女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
逆さだるま。
日本各地においてポツポツと見られるだるまの亜種。そもそもだるまというのが「インドの達磨大師が中国で座禅していた姿」と「中国における疱瘡除けのまじない」と「日本張子の起き上がる様」が日本でミックスされて誕生した、他の縁起物とは成り立ちの違い過ぎる存在。その後群馬で養蚕のためのお守りとして農家が副業にしたことで関東全域にまで広まり、県……というか藩を越えるごとにその土地ごとの「お守り」へと変わり続けてきたもの。
海難の多い新潟なら三角だるま、神社仏閣の多い京都ならだるまみくじ、薬問屋の多かった大阪は道修町ではコレラとコロリをかけて、そうならないようにと疫病除け祈願。他にもだるまは多種多様な厄除けを担っている他、目を入れることでの願望祈願や入学祝いなんかまでやってのけるなんでも屋である。
そこへ「江戸時代後期の上下絵」が入り込んだことで生まれた逆さだるまは、「倒れても起き上がる」という性質の通常だるまから一転、「逆さになっても顔として通じる」という性質を有している。
ただしその顔は、上下絵の性質上──真逆のものとなるが。
「げほっ……ああ……まさか『広域ノイズキャンセリング』とは……莫迦者め、進んでいるのか遅れているのかどっちかにしろ……」
「小祆、気が付いた!? 大丈夫!?」
「お寝坊さん、ようやく起きたのね。……ま、寝ていてもいいわよ。大体終わったし」
成功したらしい。
しかめ面で作った逆さだるま。それはひっくり返され、笑顔になっている。
伴い。
「本当に……驚いた。赤黒い空が
「ま、前に話した通りだよ。私は……あー……痛いな。なんだ?」
「なんだ、じゃない! 小祆、背中大変なことになってるんだから、ああだめ、身体を捻ったら傷が開く!」
痛い。今更だけどすさまじく痛い。
なんだ。左背中……逆さだるまを作っている時に灼熱を感じた部分だ。
「心臓直前まで刃が刺さって、さらにそれが上方向叩き上げられて……肉も骨も何もかもすっぱり、だそうよ」
「……おお。それは痛いだろうな。……誰か火を出して焼けないか? 身体を捻る程度で傷が開くとなると不便だ」
「傷口を焼くとか、そんなの最終手段よ。現段階でなんとか血は止まっているのだから、あとは養生なさい」
「凛凛からの伝達で、敵の頭……
「"
……ふむ。
"
どうやったのかまでは知らないけど、骨に肉を纏わりつかせている、というところに着眼点を置いて、そこからそれらを無力化する術を見出したのだと思われる。
「私の背を刺そうとした暗殺者は?」
「あっちで玉帰と蓬音が戦ってる」
「玉帰様……いや、玉帰さんがいるのか。なぜだ?」
「さぁ?」
青州から突っ走ってきたのかな? ……にしてもなんで、なんだけど。
「どう、なんだ? あの二人で倒し切れるような相手なのか、そいつは」
「……正直なことを言うと、わからない。玉帰の様子がおかしかったから……我が身を省みず、ということがあり得る」
「そうか。……祭唄、夜雀」
「無理しない?」
「動いちゃダメだよ?」
「まだ何も言っていないだろう……。まぁその通りだ。無駄かもしれんが、玉帰さんの手伝いに行ってくれ」
祭唄より正直なことを言うと、別に玉帰さんが戦いで死ぬ、というのはそこまで気にする事実ではない。遠目ではあるけれど、戦い方が荒々しすぎる。私怨。怨恨。よくわからんが、そういう鬼気迫るものをこの距離で感じている。
ただ、命の恩人であることも理解している。意識の途切れる前、最後に聞いた声が彼の声だった気がするので。
あと玉帰さんが危なくなれば、次は蓬音さんだ。それも困る。
色々考えて、二人を向かわせるのが最善と判断した。
「動いちゃダメだからね?」
「わかっているわかっている……。というか動こうにも動けん。普通に痛い」
「桃湯、結衣、奔迹」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと見ておくから! ほら、お仲間さん助けにいってやんな。俺達鬼が割って入るのは……混乱を生みそうだし」
そうそう。采配的にはそれが良いんだよ。
玉帰さんは新帝同盟を何も知らないだろうし。
……二人は、顔を見合わせて……頷いた。
「祆蘭」
「小祆」
「ん」
「戻ってきた時に死んでたら、私悲しいから!」
「約束は守って」
「……はいはい」
ありゃりゃ。
見透かされちゃってまぁ。
二人を見送って、さて、と。
立ち上がる。
「え、何してるのお馬鹿さん? その傷で動けば普通に死ぬと思うけど……頭おかしくなった?」
「いやぁ……敵にな、もう一人厄介そうなのがいるんだよ。……お前達も向かわないと倒せなそうなやつが。正直楽土より帰りし神子の方はどうでもいいんだけど、そっちが……ああ、そっちが、強そうでさ」
包帯の下を流れる物を感じる。
無視無視。今更今更。
と……何かが降ってくる。ドシン、と。
「おい。私がふらついてるのが見えないのか筋肉塊」
「ム? あぁすまぬな。儂もそれなりに焦っていて……と、鬼が揃い踏みだな」
「あら! 遅刻も遅刻、大遅刻な今代赤積君じゃない! あんた今までなにしてたわけ? もう全部終わるけど!」
「赤州全土を巡って"
「新帝同盟の濁戒という鬼の術だ。今度感謝しに来い」
軽く情報交換をする。何をしたのか、何があったのか。
ここに輝術師がいないので、全部口頭で。ま、こいつ頭良いし要領も良いからスムーズにいけたのが僥倖かね。
「なるほどのぉ。……それで、そこまでふらつきながら、敵の喉笛に噛みつこうとしている、と」
「他の楽土より帰りし神子であるならばまだしも、その張衡なる楽土より帰りし神子は私の敵だ。……などと熱くなるつもりはないが、あの三人だけでは戦力が足りん」
「であれば儂に任せろ。お主が危惧しているのは輝術師だろう。儂が潰す」
「祆蘭、意地を張っていないで赤積君に任せなさい。あなた、失血だけで本当に死ぬわよ」
「んー、ごめんな小祆。俺も同意見。傷口をさらっと見たけど、今死んでないのがおかしいってくらいだ。……また血も滲んできているし、ここは休もう。な?」
……ううむ。全反対とは。
誰も協力してくれそうにないな。
「とりあえず"
「納得したようだな。では儂は行く」
「今代の赤積君、意気揚々だけど、行き先はわかってるわけ?」
「黒根君の付き人の後を追えば良いのだろう? 鬼にはできぬ芸当だな。ブァッハッハッハ!」
ふむ。
嵐のように現れて、嵐のように去っていくやつだ。
声の響きだけで傷が痛い。怪我人の前で大声を出すのやめないか。
うむ。うむ。とりあえず……座るか。
これ、本格的に失血死しそうだ。あと単純に超痛い。
と、音に運ばれて……十人が浮遊してくる。
「また心臓を抜き取るのか?」
「いや、首がいい。……あー、工具を使うのも厳しいか。全員の首を……骨が見える状態にして、こちらへ頼む」
「それくらいならこうすればいいでしょ」
ざぁ、と。結衣の蝕が"
それにより、頸椎が露出した。
奔迹に手伝ってもらって身体を動かし、一人一人の首に手を突っ込んでいく。
そして消費を行う。
「……それ、なにをしているわけ?」
「魂が……魂じゃないものになってる? 勿体ないことするのねー。要らないなら私達が食べるのに」
「要らないわけじゃないからこうやっているんだよ。……あー、痛いな。今潮が最後にいたはずだろ、痛み止めとか持ってなかったのかアイツ」
「持っていたみたいだけど、祭唄が断ったらしいわ。そんなものがあったら祆蘭はそれを使って無理矢理に動こうとするから、って」
「良い判断ね、あの子。お馬鹿さんには必要な存在だわ」
ぬぅ……確かに痛み止めがあれば突撃していた。
そしてそのまま失血死、か。……祭唄め。よくわかっているじゃないか。
まぁ。これで、十人目、と。
「ふぅ……あぁ、疲れた」
「お疲れ様、小祆。それで、この後はどうする? 赤塞城まで行くか?」
「なんでよ」
「あれ、小結は知らないのか。小祆は浮層岩の上にいると怪我の治りが早くなるんだよ」
……。
……こいつ、本当にどこまで知っている。
「へぇ、そうなの? 不思議なこともあるものね」
「それって……やつらに近いから、かしら」
「まぁ多分ね。小祆が"次点の絶対決定権"なんてものを持たされている時点で、少なくともこの肉体が穢れの意思の恩恵を受けているのは間違いないだろうし。だっていうのに穢れの意思への反抗心を持ち続けていられる、ってことが凄いんだけど」
「吾も賛成ぞよ~。吾らから見ても愛し子は満身創痍じゃし、なんとかして連れてほしいぞよ」
おい、勝手に出てくるな。
……あと媧。なんだ。なんで今乗っ取ろうとしてくる。
──お前の自由を奪うためだ。
──君、全ての事実を知って尚、敵陣へ行くつもりだろう?
「まさか私達が華胥の一族からお願いをされるとはね。……じゃ、連行よ。必要なら、赤塞城の医院で縫わせないと」
「結衣」
「あ、私に何か頼もうなんて無駄だから! 桃湯もいるし、いつもの馬鹿じゃない奔迹も睨んできてる今、私にできることとかないから!」
「いや、頼みがあってな。ちょっと耳を貸せ」
「……怪しいけど……何よ」
わかっている。全てわかっている。
ただ……私がこの場を離れると、恐らく全てが台無しになる。
これは自惚れではない。
私が来たから、進展したんだ。
私が来たから全てが明るみに出た。それがなくなれば、事件はまた水面下に身を隠すだろう。
今現在、あの過剰戦力が大穴に向かって尚……誰も帰ってきていないのが良い証拠だ。
ゆえに。
「少し傷口のあたりに鬼火を近づけてほしい。お前も出せるだろ、鬼火」
「出せるけど……暖かさはないわよ、これ」
「いいから」
小声でお願いする。
そのしなやかな指に青白い火が灯った──その瞬間。
「っ!? 小結、ダメだ!」
「えっ!?」
止めてくることを承知で、彼女の指先に自身の背を擦り付ける。
──燃え広がる鬼火。気を失いそうになるほどに痛む傷口。
「え、え!? どうして!? 鬼火は死体しか焼かないのに!!」
「なんだって君は、そこまでして……。はぁ……傷口が完全に塞がった瞬間鬼火を穢れに戻す。いいね」
「ああ……頼む」
して、鬼火が穢れへと戻る。他人の鬼火でも穢れに戻せるのか。……ということはこいつ、桃湯の音や結衣の蝕も穢れに戻せるのか?
「なに……してるのよ、あなた」
「ん、止血だが。……怒るなよ桃湯。それと結衣、騙すようなことをして悪かった。ま、なんだ。終わり良ければ総て良しって──」
「小祆」
真剣な声。奔迹から出たとは思えないその声は……怒っている様子、だった。
肩を竦める。
「君は己の重要性を理解している。そうだね」
「ああ」
「だから……これは無茶じゃない。そう言いたいわけだ」
「そうなるな」
過失を問うなら、申し訳ないけど祭唄、夜雀、そして奔迹のミスになる。
守っていてくれ、と言った。それができなかったんだ。私を責められても困る。
「答えなさい。何をしているの、あなたは」
「止血だと答えたぞ、桃湯」
「な……なんで、鬼火があなたを焼いたの?」
「鬼火は死体しか焼かないからだ」
上手く動かない左腕。だからまた、左手で鋸を握り、凛凛さんの包帯で柄ごと左手をぐるぐる巻きにする。
これは骨まで達したかね。……ま、別にいいだろう。私の目的においては四肢が動く必要なぞないのだから。
「奔迹、この子は何を言っているの?」
「……」
「お馬鹿さんだとは思っていたけれど……そういう話じゃない、でしょ、これ」
「……」
答えない奔迹。いやはや、善人だねぇ。
鬼になるしかなかった被害者、だ。こいつもな。
「奔迹。──足止め、任されてくれるな」
「ホントは嫌だけどね。俺だって今の状態の君を行かせたくはない。ただ……君の目的を遂行するには時がもう少し必要で、それを待っていると、敵の楽土より帰りし神子が力を取り戻す、ということも事実だ。──君に頼るしかない己の無力さを恨むよ」
ぴょんと跳ねて起き上がる。桃湯らの後ろ、大穴のある方へ。
直後、鬼火の壁が立ち上がった。
「なに……やって」
「奔迹、何を知っているの? あ……ううん、そんなことより、ねぇお馬鹿さん! 私、別に止めないから、ついていかせて! 今のあなたから目を離したくないの!」
鬼火の壁はさらに広がる。いや、囲う。
この元
「さて! 赤積君は"
「……ま、天染峰全土にいる"
「そうだ。──足止めだ、奔迹。桃湯と結衣の、じゃなく──」
轟音が近づいてくる。
あり得ない量の足音。凄まじい数の飛翔音。
「私達が無事に帰ってくるまで、誰一人熱丸に入れるな。いいな!」
「ご随意に、お姫様。……その辺で燻ぶっている神門様も連れていきなよ。君一人でもどうにかなるかもしれないけど、俺は神門様の心の創もどうにかしてあげてほしいからね」
「善処する」
「うん、それでいい。さぁ、小結、小桃! 小祆の行動、理解に苦しむのはよくわかるけど、そんなことをしている暇はないよ。──全部だ。向かってくる奴全部敵だから、全部殺そう。でも魂を食べちゃいけないから、また"
「……色々抜きにして考えると、つまり面倒事を押し付けられた、という認識で良いかしら」
「違う理由でそっちに行きたくなったんだけど……あ、ちょっと奔迹!? 何この鬼火、硬い……!?」
「そりゃ俺の特製鬼火だからね。聞いたことないかな、今年の墓祭りの話。赤州が炎を固めることに成功した、って話。あれ俺が裏で噛んでるから」
「知らないわよ人間の祭りなんか! ……ああもう苛々する! 全部殺せばいいのね! 骨も残さず! ──全力でやるから、あっちの子たちが巻き込まれそうになったら助けなさいよ!」
なんて鬼達三人の言葉を聞きながら。
痛む背中を無視して、大穴へと駆け出すのであった。
大穴。熱丸のど真ん中に開けられたそこには、当然降りるための梯子など存在しない。
動き難い左手に留意しつつ、青宮城を降りていくときの感覚で行くしかないかな……とか思っていたら。
「祆蘭」
「なんだ、来たのか玻璃」
生成された巨大な何かを鋸で受け止める。
……なんだこれ。硝子?
「殺しに来た、の方か?」
「いいえ。あなたは良い行いをしてくれたのですから、そんなことはしませんよ。……今も私が紊鳬を覚えていられるのは、あなたのおかげです」
「ほー。なら今のは?」
「心の整理です。私が紊鳬を忘れつつあった時に見た全て。女性の死体を辱めるあなたの行為と、紊鳬が重なったその瞬間……私は少なくない殺意を覚えました。ふふ、精査をやめろ、と言われていたのに、善意を無視した結果、善意をくださったあなたに殺意を覚え……その整理を行うために今攻撃したのです。滑稽ですね」
「健康的だよ。で、手伝ってくれるって認識でいいのか、神門様?」
「ええ、勿論。同じ同盟の仲間ですし、私の世界に彩りを与えてくれる新帝様ですから」
身体が浮く。気のせいでなければ、全身の包帯にも固定の輝術が付与されたように感じた。……加えて私の身体に纏わりつくようにして、灰色の外套が生成される。
確かに。今結構あられもない恰好しているからな。……上裸包帯にローブの九歳女児は、それはそれで、なんじゃないか……? ……いや。ジャパニーズミームをこの世界に持ち込むのはやめよう。
「あら……想像していたより背徳的になったような」
「それはお前が盲目だからそう感じられるだけだ。行くぞ」
「はい。……ちなみに私、自分の作ったものは見えませんので、変わらず光の塊ですよ、あなたは」
「わかっているわかっている」
大穴の中。えぐり取られた断面にある通路。その一つへ入っていく。何本か通路があったように思うけど、まぁ玻璃のことだ、全部わかっていて、だろう。
実際……今入った通路には凄まじい戦闘痕があった。どれが誰の何かは知らなけど、相当な歓迎を受けたらしい。
ただ振動や破砕音などは聞こえない。相当深くにいるのか、もう戦闘は終了しているのか。
「あの子たちは生きているようですよ」
「ん、そうか」
「ただ……見知らぬ平民が一人いますね」
「平民? まさか新たな楽土より帰りし神子か?」
「そこはわかりませんが、随分と……面白い戦い方をする平民です」
「戦っているのか」
「ええ、輝術で」
……?
え? なに? 平民じゃないの? ……ああアレ? 自分を平民だと思っていた輝術師のパターン?
「精査が弾かれますが、遮光鉱を織り込んだ……これは、糸? のようなもので戦闘を。肉体年齢的に私より年上でありそうなのに、よく跳ねまわるものです」
「他三人は何をしているんだ。今潮と凛凛さんと笈溌が一緒にいるんじゃないのか」
「ふむ。……これを何と評すべきか。そうですね……"呆れている"が一番近いかもしれません」
「ど……どういうことだ。よくわからん」
「まぁまぁ。もうすぐつきますから、見ればわかりますよ。私よりちゃんと見えるでしょうし」
と。本当に少しだけ戦闘音が聞こえてきた。そして……哄笑も。
知らない女性の声だ。えーと。……こういう高笑いをするのは結衣のイメージだけど、そういうのとはまた違う……なんというか。
「ハハハハハ! そらそらどうした輝術師! 当ててみろ、あたしに! 輝術師は治癒以外なんでもできるんだろ!」
「この……! ちょこまかと……! 大人しく当たりなさい!」
「そりゃ無理な相談だぜオキゾクサマ! 当たったらあたし死んじゃうからな! ハーッハッハッハ!」
ん。あれ……。
あの着物の女性……ああそうか、あの肉体は別の誰かが使っている、とか。
「え゛……あんた、来たの? 傷は?」
「焼いた。大した動きはできないが、血は止まっている」
「やれやれ。私の薬より炎の方が効き目が良いとはね」
「お前の薬に効果が無さすぎて血が止まらなかったんだ。反省しろ」
「……元気だなァ、ガキ。こうして顔を合わせるのは初だな」
「笈溌か。蟲の軋り声でなければ特に嫌いな声でもないな」
「こっチで喋っテやろウか?」
「やめろ。斬り刻みたくなる」
壁際にいたのは黒州三大
この口振りから察するに、蟲の集合体なのか。……とっくの昔に肉体の檻は捨ててそうだな。
「おっと観客が増えたか! ハハハ、そらそらもっと頑張れ輝術師! 三十余年の間、あらゆる輝術師という輝術師から逃げ続けたあたしに攻撃を当てるにゃちと色々足りなさすぎるぜ!」
「く……! ならば!」
ならば、と。
元クールビューティ高位輝術師こと着物の女性が私を見る。
お。
発射される輝術の斬撃。ただそれは……勝手に、変な場所へと逸れた。
──やるな、と言われてもやるのが吾じゃ! ……今のは良かろ? ぞよ?
──避けさせようとした私の操作を受け付けなかったからな。よくやった。
──まぁ、もうマトモに祆蘭と戦う輝術師もいないだろうからね。解禁でいいんじゃないかな。
「な……なんですか、それは」
「私がやったことじゃない。が、まぁ今のが無くてもそれは届かなかったよ。……よっと」
降りる。なんかはっちゃけてる女性がいるけれど、気にせずに。
気にせずに、気にせずに……着物の女性へと近づいて。
「ッ!?」
「なんだ、典型的な輝術師なのか。武器を持っているものだと思って無駄に警戒したぞ」
その首を掴む。右手で掴む。
「あ、ちょいちょいちょい! そいつあたしの獲物!」
「輝術師はいくら輝術を使っても疲れん。疲労を狙って逃げ回っていても何も進展しない。そんなことは知っているだろう、お前」
「……確かに!」
「え、ちょっと……それ忘れて遊んでいたの? てっきり何か策があるものだと思って……」
「いやすまん、忘れてた!」
反撃は来ない。……身体が固まっている様子だ。玻璃かな。……やっぱりこいつ、あの時の女性ではないな。肉体の動かし方が違いすぎる。
本体は別に……って、そういえば赤積君はどこへ? そっちとかち合っているのか?
「血が足りなくてな。あまり長引かせたくはない。──じゃあな」
消費する。幽鬼たるその身を創り変える。
"
なればそれは幽鬼に等しく。
なれば私の魂は、幽鬼を「楽土へ向かわせる」ことができる。楽土など存在しないのに。
「か……ぁ……?」
「新世界の礎となるんだ。喜べよ、"
着物の女性は……そのまま動かなくなった。魂が無くなって、ただの人形になったからだ。
「……使う、って。これのこと?
「今のは……」
「チッ。もう自覚してやってやがんのか」
ん、なんだなんだ。その目は。
その……外敵を見るような目は。
「凛凛さん。赤積君はここへ来ていないのか?」
「……あの筋肉塊なら、上の通路を通っていったわ。それがどこに繋がっているのかは知らないけど」
「なるほど。……それで、そこの平民はなぜ私にそんな目を向けている」
「平民はお互い様だろ、嬢ちゃん。──あたしは道破。悪いけど、嬢ちゃんの好きにはさせないぞ」
平民。同一因子、か。
ならこの敵対行動は、穢れの意思の……尖兵的行動か?
「凛凛さん、今潮。この女性はお前達のなんだ」
「まぁ、恩師かな。欠片程度は」
「そうね。欠片程度は師と仰いだわ」
「ただの詐欺師だろ。それか窃盗犯」
つまり仲が良い、と。
……部外者を入れるからこうなるんだ。こうしている間に奴は……張衡とかいうのは、着々と新たな戦力を作っていることだろうに。
ああ……平民か。平民が敵対するか。まぁそうだな、平民にとって世界結界の突破は何のメリットもないものな。
威圧を通り越して、だ。
──お前、なぜ使いこなせている。
「っ……! 出たな、鬼子母神!!」
「ええ、出てきました。祆蘭、先へどうぞ。私はこの方の相手をしましょう。かつてはこの身にも鬼子母神が宿りかけましたので、ええ、お相手は務まるかと」
「そうか。気を付けろよ、玻璃。ソレと仲の良いらしい凛凛さん達までもが敵に回りかねん状況だ。──過去の遺恨でそう簡単に同盟をひっくり返されては言葉も無いがな」
「あ、待ちなさい。誰が玻璃と敵対なんかするのよ。というかそもそも老師とはそこまで仲良くないし。祆蘭に敵対するなんて行動を取ると思っていなかったから呆れて動けなかっただけで、私はあなたについていくわ」
「私も、そうだね。道破老師には少しだけお世話になったけれど、君と対比したら微々たるものだ。私もそちらにつくよ」
「俺はそもそもどっち側でもねェが、この阿姨と同陣営にされるのは御免だ」
おや。
……あれ、もしかして:人望。
「あ、あたしだって嬢ちゃんが相手じゃなきゃ最強の輝術師とやり合う理由なんかないって!」
「けれどあなたは祆蘭を邪魔するのでしょう? であればまず私を倒してからにしなさい。私は新帝同盟が一人。新帝祆蘭の守護者でもあるのですから」
何それ初めて聞いたけど。
「ず……ずりーぞ! 同じ平民なんだから、平民らしく素手で戦えよ!! 輝術師を前に出すとか反則だろ!」
「時間があれば無手で戦ってやるのもいいのだがな。今は時間が無い。外で私の仲間が万を超える"
「……なら?」
「コレを使う」
小物入れから取り出すは──件の手裏剣。
「……なんだそれ。紙?」
「ああ、紙だ」
「ん……香辛料の匂いがする。……それもとんでもない量の……あ? 待てよ、この配合確か……
「知り合いか?」
「古い友達だな! ──待て、それは!」
「玻璃、自身の周囲に結界を張ってこっちへ来い」
投げる。既にこのやり取りが「これ以上の手間」なので。
危機を察知していたのだろう、他三人もすでに私の近くへ来ていて……ぼふん、と。手裏剣が爆ぜた。
「悪は去った。行くぞ」
大の大人。初対面の女性の咳と嚏と涙声の悲鳴を聞きながら、私達は奥へと進む──。