女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十八話「布書液」

 私は今。

 書道をさせられている──!!

 

「だから、そこは"こう"! で"こう"! 何度言ったらわかるワケ?」

「読み書きができないというのは知っていたけど、字が下手なのは……帝としてどうなんだろうね?」

「余裕ぶってないでアンタも手伝いなさいよ! こいつがこれから触れなり文書なりを書くんだから、まずは文字を覚えさせないと話にならないでしょ!」

「あー、だからな、凛凛さん。お前達にとっては衝撃的である、というのは理解しているが、この世の文字は私には読めんし書けん規格文字と呼ばれるもので……」

「玻璃も! 遡れる限りの歴代の神子も、みんな文字の読み書きはできているでしょう! アンタだけなのよ、そういう言い訳で読み書きを諦めているのは!」

 

 ぬ、ぐぅ。

 ……そうなんだよなぁ。

 規格文字の読み取りは輝術ではなく同一因子側の機能。だから平民は学べば文字を読むことができるし、長い時間を費やせば書くことまでできるようになる。

 で、輝術師ではない……むしろ同一因子の塊であるはずの私が読み書きできない、というのは……確かに「諦めている」と取られてもおかしくない話で……。

 

 でも読めないし書けないんだよ……! 地球じゃ多言語を覚えていたし他言語を覚えるのも好きだったから、私だって覚えたいんだけど。

 

「小祆小祆~。これは流石に読めるだろ?」

 

 かるーい感じで奔迹(ベンジー)が見せてくるのは、「重なったSになべぶた」の文字。

 

(シー)だ」

「お、正解! なんだやっぱ読めるじゃんか」

「では、こちらはどうですか?」

 

 続けざまに濁戒(ヂュオジェ)が出してきたのは……「重なったSになべぶた」「土という漢字の各先端に上向き三角形がついたもの」。

 

「後は読めんが、前が(シー)なんだから、青州とかか?」

「……」

「……奔迹。やはり彼女は、覚えているだけで読めているわけではなさそうですね」

「んー。こりゃ平民の商家とかでやってる読み書きの練習なんぞをさせた方がいいんじゃねー?」

「違うのか」

「全然違うわよ! 濁戒の字は私より断然綺麗なのに、なんでわからないわけ!? 加えてこれは──」

水生(チーシン)。……あなたの生まれ故郷だよ」

 

 燧。媧。(ヂュ)

 文字の読み書きの時だけ代わってくれないか。

 

 ──実際、なぜ読めないのかが判明してから、だね。どうしようもないと判断できたのなら、それも吝かではないよ。

 

「いや……いや、あのだな。これと、これ。どっちも同じ字だろ、どう見ても」

(シー)(チー)の違いもわからないのは厳しいなぁ……」

「……そうは言うがな。じゃあこれはどうだ」

 

 毛筆を使って書くのは、『承』の字。『永』や『氷』と同じく、漢字に必要な構成要素の全てが詰まったそれを、場に居る全員へと見せる。

 反応は。

 

「……?」

「なに? 字と絵の違いも分からなくなった、って言いたいワケ?」

「違う。これが私の楽土での字だ。読めないだろう」

「そりゃ読めないさ。俺達は君の言う通り、規格通りの文字しか読めないんだから」

「いやだから、それがわかっているなら私に読み書きを強要したところで──」

「だからそれが言い訳だって──」

 

 パン、パンと。手が叩かれる。

 ……困った顔をした陽弥だ。

 

「この言い争いは何も生まないね。祆蘭、あなたは代筆者を立てた方が良い。これから出す触れの全てをそれにすることで、君の文字だと皆に思い込ませる。……あまり良くない術ではあるけれど、ことは急を要するからね。それしかないだろう」

「別に、規格文字なら誰が書いても同じなんじゃないのか」

「流石に個人のクセは出るよ。濁戒と俺の字なんて全然違うだろ?」

「……いやもういい。わからん。……私が平民なのは知られているわけだから、代筆者を立てていることを公言してもいいんじゃないか? 読み書きができなくたって理解は得られるだろう」

「理解は得られるかもしんないけどさ、君の周りにいる誰かが君を傀儡にしてるんじゃないか、って思っちゃうわけよ。そうするとあの御前試合まで演技ってことになって、州君への信用まで落ちかねないってわけ」

 

 あー。……そうかー。

 そうだなー。その辺……なんか、ちゃんと面倒臭い……私が最初に想像していた通りの「中華お貴族後宮面倒臭い物語」に近い話だな……。

 

「わかった。じゃあ、誰かに代筆を頼むか。新帝同盟の中で最も平民に近い字を書くのは誰だ?」

「私、でしょうかね」

「……? 濁戒、お前の字は綺麗なんだろ?」

「だからこそです。平民が習う字は綺麗なのですよ。そう教えられるので。逆に輝術で文字を覚えた輝術師は、個人のクセや怠惰が強く出ます」

 

 な、るほど?

 そういうものなのか。

 

「貴女は楽土より帰りし神子ですし、その歳で文字を覚えた、と言ってもある程度は信用を得られるでしょう。教材通りの文字を書き得る私ならば、さらなる信用を」

「ああけど、筆圧弱めで少し崩した方が良いかもな。子供と大人じゃ色々違うから……」

「そうですね……その辺りは要検討としましょう。なるほど、子供が書く字、ですか。……いいですね、まさか鬼となってから文字の探究を再開することになろうとは思いませんでしたが」

「文字の探究?」

 

 ──濁戒はな、かつては文字の研究をしていたのだ。だからこそこの若さで鬼となった、というべきか。

 

 何がだからこそなのかはわからんが、へーって感じ。

 やっぱり研究者が鬼になりやすいのかな?

 

「奔迹も何かの研究者だったのか?」

「俺? 俺は流離いの奔迹だからなぁ、ぁ、ぁ、ぁ……。探求するものがあるとすれば、そう、己という存在の全て……て……て……!!」

「ここまでふざけていますが、奔迹は相学(シャンシュエ)の権威でしたよ。若き天才、などと呼ばれていました」

「おいやめろって! 俺に真面目な過去があると、いつものおちゃらけが余計にみじめになるから言うなっていつも言ってるだろ!?」

 

 安心しろ。お前は基本的には煩いが、多分全ての鬼の中で最も頼りになる男だとは思っている。最も頼りになる女は桃湯。

 

「相学、というのは?」

「随分と少數(シャオシュ)な研究者だったのねぇ。今の私とか、生前の今潮と同じくらい珍しいんじゃない?」

「いやいや、五千年前は結構盛んだったんだよ。……まー、相学っていうのは、州君の物質生成に焦点を当てた学問のことかな。輝術の中でもそこだけに注目する学問でさ。五千年……っていうか俺達が天へと一斉蜂起したあの時までは、輝術とはなんであるのか、っていうのを調べる学問が多かったんだよな」

「言われてみれば……消えましたね、五千年前のあの件以降から、そちらの学問は。……それこそ今潮、凛凛、そして笈溌でしたか? あなた方の輝術への探求が異端とされるほどには」

 

 ……いやな符合だな。

 同一因子の知識制限か? 一斉蜂起を再度起こさせないために、そして鬼の数を増やし過ぎないように……制限をかけた?

 

「あ、そうだ陽弥」

「なにかな」

「輝夜術。あれは結局なんなんだ。結衣の説明では半分くらいしかわからなかった」

 

 そうだそうだ。折角陽弥がいるのだから、聞かないテは無いだろうに。

 

「ああ。……なんなのか、と問われると難しいね。私は知っての通り鬼で、あれなるものを使い得るわけではないから」

「……確かに。だがその存在自体の認識はしているのだろう?」

「勿論だとも。……ただ、出所を言うのであれば、本物の"(とこしなえ)の命"や本物の成り済ましの術と同じところ、になるかな」

 

 あ。

 ああ!!

 

 そういうこと? ──だから、輝夜(かぐや)術なのか!

 だから日本語に聞こえたのか!!

 

「伏!」

「叫ぶ必要はない。我々はいる。ここに」

「お前にシャープペンシルを教えた奴は、何年前の楽土より帰りし神子なんだ?」

「そこまで昔ではない。だが、我々に時の感覚は薄い」

「……お前達を忘れたその楽土より帰りし神子が、今も生きている、という可能性は?」

「ある。老齢ではあるだろうが、十二分の可能性を有する」

 

 玻璃曰く、楽土より帰りし神子は老化が遅いという。

 であれば……こいつらの感覚で言う「そこまで昔ではない」が百年二百年程度のことであれば、可能性はゼロじゃない。

 

 地球人。それも……日本人。それが、この世を出る必要がないと考え、赤州で暗躍している一派に与する者。

 過去に伏と接触していた可能性のある者。

 

「凛凛さん、蓬音(ポンイン)さん。赤州の『継草』はまだ全てが機能しているか?」

「こっちそっちのけで私達のことなんか忘れているものだとばかり思っていたけど、ちゃんとわかっていて無視していたのね」

「凛凛、そう簡単に拗ねるものじゃないよ。そんなんだからいい歳なのに結婚の気配も──」

 

 がくんと首を跳ねさせて倒れる蓬音さん。

 これは、上限情報だな。

 

「全て機能しているわ。ただ、街中の密集地帯や、当然だけど赤塞城には蒔けていない。赤宮廷も、周囲を取り囲むようにしか無理ね。宮廷はどこも石で舗装されているから、植物の入り込む隙が無いのよ」

「……」

「赤積君への伝達なら、私がしてあげるけど」

「いや……」

 

 知ってどうするか、だ。

 わかってどうするか、だ。

 折居一派に与する楽土より帰りし神子が日本人である、というのがわかったとして……なんだ。

 どうするのが……。

 

 ……──あ。

 

「凛凛さん、少し大きな紙か布が欲しい。用意できるか?」

「できないことはないけど、そんなことをするくらいだったら」

「白い布で大丈夫ですか?」

 

 声は……そういえば、そうだった。

 

「ああ、頼む、玻璃」

「ええ、お任せください」

 

 物質生成の輝術。

 あとはこの布に、文字を書くだけ。

 

 

 墨、というものにも様々な種類がある。

 その中で、今回作るのは布書液。この世界では「布に文字を書く」という文化が無いため、まだ「布専用の墨汁」が存在しないのである。なんか祭唄がやろうとはしていたけど、止めちゃったしな。

 

 よって、作る。

 

 今回は玻璃がいるため、必要なものは随時作ってもらいつつの作業だ。

 まず動物性の膠──この世界には動物性しかないけど──を二重窯に入れて湯煎をする。本来はじっくり長時間をかけてやるべきものだけど、今回は輝術で溶解を早めてもらった。ただしそれでも時間がかかるので、その隙に顔料を用意する。

 こちらは正直既存のものでも充分なんだけど、念のためにグリセリンも作っておく。獣脂を加水分解すればいいだけなので、こっちは輝術頼みで量を作ることが可能だった。

 本当ならニスも欲しいのだけど、あれは樹脂だからなぁ。……今潮、なぜこういう時に限って出張っているんだ。

 

「溶けたよ。濃度は少し濃い目、で良かったんだよね」

「お。……うん、いい出来だ。ありがとう」

「いやいや。凛凛と玻璃様がいるこの場だと、私は単なる輝術師でしかないからね。手伝えるところは手伝っていかないと」

 

 有難い限りである。

 

 で。

 膠と顔料を混合させる。膠溶液は水溶性であるため、顔料と混ぜる時に充分な攪拌をさせる必要がある。そうしないと顔料だけが沈殿してしまうのだ。

 ただし輝術で高速回転……というのはできない。膠溶液が熱で簡単に濃度を変えてしまうため、木べらでじっくり攪拌作業をする。また、先程作ったグリセリンも少量入れた。あんだけ作っておいて? って目で見られたけど、良いんだよ。グリセリンは何かと有用だから。

 

 出来上がった混合物……バインダーと呼ばれるそれをゆっくりと冷ましていく。こっちも輝術は使わない。

 待ち時間にやるべきは裁縫だ。巨大な布は旗とする予定なので、旗縫いをしていく。まーこれは流石に手慣れたものだろう。

 

「器用なもんだなー」

「そんなことより……この液体、私にも見えますよ。もしかして、ですが……」

「ああ、そういえばそうか。今回は全てこちらに使うつもりだが、これをたくさん作っておけば、玻璃でも文字……は無理にしても、絵は見えるかもしれないな」

「であれば黒だけでなく他の色も欲するよ。私は母に、あの工芸品だけでなく己の絵も見てもらいたいからね」

「水墨画も良いとは思うが、まぁ了解だ」

 

 ……なんだろう。

 あれ、なんだろう。この……充足感。

 

 青宮城にいた頃より……。

 

 ──当然だろう。青州の州君を喜ばせるためのモノ作り。だが最近は工芸よりお前自身にあの者が夢中になっていて、工芸は「符合の呼応」のためだけのものになり下がりつつあった。

 ──そこへ来てのこれだ。今ここにいる者たち。特に元帝や神門はお前の工芸を心から必要としている。

 ──現時点でお前の作るモノを欲するのはこの二人くらい、というわけだ。まぁ別途の意味で赤州の州君も欲しているやもしれんが。

 ──あとは、蘆元という輝術師も、だね。彼は君の工芸を愛する者の一人だから。

 

 ああ……そういうことか。

 そうか。そうだよな。……別に幽鬼絡みの事件専門家でも、鬼専門家でも、況してや世界をどうこうする者の器でもない私は……。

 ただ単純に、水生にいた頃のように……求められたから作る、求められずとも自ら直しに行く、程度ができれば……それでいいんだ。

 

 ……。

 青宮城や青宮廷は、今、どうなっているのやら、だなぁ。

 

 ──いきなり話が飛んだのじゃ?

 ──諦めろ祝。こいつはそういう奴だ。

 

「そろそろだと思うよ。これ以上冷えると、固まってしまうだろうし」

「ん」

 

 じゃあ、書きますか。

 書く文字は、そう──。

 

 

 結衣の霊廟を「持ち上げて」私の宮とする、という声明と共に、この旗揚げを行った。

 多くの人間には勿論「何かの絵」にしか見えないだろうそれ。

 

「あれ、楽土の文字……よね? なんて書いたの?」

「『ミーとスピークウッヂューライク?』だ」

「……いやだから、それがわからないから、なんて書いたのかをきいたのよ」

「簡単に言うと、ちょいと話さないか? みたいな」

「誰が分かるのよそれ」

「冗談だ。我祆蘭此処に在り、と。ありきたりな言葉だよ。誰にもわからずとも権威になるだろう」

「へぇ。……あんな絵が、そう読むのね」

 

 うむ。

 普通に書くと、祭唄が解読しかねないからな。

 私が呼び込みたいのは「そいつ」だけなので──日本語の中でも特に難解で、けれど誰もが理解できる言語を使わせてもらった。

 

 通称、〇ー語。そうル〇語である。

 

 あとは、魚が餌にかかるのを待つのみ、だ。

 

 さて、それはそれとして、の話をしよう。

 

「奔迹、聞きたいことがある。玻璃と陽弥、そして(シィェン)も」

「俺?」

「ンだよ。……つゥか姿見せてなかっただろーが。なんでわかった」

「陽弥いるところにお前あり、だろう」

「……ケッ」

 

 聞きたいこと。

 それは。

 

「輝夜術について、教えてくれ。先程は詳しく聞けなかったからな」

「……俺が教えられることなんか、あの場所で教えたこと以上には無いぜ?」

「祆蘭。あなたはこう考えているのですね。州君の行う物質生成は、輝夜術と似た性質を有している可能性がある、と」

「そうだ。輝術が神の御業……華胥の一族、本来は神とされていた者たちの御業である、というのは理解した。だが、物質生成だけは少し毛色が違うように感じられる。加えて、強度の高い輝術は不可視で、弱い輝術は視認可能、という法則にも当てはまっていない。……この見解は、どうだ、顕」

 

 ──燧、祝。お前達は頼りないと思われているようだな。

 ──会話を挟まないのが面倒なだけなんじゃないかな?

 ──吾は出て行った方が良いぞよ? ……まぁ顕が答えを出し渋ったら、でいいぞよな!

 

 案外わきまえているな、祝。

 

「ま……あってるよ。輝夜術と物質生成は、どっちも程度が低い。だから視認できる。逆に斬撃を飛ばすだの身体を浮かせるだの情報を伝達させるだの、って方が程度の高い輝術だ。だから見えねェ」

「程度が低いのに、州君しか行えない理由は?」

「力業なんだよ。州君っつゥのは、どデケェ器に輝術……オレ達の力をこれでもかってくらい入れた存在だ。一度に扱える神の御業の量の桁が違う。だから、あらゆる法則を無視して物質の生成なんてことができちまう。やろうと思えばオレ達だってできる。……やる意味がねェから、やんねーけどな」

 

 ──久方振りに君の言葉にチューニングしてあげるなら、州君の物質生成は3Dプリンターのようなもの、と捉えてくれていい、ということだよ。ただし、材料は全てそれそのものになった、というものだけどね。

 ──む! 燧……そちも愛し子の言葉がわかるのか。……教えるぞよ! 吾も愛し子の言葉で話がしたいぞよ!

 ──無理じゃないかな。私や顕、伏は相手に合わせることに長けていて、媧は現在の性質が憑依者への同調だから可能になっていることだけど、君や(チー)は混ざることができないじゃないか。だから輝術に発展が無い、と言ってしまうと責任の押し付けになってしまうけれどね。

 

「つまり……人数を集めたら、一般の輝術師でも物質生成は可能なのか?」

「そいつらの意識が完全に統一されてんならな」

 

 成程クラウドブレインなら可能、と。

 つまり不可能ってことか。

 

「相学の深奥にこんな簡単に辿り着かれちゃうと俺の立つ瀬がないなぁ」

「お前も辿り着いていたのか?」

「まぁね。んで、俺の場合はその先まで見つけちゃって……鬼にならざるを得なかった」

「その先?」

「……んー。……知りたい?」

「ああ。というか話せ。勿体ぶるな面倒臭い」

「相変わらず口が悪いなぁ。……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という領域だよ」

 

 それは。

 想像以上に……禁忌だな。だけど、デザインベイビーであるというのなら……そうか、可能性としては。

 

「テメェ、それやったのか」

「やった。──結果がこれさ」

「これ?」

「だから、鬼化。俺は生前次の州君候補って言われるくらいには輝術が使えていてさ。多少足りていないことを自覚しながらも、生命生成を試んだ。結果から言うとそれは失敗した。理由は、生命とは魂が無ければ成り立たない、ということを理解していなかったから」

「……私でもわかるぞ、そんなことは」

「ま、俺も若かったんだよ。知識があって実力があったから、なんでもできるって勘違いした。それで……ヒトを生成してみたら、どうなったと思う? ああ、鬼になった、とかじゃなくてね」

「どうなった、って……なんだ、お前の命が奪われた、とかか?」

 

 そもそも鬼となるには拡大鏡と生贄が必要なはず。

 加えてその口振りだと……奔迹には信念など無い、というように聞こえるけれど。

 

「お前の命が消えた。とか、そんなあたりだろ」

「お、正解~! そ、脚から作っていったんだけど、生成されると同時に俺の脚が消失していった。痛みがなかったせいで、途中まで気付かなかったよ。光の粒の中から生成されていく人間の下半身に、成功を確信して……当然、胸のあたりまで来た段階で、俺の命は潰えた。ただ、輝術はそのまま発動した。し続けた。俺という存在を資源に生成された肉体。そこに俺の魂は寄り付かなかった」

「……死した瞬間を明確に理解している幽鬼となった、と」

「いーや? その時に確信したんだ。そんで憤った。ふざけるなーって。だとすれば、州君の物質生成は"どこかの物質を分解して再構成しているだけ"って仮説が的中する。結構前からあった仮説がね。そして、肉体にあったはずの輝術はどこかへ逃げようとすることも観測できた。俺から離脱していく輝術が見えて──そんなことは許せない、ってなったんだよ」

 

 死して、霊魂となったばかりの状態で。

 よくもまぁそこまで考えられるものだ。

 

「俺はその時、"この場にはまだ俺がいる"と考えた。だから俺は、俺の命を生贄にして鬼となったのさ。珍しいだろ?」

「待て待て。何がだから、なんだ。話が繋がっていないだろう」

「ん? いやだから、勿体ないだろ、俺の命。俺を俺に作り直した程度で俺の命が失われた、なんて筋が通らない。だから有効活用することに決めたってだけだよ。輝術師が何を経て鬼となるのか、については知ってたからな」

「……なぜ、知っていた?」

「五千年前までは結構な量の輝術師が鬼になってたんだよ。俺はたまたま人が鬼となる現場を見てしまって、その時に起こったことを全て理解した。ま、長寿のためだけに鬼になる、なんてのは馬鹿らしかったから絶対やらない、って思ってたけど、まさか自分が当事者になるとはね、なんて感想を抱いたことを覚えているよ」

 

 では。

 

「では、お前に信念は無いのか。あの地下施設で……お前は、鬼は人間に与し過ぎてはいけない、というようなことを言っていたようにも思うが。そういった部分は」

「んー? 小祆、ちょっと今回物分かり悪いんじゃないかな。俺、言っただろ。筋が通らない、って。俺の信念はそれだよ。俺を俺として作り直したことが自殺であると処理されることが気に入らない。それが"世の理"であることが許せない。俺の信念はただそれだけだ。……で、人に与し過ぎるな、っていうのは……まぁ、鬼が人間に情報を与えすぎるとさ、俺が大量発生しかねないんだよ」

「……お前と同じ手法で鬼となるものが、か。そうして鬼が増え過ぎたら」

「ああ。同じことが起きる。神門様の復活に関係なく。あるいは、強制的に彼女がたたき起こされる形で」

 

 完全に理解した、とは言えない。

 ただ……想像以上に……。

 

「ま、俺の話なんてどうでもいいでしょ。それより輝夜術の話をしようぜ。対処法とか、陽弥は色々知ってんだろ?」

「深掘りされたくない、というのは伝わった。……まぁ、そうだな。そちらの話をしよう。陽弥、顕」

「と言われてもね。あなた達が知って来た以上の話は出てこないと思うよ」

「輝夜術は輝術の裏側だ。……逆にテメェの理解度はどれくらいなンだ。まずそこから話せ」

 

 理解度。

 まぁ、聞いた通りのことを話すだけだ。

 輝術が「見えない神の御業」であるから「見える神の御業」を使うことで輝術にはできないことをやっている……というような認識。

 そこに"ある"のだから「そこには無いとおかしい」という論法を使った外法。

 

「大体あっちゃいるが、肝心の部分が抜けてんな」

「それをどのようにして可能にしているか、だろう?」

「あァ」

 

 無論分かっている。そもそも私に輝術が扱えない、というところも大いにあるけれど、その部分は模索しきれていなかった部分だ。

 答えがあるならありがたい。

 

「さっきも言ったが、こっちも力業だ。ただしこっちは物質生成とは逆の力業。出力口を限りなく絞ることで、結果を起こし得る力量の輝術であるのに、わざと口を絞る行為で輝術を裏返す、っつゥ……ま、実践した方が早ェだろうな」

 

 ──出力口を絞ると言っても、高圧水流のようにする、ということではないよ。衣服の襟首を握って、裏返して使う……そんな感じかな。

 

「私でも可能ですか?」

「あァ。まずは手本を見せてやる。盲目でも輝術は見えんだろ? 感覚で掴めるのなら掴め。無理なら教える」

 

 地黒光のヒトガタ。

 顕が手のひらであろう部分を廟の柱へ向ける。

 

 すると、()()()()()光の粒が顕へと集まって行き……そうして、柱は真っ黒に染まった。

 

「ああ、なるほど。思ったよりも簡単ですね」

 

 という玻璃の言葉のあと、一瞬にして周囲が真っ黒に染まる。

 またその後数秒でパチンと黒膜が弾け散った。

 

「……確かに原理がわかりゃ簡単だがよ、思い切りが良すぎんだろ」

「玻璃。あとで祭唄や凛凛さんなどに伝える時に、私からでも説明できるようなわかりやすい解説を頼む」

「そうですね。……私達が輝術を使う時、普通は"押し当てる"、"圧し固める"という感覚を持ちます。身体強化や固定輝術、浮遊などはそれが顕著です。ですが、輝夜術はその逆。"引き剥がす"という感覚が近いでしょう。……いえ、"一度浸透させたあとに引き戻して殻を作る"、が一番わかりやすいかと」

「あー、なるほどなー。その辺は相学に通ずるな。相学には外術、内術って考え方があってさ。外術は外部のものを操って輝術を実現している、って考え方。内術は俺達の中にある何かを操って輝術を実現させている、って考え方だ。つまり普通の輝術が内術的思考で、輝夜術は外術的思考なわけだ」

 

 私は何も「なるほど」ではないのだけど、遠くで傍聴していた凛凛さん、蓬音さん、さらには結衣と桃湯までもが「なるほど」の顔をしている。

 同じ顔をしていないのは陽弥だけ。……あ、そっか。こいつ輝術師じゃないから納得感ないのか。

 

「……で、対策をするなら、どうすればいい。敵が輝夜術を使って来た場合、平民の私は何をすればそれから抜け出せる。あるいは外部から見つけた時、どうすればその空間を元に戻せる」

「無理じゃな。愛し子だけじゃ無理ぞよ。だけど、安心せい! これからは吾が必ずいる。吾は輝術の化身、輝術の意思ぞ? 使い方を違えた輝術程度、造作もなく叩き割ってみせようぞ!」

「ちなみに祝の言う通りだ。輝術の使えねェテメェにゃ対抗手段なんてねーよ。ま、せいぜい祝に感謝しておくんだな」

 

 ええー。

 ……無いのか。鬼子母神の威圧、でも無理なのかな。

 

 ──あれならば可能だが、あまり多用するな。近付くぞ。

 ──媧の言う通りぞよ。媧は恐らく然るべき代償を支払って鬼子母神となったぞよ。その支払いを終えていないそちが力だけを使おうとすれば、待っているのは破滅だけぞよ~。

 

「あと、祆蘭」

「うん?」

「君は新帝だからね。これからは、あまり現場に出られると思わない方が良いよ」

「……? という、のは?」

「君は俺達の首魁。帝なんだよ。んで、世界の外へ出る、って作戦の要でもある。つまり、現地調査も威力偵察やら侵攻潰滅やらも、全部俺達に任せろ、ってこと」

「いや、だが私が行かないと事態が明るみとならんだろう」

「問題ありませんよ、祆蘭。明るみにする必要が無いのですから。──私達は皆、暗躍が得意なので。誰にも見えぬところで、水面下で、日の当たらぬ場所で……お掃除を行う。それだけです」

 

 ……。

 まぁいいや。勝手に抜け出せばいいだけの話だし。

 

「ん。良い仕事するじゃねェか、燧。おい、コイツ抜け出す気しかねーぞ。必ず見張りをつけておけよ」

 

 ……裏切り者め。

 メゾンド祆蘭から追い出してやる……!!

 

 ──こうでもしないと、君は護衛の一人も付けずに敵陣に突っ込みそうだったからね。さて媧、祝。私を責めるかい?

 ──いや、役立たずなりに頑張った。認めてやろう。

 ──愛し子を守る術として正しい行いじゃ! 燧のくせに気が利くぞよ!!

 ──うん、手放しの称賛、というものを知らないんだね、君達は。

 

 早く……早く祭唄と合流しなければ。

 段取りがあるからまだ来られないことは理解しているけれど、早めに色々終わらせて来てくれ祭唄ー!!

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