女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十六話「新帝」

 拳と鋸が、輝術とトンカチが硬質な音を立ててぶつかり合う。

 第二試合は黒根君。彼女は輝術による面制圧と格闘を主体とする戦い方を得意としているため、割合で言えば折居(ジェァジュ)に近い。

 

 それでもこちらは無傷で。

 あちらは……衝突ごとに、傷を増やして行っている。

 

「はははっ……強いな! 鬼と幽鬼を同時に相手した君。実際に目にしたことはなかったけれど、これなら、成程、だ!」

 

 彼女との戦いに関して言えば、その相性上赤積君よりも戦いやすかったりする。

 展開される輝術を足場にして三次元的機動を行いつつ、すれ違いざまに斬りつける。殴りつける。

 反撃してきたら反撃し返す。

 赤積君がどれほどを理解していたのか、また赤積君との戦いを見てどれほどを理解したのかは知らないけど、正直言って──弱い。

 

 幽鬼ならば。鬼ならば。輝術師ならば。

 赤積君にだって黒根君にだって、勝てはしないのだろう。

 

 いや、あいつ……青州にいた隠れ輝夜術使い、奕隣(イーリン)ならあるいは、といったところか。

 あれは完全な遠距離タイプっぽかったから格闘で負けている未来が予想できるけれど。

 

 考え事をしながらも、黒根君の攻撃の全てを避ける。避けるし防ぐ。

 

「……うん。まぁ、準備運動はこれくらいかな」

「ようやくか。それで、なぜ赤積君が私に負けたのか、について合点は行ったのか?」

「ある程度はね。ただ……うーん。まぁ、ずるいね、とは言っておこうか。気付いたってどうしようもないじゃないか」

 

 口角を上げる。

 こいつこそ、あるいは私が"現代の組成"へ戻した時に……混ざったんじゃないだろうか。

 あの赤積君の知識なりアイデアなりが、さ。

 

「一応、形だけ真似はしてみようかな。ボクはこれでも努力家でね。ぶっつけ本番でやったことのないものを成功させられるような天才ではないのだけど……」

 

 黒根君が──身体強化を、解く。

 そして無手の私のようなファイティングポーズを取った。

 

「それじゃ──」

「莫迦者め」

 

 それでも速いと言わざるを得ない速度で突っ込んできた黒根君。

 そのみぞおちに、思い切り突き入れるは……鋸の柄。突き刺さったのは自分の速度によるものなので、ほとんど自滅。

 

「身体強化の為されていない輝術師なら、弱点は人間と同じだ。なるほど努力家だな、お前は。私に勝つなら努力し直してこい」

「けほっ……ううん。色々思うところはあるというか……卑怯だね、君」

「ああ、専売特許だよ」

 

 卑怯小娘vs黒根君は、卑怯小娘の勝利、だ。

 

 

 さて、流れ的に次は緑涼君かな、とか思っていたら。

 

「──くだらぬ」

 

 彼女が、来た。

 

「己が使う力を理解しようとせぬからそうなる。……祆蘭。私は赤積君や黒根君のようにはいかぬぞ」

「そうだろうな。なぜ私が祭唄に勝てたかを一瞬で見抜いたあんただ。今、二人に対して圧勝した理由も全て見抜いているんだろう」

「当然だ。……残念ですらある。州君として同じく肩を並べる者達が、これほどまでに無知であったことを」

「黒根君は最後の方には気付きかけていたようだが」

「はじめから気付いていろ、という話だ」

 

 ごもっともで。

 

 音が消えて行く。試合開始の銅鑼は視界の端に収めて、集中だけを上げていく。

 ここからが本番だ。私を欲するがあまり、私を本気で潰しにかかってくるだろう者。

 

 青清君。鈴李。

 

 ──眼前に、掌があった。

 

「っ!」

 

 転がって避ける。速い。全身ではなく足腰にだけ強化輝術をかけているらしい。

 ああ、それなら避ける以外ない。反撃できない。

 

「……後に続く緑涼君のために解説でもしてやったらどうだ、青清君」

「私がお前を下して帝の座を獲る。緑涼君に零す情報など不要だろう」

「本当にそう思う、か!」

 

 掌底。腹部を狙ったそれは、クリーンヒットこそすれ……ほとんどダメージにはなっていない。そりゃそうだ、九歳女児の掌底程度然程痛くはなかろう。いやまぁ格闘技とか習ってる九歳女児ならわからんが、私は戦闘素人だしな。

 ただ……掌底を受けた鈴李は、一瞬こちらを見た後、大きく後退する。

 

「引っかからないか!」

「当たり前だ」

 

 いいね。

 フェイントは当然のように通用せず、こちらの手口もバレている。その上で相手は油断せず、激情もせず。

 冷静に私の出方を窺ったまま……動かない。

 

 先の二人との闘争が激しいものだっただけに、この静かな戦いは異質に映っていることだろう。よく見ておけ、輝術師たち。

 輝術とはなんなのか、という戦いだからな、これは。

 

「……当然であるが、私にお前を殺す気は無い。その上で──この余興を終わらせる」

 

 生成が行われる。

 集いし光の粒が生成するは、炎や風といったものではなく──巨大な、岩。

 

 なるほど確かに弱点だ。

 だが。

 

「帝の座を手にするために、私達を赤州へ追い出したのだろう? 嫌いな政にまで口を出して、色々なことを我慢して。──それがこんな結果になるのは、不愉快か、青清君」

「無論。だが、揺さぶりは効かぬぞ祆蘭。私はお前が欲しい。そのためにお前を捻じ伏せる」

「ならば!!」

 

 踏み込む。生成され、射出されつつある巨岩に向かって──突っ込む。

 一瞬の動揺を見せる鈴李は、けれどそれを、巨大な岩を生成しきり……射出した。とんでもない速度だ。高速を危険運転で走る車より速い。頭文字を奪えそうなくらい速い。

 

「巨岩も、巨壁も!! 私達の間にあるすべて! ──何するものぞと、なぜ言えない!!」

 

 砕く。グーで。凛凛さんの包帯を巻いた拳で、思い切り砕く。

 ……その破片が全身を裂く。当然だ。そうなるように作られた巨岩だから。

 つまり中身がスカスカの、見せかけだけの軽石。

 

 確かに私は生成された物質に対しては為す術がない。ほとんどない。

 だけど、こんな──こんな殺意のない攻撃に倒されてやるほど、私は優しくない。そんなものを望んでいるわけではない。

 

 額や頬、肩。

 他様々なところが切れて、当然のように流れ出る血。──そして、動揺している鈴李。そんなつもりはなかったから、だろう。

 

「目を開けろ、目を合わせろ青清君」

 

 気にしない。流血など今更だ。今まで無傷だったのはただ相性が良かっただけだ。

 それを騒ぐのならば好きにしろ。やはり最強は青清君だ、という声も好きにすればいい。

 

 だが、当の本人がそこまで脆弱でどうする。

 恋する相手を傷つけたくらいで泣きそうになるな。

 

「今のあんたは、青州の代表であることを忘れるなよ。──あんたが様々をかなぐり捨てて目指した帝とは、そんなものか!」

「……だが、祆蘭」

「皮膚など裂けるもの。肉など削がれるもの。骨など折れるもの! あんたは輝術への理解は高かろうが、前の二人と比べて圧倒的に足りないんだよ──私を傷つける覚悟がない!」

 

 無いだろう。当然だ。

 顔を掴んで麻酔輝術を打ち込もうとしてきたり、巨大な軽石で気絶や行動不能を狙ってきたり。

 殺意が感じられない。

 

 無論、帝の座への意思は本物だ。だから致命的な輝術を使ってきている。

 それでも──そんなものが、命数を天秤にかける私に届くものかよ。

 

「本気になれぬというのであれば、させてやろう」

 

 解放する。

 それは剣気だ。先程黄宮廷すべてを覆う範囲で出したものを、鈴李個人へと向ける。

 

 いいや、足りない。足りないなら──威圧もしよう。すまないな、鈴李の後にいる貴族は気絶しかねない類のものだが、己の位置の不幸でも嘆いていてくれ。

 

「……!」

「牙を剥け。牙を見せろ。獣となりて、私と踊れ」

 

 また踏み込む。

 未だ動かない鈴李。その──首を狙って、鋸を振るう。

 下半身だけの強化であれば致命傷だ。実際、止めようとしたのだろうか……何人かの輝術師が立ちあがったのが見えた。

 

 ああ、けれど。

 それは杞憂だ。

 

「……礼を欠いた」

 

 鋸が()()()()。止められたのではなく、弾かれた。

 首に、だ。細首に弾かれた鋸は、当然それを持つ私をも弾く。そこに殺到し行くは真空。鎌鼬というやつだ。ああいや、それだけじゃない。

 今私がバックステップをして離れた範囲。そこにあった酸素が、消失した。

 

「これは獣の縄張り争いなのだな、祆蘭」

「獣と人を区別するなよ、輝術師」

 

 試合会場の結界内。

 そこにあった気体の全てが「掌握」される。いや、「固定」された。

 当然私も動けなくなるし、呼吸すらままならなくなる。私の肺活量如きでは鈴李の支配を勝り得ないのだ。

 

「生物など、これだけで──」

 

 威圧する。威圧する。威圧する。

 それは以前媧が見せた威圧。あるいは秀玄(シゥシュェン)の前でも見せたもの。

 

 罅の入る音がした。ああ、彼女の驚愕の顔と共に……()()()()()()()()()

 収まらない。それだけには収まらない。試合会場の床も、周囲の建物も。何か凄まじい圧力をかけられたような衝撃を受ける。

 

「ふぅ……今のが縄張り争いか、青清君。あまりに直接的ではないな」

「……祆蘭。その威圧は……ならぬぞ。それは、ヒトの行ってよい威圧ではない」

「なんだ、そこまで歳を食っているわけでもないのに、これを知っているのか」

 

 ──物質界に干渉する威圧。秀玄が驚いていたように、あるいは私を攫った点展が驚愕していたように。

 

 それは──鬼子母神の使う威圧。ただ効果が似ているから威圧とされているだけの、全く別物であるそれ。

 

「なれば、あんたが結んだ友誼も、その企ても、最早意味のないものと知れただろう」

 

 もう一度踏み込む。踏み込んで、今度は打撃をする。

 それは彼女の手に依って払われた。細指がトンカチを捉え、弾き返す。……動揺していても輝術の扱いはぶれないか。

 知らないね。関係ない。

 

 四足の構えを取る。ああ、そこで、ようやく観客の貴族たちがざわつき始めた。特に高齢である者達が。

 

「あの構えは……それに先の威圧は、まさか」

「中止だ! 中止せよ!」

「帝よ、これなるは何事ですか──!!」

 

 笑う。嗤う。

 これは鈴李に聞かせるものではなく、周囲の貴族へ伝えるもの。

 

「この御前試合。この会場は天染峰全土に見られている。今まで輝術を知ることもなかった平民もその存在を知ることとなったし、迷信とされていたものたち……幽鬼や鬼の存在も明らかとなる。声を届けることができぬのだけが難点だがな、いずれ迷信は消え去ることだろう」

 

 制限されていても、実際に見てしまえば。

 そうさ。寧暁(ニンシャォ)は狂わなかったのだから。

 

「これより訪れるは昏迷である。だが案ずるな──新たな帝となる私が、お前達を導いてやる」

 

 首元に来た手刀。

 それを、大きく上体を反らすことで避ける。……いや、避け切れていない。顎下の皮膚を少しだけ斬った。

 

「お前が、帝となる……だと?」

「ん? あぁそうか、理解していない……というか、伝えていないのか。はぁ、あの親子め、大事なことだろうに」

「──ああ、忘れていたね。その一文を付け加えることを」

 

 ふわり、と。

 試合会場の上に浮かんできた陽弥。……鬼火ロケットでもない。そういえばこいつはどうやって浮いているんだ?

 

「もし、州君の誰もが彼女に勝てなかった場合、私……現帝陽弥は、この少女に帝の座を移譲する。全ての州君を下したのだから当然だとばかり考えていたが、ああ、その理解さえないのであれば、ここにまた宣言をしよう」

 

 ざわめきが大きくなる。

 何の話だ、と。聞いていないぞ、と。

 

 ……ああ、そうか。予め言ってしまうと御史處が何か妨害してくる可能性があったから、敢えて忘れていたのか。もうどうしようもなくなった時点で言うために。

 

「信じていない者もいたようだが。──祆蘭。彼女は楽土より帰りし神子だ。我が母と同じく。この御前試合はその浅ましき疑いを晴らすためのもの。──ゆえ、祆蘭」

「なんだ、現帝」

「もうそろそろ良いだろう。遊んでいないで、終わらせてあげるといい」

 

 ハ。

 やはり狸だな。単なる苦労人じゃあない。

 

 ふわりふわりと元の位置に戻っていく陽弥を見送る……こともせず。

 

 吼えるように、彼女へと呼びかける。

 

「あんたか、緑涼君か。そのどちらかが私を倒せなければ、私は帝となる。各州最強の守り人を下したこと。そして楽土より帰りし神子であるのだから条件は十二分。そうだろう?」

「私は、お前を側に置くために……!」

「まだ言葉を()るか。まだ被害者ぶるか。あんたの努力もあんたの研鑽も知るものかよ。残るものも見られるものも事実だけだ。であるのならば、さぁ、全力で止めに来い!」

 

 来ないのならば。

 四足、全肢を使って床を掴み、先程とは比べ物にならない速度で鈴李へと肉迫する。

 手に持つは鋸でもトンカチでもなく、件の包帯だけ。

 

 それで、殴る。

 彼女の顔を。

 

「──ッ!?」

「わかっているだろう。顔が弱点であることくらい。ああ、いいさ。対等にしよう。緑涼君のためにも」

 

 開示しよう。

 鈴李がやらぬというのなら。

 

「簡単な話だ。絶対位置固定では相対位置固定には勝てない。身体強化とは己の細胞一片一片を無意識に絶対位置固定する輝術。それらは肉体の頑強さや異常なまでの速度を実現する。当然だ、己の損傷の一切を考えなくて良いのだから。そして、だからこそ──」

 

 連打する。連撃する。

 右の拳だけで、鈴李を何度も。

 クリーンヒットしたのは最初の一撃だけ。あとはずっと防がれているけれど、関係ない。

 

「彼女のように! 青清君のように、相対位置固定での防御を身に付けたのなら、こちらはお手上げだ。ただしそれは双刃剣(シュゥァンレンジェン)! 細胞の一片一片を固定するということは、己を動けなくすることに等しい! 無理矢理に動けば己で己を傷つける結果にもなるからな!」

 

 だから顔面は弱点だ。固定できないから。

 

 ああ、そうさ。卑怯だろうさ。

 なんせ今の今まで、ずっと──私のバックには凛凛さんがいた。私の動きに合わせて鋸やトンカチ、包帯を相対位置固定し直してくれていた。

 無論それだけではないけれど、決して、一対一の戦いなどしていない。

 

 だから効果的ではあったんだ。巨岩で私を圧し潰す、というのは、固定輝術の性質に関係がない。その上に視界も遮るから、あそこで終わっていた可能性は充分にあった。

 ただ私が終わらせなかった、というだけの話だが。

 

 防戦一方になっている鈴李。その周囲……というか私の背後にもソレが現れる。

 輝術の斬撃。打撃。突撃。

 これらの対処はもう簡単だ。奔迹(ベンジー)の輝術講座、及び燧の輝術講座が活きている。

 本質がどこにあるか。そう、目に見えている──輝術は不可視ではあるが──部分はあくまでガイドライト。輝術の本質は、それが「神の御業である」ということにある。

 

 ゆえに、コンマ一秒、薄皮一枚。

 そのガイドライトの部分に殺傷能力は存在しないのだ。それを理解してさえいれば、「掴んで」「蹴って」「殴って」が可能になる。

 ずっと集中を切らさないのはそのため。全然、普通に、油断をしたのなら……木端微塵もあり得るからな。

 

 殴る。殴る。

 身体を捻って、見ないで避ける不可視の攻撃。

 それだけではない。平行に打ち出されたものであれば、輝術そのものへ剣気を当てて、その軌道を誘導する。

 射出されただけのものであればこれが通用するし、そうでないもの……最後の最後まで意思が乗っているものへは威圧で消し飛ばす。

 

 どの輝術がどうであるか、に関しては直感だ。殺意が乗っているか乗っていないか。ただそれだけを判断基準に切り替える。

 

 これを続けながら、連撃を止めないこと。

 それでようやく──。

 

「くだらぬ」

 

 凄まじい衝撃が全身を撫でた。

 ……違う、叩きつけられたんだ。地面に。

 ミシ、ミシと……身体が石造りの床へ沈んでいくほどに、輝術が圧しかかってきている。

 

 ……そうだな。その通りさ。

 面制圧には弱い。だからこそさっきの気体把握も威圧で割ったのだけど……此度は、短期決戦をしようとしているな。

 

「結局は小細工だ、祆蘭。……お前が帝となるには、障害が多すぎる。大きすぎる。……いいから、私に任せて……眠っておけ。何かやりたいことが、やらねばならぬことがあるのなら、帝となった私が聞いてやる。……結果は変わらないだろう?」

 

 膝を折る。肘を曲げる。

 まるで()のような関節の動かし方だけど、身体が地に叩きつけられているのならば別の意味を持つ。

 即ち、立ち上がらんとする動き。

 

「……待て。それは、説明がつかないであろう……祆蘭。いや、そんなことより、投了せよ! お前の身体は平民と変わらぬ! この圧力に逆らえば、潰えるぞ!」

 

 巨石が身体に乗っているに等しい。抵抗すれば当然身体に害が出ようさ。

 だが甘い。まだ甘い。

 あんたなら、一瞬で圧し潰すことも可能だったろうに──まだ降参を望むか。

 

 ──くだらぬ、などと言っておきながら、効果のある生成ではなく輝術を選んだ。

 ──勝敗は喫した。現帝の言う通りだ、祆蘭。

 ──引導を渡してやれ。

 

()()()()

 

 体感時間が止まる。物が動かなくなる。

 潰されている肉体とは別に、魂だけが立ち上がる。

 

 ……眼前にいたのは、火の球を思わせるもの。

 もう少し正確に描写するなら──燃え盛る幼女。光り輝く幼女。

 

「そちが闘争を望んだのじゃ。()に問うでないわ」

「まぁ、言い返す言葉はない。……此度の戦いにおいて、私を過度に愛するようなことをしなかったこと。感謝しよう」

「……全くじゃ! 吾らを外に出してくれるという愛し子を傷つけるなど、吾はもうしとうない! ……じゃが、もう一人おるのじゃろ。それまでは待つ。……此度はこれで良いな?」

「良い。パフォーマンスとしては充分だろうしな」

「華胥の一族の全員がその……そちの言葉を聞き取り得ると思うな! そういうのを覚えているのは伏や顕といったモノ好きだけじゃ! ……この、ごぜんじあい? というのが終われば、吾もそちの中に入る。良いな! 嫌とは言わせぬからな!!」

 

 世界が戻っていく。

 ああ、これこそが輝術の意思。私を勝手に愛して勝手に避けていたものの正体。

 

 華胥の一族の中で、他の者達に知られず輝術へと意思を熔かし……長らくの間、「輝術の意思」として在り続けた者。

 

「ようこそ、(ヂュ)。メゾンド祆蘭はそろそろ満室だが、迎え入れようさ」

「じゃから、聞き取れぬと……。……しかし、敵対ではない状態で久方振りに媧と会えるのは楽しみじゃの! 吾の目的の三割くらいは媧じゃからの!!」

「まだもう一人残っているから、もう少し真面目にやってくれ。次第によってはもう一人追加される」

「うむうむ! そちと媧と一つになるためならば、六万年も苦ではなかったぞよ!」

 

 体感が戻る。全身の軋みが戻る。

 だけど、ああ。

 

 これならば、立ち上がることができる。

 

「り……理屈が、通らぬ。祆蘭、お前の身体に今、どれほどの圧力がかかっていると……!」

「私の一歩の方が、重みあるものだった。それだけだ」

 

 ぐん、と屈んで──からの。

 

「お前こそ、沈んでおけ!!」

 

 アッパーカット。

 ちゃんと骨を見て、顎先を揺らす打撃だ。

 それによって起こるは脳震盪。私程度の膂力じゃ首を痛めさせるほどにまでは行けないから、まぁ、丁度良かった、ということで。

 

 果たして鈴李は。

 

 起き上がらなかった。

 

 ……次第に歓声が追いついてくる。ざわめきと共に、だ。緑涼君へのコールもちらほらと。

 私が帝となる、と知られた後だからだろう。この黄州には、そうなっては困る者達がいるのである。

 

 だから、次に続いた言葉は彼らにとって意外なものだったはずだ。

 というか──意識外というか、予想外というか。

 

「おれ、棄権するよ」

 

 あらん限りの応援でもするつもりだったか。

 それとも今さっき開示した輝術の対策を吹き込むつもりだったか。

 あるいは「当時」を知る老人たちが、鬼子母神の戦い方を教えるつもりだったか。

 

 そのどれかは定かではないけれど……皆一様にあんぐりと口を開けて、二の句が継げないようでいた。

 

「いいのか? お前、緑州から色々言われてここにいるのだろう?」

「ん、まぁそうだけど。それでおれが州君から降ろされるようなら、それまでだしな。……ただ、聞きたいことはたくさんある。それはあとで聞かせてもらう。どんな手段を取っても」

「……そうか、お前にとっては……私が現帝陣営にいること自体が理解できんか」

「うん。だけど、とりあえずそこまでぼろぼろな女の子を殴る趣味はないし、勝てそうにもないからな。大人たちの都合に振り回されて嫌なことをするくらいなら、おれはおれを貫いて、おれであることを選ぶよ」

 

 う、うーん。

 眩しい……こいつはなぜこうも……いつもいつも……。

 

 もうこのやり取りだけで負けた感じはあるけど、投了宣言は為されたので。

 

「では! ──現刻を以て、我が帝の座は彼女、祆蘭に移譲するものとする!! この決定は私、元帝陽弥(ヤンミィ)。及び、これより再度就任する黄征君(オウヂォンクン)玻璃(ブァリー)の両名が認可したものである!」

「ブァッハッハッハ! 儂もだ、陽弥の坊! 負けたからな、赤州が赤積君(チィジークン)勇迅(ヨンシュン)も認める!」

「ボクもだね。負けた後に追加で条件を出された感は否めないけれど、負けは負け。黒州が黒根君(ヘイゲンクン)藺音(リンイン)も彼女を認めるよ」

「勿論おれもだ。緑州が緑涼君(ロクリァンクン)烈豊(リィェフォン)も彼女を帝と認める」

 

 そして。

 気絶している鈴李を……迎えにきた者。

 

「……今は意識の無い青清君の付き人、進史(シンシ)と申す者です。……認めましょう。青州が青清君(シーシェイクン)鈴李(リンリー)の代理として、彼女を新帝と」

 

 思うところはたくさんあるのだろう。

 だろうけれど……彼は、こちらを見なかった。いや、目礼こそしたけれど、目を合わせはしなかった。公式の場であるからだ。八百長を疑われぬために、でもあるか。

 

 ま、なんにせよ。

 

「この決定に、異のある者はあるか!!」

 

 静まり返る広場。

 反して、何かに呼応するかのように……地鳴りが黄宮廷を揺らす。けれどパニックを引き起こすものではなかった。

 なぜなら。

 

「おお、黄金城(オウジンジョウ)が……」

「馬鹿な……世界が帝を認めたとでもいうのか……?」

「浮層岩にさえ祝福を受けるとは、ああ、これは歴史の転換点となろう!」

 

 浮き上がったのだ。輝術を受け付けない浮層岩が土台であるそれが、ひとりでに。

 五つの州の城、その全てが浮いたというその事実に……貴族は認めざるを得なくなる。

 

 そうして、掌を返すのだ。

 異常範囲の剣気も、物質界に干渉する威圧も。

 

 新帝の為すこととあらば、と。

 

 俄かに騒がしくなり始めた試合会場。

 けれど、パン、パンと。柏手が二つ。それだけで静けさが取り戻される。

 

 玻璃だ。彼女が竹簾の中から出てきて……薄くではあるけれど、騒いでいる貴族全てに威圧を向けて、言葉を紡ぐ。

 

「御前試合は終了した。──なれば、呆けている暇はなかろう。各自仕事に戻れ」

「そうだな、母よ。……して、新帝祆蘭。あなたの正式な部下が決まるまでの間、私があなたの護衛となるが、問題は?」

「無い。……行くぞ、陽弥」

「ああ」

 

 これにて。

 帝の座をかけた御前試合は、終了である。

 

 

 

 ……うん。

 

「ちかれたぁ……」

「ふふ、それは疲れるでしょうね。……私との舞踏は、また今度にしましょうか」

「そうしてくれ……。はぁ、悪ぶるのは得意だが、ガキを叱るのはいつになっても慣れんな。何よりもこっちが卑怯なことをしているだけに……罪悪感が」

「疲れた、というのならこっちがよ! アンタ本当に獣か何か!? どんだけ動くつもりよ! 馬鹿みたいな動きにこっちがどんだけ焦ったかわかってるの!?」

「あー、すまんすまん。だが、そうしないと色々無理だったさ。奴らはちゃんと州君だからなぁ。……烈豊が棄権してくれていたからよかったけど、もし戦うことになっていたら、さらなる無理を強いていたやもしれん」

 

 カンカンな凛凛さん。陰の功労者だからな、謝意は絶えない。

 にしても疲れた。中継されている、というのが余計に心労になったなぁ。あんまり口悪いこと言えないから結構言葉選んだし。

 

「……それにしても、祆蘭」

「ん?」

「あの、結界に立つ、という行為。あれはなんですか? そんなものを教えた覚えはないのですが」

「それと最後の! あれ、どうやって割ったのよ。威圧使ってなかったじゃない」

 

 あー。

 まぁ。

 

「結界に立つ方の原理は、玻璃、お前との戦いの時まで取っておく。それはそれとして、凛凛様の問いにはコレを返そう」

 

 寝そべった体勢で、肘を立てる。そしてさらに指を立てる。

 

 その指先に、ボッと火が宿った。

 

「……(ヂュ)か」

「きゃあっ!? あ、アンタ、伏……いたならいるって言いなさいよ!!」

「我々は初めからいた」

「ああ、そいつ今朝からずっとそこにいたぞ」

 

 釘を口に含み、プッと飛ばす。

 それを面倒臭そうに掴む……掴みながら現出するは、顕。

 

「テメェ、オレが現れる時に毎回毎回攻撃してくんじゃねェよ……」

「挨拶のようなものだ」

「だからそれをやめろっつってンだよ」

 

 よっこいせ、と。

 柱に凭れ掛かるようにして座り直し……指先の火を掌に移して、それを皆に見せるようにする。

 

「伏の言う通り、祝だ。ほら、祝。挨拶を」

「そちは吾の母親か!? ……まぁ、それも……悪くはないが。ん、オホン! 吾が祝じゃ! 俗に言う輝術の意思! そこな娘子とは随分と昔に邂逅しておるが、覚えておらんじゃろ!」

「……いえ、確かに……輝術に意識を飲み込まれる中で、火の球を見たような覚えはあるけれど。……まさかこんなちびっこだったとは思わなかったわ」

「ちびっこ? あぁ、この身はそうじゃな。じゃが、吾の身体は華胥の一族の中では一番大きいぞ? 見せてやろうか?」

「やめとけ。他の奴らも、これは祝なりの冗談だ。そォ軽々しく殺気立つんじゃねェ」

「おお、顕は物分かりが良いな!! そうじゃ、吾は基本的に人々を我が子のように思っているから、傷つけるような真似はしない。……その中でも祆蘭は特別じゃ。吾が見てきた中で、最上の魂を有しておる! さらには──」

 

 ぱく。

 

 ……余計なことを言いそうだったので、掌に有った火の玉を食べてみた。

 熱くはないな、うん。

 

「まー……正しい判断だ。そいつ、きゃいきゃいうるせェからよ。肝心な時にゃ役に立つんで、いい具合に飼い馴らしておけよ」

「そうさせてもらう」

 

 さて。

 ま、色々あったけど……ようやく会議に移行できそう、かな。

 

 

「当然、ボクたちも混ぜてくれるよね、その会議」

「おれも、何も知らないまま帰るのは無理だぞ」

「ブァッハッハッハ! すまぬな! 止められなかった!」

「止めなかったくせに、何を言っているのですか赤積君」

 

 

 ……ダヨネ。

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