女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
一度に一気に、という点では私が勝るかもしれないけれど、長期的、そして全体の撃破スコアで言えば、やはり輝術師に軍配が上がる。
彼らの情報伝達速度は通常会話の百分の一ほど。会話内容や伝達情報によっては多少の誤差もあるかもしれないけど、こと戦闘に関して言えば「連係」の名のもと、彼らに勝る存在はいない。
それが「捕縛」や「火力」になってくると話は変わるのだろうけど、とにかく今回の「誘導」については問題はなさそうだった。
上の心配は無用ということだ。
ただ……。
「やっぱり目的が分からん、な!」
尾を避けながら考える。
この
氏族が私がやろうとしていることに気付いた……のであれば、こんな回りくどいことをせずに初期化へ乗り切ればいいだけ。それをせずにこれを行うのは、何が理由か。
加えて……
影と私を融合させたいだけなら、わざわざ私を忘れさせる必要はない。加えて、その全てをなぜ紊鳬が知っていたのか、という疑問。
紊鳬はあんな見た目でもそれなりの時を生きた者。あるいは記憶を閲覧する術でも有していたのなら、もっと過去のことまで知っていてもおかしくはない。
待て……リセットしろ。フラットに考えろ。月織、紊鳬の行動の謎については後で考えろ。
全ての事象には足る理由がある。
考えるべきは──私と影が再構築されたことをきっかけにこの光景が齎された、という事実。
なぜ?
私は平民だ。氏族の記憶からして、この「祆蘭」という肉体には特別な機構を付けない方が良い。だというのになぜ、あの影と融合し、幽鬼混じりの身体になる変質が必要とされていたのか。
必要。必要。そうだ、必要。
この未曾有の厄災を引き起こすためには、それがトリガーである必要があった。
ならば逆に考えろ。そうだ、氏族の行動はハンロンの剃刀で削ぎ落とせ。
仮に、媧が私を乗っ取り……最上の素材を手に入れた場合の話だ。
輝術も使えない平民。氏族の命令を全て受け付けるように作られたという私の身体。それを彼女がモノにしていた場合、この状況は起こり得たか?
否である。輝術による修復は、月織曰く鈴李だからできたこと。神意に近しき彼女だからこそできるそれは、「祆蘭」が鬼子母神となっていたら使われなかった術だ。影は分離したままで、この世の厄災など齎されぬままだったはず。
媧が私を乗っ取ることができなかった。それは氏族にとっても予想外のこと。命令を受け付ける身体とて、少し思考に入り込んだり、穢れに満ちた空間でのみ身体の自由を奪う……その程度のもの。あれほど自信満々な記憶から読み取るのなら、そんな「その程度のもの」にするはずがない。
この状態になることは、氏族側のミス。
様々な予想外が合わさって生まれた厄災であるとするならば。
「……独断専行、か?」
黒いドームの上を駆けずり回りながら、私を狙ってこない尾に剣気を当てながら、剃刀で削ぎ落とした答えを出す。
もし、巨虎が……氏族の意思の全てを受け付ける存在ではないのだとしたら。
まるでスフィンクスのように光閉峰の麓で座る巨虎。彼の存在は、確かに氏族側なのかもしれない。ただし独立した意思があるとしたら、どうだろう。
思えば月と太陽、そして雲と星々もそうじゃないか?
天遷逢という「定められた周期」以外では、彼らに連係のれの字も見られない。
空を見上げる。互いに互いの位置を把握し、進史さんから受ける指示に従い行動を取っている輝術師。
穢れを尾に浸し、鈴李の輝夜術を待つことなく次へ次へと敵を変える桃湯。
そうだ。穢れには、輝術のような情報伝達機能は存在しない。
一枚岩じゃない、というか……あれらは「氏族」という一族でしかなく、戦線であった神族とは全く別の……。
ならば、だ。
幽鬼となっていない方の腕に穢れを纏う。
そして、ぶつかり合って潰えた尾の、そのひび割れた体表の傷へ……腕を突き刺した。
「……」
うーん。そう上手くはいかないか。
いや、天故理みたいに会話可能なんじゃないかと試したんだけど、私の穢れが吸収されるに終わった。……策に穢れは必要ないとはいえ、バックアップは必要だからな、無為に吸い取らせるのはやめよう。
次、幽鬼の腕で触れてみる。特に何も無し。だよね。
一応平民の足でも触れてみるけど、「あ、一応生物なんだな」って感触があるだけだった。
とかく、私はこの厄災を氏族の総意とは考えられなくなった。
むしろ誤動作してしまった最終自壊機構……のような気がする。「祆蘭」と「影」が合わさることで発動するものの、その発動を予期していないもの。一応作ったけど発動しないことを願われたもの。
注目すべき点は、この尾は世界結界を突き破って出てきている、という点だ。だから穢れは吸収され、輝術は弾かれるのだろう。穢れは別に光界の外へ流出してしまっても問題ないものだから。
……ん?
そう考えると……この尾って。
もう一度尾に腕を突き入れ、穢れを纏う。ただし今回はもっと強く意識する。
双方の吸収に引っ張られ、引き絞られた糸のようになっていく穢れ。
慎重に……慎重に、その穢れを千切れさせないよう細心の注意を払って……この巨大な尾を侵蝕していく。
互いに穢れを主動力とするものだからか、侵入が拒まれる感覚は無い。
……して、深さ的に……
果たして──それ以上先へは、進めない。
引っ張られているにもかかわらず、だ。
「この世で生まれた穢れも、出てはいけないもの扱い、か。……ならさぁ」
ニタァと口角を上げる。
輝術は神の御業。であれば穢れとはなんなのか。氏族の御業? だから長くを生きた鬼には特異な術が宿る? ただし、いずれも穢れを燃料にして起こすもの?
ならさぁ。ならさぁ!
「桃湯。奔迹に音を届けてほしい」
「あなたね……。というか、よく私があなたのそばに音を待機させているってわかったわね」
「正式に鬼子母神となったと宣言したのだ、その私を放っておくわけがない」
──だから正式になど!!
「それで、何を伝えたらいいの?」
「この尾は穢れを吸収するが、消費するわけではない。加えて世界の外へ持っていくこともできない。──だから、燃やせ、と」
「溜めてまで言うこと? それ。……あと、そうなのだとしたら」
ギィン、という……鋼鉄のワイヤーがブチ切れた、みたいな音が地底から響いた。
程なくしてゆらゆらしていた尾の内の何本かが力なく倒れ伏す。
「……あー、吸い込まれたお前の穢れ、か」
「ええ。穢れを侵食させて、それを青清君の輝夜術で引っ張り出して穴を穿たせる……なんてくだらない戦法より、ずっと効率的ね。各地へ音を届けるわ。……だから、そうね。私は一度廟へと戻ろうかしら。弓より……あなたのくれた琴の方が、より多くの音色を出せるから」
「音色の量が何か関係するのか」
「するのよ。あと響きとか、色々。私がいつも
「わかったわかった。そしてわからんわからん。すまんがその辺の事情はどんだけ詳しく話されても理解できん」
「もう……堪え性のない子ね、本当に」
鬼子母神の穢れを扱えると言っても、私は鬼じゃないんだ。
輝術に関してもそうだけど、耳で聞いて「そうなのか!」って感覚を掴めるような天才じゃないつもりだ。……あと、妙にこだわりがあるんだな、というのもわかった。
いやまぁそういうのはいいんだ。今は今のことを考えてほしい。切実に。私のこのとっちらかる思考へもお願いする。ま、まさかこれも氏族の干渉!?
──それはお前の性質だろう。
──楽土にいた頃からそうだったのかい?
──吾は賑やかで楽しいぞよ~。
「コツは、吸収された穢れを己が一部として見続けることだ」
「詳しく話されても理解できない、と言った直後に扱い方を伝授してくるの、おかしいと思わない?」
「なんだ。何が言いたい」
「そういう行動を取るから"理解してくれている"と勘違いさせる、という話。……それじゃ、死なないように。一応
「承知した」
苦労人だなぁ、アイツも。
して、廟の方向へ飛んでいく桃湯を見送る。
その間にも鋼鉄のワイヤーが千切られるような音が響き続けていて……アフターケア、ばっちりだな、と。
「しかし、終わりはくるのか、これ」
既存の生物に当てはめていいのだろうか。全ての尾を切れば終わり、と……仮にも神族と渡り合う氏族の一員が……。
無限湧きの場合は……どうするんだろう。
対処療法しか思いつかん。根管治療をしたいのだが。
……巨虎を殺す、には。
そもそも死ぬのか、氏族って。
──そこそこ簡単には死ぬぞよ? ただ数が圧倒的に吾らより多いのじゃ。
──私達と同じく寿命らしい寿命は見受けられないけれど、不死ではないね。
へぇ。まぁ、でなきゃ搦め手なんか使わず数のゴリ押しで行けそうだしな。
──それは吾らを見くびり過ぎぞよ~。奴らが仮に不死でも、基本負けはないぞよ。
──祝、事実として負けている私達が何を言っても説得力は無いと思うよ。
──だから基本の話ぞよ。別に負け惜しみをしているわけではないのじゃし、おかしな不安を植え付ける必要はないぞよ。
まぁお前達の強さ論争はどうでもいいので、今だ。
巨虎は殺し得るのか否か。
──殺し得るだろうな。だが……方法がない。
──
──私も覚えていないね。だから、後から作られた、もしくは生み出された氏族なんじゃないかな。世界結界……光界を囲む天体と同じで。
無極太初、というのは。
──吾らが閉じ込められる前の時代の名じゃ! まぁ便宜上じゃがの!
ああ。まぁ、時代に名を付けるのは後世だわな。
しかし殺せるのか。
ふむ。ふむふむ。
「
「おい……今回は現れようとすらしてねェぞ。なんで感知できた」
「どうせ陽弥のやつに"様子を見にいってあげてほしい"とか言われてそうだな、と」
「はァ、その通りだよ。そんな粗野な言葉じゃねェが」
え、結構陽弥に寄せたつもりだったんだけど。
……やっぱりみんな、わかりやすい言葉で喋ってくれているんだなぁ。
「で、ンだよ」
「蜜祆さんの時の帳尻合わせ。あの時から引っかかていたが、天故理は時折お前達に干渉して来ていたのだろう? それは私が投げたあの槍の分だけか?」
「……あー、どうだろォな。俺も神族だからよ、奴らがどういう生体してんのかはわからねーんだ。入れ替わっていたのかもしれねぇし、一個体だったのかもしれねーが……。……テメェ、まさか」
「まさかも何もないだろう。世界結界も光閉峰も越えて攻撃し得る手段は今のところあれだけ。そして、お前は天故理の言葉がわかるのだろう?」
「わかるがよ……呼びかけたって反応するかどうかはわからねーぞ」
「顕って時々そうじゃよな。やってみないと分からないことに対しては酷く臆病ぞよ」
突然出てきた火の玉。
おや。……顕もそうだけど、この尾、華胥の一族は狙わないんだな。無力化できないとわかっているからか?
「うるせェよ祝。……確証のねぇことをやって、取り返しのつかねーことになった方が面倒だろ」
「初期化に乗り切る、とかか」
「あァ。ここまでの異常事態で奴らが初期化に乗り切ってねーのは、まさにこの尾……巨虎の尾があるからだと考えてんだよ、俺は。なんらかの過誤で出て来ちまったこの尾に対して、けど……なんだ、奴らに仲間意識があるのかは知らねえが、その本体である巨虎を案じて初期化を行ってねーんだとすれば」
「私が巨虎を殺した瞬間、初期化が始まる、か?」
「そうでなくともテメェが天故理と組んでるって知られるだけでもあんまりいい予感はしねーだろ」
なんだ。
こいつ、単なる陽弥のモンスターペアレントじゃなかったのか。
結構考えているんだな。
──顕は、そうだね。口調から誤解されがちだけど、慎重派だし仲間想いだし、何より犠牲を嫌う。彼が仲間だと言っていた笈溌と紊鳬が死してしまっている今、彼はかなりそういうものに敏感なのだろうね。
ふぅん。
まぁ踏み躙るけど。
「代案はあるのか。無ければこれで行く」
「……あるにはある」
え。
「なんだ、何を出し惜しんでいる」
「……。……、……」
「どうした、幽鬼にでもなったか。だが私とてそう口を開閉しているだけでは何が言いたいか読み取れんぞ」
「──……テメェを、危険に晒す可能性が、高ェ」
一瞬、言われた意味がわからなかった。
えっと。
な……にを、今更?
「だから、危険なンだよ!! 一応……俺は、入ったつもりはねェが、陽弥の入った同盟の……盟主がテメェだ。だから……俺にとっちゃ仲間も同然で、加えてテメェは俺達神族を外へ出そうとして動いてる。……そんなやつに、どんな感性してたら危ねェ提案ができる」
「愛し子、愛し子。吾も同意見ぞよ。天故理を使えば安全であるというのなら、そちらを使うがいいのじゃ! ……じゃ? でも、そっちも渋っている……ぞ?」
「優柔不断な奴だな。私が危険に晒されることなど今に始まった話ではないし、なんらかの危険が及ぶのが嫌なら、お前でも誰でも、私を守ればいい」
「そういうことじゃねーんだよ。……テメェの身体は……内側から壊れる可能性がある。それくらい自覚してんだろ?」
へえ。
自壊する、というの。まだ話していないのだけどな。
まぁ穢れの中で突然骨が折れた、なんて聞いたらそういう可能性にも行きつくか。
「案ずるな。たとえこの身が二つに裂けようと、意識という命数が尽き果てるまでは諦めん。此度行う何かでこの命散るのだとしても、お前達を外に出すという約束は守ってやる」
「そっちこそ一貫性がねぇな。命を懸けるほどこの世界を愛してねェんじゃねーのかよ」
「莫迦者が。自己犠牲などくだらんと言っているだけだ。だが、何の犠牲もなくして得られた結果などたかが知れているとも考えている。その犠牲は最小限であればいいと思うし、同時に仕方のないことは仕方がないとも考える。ふん、私に一貫性など期待するな。そんなもの気分だし、根本が変じなければ表層はいくらでも変わろうさ」
無言。そして……顔は見えないけれど、強く睨まれているような気がする。
どこか悔しそうに、だ。
「ま、その"あるにはある"という方の方法を聞いてから決める。それは如何なる術か」
「……テメェは今、平民でも輝術師でも幽鬼でも鬼でも神でもねェっつぅ曖昧ない存在だ。だから……俺達のところで研究していた"
「劣化"
「……あァ」
──危険すぎる。やめろ、祆蘭。
──天故理らとの交渉に時間をかけるか、その最短を使うか。……私は何も言えないね。
「その外法、現状だと誰が使えるんだ。そっち陣営の輝術師は全員死んだだろう」
「俺が伝授できる。外法そのものこそ使えねえがな」
「輝術である、輝夜術である、などは関係なしに使えないのか」
「あァ。華胥の一族には使えねえ代物だ。混ざった者……輝術師じゃないと無理だな」
ふむ。
「術者に害はあるか?」
「無ぇな。あったら紊鳬も笈溌もどっかで死んでただろ」
「多量の穢れを私が吸収すること。それ以外の危険性は? あぁつまり、穢れを吸収することで起きると思われる被害以外での危険の話だ」
「無ぇだろう。劣化"
「そうか。ならばそれで行こう。丁度その実験はしてみたかったんだ」
本来、媧がやろうとしていた、「世界結界の外から氏族を引き摺り込むことで穴を穿つ」というもの。
現状似たようなことが起きている。上手く行けば……私と友人たちのと永遠の別れも、誰かが犠牲になることも、他考えられる妥協点の全てを無視して世界を抜け出し得るかもしれない。
ま、十中八九というか百パーセント自壊機構とやらが作動するだろうが。
「術者は誰が適任だ」
「輝夜術を使える奴なら誰でもいい」
「ならば
黒いドームに腕を突っ込み、その襟首を掴んで引き摺り出す。
「!?」
「……気配の類、その一切が遮断される黒膜から……よく私を見つけられますね……」
「先も言ったが、お前は中央付近にいないといけないだろうからな。あとは当て推量だ」
して……輝術師がこの場に現れたことで、尾の殺到が開始する。
が。
「
「吾は嬉しいぞよ! 久方振りの守るための戦い! 加えて、頼まれたのなら……吾らは本気を出せる! 愛し子、愛し子。──全てを押し付けることになってしまうのは、媧の言う通り不甲斐ないのじゃ。だからこそ、そこに至るための障害は、全力で打ち払ってやるぞよ! それと、燧!」
──わかっているよ。今青清君やら要人護衛の子達にも伝達を入れた。一方的に、だから……怒り心頭で向かってくるかもしれないけれど、そこはまぁなんとかしてほしいかな。
──あ、当て付けか祝……。私が何もできなくなったからと……!
──それは被害妄想なんじゃないかなぁ。
光が溢れる。
赤州の時も思ったけど、この疑似輝術師モード、傍から見たら普通に輝術使ってるように見えるんだろうなぁ、って。
「状況が上手く読み込めませんが……そちらの輝かしい存在二つは、何者でしょうか」
「……ああそこからか。面倒臭いな」
「奕隣、っつったかテメェ」
「はい」
「ちょっと面貸せ」
「はい?」
それは所謂「付き合え」という意味ではなく。
がっつり顔面を……奕隣の額をぐわしと掴む顕。
あ、やってるところ初めて見た。
輝術インストールだ。
「……情報量が、凄まじいです、が……理解しました」
「オウ。……テメェに害は無ぇ。だが……」
「そう、ですね。このやり方は……。……いえ、祆蘭様。あなたが了承したこと、なのですよね」
「遠慮はするな。外法なるものをかけ終えたら、すぐに輝夜術の中へ戻れ。私に何が起こっても気にするな。いいな?」
「……。……良い判断と言えるでしょう。これは……あなたを愛する者にはできない所業です。──では、高速で飛来している幾つかの気配が恐ろしいので、やってしまいましょうか」
鈴李と祭唄と夜雀と、あと誰だろうなぁ。
ま、すまんな、とだけは思っておくか。心の中で。
さて、では再度倒れている尾の傷口へ腕を突っ込んで、と。
「術そのものは一瞬でかかります。そして……恐らくですが、瞬きのあと、想像もできないような穢れが流入するものであるかと。お覚悟を」
奕隣が指を立てる。人差し指と小指。その不思議な形にした手を、指を……私の額へと突きつけた。
「参ります」
「来──」
い、まで言えなかった。
莫大な……あまりにも莫大な量の穢れが、腕を通じて入ってきたからだ。
スポンジにでもなった気分だ。それくらいの速度で、それくらいの量が体内を侵食していく。
増幅速度を圧倒的に超える侵蝕速度は、すぐさま私の肉体を満たし……。
「その、程度……か」
浄化はしない。したら意味がない。
ただ、集めていく。己の心臓へ、穢れを。……いつか吸収した
ずぶずぶと輝夜術のドームへ沈んでいく奕隣を見届けながら、見えないけれど苦い顔をしているっぽい顕を見ながら、奕隣を襲っていた尾の全てが……私に狙いを変えたことを察しながら。
吸い取る。いや、私の意思じゃない。勝手に詰め込まれる。
ああ……口角が上がることを自覚するのがまた面白い。
どうやら私という存在は、窮地であればあるほど笑うらしい。今までもそうだったのだろうが、今になってようやく気付けた。
そして、だからこそわかる。
今は窮地なのだと。本能的に、そう感じているのだと。
パキ、という……小枝を折るような音がした。
……指が折れたな。そこから連続したパキポキと小気味いい音が響き、次第にその音は濁点混じりになっていく。
細かいやつらめ。一気に背骨なりなんなりを折ればいいものを。……それとも、そこまですると死んでしまうから、死なない程度の痛みを与えて諦めさせようとしているのか?
ああでも、そういう意味では幽鬼になっている方の腕は無事でいいな。ふ、知らんのか。片手でも作り得る工作なぞいくらでもあるぞ。
「祆蘭!」
声は……輝術師のもの。ああ……すまん、今、その辺り気にしていられない。
個体名はなんだったか。いや、後で思い出すだろう。
申し訳ないな。そっちへリソースを割けるほど余裕があるわけではない。今結構集中しているんだ。
「その顔……!」
「おっと、近づくなよ。この濃度の穢れは普通の穢れとは違ェ。並みの輝術師じゃ、一瞬で呑まれるぞ」
「愛し子を心配する気持ちもわかるが、今はこの尾らの撃退を手伝うのじゃ輝術師! 結界を張ることができない以上、数で弾き続けるしかない!」
顔。そうか、腕だけじゃないのか。何か出ているんだな。
知らん知らん。今更顔に傷がついたところで気にするタマでもない。
巨虎。降幽泉で輝術師に見せられた幻覚においては、体高およそ二千
その全身に穢れがあり、それを全て抜くのだとして……この身体、キャパシティーは大丈夫なのだろうか。
「っ、なんじゃ!? 尾が引いていく……!」
「……危機を察して退いてる、ってのか。……まぁ、今殺さずとも、外に出た時に殺してやれば」
はぁ?
莫迦者め。莫迦者共め。
逃がすわけが、ないだろう。
「おい、輝術師、神族。──掴め。決して逃がすな。此奴はここで殺す。此奴はここで──私が食い尽くす」
逃げようとする尾に、撤退しようとするそれらに、先程までとは比べ物にならない量の剣気を当てる。いや、狙いを定めている余裕がないので、全方位に放つ。
逃げるなよ。逃げるなよ。逃げるなよ。
お前が仕掛けてきたのだ──私との戦争で、その敗衄がノーリスクであると思われちゃあ困るんだ。
「奥多徳共もだ。此奴を逃がすな。私に楯突いた獣を……その行いがどれほどに愚昧であったのかをわからせねばならぬ」
どんな過誤でこうなったのだとしても。
私をどうにかして操ろうとしているのだとしても。
制御しきれないが故に初期化しようとしているのだとしても。
"シェンラン"を檻に入れた時点で、全てはもう遅いのだと知れ。
お前達のやるべきは、
「その
引き抜く。引き摺り出す。
獣の穢れを、獣の魂を。
光界の外から、世界結界の外から、光閉峰の麓から──。
「我が名の意を訊け、氏族」
貪り食らう。