女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十三話「回転抽選機」

 やっぱり、青宮城だけじゃない。

 条件が城なのか雲の上なのかはわからないけれど、明らかに怪我の治りが早い。

 祭唄や夜雀にはそういう感覚がないというあたりから考えつくのは、私の肉体の話。

 楽土より帰りし神子だから、ではなく。

 

 平民……同一因子だから、だったりするか?

 

「しっかしお主、病み上がりだろうに。加えて……死体は見慣れている、と言ってものぅ」

「死体を見にきたというより幽鬼を探しに来たのだがな。お前は連続殺人犯から私を守る者、だ。背後から心臓を一突きできるということは、どのような体格の人物であっても正確に心臓の位置と肋骨の位置を把握できるやつ。凄まじいまでの手練れ暗殺者でもなければ、十中八九輝術師だ。それくらいなら倒せるだろう、あんたにもさ」

「無論、普段より気を張り詰めようぞ。……しかし、そうか……死んだか」

「それ含めて調べるためにここにいるんだよ、赤積君。っと……おい、どっかにいるんだろう、笈溌。頼んでいたアレを寄越せ」

 

 言葉に返しは無い。

 ただ、酒瓶が一つ、地面からせり上がって来た。……なんかメモ付きで。

 

「なんて書いてある?」

「む、ああ、お主は字が読めぬのだったか。……"協力関係になる気はない。これが最後だ。使い終わったら地面に蒔け。勝手に潜る"だそうだ」

「充分だ」

 

 酒瓶の中を見る。

 その中に詰まっているのは──赤黒い、小さな虫。

 

「……えっと、それ、なに?」

「何を引いているんだ結衣、お前の蝕も似たようなものだろう」

「一緒にしないでくれるかしら。私の蝕はそんなに大きくないわよ!!」

 

 怒るのそこなんだ。

 

「人払いは?」

「充分に。……だが、何をする気なのかを先に」

「ならこの棺に結界を張れ。中のものを出さぬための結界を」

「……はぁ。ほい」

 

 固定の輝術が棺を囲む。

 ここは尸體處(シーティチュ)。赤宮廷の尸體處だ。

 本来赤宮廷の外で死んだ死体はここに安置されることはないが、赤積君の友人であることや、一連の事件に関係があるかもしれない、ということで特別措置を取ってもらった。

 その上で赤積君立ち合いのもと、結衣も呼び出しての──検死、である。

 

 焼死体。私に検死の技術など存在しないけど、別方面の知識ならある。

 それが、これ。

 

「この虫は腹白皮科蟲(フーバイビーゲァチョン)と言ってな。まー馴染みないだろうが、平民にとっては隣人のようなものさ」

皮科蟲(ビーゲァチョン)……は、確か、布を食う虫だったか」

「ほぉ、貴族も貴族な州君のくせに、と言おうとしたが、そうか。お前は神子であることが発覚してからもずっと逃げ回っていたのだったな」

 

 結界の中にその赤黒い虫を撒いていく。

 それらは瞬く間に死体へと群がり……焼けてへばりついた肉片を食みはじめた。

 ……地球にいたハラジロカツオブシムシより食事の速度が早いな。天染峰ゆえか、それとも笈溌の調教ゆえか。

 みるみるうちに……赤積君や結衣が口を挟む隙も無いままに、酒瓶へと敷き詰められていた蟲が焼けた肉片を食い尽くしていく。

 

「こういう虫もいるのね」

「ぬ……む?」

「どうした、赤積君。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 食い尽くされて行く。

 事故や不審火で焼かれた、とは思えない──「故意に燃やされた」、あるいは「爆発を受けた」とでも言うべき肉片は、次第に。

 

 骸骨の姿を、取り戻した。

 

「赤積君、固定輝術を解いてくれ」

「……」

「おい」

「……。……こいつは……駿莫(ジュンムォ)では、ないぞ……?」

 

 駿莫。それが象棋打ちの名前らしい。

 けれど……ああ、そうだ。生前のそいつの輝絵だというものを見た時に違和感を覚え、焼死体を見て確信に変わった。

 

 こいつは、違う。

 

「うそ、この足の形……匠樹(ジァンシュ)?」

「ああ……間違いない。儂は駿莫の指の長さを覚えておる。背丈も、その背の曲がり具合も。そして何より……匠樹の姿も、覚えておる」

「でも彼は、死んだ。幽鬼となったのだから……そしてあの時、消えた。それも見たわ」

「だから言い訳に来たんだよ、笈溌が」

 

 俺達は関係ない、ってな。

 そう──。

 

「死体。それも骨に肉を被せる成り済まし。笈溌たちのは、肉に土を被せる成り済ましだった。その繋がりを考えないよう、自分たちから釘を刺しに来た。……"(とこしなえ)の命"といい骨が肉を被る成り済ましといい、こちらの方が遥かに完成度が高い。その事実を認めた上で、自分たちではない、と」

「……今まで儂が会っていた駿莫は……匠樹の骨を使っていた、誰かであった、と? 指の長さや姿勢まで……」

「知らん。その辺は全部お前が調べろ州君。だが今、事実だけがここにある」

 

 結衣が結界に触れる。壊れるその結界に、調教された虫たちが次々と地面へ潜り帰っていく。

 

「すぐに光写處(グァンシェチュ)の者を問い詰める。あの輝絵を作った者が手を引いている可能性が出てきた」

「……この骨、貰ってもいいかしら」

「なんだ、霊廟にでも飾るのか?」

「しないわよ、そんなこと。……砕いて海に流すの。今代の赤積君。匠樹は、従来の葬法通り……土葬された。そうでしょ?」

「むぅ……その、はずだ」

「つまり墓荒らしがいる。この骨は貰っていくわ。輝術師はもう信用できないから」

「……そう、だな」

 

 匠樹。赤積君の元付き人にして、幽鬼との戦いで足をやり、さらには人身売買組織であった灯濫会に売られ、そのまま死した青年。

 生前に付き合いのあった結衣に少なくない想いを抱かれていて……だから。

 

 そんなものに手を出したのか、と見るか。

 そうとわかっていて手を出したのか、と見るか。

 

 ……楽観視は、難しいな。

 元、帝のいる州・赤州。

 だから当然、過去の御史處はここにも設置されていたはずだ。

 

 黄州はそれを真似て、あるいは盗用して今の騒ぎを起こしているのだと考えれば……。

 

「……まさか」

 

 情報伝達で忙しそうな赤積君に断りを入れることなく、他の棺へと近づく。

 彼が気付いた時にはもう遅い。もう釘抜きで棺の釘を抜き終わったあとだ。

 

「何をして──……っ!?」

「……全部、か?」

 

 すぐに精査が為される。そして蒼白の表情となる赤積君。

 全部だ。

 

 この棺は、からっぽ。

 恐らく他の棺も。

 

「赤積君、結衣。お前達は先ほどの焼死体に違和感を覚えたか?」

「いいえ」

「いや……」

「つまり鬼でも州君ほどの輝術師でも気付けない成り済まし、ということだ。従来の方法……いや、笈溌が再現した方法ならば、体表面に土が纏わりついていないか、程度で調べることは可能だった。だが、この……骨に肉を纏わりつかせる、という成り済ましは──気付けない」

 

 誰が誰になっていても。

 誰が誰でなくなっていても。

 

「恐らく本来作りたかった成り済ましはこっちなのだろうな。だが、こちらも再現できなくて断念した。骨に肉を纏わりつかせたものを動かせなかったのだろう。……"(とこしなえ)の命"といいこれといい、穢れの増幅を目的に動いている勢力とは別に、本当に暗躍をしているやつらが赤州にはまだいた、ということだ」

「参ったのぅ……これは、どう調べればいい。誰がそうで、誰がそうでないかの精査は……どう行えばいいのだ」

「怪しい奴全部殺せば?」

「……そうは行かぬ。輝術に治癒はない。間違っていたら……取り返しがつかぬ」

「だったらこの子に見てもらうとか。輝絵の時点で気付いてたんでしょ? 確信したのはここに来てから、でしょうけど」

「見覚えのある骨格だった、というだけだ。本来の姿を知らねばわからん」

「なら」

 

 なら、と。

 少し……輝きを取り戻した目で、結衣は私に寄ってくる。

 

「作りなさいよ。あなたのそれ、よくわからないけど、なんとかできるんでしょ?」

「いや、あくまで推理の材料となるだけで……」

「誰が誰なのか、誰が誰でないのか、は推理じゃないの?」

「それは識別であってだな……」

 

 けれど今、ぞっとする考えが浮かんだ。

 もし私の「符合の呼応」が……想像以上に世界へと働きかけるものであるのなら。

 

「何か、思いついたのね?」

「やりようがあるというのか、娘子」

 

 赤州に関係のある鬼と州君。その双方から縋られて……ああ。

 だけど、責任など取れるはずがない。これが私の能力であると声高らかに言えるのならばともかく、なぜ私が「符合の呼応」などというものを起こせるのかはわからないのだから。

 ……それでも、事態が急を要することくらいは、わかる。

 

 連続殺人も同じだろう。多分平民の誰か、あの繁華街の誰かが誰かになっていて、至極当然の顔をして人を殺しまわっているのだ。

 摂理とは言うが、未練とは言うが。

 無差別殺人に関しては、別だろう。

 

「要検証だ。それでもいいなら」

「今は藁にでも縋る。……頼む」

「あ、でも。今代の赤積君。もし間違っていたとして、この子を責めちゃダメよ」

「それは当然だが……また、妙に娘子の肩を持つな、鬼」

「だってこの子はグ……じゃなくて、桃湯のお気に入りだもの! 身体的だろうと精神的だろうと、傷つけたら怒られるわ! 私が!」

 

 作る。

 作る、か。

 

 ……これから作るものへの手の震えはある。他者の命運を決めるやもしれぬものが、そんなもので、という震えが。

 けれど……。

 

 

 怪我人。病み上がり。それは全く以てそうだ。その通りだ。

 だけど作る。だからいつも通り祭唄と夜雀に手伝ってもらう。……こういう時こそペダルグラインダーが欲しかったけど、無いので鑢でやるしかないだろう。

 それに……ペダルグラインダーも「符合の呼応」だったのだろうな、と。最近は思うようになって来た。龍運(ロンユン)の言葉と「符合の呼応」を組み合わせると、彼は私の力を……なんと言えば良いか、"私側"の人間だったのではないか、と。

 つまり、足踏みを早めることで、回すものの速度も上げる、という……「事象の呼応」にあまりに合致したものだから。

 

「小祆、斬ったけど……大丈夫? やっぱり痛む?」

「ん、ああ、大丈夫だ」

 

 いつも通り鋸で木を切ろうとしたら、夜雀が買って出てくれた。恥骨の粉砕骨折は大怪我だ、とか言って。

 ……治りつつあるんだけどな。

 

 やってもらったのは、一辺が三十厘米(cm)の正八角形、その木板を二枚製作。祭唄にはそれら二つを繋げる八枚の板を作ってもらった。

 また、木板の中心に軸穴の作成もしておいてもらう。楓の木は赤宮廷の周囲にこれでもかと群生していたので、それを頂いた。ちゃんと許可は取ってある。

 

「何を作ろうと……」

「黙っていて。あの子の邪魔をしないで」

「む、むう」

「……祆蘭。あの鬼、かなり協力的だけど……なんで?」

「いや、なんか……私のモノ作りに関してだけは、尊敬されているというか、なんというか」

 

 そう、今回はいつもと違ってギャラリーがいる。それもたくさん。

 新帝同盟の面々……顔を隠さねばならん奴も仮面なりなんなりをつけて、付き人見習い三人娘も安静にしていなきゃいけないやつまでこっちに来ている。

 赤積君と結衣もだ。結衣は既に匠樹の遺骸を砕いて海に流してきたらしい。

 

 材料は赤積君持ちということで、気兼ねなく消費していく。いやまぁ青宮城でも気兼ねなく消費していたのだけど。

 もう慣れっこになった、と言っても過言ではない軸受けづくり。二人も手慣れたもので、ボールジョイントの木目をこちらから指示せずとも理解して作り終えていてくれた。……完全に助手だな。

 

 少々細かい作業にはなるけど、小さな直方体の容器を作る。天板はわざと直方体よりも大きくし、しっかりと釘で打ち止める。直方体の天板となる部分は切り落として、これで簡単には外れない容器の出来上がり。さらに短辺の片側に細く短い軸と軸受けを打ち付け、その軸に直方体の高さとほぼ同一になるような板を括りつける。

 とりあえずこのパーツはここで終わり。次の作業へ。

 

 祭唄と夜雀に作ってもらった八角形の角柱。一度天板を開き、その一面だけに長方形を開く。コツコツと鑿で穴を……開けようとしたら、ここは祭唄がやってくれた。二人とも気を遣い過ぎじゃないか?

 まぁ図面通りの作業だ、頭が下がるばかりだけど……いや、いいか。

 その長方形を描いた面に、先程作ったパーツを取り付ける。くるくる回る板は長方形の中に入れるよう調整しつつ、ズレやおかしな摩擦の無いようにする。このパーツを閉じ込める形になっていればOK。さらにくるくる回るパーツの隣面にはハの字を描くような小さな板を取り付ける。

 回るパーツと角柱の側面を通るよう竹の皮と竹で作った蓋を作成。これは簡単に抜き取れるようにする。ただの蓋だからな。

 ……一応形にはなった。動作確認は後でしかできないから、一応完成にする。

 

 後はこの八角柱を浮かせるための脚を作る。この辺りも手慣れたもので、図面を引いたら一瞬で作ってくれた。

 この足に軸を通して、と。

 さらに軸に取っ手をつけて、と。

 

 さらにさらに、脚と脚を繋ぎ、さらには全体を安定させる板を設置。ここに受け皿を作り、薄いクレーター状のへこみも作っておく。

 

 ……よし。

 あとは──球体づくり、である。

 

「これで良いか」

「……ああ」

「む。なぜ不満そうなのだ」

「いや……球体づくりは鑢でやるべきだと心構えをしていたから、そう簡単に生成されると、少しな」

 

 真っ黒な木の球体。

 これの製作は一日くらいはかかると思っていた。でもそうだったね、生成があるんだったね。

 

 ……まぁ、これで。

 一つだけに白を塗って、それを完璧に乾かして。

 八角柱の中に全てを入れたら──完成だ。

 

「終わりか?」

「一応、な。……再三言う。私のこれは……あくまで推理のための道具だ。人の命運を決めるためのものじゃない」

「……」

「赤州にも占師(ヂャンシー)はいるのだろう? これとそいつを併用運用することを勧める。……()()()()()で、人の命が損なわれるのは……なんというか、耐えん」

「ごちゃごちゃ言ってないで、試してみればいいじゃない。あの人間、まだ捕まえたままなんでしょ? で、どう使うの?」

 

 本気で人間の命の重みなど感じていないからだろう、結衣は明るい調子で寄ってきた。

 だから、使い方を教える。力を籠めすぎるな、と言い含めながら。

 

「回せばいいの? ええ、わかったわ」

 

 取っ手を掴み、八角柱を回す結衣。ガラガラと音が鳴って……しばらくすると、黒い球体が出て来た。

 はずれ。……私の考え通りなら、これでいい。

 

「……これで終わり?」

「ああ。そうだな、壊されんよう固定の輝術をかけた上で、折居(ジェァジュ)にも回してもらうか」

「よくわからないけど、動作確認? は成功みたい?」

「ん、ありがとう、結衣」

 

 礼を言って。

 実験、である。

 

 

 果たして──成功、してしまった。

 

「ほほ、ほ……この老骨に……何をさせるかと思えば。……ワシにからくりを使わせる、とは。……意趣返し、かの?」

「……白しか出ない、な」

「ああ。入れていない時は一つも出て来ない」

「そんなことがあり得るの……?」

 

 諦めるしかないだろう。

 ラジオメーターの時からそうだったけど、多分もう私は……そっちに寄っている。

 

「娘子。これは、儂が複製しても効果を保つものか?」

「わからん。……わからん。何も」

「何を落ち込んでおるのだ。これがあれば、わかるのだぞ」

 

 何が分かるのか。

 あたりか、はずれか、か?

 

 それで……人が殺されるのか?

 

 臓器籤より酷い思考実験だ。加えてそれが、当然のように。

 

 リセットしろ。フラットに考えろ。

 あくまで占師と併用しろ、と言った。そうだ、それがある。もし食い違う結果が出たのなら、あんなものは破棄されたらいい。

 私は推理素人で、輝術など使えない平民で。

 

 ……だが、じゃあ、なぜ……あんなものを、思いついたのか。

 他にいくらでもあっただろうに。頭に浮かんだものが、なぜ。

 

()()()()()()()()()()()?」

「……!」

「前に言っていたじゃない。それにしても、あなたが二千年前にいてくれたらどんなに良かったか……って痛っ!?」

 

 べんっと結衣の唇が跳ねる。

 桃湯だ。多分今の言葉も聞くべきでない者が聞かないように調整してくれたな。

 

「あ、あー。そ、そうね。迂闊だったわ。……それより今代の赤積君、それ、早速輝絵を作ったやつとか、尸體處のやつらに回させましょ。どんな結果が出るか楽しみね!」

「楽しみかどうかは知らぬが、調査は捗るであろうな」

「なら、そっちはそっちでやって。祆蘭、気分が悪いみたいだから、また病室に戻す。良い?」

「む、そうか? ならそれは頼もう」

「うん」

 

 察してくれたのか。

 

 祭唄が私を浮かせる。

 そうして、この場から逃げるようにして、赤塞城へと戻っていく。

 追従するのは二人。夜雀と──桃湯、だ。

 

「祆蘭のせいじゃない。作れと命じたのも頼み込んだのもあの二人。だからそう気負わなくていい」

「そーだよ、小祆。というかあの鬼の感じからして、小祆がアレを作ってなかったら……」

「大虐殺が起きていたでしょうね。結衣、匠樹という人間を利用されたことに甚く怒っていたから」

「そーそー……って、ひゃぁ!?」

 

 途中まで同調していた夜雀は、けれど素っ頓狂な声を上げて飛び退く。飛び退いて、祭唄の後へ回る。

 

「今更。桃湯は鬼だけど、理性がある。それに、正直夜雀の魂なんて」

「よくわかっているじゃない。ええ、その子の魂なんて塵灰同然。食べてもおいしくなさそうだし、特段何をするということもないわ」

「ぜ、全然安心できる言葉じゃない……」

 

 そうか。

 そう、だな。あのままの結衣なら……赤宮廷全てを滅ぼしていてもおかしくなかった、か。

 

 ……はぁ、こういうことでくよくよするタイプじゃないんだがなぁ。

 

「祆蘭。そんなことより、よ。気付いているのでしょう?」

「お前は休ませてはくれないんだな、桃湯」

「ええ、一刻を争うと考えているもの」

 

 気付いている。

 そうさ、気付いている。

 

「そもそもなぜ、駿莫という者が現れたのか。赤積君が悪夢を見ていた理由は……まぁなんだ、駿莫との対局中に出された茶菓子か何かにそういった作用の薬が入っていたのだとして」

「赤と黒の空。死に合う人々。そして、ここで突然出てきた"本物"たち。……あなたの言う通り、八千年を生きてきて、私は知らないことばかり。今わかっている敵が二ついて、そのどちらもがより深く世界を知る者であるのなら、こちらもずっと後手では……最悪間に合わない」

 

 陽弥と玻璃を引き入れた時点でチェックメイトだと思ったのだがなぁ。

 ……そうだ。なぜ駿莫という者が現れたのか。赤積君を動揺させたかったからか。彼の暗殺を目論むのなら、それこそ茶菓子なりなんなりに毒でも混ぜたら済む話だ。

 わざわざ迂遠な手法を取った意味は、なんだ。そしてなぜ駿莫を殺した。折居の罪に仕立て上げる必要があった? それとも、そんなことを折居がした、という事実で赤積君をさらに揺さぶる気だった?

 

「祭唄、次の天遷逢まで、あとどれくらいだ」

「三つ月くらい」

「あと三()月で……色々整えて、世界を……」

「あ……えっと、これ……私聞いて良い話?」

「大丈夫よ。大事なことはぼかしているから」

「そ、そうなんだ! あ、あはは……」

 

 鍵となるのは、まだ見つけていない華胥の一族、か?

 

 ──(チー)(ヂュ)か。…あれらがどこにいるかは、正直わからんな。

 ──媧、ようやく機嫌を直したのかい。祆蘭が話を聞いてくれなかったからって──。

 ──うるさいぞ役立たず。喋るのならば意見を出せ。お前は知らないのか、あの二つがどこにいるのか。

 ──知らないねえ。でも私や媧と違って他者を介さずともいいわけだから、伏や顕のようにどこかにいるんじゃないかな。普通に暮らしていそうなものだよね。

 

 ……伏への伝達はできるのに、他のやつらには無理なのか。

 

 ──聞かれているぞ役立たず。

 ──やれやれ。これでも一応試してはいるんだけどね。応答なし、というやつだ。いなくなったわけではなさそうなのが、なんとも。

 

 使えんなぁ。

 

「そういえば桃湯、今いる鬼を全て、という話はどうだったんだ。結局何体……」

「祆蘭。それこそ夜雀が聞くべきではない話。聞くのなら、全てを明かしてからでないと」

「え……っと、その……二人がやってることってさ」

「ん」

「小祆が、傷つくこと?」

 

 だから、間髪入れずに答える。

 

「違──」

「ええ、そうよ。この子だけがどんどん傷ついていくこと」

 

 ……──。

 

「賢者を、智者を集めて話し合えば、上手く行かなかった部分は全て上手くいく。ええ、あなたの考えに賛同するわ。だからこそ気に入らなかったのよね。……あなた、周囲の存在を見下し過ぎでしょう。この子を引き入れないのは、この子が頼りないから。今でさえ嘘を吐いてこの子を遠ざけようとした。私や結衣がいるようなところには行きたくない。その心理を利用して」

「……小祆、私って、頼りない?」

()()

 

 言い切る。濁さない。おかしな希望を持たせない。

 

「夜雀。お前は弱いよ。だから、怖い。人間を殺すことに今更抵抗など無いが、友を殺すのは今でも怖い。なまじ距離が近くなってしまったからこそ、怖い」

「強く──」

「強くなるとか、そういう話じゃない。強いかどうかの話だ。直感でわかる。……お前は耐えられない。おかしくなる。気付く兆候が一切見られない。これだけ長い間私と共にいるのに、私からの影響を受けていない。……無駄死には栄誉じゃないよ、夜雀」

 

 文字への気付き。世界の真実。己という存在の不確かさ。

 これらに祭唄が耐えることができたのは、奇跡なんだ。……私が向こう見ずで、祭唄が己を嫌っていた。だからこそ叶った奇跡。

 自身の境遇や周囲の人間を好いている夜雀には……耐えられないと、わかる。

 

 これは拒絶だ。

 私からの、ささやかなる、心からの拒絶。

 この世で得た友人への贈り物。

 

「どうしても知りたいというのなら、……家族に相談してからにしてくれ。私から切り出した話ですまないのは重々承知しているがな。大事なことだ」

「うん。姉妹やご両親と相談した方が良い。誰かを守って死ぬ覚悟は、要人護衛として持っていると思う。けど、ただただ耐えられなくて死ぬ覚悟はない。そうでしょ?」

 

 夜雀は。

 ……苦く、笑う。

 

「うん。……私にそんな覚悟はない。……そうだね。青州に帰って、色々相談してから……決める。だから……私、先に戻ってるね。三人はゆっくり話しながら来て」

 

 正常だよ。そっちの方が、確実にな。

 

 

 

 本当に。

 

「とんだ温泉旅行になってしまったな」

「……ん」

「あなたたち、そんなことをしに来ていたの? 呑気なものね」

 

 まぁなぁ。

 だって青宮城から追い出されたんだもんなぁ。

 

「それで、把握できた鬼の数は?」

「五百そこらね。……かなり少ないわ」

「五千年前の……天を破らんとした時は、どれくらいいたんだ」

「一万はくだらなかった」

「成程、確かにかなり少ないな」

 

 穢れが足りない、というのも納得だし、戦力も……。

 

 私の策に穢れは必要ないにしても。

 失敗した時にまたシュレーディンガーをやるなら、穢れがあるに越したことはない。

 

「問題は、現帝陣営の胴。陽弥を省いた奴らの目的と、本物をこさえている奴らの目的。そのどちらもがわからんこと、か」

「そうねぇ。あの方や陽弥、奔迹(ベンジー)濁戒(ヂュオジェ)、今潮……あとは私の派閥にいる鬼たちも交えて色々な意見交換をしている最中だけど、正直どうにも話がまとまらなくて」

「いざとなれば私がやるさ。鬼を従えるのは得意分野だからな」

「そういう話ではないと分かっていて言っているのでしょう?」

「ああ。……実際、どうするかね。……"(とこしなえ)の命"は?」

「音に包んで保管してあるわ。たとえ州君でも取り出せはしない」

 

 鍵はそれだ。

 直感が告げている。

 

「祆蘭。私に考えがある」

「ん、なんだ。言ってみてくれ」

「かなり危ない方法。正直、私が提示するのは……おかしいと、自分でも思う方法」

「今は何でもいい。教えてくれ、祭唄」

「ん」

 

 彼女の口が開く。

 それをじっと見つめるは私と桃湯。桃湯もまた、何が飛び出してくるのかと構えている。

 

「その……勝てばいい、と思う。とりあえず、何をするにしても、初めに帝になっておくべき。だから──青清君も、玻璃も、場合によっては赤積君も打ち果たして、祆蘭が帝であることを全州に知らしめる」

「危険どころの騒ぎではないけれど……」

「わかってる。わかっている。わかっていて言っている。……でも、必要なことだと思う」

 

 いつか私は、語ったはずだ。

 赤積君に──縄張り争いの話を。

 

「何をするにしても、女帝にはならないと。今のままの祆蘭じゃ、立場が弱すぎる」

「……桃湯」

「ええ、祭唄の戦闘訓練に、あなたも混ぜてあげる」

「そうか。……ならなおさら、此度の事件を早急に解決せねばな」

 

 すまんな、鈴李。

 その席は──私のものだよ。

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