女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百十話「チームワーク」

 襟首を掴まれて、この世界に生える一本限りの木へと叩きつけられる。

 

「いつからだ……!!」

「来た途端これか。いつになく荒れているな、(ウァー)

()()は私のものだ!! 私が……私が、奴らを(いざな)うために作り上げた外套だ!! 幾星霜をかけて隠し続けた刃だ!!」

 

 面白いものだ。

 私の魂は鈴李に呼ばれたもの。

 そして私の肉体は、媧対策で作り上げられたものらしい。

 

 何の力も持っていない平民。最上の素材。あらゆる状況下で命令を受け付け、媧が乗っ取りを終え、その悲願の成就の直前に自壊する人形。

 それが私らしい。

 

「やっぱりそちは吾らを裏切ってなどいなかったのじゃな」

「そうだね。けれど……」

 

 七万五千年。

 華胥の一族にとっての時間感覚がどうであるかは知らないけど、まぁ、それなりに長かったんじゃないのか。

 それを勝手に奪われた気持ちは如何ほどか。アンサーは目の前にある。

 私によく似た顔で、私の胸ぐらを掴む……泣きそうな目をした少女。

 

「初めからだ、と言ったら……信じるか?」

「信じるわけがないだろう! お前は初め、鬼子母神となることを嫌がっていた。最近とて、そうならないよう、そしてそうなる兆候が出た時は、周囲に弱音を漏らす程度には嫌っていたはずだ。だから……いつからだ」

「残念、初めからなんだな、これが」

 

 わかるだろう。

 ここは私の心の中なのだから、それが嘘ではない、ということくらい。

 

「理屈が通らぬと言っている……!」

「最初、私がお前を潰した時があっただろう。その時点で考えていた。これは私が得た力と考えるべきだな、と」

 

 そして、そこから媧との交流を重ねて行く内に。世界の真実を知っていく内に。

 

()()使()()()()()()()()()と、そう考えるようになった」

「……都合。お前は……お前は、そればかりだ。……なんなのだ、お前は……」

「そも、何を理由に己が心の中にお前達を住まわせていると思っている。慈善ゆえとでも考えているのか? 私にそのような寛大さがあると、本気で?」

 

 であればあまりにも見込み違いだ。

 労せずして報酬が手に入るのなら、仕事で腰をやった善人を貶めるために詭弁を弄するような奴だぞ。

 メゾンド祆蘭。良いね、知識が勝手に住み着いてくれるのなら、それに越したことはなかった。

 

「いつからそのつもりだったのか、は今言った通りだ。いつからこの力を得ていたのかは、"八千年前の組成"となったあの時からだよ。お前、前に言っていただろう。"今は周囲が輝術に満ちているせいで力を使えない。今潮が穢れでも流し込んでくれたのなら意識を奪える"と。私が不注意に天故理へと話しかけ、気絶した時だ」

「……あそこまでの穢れを浴びたのなら」

「ああ、鬼子母神としての力が表出した時、お前は私の意識を奪おうとはしなかった。だから所有権を私に移した。その後、時折お前に身体の半分を任せる時は、さもお前が出てきたことで体質が変化しているかのように見せていただけだ。……今のお前はもう、ただの華胥の一族。私の意思に主導権を奪われる程度の存在でしかない」

 

 でなければ今潮や桃湯の前であんな約束などするものか。

 初めから成る気があったから、あそこであんなにも早く決断できたのだ。ま、伏からの情報提供が背を押したことは事実だがな。

 

「虚しく思うも、激昂するのも勝手だがな。あんたを想っている者にも目を向けろ。ああ、お前がそれを言うか、という言葉は受け付けない。私は故意にやっている」

 

 果ての無い喪失感があるはずだ。

 初めに背負い、己が死するまで持っていくつもりだった荷物を、勝手に奪われたのだから。

 仲間がどんな言葉を届けたところで今の彼女には届かないだろう。……私はそれについて言及するつもりはない。

 

 奪った者は、奪われた者の気持ちなど考えないよ。

 

「……燧」

「なにかな」

「こいつの……隠し名とは、なんだ。……前に伏が言っていたものだ。祆蘭には、どんな意味が込められている」

「さぁ、なんだろ──っ」

 

 私の胸倉を離した媧は、振り返ったその勢いで燧を殴りに行った。

 まぁ、情報を出し渋るのは罪だからなぁ。月織といい燧といい。

 

「恥じらいはないのか!! もう……もう、ないのだぞ! 此奴を助けられる術は、何も! 何が華胥の一族だ! 何が神だ!! 願いも叶えずに、施しも与えずに、子供も救わずに!! ……救われてばかりで、何が、どこが神だ!!」

 

 殴る殴る。マウントを取って殴り続ける。

 

「吐け、お前の知っていることを全て!! 私が……私という矮小な存在が、少しでも役に立てる情報を寄越せ!! なぜ此奴だけが咎を負う! なぜこの幼子だけが、誰の助けも得られずに、友との永遠の別れを経験せねばならぬ! 愛情も受けられぬのだぞ! それがどういうことか……お前に、お前には!!」

「媧。ここでの攻撃など意味が無いのじゃ。……そちの心が擦り切れるだけじゃ」

「……お前もお前だ、祝。何が愛し子だ。何がこの世界から出してくれる、だ。なぜ頼り切りなんだ」

「自覚は……しているぞよ」

「ああ、わかっている。私だってそうだ。期待してしまう、なんて言葉を吐いた! ああそうだ、初めに此奴をその気にさせたのは私だ!! ……くそ、クソ!」

 

 燧の上から退いた媧は……そのまま、どこかへ行く。心象世界では距離など関係ないから、会おうと思えばすぐに会える。

 けれどまぁ、今は一人にさせておくべきだろう。

 

「やれやれ、酷い目にあったな」

「すまん、とは言っておくか」

「いやぁ……正論だからね。私達華胥の一族……もう知っているんだったか。神族は、願われないと行動することが難しい。その点媧は比較的自由に動ける神族だった。だから……彼女なりに全てを背負おうとしたのだろう。ただ、そのあり方が神と呼ばれるものとしてどうなのか、という問いかけは……そうだね。苦しい答えしか出せないものとなる」

「じゃな。吾らは……何も変わっておらぬ。変わることができておらぬ。それは吾ら神族の性質の話であり、吾ら神族の宿命のようなものぞよ。変わることのできた媧には、酷く愚昧に映るのじゃろうなぁ」

 

 願われなければ基本的には動くことのできない神族。

 ……氏族との戦いにおける搦め手とやらもこの辺に関わってきそうだ。

 

 その性質が変えられないものであることくらい、媧もわかっているだろう。……ああ、なんぞか……氏族によって記憶を奪われた、とか。

 彼女は追放された時に奪われたと言っていたけれど、その認識さえも、ということなら……一切自分からは動こうとしない華胥の一族には苛立ちを積もらせるばかりだろうなぁ。

 

「再度、確認だけはしておくよ。……君のやろうとしていることは、君が死することではない。それは嘘でも詭弁でもなんでもなく、真実。そうだね」

「ああ。私はそこまでこの世界を愛していない」

「であれば永遠に会えなくなる、というのは何故なのかな」

「聞くのか?」

「情報を出し渋るのは罪、なのだろう?」

 

 ……心象世界か。

 油断していたな。

 

「まぁ、もう隠すことでもない。単純な話だよ。……私だけが、この世界結界……氏族は光界と呼んでいたかな。そこから出られない。輝術師、鬼、神、平民、天故理。それらを外に出してやることはできるが、私だけは出られない。そしてお前達がこちらへ戻ってくることもできない。できなくなる」

「隠していた理由は? 言ってはなんだけど、()()()()()()()であれば、もっと多くの者に伝えておいても良さそうなものだけど」

「燧! その程度のこととはなんじゃ! 重要なことぞよ!」

「個人的な感傷においてはそうだろうけど、祆蘭にそういった感情を抱かない者は多いだろう。あの子……凛凛なんかは好例だ。他に方法がないのかを模索したあと、無いのであれば仕方がないと諦めるだろう。何も思わないことはないだろうけれど、しっかりと割り切ることのできる人間だ」

 

 まー、そうだな。凛凛さん、蓬音さん、黒根君……あと鬼ーズとかも。いや、ぶっちゃけ私へ重い思いを抱いているのは青州組ばかりなので、他の州の者にこれを告げたところで……残りのひと月、最大限のお別れ会くらいはやってくれそうだけど、別にそれだけだろう。世界を出る、というのがまだよくわかっていないやつもいるからお別れ会もないかもしれないが。

 いつもは役立たずのくせに、妙に鋭いのが、本当に。

 

「聞こえているからね?」

「今のは聞こえるようにしたんだよ」

 

 だからまぁ。

 その程度のことじゃない、って。それだけだろう。

 

「……ど、どういう意味じゃ。その程度のことではない、とは」

「祆蘭。もう一度確認するよ。君のやろうとしていることは──この世界のために死することではない。この認識で、正しいかな」

「さてな。確認なぞ一回で充分だろう」

 

 どうやら今、私の身体は……目を覚ますことのできない状態にあるようだけど。

 無理矢理に瞼を開ける。こじ開ける。

 

「愛し子! 吾は……そちを利用するためだけにそちを愛し子と呼んでいるわけではないぞよ! それだけは、それだけは──」

「知っているよ。でもお前は、媧を慰めてやれ。愛しているのだろう?」

 

 そんな会話を後に、心象世界を出た。

 

 

 どよめき。ざわめき。

 この……頭の重い感じは、麻酔輝術か。

 なるほど、だから起きることができない状態だったのね。

 

「起きたか、祆蘭」

「ああ。……察するに、危険だからと私へ麻酔輝術をかけた貴族がいて、それら一派と戦っている真っ最中。どうだこの名推理」

「推理も何も、この場を見ればわかるだろう」

 

 まぁね。

 私を抱く鈴李と、その前に立つ進史さん。こっちには蘆元やら蜜祆さんやら、何ぞ見知った青宮城メンバーがいる。あ、連博(リィェンジャン)さんもいる。書物庫の管理してる人ね。

 ……それと愛娘賞盟(アイニャンシャンモン)のメンバーもちらほらいるけど、これは無視しておこう。

 

「もう大丈夫だ、青清君」

「そんなわけがあるか。麻酔輝術をこれでもかと打たれたのだぞ」

「ああ、これのことだろう」

 

 言って、掌へ浮かべるは光。

 またしてもざわめき。

 

「まさか……変質とは、輝術師になる、ということか?」

「いやいや、むしろその逆というか、半分逆というか」

「半分?」

 

 浮かべたそれを……殴る。

 殴って飛ばして、対峙していた輝術師に当てる。……そのまま昏睡する貴族。

 

 ふぅむ。感覚は生身と同じ、か?

 別段握り難くなったり指を動かし難くなったりはしていない。ただ、ちょっとスースーするな、程度。

 

「まさか遮光鉱……?」

「それだったら便利だったな。……この腕や、一部臓器。それが()()()()()()()()()()()()。変質はそれだけだよ」

 

 あの影自体、幽鬼のようなものだったのだろうし。

 それを取り込めばこうなると理解できていた。

 

 豪快な笑い声が聞こえる。

 ……耳もか。

 

「まさか余に近付くとは。こればかりは見えなかったぞ、新帝祆蘭」

「お前の声は他の者には聞こえないんだ。ややこしくなるから黙っていろ先々代」

 

 ま、便利にはなったか。

 もう唇を読む必要が無くなった。これで固有名詞も聞き取れるようになるだろう。

 ……固有名詞を言う幽鬼とか、多分コイツくらいだけど。

 

「あれ、そういえば奕隣は?」

「下の防護ぞ。……その者らがこうも集いてお前に牙を剥いているのは、お前が鬼子母神としての力を解放したが故ではない」

 

 下?

 ……ん。

 

 ひょい、と鈴李の腕の中から脱して、窓へ近づく。

 

 眼下には、真っ黒なドームと……それをビシバシ叩く、無数の触手みたいなものがあった。

 

 えぇ……。

 

「あ、まさか巨虎(ジュフー)か?」

「ほう? あれなる獣はそのような名であったか」

「あれなる化け物について、何か知っているのか?」

 

 ……だから幽鬼には喋らないでもらいたいんだよね。

 問いが二重になるから。

 

「成程、下からの脅威。厄災とはこれか。……さて、行ってぶった切ってくるか」

「不可能だ。青清君の力を以てしても破壊できなかった。今は奕隣が編んだ特殊な輝夜術で青宮廷を守っているが、時間の問題だろう。……加えて各州にも同じようなものが現れている。……今、巨虎と言ったな。正体を知っているのなら、今すぐに教えてくれ」

「正体は知らんが、光閉峰の麓にいる巨大な虎……ああ伝わらんか。獅子の近縁種だ。その尾は無数に分かれていてな、恐らくはそれが天染峰を突き破ってきている」

「まるで説明になっていないが、生き物ではあるのか」

「さぁ?」

 

 森封(センフォン)くらいしか詳細知らないんじゃないの。

 あぁまぁ、もう一度この城を覆う範囲で穢れを纏えば、氏族的思考が流入してくるだろうから、それで調べる、というのはアリだけど。

 

「これ……宮廷は守れているかもしれんが、村や街はどうなんだ」

「手が回っていない状況だ。──ッ、おい、祆蘭!?」

 

 窓の縁に両手をついて……身を躍らせる。

 三度目のフリーフォール。ただし今回は状況が違う。

 

「ハッハッハ! 世も末とはまさにこのことぞ! この状況は余も予見していたが、新帝が空より降り注ぐところまではわからなかった!」

「なんだついてきたのか。……あぁまぁ、お前はたかいところから落ちても平気だものな」

「うむ。それで、お前は?」

「別に足腰は幽鬼になっていないからなぁ、雲か地面か、叩きつけられたら彼岸花でも咲くんじゃないか?」

 

 落ちる落ちる。

 割断されていない雲が近づいてくる。運よく避けられる……なんて思っていないそれ。

 

 だから、まぁ。

 

「──あ・な・た・ね!!」

「先を越された」

「た、桃湯さん、速過ぎるよ~」

 

 抱き留められる。赤い反物の女性。美しき女性に。次いで追いつくは、祭唄と夜雀の二人。

 

 上空、青宮城を見れば……不機嫌な様子の鈴李と不可思議な顔をしている進史さんが降りてきているところだった。

 

「来てくれると信じていたぞ。──どうだ、感想は。一度は私を忘れた愛の無い同盟員として」

「……悪かったわよ。輝術師のそれが……鬼にまで作用するなんて、思わないでしょ」

「二度も剣を向けた。謝る」

「ごめんね~小祆~!! 小祆を忘れるなんて、うぅ、もう考えたくないよ~!」

 

 む。

 皮肉に……そうやって真摯な謝罪を返されると、まるでこっちが悪いみたいになるじゃないか。

 実際悪いんだけど。

 

「……それで、その腕や耳……他、色々な部分が、人間ではなくなっているようだけど」

「今まで失っていたものを取り戻しただけだ。ああそれと、正式に鬼子母神としての力を引き継いだから、もう少し崇めてもいいぞ」

 

 ──正式になど引き継いだ覚えはない!!

 ──落ち着いて落ち着いて。

 ──元気になったからよかった……のじゃ? ぞよ?

 

 メゾンド祆蘭は今日も賑やかです。

 

 さて。

 

「現状は?」

「新帝同盟、及び各州の州君と連係して、この化け物から宮廷や街、村を守っている状況にある。凛凛曰く、この化け物は輝術師を中心に狙っているみたいで、村によっては化け物は現れたけど被害は無かった、というところも多いみたい」

「ははーん。つまり私は斬りたい放題、と」

「鬼は襲われているわ。配置は済ませたけれど、弱い鬼はどんどん取り込まれて行っている」

「……ん、取り込まれて? どういう意味だ?」

 

 なにそれ。

 

「文字通りの意味よ。輝術師も鬼も殺されるのではなくて、あの触手に飲み込まれるの。あれ自体がとてつもなく硬いから救出は困難を極めているわ」

「……」

 

 まさか私の計画に気付いたのか?

 あり得ない……とは言わないが、だとしたら些か直接的過ぎる。

 

 しかも初期化の方じゃなくてこんな迂遠な手段を取った意味は。

 

「おい、鬼」

「なによ」

「祆蘭を返せ」

「はぁ? 悠長に降りてくるあなた達と違って、私が彼女を受け止めたのよ。まずその態度を改めたらどう?」

「……私が帝となるまでは、休戦協定を結ぶ。それを忘れたか」

「そんなのこの子が帝となった時点で破棄されたわよ。あなたが帝となる可能性なんて欠片もないもの」

 

 ああ、やっぱりこの二人が結託していたのはそれか。

 だいたいは察していたけど、いやはや……性格、絶望的に合わないだろうに。よくやるよ。

 

「それで、祆蘭。まだ斬りかかりに行く気?」

「それはそれとしてやるが、お前達にも役割がある」

「やるんだ……」

 

 やるさ。もう無理だよ、守られるだけは。そろそろ流石に諦めた方が良い。

 

「青清君の攻撃でも通らぬ硬さの尾。これを傷つけるにはどうすればいいか。──古典的だよ、最早」

「良いから言いなさい。今も被害は増大しているのよ」

「……本場だろうに、なぜそうも」

「本場?」

「なんでもない」

 

 最強の盾がうねうねぐねぐねと暴れまわっているのだろう。

 なら簡単だ。

 

「目には目を歯には歯を、罪には罪を罰には罰を。なれば、尾には尾を、だ」

「前半不要だった。でも確かに、どうにか誘導して尾と尾をぶつけることができたら、なんとかなるかもしれない」

「……仮にあれが本当に尾で、その……巨虎? なる生物のものであるとして。己の身体で己を傷つけるような生物がいるとは思えないが……」

「なんだ進史さん。強く手を叩いても痛くないのか。……ああまぁ輝術師はそうかもしれんが」

 

 なんでもいいけど。

 

「──さて、祭唄。此度初の新帝命令でも出そうか」

「ん、凛凛の『継草』に繋げる。輝術経由で祆蘭の声を『継草』から拡散して放出する」

 

 へぇ、そんなことできるんだ。

 本当に凛凛さんには頭が下がるよ。今潮ももっと追いつけ。

 

 それじゃ。

 

 

「諸君。天染峰に住まう諸君。──你好(ニーハオ)、数日の間新帝から指名手配を食らっていた新帝、祆蘭だ。私の即位すぐにこのような事態になって不安な民も多かろうが、まぁ、御前試合でこれから昏迷になると言っていたので覚悟はできていたと思う。できていなかったら今しろ。今したのなら聞け。各地に現れている怪物は主に貴族を狙う。高貴な血が好みで仕方がないらしい。よって、貴族は必死に走り回って飛び回って怪物同士をぶつけ合え。お前達の智慧を存分に見せつけてやれ。──そして平民よ。朗報だ」

 

 一度言葉を切って。

 愉悦たっぷりに、言う。

 

「普段高慢な貴族らが蠅のように飛び回る一方で、諸君ら平民は然程襲われん。高貴な血が流れていないからだろうな。そこで、だ。まぁ無視してくれても構わないのだが、貴族連中に恩を売ってみるのはどうだろうか。なぁ、どうだろうか。斬るなり焼くなり突くなり削ぐなり……貴族連中が使いもしない道具類を、諸君らはこれでもかと言うほどに有しているだろう! 再度言うが、まぁ貴族連中に思うところがないやつは逃げていていい。思うところがあっても逃げていていい。ただ、平民というもののありがたみを少しでも思い出させたいやつは、農具でもなんでもいいから武器を取れ」

 

 祭唄へアイコンタクト。

 素晴らしいことに彼女はそれで察してくれたらしい。眼下、一番近い所にある『継草』から……音だけではなく、立体映像のようなものが飛び出る。

 

「新帝祆蘭は、()()で行く。御前試合で見せた通り、な」

 

 鋸とトンカチを見せつけて。

 

 ──鬨が上がった。

 

 

 複数の溜息。

 

「私は……中継輝絵なんてやったことないから……やらせるなら、専門の人にして。……つかれた」

「ああそうか、なんか特別な才能が必要なんだっけ。すまんな、でもできたじゃないか」

「違う……中継輝絵じゃなくて、刹那ごとに切り取った視覚情報を流して、凛凛と玻璃に再現輝術として浮かべてもらっただけ……つかれた」

 

 ……あれか。中継カメラができないから、凄まじいスピードで写真を取ってそれを凛凛さんと玻璃に送り、あの二人がそれをもとに映像を作り上げる……というのを、ぶっつけ本番リアルタイムでやった、と。

 うん。

 

「夜雀、祭唄を介抱してやってくれ。なんとなく無理をさせた感はある」

「なんとなくじゃないよ~!!」

「祭唄の名誉のために言うがな、祆蘭。そんなことは私と進史でも不可能に近い。というよりただの力業だ。やろうと思えばできるが、やる気がしない、が正しい」

「二人とも、青宮廷所属でなくなったのは理解しているが、特例だ。青宮城で休んでいていいぞ」

「あ、ありがとうございます! よ……しょ、と! あ、でも、祭唄が恢復したら私達も行くからね、小祆!」

「待っている」

 

 うんうん。よしよし。

 

「したり顔なところに水を差すようで悪いけれど、なんで平民を焚きつけるようなことを言ったわけ? ……別に今更輝術師がどうなろうと構わないけれど……御前試合では平民の一斉蜂起を防ぐために楽土より帰りし神子であることを強調したのに、今度は貴族への不満を表出させるようなことを」

「こういう時に少しでも抜いておかなければ、後が怖いからな」

 

 輝術が無くなった世界で爆発されるより、今ここである程度発散してくれた方が良い。

 これで高慢ちきな貴族が鳴りを潜めてくれたら尚いいんだけど……それは多分無理なので、その辺は全部任せる。

 

「進史さんは、青宮城にいた貴族連中各自の誘導を頼む。上空から指示を出してやってくれ」

「……止血剤のおかげで、そこまで深い傷にはなっていないぞ」

「その心配は確かにしたが、膨大な数の輝術師と尾のすべてを読み切って処理して伝達を送ることができる者を進史さん以外に知らない。現場指揮は蘆元あたりにさせればいいだろう」

「そうか……承知した」

 

 いいね、こういう時に個人の感情を優先しない人だと知っているから、頼りになる。

 

 で、残った三人。

 鈴李、桃湯、月織。

 

「桃湯。尾に対し。穢れはどんな挙動を見せた?」

「挙動って……。……吸い込まれたわ」

「青清君、輝術はどうだった」

「弾かれたな。だが、遮光鉱のそれとは違う。ただ単に通らないだけ、という感じだ」

 

 ふむ。

 

「なら桃湯。尾全体に穢れを侵食させてくれ。その後青清君、あんたは輝夜術でそれを手前に引き摺り出すんだ」

「ちょっと、この女と協力しろっていうの?」

「まるで連係を取れる気がせぬ。他の方法はないのか、祆蘭」

「ハッハッハ!! なんだこの二人は! まるで違う女二人! だが、そういう姉妹のようぞ」

 

 うん、私もそう思ってる。

 

「やれないならそれでいい。ただどっちも狙われやすさは最上位だろうからな。邪魔なんでどっかへ隠れていろ」

「……」

「……」

「はぁ……まぁ、音が効かない時点で……穢れでやるしかないのはわかっていたけど」

「輝夜術か。極めたわけではない術をみだりに使いたくはないが……」

「背に腹は代えられぬ、だろう。ああ、今の戦術については玻璃へも共有してくれ、青清君」

「うむ。承知した。……して、祆蘭と月織はどうするのだ」

 

 どうする、とは。

 当然私は鋸とトンカチで行くけど。

 

「月織お前、生前は武器主体だった、とかでもないのだろう?」

「うむ。余は真っ当な輝術師ぞ。赤積君のような武は持たぬ」

「なら……そうだな。適当にその辺を駆けずり回って、逃げ遅れた輝術師や、己を輝術師だと理解していない平民。それらを全員青宮廷へぶち込んでこい。何もできぬなら、その無尽蔵の体力を有効活用しろ」

「良い良い! 権力も輝術も失った余には妥当な配役ぞ。そうさな、今度象棋でも打たぬか? 豪快な局が楽しめそうだ」

「今代赤積君に一勝をもぎ取りたい。その辺教えてくれ」

「あー、実際の武将相手となると厳しいものが」

「先見の明、存分に生かせよ。──じゃあな」

 

 飛び降りる。

 桃湯の腕の中から。

 

「あ、ちょっ──馬鹿なの!?」

「祆蘭、まだここは雲の上──」

 

 知っている。知っているさ。そこまで馬鹿であるつもりはない。

 

 もう惜しむ必要はない。もう隠す必要はない。

 

 ──尊瑤(ズンイャォ)を解放する。

 して、さらに尾の一本へ剣気を当てる。

 

 何を狙うか迷っていた様子の尾はその剣気にこちらを見つけ、まっすぐに向かってきた。

 

 良い子だ。

 だから、良い子は──良い子とぶつかるがいい。

 

 突如横合いから現れたもう一本の尾にタックルをかまされ、その勢いを殺す尾。その上に着地……すると骨が折れそうなので、鋸とトンカチでガリガリやりながら尾肌を滑り落ちる。

 落ちた場所は、黒いドームの真上。

 

「奕隣」

「……よく私が中央にいるとわかりましたね」

「そこが一番維持しやすいだろうからな。で、聞くが……この輝夜術の結界は、どれほど保つ」

「目視する者が多ければ多いほど、堅固になりまする」

「相変わらず意味が分からんが、つまり半永久的と考えて良いんだな。耐久性は?」

「既に何度も猛攻を防いでおりますれば」

「なら、今から十本ほどの尾を一斉にぶつけるから、頑張って保て」

「はい?」

 

 輝術師を追っていない尾。

 その内の十本へ、同時に剣気を当てる。どうした、と。かかってこいよ、と。

 

 果たして、ああ、どの尾も良い子ばかりだ。

 全てが私のもとへ向かってきてくれた。

 

「今月織がその辺を走り回って"目視する者"を片端から青宮廷へ投げ込んでいる。そいつらへの説明を頼む」

「え、ちょ、月織様に何をやらせて──」

 

 タイミングを見計らい──ギリギリのところで跳躍する。

 殺到する尾は何もない虚空へ、ドームの天井へ突き刺さり……互いに互いの身を潰し合った。

 

 ……効率的だな。

 全ての尾にこれをやるべきなのでは?

 

「今の! 今の、限界です! 今以上の衝撃は、青宮廷全ての人間の目視だけでは耐えられませぬ!」

「つまり月織が頑張れば耐久性能も上がっていく、と」

 

 いいじゃないか。

 良い役割分担だ。

 

 新帝としての初仕事がこれは、ハハ……滾るものがある。

 なぁ、親友。その影よ。

 

 ルートはもう、あと一つしか残されていなかろうさ。

 突っ走るぞ、最後まで!

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