女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十三話「トレビュシェット」

 危険性なし、と判断された。

 ……なんてことがあるわけもなく。

 

 未だに青宮城の医院で隔離されている。本当であれば廟に帰りたいところだけど、私単独で空を飛ぶ手段がない。

 祭唄のつけた「耐性」はあくまで通常の穢れに対するものであり、濃縮された穢れにいつまで耐えられるかはわからない。飛翔中に突然私の穢れが暴発し、彼女が気を失って私を落としでもしたらそれこそ、だ。私は策の要であるから、事故での落下死などあってはならない。

 そういうこともあって、青宮城はがらんどう。ま、ほとんどの仕事は青宮廷でもできるからな。

 なんぞ、宮廷の方では新帝への派閥争い……つまり「危険だから殺すべき派」と「新帝になんということを言うのだ派」が喧嘩しているとかなんとか。

 

「地上のことなど気にしなくてよいというのに、気になるのか?」

「呑気なものだ、と思ってな」

「……次の天遷逢が来たら、だよね」

「ああ。この平和は消えるだろう。輝術師は輝術が使えなくなり、平民と同等になる。無意識のうちに身体強化をしている者であれば、今からでも強化していない状態になれていた方が良い。でなければ平民で在った者達に殺されかねん」

「一応、各州の州君には伝えた。どう活かすかは彼ら次第」

 

 私の周囲にいるのは祭唄と鈴李だけ。結界の外では夜雀や進史さん、あと蜜祆さんに蘆元が見守ってくれているけれど、彼ら彼女らが入ってくるにはちと危険すぎる。

 正直どこにいても危険度は変わらんが、まぁまぁ。

 

 奕隣は連絡役として青宮廷へ戻り、鬼達は廟へと戻った。

 やっぱりがらんどうだ。皆、私から逃げたのだから。

 

「というか青清君は外に出ていた方が良いだろうに。穢れへの耐性、そこまであるわけではないのだろう?」

「お前と共に在れる時があとひと月も無いと聞いて、どうして離れたところにいられるのだ。……加えて、私は純血にほど近いのだろう? 祭唄のような訓練は受けていないが、私は私であるだけで穢れを押しのける」

「ずるい。死ぬかと思うくらい頑張ったのに」

 

 ま、そういうわけでこの二人だ。……一応新帝同盟へは「これからのため」の指示は出してある。例によって、凛凛さんの『継草』が連絡手段だ。

 ただ『継草』も今回の尾騒動でそれなりの数がやられたらしく、また根を巡らせ直しているとかなんとか。それも輝術が無くなれば意味がなくなる……のだけど、「だからって穴があると、何かあった時困るでしょ」との談。本当に頭が下がる。

 

「悩んでいること、何かあるんでしょ」

「む。……まぁ、な」

「私達に解決できることか?」

「わからん」

 

 悩んでいることはある。

 ……私についているという自壊機構についてだ。

 

 いや、巨虎(ジュフー)による襲撃や腕の粉砕骨折は果たして「自壊」機構なのか、と。

 特に骨折の方は、こう……作為性、あー、人為的? とにかく意思を感じる砕け方だった。氏族からの干渉と考えた方がいい。

 それは少なくとも「自壊」ではないだろう。

 

 影と融合して幽鬼となることも……「自壊」というニュアンスからは外れている気がする。

 月織(ユェヂー)の未来視はあくまで時の循環から未来を読み取る、というもの。私の内面で起こることが見えていたわけではないはずだ。

 

 であれば……やはり、次の天遷逢において、何かが起こる、と見た方が良いだろう。

 防ぐ手立ては……まぁ、何もわからん。

 一応全身の精査はしてもらったけど、「所々が幽鬼で、心臓に恐ろしい量の穢れがあって、でも他は平民の身体」としか出なかった。輝術師に感知できるものじゃあないんだろう。

 あるいは華胥の一族にも。

 

「……ん?」

「どうした」

「いや……待て、青清君。なぜ私と共に在れる時の話を知っている。話した覚えはないぞ」

「……何を言っておるのだ」

 

 はぁ、と。彼女は大きな溜息を吐く。

 そうして、呆れたように。

 

「見ていればわかる。次の天遷逢が来た時、お前は何かを行う。そしてそれは……私達を隔てるものだ。でなければ祭唄や夜雀がここまで泣きそうであるものか」

「……泣きそうではない」

「今までは意図的にそういう……外界の情報収集をやめていたが、今は違う。隠し通せぬよ、私には」

「盗み見。盗み聞き。……普通に犯罪」

「州君に法は通じぬ」

 

 見ていればわかる、って「察した」じゃなくて「盗み見た」なのね……。

 

「そうだ……おい、祆蘭の中にいる者。祝と言ったか、今出てくることは可能か?」

「可能ぞよ!」

 

 ぽんっと出てくる火の玉。……結界があるから大丈夫なことはわかっているんだけど、木造建築の中で飛び出す火の玉はいつ見ても冷や冷やするな。熱々なのに。

 

「聞いておきたい。こやつが行おうとしていることによる別離は、そなたら神族の力を以てしても……覆せぬものなのか」

「まず、吾らもその術がなんであるかは知らぬのじゃ。愛し子は吾らに考えや声を聞かせぬ術を有している故な! ……そして、残念じゃが、もしそれが氏族の結界……この世を囲うそれと同等の別離であれば、どうしようもないのじゃ。それができていたら、吾らはとっくにこの世をでているぞよ」

「そうか」

「ただ……恐らくじゃが、愛し子からは」

 

 ぱく。

 ごくん。

 

「さて、もう少し建設的な話をし──」

「祆蘭、どういうこと? 永遠に会えなくなるって」

「何を隠している、祆蘭」

 

 はぁ。余計なことを言うんじゃない。

 希望なんか与えたって残酷なだけなんだからさぁ……。

 

「……会えなくなるというのは、まぁ、常識で考えたら、の話だ。……お前達はこの天染峰の……いや、光閉峰の大きさを実感したことがあるか?」

「光閉峰の大きさ?」

「ああ……そういうことか」

 

 鈴李はさすがに察しが良いな。

 まぁ、そういうことだ。

 

「お前達をこの世から出す。が、私はこの世から出られない。それがあとひと月で起きる別離だ。……その後、お前達は光閉峰の麓か、あるいは全く別の陸地へ行くことになるだろう。そうなった時……この凄まじく巨大な光閉峰を、輝術無しで踏破することがどれほど難しいか」

「頑張れば、祆蘭に会いに行ける、かもしれない。でも」

「転落して死ぬ方が確率として高い。なんせ輝術は使えず、光閉峰は巨大。……余計な希望を持たせるのは毒だと思った。だから永遠の別れだと言った」

 

 森封(センフォン)の幻覚で見せてもらった光閉峰の標高は……目算、三十から五十キロメートル。エベレストなんかゆうに超える山。そんでもって火山。加えてその火口にこの世界結界が張られているのだから、どうにかして登頂に成功したとてどこかで弾かれよう。

 確かに内側からなら私はメッセージ等々を伝えられるかもしれない。この世界の文字は書けずとも、祭唄に教えた漢字やら日本語やらで、なんとか、かんとか。

 けれど彼女がここに辿り着くまでがあまりにも至難。私はそういうものを「いつでも会える」とは表現しない。

 

「ならば……神族に手を貸してもらう、というのは、できないのか」

「あー……失言で希望を持たせておいてなんじゃが、基本は無理ぞよ。吾らがこうもそち達の声を聞いていられるのは、この光界の中にあるからこそ。本来の吾らはそち達の想像以上に巨大じゃから、多分声が届かぬ」

「基本は、というのは?」

「愛し子がそうであるように、あり得ぬ威圧や剣気を当てられたら話は別、ということじゃ。氏族とて巨大。しかし、あれらは愛し子の剣気に動揺する。吾ら神族にも同じことがおきるぞよ。多分」

 

 ──それには相応の魂の大きさが必要だがな。

 ──祆蘭以上となると……無理だろうね。

 ──うっ……これも「余計な希望」なのじゃ……?

 

 ああ。本当に。

 永遠の別れだと思っていた方が気が楽だろうに、二人の目を見てみろ。光を……別の光を取り戻してしまっている。

 頑張ればできるかもしれない、なんて毒なんだよ。

 

「二人とも、今の話は聞かなかったことに──ん?」

「っ!」

 

 緑州の方向を見る。

 コンマ数秒遅れて、二人も何か蒼白な顔をした。……伝達か。

 

「何かあったか」

「……緑涼君から、救援要請。……赤黒い空が現れた、って」

「太陽光が原因だ。青清君、玻璃と共に緑州へ蓋をしてきてくれ」

「うむ。……だが、根本的な解決にはならぬのだろう? 赤州でお前がやったということをせねばならん」

「ああ。……いや待てよ?」

 

 ……もう後手に回っている場合じゃないんだ。そんな「気紛れ」に振り回されていては、奴らを付け上がらせるだけだ。

 多分緑州を狙ったのは人工氏族……竜、だったか。そう呼ばれるものが多くいるからだろう。それを乗りこなすドラゴンライダーこと点展と烈豊の戦いはまだ決着がついていなかったはずだし。

 が、すまん。そっちはそっちでやってくれ。

 

「青清君、太陽軌道と青宮城を結んだ時、影になる村はどれほどある?」

「ふむ……十二、だな。……その中にはお前の故郷も含まれる」

「そうか。関係ない。進史さんと連係し、その村々から平民を逃がせ。加えてお前は青州を覆う蓋を作ってくれ。緑州はいい」

「何する気?」

 

 なにって。

 

「赤黒い太陽の光は局所的だ。だから、それを私に引き付ける。余所見をするな、とな」

「今の祆蘭は、あまり外部刺激を受けない方が良いと思うけど」

「何を今更。……青清君」

「既に伝達をしてある。一応、緑州には玻璃を向かわせた。……直線状にある黄州はどうするのだ?」

「問題ない。今黄州の上には雲が無いからな、太陽光が偏光されることはない」

 

 ただ、正直言えば、もう少し直接的な手段が欲しいところ。

 月はアレから大人しい。雲も全く修復されない。であれば太陽も、と考えるのが普通だろう。

 

 天故理の槍を突き刺す……は、どうも通じないような気がする。

 何か別の方法が欲しい。

 

「……ふぅ。この規模の生成は初めてだが……計算した部分全てに蓋を敷いた。頼めるか、祆蘭」

「ん、ああ。……平民の避難は?」

「既に複数人の輝術師が向かっておる。無論、蓋で光は届かなかろうが、万一もあるからな」

「よし、上出来だ。──なら」

 

 威圧する。剣気を当てる。

 太陽を。お天道様を──振り向かせる。

 医院の中からの威圧。尊瑤(ズンイャォ)さえ使っていないそれは、けれど望み通りの結果を齎してくれた。

 

 一瞬で赤くなる青宮城の外。……やっぱり近いな、太陽。

 

「……緑州から赤黒い空が去ったとの伝達が入った。さすがだな」

「あぁ、まぁ、それはいいんだけど……。……なぁ祭唄、青清君。雲って作れる、んだよな?」

「うん」

「生成せずとも作り得るぞ」

「それをこう……槍のような形に形成することは可能か?」

「可能か不可能かで言えば可能だ。だが、すぐに元の形へ戻ろうとするぞ」

 

 ほれ、なんて言って、掌に真っ白な槍を出現させる鈴李。

 けれどそれは次第に……ぎゅるぎゅると回転し、よく見る「雲」の形へ戻った。

 

 三、四秒くらいか?

 槍の形を保ち得るのは。

 

「これに固定の輝術をかけることは?」

「……試そうと思ったことはないが、可能だ。ほら」

 

 真っ白な槍が再度出現し、そしてそのまま固まる。

 

「あー、でも、世界結界を出たら固定の輝術は解除されるか」

「ならば層を作ればいいのではないか? こうして……」

 

 生成された雲の槍に、さらに、さらにと雲を重ねていく鈴李。

 マトリョシカ……じゃないけど、確かにこれなら内側が「元に戻る」まで時間がかかる。

 

「一応聞く。祆蘭、これ持てる?」

「ん、なんだそんなに」

 

 重っも。

 

 え……あ、そういえば硬いんだっけこれ。

 そうか、そうだ、天体みたいなものなんだっけこれ。

 

 重っも。

 

「……雲の重さを……粗密を変更する、となると……」

「雲に手を加える、という発想が……難しい。これは……祆蘭。これは、そもそも何?」

 

 いや。

 あのそれ、私が一番聞きたいんだけど。

 

 

 外が赤いまま……ううむ、と悩む。

 

「前に私が雲を出した時、祆蘭は殴ろうとしたり食べようとしたりした。あの時は馬鹿だとしか思えなかったけど、今なら違うと思える」

「祆蘭の楽土においては、殴るもので、食べられるもの、ということか」

「いやそんなことはない。ないが、殴っても問題ないもので、食べても……まぁ問題あるものはあるが、みたいな……」

 

 現代日本の雲なんか何が混じってるかわかったものじゃないからな、

 いやそうじゃなくて。

 

「これが天体である、というのはわかっている。……それ以外は、まぁ偏光板で、反射板でもある。それくらいだ」

「偏光板と反射板……は、前に共有を受けたが……それはこの雲の機能であって、性質ではなかろう?」

「だから、わかっているのはそれだけなんだよ。むしろ形を変えられるとか、数瞬で戻る、とかの方が初見だ」

 

 硬い。元に戻るが弾力性はない。無味無臭。

 ……なら、もっと単純に行くのはどうだろうか。

 

「青清君。少しばかり木材等々を生成してほしいのだが……ん、どうした」

「いや。……なんでもない」

 

 なんでもある顔をしているけれど……って、ああそうか。

 最も純血に近き存在なれど、か。

 

「捻じ伏せろ。それはお前の中に存在する同一因子の叛意だ」

「既に……制御下には、置いてある。……祆蘭を害そうとする意志など……我が意であるものか」

「そうか。しかしその様子だと生成は難しそうだな。……イチから作るかね」

 

 小物入れを探そうとした……ら、既に祭唄が紙と竹筆を持ってきてくれていた。

 助手、じゃないけど……なんという理解渡か。

 

「ただ、加工については、ごめんね。……対象が太陽だからか、今回は私も厳しいかもしれない」

「今にも、か?」

「うん」

 

 まぁ、問題はない。

 

「青清君、外の雲の上に蓋は作った、のだったな」

「ああ……」

「であればそこを作業場にしよう。そして、私に近付かない範囲で、且つ目的を教えぬままに言う通りの木材を持ってくるよう外の連中に伝えてほしい。図面を引いたあと、材料だけの図面も描くから、それを頼む」

「わかった」

 

 必要なのは木材と強固な綱、細い縄。

 土台の大きさは大体五十(m)*三十五米ほど。柱の長さが二十五米ほどになるので、これを切り出すというのは無理。

 よって初めからカットしてもらうことにした……つもりだったのだけど。

 

「……大丈夫なのか、二人とも」

「大丈夫! もし、穢れが……出て来ちゃっても、小祆が浄化してくれる。そうだよね?」

「最善は尽くすが」

 

 手伝いに来たのは穢れ耐性の低い二人。

 進史さんと夜雀。

 

 彼女らは──。

 

「安心しろ。私達は、これよりお前が何をしようとしているのかを聞いていない。そして聞かずとも手伝うことはできる。今までのお前を知っているからな」

「私も~! えへへ……実はずっと祭唄が羨ましかったんだ~。……だから、あの子には悪いけど、今回手伝うのは私!」

 

 何も知らない。だから、同一因子が叛意を示すこともない。

 妄信……というと聞こえは悪いか。だけど、何の説明もなく信じてくれるのは、今はありがたいな。

 

 土台の七分の三くらいの位置に一対の柱を立てる。それを補強する柱も。これは固定輝術で代替できないものだ。これがないと土台がひっくり返る可能性があるから。

 建てた柱へ最早おなじみの軸受、及び軸を通して担架とし、そこへ四十米の棒を垂直に結ぶ。端から八米ほどのところで軸と交わる十字架は、当然長い方が重くなる。

 なので、浮き上がっている短い方へ籠……というより巨大な木の箱を括りつけ、それでも長い方が重くなっているかを確かめる。

 

 ……うん、良さそう。

 

 十字架の背にたるんだ糸と滑車をつけ、滑車を挟み込むストッパーを作成。これは強く引けば簡単に外れるようなものに……。

 いや。

 

「二人とも、この綱程度はどの距離からでも斬れる、よな?」

「それなら任せて!」

「ああ、造作もない」

 

 ならストッパーは無しでいい。普通に滑車にして、強固な綱を糸巻きへと伸ばす。

 

 その後、十字架の先端に百六十度程に開いた留め具を括りつけ、それに引っかけるように細い縄を均等に伸ばしていく。これの先に繋がるは革でできたバスケット。

 そこに圧縮し、且つ固定の輝術で球形に固めた雲を入れて、と。

 

 各部位がスムーズに動くことを確認したら、まず糸巻きで限界まで綱を巻き取る。

 私の細腕ではどうにもならない部分は祭唄に任せ、「これ以上は壊しかねない」というところまでやったらOK。

 最後に木箱へ岩石をこれでもかと詰め込めば──トレビュシェットの完成だ。つまり、投石器ね。

 

「いいか、二人とも。ここだ。ここの綱を狙え」

「わかった」

「それはいいけど、そんなに離れなくちゃダメだめなの?」

 

 当然である。

 彼女が「そんなに」と表現するほどには距離を取らせないと──さしもの私も進史さんと夜雀の二人を相手にするのはキツいからな。

 

「結界を解除するんだ、万一があったら困るだろう?」

「……そうか」

「ああ、何かあったら進史さんは夜雀を守ってくれ。逃げるでもなんでもいい」

「死力を尽くそう」

 

 では。

 

 

 左手を上げる。

 それは情報伝達を使うことのできない私から合図。

 これが上がった瞬間、二人は等速で綱を切る輝術を放つ。

 

 距離があるから少しばかり遅く感じる輝術は……私を狙う、ということもなく。

 確実にストッパーとなっていた綱を切り裂いた。

 

 上がる。──直後、だ。凄まじい速度で軸が回転し、固定雲球は射出された。

 仰角良し。速度良し。

 

 対処すべきは──凶暴化した、二人!!

 

「……なんだ、防ぐつもりだったのだがな」

「製作を手伝えなかったんだから、これくらいはさせて」

「進史……馬鹿者め。己を取り戻せ!」

 

 鋸を抜いていた私を守ったのもまた二人。

 鈴李が進史さんを、祭唄が夜雀を止めていた。

 

 一瞬にして世界結界を超える雲。固定輝術はそこで泡と消え、何重にも折り重なったそれが随時解放されて行く。

 その姿はさながら噴射パーツなどを脱ぎ捨てていくロケットのようで。

 

 ……それは、届いた。

 赤黒く輝く太陽へと届いて、あっけなく落ちて、光閉峰の向こう側へと消えていった。

 

 え?

 

 ──発想は良かったかもしれないけれど、氏族の作ったもの同士をぶつけてもあまり意味はないのかもしれないね。

 ──いや、速度がかなり殺されていた。雲の形をもう少し考えなければ速度は保てないだろう。それが原因かもしれない。

 

 あー……。

 でも届きはしたな。じゃあ普通にこれで遮光鉱を飛ばすか……? ……うーん、やっぱり通じない気がする。

 この無意識は同一因子による意識誘導……でも無さそうなんだよなぁ。

 

 リセットはするな。フラットにも考えるな。

 進史さんと夜雀が暴走していること、鈴李と祭唄が手伝うことすらできないほど暴走しかけていたことを考えるに、アプローチは間違っていない。

 足りないのは威力と……あと相性。

 

 太陽が氏族に纏わるものであるとするのならば、その天敵はなんだ。

 

 神族か。

 それとも。

 

「……私、か?」

 

 魂だけの状態でなくとも世界結界を通り抜けられる平民の身体。

 そして穢れを吸い取る劣化"(とこしなえ)の命"の外法がかけられている私であれば……太陽を吸い尽くせる、か?

 

 いやダメだ。尾の吸った穢れは世界の外には出て行かなかった。今の状態の私では、心臓だけを世界に取り残していくことになる。

 それは多分……死ぬ。

 だけど、残念無念、無理でした、も……嫌だ。

 

 そう、嫌なのだ。

 振り回されっぱなしは嫌だ。後手後手は嫌だ。

 巨虎を殺した報復のつもりかは知らないけど、私から一番離れた緑州に赤黒い空を落とす、という発想も……なんだか、舐められている感じがして、嫌だ。

 

「よっこいせ、っと」

「ん……どうした、蘆元(ルーユェン)。伝達されていると思うが、今の私は危険だ。近付くな」

「うるせぇ。俺がどこにいようと勝手だろう。……青宮城から見てたんだよ。お前が何をしようとしたのか」

「そうか。私を殺しに来たのか?」

「そうなりかけたが、あの若僧の暴走具合を見て我を取り戻した。……ま、今でも気を抜けばお前を殺しそうになるが、その時は俺の足でも斬ってくれ。腕は勘弁しろ」

「細工ができなくなるから、か」

「妻を抱きしめられなくなる」

 

 ふん。

 玻璃と月織といい、お熱い事で。

 

「で? 私の悪友は、そんな状態をおしてまで何をしにきた」

「これだ」

 

 何の説明もなく、蘆元はそれ……抱えていた岩のようなものを取り出す。

 ……固定輝術のかかった雲ボール?

 

「あんまりやりたくはなかったが、ちぃと黄州の知り合い……とりわけ金属加工やら合金に詳しいやつらと意見交換をしてな。とりあえず急造で作ってみたのがこれだ」

 

 彼は……その雲ボールを地面に置いて、固定の輝術を解いた。

 瞬間、ぎゅるりと元の形に()()()()()()雲。……しかし戻り切らない。

 

「こいつは陶器、金属、合金、砂や土……ありとあらゆる強く"結合するもの"を織り込んだ雲だ。雲が元に戻ろうとする強度は大したことがない。そう気づいてからは早かった。固定の輝術が途中で剥がされるってんなら、固定の輝術に頼らねえやり方で固めちまえばいい。……木の扱いはお前に負ける。この装置も、どうやったって俺の思いつくものじゃねえ」

 

 まぁ私のアイデアではないからな。

 

「だが、土の扱いに関しては……俺達だって負けてねぇんだよ」

「各州の持つ秀でるものなど、まやかしである、という説が有力だが」

「ハ、知るか。俺達はそうであると言われて育ってきた。だから扱いに長けたやつらが多い。たとえ黄州が土に秀でていないのだとしても、そう言われて育った俺達は土に秀でる。その扱いに秀でる。……実際どうだ、新帝。この戻り切らない雲を含め、まだ中身の雲四十層はその形を戻しすらしていないだろう」

 

 言う通りだった。

 外側の雲だけは九割方形を雲へと戻しているけれど、その内側の球体に動きは無く、もし彼の言う通りこの中に四十層もの雲があるとしたのなら──その強度は推して知るべしだろう。

 

「これは……どれほど作れる」

「天染峰の土が尽きねえ限り、いくらでも」

「……いいね」

 

 良い。

 そういうのは……大歓迎だ。

 

 いいぞ、お前。

 

「これでやってみるか。……留め具は、切る仕組みではなく外す仕組みにして……」

「お、木工か。だったら手伝わせろ」

「大した細工にはならんぞ?」

「お前が新帝などになったせいで、お前の細工を間近で見る機会は消えてしまったのだ。たとえ木工の技術であっても、俺はお前のあらゆる技術を盗んでおきたい」

 

 良い。本当に良い。

 

「蘆元」

「なんだ」

「いつか、お前の妻に会わせろ」

「断る」

「お前の木工狂いがどれほど隠せているかは知らんが、そもそもモノ作りの隷従者であることを知らせてやらねばならん」

「……あいつなら、んなことはもうとっくに知ってるよ。だから離婚してないんだ」

 

 良いね。本当に。

 ──であれば始めようか。人類原初の兵器。古代兵器と呼んで差支えの無い投石器。

 その威力の真髄を、神様気取りのくだらん連中に見せつけてやるのだ。

 

 果たして。

 

「……効果あり、だ」

「こっちも確認した。加えて、太陽光も消えたな」

「太陽光に消えられると困るが、赤黒くはなくなった」

 

 この雲砲弾作戦は成功する。

 月と同じように太陽へも傷痕を作ることに成功し、それによって害為す太陽光は消し去られた。

 ……初期化は、起きない。

 

 まだ……まだ何か、この期に及んでもどうにかできると思っているのか?

 月も太陽も雲も良い様に利用されて……。それとも森封のデコイのおかげでやってこないだけ?

 

 理由は不明だけど、収穫の大きい攻撃だった。

 

 遮光鉱でなくとも、魂だけの状態でなくとも……この世のものを光界の外へ出すことはできる。

 出られないのは神族と同一因子とこの世界産の穢れだけ、と。

 

 良い知らせだ。

 

「祆蘭」

「なんだ」

「……くだらねえこと考えてんじゃねえぞ。他に方法があるのなら、どれほど遠回りでもそちらを選べ」

「余計な世話だ年配者。……良い智慧だった。助かったぞ」

「ああ、感謝しろ小娘。……いずれ会わせてやるさ。無茶ばかりをする小娘だ、俺の妻は怒ると怖いぞ」

「楽しみだ」

 

 その機会は訪れないだろうけれど。

 

 ……これより訪れる昏迷では、決してその人の手を離すなよ。

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