女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
凛凛さんに頼んでこっそり抜け出して雨妃の様子だけ見に行こうとしたらなんか森で鈴李と祭唄が戦っている現場に遭遇した──というのがかいつまんだ現状である。
しょうみ、進史さんに「達者でな、と伝えてくれ」なんて完全離別ムードで言った手前、割と顔を合わせ難いというのは実はある。あるにはあるが、まぁなんだ、そこが戦う意味って何? って感じなので、とりあえず話を──。
「祆蘭!」
「祆蘭。行こう。
「な、祭唄! お前、流石に敬を欠きすぎであるぞ!?」
「青宮城はいいけど、青宮廷には行きたいんだよ。雨妃に別れの挨拶をしたくてさ」
「ああ……。……じゃあ、すぐに青宮廷へ行って、そのあとまたすぐに新帝同盟へ帰ろう」
「む。ならんぞ。要人護衛はおろか、青宮廷所属ですらなくなったお前は青宮廷に入ることができぬ」
「……別に、どの道お忍びだし。宮廷の守衛なんていないも同然」
「堂々と忍び込むつもりか。ならば今すぐ青宮廷全体を結界で囲むよう伝達を──」
「世俗には興味ないし、政にも干渉しない。自分の好きなことだけやって、嫌いなことはなにもしない。それが青清君。今更祆蘭の邪魔をするためだけに青宮廷を使うんだ。話にならない、本当に」
「別に祆蘭の邪魔などしているわけではない! お前の邪魔をしているのだ!!」
「される筋合いがない」
「いや──」
「だから──」
……。
……。
よし。
「進史さん、凛凛さん。行こうか」
「待て、本領発揮はどこへ行った」
「あれはまぁ、じゃれ合いのようなものだろう。喋り疲れて、あとは夕方の河川敷で殴り合いでもし終わったら仲良くなっているんじゃないか?」
「……なにそれ」
「入り込む余地が無いという話だ。雨妃に会って、少しだけ話をして、帰ってきてまだ続いていたら威圧して気絶させて終わり。どうだ、完璧だろう」
凄まじいジト目の凛凛さんと、絶望顔の進史さん。
いやいや。あれハブとマングースのそれだって。あるいは白虎と青龍。まぁこの世界に白虎概念ないけど。……ハブはいるかもしれない……ものの、マングースはさすがにか?
「本当にいいのね? おいていくなら、行くわ。私も長時間抜け出していたくはないし」
「ああ」
「……祆蘭」
「ん?」
晴れやかなのか複雑なのかわからない顔で。
進史さんは……言葉を零す。
「いつか、言った。お前の隣に並び立てるようになる、と。……まだ間に合うか?」
「お前が私を見失わない限りは。あと、青清君を見捨てない限りは、だろうな」
「……ならば、私は私のままでいい、ということか」
「ああ。……じゃあな、進史さん。私達が戻ってくるまでに仲裁できていたら、その時点で並んだと認めてやろう」
「うわ、酷いこと言うのねアンタ。そんなの青清君と祭唄に挟まれてボロボロになってゴミみたいにその辺へ捨てられているのが末路のやつじゃない」
いやまぁ、一応州君に次ぐ実力の輝術師で、鈴李がいなければ州君候補だった、と言われるくらいなんだから……いけるだろ、それくらい。
して。
偽装輝術マシマシの状態で……内廷への潜入が成功する。
ピ、と。
首筋に添えられた小さな刀のようなものを指で挟む。
「流石ですね。それができていなければ、内廷へ輝術を用いて入り込んだ賊として処理していました。ですが、全州の州君を下した実力は伊達ではない、と証明されたようで、何よりでございます」
「もしこれができていなければ、新帝暗殺の咎が雪妃へ向かっていた可能性もあるのだが、そこは考慮できていたのか?」
「一介の宮女に首を刎ね飛ばされるような方が州君を下し得るはずがないので、昨今流行りの成り済ましというやつでしょう。本物の新帝は赤州と緑州の狭間に作られたという宮に住んでおられるはずですし」
天使が通り過ぎる。
そして、互いに溜息を吐いた。
「雨妃でしたら、今はおりませんよ。新帝が女性ですので、青宮廷の男性貴族の選定に。我が主も同様です」
「ああ、なんかそんなことを聞いた覚えがあるようなないような。で、それはどれくらいで終わる?」
「あと半刻もすればお帰りになられるかと。──ですから、少しばかり私どもとお話をいたしませんか?」
「ども?」
……と。
久しぶりに見たけど、二卵性双生児宮女がにっこり笑顔でこちらを見ている。……なんか隠し持ってないか。というかこの腹黒宮女こそ内廷に武器持ち込んでないか。
「夜雀の話か?」
「……ええ、大まかには」
「相談を受けたのか。文が受理されるまでもう少し時間のかかるものではないのか?」
「今は色々な特例が許される時期ですので」
「ふぅん。……で?」
何が言いたい? と。
問う。
「耐えられぬ覚悟とは、なんですか」
「なるほど、夜雀はちゃんと全てを話したか。これは朝烏さんにも伝わっていると見て良いのか?」
「はい。先日、憔悴した様子の夜雀が帰って来てからは……私もですが、怒りを抑えきれぬ、と言った様子で」
「ならば問い返すがな。
「どう、とは?」
「状態。様子。言葉はなんでもいいさ。衝撃の事実を知り、衝撃の事実に遭遇し、己の記憶も己の在るべき形も見失ったあの二人は、どうなった」
外廷の話だ。知る由もないことのはずだが……まぁ、こいつなら、と。
「……心神喪失状態です。未だに。……包命の方は……あまり知りません。知っていることは……うわごとを呟くようになってから、遠くの貴族街へ移された、ことくらいでしょうか」
「それが耐えられぬ覚悟だ。知ればおかしくなる可能性が高い。実際に祭唄は一度おかしくなった。その時は奇跡的にではあるが無理矢理引き戻し得たが、夜雀も同じ結果にできるとは保障せん」
「ですが、あの子はあなたの隣にいたいと、そう願っていました」
「個人個人の感情に付き合っていられるほど私には余裕がない。こうも無理矢理な手段で帝となったことには理由がある。個々人の好悪や覚悟で振り回されぬよう、最も高い地位を得たのだ。……それを邪魔するというのであれば、私は夜雀とて……お前とて、朝烏さんとて切り捨てる」
恋愛だったり中華風だったりファンタジーだったりSFだったりミステリーだったりサスペンスだったり。
色々していたこの世界だけど、これからはこの世界自体をオッカムの剃刀で削ぎ落として行く必要がある。ハンロンの剃刀も必要だし、場合によってはグライスの公理で私の言動も削ぎ落とす必要が出てくるだろう。
しっちゃかめっちゃかの世界をシンプルにしていくために、最も削ぎ落としやすいものが恋愛と友情だ。
人生の幸福のために必要であるだろうそれは、けれど人生の目的のためには不要だった。ただそれだけのこと。
どう頑張ったって夜雀では力不足だ。蓬音さんですらそうなのだから、単なる要人護衛の出る幕はない。祭唄は既に特別へと足を踏み出している。私の威圧に耐えられるし、穢れも十二分に浄化できるのだ。加えて、折居の蹴りへと正確に刀を合わせられる技術も、隠れながらではあるけれど評価の高いもの。
彼女は確実に強くなりつつある。
夜雀には機会を与えなかった、と言われたら、ああ、その通りだろう、と言おう。
そして、それは何か、私に過失があるのか、と問おう。
怒りが向けられるというのなら不当を主張するし、新帝権限で追い払う。最早その段階だ。
「怯える者は健康的だ。健常なんだよ。己が被るかもしれない不幸や理不尽を無視して動き得る方がおかしいんだ。……お前や朝烏さんから夜雀にかける言葉があるとすれば、そういったものくらいだろう」
「……あなたの隣に並び立つということは、それほどまでに難度が高い、と」
「帝の隣だからな」
「……。……失礼いたしました、新帝祆蘭様。此度の言動は全て私独自のもの。我が主に咎はありません」
足音。……ん、こいつまた……。
「ですから、どうかこの首でこの場をお収めいただきますよう、どうか──」
「非もないのに心配をかけるな阿呆」
下がった頭を容赦なく蹴り飛ばす。
帝を茶番に付き合わせた罰だ。輝術もなにもかかっていない女児キックでせいぜい心配されていろ、莫迦者め。
して。
「小祆。会いに来てくれたのですね」
「ああ、お忍びだ。そこまで長くいることはできん」
「ふふ……いいのですか? 帝が妃へ密かに会いに来る、など……何か勘繰られてしまっても文句は言えませんよ?」
「……そういえば、私が帝になったら、お前を妃にする、という約束をしていたな」
彼女は……ゆっくりと微笑む。
ああ。
「お前は……そうか。子を成さねばならないのか。……普通である雨妃を残すために」
「皆まで言わずとも良いのですよ?」
「……お前達の今までの努力。その全てを私が水泡へと帰した。……文句は、あるか」
「小祆はいつも難しいことを言いますね」
「それは、聞かれている内容が難しいのか……答えることが、難しいのか」
ああ。彼女は答えない。微笑むだけだ。
そうか。……そうか。
「得難い友を失ったか、私は」
「ですから──」
ちゅ、と。
小さく、唇に湿り気が。
「言葉にすべきでないこともあるのですよ、小祆。断言しないからこそ、曖昧なままにしておけることもある。私は何も答えません。何も断言いたしません。……ですから、あなたも、ずっと希望を抱いていてください」
「言葉にせねば伝わらぬこともあるだろうに」
「ええ、ですから……私は、言葉にはしたくないのです。……ふふ、あなたが輝術師でなくて、本当に良かった。……心の伝わらない相手で、本当に」
……すまない。
それでも私は、言葉で生きてきた人間だから。
「貴族も平民も、妃さえもなくなる世界が来る。昏迷の世だ。……雨妃。これが最後となるやもしれない。だから、教えてほしい」
「なんですか? そんな、まるで」
死にに行くようなことを。
それは言葉にされない言葉。それでも伝わる言葉。
「名前だ。雨妃は役職名だろう? そして……実の名は、家族や極一部の者、そして帝にしか教えてはいけないもの。そうだな?」
「ええ、そうです」
「今、私は帝だ。──教えてくれ」
彼女は。
彼女は、笑う。微笑む。ずっとずっと。
「お断りいたします」
「……そうか」
「あなたは私の夫ではありませんから。……ですが、もし本当に、貴族も平民もなくなって……妃というものさえもなくなったのなら」
優しく抱きしめられる。
接触のあまり好まれないこの世界で、強い強い抱擁。
「その時は……その時こそは、同じ立場の、同じ目線の、誰かとして……初めて、会いに来てください」
「……ああ。初めて、会いに行く」
抱擁が終わる。
さて、そろそろ行かないと。
の、前に──ビシッ、と指を差す。
雨妃、ではなく雪妃へだ。
「雪妃!」
「……な、なにを」
「そこの宮女。妹のためなら自らの命も投げ出しかねん。個人の信念は自由だとは思うが、同時に宮女はお前の所有物!! ──今度こそ全力で守れ。第二の寧暁を作るなよ、最も美しき妃よ」
さ、言い逃げだ。
亭の屋根を逆上がりしてよじ登り、そのまま内廷の塀へと飛び移る。
して──そっちにも、指を差す。
「あんたもだ、朝烏さん。あんたのところの次女、こう見えて一番抑えが利かない。しっかり見張っておけよ、大姐」
「……知ってるよ。お前なんかより、死ぬほどな」
んじゃ。
塀の上を走って……高く高くへ、跳躍する。
飛べもしないのに。
そこをぎゅるりと蔦に巻き取られて。
「さらばだ青宮廷! 色々話し足りない奴はいるが、あとは帝として言葉を届けよう!」
「偽装輝術かかったままだから声は届いていないけど、それわかってる?」
「当然だ。……帰ろうか、凛凛さん」
「はいはい。けど、意外ね」
「何が?」
浮遊する。植物と共に。いや、それを引き戻した凛凛さんと共に。
一気に雲の上まで上がる。
「アンタ、そんな性格で友達いたのねー、って」
「性格を言うなら凛凛さんこそ、じゃないのか」
「私はいいのよ。一人は鬼になって、もう一人は未だ暗躍中。気にする方が馬鹿らしいわ」
ふぅん。
ちゃんと友達だと思ってるんだ、なんて。
お互い、チクチク言葉での慰め合いは、それくらいにしよう、って話だ。
果たして、帰ってきてもまだ続いていた。
う、うーん。
「アンタが内廷にいる間、軽く進史から事情を聞いたけど、まぁ青清君は幼稚だった、祭唄は言葉選びを間違えた。そんな感じね」
「あー……青清君は額面通りに受け取るから」
「そ。皮肉が通じなかったのよ。で、それを改めて懇切丁寧に説明するには苛立ちが勝り過ぎているから、祭唄も意固地になっている。青清君は未だに全く理解できていないけれど、アンタに繋がる糸だからー、ってことでずっと彼女を阻んでいる。……で、そこで伸びている冴えない男は」
凛凛さんの腕から植物が伸びる。それがボロ雑巾みたいな進史さんを絡めとり、こっちへ持ってきた。
「何度かは挑んだ形跡があるわね」
「そして無理だった、と」
「そうね。結果が出せないのなら過程になんて意味はないわ」
ま、同意見。
頑張ったで賞に意味はない。……が、この時間、無駄だなぁ、という気持ちもある。
「解決策なら簡単なのがあるわよ」
「私が青清君を振る、だろう」
「……何よ、わかってるんじゃない。わかっていてそのままにしておくとか、アンタ
「別に、好意を持つも持たぬも、嫌うも嫌わぬも好きにしたらいい、と思う派閥に所属していてな。……次の恋へと、愛へと向かい得る精神性なら、こっぴどく振ってやるのが手なのはわかるが」
「あー。……まぁ、再起不能になりそう、ってのはわかるわ。……じゃあ、脈絡も無く祭唄へ接吻しにいく、とか」
「新しい上限情報になるだろうな」
脳破壊ミームを引き起こすのはやめなさい。
実際なー。
後でならいくらでも付き合ってやるけど、今はやめてくれ、というのが本音だ。
今は時間が足りない。やるべきことがあり過ぎる。でも、多分全てが終わったら暇になるから、その時にでも、ってさ。
……今を逃せば、いなくなる、とでも思われているのだろうか。
世界のために、鬼のために、人のために、神のために、天故理のために。
そんなけったいなもののために命を懸けるほど高尚なやつになった覚えはないんだがなぁ。
「逆に愛している、とでも言ってきたら? それも丸く収まるんじゃない?」
「今生の友人曰く、曖昧にしておいた方がいいこともあるそうだ。言葉にすべきではないこともある、とな」
「好意はないってことね。それは伝えたの?」
「ああ、何度も」
「じゃあ無理ね。諦めて威圧して気絶させなさい。時間の無駄よ」
……そうだな。
ま、期待していなかったか、と問われると……ではあるが。
「祭唄!」
「何度も言っているけど──……祆蘭?」
「ああ。挨拶はしてきた。もう行こう」
「……ん。わかった」
こちらへ浮遊してくる彼女に、当然のように追従してくる鈴李。
どうするかなー、とか考えていたら……ボロ雑巾が、もぞり、と動いた。
「自信のほどは?」
「無い。だが、これでも付き人だ。それに……お前に言われたからな。──"だとしたら進史、あんたも甘やかしすぎだな"。今でも覚えているさ。……私自身も精進が必要だが……あの小娘に、厳しくする日が来た、ということだ」
「遅いわよ。もっと前からやりなさい」
「返す言葉はない」
「はいはい。生真面目生真面目。──んじゃ、投げるわよー」
え。
あ。
一瞬のことである。進史さんを掴んでいた植物で彼を持ち上げ……凛凛さんは、彼をぶん投げた。鈴李に向けて。
あ、うん。その。
「一応、応援はしている。がんばれー進史さんー」
「祆蘭。祆蘭が今まで吐いてきた言葉の中で、最も心がこもっていない」
「さ、二人とも行くわよ。そろそろ本当に誰か気付く頃合いだから」
「ああ。……達者でな、二人とも。追いついてくるのなら這ってでもついてこい。別に安全圏にいてくれてもいいのだがな」
それじゃ。
本当にさようなら、青州。
さすがに驚いた。
「……なんでいるんだ、夜雀」
「えへへ……」
いた。普通に青宮廷で躊躇したままになっていると考えていた彼女が、いた。
まさか夕燕や朝烏さんの態度は演技? ……とは思えないけど。
「覚悟が……決まったのか?」
「ううん」
「なら帰れ。……なんだその目は」
「私は、こっち側にいようかな、って……そう考えたんだ」
こっち側。
今、祭唄が立っている右側とは反対側に。
「祭唄は多分、小祆のことを理解してる。小祆の言う覚悟のことも、色々なことも、全部。だから……いつか小祆が倒れてしまいそうになった時、背中を押してあげられるんだと思う」
「……うん」
「だから、私の役割はこっち。覚悟も決まっていないし、何にも知らないし、弱いし、役に立たないし、色んなことに怖がるだろうけど……それでも、いつか小祆が倒れてしまいそうになった時、私は手を差し伸べてあげるから。前へ行きたいのか、上へ行きたいのかはわからないけど、一生懸命引っ張るから」
言葉にせねば伝わらないこともある。言葉にすべきではないこともある。
だから、夜雀は覚悟をしたのだ。
覚悟をしない覚悟を。いつか壊れてしまうかもしれないという恐怖を、隣人とすることにした。
「そんな私でもさ、一緒にいて……いいかな」
「……責任は取らん。取らんし、お前の怖い怖い姐二人が攻め込んで来たら、お前が対処しろよ」
「うん! ……ごめんね。重荷だろうけど……背負ってね」
「背負ってやってもいいが、振り落とされんようにな」
「振り落とされそうになったら私が持つ。……それでいい」
祭唄のお眼鏡にも適ったらしい。
……となると、鈴李は本当に何を言ったんだ? 凛凛さんにも幼稚だとか言われていたけど……愛だの恋だのはいつも通りだろうに。
いや、鈴李の言動というより、祭唄が変わったとか?
わからんな。
「この世には、わからないままでいいこともあるよ、祆蘭」
なら、いいか──なんて、良い空気で終わろうとした時のこと。
カラン、コロン、と。
この世界で聞くことのなかった音が響く。
「……釣れたか」
言葉に反応するのは、霊廟の中で各々の作業をしていた面々。
釣れた。
大物だ。大物感溢れる老人だ。ひげが長い。とんでもなく。ドワーフか何かか。
とりあえず着席を促す。このために作っておいた、「日本家屋風の椅子」。彼はそれに、何の疑いも無く座った。
「『こんばんわ、お嬢さん。……当然のように日本語だが、構わないかね』」
「『ええ、当然。会えて嬉しいです、と言っておきましょうか。一応、ビジネスシーン、でしょう?』」
「『終ぞ聞かなくなった言葉だね。……ああ、けれど、長い間こちらの言葉で過ごして来たというのに……やはり、耳馴染みがいいよ、日本語は』」
「『母語ですもの。当然でしょう』」
恐らく、祭唄もほとんど聞き取れていないであろう会話。
ちゃんとした日本語の会話。……言葉がぶっきらぼうじゃないのは、地球では普通にこうだったから、である。
「『それで、僕と話したいこと、というのは、何かな」
「『あれはあくまであなたを釣り出すための文句でしかないけれど……話したいことがある、というのは事実』」
「『……話せることなら、かな』」
「『そうでしょうね。……まず、はじめに。あなた……世界の外へ出よう、という気はあるの?』」
「『核心から行くんだね、君は。……そうだなぁ、最初の頃はそうしようともしていたけれど、諦めた、というのが正しい』」
「『私ならできる、と言ったら……協力してくれるの? お爺さん』」
「『答えはNOだね』」
……まぁ、だろうな。
NOと言える日本人か。あるいは伏らを忘れたことも、NOと言ったせいだったりするのかね。
「『理由は聞かないのかな』」
「『どうせ俗なことでしょう。"
「『ははは、御名答。……むしろ僕としては、出たいと思う君の心理の方が謎だよ。輝術という魔法……ファンタジーに溢れている世界。穢れという瘴気とか魔素とかみたいなものがある世界。であれば、そういう悪っぽいものを駆逐して、人間が住みやすいようにして、且つ不老不死になって……という方が、夢がある。そうは思わないかな』」
老人は大きく手を広げ、そこに何かが描かれているとでもいうかのように言う。
「『続けて? 私、考えを纏めてから話すのが好きなの。一度あなたの意見を全て聞いてみたい』」
「『良い姿勢だね、お嬢さん。受け入れるにせよそうでないにせよ、一度は飲み込んで、教えてくれたことに謝意を述べるのが処世術というものだ』」
「『ええ、私もそう教わった。パパ……ああいえ、お父さんが教師でね。色々教わったの。……余計なことまで』」
「『ははは、それは大変だっただろう。教師の親のもとで育つ子は……ああいや、いいか。そんな話は。……それで、そう。君はこの世界の絡繰りに気付いているね? 何千年も、何万年も前からこの規模の文明を有しておきながら、一向に進まず、一向に育たない世界』」
一瞬向けられた憐みの視線は……ま、良い兆候ということで。
「『けれど僕たちがちょっと刺激を……スパイスを入れてあげるだけで、世界は激変する。僕は君の生まれる前からこの世界にいたからね。能天気な輝術師とも、その成れの果ての幽鬼とも、勿論鬼とも多くを話した。ああいや、幽鬼と話した、というのは誇張表現だ。会ってきた、の方が正しいかな』」
「『それくらいのニュアンスはわかるから、大丈夫』」
「『OK、じゃあ続けよう。最初はね、僕も鬼になろうかと考えたものだよ。存在として堅固で、不老。ファンタジー世界に来たのなら人間である必要性はほとんどない。……だけど、鬼というのは、口を開けば信念信念、そして凄まじいまでの年功序列。加えて彼らの使う穢れは輝術に駆逐されると来た。それらを知った時、僕は鬼になることを諦めて、鬼を利用しようという方向性に切り替えた』」
「『それが"
「『そう。けれど、"
「『あなたのネーミングセンス?』」
「『"
「『素直に羨ましい。私、昔からネーミングセンスもデザインセンスもからっきしなの。親がそういうところに通わせてくれなかったから』」
「『こういうのは想像力だけあれば充分だよ。……さて、話を戻そうか。そう……そうだったそうだった。鬼を利用することを思いついて、僕は表舞台から姿を消した。公にやったら怖い怖い輝術師がわんさかやってくるからね。そうしてまた眺めるに徹したよ。同じことが起きても一切変わらない人々。強靭な肉体を持つくせに信念やらなにやらで勝手に死んでいく鬼達。不老長寿には一切興味ないみたいでね、元が同じ人間とはとても思えなかった』」
わざとらしく肩をすくめて。
「『まるで、NPCみたい……とか思ってたり?』」
「『当たり! いいね、やっぱり話が通じるじゃないか。流石日本人。……そこからは早かったよ。鬼までいくと気が触れているから言葉での説得が適わなくなるけど、人間は楽だった。不老不死を仄めかすだけで簡単に動いてくれるし、別人になれるというだけでも充分魅力的に感じる。僕たちと違うのは、疑わないこと。この世界の人々は皆純粋だ。疑うことをせずに騙されて、騙された後で嘆く。その時点でもう何もかわらないのに、ようやく感情が動く。生存本能というやつかな。本当にどうしようもなくなってからそれが発露するんだから面白い。リスクヘッジができない、というのは生物として欠陥品だよね』」
……ふむ。
これ以上は、もう要らんか。
「『──私の親友曰く。"勘違い系主人公及び無自覚無双系主人公は皆サイコパスである"だそうよ』」
「『ん……いきなり、何の話かな?』」
「『"周囲が抱く己への感情に気付くことができない。他者との共感ができない。どんな言葉をかけても本心が伝わらない。これらの特徴を持つ者に、どこまで人間性があるというのか。これらを楽しむ心は、とどのつまり日本人の持つ醜悪さの具現だ。遡ること江戸時代。確立したのは明治だったか? つまるところ、己とは違う醜悪で悍ましいものを隔離し、安全圏から眺めて楽しむ、という習慣が根付いている。それが我々日本人だ"』」
大層捻くれている、とは私も思っている。
同意できる部分とできない部分があるから。全面的に同意はできないけど、多角的に見たら一部はわかる。そんな感じ。
「『穢れているものを隔離して、理解できない人々から離れて、実験して好き放題弄くって、それで作り上げた不老不死を自分に取り付けて……まだまだ、この不完全で歪な世界を楽しもうとしている。私にはあなたがそういう醜悪な怪物に見える、って話』」
「『ああ……可哀想に。そうか、輝術の使えない体で生まれたんだね。だからそんなに悲観的なんだ。……所謂ファンタジーな魔法と違って、この世界の輝術は真実なんでもできる。けがの治療以外は、全て。……日本生まれの異世界転移者で、これを使えなくさせよう、なんて発想を持つやつはいないよ。君も輝術が使えていたら、絶対にこちら側だった。たまたま使えなかったからひがんでいるだけ。僕にはそう見える』」
「『そう。じゃあ、平行線ね?』」
「『ああ。理解はしあえない。僕たちは全力で君を妨害しに動くよ』」
「『……お話できて、良かった。最後に名前を聞かせてくれる? こっちではいつまでも折居一派の頭についている楽土より帰りし神子、とか、あっちの楽土より帰りし神子、とか……長ったらしいのよ」
「『じゃあ、ここは日本人らしく握手でしめようか』」
「『……名前。教えてくれないの?』」
「『君、サプライズというものがわからないタチだね? こういうのは握手の際に一瞬引き込んで、耳元で名前を教える、というのがお約束だろう?』」
だから、と。
手を差し出してくる老人。
「『ごめんなさい。サブカルチャーには疎くて。……それじゃ、良い戦いをしましょう』」
「『ああ、スポーツマンシップに則って』……ね……?」
その手を取った瞬間……老人の身体が歪む。
幻影だった、とかではない。
「な……ぁ……これは、力が、抜け……!?」
「すまんな。正々堂々とか、無いんだわ。殺せるときに殺すさ。──私達新帝同盟はそういう場所だと、しっかり伝えてくるといい。──『私もしっかり日本人だ、ってね』」
たとえ同郷であろうとも。
我が道阻む敵は、敵である。
彼の身体は、ザァ、と……塵灰となりて消え去った。
骨だけを残して。
「祆蘭、念のため手の洗浄をする」
「いや、いい。お前も弱るぞ」
手に付着しているのは遮光鉱の粉末。知っているさ。日本人で、最初にビジネスシーンのアピールをしたんだ。腹の虫がどうであれ、必ず最後は握手で終わらせる。
さらには年長者であることをアピールしてきていたし、言葉からして内心では心底見下していたことはわかっていた。想像力はあるし保身的ではあるものの、己に酔うと周りが見えなくなるタイプ。加えてそれに気付くことなく、全ては台本通りに進んでいると、己が掌の上だと思い込んで仰々しい態度を見せる……ま、典型的な詐欺師タイプだ。
共通点、だな。私もそうだからさ。
「肉は蝕で食い荒らしてやったから大丈夫だとは思うけど、全員で確認してくれるー?」
「でしたら、彼考案の輝夜術で空間ごと丸のみにしてみましょうか。私、色々できるようになったんです」
「なら片付けは頼むよ。……久々に違う発声をして疲れた。もうこっちの方が慣れたな、さすがに」
──霊廟へ入って正面。
なんか奥の方にしまってあったという椅子に、どかりと座る。新帝祆蘭の椅子と名付けられたそれに。
「これで瓦解してくれたら楽なのだがな」
「無いわねー。護衛もつけずにのこのこやってきた時点でおかしさしかなかったけど、ほら」
凛凛さんが吊り上げるは、老人の骨。
その身長は私よりも高い。かなり、だ。
「別人の骨か」
「ほぼ十割で、ね。ずっと見ていたけど、指の長さも足の長さも……ところどころ違う。一目でわかるようなずれや、自分が動き難くなるような部分は同じ大きさのものを揃えているみたいだけど、多分幾つかは別人の骨よ。ああだから、別人の骨と別人の骨を混ぜ合わせて、それを別人が己の骨としていた、って話」
「曰く、"
「へぇ」
軽く流したけれど。
凛凛さんも……そして奥で待機していた蓬音さんも、少しだけ情動に変化があった。
口ではあんなこと言ってたけど、やっぱり黒根君に対してはちゃんと……ってところかね。
「これから調査を行うけれど……アンタは、もうわかっているでしょうね」
「ああ、信頼できる護衛が二人きてくれたからな。これでようやく任せられるよ」
悪事を為すなら早めにな。
新帝祆蘭は、そこまで悠長じゃないぞ、敵対者たち。