女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十四話「舞台」

 赤積君が雑務に追われている内に。

 その見習いたちが療養に臥せっている内に。

 

 話を詰める。

 

「そうか。ようやく、その気になったのだね」

「ああ。ついては場を整えたい。恐らく青清君は私の帰還後、すぐにでも黄州へ宣言を出すつもりだろう。つまるところ──」

「私に勝てずとも、州の力で、と。ええ、その方法も勿論あります。むしろ守り人たる州君だけが戦う今の図式は、あくまで無駄な流血を避けるための儀式的なもの。数千年前は当然のように州の兵力同士がぶつかる……戦争、をしていたようですし、青清君がそれに乗り出すことは想像に難くないでしょう」

「それこそ結衣が赤積君だった頃の前後は、戦争が常だったね。私のように何の力もない農村の子供は、お上の決定に平穏が壊されぬよう毎日のよう願うばかりだったよ」

「嘘吐きなさいな。農村の子供はそんなこと考えないわ。上を気にするのは貴族だけ。そうでしょ?」

 

 ここ。

 陽弥と桃湯は、絶妙にバチっている。

 玻璃との関係性やら今までの所業やらで、衝突寸前を何度も何度も。

 

 内紛はあんまり好ましくないが、感情を押し殺すのも良くはない。互いに河川敷なんかで殴り合って友情を確かめてはくれないものかね。

 

「祆蘭。場を整えたい、というのは?」

「仮に今私が如何なる手段によってか、祆蘭という小娘は楽土より帰りし神子である、ということを天染峰全土へ伝えたところで、信じる者は少ないだろう。それが信じられるのなら、楽土より帰りし神子など名乗り放題になってしまうからな」

「私達の信仰上、そういうことはほぼあり得ないけど、言いたいことはわかる」

「そこで必要なのが、御前試合だ。青清君は黄州への敵対宣言、ないしは帝の座の移譲要求をする際、必ず玻璃か陽弥に取り次がねばならない。なんの宣戦布告もなしに始めたらただの侵略だからな」

「ええ、間違っていません」

「だからその時に条件を出してほしい。少し煽るような口調で、"私に勝てないからと州力へ切り替えた、というのはわかった。だがその前に、こちらの出す兵一人を倒すことができたのなら、民らへ無為に血を流させることなく帝の座を譲ってやろう"と。──そしてその宣言は、全州の州君へも周知するものとしてくれ」

 

 "八千年前の組成の赤積君"謹製、鋸とトンカチ。加えて現代の赤積君謹製の鑿と錐。

 

「無論、その兵一人とは、私だ」

「……青清君からの同情を誘うつもり、かな」

「いいや。青清君は兵が私であることに戸惑いはするだろうが、彼女は私を己が元に引き留めたくてこれをやっている。だから殺すまではしてこないやもしれんが、加減はしないだろう。彼女の方がわかっているはずだ。下手に加減すれば、私が勝る、などということは」

「祆蘭、それは、本気で言っている……そうだよね」

「無論だ」

 

 首筋に当てられた刀をトンカチで殴打する。

 

「……!?」

「こんなものにも反応できないのに、とでも言おうとしたか?」

「あらあら」

「既に私はお前に勝っている、という事実を忘れているんじゃないか?」

「……あれは」

 

 まぁいい。心配されるのは当然だしな。

 だけど大丈夫だ。

 

「この誘い……私を倒せば帝となれる、という誘いに乗る州君は、恐らく青清君だけではない。政に深く携わっている黒根君や、点展の裏切りの件で行政からの信用を失いかけている烈豊は乗ってくる。赤積君もまた、もう一度権力が欲しいはずだ。今度こそ己が州に巣食う膿を徹底的に圧し潰すための力が」

「ああ……あなたが此度の件の解決を途中でやめたのは、それらを利用するためだったのだね」

「確かに、祆蘭なら何もできないくせに最後の最後まで事件の詳細を知りたがるはずなのに、今回はすぐに丸投げした」

「一言余計だな」

 

 とまぁ、そういうわけで。

 

「であれば、私も一枚噛もう。御前試合とまで言うのだ、現帝である私自ら興とした方が、それらしさは出るだろうから」

「そうと決まれば……陽弥。私達は黄州へ帰り、準備を進めましょう。……ああ、けれど、一つだけ」

「ん?」

「仮にあなたの目論見が成功し、全ての州君を下し、あなたが楽土より帰りし神子であることを証明したとして……そうして帝となったとして、です」

 

 ──あなたは、どこを我が城とするのですか?

 

 そんな、ことを。

 

 

 

 確かに、だった。

 いや確かに~、だった。

 

「……考えていなかったわね、そこ」

「流石は玻璃様だね。私達とは見ている場所が違うよ」

「はぁ、なんで私まで……」

「流水である、っていうのを意識しなければ、案外良いものね、温泉」

 

 現在温泉なう。

 殺人犯のいる宿屋、ではない。所謂秘湯と呼ばれる場所で、赤積君御用達の温泉であるとか。そこに結界なりなんなり、様々なものを張って……私、桃湯、結衣。そして帰ってきた凛凛さんと蓬音(ポンイン)さんでお湯に浸かっている。祭唄は夜雀の様子を見るそうで、居残り。折角の温泉楽しんできて、だそうだ。

 

「いや……実際、大丈夫なのか? 水は穢れを落とすのだろう?」

「今潮や点展程度の鬼なら、肌が爛れる程度の傷は負うかもしれないけれど……私や結衣なら問題ないわ」

「チクチクする感覚と、疲労が取れるような感覚が同居している、って言えば良いかしらね。鬼に疲労なんてないはずなのに……んんっ~、二千年分の疲れが取れていく~」

 

 ちょっとおっさん臭いぞ、とは言わなかった。

 だって今私もそんな感じだから。

 

「そもそもの話をするなら、なぜ流水が穢れを祓い得るんだ。輝術でも含まれているのか?」

「ん~。ま、穢れも含めてだけど、私達は固定されているものだから、無理矢理押し流してくる水や輝術には弱いのよね」

「あとはまぁ……奴らが、空にあるものだから、でしょうね。本来水に触れることのないものの化身……尖兵が私達なわけだし」

「そこ、ちゃんと聞いたけど、ちゃんと苛々するわ。……なんか前にも聞いた気はするのだけど」

 

 ──当然だ。お前が鬼となった時、私はしっかり説明したのだから。……前はもう少し頭の回るやつだったのに、何があったらそう……いや前からではあったが……。

 ──媧、そのくらいにしないと、また情報量で押し流されるよ。

 ──……燧。お前、何を呑気に意識を保っている? 今は祆蘭含め、乙女の花園だろう。眠っていろ。

 

 う、うん。

 まぁ……ソウダネ。私は別に気にしないけど、年頃の女性も混ざっている中で燧の意識があるのはあんまりよろしくない気がする。

 ありがとう媧。そのまま抑え込んでおいてくれ。

 

「で、本当にどうするのよ。天染峰に所有者のいない領土なんてないわよ?」

「……凛凛様の植物で空中に、というのは」

「色々無理があるわ」

「輝術……」

「無理だね。常時発動系となると、色々条件が出てくる。それこそ華胥の一族に任せられるのなら話は別かもしれないけど……」

 

 ──伏には期待するな。世俗への干渉を嫌う。

 

「どこかの庫を持ち上げる、というのはどうだ?」

「どうやって、よ」

「そこは輝術と鬼の力で」

「相殺しあって作業にならないでしょうね。……あなたこそ、築城はできないわけ? これも木工でしょ?」

「いやいやいやいや」

 

 規模感が違い過ぎるだろう。

 というか私はDIY女子であって大工じゃないんだよ。

 

「これは私が物を知らないから尋ねるのだが、城は必要なのか? 楽土より帰りし神子が帝となった、という事実だけでどうにかなるものではないのか?」

「今回の形式で帝の座を奪うのなら、小祆を殺さば、と考える輩が出てきたっておかしくはない。勿論要人護衛はつくだろうけど……」

「そんなちまちましたことより、権威がないとダメなのよ。アンタたちも知っての通り、平民も貴族も思考が凝り固まっているから……あら、でも」

「ああ。帝のいる州の城は、沈むのだろう? それがどういう原理なのかは知らんが、私が帝であることを知らしめた上で、全州の城が浮き上がれば」

「証明にはなる、か」

 

 些か逆説的ではあるけれど、それは成立すると思う。

 全州の城が浮いている──つまり全州に守り人が、州君がいる状態。帝のいる州が存在しない状態は、即ちどこにも所属していない帝が存在する、ということになる。

 

 ただし。

 

「青州が一応実家であることが、ううむ」

「そうね……青宮廷は権利を主張してきそうだし、そうなったら青清君は……どう行動に出るかわからない。自分が帝となってあなたを繋ぎとめるための行動……つまり行政との同調を図るのか、あなたの邪魔をさせまいと青州に牙を剥くのか」

 

 ふぅむ。

 空き領土がない、というのは盲点だったな。適当な山とか占拠したらそれでオッケー、って……。

 

「結衣、お前の霊廟は?」

「へぁ? ……ぁ~、一応赤州の領土だけど、あそこに廟があること自体忘れられているだろうし……」

「確かに、アリね。二千年前の赤積君、結衣。アンタを祀る霊廟は、土地こそ赤州だけど、厳密にはどの州にも属していない曖昧な状況であったはず。なぜならアンタを討った兵士は全州の兵士で、赤州だけの手柄ではないから」

「使っても良いか、結衣」

「ん……条件があるけど、飲める?」

「ちょっと」

「これは桃湯でもだ~め」

 

 もうどろっどろに溶けている結衣。対照的に桃湯はその名の割に身持ちが固いというか、大事な部分は全てガードしているから、なんだか面白い。結衣の方が裸を嫌いそうな名なのにな。

 

「条件はなんだ」

「一回だけでいいから、魂を舐めさせて……あー怖い怖い怖い。桃湯も、他の輝術師二人も落ち着いてよ、もう。食べるわけじゃないの。舐めるだけ。ね、いいでしょう?」

 

 媧。魂を舐められることによる害は?

 

 ──特には無いが、恐らく不快だろうな。あと多分一回じゃ済まんぞ。

 

「まぁ、構わん。お前程度に食われることもないしな」

「やたっ! あ、で。もう一つの条件だけど」

 

 少しだけ神妙な顔になって。

 

「人と鬼だけじゃなくて、幽鬼も救いなさいよ。求められているのは多分、それだから」

「……お前、時折核心を突くようなことを言うが……何が見えているんだ?」

「深く考えない方が良いわ、祆蘭。結衣は昔からそうだから」

「それで、この条件、飲む?」

「飲みはするが、救うつもりは無い。私は導くだけだ」

「いいわ~それで~……はぁ、癒されるぅ~」

 

 幽鬼を救う、ね。

 ……その意味は、わかっているのだろう。あの時私のやっていることを最も近くで見ていた彼女には。

 

 で、と。

 結衣が発した言葉に、空気が弛緩する。

 

「桃湯~?」

「……なによ」

「ここには女の子しかいないんだから、その腕外しなさいよ~」

「イ・ヤ・よ。同性しかいないからそうみだりに肌を見せることは──ひゃぁ!?」

 

 凡そ彼女から零れたとは思えない声がした。

 何事かと桃湯を……というか後にあるものを見ると。

 

「へぇ、水の中にいる鬼に対しては、輝術植物も弾かれずにいけるのね」

「ちょ、ちょっと凛凛、何を」

「実験よ実験。淡水の中で育つ水草の輝術植物も扱っているから、少しね。泉質も確かめたかったし、穢れが温泉に与える影響も測っていたのだけど……丁度良く鬼がいるわけだし、その辺の記録も取っておこうと思って」

 

 ううむ。

 まぁ、そうだな。形は……水草だ。ただの水草。だけどそれが、蛇のように桃湯の身体を這い回って……その隙を突いて、結衣が彼女の手を無理矢理剥がしていく。

 筋力、と言って良いのかはわからないけど、単純な力比べでも強いんだな、結衣。五千年の開きをものともしていない。

 

「じぇ、結衣! あとがどうなってもいいわけ!?」

「後は怖いけど~、今は目先の好奇心!」

 

 そうだった。無敵だったコイツ。

 

「輝術師も、やめなさい! 本当に怒るわよ!?」

「そろそろ名前で呼んでくれないかしら、鬼」

「そ、それはお互い様──っ!?」

「おお……おおお。小桃(シャオタン)、あなたのお腹……案外つるつるで……」

「──本気で、ひぃ!?」

「足がない、って話だったけど、感触は普通にあるのね。足斬りの刑罰なんて歴史書にしか載っていないものだとばかり思っていたけれど、実際目にすると……同情するわ」

「べ、別に私の時代でだって歴史書にしか載っていない刑罰だったわよ!」

 

 怒るとこそこなんだ。

 ……ううむ、これは、巻き込まれる前に退散するべきか? 今は弓を持っていない桃湯だけど、弓がないと何もできない、ってわけでもないだろうし……。

 

 とか考えていたら、ホールドされた。

 はて。

 

「なんだ蓬音様。幼女趣味に目覚めたのか?」

「いや……君の髪、よく見ると少しだけ緑がかっているんだな、と。水に濡れてそれが顕著になって……なんだか触れてみたくなったんだ」

「これは遺伝だよ。両親もそうだった。……髪を触るだけではないのか? 手が肩やら腹にやら伸びてきているが」

「良く鍛えられているな、と思ってさ。しかし……小さいな、君は。それに軽い」

「九歳だからなぁ。それに、鍛えられているといっても九歳にしては、だろう。赤積君などと比べたら天地だろうさ」

「いやあんな筋肉の塊と比較してもね」

 

 身長133cm。体重35kg。

 まぁ、九歳女児、って感じだろう。これだけ軽いからこそ、吹き飛ばされてもあまり怪我をしない、が成立する。

 

「玻璃曰く、楽土より帰りし神子は成長が遅いらしい。……私が蓬音様ほどの身長を手に入れるまで、一体幾年かかるものやら」

「凛凛はもうすぐ越えられるだろうし、構わないんじゃないかな」

「そこ! 聞こえてるわよ!!」

 

 多分聞こえるように言ってるよ。

 ……まぁなんだ、私は別に同性愛者ではないというか、別に異性にもほとんど興味はないんだけど、だから蓬音さんに包まれたところで特に何とも思わない……のだけど。

 思わないなりに……普通に、女性としての憧れはある。朝烏さんもそうだけど、こういうスラっとした、けれどちゃんと鍛えられた身体はいいよなぁ。地球での私も身長は高い方だったけど、筋量が然程あるわけではなかった。……目もそんなに良くなかったし、肩こりとか首とかずっと痛かったし。

 鍛えていれば……そういう悩みも消えていたのかな、とか。

 

「指」

「ん、すまん全然聞いていなかった」

「ああいや、だから、指は傷だらけなんだね、って。身体は綺麗なのに……指先だけ傷がある。これはどうして?」

「別に、ただの平民だった頃は、この手は仕事道具ではなかったからな。木工で怪我をすることもあれば、野盗の剣を手で受け止めたこともある。犬や猫に噛まれることは避けたが、大きな負傷を避けるための盾として手は良く使っていたんだ。……それだけだよ」

「その頃から今みたいな大立ち回りをしていたんだね、君は」

 

 大立ち回り。

 ……そうかね、果たして。野盗なんて……覚悟の決まっていない崩ればかりだ。むしろ鋸をぶん回していた私の方が野蛮ですらあっただろうに。

 大立ち回りをする側というより、される側だった……なんて。

 

「なんだ、同情でもしているのか?」

「透けたか」

「そっちこそいいのか? 私は大衆の目前で、お前の姐をボコボコにするつもりだが」

「それは別に構わないよ。まぁ黒州のコたちは、そういう立場になる大姐も素敵、ってなるんだろうけど」

「……まぁそんな感じだよな、あの州」

 

 と。

 そんな折である。温泉と外界を隔てる戸が、コンコンコン、と。ノックされた。

 

「失礼いたします。赤積君の命で、お酒をお持ちいたしました。青州から取り寄せた清酒に始まり、各州の特色あるお酒が揃っております」

「あら、気が利くじゃないあの筋肉。そこに置いてくれるかしら。肌を見せたくない者がいるから、自分たちで取るわ」

「かしこまりました」

 

 お盆の置かれる音。共に、最初は揺らさぬよう足音を立てずに持ってきたのだろう、帰還は些か気楽になった足取りが聞こえて来た。

 

 ま、飲む気はないけど、取って来てやるか……と考えていたら。

 

「ああ座ってなさい。私が取るから。……万が一もある。そうでしょう?」

 

 と言って……腕から生やした植物を用い、温泉を隔てる戸の上からそれを這わせる凛凛さん。

 植物が戻って来た時には、その葉先に酒瓶やら何やらが握られていた。

 

「……あなた、鬼より鬼らしくない?」

「失礼ね。これは"世の理"の一つよ。輝術で植物を育てて、それを身体に取り込んで、輝術の意思に自我を奪い尽くされなければ誰だって再現可能だもの」

「桃湯。輝術師ってやっぱり頭おかしいのね」

「あなたには言われたくないでしょうけどね……」

 

 そしてぐりんとこちらを……正確には私の背後にいる蓬音さんを見る鬼二人。

 頭の上でぶんぶんと顔を振る音が聞こえる。

 

「何よ。……なに、その目」

「いや、別に。実際凛凛の輝術には助けられているからね。なんでもないよ」

「それなんでもある時の言い訳じゃない。……あら、お酒しかないわ。祆蘭、あなたは」

「飲まん。飲酒可能年齢じゃないのもあるが、そもそも酒は好きじゃない」

「あらそう。なら、先に上がっている? 素面で女の酒盛りの場に居続けるのは、控えめに言って刑罰の類よ」

 

 ……ま。そうするか。そろそろ逆上せそうだし。

 

「お前達が酒に溺れて、要人護衛のいない私が麓で殺されていたら……その時は潔く祭唄の剣の錆になってくれ」

「それなら私も上がるわ。お酒に興味がな……ちょっと!?」

「まーまーそう固い事言わないの。小桃だって、時には羽目を外すべきなだから。……あ、大丈夫よ。あなたの周りには私の蝕がいるから。何かあったら穢れの強い方へ逃げなさい。問答無用で敵対者を分解してあげる」

 

 それは心強い。

 と同時に危ない。問答無用はやめてくれないか。

 

 ……ま、ごゆっくり、ということで。

 

 

 最初から覚えていた視線、というか。

 衣服を纏い、小物入れやら工具セットを腰に佩いた状態で……「涼みに出る」とか適当な理由をつけて、秘湯の管理宿を出る。

 

 まぁな。こっちが利用する気満々でも、あちらとしちゃあ面白くないのだろう。

 恐ろしいことに回転抽選機の的中率は百パーセントらしいからな。用意していたもの全てが台無しになれば、文句の一つでも言いたくなる、というのは理解できる。

 

「……驚いたなァ」

 

 声は、中性的なもの。けれど隠しきれない獣の気配……人殺しの雰囲気を纏うもの。

 

「何がだ。私が護衛の一人もつけずに出て来たことか?」

「それもだがよォ、お前、こーォんなに小さかったんだなァ。まだガキじゃねェかァ……」

「ああ、ガキだ。そのガキにお前達の企みの悉くは邪魔されている」

「加えて変な喋り方をするなァ。あァいやァ、オレも他人のこととやかく言えねェんだけどよォ。……一人で来た、ってェのはよォ、もしやオレを殺せるとか思ってェのことだったりするのかァ? そんななりで、気配も感じねェけど、高位輝術師だったりするのかよォ」

 

 声の言う通り、奴さんもおかしな喋り方だった。

 いや、多分歯の何本かが無いか──頬に穴が開いているか。そういう類の「おかしさ」だ。

 

「その問いには後で答えてやるが、一つ。お前一人か?」

「ん、あァ。こりゃオレの独断だからなァ。お頭からァは関わるな、ってェ言われたんだけどよォ、どうにも収まりがつかなくてさァ、出て来ちまったわァ」

「健康的だな。衝動は押し殺す方が身体に毒だ」

「へェ、物分かりがいいじゃねェかよォ。……ガキにしとくにゃ勿体ねェなァ。もちっと……あと十も歳取りゃ、いいカンジのねェちゃんになってただろォに、勿体ねェなァ」

「子供は嫌いか?」

「ソソられねェよォ。世の中にゃそういう趣味の奴もいるみてェだが、オレは胸と尻のでけェ女が好きだァね。あと背丈もだァ」

「成程、美女と踊るのが趣味だったか。それは申し訳ないな。──代わりと言っては何だが、美女にも劣らぬ美酒に興味はないか?」

「あァ?」

 

 穢れは感じない。というより、確実に輝術師。

 独断専行をしたのは下っ端だからではなくそれだけの実力があるから。その「お頭」とやらが本気で止めなかったのも、もしそれで殺せるのならそれでもいい、と考えたから、かね。

 

 リベンジマッチだ。

 加えて、前哨戦でもある。

 

 振り返る。

 そこには……包帯塗れの男が一人、立っていた。いや、男かどうかはわからない。身体的特徴となるものが悉く削られているように見える。

 

「へェ……顔だきゃァ、良いじゃねェの」

「今から幼女趣味に目覚めるか?」

「いや、だがその切れ長の……釣り目はァ、嫌いじゃねェ。オレがこの世で一番嫌いな顔を思い出す」

「会ってみたくなった。そいつは誰だ」

「お頭さァ。だが、会ってみてェってのは叶わねェさなァ」

「まぁそうか。ここで死ぬものな」

「へェ、物分かりがいいじゃねェか」

 

 腰の鋸を抜いて、男に向ける。

 

「お前を殺さばお前達の組織への足掛かりがなくなってしまう。悲しい事だが、仕方あるまいさ。生け捕りにするほどの技術を有していないのでな」

「お前が死ぬってェ話だよォ、ガキィ」

 

 刹那である。直後ですらない刹那。

 折居(ジェァジュ)を思わせる速度で接近して来た男の、その心臓に。

 

 くぎ抜きを突き刺す。

 

「──!?」

「どうせ速度では敵わんからな。突っ込んでくるのを待った方がいい。……このやり方で私に負けたのはお前で二人目だ。記念に名を教えてくれ、輝術師」

 

 またも物凄い速度で離れはしたけど、確実に心臓まで貫いているくぎ抜きの傷は……もう治りはしない。

 成り済まし、ではなかったということかね。ちゃんと動く心臓も、ちゃんと見えている肋骨も。

 

「カ……ァ……!」

「心臓に傷を負っても死なないか。流石は輝術師、耐久性能に優れるな」

「……あァ。……あァ~……ハ。ハハハ……」

 

 初めは胸を押さえていた男。けれど次第にそれをやめた。

 零れる血をそのままに……包帯で覆われた顔を、口を、にたァと歪める。

 

「名。教えてくれや、高位輝術師の嬢ちゃんよォ」

「祆蘭だ。ただの平民だがな」

「──オレは、馮河(フォンヴェア)だ」

 

 名乗りは背後から。

 声は……鋸で引き裂いた、首から。

 

 ずるり、と。私に返り血をかける間もなく崩れ落ちる男、馮河。

 そのまま広がっていく血液と消えて行く生命の鼓動が、男の死を確定させていく。

 

「邪魔、されないのですか?」

「そのためにけしかけたのだろう? 私としても興味はあるさ。どちらになるか、なんてな」

「殺人に忌避がないのですね」

 

 瞬きのあと、馮河の隣には着物の女性がいた。

 こういうのを高位輝術師というのだ。私なんかじゃない。

 

「肉は今傷つけた。が、骨は避けた。最近の連続殺人もそういうことなのだろう? 背中から心臓を一刺しにして、骨は傷つけない。あとで回収して使うためだ。……ただ、人格は、塗り固めた肉のものになるのかな」

「ええ。穢れに侵されても、それをものともしない新人類。素敵でしょう?」

「……ああ、そういう」

 

 そういうコンセプトか。

 成程、初めから生物でないのなら……その上でちゃんと動くのなら。

 肉が穢れに侵されようと、関係ないわけだ。……いやホント、誰も彼もが世界から出たいわけじゃない、っていうのを痛感させられるなぁ。

 

「お前が"お頭"で合っているか?」

「いえ、私はお頭様の部下に過ぎませんよ。ただ……そうですね。お酒、楽しまれなかったのですか、とだけ」

「なんだ、毒でも仕込んだか」

「そんなものを仕込めば黒根君の付き人に気付かれてしまいますよ。あれは純粋なお酒です。ただし、赤積君の差し入れではなく、お頭様からのものでして」

 

 遺体が持ち上げられる。

 いいや、周囲の血液までもが、だ。痕跡を残す気は一切ないらしい。

 

「最後に一つだけでしたら、なんであれお答えいたしますよ。迷惑代と考えていただければ」

「お前達に智を齎したものは、華胥の一族ではなく楽土より帰りし神子だな」

「……ふふ。疑問ではなく断定ですか。ええ、そうです。ただ……玻璃様やあなたとは同郷ではないようですが」

「充分だ。行け」

「では、失礼いたします」

 

 消える。どういう手段かは知らんが、消えた。

 

 ……ま、確認が取れただけ充分だな、本当に。

 赤州に巣食う奴らの首魁、お頭様。そいつ自身がそうであるかどうかは知らんが、楽土より帰りし神子。だから"(とこしなえ)の命"やらなにやらの発想が「この世界らしく」なかったんだ。外部から持ち込まれたアイデアだというのなら納得も行こうというもの。

 

 赤州に巣食う何者かの尖兵。

 世界を救う一助であると考えるのなら、まぁ、良い前哨戦だったのだろう。

 

 なんせ、無傷だからな。

 

「ん……トンカチと鋸の血まで持っていかれたか。徹底しているな」

「あのねぇ。……あの結衣が珍しく回した気遣いを無視して、あなたは何をやっているのよ……」

 

 声と共に降りてくるは、桃湯。……少し顔が赤い。鬼に酒が効くのは、本当にどの鬼でもそうなんだな。

 しかし……ふぅん。

 

「……なによ」

「いや、私が作った旗袍を着てくれているのだな、と」

「温泉に入ったあとだもの。……鬼の身体では大して違いはないとしても、気分的に着物は暑い。そうでしょう?」

 

 黒い旗袍。気に入ってくれているようで何よりだ。

 ちなみにちゃんとスリットが入っているので、湯上りだと割と扇情的である……というのは、まぁ言わないでおこう。結衣が言って勝手に怒られてくれるだろうさ。

 

「桃湯。帝となりても、敵は多そうだぞ」

「……ええ。理解のない人間が、敵となるのでしょうから」

「理解があっても、世界の外には出たくない、というやつらもいるやもしれん。そういうのに対してはどう動く?」

「我が道を。私もあなたも……説き伏せるのも捻じ伏せるのも、得意でしょう?」

 

 では、狼煙を上げようか。

 世界に対する宣戦布告をするのだから。

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