女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十七話「人物像」

 緑麗城(ロクリージョウ)よりも高い場所に作られた「相対位置固定の輝術による足場」。

 そこで改めて、現状何が起こっているのかを共有してもらった。

 

「雲下にばら撒かれた大量の遮光鉱粉末に、遮光鉱の武器の無償配布、ねえ」

「雲の上の蓋に乗ってる奴らは全員睡蓮塔と混幇の構成員。だから武器の質も平民のものより良い。そこに加えて輝術師が混じっているから、油断できない」

「事態の発覚はいつなんだ」

「あの赤黒い空になった日の前日。緑宮廷に平民たちが乗り込んできたことが始まりだった」

「ということは、そろそろ十日近く経つことになるのか。……緑宮廷の貴族たちは今どうしている?」

「伝達がままならないから、妨害されない範囲で集団行動をしている現状にある。基本は地下にいるよ」

 

 ……遮光鉱の本体は液体。

 流し込まれたら終わりだな。

 

「緑涼君。平民が一斉蜂起したのか、それともどこかの村から伝播するように蜂起していったのか、というのはわかるか?」

「報告によれば一斉蜂起だ」

「成程、そこそこ綿密に計画が立てられていそうだな」

 

 絶え間なく空気中へ遮光鉱粉末をばら撒く術。それを雲上に運ぶ術。武器を拵え、平民たちに渡す術。

 そして一斉蜂起ということは、貴族街の貴族なんかの感知からも逃れていた、ということ。……輝夜術でそこかしこにアジトが作られている、とかかな。

 

 赤黒い空で平民が狂乱に陥った、というわけではないのなら、必ず扇動者がいる。

 貴族の英雄の死……というか腐敗の発覚が皮切りになったということは、初めから捨て駒だったか、あるいは"(もやいぶね)の体"か。術者がいなくなったのだから全て死んでいると思いたいけど、どうだろうなぁ。

 とにかくそれが発覚することが事前にわかっている立場の人間でなければこれらは起こせない。加えてたくさんの人員を動員できる信頼も必要。

 睡蓮塔の幹部、混幇の幹部。……笈溌らだけではなかった、ということなら……他に誰が。

 

「これは……まだおれが身内贔屓している、とかじゃないんだけど」

「点展ではないと思う、か?」

「ああ。だってあいつにこんなことをする理由がないだろ」

「理由ならあるだろ」

 

 やっぱりどこまでも身内に甘いな。

 そして甘いが故に見極め切れていない。

 

「紊鳬も笈溌も、結果的に見れば世界のために動き、世界のために巨悪を食い散らかして死んでいった。……それら行為の善悪は知らん。知らんが、お前の知る点展もまた、そういう男なのだろう?」

「そう、信じたい。……あいつは本当はおれを裏切ったわけじゃないんだって……思いたい自分がいるのは、事実だ」

「だからその上で……久方振りの詭弁小娘祆蘭の登場だがな。点展、紊鳬、笈溌に共通していたのは、世界のためには動いているし、知ってしまったが故の巨悪にはしっかりと立ち向かっている。ただ、()()()()()()()()()()()()というところだと思う」

「っ……」

 

 劣化"(とこしなえ)の命"然り、尸體處での工作、混幇、睡蓮塔、灯濫会などなど然り。

 あいつらにとって人々は「そういうもの」でしかなく、要素としてしか見ていない。

 

 であれば。

 

「今回の件、仮に点展が引き起こしていたとしたら、何が目的に見えるか、という話だ」

「……目的」

「そう、目的だ。これだけのことをしているのだから、必ず目的が……最終地点が存在する。そして私はその目的が……点展のやろうとしていることが、"世界の外に出す人間の選別"なんじゃないかと考えている」

「それは……おれも、ちょっと考えたよ」

「ほう」

「君の言ってた、世界の外に出る、という話。……正直言って、実感が湧かない。世界の外ってなんだ。そこは人が住める場所なのか。そこには十二分の食糧があるのか。鬼みたいに人を襲う敵はいないのか。そもそも充分な土地はあるのか……とか、考えれば考えるほど色々な不安が出てくる。そしてそんな不安だらけの世界に、混幇や睡蓮塔みたいな犯罪者を連れていったらどうなるのか」

 

 ま、考えるよな。

 そしてそれは本当に考えるべきことだ。私でさえ世界の外がどうなっているのかなど知らないわけで。そんな場所に皆を放り出そうとしているわけで。

 

「相手が鬼であるかどうか、というのは輝術師でも平民でも判断し難いもの。そして点展は古くからお前に仕えてきた付き人。平民なら、点展の言葉をそのまま受け取ったっておかしくはない。……さて、では点展が平民を煽動したのだと仮定して、次に見えてくるものはなんだ」

「世界の外へ出る、という行為に反対する者達。そして……貴族に恨みを抱く平民たち」

「そう。赤州で混幇及び睡蓮塔の最高幹部と思しき者を討滅した。その者達は、世界の外へ出る気はサラサラない、という旨の発言をしていたよ。その思想が配下の者達へも浸透しているのなら、私に対して中立的な態度を取っているお前や貴族を疎ましく思う者も出てこよう。そこへ点展からこの話を持ち掛けられたのなら、意気揚々と協力するだろう。実行犯として動いていた者達だけでなく──当然のような顔をして緑宮廷や貴族街で"お貴族様"をしていた連中も、だ」

 

 大人しく投降する……あるいは背を押してやればいい。

 貴族(私達)から見ても、新帝はおかしなことを言っている、と。そして緑宮廷には腐敗した貴族がこれでもかというほど集まっている、と。

 計画を事前に知っていれば、追われる側から追う側へ早変わりだ。数を味方につけるのは、まぁ、賢い選択なのだろう。

 

「そいつらが出てきて、誰が一番得をする」

「……」

「お前、あるいは関与しなかった人々、だろうな。むしろ見せしめになるかもしれない。悪意を持ったまま世界の外へ出るのならば、その前にこうなるぞ、と」

「おれが……そいつらを粛正する前提の話だよな、それ」

「当然。ま、お前がやらなければ点展がやるのだろうが。……こんなところが推理素人こじつけ捏造でっち上げ詭弁小娘祆蘭の推理だ」

 

 これは点展の善性を信じた推理だ。

 彼の悪性を軸にするのなら、また別の……全く別の見方になるだろう。

 あの老人を信ずるが故に、あの老人ならば平民の一斉蜂起を捨てカードの一枚として扱うくらいはするだろう、と。

 

 つまるところ、この一件は「待っていれば終わるもの」。正直尽力する意味はないものであるけれど。

 けれど……ま、見過ごせないだろうな、この州君は。

 

「……君には目的がある。だから」

「ああ。まぁそうなんだが、目下平民と混幇らの標的は私だよな」

「それは……否定できない」

「私が関わらずともできると……自分で終わらせられるというのなら、どうにかして私を黄州まで送ってくれ。はぐれてしまった青清君、祭唄とも引き合わせた上でな」

「もちろんだ。……だから、守るよ」

「自分でできないというのなら手伝ってやると言ったんだが、聞こえなかったか」

「おれだけで充分だって返事をしたんだけど、伝わらなかったか?」

 

 へぇ。

 私が来ないと全事象が明るみとならない世界で、「おれだけで充分」か。

 

 ……任せてみるのも、アリなのかな。

 光界の外に出たのなら全てがそうなる。この世界はこの世界であるからこそ私が必要だけど、同時に「何をしても解決しなかった」という経験は……。

 いや……何を母親面しているんだ私は。人類の保護者でも気取るつもりか。

 

「護衛を頼む」

「うん。任せてくれ。……御前試合じゃ実力を見せられなかったからな」

「……『騎士』とするには、些か幼いな」

「ん? 今なんて言った?」

「なんでもないさ」

「そうか。それじゃ、乗ってくれ」

 

 と。……彼は私を背負おうとする。

 うーん。それ機動力落ちないか? 普通に浮遊の輝術を使った方が……ああ譲る気はないのね。

 まぁ乗るけど。

 

「よし、行くぞ!」

 

 固定輝術の足場が解除される。そして──急降下が始まった。

 

 理解する。浮遊の輝術じゃダメだった理由を。

 背負われたまま、雲の隙間を通り抜ける。ギリギリ、本当にギリギリを。

 さらにそのまま雲下を行く……のかと思ったら、乱高下やら錐もみ回転を繰り返す緑涼君。

 

「おい、こんな飛び方をする必要があるのか!?」

「君には見えてないかもしれないけど! 空気中には遮光鉱粉末の塊があるんだ! おれは今それを避けながら飛んでる!」

「成程。ちなみに少しでも触れたら?」

「真っ逆さまだ!」

「では私を殺さんよう頑張れ」

「君な、気分の乱高下が激しすぎるだろ! さっきの緊迫した声はなんだったんだ!」

「いや突然お前が『スリル』……危険に満ちた飛び方を求めたのかと焦っただけだ」

「そんなわけないだろ!」

 

 避ける避ける。避ける避ける。

 私には何も見えないけれど、多分輝術師の感覚的には水中……空中機雷みたいなものがそこかしこにある、といった感じなのだろう。

 その上で不可視。あるいは見えていても粒状だから、ちゃんとした範囲はわからない。完全な感覚頼りでの飛翔。しかも私という荷物付き。

 

 うん、頑張れ。

 

「ん……狙われているな。雲上に三十人ほどの弓兵、地上は……よくわからん人数がいるが」

「下の平民は五十七人! この区画を抜けると三百人の弓兵がおれを待ち構えている!」

「お前を狙うのか?」

「君を狙っている()()()だよ!」

「へえ、毒も吐けるのかお前」

 

 決壊しそうになっていたあたり、思うところもあるのだろう。

 盲目的な……妄信的な平民。どれほど己を慕ってくれているといっても、これじゃあな。

 

「私が蹴散らしてやろうか」

「そうやって悪者になろうとする奴は点展だけで充分だ! おれは州君としての責任を取る!」

「州君ねえ。世界の外に出たら、お前はただの子供に戻るんだけどな」

「今だってただの子供だよ! 成人したばかりの子供! ──そして、戻るんじゃなくて、成るんだよ。ようやく()()()()()!」

 

 ──いちいち気に障る子供だな。……こう在れたらどれほど心地よく生きていけるかと……考えさせられる。

 ──眩しいものが苦手なんだねぇ。いやぁ、烈豊は私が育てたから、媧、私のことを。

 ──うるさいのじゃ役立たず。今媧が己を省みて感傷に浸っている良い場面なんじゃから、静かにしておるぞよ。

 ──……燧に苛立つのは最早当然のこととして、祝、お前も最近ちょっと……。

 

 こちらに弓を構える弓兵隊が見えてくる。

 威圧を使わないのであれば、これをどう切り抜けるのか。鏃として加工された遮光鉱は健在。なお、遮光鉱の矢でなくとも九歳女児ぼでーにはぐっさり行くことだろうう。

 

「来たぞ!」

「緑涼君には当てるなよ!」

「良く狙え、背中の小娘を落とせば緑涼君の目も覚める!!」

 

 私は寄生虫か何かか。

 

「で、どうするんだ」

「全力で突っ切る!」

「……まさか無策、で──!?」

 

 スピードがぐんと上がる。輝術で風やら何やらが抑えられているのだとしても、かかるGはとんでもない。

 

 矢が飛んでくる。その全てを……彼は、烈豊は、全て避ける。

 飛翔の輝術を切って落ちることもあれば、突如全開まで上げて進むこともある。

 今まで見てきた州君の中で……玻璃も含めて、段違いに巧い。輝術の使い方というか、判断自体が。

 

「よし、抜け──」

「はい油断」

 

 頭上から降ってきた、平民のそれよりも速いその矢のどてっ腹をトンカチで殴って落とす。

 

「……助かったよ」

「なぜ不満そうなんだ」

「君には一生わからない」

「なんだ、恋猫(レンマオ)という恋人がいるのに、どんな女にも格好いい所は見せたいか?」

「うるさいな……集中が切れるから話しかけないでくれ!」

「第二射来るぞー」

 

 また速度が上がる。

 若いねえ。

 

「……実際のところ、どうなんだ」

「何が!」

「ああいや、色恋の話じゃなくて。蓋の上にいるのが全て混幇と睡蓮塔の連中であるのなら、蓋を消してしまえば良いだろう。それで落ちるのは敵だけだろう」

「それは……遮光鉱がどれほど重く、結合の強い物質か……少しくらいの知識はあるだろ」

「人命云々じゃなくて、降り注ぐ武器類が危険なのか」

 

 そしてそれら武器類は遮光鉱付きで消せもしません、と。

 成程、面倒臭い。

 

「もうすぐで今日の合流地点に選んだ場所へ着く。青清君たちがいたら君を渡す。多分投げることになる」

「居なかったら?」

「どこかへ身を隠す。……けど、正直もう身を隠せる場所なんてないから、新帝同盟の廟まで送ることになるかもしれない」

 

 だったら黄州へ送ってもらいたいものだ、が……。

 

 点展がやっているこの「膿を出す」行為。

 考えるべきは、というか、……点展が私や幽鬼を膿に含めているか否か、という部分は考えるべきかもしれない。

 実際、今私がやっているのは保険作り。最悪の場合でも、次の天遷逢までに私の意識があればいいだけだから……点展的には、「残すべきでない者」を残す行為に映るのかもしれない。

 

「──いた! 青清君!!」

「そうか、それなら」

「囲まれて──」

 

 言葉を最後まで聞くことはなかった。

 背負われている状態で烈豊の顎に手を回し、ぐん、と下げる。

 高速で飛翔していた彼が下を向けばどうなるか。答え……背負われている私が前方へ飛んでいく!

 

 背後、「この馬鹿」をもっと口悪くした感じの、聞き取れなかった罵声が聞こえた気がしないでもないけど、まぁ知らん。

 

 囲まれている。遮光鉱の武器を持った平民に。

 鈴李が、たった一人で──誰に手を出すこともなく。

 

「ハ──」

 

 嗤う。面白くて。

 

「なんだ、なんだ、どうした鈴李!」

 

 彼女を囲う平民の頭を踏んづけ、時には蹴り飛ばして……彼女の隣へ着地する。

 

「緑州へ入った時は、敵であれば殺しても構わんというような発言をしていたのに──今更私への点数稼ぎか?」

 

 放たれる矢。礫。振り下ろされる剣。突き出される槍。

 それらを全て、尊瑤(ズンイャォ)で叩き潰す。

 

「……馬鹿者。遮光鉱さえ避ければ、こんなもの大した傷にはならぬ。平民の繰り出す剣速では止まって見えるほどに遅いし、矢もそこまで強く引かれているわけではないからな」

「莫迦者はお前だ、鈴李。──大気中にどれほど妨害するものがあろうと、私が近づいてきていたことは感知できていただろう。呼べよ、私のことを」

 

 私が……新帝が現れたことで、平民らの目は血走るように厳しいものとなっていく。

 だから、ついで剣気も混ぜてやった。

 

「私を使って注意を逸らして、そうして逃げれば良かった。そうすれば烈豊が私を逃がしていただろうしな」

「緑涼君と密着し、彼に逃がされるお前と……こうして私の隣に立ち、私の前で格好つけるお前。ただただ後者を見たかっただけだ、と言ったら……お前はなんと言う?」

 

 もう一度、歯を剥き出して笑って。

 

「上出来だ。良い我慾で、良い恋慕だ。──いつか言っただろう、鈴李」

 

 名前を呼ぶ。何度も呼ぶ。

 恥ずかしいからと、二人だけの時だけがいいと言われた彼女の名を、これほど大勢の前で呼ぶ。

 

「あんたが弱者となった時……その時に、私が守れるほど弱くなっていたら、守ってやる、と」

 

 今がその時だ。

 

「あんたがそれほどまでに我慾に塗れ、利己的で、己が恋慕と世界の危機を天秤にかけるような劣悪な人間であったとしても、私はお前を守る」

「ならば……今度は、言ってくれるか」

()()()()()()()()。世界の何が、目に映る幾百が認めなかろうと、これが私達の逢瀬」

 

 だから。

 

「ほら、力を持たされた凡夫共。新帝祆蘭はここにいるぞ──! 己の行動を己の心に誓い得るのなら、迷っていないでかかってこい!」

 

 もっと。

 もっと、広く。

 物質界に干渉する尊瑤。剣気。威圧。それらは大きく広く、緑州全土を覆うほどに。

 

「我が信念のもと! 全て、この身の前へ叩き落してやる!」

 

 私は此処にいるぞ!

 

 

 

 果たして。

 

「……なんだ、誰もかかってこないのか。つまらんな」

「お前な……。ずっとお前のそばにいた祭唄でようやく、という具合であることを忘れているのか?」

「む? 穢れは出していないが」

「威圧の方だ。私や進史ですら膝を折りかねない存在の圧に、単なる平民が歯向かえるはずがなかろう」

 

 ああ。

 いや、最近威圧したら仕返してくる敵の方が多すぎて忘れていた。

 そういえばそういうものだったな、これ。

 

「うぅ……とんでもない範囲の威圧を使うんだな、祆蘭……」

「おお、烈豊。無事だったか」

「無事なもんか……。危うく人々の背に突っ込みかけて、急制動して上空へ向かったせいで頭がくらくらする……」

「そうかそうか。まぁそういうこともある」

「なんか……真面目に受け答えするのが馬鹿らしく思えてきた」

 

 まぁそれは正解。

 適当詭弁小娘だからな。

 

「さて、今の内に遮光鉱の矢は全て折っておくべきじゃないか? 剣や槍はどうしようもないだろうが……」

「いえ──」

 

 一瞬、地面が全て砂で覆われる。

 その後、平民たちの手にあった武器はどこにもなくなっていた。

 

「こうして埋めてしまえば、楽でしょう」

「濁戒、無事だったか」

「私は鬼ですので。加え、祭唄……と、もう一方もご無事ですよ。また、緑州全土にいた幽鬼は」

 

 森という森。茂みという茂みから、……見知らぬ鬼が出てくる。

 彼ら彼女らの手には、たくさんの幽鬼が抱えられていて。

 

「どうぞ、お使いください」

「ああ」

 

 捧げられるままに消費する。

 ……十二分ではある、けれど。

 

「置いていくことを嫌いますか」

「なんだ、わかっていたのか」

「天染峰全土を回るとなれば、それしかないでしょう。……しかし、なぜ鬼を使わないのですか? 私達であれば、各州の幽鬼を集めることなど容易ですが」

「一応、声を聴くことのできる耳を手に入れたのだ。解消できる悩みは解消してやりたいと思ったのだが……もう無理かね、これは」

 

 日数があまりにも足りない。

 これは……頼るべき、か。

 

「祆蘭、青清君」

「ん」

「なんだ、緑涼君」

「やっぱり緑州の問題はおれが片付ける。今回の手助けは助かったけど、どうしてもおれがやり遂げたいんだ」

「天遷逢が期限だ。そこまでに間に合わなければ、すべてが無駄になると思え」

「ああ。──点展、お前もそれでいいか?」

 

 投げかけられる声は、上空へ。

 そこに……人工的な穢れの意思、「竜」に乗る老人がいた。

 

「こちらの意図を汲んだうえで、まだそのような妄言を吐きますかな、緑涼君」

「うん。お前の言いたいことはわかるし、おれも……少しは、"そう"思うこともある。だけどこのやり方は間違って……ああ、いや」

 

 この世界では成人したばかりの。

 私から見ると少年にしか見えない彼が、老人を見つめる。

 

 

「おれが気に入らないんだ、このやり方。だから……最後まで、おれの我儘に付き合ってくれ」

「ほっほっほ……勿論ですじゃ。──というわけで、巻き込み、相失礼。混幇及び睡蓮塔の件において──新帝。あなたは何も理解せぬまま終わるという、すっきりしない終わり方を迎えさせてしまうことになりますが、よろしいですかな?」

「構わないが、一つだけ教えろ、点展」

「なんなりと」

 

 私がモヤモヤする、なんてことはどうだっていいんだ。

 

「お前にとって、烈豊はどんな存在だ」

「……誰にも触れさせたくない翠玉、ですかのぅ」

「そうか。──烈豊、こいつに思い知らせてやれ。歯が全部割れるまで顔面を殴るんだ。いいな」

 

 踵を返す。

 鈴李に「行こう」と伝えて……そして。

 

「濁戒。赤州の幽鬼を集めてくれ。私達は黄州を回る」

「御意に」

 

 その決着に。

 幸多からんことを。

 

 

 

 その後、濁戒の作った砂のドームで休眠していた二人……祭唄、玉帰さんと合流した。

 ただし玉帰さんは、「この状況となったことには俺にも責任がある」とかで緑州に残るそうで、特に引き留める理由もなく解散。

 私、鈴李、祭唄の三人は黄州へと向かうこととなる。

 

「正直に言うと……落胆はした」

「ん、どうした祭唄」

「緑州の人達。貴族だからと襲ってくるのは良い。その差別は……私達もしていたことだから。でも、祆蘭が災いを起こしている、なんて根も葉もないことをあそこまで盲目的に信じて、武器を向けてくるその所業。……奇異に、映った」

「誰であれ、未知とは恐ろしいものよ。つい先日まで幽鬼も鬼も輝術も知らなんだ平民にとって、楽土より帰りし神子、という言葉の重みもわからぬどころか、それが己とどう違うのか、見た目では分からぬ違いとはなんなのかに恐れることも当然だろう」

「加えて、私が新帝となってから災禍が起きまくっているのは事実だしなー。起こしているのが氏族やら混幇やらであるとはいえ、何も知らん奴からみたらそう見えるのは致し方なかろうさ」

 

 それに。

 

「点展の"膿を出す"というやり方は……私からしてみれば、何の意味も無いことのように思える。善性のみでは社会は回らん。巨悪が膿として出されたのなら、潜在的な悪意がまたどこかで芽生えるだけ。世界の外へ連れ出す者が善人だけでも、いずれは、というやつだ」

「悲観的が過ぎないか、祆蘭」

「本当にそう思うか?」

「……いや」

 

 情報収集をしてヒトを知ってきた鈴李なら、楽観視はしないだろう。

 昏迷の時代になると言った。……確実に、なる。世界の外では絶えぬ争いが起きるだろうし、貴族は勿論、平民でさえも元の暮らしを再現するのは難しいだろう。

 そのための前準備を新帝同盟にやってもらっているけれど、果たしてそれがどう功を奏すのやら、という感じ。

 

 善人でしかないやつなんて薬にもしたくないほどしかいないよ。いて、アイツの嫁さんくらいだろう。

 

「話題を出しておいて、話を遮る。ごめん」

「どうした?」

「私の気のせいでなければ、黄州の空気が綺麗になっている……ように思う」

 

 空気。……おや、本当だ。

 あれだけ出ていた鍛冶場の煙がまるでない。あ、でも。

 

「現状、黄州の空に雲はないんだ。当然じゃないか?」

「溜まらなくなったとしても、鍛冶場が稼働していたら煙は出るもの、じゃないの?」

「……まぁそうだな」

 

 じゃあなんだ、鍛冶場の全てが停止しているとでも。

 

「玻璃に伝達を取ったが、特に何も指示していないそうだ。……何か事件でも起きているのか?」

「黄州全体で、となると相当だが……」

「近くの鍛冶場に降りて、話を聞いてくる。祆蘭と青清君は引き続き幽鬼探しをしておいて。何かわかったら伝達を入れる」

「ああ、気を付けろよ」

 

 下降していく祭唄。

 

「不穏だな」

「そうなのか? 一応すべてを精査しているが、そのようなものは見当たらぬが」

 

 渦理論で行くと……そろそろ「事件」が起きてもおかしくない頃合いだと考えている。

 相変わらずどこが終点でどこが次の渦の起点なのかは分からぬままだけど、なんとなーくでわかるのは、最近「トリックらしいトリック」や「事件らしい事件」に出会っていない、ということだ。氏族からの干渉は全て天災のようなものだから、そろそろ……「今潮の事件」や「黄宮廷での集団自殺」、「時代遡行トリック」みたいなものが出てきてもおかしくはない。

 

 ──渦の話で言うのなら、お前が黒州で見たアレについてだが。

 

 まぁ、そう。それもそう。

 あれこそが「渦の発生源」である可能性は一応考慮している。しているけれど、どうしようもないじゃないか、という考えが強い。

 だからこそあんなに不思議なものを放置したのだしな。実験のしようなどいくらでもあったのだけど、「符合の呼応」を万一にでも発生させてしまった場合、氏族の思うつぼになるかもしれない、と。

 

 謎の全てを解明する必要はない。

 謎は謎のままに残しておくこともアリだと考えている。(チー)には「その程度の謎も解かずに」みたいなことを言われた気がするけれど、私は探偵ではなく犯人なんだ。

 解く役目が誰かに渡っても良いだろう。

 

「と……もう伝達が来たぞ」

「お」

「ふむ。……ふむ?」

 

 首をかしげる鈴李。どうした、なんかあったのか。

 

「……以前お前が使った……投石器だったか。あれで金属に類するものを合金したことがあったのだろう?」

「ああ。蘆元が連絡を取ったとかなんとか」

「それで……今黄州では、輝術を使わずに金属を加工する技術、及びそれに関する研究が流行しているらしい」

「……」

「なんでも、仮に輝術を使えなくなった場合、あるいは輝術の通じない相手に対し、武器や生活基盤となる道具を提供できるようにするため……とか」

「おい、奔迹(ベンジー)

 

 声をかける。……すると、観念した、とでもいうかのように……どこからか彼が出てきた。

 本当にどこからか、だ。

 

「見つかっちゃあ仕方がない! あ、俺は! そう俺は、あ、あ、さ、流離いの奔迹! そう、俺こそが流離いの──」

「お前だろ、この流行を作ったのは」

「奔迹、ぃ、ぃ、ぃ、い、い、い……!」

 

 先にも述べたけれど、新帝同盟には「世界の外に出た後」のための前準備をやってもらっていた。

 即ち、せめて原始時代とならないために行える技術の継承である。ただし建築の知識なんか無いので、私が新帝同盟へと伝えたのは「木材の選定、加工」、「樹皮の縫い方、編み方」、「金属の精錬方法、合金」、そして先の話にはなるだろうけれど「合成樹脂」の話。環境汚染の話なんかはほとんどしなかった。地球環境と外の環境が同じとは思えんし、他ならぬ祝が「その辺りは気にしなくてもよいと思うがの~」とか言ってたから。

 

 で、だから濁戒やこいつにも技術の継承のためのあれこれをやってもらっていた……のだけど。

 

「……いやー、まぁこういうのは数が多ければ多いほど進みが早いからさ。ね? 俺が一人で頑張るより、黄州人の山より高い矜持を突いてやって研究の流行を促した方が早いと思ったんだよ。……わ、悪い事じゃないだろ!? どうせ教える内容なんだし!」

「手段に依る」

「それは、まぁ、簡単に言うと……ほら、土でやる成り済ましの術があっただろ? あれを俺なりに改良して、声を多く、大きくして……流行を扇動しただけだよ。輝術師は一度"流行っている"って誤認すると、輝術的総合無意識からその整合性を取って、合致した瞬間に"そういうものだ"って納得する性質があるから……おっと、これは良い子は真似しちゃダメな手段だぞ!」

 

 世界の外に出れば輝術ネットワークは消えるとはいえ、こいつ本当に危険だな。

 仮に電子の世界……地球現代程度まで文明が進んで、こいつが生きていたら……余計なことをしまくりそう。ネットリテラシーとか教えておいた方がいいのか?

 

「っと、挨拶が遅れたね。そっちのこわーい目つきの女性が小祆に片想い真っ最中の青清君──どわっほい!?」

 

 無言で放たれる斬撃の輝術。それはいとも容易く避けられた。

 オーバーリアクションで隠しているけれど、その軌道の全てが見えていたっぽいな、今。

 

「説明をしたのなら去れ、鬼。……そして私と祆蘭は、もう両想いだ」

「……ああそう? じゃあ青清君、君頑張った方が良いよ」

 

 突然冷静になって……というか能面みたいな顔になった奔迹が言う。言葉を紡ぐ。

 

「何をだ」

「小祭みたいに、小祆の名前を小祆の楽土での文字で覚えること。記録するんじゃなくて、記憶するんだ。小祭にはもう忠告済みだから彼女は頑張っているけれど、今からで間に合うかどうかは知らない」

「なんの話だ、鬼」

「世界の外に出たら輝術は使えなくなる。それは知ってるんだろ? ──なら、輝術に蓄積されている知識はどうなると思う?」

 

 バッと顔を上げる鈴李。

 どういうことだ。輝術に蓄積されている知識?

 

「覚えることと、覚えておくべきこと。今の内に溜め込んでおかないと──全部忘れちゃうぜ?」

 

 言い残して、奔迹は姿を消す。またどこからか、へ、だ。……あいつも本当に色々隠しているな。

 

 で、それはともかく。

 

「今の、どういうことだ。物事を記憶すること。それ自体を輝術に任せているのか?」

「……一部はそうだ。先人から伝承される知識や、全体で共有される知識。加えて、輝絵情報や声紋情報を含む人物情報は……輝術師自らが持つ記憶の貯蔵域に保管されている。理由としてはまぁ、膨大過ぎるからだ。情報伝達でもそこを経由する。刹那の間に交わされる膨大な量の情報は、ここを経由するからこそ私達の脳へそこまでの負担をかけない。逆にそこを経由せずに行うのが上限情報だ」

 

 ……クラウドストレージを生来持っていて、容量の大きいファイルはそこへ投げるのが基本になっている、ってこと?

 いやホント凄いな輝術師。

 

 そして今、輝術が失われようとしているのなら……ネットワークもクラウドストレージも全部使えなくなる、って話か。

 情報伝達も経由しているってことは、メールボックスみたいな役割も担っている?

 

「まず、お前の名前。どういう字を書くのか教えてくれ。すぐに覚える」

「ああ、それは良いが……本当に全ての情報を輝術に収納しているのか? 少し信じ難いというか」

「すべてではなく一部だ。日常会話に必要な言語能力、常識、生活能力と言った共有する必要のない情報や膨大でない情報、あるいは無意識に行ってしまい得る情報は脳が覚えている。たとえそれが先人から伝承された知識であっても、な」

 

 ああ……赤ちゃんになるわけじゃないけど、ちゃんとごっそり……特に人間関係なんかの知識が持っていかれるのか。

 それは……まずいか? 平民はそういうストレージを有していないから、脳が全てを覚えているはず。私の体験から言えば、魂が。だから……外へ出た時、輝術師だけが膨大なデメリットを背負うことになる、と。……平民と貴族の関係性が逆転する未来まで見えるな。

 

「これは、少し……全体への周知も必要、か? 世界結界を出た瞬間、隣人が隣人でなくなるかもしれないのだろう?」

「いや、先も言った通り無意識に刻まれる程の相手であれば問題はない。忘れてしまうのは伝聞で聞いたような知識だ。共有されていた人物像が見えなくなる」

「なら私のことを強く認識する必要なんてないんじゃないか? お前も祭唄も、私のことはもう魂へ強く刻み込まれているだろう」

「……」

 

 違う、のか?

 なんだその深刻そうな顔は。いやまぁ奔迹がわざわざ忠告してきたあたり、何か事情があるのだろうけど。

 

 なん……だろう。

 輝術師はそもそも、私のことをどう認識しているのだろうか。

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