女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第百六話「デコイ」

 森封(センフォン)は歩きだす。何もない空を、そこに地面があるとでもいうかのように。

 だから私もついていく。何もない空を、当然地面があるものだと定義して。

 

「ご存知でしょうが──凡そ七万と五千年前、神々の戦いがありました。片方は神族。あなたが今まで接してこられた華胥の一族と呼ばれる方々。もう片方は氏族。そう銘打たれてはいますが、それらもまた神の如き力を持つ者達。それが穢れの意思、あるいは穢れの主と呼ばれる者達となります」

「搦め手により神族はこの光閉峰に閉じ込められ、氏族は己の『クローン』……同一因子を送り込んだ。そうすることで神族を薄め、弱体化を目論んだ。そうしないと次は通用しないと考えたから……だろう?」

「然様にございます。なお、この際彼ら……あなたには恐らく天故理と名乗っている者達も閉じ込められました。天故理と氏族は敵対関係になかったのですが、光閉峰を拠点としていたので、仕方なく、と」

「大雑把な……。事前交渉とかないのか、氏族には」

「ありません。彼らが大雑把で丁寧な仕事をしないことは、あなたも理解しているでしょう?」

 

 まぁ。

 色を間違えるし。管理を怠るし。些細なことでリセットするし。

 "その程度"なのだとは、理解している。

 

「基本的に氏族は輝術の光を嫌います。無論、輝術の光が嫌いなだけで、たとえば火の光や陽光には特段興味を持ちませんし、この外側の世界にある天体からの光にも当然何の反応も示しません。星々は自らが光り、この装置……偽の太陽と月も光源と拡散の効果を有していますから」

「その辺は知っている。鬼となることに必要な紋様が拡大鏡であるのも、その月の小型版。天遷逢の間だけ鬼や私達が酔うのも、その時だけはこの天遷逢を輝術由来ではない光が覆い、拡大され、見易くなるから」

「ではここで問いを。以前、あなたの行動によって、月には罅が入りました。拡大鏡たる月に罅が入ったのなら、使い物にならなくなる。であれば修復が必要でしょう。けれど彼らはそれをしなかった。なぜだと思いますか?」

 

 簡単だ。壊れたのに直さなかった理由。そんなもの一つしかない。

 

「ひび割れていた方が使いやすかったから、だろう」

「素晴らしいですね。ええ、そうです。球体である月を通すより、表面の砕けた月である方が光を拡散させやすい。できないことは増えましたが、できることが増えたことを彼らは喜びました。そういう者達なのです、氏族とは」

 

 余程労力を使うのが嫌なのだろう。

 修理するくらいなら有効活用を思いつく、か。

 

「なれば、あの雲の穴と、ひっくり返った雲も、か?」

「ええ。直されることはないでしょうね。何かしらの利用法を見つけて放置でしょう。彼らは未だに自分たちが優位にあると考えております。今の光閉峰を憂慮できているのは巨虎だけ。しかし巨虎は言葉を持ちません。ただ行動することはできるので──あなた達が世界を出ようとした時、足を引っ張ってくる、くらいはするでしょう」

「だというのに目を向けさせなかったのか」

「全てをあなたに任せることはありませんから。確かにあなたが現地へ赴かなければ"視線"は向けられず、万象は明るみに出ません。ですが、あなたのいない所では何も起こらない、ということはありません。今も戦っている者達がいるのです」

 

 ……背は気にするな、と言いたいのだろう。

 では。

 

「では、聞かせてもらおうか。振り返りは終わっただろう?」

「そうですね。──私がなぜあなたを呼びつけ、なぜ存在し、なぜ、なぜ、なぜ──ここまで生き続けたか」

「万象のためとお前は言った。万象とは文字通りの万象か?」

「はい。ですから、私は誰の味方でも、誰の敵でもありません」

 

 誰の味方でもないのは本当だろうが、誰かの敵ではあったと思うがな。

 まぁいいや。そんな茶々を入れるつもりはない。

 

「問いを、もう一つ……よろしいでしょうか」

「なんだ」

「あなたは聞いているはずです。己を呼び込んだ者がいる、と。……それが誰なのかについては、わかっていますか?」

「青清君だろう? 夢で……私が気にしないようにしている者、と言われてな。大体理解したよ」

 

 青清君。鈴李。

 私の最も近くにいる者なんて、彼女か祭唄くらいだ。次点で桃湯と媧か。

 

「なぜ呼ばれたのかについては、理解していますか?」

「いや。理由なぞあるのか、死者を呼び出す理由なぞ」

「……どこまでが偶然なのかはわかりません。誰かの意思を感じてしまっても無理はないでしょう。ですが──青清君は、彼女は最高純度の輝術師です。あなたと共にいる神門()……黄征君をも超える。最も華胥の一族に近しき人間。それが青清君でした」

「輝術の力量や技量とは一切関係のない話か」

「はい。血の純度の話にございます」

 

 血の純度。薄まりに薄まり続けた神の血は、けれど平民と貴族の分離により再度純度の上昇が見られ始めた。

 その先。その頂点。それが鈴李と。

 

「ですから、彼女の願いは、神の意にも似たものとなります」

「無意識に、だな」

「はい。幼少の頃……親元から引き離された彼女は、人間を直視し、そして全てを諦めかけました。しかし、偶然にも……俯く彼女の前に、ある盗人が通りがかります。盗人はただ兵のいない方向を選んだだけのこと。けれどそれは、青清君の放つ威圧に当てられた輝術師が誰も近付けなかったが故のもの」

「その盗人はまさか、道破(ダオポォ)か?」

「然様に。……して、道破は悲嘆に暮れる少女に道を示しました。奔放に生きる道を。けれど彼女は選べませんでした。責任感があったから。ただ──願いました。どうか、どうか、どうか、と」

 

 これにより、神意が結ばれます、と。

 森封は微笑む。

 

「彼女が呼び込んだものは二つ。一つは己の隣で己を支え、己を理解してくれる者。盗人とは正反対の性格で、規律正しく、己と同じ悩みを持ち得る者。──その神意は軽々と時を越え、作用を齎します。神門()の作った隧道。事故により死した少年。その少年と完全に同一の組成を持つ七万五千年前の人物」

「……進史さんを時空移動させたのは、青清君か」

「はい」

 

 偶然のタイムスリップではなく。

 鈴李が故意に呼び寄せた信頼できる相手。

 

「そしてもう一つが、奔放であり、前に進むことのできない己を導いてくれる者。盗人と似た性格で、規律破りで、己とは違う場所を見続ける者。ただ……この世はこういう作りですから。道破のような故障因子、あるいは欠陥因子と呼ぶべきものはほとんどおりませんでした。無論全くいないわけではありません。あなたの見てきた"モノ作りを行い得る者達"は、氏族にとっては欠陥因子です。ですが、彼女の求めた条件の全てに合致する者はおりませんでした。ただの一人も」

「……」

「それでも神意は諦めません。であるならばと──異なる世界より、不要とされた者を見つけ出します。元よりこの世界は異なる世界からの来訪者を受け入れる土壌がありましたからね。それは神族と氏族が戦っている時からそうです」

(シィェン)だろう。後から戦線に加わったという華胥の一族。あいつだけ考え方が他と違う」

「慧眼にございますね」

 

 昔から楽土より帰りし神子は……異世界からの来訪者はいた、と。

 だから私を受け入れる準備があった。そして……不要ね。ハ、不要か。言い得て妙だ。なんと人生の終わりのその後まで「不都合」だったと。私らしい。

 

「こうして、死したはずのあなたはこの世界に呼び込まれます。彼女の求める通りの人物が」

「特に言うことも、思うこともない。……問いがそれで終わりなら、万象の意を話せ」

「……そうですね。そうしましょう」

 

 改めて、というように私へ向き直る森封。

 そして膝を突いた。()だ。片膝ではなく、両膝で行う跪。

 同時、幻覚が消える。暗い暗い地の底へ戻る。

 

「あなたはこれから、世界の外に出ようとしている。勿論機を待つ必要はありますが、それはこの世界を壊すことと同義。……はじめ、鬼子母神(グゥイズームーシェン)は、己が氏族の尖兵となることで……氏族をこの世界に引き込むことで、世界を壊そうとしました」

「……知らん話だな。聞きそびれていたが、聞いておくべきだった。怠慢だ」

「話そうとはしないでしょうから、ここで。……ですが、そのやり方では多くが死にます。特に平民や輝術師は大きな煽りを受けるでしょう。……ですから、鬼子母神には初めから外に出る気などないのです。彼女が行いたかったのは、あなた方が世界結界と呼んでいるものに穴を穿つことだけ。誰を用いても、何を犠牲にしても、己と氏族の繋がりを頼りに穴を穿つ。距離の最も近くなる天遷逢にてことを為す。それこそが鬼子母神の企み」

 

 ああ、それは聞いていた。

 媧のやり方では、多くの犠牲が出ると。

 

「ですが……あなたの策であれば、それは起きません。なぜならあなたが守るから。あなたが導くから。そしてあなたが──」

「私にそれを言う必要があるのか?」

「……いえ。……ですから、私はあなたをここに呼び、先程の光景を見せつけました。私が今日(こんにち)まで存在していた理由は万象のため。どれか一つのためではなく、万象のためであり……そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にございます」

 

 今生では都合よく。

 それは……望みだったのかね、親友。やはり持ち慣れないよ、望みというやつは。

 どうせ叶わないのだから。

 

 ──森封の四肢が消える。

 ぼとり、と。跪の姿勢だったから、そのまま地面へと落ちる彼女。

 

「始まりましたか」

「……氏族がお前に気付いた。そういうことか」

「然様にございます。この身は輝術師。根源たる輝術こそ世界結界の内側に置いてきたとはいえ、あなたも私も、ここにいて良い存在ではない。氏族は小さなものを発見することに多くの時をかけますから、今の今まで保っておりましたが……見つけたからには許さないでしょう」

 

 首が落ちる。胴が裂ける。

 けれど、けれど……彼女は死なない。

 

 すぐに再生……いや、回帰しているように見える。

 飛び散った血液や肉片までもが元の位置へと戻っているから、そういうことだと思う。

 

「ふふ……自滅とはまさにこのこと。かつて、盤古閉天(シェングービーテン)の際……氏族の作り上げた同一因子の中で、唯一その能力を削ぎ落されることなく送り込まれた同一因子がおりました。雑な仕事故、確認をせずに送り込んでしまった同一因子。それは……その因子は自ら神の血を啜り、輝術師と一体化し」

 

 消滅する森封。しかし、直後には元に戻っている。

 死なず。これこそが"(とこしなえ)の命"。

 

「輝術師の中に紛れ込むことに成功しました。……なれば、その……神の血の混じった同一因子を。輝術を失えど、神族の血であることに変わりは無い血を持つ私を、彼らは如何とするでしょう」

「当然、排除し続ける。殺し続ける。消し続ける」

「ええ……そうです。けれど私は死なない。氏族と同一だから。だとしても氏族は私を無視できません。修理をすることより無かったことにするか活用法を見つけ出そうとするのが彼らですから。こうして、私は、殺され続け……彼らの、目、を、引き続けます」

 

 砕かれ、裂かれ、千切られ潰され溶かされて。

 平然と言葉を紡ぎ続ける女性。"(もやいぶね)の体"だから、ではない。これは万単位の年月を経て得た耐性。四度の初期化を乗り越えた精神性。あるいは過去の輝術師にその身の性質が発覚したこともあったのだろう。行われたことなど筆舌に尽くし難い。その想像も易い。

 

「ですから、どうか……彼らの気が、変わらぬ内に」

 

 氏族はいつか活用法を見つける。それがどんなものであるかはわからないけれど、いずれ必ず森封を有効活用する術を思いつくのだろう。

 そうなりたくないから。

 だから、万象のために。

 

「私を、この魂を、使ってください。あなたの力があれば……私をここで変換し、縫い留めることも可能なはず。あ、なた、によって、固定、された……私、へは、もう何も、できな、く、なりま……す」

「意識は残るぞ。……此度使った者達については、機のあと、解放する予定だった。だが、ここなるは地の底。……そうではなくなった世界においてお前を見つけることは至難だろう」

「今更でありましょう。二つ月、三つ月のあと……彼らは私から興味を失くす。あなたが世界の外へ神族らを出すから。外に出てしまえば、氏族は神族に勝つことはできません。そうして訪れた内平らかに外成った世界で、思い出した時にでも……私を見つけてくだされば、充分にございます」

 

 ……。

 ……尊瑤(ズンイャォ)を、解放する。それによりピタリと止まる干渉。驚いた目でこちらを見る森封のその首を掴む。

 

「あなたの中に……今、鬼子母神は、いないはず。どう、して……」

「あいつがもう鬼子母神ではないからだよ。……使うぞ」

 

 媧。彼女がいつになったら気づくのかは知らんがな。

 そもそも燧や祝との同居が適っている時点で気付くべきであるのに、どこまでも……いや、いいか。

 純粋で在り続けられるのはいいことだよ。

 

「そうでしたか……ああ、ああ。……申し訳ございません。元よりこの世の魂ではないあなたに、全てを背負わせる結果と相成りました。ただ……お許しを。天染峰には、寒冷地がございませんので」

「……初め。初期も初期に……青清君が青州の庫を氷漬けにした時点で気付くべきだったか。全て今更だな」

「そうですね。……全ては過ぎたこと。後はよろしくお願いいたします、"シェンラン"」

「承知した。──あと少しの辛抱だ。事が終わったのなら、お前のことは必ず見つけ出す。……じゃあな」

 

 消費する。変換する。

 彼女の肉体は刹那にて消え、その魂は膨張を始めた。……さて、ここにいると私も見つかるな。

 尊瑤を維持したまま、綱をくいくいと引っ張る。すると凄まじい勢いで綱が巻き取られ始めた。あ、ちょっと、少し歩いたからその勢いで引っ張られると危ない。……スピードを緩めてくれ、というサインなんかどうやって送れば。

 ここは世界結界の外。凛凛さんの包帯もただの包帯だし、工具類も上に同じ。

 

 おおっと危ない突き出た岩にぶつかるぞ~。

 

千千二百百二十二二十二(まったく……)二十二千百百百千百二(手のかかる……)」 

「うるさい、受けた恩くらい返すのが筋だろう、莫迦者め」

 

 大きく私を押してくれたのは、ライムグリーンの液体。

 天故理だ。以前外に出してやった奴らだろうな。

 

 それにより身体は地形の突起物から離れ……大穴の真下まで進んだ。後は勢いを自分で殺すよう受け身を取って、と。

 さーて帰還だ帰還。

 

 ──森封。お前を見つけに行くのは情だけではないからな。

 覚悟はしておけよ。

 

 

 一本釣りされた。

 

「釣れたわ。新帝が」

「釣れたね。身体に怪我はなさそうだ。これなら赤積君に止血剤を使っても良かったかもしれないな」

「……あたし、行かない方が良かったか?」

「玻璃、このまま全員を上へ頼む。今潮は自分で飛んでいけ。痛いだろうし」

「おーい無視か! 無視かよー!」

「いてもいなくても変わらなかった。これで満足か」

「うわ酷っ!?」

 

 ……いたらスムーズに話が運ばなかっただろうから、居なくて良かったよ。

 

 身体が浮遊する。というか明確に押し上げられる感覚がある。祭唄や夜雀との浮遊では感じない神の御手。

 鬼火ブーストで飛んでいる今潮がどんどん引き離されて行っている。あ、凛凛さんが蔦を伸ばした。……優しいけど、それ輝術が混じってるわけだから痛いんじゃ……?

 

 して。

 穴から出て、赤積君を見つけて彼も引っ張って、通路を通って……地面に落ちた香辛料を巻き上げないよう気を付けながら進んだ先の、巨大な穴から外に出て。

 

「お、おかえり~。結構骨が折れたけど、途中で術者を殺してくれたんだろ? "(もやいぶね)の体"の大群はそれで事切れてさ、あとはあっちだけだよ、問題は」

「無事……ね。一瞬あなたの音が聞こえなくなった時は焦ったけれど……」

「あら、今代の赤積君は……気絶しているみたい。どうして? 役立たずだったの?」

 

 鬼三人に、歓迎された。

 ……なんか御座敷いてるんだけど、誰が持ってきたのそれ。

 

 で、奔迹の指差す方向では。

 

「あ! 小祆帰ってきた! 小祆、ちょっとお願い、玉帰(ユーグゥイ)を止めて!」

「私達の声が聞こえていない。気絶させないと止まらない」

 

 既に死しているらしい男を……これでもか、これでもかと滅多刺しにする玉帰さんの姿が。

 夜雀と祭唄はなんとかして彼を止めようとしているようだけど、傷つけずに止める方法が分からない、って感じか。……蓬音さんは傍観気味。まぁ一番状況が理解できていないだろうし。

 

 威圧……するのもいいんだけど。

 

 少し、剣気を当ててみる。

 

「ちょ」

 

 金属音。──首元に刀があった。鋸に阻まれた刀が。

 なるほど、確かにこれは錯乱状態だな。前が見えていないし何も聞こえていない。

 

「鎮静剤なら余りがあるよ」

「私が止めましょうか?」

「怒りで我を失っている、って感じねー。……前の墓祭りで見た覚えあるけど、あの時は要人護衛の服装じゃなかった? やめたのかしら」

 

 あ、確かに。

 今は……なんか、旅装って感じの服だな。

 

 二撃目はトンカチで相殺する。よくわからん攻撃。斬撃でも打撃でもない感触だったけど、なんだったんだ。

 そのまま続け様の攻撃、その全てを鋸とトンカチで打ち落としていく。

 

「邪魔、をする……な……!」

「私がそちらを優先していれば、あんたの目的は果たされたのだろう。私の心臓を狙ったという暗殺者。"(もやいぶね)の体"の持ち主。それがあんたの標的だった。……が、私が張衡(ヂャンホン)を優先したせいで、とどめを刺す前にそいつが死んでしまった。そんなところか?」

「俺は、あいつの……無念を……!!」

 

 彼の背景に何があったのかも、その恩讐が何を向いているのかも知らんが。

 復讐を果たし切れなかった恨みが私に返るのは摂理だ。ゆえに。

 

「存分にぶつけて来いよ、輝術師。仮にもあんたの主だったんだ。全部受け止めてや──」

「ダメです。祆蘭、あなたはあなたが思っている以上に疲労していますので、この話は終わりです」

「へ」

 

 意識が落ちて行く。

 あ、この感覚、輝術の麻酔──。

 

 

 

 目が覚めると、暗鬱な雰囲気の廟……ではなく、人が住み得る程度にはリフォーム工事の為された廟の一室にいた。

 ううむ。……やはり木造建築風味にと壁を板張りにしたのは良い判断だったな。暖かみが出る。

 

「あ、小祆起きたか」

「起きた。……お前が見張っているということは、そこそこの日数を寝ていたのか、私は」

「ん? なんで俺が看病してるとそうだ、って思うんだ?」

「寝ずとも良い鬼じゃないと無理だった日数、ということだろう? その上で面倒見の良い流離いの奔迹が見張っていたのは、私の背中の火傷痕を他の誰かに調べさせないようにするため。違うか、流離いの奔迹」

「……自分で名乗るのはいいけど、他人から呼ばれると馬鹿にされているようにしか感じない……」

「思いっきり馬鹿にしているからお前の感性は終わっていないぞ。良かったな」

「起き抜けに罵倒しか出ないのってどうなの? ねぇ君やっぱり俺のこと嫌いだよね?」

 

 声は出る。体も動く。

 じゃあ充分だな。……腹は、凄まじく減っている。

 

「何日だ」

「何日だと思う?」

「三日……いや、五日くらいか?」

()()()

 

 ……流石の詭弁小娘祆蘭も絶句する。

 え、二週間? 二週間昏睡状態? ……玻璃の麻酔強すぎじゃない?

 

「ちなみに神門様が加減を間違えた、とかではないよ。君の身体が完全修復されるまでにそれくらいの時間が必要だったってだけ。そして、それをするために小結(シャオジェ)の廟を雲の上にまで上げたんだ。その工事にかかった時間が大半かな」

「浮層岩を使わずに、雲の上まで……?」

「そういうこと。小凛(シャオリン)の輝術植物を軸として、その強化に輝術師が奔走して。流れてくる雲はあの平民……道破が"壊し方"を教えてくれてね。今、やることのない鬼が総出で壊したり逸らしたりをしている」

「やり過ぎると……」

「やり過ぎても問題なくなるように、君は彼女と話して来たんだろ?」

 

 睨む。ねめつける。

 

「それは知り過ぎだぞ。……あそこでの会話は」

「わわ、怒りすぎ怒りすぎ! 怒るのにも体力使うんだから、安静にね? ね? ……あと、知っているんじゃなくて、考えただけだよ。君が無傷で帰ってきた理由や、初期化が起きない理由。その他諸々」

「思考だけで……真実に辿り着いた、と?」

「あ、流離いの奔迹は、そ、それがぁ~……売り、り、り、り……!」

「今はふざけるな。……相学の権威、だったか。だとしても……あまりにもお前は、逸脱し過ぎている。なぜそこまで広い視野を持てる」

 

 彼は……奔迹は、「んー」と苦笑して、後頭部を掻いて。

 

「申し訳ないけど、君の求めているような特別な答えは持ち合わせていないよ。……だから多分、俺も小道(シャオダオ)と同じなんだろう。彼女にも理由はないだろうからね」

 

 故障因子。あるいは欠陥因子。

 鈴李が最高純度の輝術師なら、道破やこいつは最高濃度のバグだとでも言うのか。

 

「全ての事象には足る理由がある、だっけ。うん、俺もそう考えている。だけど……これはふざけているとかじゃなくて、"知的生命体の天才性"は、恐らく発現規則の無いものなんじゃないかな、とも考えている。環境に左右された結果、されないものが生まれる。相学者ってやつはどいつもこいつも『精神與存在間(ジンシェンユーツンザイジェン)接哲學概論(ジェヂェァシェガイルゥン)』って本から一文を引用するものなんだけど……それに倣えば、"偶然ソレが生まれたのではない。ソレを生むために偶然が配置されたのだ"ってね」

「……環境決定論か」

 

 良環境・悪環境が偶然にも配置されて天才が生まれたのではなく、天才を生み出すためにそれらが配置された、と。

 あまり好きな言葉じゃない。それには大いなる意思のようなものが関係してきそうだから。

 

「勿論君みたいな子が生まれた理由もそう。祆蘭ではなく、楽土での君の話」

「くだらん。私の世界に神はいなかったよ。いや……いたのやもしれんが、人間で遊ぶほど暇ではなかったのだろうな」

「ま、この話に答えは出ないし、存在もしないさ。わかってほしいのは、俺がここまで考えられることに理由なんかないってことだけ」

「……承知した。……腹が減ったし、喉も渇いたな。十四日……胃が縮んでいそうなものだが……」

「んー、その辺は女性陣に聞いてもらった方が良いかな。昏睡状態の君の世話をしてくれたのは彼女らだから」

 

 成程。まぁ恥じらいは無いが。

 下の世話は迷惑をかけたかねぇ。

 

「すぐに小夜(シャオイェ)を呼んで、病人食を作ってもらおう。まぁ陽弥でもいいけれど、病み上がりで威圧を使うのは疲れるだろ?」

「別に疲労は覚えんよ。……が、陽弥の手作りより夜雀の手作りの方が良いのはその通りだ。頼もうか」

「……陽弥、久しぶりの自由時間がこれでもかってくらい増えたから、同じくらいこれでもかって料理をして腕を上げているみたいなんだけど……それでも?」

「それでも、だ。……玉帰さんの話や、十四日間の話は後で聞く。今は腹が減った」

「はいはい、じゃあお願いしにいくよ。……一応言っておこうかな。おはよう。それと──」

「はいはいただいまただいま」

「……君、やっぱり俺のこと嫌いだよね?」

 

 頼りにはしているが、長話をしがちな所はちょっとな。

 今のこの「一人の時間が欲しい」というのも伝わっているくせに敢えて無視してボケに走ろうとしているのが……なー。

 おちゃらけていない時は頼りになるのになぁ……。

 

 して、部屋を出ていく奔迹。

 ふぅ。……喋るのにも体力を使うとは、これは本格的に体力を戻さないと……いざという時に何もできなくなるなぁ。

 

 ──なぜ、いざという時が来る想定なのだ。もう敵などおらぬだろう。

 ──点展がいるだろう? 彼も一応敵じゃないかな。

 ──そう思っている者はもう誰一人としておらぬだろう。あれら一派が何を目的としていたのかなど、既に透けているのだから。

 ──吾から言わせてもらえば、そもそもそろそろ守らせてほしいぞよ。吾という輝術の意思が内側にいるんじゃから、疑似的とはいえ輝術使い放題! 愛し子が傷つく様なんてもう見たくないし、周囲の輝術師や鬼にも守らせるべきぞよ。

 ──奥多徳を責めてやるな。こいつが勝手に前へと出るのだ、守るにも守りきれまいて。

 

 雑談をするなら私に聞こえないようにやれ。久しぶりに情報量で押し流してもいいんだぞ。

 

「じゃあ吾だけ外に出るのじゃ~♪」

「……」

「ハ、流石にそのザマじゃあ攻撃はできねぇか。睨みつけてくるあたりは流石だがな。……んじゃ、ちぃと(ヂュ)を借りていくぜ」

「のじゃ!? ちょ……顕!? 離すのじゃ! あ、待て、ソレで閉じ込められたら動くに動けな──」

 

 うん。

 なんかいい感じのタイミングで来てくれたらしい。ありがとう持って行ってくれて。

 

 脱力する。

 

「……あと二()月、か」

 

 次の天遷逢。

 そこでケリをつける。それまでが……平和であることはないだろうけど。

 

 せめて、これ以上の……犠牲の、出ないようにと。

 

 ──仮眠していろ。夜雀が食事を持ってきたら起こしてやる。

 ──君は君が考えている以上に疲れているよ。肉体的にも、精神的にも。

 

 わかったわかった。ゆっくりするさ、あと少しなのだからな。

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