、且つ「人工鬼の材料倉庫」なのだろうけど、もう"(とこしなえ)の命"を作る奴がいないからな。

 だからこうして、"(とこしなえ)の命"の成り損ないは殺して、幽鬼は消費して、を繰り返しながら進んでいる。

 

 鈴李と二人だけ……というのは今回も叶っていない。

 祭唄は地表を調べてくれるらしく、今回は同行していないけれど、代わりに二人。

 玻璃と陽弥がついてきている。陽弥は鬼なので少し離れた位置にいるけれど、御史處の所業について最も詳しいのが彼なので、色々なことを聞きながらの進行となる。

 

「……なぁ陽弥。そもそも御史處はいつからこういうことをしていたんだ? 各州が帝のいる州になっている時、それぞれの御史處があったのだろう? 赤州にも地下通路はあったが……」

「私も初めから御史處にいた、というわけではないから、難しい話だね。けれど私が入った時には慣例に近しい物になっていたよ。各州の監視のために地下通路を作り、州君の監視及び()()()()()()()()()()()()()()()という行為は」

「お前が入る前から、ということは……張衡(ヂャンホン)がやっていた、ということか?」

「いや、彼が出てきたのはせいぜいが三百年程前のことだ。私が身分や顔を変えて御史處に入っていたのは千年は前のことだから……他の誰かが、ということになるだろう」

 

 ならば、森封(センフォン)か?

 ……最早真相は謎の中ではあるが……月織のことといいそういう裏事情といい、「私が行かなかった、そもそもいなかったことで明るみとならなかった裏事情」は死ぬほどあるんだろうなぁ。

 

「む……玻璃」

「はい? ……おや、本当ですね。……この事例は」

「ない。少なくとも記録には。……陽弥、お前は」

「だから、私は輝術師ではないよ、青清君。母とあなたが何を伝達したのかは、伝わっていない」

「ああ……そうだったな」

「ちなみに当然だが私にも伝わっていないぞ。なんだ、何があった」

 

 そろそろ起きそうだと思っていた渦理論。

 この二人が顔を見合わせる、ということは、相当の……。

 

「鼠がいる」

「ええ、それも大量に」

「……間者がいる、ということか?」

「いや、鼠だ」

 

 隠喩ではなく、普通の鼠ってこと?

 まぁ危ないけど……この二人の敵になる存在じゃなくないか。

 

「陽弥。四千七百年の間で、"鼠の姿をした鬼"を……見たことが、ありますか?」

「いいや、母よ。私はそれを知らないね」

「鼠の姿をした鬼? ……もしやとは思うが」

 

 食ったのか?

 

「可能性は高いだろうな。放置された肉の塊など恰好の餌だ。普通は穢れに冒されて死するものだが……適応した個体がいたか、なんらかの外法が使われているか」

 

 鼠か。……小動物の相手は苦手だ。

 私は結局戦闘者とは言えない。相手が強大であればこそ往なしや直感も働こうが、小さいと当てるにも苦労する。

 

「鼠の姿をした鬼というより、穢れに侵食されても死んでいない鼠、と表現するべきでしょうね。私にそれらは見えていません。精査してようやく、です」

「であれば、穢れを吸い取ってしまえば殺し得る、か?」

「わざわざ接近せずとも殺してしまえばよかろう。少し待て、全ての位置を把握……む、ああ、助かった」

「いえ」

 

 多分……だけど、玻璃が精査して、その位置を鈴李に伝えた、とかかな?

 マッピングとサーチを玻璃が担当して広域攻撃を鈴李が。……相性良いじゃないか、この二人。

 

「今更だが、生物を消滅させることも可能なのか」

「無理だ。だが、消滅などさせずとも殺す手段はいくらでもある」

 

 ──私達はあくまで神族。神の御業に「生物を消滅させるもの」は存在しないんだよ。

 ──天罰として殺すことはできるから、結局なのじゃけどな! それでも輝術に「生物を消滅させる術」は存在しないぞよ~。

 ──そんなものがあれば、鬼も幽鬼もとっくのとうに駆逐され切っていただろうな……。

 

 なるほどそんな裏事情が。

 確かにどの神話を見ても、「怒った神様がその存在を何かに変えてしまいました」はあっても「神様がその人を消してしまいました」はない気がする。神隠しみたいな誘拐系は除外する。

 

 鬼と幽鬼を生物に含めるかどうかは別として。

 

「心臓と頭蓋を針で貫き、縫い留めておいた。……しかし、広いな。想像以上に長丁場となるぞ、これは」

「二手に分かれますか? 幽鬼集めと劣化"(とこしなえ)の命"の破棄。四人もいる必要はないでしょう」

「ならば母よ」

「ええ」

 

 その時点で鈴李は「当然だな」と思っていただろう。「流石に弁えている」と。

 

「私が祆蘭と」

「ええ、青清君はこちらで預かっておきますので」

「……は?」

 

 戦力的にも鈴李案が一番だ。

 ただ──わざわざ陽弥がついてきたあたりで、察しはついていた。

 

「ま、待て! それはおかしい! ぬ、玻璃、放せ! 固定輝術を脊椎に使うなど、何を考えて……!」

「こうでもしないと止まってくれないでしょう、あなたは。では陽弥、祆蘭のこと、お願いいたしますね」

「勿論、我らが新帝だ。傷を負わせることはないよ」

「これは私と祆蘭の逢瀬であるぞ! どいつもこいつもなぜ邪魔ばかりを──」

 

 まぁまぁ。

 少ないとはいえ、まだ日数あるから、ね?

 

 

 

 さて……二人、山灰庇炉處の細道を歩く。

 道中にあった鼠の死骸から穢れを吸収しつつ、陽弥の先導のもと「目的地」へと向かう。

 

「玻璃もそこまで無粋ではないと思うぞ」

「おや……我らが新帝には、私の行動などお見通しかな」

「ああ。お前とて元は人。自ら肉体の檻を捨てたのでない以上、情がないということでもあるまい」

 

 こにで「なんの話かな」なんて言い出す奴じゃない。

 わかっている。

 

「……そうだね。ここまでの外道をしてきておいて、どの口が、だろうけれど……私にも感情がある。……このまま許されるべきではない、という感情が」

「紊鳬、笈溌、点展。"気付いてしまったが故に悪と死を選んだ者達"。……それはお前も同じだ。度合で言えば、あの三人よりもさらに」

 

 罪悪感。許されないことをしているという自覚がありながら続けた四千七百年。失われて行く記憶と、責めてくる誰か達の記憶。

 生きることを責められる気持ちは、まぁ、多少なりともわかるからな。

 

「天遷逢の前までに、断罪されるべきだと……思ってしまうよ」

「現実的な話をするなら、お前の力……お前の戦闘能力を知ってから判断したい。お前は穢れを鬼火に変える以外、何ができる?」

「基本的にはそれだけだね。ただ私は、こうして……穢れを不可視にすることができる。伴い、鬼火も。それと、ある程度の肉体操作が可能だよ。子供のようになったり、大人になったり、とね。老衰することはなぜかできないけれど……」

 

 黒い靄である穢れを透明化させたり、自身を身長を増減させる陽弥。青年ver.も少年ver.も思いのままだ。けれど確かにそのラインナップに老人が無い。

 しかし、なるほど。それでずっとやりくりしてきたのか。

 玻璃の養子になった時も、それで……。

 

「氏族に対抗する戦力としては、然程でもない、ということか」

「そうなるね。そもそもあれら鬼の術は、彼らの信念がもととなっている場合が多い。信念や、根幹。鬼となる時に得た……あるいは捨てた情念。そういうものが形になる。……私には無いよ、そんなものは」

「なりたくてなかったわけじゃないから、か。まぁだからこそその不可視化や肉体操作が身についたようにも思うが……」

 

 二秒、考える。

 そして判断した。

 

「光界の外に出てから断罪される、ではいけないのか?」

「誰が断罪してくれるのかな。輝術師は輝術を使えなくなり、鬼は……全体的に期待薄。あなたもいなくなる。神族は私に興味を向けないだろう」

「あー」

 

 そうか、断罪したいと思う存在が全員ただの人間になるわけだから、近づくことも難しく、殺すこともまた……になると。

 

「同時に、死は逃げであるということも理解している。外の世界で……鬼がどのような扱いになるかはわからないけれど、少なくとも人間より頑強で寿命も長いのだから、償いとして彼らを守り続けるという選択肢もあるのだろう。それが償いとなるか、贖いとなるかはわからないけれど」

「なんとも言えんな。ただ……まぁ、諸々の事情を無視して、()()()友人としての言葉を述べるのなら、お前が生きていた方が彼女は喜ぶだろう」

「……それを出されると、弱いね。もう……悲しむ姿は、見たくない」

 

 ふん。じゃあもうそれが答えじゃないか。

 それを無視して話を進めようとしていた時点で、答えは決まっていたんだ。

 

「お前が死んで喜ぶ存在の数より、お前が生きていて喜ぶ存在の数を数えろ。それが人生だ、莫迦者」

「おかしな話だね。あなたは……楽土においても、そこまで高齢ではなかったのだろう? だというのに」

「言葉が婆臭いか? 文句なら水生にいる酒飲み爺と死んでいった野盗に言え。私の言葉の老師だ」

「言葉遣いの問題ではないのだけどね……」

 

 わかっているさ。

 けれど、この世界はずっと二の足を踏んでいたようなものだろう。それが蹈鞴を踏める程度には進めるようになったのが今だ。なれば赤子にも等しかろうよ。

 

「相談に乗ってくれてありがとう。……そして、そろそろ着くよ」

「ああ」

 

 何も陽弥の人生相談のためだけに鈴李と玻璃から離れたわけじゃない。

 行くべき場所があったのだ。輝術師の二人には辿り着くことのできない場所に。

 

 彼が、その戸を開いた瞬間。

 

 ──濃密な穢れが、溢れ出した。

 

 

 まぁ吸うんだけど。

 

「山灰庇炉處はその名の通り、度重なる初期化に抵抗するために作られた場所だ。神門……母に頼らずとも生きていけるように、溶岩に飲み込まれても問題ないように。むしろ溶岩の通り道を利用して通路を作ったから、こうも複雑なつくりになっている」

「ということは、七万年……いや、一度目か二度目の初期化の後くらいから存在する、ということか」

「是を。私は実体験として知っているわけではないけれど、そうであると聞いているよ」

 

 部屋の中に転がるは、数多の人骨。

 そして……。

 

「この方が、現存する最古の鬼。拝融(バイロン)だ」

 

 いつか見た巨大水晶。それよりもさらに巨大で、且つ果てしない穢れを纏うそれの前で禅を組む男性。

 

 巫山(ウーシャン)も古き鬼だった。

 けれどこいつは……多分、格が違う。

 

「神門様、では、ないようだな」

「ああ。彼女が以前話した新帝。鬼子母神を調伏し、母に心を戻し、私を引き抜いた女傑だ」

「おぉ、そうか……御許(おもと)が」

「随分と親しい呼び名を使うものだな。……元は帝か?」

「気に障ったの、なら、謝罪を。(やつがれ)は……ただ、生き残ってしまっただけの、古い、鬼」

 

 男性は……見た目だけなら若い青年だった。

 だけど、明らかに老いている。老いないはずの鬼が……なんというか、生命力のほとんどを使っている、というか。

 私が近づきすぎか?

 

「いや、特には気にしていない。……それで、用とはなんだ」

 

 そう。これは道中にて聞かされていたこと。「最古の鬼があなたに用を、と」なんて言われてついてきたのだ。

 陽弥はそれ以上を知らないようだったから、こうして直接赴いたわけだけど……。

 

(やつがれ)、含む……旧き鬼たちを、葬ってほしい」

「信念を見失ったか?」

「違う。強力、過ぎる。(やつがれ)を含む、神門様によって、生かされた、旧き鬼。外に出たあとの、新たな世代にとって……害、でしかない」

 

 まぁ言わんとしていることはわかる。

 玻璃についているという旧き鬼勢力の数によっては、それだけで人間のコミュニティを、あるいは今回生まれの鬼達を破壊しかねない。

 

 しかし。

 

「鬼は死にかけの鬼を食って強くなることもできるのだろう。若い世代の鬼へと力を渡す、というのはどうだ」

「無理だなー、そりゃ。この規模の魂食ったら俺達破裂しちゃうぜ」

 

 ……。

 潔く諦め過ぎだな、とは思っていたけど。

 一切気配を感じ取れなかったな。こいつ、小物ぶるのはもうやめたのか?

 

「懐かしき、気配。……奔迹(ベンジー)、か」

「うわぁ、最古の鬼に名前を覚えられてるとか……小物にあるまじき……」

「もう無理だからその立ち位置諦めろ。……会ったことがあるのか」

「俺が鬼になる前にちょっとね。……よ、拝融。五千年ぶりだ。……元気は、自ら捨てたか」

 

 そういえば……今更だけど、私と鈴李が空の旅をしていた時も、こいつ平気で近づいてきていたな。

 なぜ穢れを吸われない? 何か対策を取っているのか?

 

 奔迹は……結晶の前に座り込む拝融の隣へと座り込む。

 旧知の親友のような気軽さで。……陽弥が何の反応もできていないあたり、彼も二人の関係は知らなかったのかな。

 

「これでなー、俺に野心が一欠片でもあれば、小祆が弱らせに弱らせたお前の魂を食べて、俺が最強の鬼になる! みたいなこと言えたんだけど……そんなものになってどうするんだ、って話でさ。……加えて、辿り着けなかった。ごめんな、約束したのに」

「元より……無理な、約束。気にして……いない」

 

 約束。

 文脈から察するに……拝融の魂を食べても問題ないほどの鬼になる、とか、そんなところか。

 五千年前から死にたがっていたのだろう。

 

「御許……この、穢水晶(フェイチージン)に、詰め込まれた穢れ、は……穢神(フェイシェン)が、天染峰を……火の海で包むことに、使()()()()()()()()()、量に、なっている」

「……まさか、お前」

「ああ……少し前、世界が、捏和混練された、時。穢れは、火の海に、使われた。それは……あってはならない、ことだった。少なくとも、穢神は、次の天遷逢にて……一度、すべてを終わらせる、つもりだったのだから。……しかし……(やつがれ)が、保有していた穢れの、大半を……貯蔵庫へ、詰めた」

「それにより氏族は今安心しているってわけ。油断しきっている。計画性なく使ってしまった初期化用の穢れ。けれど、君が世界を元の配列に戻したことで、穢れも元の量まで戻ったのだと誤認した。拝融が充分量の穢れを地下に入れ直したからね」

 

 噴火に必要な穢れ。そして、私がシュレーディンガーの猫となる時に使った穢れ。

 その補填を、か。

 

「けれど、この穢れは……(やつがれ)の、ものだ。いつでも取り出せる。いつでも……今から、でも」

「天遷逢の直前にも、か」

「そう。そして……その支配権を、御許に、渡すことができる。……鬼が鬼を、食べることで、力を得る。御許は、そう言った。その、通りだ」

「ああ……そういうことだったのか。だから祆蘭を連れてきてほしいと言ったのだね。彼女の保有量ならば、あなたを食べても平気だと踏んで」

「然り……。(やつがれ)の、魂は、大きく……成り過ぎた。旧き鬼は、皆、同じ。……若き、鬼に……食べさせる、には。あまりにも、大きい」

 

 それでお鉢が回って来ましたよ、と。

 ふむ。

 

「構わない。だが、……それがお前の望みなのか?」

「どういう……」

「お前は先ほど、私の"信念を見失ったか"という問いに対し、否を返した。鬼とは信念の存在。それを失ったわけでもないのに、致し方がない、という理由で私に力を託すのか、と聞いている」

「他に術が……無い。(やつがれ)の強大さを消すことと……穢神の目を欺くこと。両立の……道は」

「使命とか宿業などは一度忘れろ莫迦者。お前の信念はなんだ。お前は何がしたかった。……()()()()()()()()()()()()()()()()()以外の、本当の信念だ」

 

 驚いた空気が伝わる。拝融、奔迹からだ。

 なんだ、気付いていないとでも? 今潮の話を聞いた時点で察しはついているとなぜわからん。

 

「外に出たいという信念を抱いた鬼が氏族の尖兵とされる。だが、そもそも信念など多種多様。三者三様だ。それがこうも一致し、こうも数を揃えることがあって堪るか。……そこに至るまでの信念も、同一因子の制御によって捻じ曲げられていると考えた方が自然だ」

「……小祆。それは、俺達鬼が……何千年をかけて辿り着いた真実だ。それを軽々と」

「あのな。私が楽土より帰りし神子だからかもしれんが、この世界はそもそもとして奇妙なんだよ。輝術師の在り方も平民、鬼、幽鬼の在り方も、神族と氏族の在り方も」

 

 ──ぞよ?

 ──私達も、かい?

 

「お前達が何にどれほどをかけた、なぞ知るか。そんな嫉妬、あるいは悔悟は私の見えぬところで清算しろ。まぁ逆恨みはしてもいいぞ、撃退してやる」

「いや……うん。話の腰を折った。……拝融」

「ああ。……ああ、そうだな。(やつがれ)の願い。望み。信念。……それは、この閉じられた……世界の、外の、本当の星空を、見たい。……それだけだった」

「生前は天文学者だったらしくてさ。……だから」

「なら尚更生きろ莫迦者。支配権の引継ぎの際、氏族に勘付かれる可能性もあるんだ。危険性を考えるのならここでずっと苦しんでいた方がまだいい」

 

 はぁ、これなら鈴李と逢瀬していた方が良かった。

 やはり鬼というのは……こう……なんというか、純粋というか。

 

「死して私の糧となることを望むくらいなら、生きて私の力になれ。そして、二番煎じだがな、強力すぎることを恥じ入るのならば、隠れて生きるか人間の役に立つか。あるいは氏族を倒して本物の星空を見に宇宙へとでも旅立つか。なんでもいい、好きにしろ。だが──」

 

 当てるのは、剣気。

 ピク、と反応する彼の指を見て、満足する。

 

「死ぬ理由を列挙するくらいなら、生きる理由を探して奔走しろ。まったく馬鹿馬鹿しい。……まぁ光界生まれならばわからなくても無理はないが、世界は広いんだ。人間のいない孤島とか……人間の来ることのできない剣山の中に住むなりして、その強大さが意味のない環境を己で作ればいい。そして、なんだ、災害やら氏族やらの進行から人間を守るでも、若い鬼を守るでもしてやればいい」

 

 だってそれが。

 

「先達の義務というやつだ。好きで早くに生まれたわけじゃないだろうがな」

 

 さて……踵を返すとしよう。

 無駄な時間を過ごしたな。鈴李たちと合流するか。

 

「奔迹、陽弥。そいつとまだ話していくか?」

「いーや? 俺は拝融との会話がこれで最期になるものだと思って来ただけだからさ。この先も生きてくれるなら、特に用事はないさ」

「私も……そろそろ戻らないと、母が拗ねてしまいそうだからね」

「……あ、俺だけ先に出るな! 青清君と鉢合わせるだけでもこえーのに、神門様までってなったら……よーしさらば! あ、そう、あ、あ、そう! 俺は流離いの奔迹……! まるで風のように去るぜ、ぜ、ぜ、ぜ……!」

 

 ぴゅーん、なんてオノマトペのしそうな速度で出ていく奔迹。

 

 だから、一応振り返らずに言う。

 

「あいつの中ではお前の生は決定しているようだが、友の信頼を裏切る理由は見つかったか?」

「……いい、や。……探して、みよう。生きる、理由を」

 

 それでいい。

 

「それでは、失礼するよ」

 

 濃密穢れ部屋から出る。

 出て。

 

「……ふぅ」

「疲れたのかな」

「いや、まぁ……劣化"(とこしなえ)の命"の外法は、際限なく穢れを吸うからな。……あの場にいるだけで、それなりの煩わしさがあっただけだ」

 

 息苦しかった。心臓と肺に真綿を詰め込まれ続けているような感覚だ。

 それと比べると、部屋の外の空気のなんと澄み渡っていることか。

 

 ──ずしん、と。

 山灰庇炉處が揺れる。

 

「……」

「……」

 

 揺れの方向は……鈴李たちが向かった方から。

 

「早めに合流するか。どうにも青清君が癇癪を起こしている気がする」

「そうだね。……大変だね、あなたも」

「ん、なんだお前も玻璃を……じゃなくて、そうか。十一年間青清君の相手をしてきたのだったな」

「ああ。……緑涼君だけが、癒しだったよ。彼に非道を働いておいて、何を、と。そう言われることは、承知の上でね」

 

 だろうなぁ。

 州君……あのラインナップだもんなぁ。

 

 

 

 道中で拾ったラヴァストーンらしきものに鑿を当てながら移動する。

 良い子はやってはいけない。危ないので。

 

「それは?」

「まぁ、最近作っていなかったし、色々懸念事項もあったから辟易していた部分もあるのだけどな。いつ起きるかわからぬというのなら、こちらから引き起こす方が状況は掴みやすいと考えたわけだ」

「答えになっていないね」

「答える気が無いからなー」

 

 ラヴァストーン。直訳で溶岩石。実際の主成分は玄武岩だけど、一般的に言われる玄武岩より更に真っ黒で柔らかく、そして軽いことから一部地域では別の鉱石とされてきた……まぁ、パワーストーンの一種かな。

 それをコツコツと削っていく。

 私のメインウェポンは鋸とトンカチだけど、鑿と錐もサブウェポンとして忘れられない二つだ。防御が鋸と凛凛さん's包帯しかない以上、攻撃は最大の防御を地で行くしかない私は、けれど"八千年前の組成の赤積君によって作られた工具"ではないこの二つを戦闘で使うことができない。結果、最近は日の目をみることの少なくなってしまった、けれど愛用の工具二種である。

 ……そもそも工具はウェポンじゃない。それはそう。

 

「ところで、何の疑念も持たずに歩いているが、道は合っているのか?」

「揺れの強い方向に向かってはいるね」

「まぁ……別に感知できるわけではないから、そうなるか」

 

 どうするこれで。

 身長四(m)の鼠が大暴れしていました、ってだけだったら。

 ……別に陽弥なら倒せそう。こいつが戦っているところ見たこと無いけど。あとどうせいるだろ(シィェン)

 

「ほれ」

「うん……これは……念珠、かな。……本当に器用だね。歩きながらこれを作ったのか」

「まぁ石を削って丸くして、穴を開けて糸を通すだけだからなー」

 

 そう、作っていたものはラヴァストーンの念珠である。ほとんどブレスレットみたいなものだけど、ファンタジーな世界だ、なんか効果あるだろ。

 狙っているのは「符合の呼応」の方なので、大した意味はない。

 意味はないが……。

 

「私のいた楽土の……一部の者達の間では、それはやり遂げたいことのある者がつけることで、その背を押す、というものだった。精神を回復させるお守りだとな」

「なぜ、それを私に?」

「そういう顔に見えたからだ」

 

 先程の話の時からな。

 

 知らんよ。玻璃を泣かせることになる決断かどうかは。

 でも、そう見えたから……自然と作るものが定まっていった。それだけだ。

 

 また大きな揺れが走る。

 ……あの二人、勢い余って幽鬼を殺す、なんてことしていないだろうな。

 

「祆蘭、少し止まってくれるかな」

「蝙蝠のことなら気付いているぞ」

「そうか。ではなぜ歩みを止めないのかな」

「面倒だからだ」

 

 こんなもの、威圧してしまえば──。

 

 ボロボロと落ちてくる蝙蝠たち。

 それらは爛と目を光らせて、私に襲い掛かってきた。

 

 あれ?

 

「いやまぁ、斬るけど」

「だから言ったのだけどね……。あなたは少し、威圧に頼り過ぎている。それは人間を元とする存在にしか効かないよ」

 

 斬る。殴打する。斬る。蹴る……は無理そうなので回避、した先にいた奴を斬って、次のを……。

 

 あ、無理だ。

 

 刹那。

 全ての蝙蝠の心臓、及び頭蓋に、針らしきものが突き刺さった。

 それでも死に際にと落ちてくる蝙蝠を、長い爪が刺し貫く。

 

「……すまん」

「うん。楽土で幾年過ごしていようと、あなたは九歳児だったね。剣気も威圧も尊瑤(ズンイャォ)も、ごく最近知って、手に入れた力。子細を知らないのは無理もないよ」

「今のは……青清君かな」

「恐らくは。母があなたの危機を察知して、それを彼女に伝えたのだろう。母にはこの蝙蝠が見えないだろうから」

 

 蝙蝠。洞窟に住まう哺乳類で、鼠と同じく厄介者。

 吸血蝙蝠……なんてものがこっちにいるかどうかは知らないけど、単体蝙蝠でもかなり厄介だ。穢れ……じゃない、汚れの塊のくせに噛みついてきたりひっかいてきたりするから。

 

「剣気は動物に有効だったのに、威圧は効かないのだな」

「理由は、わかるかな」

「いや……魂がないのかとも思ったが、少し前に魂のある小動物を見ている。んー……わからんな」

「結局威圧というものは、魂の存在感で他者を圧倒するもの。動物は恐怖を抱くことはできても、畏怖を抱くことはできない。だから威圧をしても意味がない」

 

 はー、なるほど。

 畏怖、畏敬。確かに無さそうだな。

 

「ちなみに尊瑤だったら」

「流石に潰すことができていただろうね」

「出し渋ったのが間違いか」

「いや……洞窟内で尊瑤は、どこを崩すかわからないから、やめた方が良いだろうね」

 

 ……うむ。

 

「やはりお前は生きるべきだな。知識を与える者……教職にでも就け」

「これくらいは、その三つを知っている者なら誰であっても知っているよ」

 

 それはあれかな。

 天染峰の名前を知らなかった私へのあてつけかな。

 

 ……ううむ。

 

「ところで」

「気付いているよ」

「ならばどうして足を止めない」

「足を止めたが最後、襲ってきそうだから、かな」

「──足を止めていないのに襲ってくるようだが!」

 

 二人して振り返る。

 そこには……サカサマの顔から涎やら涙やらを流す……()()()()()()()()がいた。

 

「劣化"(とこしなえ)の命"だな、あれは」

「そのようだね。固定具を外して逃げた個体だろう」

「お前、何か攻撃手段はないのか!」

「爪くらいだね。後は普通に殴打するか」

「よーし案外使えない! 劣化"(とこしなえ)の命"である以上穢れを吸われる可能性がある。直接攻撃は禁止だ!」

 

 そして、前へと出る。

 サブウェポンはしまって、メインウェポンを出して。

 

「行くぞ──化けも」

 

 その三つ首が、ゴロリと落ちた。

 次いで、ザクザクとニンゲンの身体に刺さっていく刀剣類。果ては斬撃が生み出され、へこみ、圧縮されて……。

 

「陽弥。祆蘭を前に立たせるとは何事だ!」

「怒らないでほしいかな、青清君。新帝命令で下がれと言われたのだから」

「陽弥、よく頑張りましたね。母は遠くから見ておりましたよ」

「見ていたのに直前まで何もしてこなかったのは、私への意趣返しかな」

「はて? 何のことでしょう」

 

 えーと。

 まぁ。

 

 合流成功!

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