女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
大規模な戦闘が繰り広げられている──ことだけは、わかる。
私の目では追うことのできない速度で、何かがずっと。
だから集中する。戦いは全て皆に任せて、空に。
「小祆。よく見るんだ。古来より雲の流れは一定。だけど、今だけはおかしい。その理由はなんだろう」
奔迹の助言は、けれどあまり意味が無い。
その答えにはもう辿り着いている。
「全ての事象には足る理由がある。だから、おかしい理由を考える前に、なぜ一定であるのかを考えるべきだ。──そしてその答えはただ一つ」
血のように赤い空。
正確に述べるのならば、赤い太陽が出ていて、空が黒い。暗いのではなく黒い。だから全てが赤く見える。そういう空だ。
「少なくともこの世界結界の中においては──雲こそが、
光閉峰の向こうからやってくる雲。それらは硬く、私の知る性質を有していない。
一定の速度で流れ、一定の速度で消えていく。雲は雨雲を発生させ、あの雨雲がようやく私の知る雲となる。
つまるところ。
「
「そう。俺達はずっと監視されている。月にも太陽にも星々にも雲にも。であれば、何が効く? 雲という意志のない尖兵には」
「他と同じだ。──引き摺り下ろしてやる」
放つは剣気。
媧や祝に断りを入れないその行為は、けれど咎められることはない。
好きにしろと、そう言われている。
して、剣気を向けた雲の一部が隊列を乱す。いいや、いいや。
こちらに向かって降りてきている。意志のない尖兵というよりは、理性のない端末なのだろう。本能程度の知能しかないから、今の今まで雲で在り続けられた。
雲に対して挑発を行うような奴がいるだなんて、想定もしていなかっただろうから。
降りてきた雲を絡め取るは奔迹の鬼火……ではなく。
「あれは……人工的な穢れの意思?」
「奴さん、やっぱり陽弥がいなくても回るんだな。……ん、説明は必要?」
「いや、大本が同じだから干渉できる、というのは理解できるが……こんなことに使って良いのか、と思ってな」
「いやいや、大したことだよ。だってほら」
赤い空。黒い空。
そこにぽっかりと開いた──青空。
「成程、やはり雲は『ヘンコウバン』の役割も果たしているのか」
「……よく聞き取れなかったな。小祭!」
「特定方向に! 向けられた、光……だけを通す板! 戦っている最中に翻訳させないで!」
「ああごめんごめん。……しかし、そんなものがあるのか。遮光鉱とはまた違うものだろうね。小祆の楽土の技術だろうから」
あの雲の向こうはいつも通りの晴天と見た。
それで、この黒い空が同一因子をおかしくさせるというのなら、この偏光板を全て除去してしまえばいい。
「おっと、それ以上剣気広げるのは無しだよ。よく思い返してみるんだ。──赤州の上空にしかこの赤はない。その理由は?」
「お前……真面目だとそんなゆったりとした口調なんだな」
「ふざけるなって言ったの君だよね。……ま、今は鬼子母神がいるからね。二度も失望させるのは本意じゃない」
そうだ。そうだった。良い忠言だ。
赤州までしか空の色が変わっていないということは、太陽光線の一部だけが変質している、ということ。雲は流れてくるものだから、仮に今見える雲全てを引き摺り下ろしたところで追加分が流れてくるに過ぎない。
であればどうするべきか。
「もう一つ。今、君がやるべきは、この空の対処じゃない。雲の動きの観察だ。──この空の対処自体は簡単なんだよ。神門様がいるんだから」
「だが、平民の村々が」
「次いつ奴らが焦るかわからない。そうである以上、無駄にはできない。この機を逃すことは、長期的に見て、天染峰全土の平民を殺すことと同じだ。大を助けるために小を切り捨てる覚悟を持ちなよ、新帝」
「断る」
「断れない」
広げようとした剣気が吸い寄せられる。
奔迹に。彼に放った剣気に。媧が問題なく動けているあたり、私の魂のみを的確に狙った剣気。
剣気とは、どこまで行っても挑発でしかない。これらが物質界に干渉することはできず、また、より大きな剣気には飲み込まれるしかない。
──この男は、どこまで。
「見るんだ。目を見開いて。──それに、なんのために陽弥と濁戒が残ったのか、脳の片隅ででも考えてみるといい」
「導くため……そして強制的に固めるため、か」
「理解が早いな。これじゃ俺の立つ瀬がない。……ま、そういうことだから、ほら。俺達鬼や同一因子の混ざった輝術師、そして華胥の一族では気付くことのできないようにされている"おかしな部分"。ちゃんと発見してくれ」
……リセットしろ。フラットに考えろ。
その気付くべき点さえわかれば、このくだらない──
雲の形は積雲系。この世界にとっての高度がどう意味するのかがわからないけれど、形そのものは「ひつじ雲」or「いわし雲」と呼ばれるそれらとよく似ている。
この形状である理由は恐らくさっきも述べた偏光板の役割を担うが故。本来の光を天遷逢に届けないようにするため、そして峰の先端が雲よりも高いところにある光閉峰を通り抜けやすくするためだ。この世界の雲は硬いから、峰々の隙間を塗って厚い雲がのっぺりと現れる、ということができない。
その高度である理由はなんだ。光閉峰の先端を見えなくさせるため? それとも浮層岩が理由?
……いや。少なくとも後者は天故理の領域。三古厥の一つである城が乗っかっているとしても、雲そのものには関係ない?
だけど……じゃあ、たとえば、州君や貴族が一致団結して、城に、あるいはそれ以上の高さに何か建築物を置いて、そこに平民を住まわせたら……役割が破綻する。呼吸可能な高度で、輝術の使えない高度からも遠い。
「弱い……のか?」
「弱い?」
雲は明らかに下過ぎる。
浮層岩の高度よりも下にあるとか、光閉峰の峰々よりも下にあるとか、それらは故意じゃない。
これもある意味ハンロンの剃刀だ。
能力の弱さで起きている事象を故意あるものとするな。
「そうか、月が出ていないからか!」
月はレンズの役割をすると推測している。だから天遷逢の間、太陽の光が強く届きすぎて、鬼は酔う。楽土より帰りし神子もまた。
けれど今は天遷逢ではないから、光が強まらないし拡散しきらない。さらに雲という偏光板を通さなければならない以上、雲を高空におくことができない。雲ですら監視役であるのなら、ああ、自在に高さを変えられないのだ。
そして……ならばなぜ太陽がそこまで離れているのか。太陽とは言えないあの天体がもっと近ければ解決するこれら問題は、それ以上近付くことができないから、で説明できる。
多分ギリギリなんだ。これ以上近付けば、天故理や華胥の一族たちの手が届いてしまう。世界結界が仮に円柱状のものであるとするなら、その角に天体が触れないよう設計せねばならない。だから太陽はこの高度にしなければならなかったし、月がその内側を通り得るようにしなければならなかった。
太陽光の強さに合わせて雲の高さを調節したら、低くなってしまった。だから一見するとおかしな高度に雲がある。
立ち返れ。リセットはするな。フラットにだけ考えろ。
この気付きを得た上で、さらに気付かねばならない点とはなんだ。
雲の動きは一定だ。恐らくは月や太陽と同じく「同じ雲」がぐるぐると天染峰の周囲を回っている。
雲の形も先程挙げた通りだ。おかしなところは……。
……あ、ん?
なんだ。今の違和感。
考えろ。此度、応援のために私はパッチワークを作った。
けれど……何度も述べているけど、「符合の呼応」は本来不幸を呼びこむもの。世界がそれに対応するもの。
フラットに考えて、繋げるだけでいい。
パッチワークと……今私が覚えた違和感。
「──『パターンアセット』なのか、これ」
「小祭!」
「わからない! まだ覚えていない!」
どこだ。どこが区切りだ。
覚えた違和感は、「同じ形状の雲」を見つけたから。同じ形状で同じ並びのひと塊。前に見た時はこんな感覚に陥らなかった。つまり、今だけ……今だけ、赤黒い光になるようパターンを……?
そうだ、これが偏光板なら、あらゆる時に、あらゆる場所で同じ偏光を行う必要がある。だから──ブロックごとに全く違う模様を作っていては、効果が期待できなくなる。
ある一パターンに沿って作られた雲のアセット。その集合体……そのパッチワークが世界の雲であるのなら。
「……月に開けた穴はまだ残っている。雲が修復される様子もない。もし次……穴の開いた雲が流れてくるのなら」
「もう大丈夫そうかい、小祆!」
「そこまで精密な管理がされていない……いや、だから、されるのは天遷逢の時だけ。なのだとしたら……」
「夜雀、危ない!!」
声。身体は──その主導権が、私に移る。
ありがとう、媧、祝。戦場でゆっくり考える、なんてことは二人が強くなければできなかったからな。
答えは見えたよ。だから。
「ほ……」
「再戦と行こうじゃないか、折居」
素足の蹴りと鋸がぶつかって火花が散る。
あり得ない光景ももう見慣れたさ。
「あ、ありがとうございます、鬼子母神、さん……?」
「馬鹿を言え。私を見間違えるなよ、夜雀」
地に手をつき、高速の蹴りの姿勢からバックスプリングで離れる青年。
老人ではない。青年だ。
「ほほほ……見抜かれたか」
「小祆!? 出てきちゃダメだって、何かやることあるんでしょ!?」
「もう終わった。祭唄、玻璃に伝えてくれ。もう観察は終えたから、その対処法とやらを頼む、と」
「わかった」
直後世界が夜になる。その後、ずしん、という大きな音。高空で鳴るのはギィギィという金属の擦れるような音。
ただ……黒かった空は、暗いだけになった。世界の赤さがなくなった。
「ちなみに聞くが、どういう対処法だったんだ?」
「神門様の物質生成で、赤州全域に蓋をしたんだよ。神門様と蓋で絶対位置固定をした上でね。……実を言うと、俺達も雲と太陽光が悪い、というところまでは気付いていたからさ。なら、雲の上で、無理矢理太陽光を塞いでしまえばいい。これが神門様や俺達の出した答えだった」
「力業過ぎないか」
「濁戒の砂で覆う案もあったんだけどなー、あいつには平民を固定してもらう役割の方を担ってもらったよ。砂だと漏れがあるだろうし、って」
「そんな話はしていないが」
ま……玻璃も鬼達も、平民を見捨てる気などサラサラ無かったのだと知れて良かったよ。
第二の陽弥を作らないため、なのかもしれないけど、なんでもいいさね。
「そしてすまんな、挑発しておいて放置して」
「良い。ワシは少し楽しみにしておったんじゃ。万全の娘さんと戦い得るこの時をの」
「その肉体は万全な肉体なのか?」
「赤州で最も健脚な若者の骨じゃ。ワシの使う骨として良きものよ」
「前の肉体……骨への愛着はないのか」
「あったんじゃがのー。すぐに折れるし痛めるしで、もう使い物にならぬよ。じゃから独房においてきた。
恐らくだけど、看守に手の内の者がいたのだろう。
それが折居の魂だかなんだかを引き抜いて、健康な骨を用いた"
若返った勇士。とはいえ己の身体ではないからか、何度も何度も準備運動のようなものをしている。まだ慣れていない、と。
「小祆、手伝いは?」
「要らん。もう長引かせる必要はないんだ、桃湯らの方にいる親玉殺しを手伝いにいけ。夜雀と祭唄は変わらず私の護衛だ。ただし私も戦う。私が危ない時に助けてくれるだけでいい」
「甘いのー。ワシが後ろの娘さんらを狙うとは考えないのかの」
「考える必要がない。なぜなら──」
合わせる。
私の剣気と、そして媧の剣気を。二重の剣気を折居一人にぶつけたのだ。
「ほ──」
「私は、お前が殺し切れなかった平民で、お前が殺し切れなかった鬼子母神。最後の一撃を点展に譲ったこと、まだ根に持っているんだろう? ──来いよ、その悲願、もう一度撃ち砕いてやる」
「……安い挑発じゃが、気に入った! 先程までは八割方鬼子母神に乗っ取られていたようじゃが、ほほほ、今の娘さんにならば本気でぶつかれそうじゃ」
「なんだ、心配でもしてくれていたのか。であれば礼として、お前の墓碑には『シルバーコレクター』とでも刻んでやろう」
「楽土の言葉か。ワシ、聞き取れんのじゃがの」
「万年二位、って意味。……だったよね?」
「正解だ、祭唄」
闘志が零れ出でるのがわかる。
安い挑発でも買ってくれたのなら値が付くというものだ。
「ほほほ……ホッホッホ! 良い、良いの、娘さん! 腑抜けた勇迅の坊より良い! 無手で、孤立無援で、ワシの蹴りをたった三度で読み切り、そこからは直撃を躱し続けたその目! 此度の戦利品は、その眼球としよう」
「ならば目を瞑って戦ってやろうか。この目が特別だから殺し切れませんでした、などという幼稚な言い訳は聞きたくないからな。──お前の左目を奪った駄賃としては、充分だろう?」
火花が散る。散ってから、蹴りが来たことを悟る。
防ぐは鋸。燧によって「ちょっとだけ曲がるように」された鋸は、蹴りの威力を減衰させ、さらには往なすに至る。
「もう慣れたと言わんばかりの……おお、本当に目を瞑っておるのか」
「いや、すまん。今は反応が間に合わなかった。火花が散ったことを視認できているから、目を閉じることは間に合っていない」
「素直で律儀じゃのぉ。だが今はもう完全に、か」
「ああ。ただ……」
金属音。それが鳴ってから蹴りが来たことを悟る。
鋸の歯が硬質なものを撫でる感覚。それが返ってから、蹴りを避けた上に肉体を斬り刻もうとしたことに気付く。
「ギ──!?」
悲鳴。それが聞こえてから──クリーンヒットしたことに、気付く。
「おぬし……なんじゃ、その強さは。あの日から然程時を経たわけでもないというのに……何があったらそうなる!」
「なんだ、骨も肉体も若返って尚老眼か? 見えるだろう、私の手にあるもの」
右手のトンカチと左手の鋸。
「無手じゃない。それだけで充分だ」
「工具の一つで、そうも変わると……そう言うのか」
「それ以外に聞こえたのならもう一度"
もう、慣れた。
体の小さい老人であればわからなかった風圧も、体躯に長ける若者ならばわかりやすい。
体重の軽さが故に聞こえなかった地を蹴る音も、これまた同じ理由でわかりやすい。
己の身体が軽いことに、小さいことに慣れ過ぎた。
それがお前の敗因だ。
「──言ってやらんがな」
「っ、カ──ぁ!?」
その首に鋸を這わせ、往なすのではなく絡め取る。逃げそうであれば勢いに従って身体を回し、速度を殺し切るまで待ってから……叩きつける。
「はぁ。輝術の纏った肉体というのは本当に硬いな。この鋸でも薄皮一枚しか斬れんのか」
「ほ……ほほ。そうじゃ、そうじゃとも。おぬしがワシの速さに慣れようと、おぬしからの攻撃は通らぬ。──馬乗りになったのは余裕の表れかの? では死に候え」
無理な姿勢からとはいえ、輝術師の拳。己の身体へと馬乗りとなった少女にぶつかれば絶命必至なそれは。
「護衛って、そういう意味じゃないと思う」
「……ぁ?」
ざく、と。
その頭蓋へと突き刺さった遮光鉱の刀によって……その意識が消えたことによって。
私の眼前で止まるに終わる。
「ん、言った通りだろう。私が戦う。私が危なくなったら助けてくれ。今まさに、じゃないか」
「自分から危なくなって相手に隙を作らせて、は違うでしょ! も~、本当に強くなったけど、こっちが怖いよ小祆!」
なんだ、最も安全な策……私が馬乗りとなることで折居の速度を殺し、そこを祭唄が狙う作戦は上手く行ったというのに、非難囂囂だな。
これ以外の方法であの速さの折居を縫い止めることはできなかっただろうに。
……ああ、そうだ。
「二人とも、文句は後で受け付けるが、少しだけ離れろ。巻き込む可能性がなくはない」
「わかった。周辺の警戒をしておく」
「もー、いつもそれじゃん! 小祆が文句を後で受け付けてくれた試し、ないんだけど!」
それはそう。
じゃ、なくて。
「さて……折居。脳が貫かれている以上、何も考えられんだろうし、何も聞こえないだろうが……一応な」
その首のあたりを掴む。
最も骨に近い場所を。
「何度か見せていただろう。私が幽鬼を消費する様。あれは食っているとか消しているとかではなく、使っているだけだ。"次点の絶対決定権"を持つ私が、同一因子を使用する。何もおかしなことではない。奴らとてまさに今、同じことをしようとしていたのだから」
「……」
「なんだ、まだ意識があるのか。やはり魂に意識というのは宿るのかな。……ま、なんでもいいけど……だから」
使う。
途端、手や足を限界まで開いて……苦しみを伝えてくる若者の身体。折居の魂。
「お前の中の同一因子は、全て私が消費する。──喜べ、長い長い生の終わりだ。お前はもう、新たなる"
「ァ……か、こ──の……!!」
「最大の敗因は教えないが、最大でない敗因はそれだよ、折居。──次があると、内心どこかで思っていただろう。ここで負けても……次が、と」
次第に。次第に、暴れていた四肢が動かなくなっていく。
傍からみれば大の大人が少女に首を絞められて死にゆく様だろう。人聞きの悪い事だ。
「お前の行く次など、どこにもありはしない。眠れ、勇士よ」
「──!!」
ダン、と叩きつけられる腕。
それは反撃の合図などではなく……力を失ったがゆえだ。
死した。折居はここにて、死を迎えた。
その頭蓋から遮光鉱の小刀を引き抜く。
「……ふむ、私にはやっぱり長いな」
「うん、だから返して」
「わかってるわかってる」
さて、では。
第二フェイズと行こうかね、二人とも。
戦場は混沌としていた。
至る所より生える植物。それを足場とする数人と、植物の蔦に捕まらぬようにする数人。
空気中にはノイズ……蝕が溢れ、それが何かを食い尽くしたと思えば暴風が吹き荒れ、その暴風を音がかき消す。
素早く移動するもの。食い尽くされた死骸に手をかけ、骨を
落ち行く死骸の行く末は火炎地獄。ただし赤ではなく青。青白い鬼火が嬉々として死骸を食う。
人工的な穢れの主が降りくだった雲を食み、その周囲を無数の虫が飛ぶ。
輝術の斬撃が時折見えはするけれど、あまり役に立っている様子はない。
「そこだ! いけ! やれ! ああもう、なんで外すんだよ!」
「うるさいなぁ……私だって真剣にやっているのに……」
「ここまでゆっくり狙えるんだから、一撃くらい当てたっていいだろ!」
「そういうなら君がやりなよ! 元は州君の付き人なんだろ!」
「自慢じゃないけど、あたしは全付き人の中でも最弱だぞ! お前の輝術の二十分の一程度の威力の輝術しか使えない!」
「じゃあ黙っててくれ! 余計に集中できないから!!」
なんか喧嘩してるし。
「ん? お、青州一行じゃないか! あ、新帝同盟一行の方が良いのか?」
「……」
「何やってるの」
「君達か……。見ての通りだよ。敵は無数。全員"
「在庫って……」
在庫、ね。
……全国の尸體處からかき集めた骨。どのようにしてか作っている肉体。
無論有限ではあるだろうけど、尽きるまでとなると……途方もない時がかかりそうだ。
「相変わらずあたしとは喋ってくれないんだな、ちっこいの!」
「……」
「あたしの外法は輝術師にしか効かないから大丈夫なのにな!!」
いいや、そんなことはない。
もうわかる。なぜ私がこいつの前で口を結び続けたのか。
声だ。私の声をこいつに記録されるのはまずい。だから黙り続けている。
記憶を自在に操る外法。折居などよりも真っ先に殺すべき人物。
だけど……危険人物だけど。
その気になれないのは、これまたなぜなのか。
「ま、長い永い夢ももうすぐ終わりだ! 安心しろ! ──笈溌もあたしも、ここで終わる。黄征君はあたしを許さないだろうし、笈溌の友はあいつを止めるだろうからな!」
「……あの、紊鳬様」
「ん? おいおい、もう付き人じゃなくなったどころか、全輝術師に仇なす存在になったっていうのに、まだ堅苦しい呼び方であたしを呼ぶ奴がいるのか! 誰だ! 名を名乗れ!」
「あ、えと、夜雀っていいます」
「そうか! じゃあ夜雀、敬語と敬称はなしだ! むず痒い!」
己の死をも、仲間の死をも。
然して気にしていない様子の彼女。何が……私は彼女の何を恐れて、その意識を奪えないでいる。
「えっと、じゃあ紊鳬」
「お、対応が早いな! いいぞ、なんだ?」
「あなた達は、どうして陽弥さんを裏切ったの?」
……核心を突いたな。
さて、どう──。
「陽弥がそっちについたからだな! 大局的に、あるいは究極的に言えば、あたしとちっこいのの目的は同じだ! だから、あたしたちはあたしたちのやり方で進めることにした! 結果的に陽弥と離反する結果になったってだけだな!」
「……」
「小祆の目的を、知っているの?」
「どうやるのか、どうなるのかは知らない! けど、それをするために何が必要なのか、はわかる! 陽弥があれだけ執心していた"
なんだ。
何を知っているんだ、こいつらは。なぜ……ここまで、違う視点を持てる。
あの神子とも違う、そして私とも違う視点で在り続けられる理由は何だ。何がこいつらをそこまで掻き立てる。
「紊鳬。あなたがやったことは、聞いた。色々な人を忘れさせて……私の大姐からも、記憶を奪った、って」
「お前の大姐? ……誰だ?」
「朝烏」
「ああ、青宮廷のか! ごめんな、でも文句はちっこいのに言ってほしいな! ちっこいのが気付かなければあたしが出向くことはなかったんだし!」
「祆蘭に責任転嫁するの? あなたらしくないね」
「あっはっは! 祭唄、あんたがあたしの何を知っているんだ! ……と怒ってあげてもいいけれど、そうだなぁ、うーん。被害者の身内が目の前にいると、怒りづらいな!」
意外だったのかもしれない。紊鳬の口振りからして、次の言葉は。
夜雀の毅然とした態度は。
「責める気はない。ただ教えてほしくて。……どうしてそんなことをしたの? 輝術師から記憶を奪うことが……どれほど怖い事か、あなたにだってわかるでしょ?」
「あ。……あー。どうして、と来たか。……。……うーん。……奪いたかったから、とかじゃ納得しないか?」
「しない。あなたは……底抜けに明るいように見えて、ちゃんと隠しているものがあるように見えるから」
──祝! 祆蘭を包め!!
──呼ばれて飛び出て、なのじゃ!!
輝術の光が私を包む。その数瞬あと、輝夜術が私達を覆った。
……隔離された?
「ありゃ、なんで輝術? ……いや、そうか。
「オレじゃねーよ。……あっちの戦いにゃ多少手を貸すかもしれねえが、テメェらとの戦いにゃ手を出すつもりはない。……テメェらがどう思ってるかは知らねーが、オレにとっちゃ全員……」
「相変わらず甘いな、顕! でもそれだと話が進まないから、どっかいってくれ! あと眩しい!」
光り輝く地黒ヤンキーな顕。の、はずなのに、額に青筋が入ったような幻覚が見えた。
まぁまぁ。どうどう。
「じゃあな」
「ああ!」
消える顕。陽弥のそばを離れていたあたり、ちゃんと何か思うところあったんだろうなぁ。
して、二人だけにされたわけだけど。
私は喋らんぞ。
「大丈夫大丈夫! 夜雀も祭唄も、あとついでに蓬音も隔離してるけど、あたしの声は届くようになってるから! ……お前が喋らなくても、あたしが全部話すよ。もうすぐ死ぬあたしからの遺言みたいなものだ!」
どかりと胡坐をかいて座る紊鳬。
膝に肘を置いて、その頬を掌底でぐにゃりと歪めて。
「むかーしむかし、あるところに……なんてあたしの半生は興味ないだろうからさ。そうだなぁ、まずはあたしの術について。前提として、あたしの術は記憶を奪うこと、砕くこと、隠すことはできても、消すことはできない。それができるのは世界だけだ」
知っている。
魂が完全に消えることで起こる喪失。ただし、紊鳬のそれは性質が違う。当人の生死は関係ない。
「どうして記憶を奪うのか。ま、隠蔽したいやつに関しちゃ言うまでもないだろ? 先代青清君とあたしが恋人だったこと、とかさ」
「……」
「そういうのじゃなくて、に絞るなら……やっぱり大きいのは
ただ。
「早められると、困るからだ」
また……似たような言葉を。