女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十六話「吸引機」

 仲良く眠ったあと、私達は全国行脚に出た。

 達……というのは鈴李と祭唄、だけではない。

 

「いや……進史さんが来たら、青宮廷が回らなくなるのでは……? 良いのか……?」

「どの道輝術が使えなくなれば刹那の間に報告が二百も三百も来ることはなくなる。だから、慣らし、という意味も込めて奕隣(イーリン)に押し付けてきた。あいつも月織様の側近だったようだし……貴族というものがこれからどうなっていくかも含め、分担することは良いことだろう」

「と言っても私と進史様は青州までの同行だけどねー。黒州ではほとんど力になれないでしょうし……」

 

 進史さんと蜜祆さん。

 この二人もついてきた。蘆元は奥さんとゆっくり過ごすらしい。そうしろそうしろ。

 

「ぬぅぅ……進史め……邪魔をするかぁぁ……!」

「青清君、顔が鬼みたいだぞ」

「失礼なことを言うね。私達はそんな顔をしていないよ」

「……ほう。この鬼、今ここで引き千切ってやろうか」

 

 あと今潮も。

 待機してろ、力を蓄えていろ、とは言ったけど、こいつは若すぎて蓄えるも何も状態なのでついてきたらしい。

 ただし劣化"(とこしなえ)の命"の外法はかかったままなので、かなりの距離を取っての同行だ。停谷(ティングー)は多分奕隣の手伝い。

 

「まったく……本当にただ練り歩いて、幽鬼を見つけるだけだぞ? 楽しいことは起きないぞ?」

「夜雀がついて来なかったのは意外だった」

「ああ、姉妹で過ごすのだとか言っていたな。宮女をしている者にも休暇を取らせるとかなんとか」

 

 良い判断だろう、それも。

 

 皆思い思いに過ごしてくれたらいいのに。一応、世界が終わるんだぞ? わかっているのかこいつら。

 

「あとは……まぁ、お前と青清君から目を離したくない。祭唄だけでは止められる気がしない、というのもある」

「む。私はもう青州所属じゃなくなったから好き勝手言える。だから言うけど──ついてきてくれて助かったかもしれない」

「素直でよろしい」

 

 人を危険物みたいに言いやがって。

 歩いて幽鬼探すだけだって言ってるだろう。

 

「おっと……この辺りの海辺、幽鬼が多いね」

「そうか。じゃあ青清君、進史さん、頼む」

 

 二人が前に出て……ザバァ、と。

 前に桃湯がやったように、モーセする。もとい、海を割る。

 

 そこに、命綱をつけた私が入って……ゆらゆら揺れている幽鬼を片っ端から消費していく。

 輝術の届かない深度にあるやつは、祝に頼んで幽体離脱を行っての作業。

 

 なお、今回は今潮が見つけたけれど、蜜祆さんの方が発見率は高かったりする。

 彼女は漁港育ちなので、知っているのだ。

 

 ……漁に出た輝術師が沢山死んでいる場所……死にやすいとされている場所を。

 加えて、知識として共有できない「漁村出身者の勘」もあるらしい。

 

 逆に山間部は今潮大活躍だ。なぜって、それなりの間住んでいたから。……とはいえ鈴李や進史さんの感知には負けるので、発見率で言えば最下位に近いんだけど。

 もう知っての通り、貴族街以外の……平民の村には幽鬼などいない。だからそういう場所はスルーして、貴族街の幽鬼は全部鈴李&進史さんに任せて見つけてもらって、多少話を聞いたりしつつ、使っていく。

 

 水生には──寄らなかった。「いいのか?」とは聞かれたけど、さもありなん。だって用無いし。

 ただ、意外な出会いもあった。

 

「祆……蘭……?」

 

 覚えのある声。だけどずっとずっと聞いていなかった声。

 それはある繁華街へ来た時のこと。

 

 どさ、と籠らしきものを落とした音と声にそちらを見れば……唇をわなわなと震えさせる女性が一人。

 よたよたと近づいてこようとする彼女を、けれど周りが止めた。

 

「は、放してください! 私は……私は、あの子の」

「わかっています。……ですが、周知にあった通り、彼女に近付くことはできないのです」

「……じゃあ、本当に……本当に、祆蘭が……新帝、なのね」

 

 ああ。

 そこからか。まぁそうだよな、実感なんか……湧かないよな。

 

「母さん」

「……もう。あの頃から……媽媽とは一切呼んでくれないところ、変わらないのね」

 

 距離を開けながら話す。

 この人だ。この人が、私の母親。……そうか、この街で働いていたのか。

 

「媽媽も爸爸も馴染みがなくてな。……前に一度水生へ帰省したことがあるんだ。その時爺さんと婆さんには会ってきたよ」

「……。……六つ月前、あなたが……青宮城で働くことになったと聞いて、あの人と一緒に腰を抜かしたものだけれど……今度は帝にまでなってしまうなんて」

「まー……三歳の時分だった私に聞かせたところで、何の妄言を、と吐き捨てていただろうな」

「その口の悪さと独特の訛り。……罐絨(グァンロン)さんでしょ、言葉を教えたの」

「ああ、あの酒飲み爺だ」

 

 あと野盗、というのは言わなくてもいい話。

 にしても。

 

「良いのか、仕事中だろう」

「もしかして……感動の再会を果たした親へ向かって、早く仕事に戻れ、って言ってる?」

「言ってる言ってる。……そこで泣かれると面倒くさいからな。涙は爺さんと婆さんの前で流せ」

「……爸爸に、会っていかないの?」

「ここで母さんに会ったのは偶然だ。会いに来たわけじゃないよ」

 

 沈黙は。

 

「そ。……ホント、誰に似たのかは知らないけれど、割り切りの激しい性格になっちゃって……。でも、ありがとう。三歳までしか一緒にいてあげられなかったのに……覚えていてくれて、嬉しかった」

「親を忘れる子はいないさ。どれほど良好な関係でも、劣悪な関係でも、記憶の底にこびりつくのが親の顔だ。……生憎と、今は私も仕事中でな」

「ええ。大丈夫よ……引き留めることはない。だって、世界で一番可愛い一人娘の()()だもの。あぁでも……ほら、これ」

 

 投げられるそれ。全員がスルーしているから害あるものではないのだろう。

 まぁ母さんがそんなものを投げるはずがないというのはそうだけど。

 

 キャッチしたものは、黒っぽい果実。

 

「これは?」

「あなたの名前の由来になった果物。水生じゃ食べる機会はなかっただろうから」

「へえ、私の名前の由来? なんて名前なんだ、これは」

仙然果(シィェンラングォ)。どう? ()()()()()()()()?」

「ああ……。……──え」

 

 似ている?

 今……似ている、と言ったか。

 

「中身は真っ白でね、暗闇の中の松明みたい。でも外側は滑らかな黒で、谷に咲く蘭の花みたい。だから、祆蘭。あなたの名前はそうやってつけたのよ。爸爸と一緒にね」

「あ……ああ、そういうことか」

 

 驚いた。

 発音が似ているから、なのかと思った。もしそうなら、この二人に同一因子は入っていない、ということになるから。

 勘違いか。……ただの偶然。でも……嬉しい偶然だな。

 

 ちょっと齧る。……あー、羅漢果(らかんか)か、これ。なるほど、羅漢がいないから……。

 

「お仕事、頑張ってね」

「ああ。母さんも。父さんにもよろしく……いや、こう伝えてくれ。──あなた達の娘は、たくさんの人から愛される存在になった、と」

「……ええ」

 

 落とした籠を拾って……って、あれ全部羅漢果、もとい仙然果か。

 あれを売っているのかな。

 

 互いに振り返る。見送ることはしない。

 見えていないと知りながら手を振って。

 

「達者でな」

「健康にね」

 

 私達は、これでいい。

 

 

 

 示硯山の中の幽鬼を全員消費して、進史さんと蜜祆さんと別れて。

 

「……鬼。お前は別れないのか」

「私は黒州までかな」

「ふんっ」

 

 ということがあったりして。

 鈴李と今潮の仲が悪いままに、黒州へ。既にこの時点で四日くらい消費している。

 

 黒州へ入ると、当然のように黒根君のお出迎えが。まぁ凛凛さんと蓬音さんには別の事してもらっているからね。

 

「いやぁ! よく来たねよく来たねうんうんうんうんうん……ん? ……二人の逢瀬に、なぜ男がいるのかな。祭唄は最低限の護衛だからいいとして」

「厳しいなぁ」

「……いいかい。ようやく二人の恋が──ん、いやあのなんで? ボク、青清君のためを思って今行動しているんだけど、上限情報は、なんで?」

「喋り方が気持ち悪い。余計な世話が気持ち悪い。そのにやにやした顔が気持ち悪い」

「前々から思っていたけれど、青清君ってボクのこと(きら)゛ッ!?」

 

 あ、上限情報だ。しかも一回目耐えられていたのに今回は仰け反ったあたり、さらに強力な……。

 

 確かあれ、加減を考えないと大変なことになるとか聞いたような。

 

「良いのだ。こうして共に歩いて回ることができるだけで、私は楽しいからな」

「そ……そうかい。……実は小祆に見てもらいたいものがあったんだけど、邪魔しない方が良いかな」

「見てもらいたいもの?」

 

 まだ……何かあるのか。

 あるなら解決しないと。

 

「とりあえず私に情報を……ふ、む? ……片方は月織の絵だが……もう片方は、なんだ?」

「その場から動かせないんだ。だから見てもらった方が良いかな、ってさ」

 

 おーい輝術師。

 情報伝達だけでやり取りして平民を置き去りにするのやめろー。

 

「祆蘭。荒っぽいやり方になるけど、害のない幽鬼であれば、私と今潮で無理矢理集められる。調査が終わったら青清君から私に合図してもらって、そこから幽鬼捜しを再開する、というのはどう?」

「いいのか?」

「うん、構わない。──いいでしょ、今潮」

「構わないけれど、どうやって集めるのかな」

「縄」

 

 ……シンプルでいいね。

 よし、それなら……黒根君からの依頼を承るとしようか。

 

 

 そうして案内された場所にあったのは小屋。その中に……光界と太陽、月の模型があった。

 模型。……微かに天体が動き続けているあたり……何か特別な。

 

「この大きい方の球は熱を放っているから注意してほしい。こっちは少し透明。これそのものは全く動かせない」

「……双方の球に傷があるな」

「ああ、これね。熱を放っている方は最近傷ついたんだ」

 

 連動している。確実に。

 これは……なんだ? 何を意味している?

 

 太陽の方に気を付けつつ、円柱状の部分……光界に触れてみる。

 ──直後、凄まじい振動が世界を襲った。

 

「!?」

「なんっ……!?」

 

 まさか、こっちも連動するのか。

 

「お前達が触った時に、こういうことは起きたか?」

「こういう、って今のような振動のことかい?」

「ああ」

「いや、ないね」

 

 ……私に呼応しているのか。

 

「これに水をかけたり火をつけたりしたことは?」

「輝術は全て弾かれる。普通に水をかける、火をつけるをしようとすると、上手く言えないけれど押しのけられるような力が発生する。掘り出すことは基本素手だけで、ボクのような高位輝術師でもないと輝術は作用させられない。それくらいかな、わかっているのは」

「ふむ。……月織の絵、というのは?」

「ああ、これだよ」

 

【挿絵表示】

 

 白布を取りて、見せられた絵画。

 それに……息を呑む。

 

「な……なに?」

「これを君に見せようと思った理由がね、この五つの模様が、以前君の描いたものに似て──」

「なぜ月織が……絵筆で文字を書ける!?」

 

 各州の色。そこに描かれている文字。これらは各州の頭の文字だ。恐らく色を表すと思われる文字。

 ただ、この世界の人間なら……これを書くことはできないはず。祭唄は描けるけど、それは私が書いた文字を記憶して描いているだけだ。……どういうことだ。

 

 くそ、あいつ特大の謎を遺して消えやがって……。

 

 それに、白い部分はなんだ? 平民? ……白虎? いや、あるいは空……。

 時の循環。……違う。これは……『輝園』の。

 

「『鬼熊與六子(グゥイシィォンユーリィゥズー)』。たしかそういう題目で」

「へえ、すごいね。そうだよ、これは月織が『輝園』で行われたその演舞に対して贈った絵だ」

「ならば……この雲のような部分は穢れで、これは輝術で……だからやはり、白は同一因子……違う、違う」

「ただ、色々調べてみた限り、『鬼熊與六子(グゥイシィォンユーリィゥズー)』の元の文献の題名は『穢神與六子(フェンシェンユーリィゥズー)』というらしくてね。中身は、"初めは全く別の場所を目指していた六つが、紆余曲折を経て、最終的に力を合わせ穢神(フェンシェン)という存在を迎撃する"というものだった」

 

 穢神……は確実に氏族のことだ。

 観劇した時、黒根君も祭唄も昔からある物語だと言っていた。なら……氏族のことを分かっていた奴がいて、それを月織が絵に描き起こして……だとして文字は。

 

「それと、泉過(チュェングォ)曰く、この白いところにはこういう絵が入っていたはず、とのことだよ」

 

【挿絵表示】

 

 ──まるで。

 何かの果実のような形の文字。

 

 ……先日思い至ったこと。この世界の文字に対しての話。

 神族は中国神話系。氏族はエジプト神話系という話。その双方における古代文字の共通項は、象形文字である、という点だ。

 であればこれも。

 

「仙然……」

 

 ……燧。

 一時的に私の身体を乗っ取って、「仙然」の文字を書くことはできるか?

 

 ──道具があれば。

 

「二人とも、紙と筆を生成してほしい。今から幾つか私が文字を書くから、その読みと意味を教えてくれ」

「文字を? ……書けるのかい?」

「狡い手段を使う」

 

 生成された紙と筆。

 それを持って……燧の乗っ取りを許す。

 

「はい、まず"仙然"がこうで」

「ああ、君の言う通りだよ。それは"仙然"と読む」

 

 なら次、「平民」、「穢れ」、「氏族」、「鬼」と続けて書いてくれ。

 

「構わないよ。……よ、っと」

「平民、穢れ、……これは読めぬ。最後は鬼か」

 

【挿絵表示】

 

 この文字は、鬼。

 なら……この絵画の白い部分が鬼ならば。

 

 完全な予知だ。

 今まさに、鬼も一丸となって氏族を倒そうとしているのだから。

 だとして……月織が文字を書くことができた理由はわからない。

 

 それとも、まさか"視"たのか?

 誰かがこれを描いているところを。

 

 鬼が消えた理由はなんだ。

 

 ──もういいかな。

 

 ああ、助かった。

 

「……まさか、媧のこと……か?」

 

 ──ん、なんだ。私がどうかしたか。

 

 媧は氏族によって記憶を忘れさせられている。

 それは当然、この世からも情報を消し去ったことに同じ。

 

 鬼子母神という言葉自体が地球と呼応していることも含めて……。

 

 もっともっと、もーっと前に楽土より帰りし神子がいて、とか。

 

「君でも何もわからないか」

「あ……ああ。すまないな」

「いや、いいよ。……しかし、これはどうしようか」

「厳重に保管……というか封印しておいてくれ。想像通りならば、危険な代物だ」

 

 ちょっと気になっていたことではあった。

 初期化、というやつ。そして神門様という言葉の由来。

 鬼なら噴火程度でどうにかなることはないだろう。飛べる奴も多いし。

 であれば──光界に溶岩が満ちる、とかなんじゃないか、本当の初期化って。それで、その中に隧道を作っていたから玻璃が神門なんて呼ばれ始めて。

 

 噴火程度で溶岩が満ちるとは思えなかったけど……たとえばこの模型に氏族由来の溶岩が触れたら、どうなるか。

 

 ……天から降り注いでくるんじゃないか。

 この模型が溶岩に埋まれば、この中も。

 

 そのためのものなんじゃないか、って。そう考えた。

 

「ん、承知したよ。……引き留めて悪かったね。天染峰全土を回るんだろ? 黒州内で困ったことがあったら声をかけてくれ、と言おうとしたけれど、青清君がいれば大丈夫か」

「ああ、ありがとう」

「……ボクは最後まで新帝同盟には入らなかったけど、妹と凛凛のことは信頼しているし……その安全を、君に預けているつもりだ。二人をよろしくね」

 

 返事をして、その場を後にする。

 

 覚えておくべき事項、だな。

 

 

 その後、本当に縄で幽鬼を……しかも「これでもか」という量を捕まえてきた二人と合流し、それらを消費。

 合流後今潮もついてくる……のかと思えば。

 

「いや、私はここまでかな」

「……黒宮廷に何か用があるのか?」

「凛凛はそういう性格じゃないからね」

 

 それだけ言って、去ってしまった。

 

 ……律儀な男だな、本当に。

 

「祆蘭、行軍速度を上げた方が良い。このままだと天遷逢までに回り切れない」

「そうか。なら徒歩をやめるか」

「うん。青清君、祆蘭と一緒に飛んで。私は低空から幽鬼がいないか観察しながら飛ぶ」

「……要らぬ気遣いだが、有難く受け取ろう」

 

 ただ。

 そこまでやっても結局、四日を費やしてしまった。

 

 二人に運んでもらい、仮眠を取りながら入るは緑州。

 

 緑涼君へのコンタクトは取ったらしいのだけど、忙しそう、とのこと。

 

「点展の件、か」

「いや……そうでもないらしい」

「祆蘭、ここも飛んだ方が良い。……危ない」

 

 危ない? そう聞こうとして、飛来する音にトンカチを抜いて対応した。

 今のは。

 

「っ、遮光鉱の鏃!」

「高度を上げるぞ!」

 

 緊急離脱すると、見える見える。

 武装した平民の集団が。

 

 ……なぜ? 睡蓮塔も混幇もほぼ壊滅状態のはずだろう。

 

「緑涼君が忙しい理由がこれだ。……少し前から、平民による暴動が絶えなくなっているらしい」

「私のせいか?」

「ああ、あの尾に対する攻撃のことか? それならば違う。時期的には赤州での騒動があったあたりからだ」

 

 それだと何もわからんな。あの時はずっと赤州へ注力していたし。

 しかし、だとしてなぜ私達が狙われる?

 

「新帝への反対派。及び権力そのもの、貴族そのものへの反乱。……しかも、緑涼君を解放しろ、って……どういうこと、これ」

「あ奴は平民人気が高い。その上で貴族の腐敗が暴露されたようだな。結果、元々英雄とされていた腐敗貴族への人気が緑涼君へそのまま移り……成人しているとはいえ、未だ幼い彼を貴族という泥から解放しろ、と。平民が声を上げているそうだ。既にいくつかの遮光鉱鉱山は抑えられていて、今のように遮光鉱の鏃で攻撃してくるものだから、手を焼いているらしい」

「ん……誰か来るぞ」

「え? あ、ほんとだ」

 

 高速で飛来するは……緑涼君、じゃなくて。

 

「玉帰さん?」

「そのようだな」

 

 ああそういえば、緑州にいるとかなんとか言ってたっけ。

 

 どうしたのだろう、と思っていたら。

 

「──散開、しろ! 輝術は、妨害されて──」

 

 直後、私達へ矢の雨が降り注いだ。

 

 

 ので、尊瑤(ズンイャォ)で全て握り潰す。

 

「ッ……」

「ああ、つらいか。すまんな」

「いや……無事なら、いい。……俺は、お前を……殺しかけている。どうされても」

「玉帰、今は状況説明が欲しい。確かにさっきから情報伝達の速度がおかしかった」

「ふむ。雲の上まであがるべきか?」

「だ、ダメだ。あ、いや……その、青清君。……すまない、緊急につき、言葉を崩す」

「構わぬ。そもそもそなた、青宮廷所属ではなくなっているだろう」

 

 何がダメなのかはすぐに分かったので、今度は威圧を使ってそれらを怯ませる。

 

「青清君、祭唄。……雲の上に何か蓋のようなものがあって、そこに大量の平民がい……る……」

 

 雲の上の蓋。

 あ。

 

「そうだ、先日の赤黒い空で……黄征君が出した蓋に、どのようにしてか足をかけ……平民が、俺達を狙ってきている。下も、上も、やつらの射程圏内だ。……緑州にこれといった用がないのなら、今すぐに出た方が良い」

「いや用はある。あるし、このままだと世界の外で戦争が起きるぞ」

 

 賢い奴らばかりじゃない。頭お花畑もそれなりにいるって話だ。

 

「ではその蓋、私が消してやろうか」

「……何万が死ぬ」

「敵であろう。私達の命を狙ってきた」

「否定はできない。……だが、緑涼君はそれ以外の方法を探している」

 

 まぁ、敵だな。

 赤黒い日光を青州へ誘導してやって助けてまでやったというのに、なんだなんだこいつらは。

 という気持ちもあるけれど。

 新帝になってから災いが起きすぎている。あれは災いの種だ、という気持ち。

 

 両方理解できるからなんともなー。

 

「とりあえず尊瑤を保って移動しつつ、幽鬼を見つけて回るか」

 

 ──無理だ。継続して使い得るものじゃない。

 ──どこか拠点を確保して休み休みやらないと無理だね。

 ──そうでなくともこの八日間、全く休んでいないぞよ。無理が祟ると危ないぞよ!

 

 それはそうなんだけどね。

 私の見通しが甘くて、時間が無さすぎてね。

 

 このままでも足りるとはおもうんだけど……余裕を作りたくて。

 

「……俺の、隠れ処に、案内する。……そこで、休め。……特に祆蘭。顔色が、悪い」

「ああいやこれは、幽鬼と融合したからで」

「青清君、祭唄。祆蘭がゆっくりと睡眠を摂ったのは、何日前だ」

「四日前だな」

「うん。黒州についてすぐだから」

「輝術師基準で、考えるな……祆蘭が今どうなって、いようと……俺達より、弱い。……休ませる、必要がある」

 

 いやでもあの。

 日数が。

 

「幽鬼を集めろ、と。そう命じてくだされば、いつでも」

 

 声は。

 

「ああ……じゃあ、頼む」

「御意に」

 

 新帝同盟は新帝同盟でやること沢山あるから、タスク増やしたくなかったんだけど……仕方ない、か。

 

 

 

 ゆっくりと眠った自覚がある。それはもうぐっすりと。

 いやいやいやいや。

 

「寝かせすぎ、だろう……仮眠程度でいいだろうに」

 

 周囲に気配がない。

 鈴李も祭唄も玉帰さんもいない。

 

 ……何かトラブルか?

 

 外にでようとして……目の前の壁に、砂が張り付いた。

 それは『漢字』を作る。

 

 描かれるのは……『屏息而伏(息を潜めていて)待吾等歸(私達が帰るまで)當靜待(じっとしていて)。』という文字列。

 

 なぜ濁戒が『漢字』を? と思ったけど、筆跡が私のものにそっくりだ。

 これは多分、祭唄が描いた『漢字』を濁戒が遠隔で再現している、というところかな。

 

 壁に張り付き、耳を澄ませる。

 

 喧噪。荒い息。言葉はよくわからないけれど、何かを探させるような怒号も聞こえる。

 これは、想像以上にマズい状況、か?

 

 クソ、こんなところでもたついている暇はないんだがな。

 

 ……忠告を無視して威圧全開で出て行くか?

 

 寝てから何日経ったのかさえ分かっていない状況だ。二日三日なら最悪も考えられる。

 

「っ、間に合った! みんな、こんなところで何をしているんだ!」

「お……おお、緑涼君! ご無事だったのですね!」

「おれは最初から誰にも捕まってない! それよりお前達は……なぜ武装を」

「ここに青州からの賊がいるからです! 目撃情報がありました。この付近であの新帝を名乗る小娘と、平民を人として見ることのない青清君、他複数名が入り込んでいる、と」

「緑涼君と違い、青清君は倒すべき敵です!」

「何より緑涼君の許可なく入り込んできたこと自体が──」

 

 ……最大範囲で威圧する。

 なんとなく。

 なんとなーく、緑涼君が()()しそうだったから。

 

「こ……れ、は」

「おい、膝を折っていない屈強な平民共。……新帝祆蘭はここにいるぞ。用があるのなら私に直接言え」

 

 忠告を無視して小屋の戸を開け、外へと躍り出る。

 

 おーおー、農具だけじゃない、完全武装の平民がちらほら。

 遮光鉱特有の色をした武器を身に付けているから、輝術師ではないのだろう。……雲の上にも弓兵がいるな。

 

「……やはり、いたか!」

「この世に昏迷を齎す悪帝!!」

「お前のせいで、俺達の村が破壊されたんだ!」

「貴族を操っていたのもお前なんだろ!!」

「何が楽土より帰りし神子だ! 死んだ人間は蘇らねえなんて常識だろ!!」

 

 ふむ。

 まぁ、道理だな。私のせいで出てきた尾だし。

 

 御前試合で、昏迷の時代が訪れる、って言ったし。

 貴族は、まぁ操っているか。そして死んだ人間は蘇らない。道理道理。

 

「そうか。なら来い。私を殺さば災禍が収まると本当に思っているのなら──」

 

 完全に頭蓋を貫くコースだった矢を躱す。

 

「かかってこいよ。私はここにいるぞ、平民ども」

 

 ではやろうか、めくるめく骨肉相食む闘争を──!

 

 

「馬鹿なのか、君は!!」

 

 

 あ、ちょっと、緑涼君、浮かさないで持っていかないで。

 私と一緒に移動しているところを見られたら、私が出て行った意味がなくなるじゃな──。

 

「だからそれが馬鹿だって言ってるんだ! 少しは周りの人間の気持ちも考えてくれ! おれだって怒るぞそろそろ!!」

「もう怒ってるじゃないか、とは言えなそうな雰囲気だな。上、矢が来るぞ。……緑涼君がいても射るんだな、あいつら」

「わかってる! それと、上にいる奴らは睡蓮塔の残党だ! 緑州の民と一緒にしないでくれ!」

 

 ああ。

 まだ壊滅しきってないの。

 張衡は死んで、森封もいないのに……しぶといねぇ。

 

 ……そういえば結局混幇の首魁って、あの二人で合っていたんだろうか。

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