女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十二話「将」

 ──代われ。

 ──代われ。

 ──今回ばかりは善意だ。

 ──代われ。分が悪すぎる。死ぬぞ。

 

 ずっと響いていた声。

 頭の中で騒ぎ続けていたその声に、抗う。

 

 別にあの影の囁きに惑わされているわけじゃない。

 誰もが誰かのためを思って言葉を繰るわけではない、なんて。そんなことは知っている。

 同時に信用していないわけでもない。媧が心を開いたのかなんなのかは知らないけど、ダイレクトに心配が伝わってくる。怒りと焦燥が響いてくる。だから、信じていないわけでもない。

 

 けれど、代わってはいけない。

 私はまだ祆蘭でいなければいけない。

 私は──鬼となるべきではない。少なくとも、今はまだ。

 

「ほほほ! 三十年と前の勇迅(ヨンシュン)であれば、避けられていた蹴りだのぅ! 耄碌したのはワシだけではなさそうじゃわい!」

「ブァッハッハッハ! 抜かせ、腰抜け爺が。儂はまともに老いただけ。お主のように……兎が如く飛び跳ねる爺がどこにおる!」

 

 時間の感覚は掴めない。痛みと嚥下反射がずっとあって、それ以外にも骨折やら出血やらでどうにかなりそうだ。

 あの二人は、ずっと。ああやって……本気の殺し合いをしている。そう見える。だけど……時間だけが過ぎて行っているようにさえ感じられるほど、どちらにも致命打が入らない。

 

 左腕は……動かない。左足も動きそうにない。

 右腕は動くけれど、動かそうとすると裂けた腹に痛みが走る。右足も同様。

 

 このまま何もしなければ、失血死で死ぬだろう。

 喉にある"(とこしなえ)の命"を吐いてしまえば、隙を突いて折居(ジェァジュ)がこれを奪取し、全ての意味がなくなるだろう。

 

 ──代われ。

 ──せめて痛みだけでも代替わりしてやる。

 ──もう休め。限界を超過している。

 ──燧、お前も説得しろ! 私では……私の言葉が信じられないというのは、わかる。だがこれは!

 

 閉じかけていた目を、ゆっくりと開いていく。

 痛みを忘れさせるために出ているのだろうアドレナリンを、無理矢理殺していく。

 

 眠るな。気絶するな。けれどハイにはなるな。

 痛みを以て意識と為せ。私は……私は、そのために在らねばならぬ。

 

 まともに動く右脚に力を入れる。膝を立てる。

 どろどろと零れ落ちる赤は、まぁ、今は良い。やろうがやるまいが死ぬのなら。動かないことでその死期が少しばかり遅くなる程度なら。

 

 今……縮めて、やるべきことをやった方が、益だ。

 

「な……ん、ど……」

 

 激しい攻防を繰り広げる二人をよそに、右膝だけで這っていく。

 その姿はさながらゾンビか、グールか。

 どちらにも気付かれていないのだろう。見咎められていない。何もできないと思われているのだろうから。

 

 六角返し。ケイジドガラス。そして、鳳凰の編み人形。

 もしかしたらもう呼応しているのかもしれないけれど、未だ私が意味を取り出すことのできていない三つ。

 

 編み人形は、ヤシの葉を二枚重ねているから、二つで一つ……"(とこしなえ)の命"と理性無き鬼のことかとも思った。けれどそれでは意味が被る。

 二つで一つとなって鳳凰となるのならともかく、"(とこしなえ)の命"だけで鳳凰の意味を取り出せてしまえるから。

 

 だから、違う。

 取り出すべきはそれじゃない。であれば……この三つの共通項を取り出すべきだった。

 リセットはするべきだった。フラットに考えるべきだった。

 推理素人は戦闘素人でもあるのだから、もっと簡単に考えるべきだったのだ。

 

「で、も……」

 

 手を、触れる。

 それは壁。それは手足。人形の球体関節で作られた、巨大で巨大な壁の表面。

 

 さぁ、正念場だ。

 気付かれずに、どこまでやれるか──それが。

 

 気付けば果てしない蒼穹の下にいた。

 気付けばどこまでも広がる草原に立って──いない。

 

 視界の半分を持っていかれているけれど、私の意識はまだここにある。

 

「抗うな! 私に引き摺り込まれる程度には危ういとわからないか!」

「……邪魔をするなよ、媧」

「っ……!」

「おや、怖い怖い。媧よりよっぽど鬼子母神だね、今の君は」

 

 この世に楽土などない。

 魂はただ消えるだけ。次を目指す魂だけが、光の粒となりて別を目指す。

 この世に楽土などないのだ。では、お前達は、私の魂を通じてどこへ行った。どこへ消えた。

 

 ああ、鬼よ。鬼の壁よ。

 幽鬼の集合体として生まれ出でた、信念なき鬼よ。

 

「私も、また……其と、同じ道を、辿る……もの、なれば」

 

 浸すは魂。飲み込むは魂。千切り、奪い、食い破り。

 鬼とされたナニカから、その霊魂を()()()()

 

「『灰翼(はいつばさ)……(はな)()れども夢現(ゆめうつつ)……輪生葉(りんせいば)とも鳥雲(とりくも)()る……』」

 

 さらさらと、ぱらぱらと。

 そのカタチを保っていたチカラが消えて、砂のように落ちて行く人形。

 

「ほ……?」

「む、ぅ!?」

 

 流石に気付かれた。

 けれど遅い。もう"私"は浸透した。

 奪え。奪え奪え、消費しろ。

 意思なき内に、この世から。

 

「──よくやったわ!!」

 

 声。背後……いや、上か?

 この高い声は、結衣か。いやはやまったく、今まで何をしていたのやら。

 

「って、アナタずたぼろじゃない!? 大丈夫!?」

「……そうか、ぇほ……私が、幽鬼を……使ったから」

「ええ! 少し危なかったけど、ちゃんとしている内に私の蝕が入り込む余地ができた。……ごめんなさい、これが桃湯なら、もっと簡単にできていたのかもしれないけれど……私の蝕は、あくまで穢れを食べて生きる蟲だから」

 

 無尽蔵に湧き出る穢れが壁となるのなら、あるいはそれで囲ってしまえば、結衣は無力化される。

 劣化とはいえ"(とこしなえ)の命"。それが幾つもある空間では、なおさらに。

 

「ほ……ほっほっほ! 死にぞこないの娘さんや、何をしておるのか──のっ!」

 

 蹴り飛ばされるは赤積君の斧槍。それは回転し、私へ直撃するコースとなる……けれど。

 なんでもないことかのように、結衣にキャッチされた。

 

「……さすがに穢れ頼りの鬼ではないか」

「さっきはよくもやってくれたわね。輝術師のくせに穢れや鬼を使役していること自体気に入らないけど、何より私を閉じ込めたこと。その罪は重いわ」

「おい、鬼。儂の武器を返せ」

「イヤよ。……退いていなさい、今代の赤積君。アナタじゃアレに勝つのは無理」

「為すすべなく飲み込まれていたらしきお主が言うのか?」

「あの時はあの子に気を遣ったのよ。わからない?」

 

 沈んでいる。彼女の足元が。

 それに気付いた瞬間、消費を早めた。理解できてしまったからだ。

 

「──赤積君! げほっ、ごほ……私を守れ! 己と私を、球形の結界で!!」

 

 私に背を向けているのだから見えないはずなのに、結衣の口元がニタァと曲がったのが見えた気がした。

 赤積君は、一瞬怪訝な顔をして──けれど私の剣幕にか、すぐ隣に来てくれる。

 

「良い子ね。とっても賢い子。……だから、愚かな人間には、己の愚かさを知らしめるのよ」

 

 刹那、全てが消えた。

 

 

 轟音だけが響いている。

 ざぁざぁというノイズも混じっているかもしれない。

 

 身体の下にある地面と、隣で冷や汗をかいている赤積君。

 眼前。真白とノイズの先にいる結衣は、トリップしたかのように踊っていた。くるくると、楽しくて楽しくて仕方がない、というかのように。

 手を大きく広げ、短かったはずの髪を腰のあたりまで伸ばし、その白とも桃色とも取れる毛先を陽光に当てて踊っている。時折見える……見え隠れする表情は、この世非ざる者を辞書で引くなり図鑑に登録するなりすれば出てきそうなもの。あまりにも人間離れした、真たる鬼のもの。

 

 ノイズ……じゃない。

 これは、蝕だ。真白も違う。ただ──広範囲が、削り取られただけだ。

 

「これほどの……力を隠しておったのか」

「……かつて、全州の兵力を集めてまで討滅されるに至った鬼。……けほっ……齢たかだか二千年の、理性のぶっ飛んだ鬼。元赤積君──結衣(ジェイー)

 

 隠していたんじゃない。

 彼女なりに自重していただけだ。ほんの断片しか見せていなかったのは、近くに私がいたからだ。物量攻めが天敵なわけじゃない。穢れの壁で無力化されるわけじゃない。

 あそこまでに大きな霊廟を作って鎮められたのは、それほどの破壊を彼女が引き起こしたから。あの石碑の地面がただの土に思えなかったのは……ああ。

 

「だが、折居は死んでおらんぞ。あの爺なら、己が身は己で守り得る」

「そうだな……折角機会をやったというのに、殺し切れなかったお前の弱さのせいでな」

「……返す言葉もない。それより……お主、寝ておけ。死ぬぞ」

「煩い。私に命令するな腰抜け。……この蝕の嵐が収まった時、折居は結衣を狙ってくるだろう。今度こそ全力を以て」

「であろうなぁ」

「守れ。お前も結衣も、私にとっては必要な駒だ」

「儂には命令するのか、骨砕け」

「恩を返してもらっていないからな」

 

 喉に物体を維持する、ということにも慣れてきた。

 朦朧とする意識は未だにはっきりしないから適度に傷口を開いて痛みを得る必要があるけど、まぁ、そこは問題じゃない。

 

 問題は、この嵐が収まったあとだ。

 結衣を狙ってくるとは言ったけど、こっちに来る可能性も否めない。その場合は流石に終わりだな。

 街の一画を丸ごと使った劣化"(とこしなえ)の命"と紛い物の鬼はもういない。身一つとなった折居が何をするかは私では想像できない。

 

「赤積君……トンカチを、一つでいい。寄越せ」

「物質生成はあまり得意ではないのだがなぁ」

「いいから寄越せ。万一のためだ。一撃で砕け散っても責めることはない」

 

 はぁ、と吐かれた溜息の後、ぽとっと右手にトンカチが落ちて来る。

 ああこれだ。これがあるだけで万倍マシだ。

 

 さて、そろそろ嵐が終わる。

 トリップしていた結衣が正気を取り戻しつつあるからだ。

 

 真白とノイズ。

 収まった直後、解けるは結界。飛び出す赤積君と──交差するようにこちらへ飛んでくる、折居。

 

「読み(たが)えたか──!?」

「ちょ、馬鹿、ちゃんと守ってなさいよ!?」

 

 いいや。いいや!

 

「読み、通りだ!!」

「うん」

 

 落下する地面の切れ端。そこに突き刺さるは、月ともとれる小刀。

 ああ、そうさ。そうだろうなご老体。

 

「お前の足の指が折れていたのは、これが理由だろう!」

「……ッ、遮光鉱!!」

 

 ちゃんと折れる音がした。しっかり砕ける音がした。

 えほっと"(とこしなえ)の命"を吐き出して、放り投げる。背後に。

 

「ちょっと、投げつけないでくれるかしら。あなたの唾液やら血液やらでとんでもないことになっているし……それに、私が暗躍していることも知っているのでしょう? そんな簡単に信じていいの?」

「贈り物はしてあるからな。信じるさ、信念の鬼の誠意程度」

 

 意識を落とす。奪わせない上で、だ。

 ずっと聞こえていたさ。ずっとずっと。代われとか、諦めろとか、そういう言葉じゃなくて。

 

 ──あと少しで、全員間に合わせるから、保ちなさい。あなたが保つ限りは間に合う。そうでしょう?

 

 そんな声が、ずーっと、ずーっとな。

 

 降り立つ音が聞こえる。全員だ。

 

「ぬ……!? 陽弥の坊に、玻璃に……黒根君の付き人……?」

「ほほほ、見知った顔も多いが……見えぬというのに強大な気配もあるのぅ。……では問うてやろうか」

 

 脚の骨が折れているというのに元気なご老体が、言葉を発する。

 

「おぬしらの、名は?」

新帝同盟(シンディトンモン)

 

 ああ、くそ。

 その先の……後から思い返せばこっ恥ずかしくなりそうな口上も聞き届けてやりたかったが、限界だ。

 

 後は頼んだ。

 

 

 

 目を覚ます。……包帯ぐるぐる巻きで。

 ミイラか、マミーか。

 

「やぁおはよう、唐突な気絶専門家改め粘り強い気絶専門家クン」

「……娘よりも年下の幼子。その裸をまじまじと見ていた変態が何の用だ」

「まじまじと見ていたのは隣の子であって、私ではないよ。それでは失礼しようか」

 

 隣の子。

 首を動かす……のは、無理らしい。固定されている。

 

 ──要人護衛……祭唄だ。

 

 ああ。

 

「祭唄。……起きているか?」

「ん。今、起きた。……良かった、起きたんだ」

「ああ。起こしてすまんが、現状の説明を頼む」

 

 動かせない視界の中で。

 天井の感じは……多分医院。それも赤塞城の医院だな。

 

「簡易な説明と詳細説明、どっちがいい?」

「どちらも」

「じゃあ簡易な説明から。折居は捕らえて、今尋問中。新帝同盟は未だこの城の中にいる。よって、赤積君や結衣という鬼には粗方を説明した」

「詳細な説明は?」

「祆蘭が気を失ってからまだそこまで時が経っていない。折居は情報を吐かないまま。そして……あの宿で、三人目の殺人が起きた。正確には封鎖されたあの宿を警護していた輝術師の一人が、背から心臓を一突きにされて死している」

「……それは」

「これを受けて、新帝同盟及び赤積君は対策委員会を設置。なし崩し的に同盟入りした結衣を交えて、此度の事件の全体を話し合っている最中。祆蘭にも参加してほしいけれど、今無理をすると最悪があるから、私が言葉を届ける」

 

 三人目。……そうだよなぁ。あの幽鬼の口振りからして、毒を使う害ある幽鬼や撲殺をするタイプの奴の殺し方じゃなかったもんなぁ。

 となると折居は全くの別口なのか? いや、多少の連係はしていたのだろうけど、黒幕とでもいうべきものがいなければこうはならないだろう。

 

 黒幕。

 恐らく、折居に劣化"(とこしなえ)の命"を作らせていた人物。本物の"(とこしなえ)の命"を齎した誰か。

 

「青州への連絡は?」

「もちろんした。進史様に。その後青清君が私の頭の中に怒鳴り込んできたけど、なんとかなだめた。……まだ、来られないみたい。あと一日、いや二日だけ待て、そうしたら全力で駆けつける、とは言ってきた」

「気軽に他州へ来るな阿呆と返しておけ」

「阿呆は言わなかったけど似たようなことを言ったら、玻璃は来ているのだろう、わかっておるのだぞ、とかなんとか。それもなだめるのに時間をかけた」

「……お前も大変だな」

「なだめ終わったあと、進史様から労いの言葉を貰ったから大丈夫」

 

 ああ、気持ちがわかるんだろうなぁ。

 しかし……政治を気にするようになっているな、鈴李。帝の座を狙っていない時なら、全てをかなぐり捨てて飛んできただろうに。

 

「ありがとう。……それで、私に求められている言葉は?」

「今回あなたが何をしたのか、何に辿り着いたのか。そして……なぜ、そこまでの無茶をしてまで、アレを守り抜いたのか」

 

 ……。

 ま、そうだよな。それは聞いて当然のことだ。

 

「やったことは単純だ。私に幽鬼を諭す力があるのは知っているだろう? それを用い、幽鬼の集合体でしかない理性無き鬼から幽鬼を引き剥がした。陽弥の言葉や、あの鬼の言動を考えれば、丁度自己の奪い合いをしているような印象を受けたからな」

 

 嘘だ。私にそんな力はない。

 

「辿り着いたことは二つ。一つは既に結衣へと話してある。もう一つは、元"帝のいる州"であった赤州にはまだ秘密が隠されている、ということ。陽弥の派手な行動の裏で動いている誰かがいる。それは紊鳬でも笈溌でも点展でもない、全く別の誰かだ」

 

 嘘だ。もう一つある。

 

「"(とこしなえ)の命"を守り抜いたのは単純な理由だ。あと少しで研究が終わってしまいそうだと直感的に判断した。だから守り抜いた。……折居があそこまで動けるとは思わなくてな、思ったより深手を負ってしまったことは認めるよ」

 

 嘘だ。複雑な理由がある。

 

 ……だから。

 

「『家家都有一本難念的経(ここにすら耳がある。察せ)』」

「ん、わかった。そんなに痛むなら、もう少し寝ていて」

 

 花紅耳蟻障子にメアリー、だ。

 関わっていないと宣言したのはそちらなのだから、お前に聞かせる真実は無いよ、笈溌。

 

 して。

 次々と……見舞いが来る。見習い付き人三人娘は自分たちの怪我も酷いだろうに、それを押して来るし。

 夜雀はもう入ってきた時からギャン泣きしているし。

 

 玻璃と陽弥は……笑顔なせいでよくわからないけれど、とりあえず玻璃からは怒りが伝わって来たので若干宥めておいた。

 

 鬼は来ない。いや陽弥も鬼だけど、多分混乱を避けるためだろう、彼女らは来なかった。あんまり心配してなさそう、というのもある。同じような理由でか、華胥の一族も来なかった。凛凛さんと蓬音(ポンイン)さんは赤州への『継草(チーツァォ)』散布に回ってくる、とかで早々にいなくなったとかなんとかで。

 

 夜中。最後の最後に来たのは、赤積君だった。

 

「……娘子」

「なんだ」

「赤州は嫌いか」

「……なんだ本当に」

「いや何、赤州へ来るたびに大怪我をしておる。加えて……州君ともあろう儂が、情けの無い姿ばかりを見せている。青州の方がさぞ住みやすかろうと思ってな」

「はぁ……あまり笑わせるな。本当に片腹痛いのだぞこっちは」

 

 脇腹が裂けているからな。

 

「黒州でも緑州でも大怪我をしている。黄州でもしかけた。青州でなら、何度も何度も、だ。……大怪我など、私にとっては趣味のようなものさ」

「悪趣味だの」

「まぁな。……衰えを、感じたか」

 

 問えば、盛大な溜め息が返って来た。

 図星か。

 

「お主はどうしてそう……見透かすようなことばかりを言うのだ。怪我人は怪我人らしく気を弱くしていればいいものを」

「そんなしょぼくれた顔で怪我人に会いに来るくらいだ。人生相談でもしに来たのでなければ、怪我に障るから帰れとでも言いたくなるものだろうさ」

「……。……ま、そうだ。儂は……老いた。衰えた。武の赤積君とは過去の栄光よ。……己より若き者に傷を負わせて、儂自身は与えられた機会を逃し続けるばかり。……他州の州君とは接触したのだろう?」

「ああ」

「儂だけ、落ちぶれている。……自覚があるのだ」

 

 まー。パッとしない、というのは、あるかもしれないなぁ。

 緑涼君こと烈豊は「子供ながらに」「しっかりしている」。黒根君は「裏が多いけれど」「無駄に純情」。鈴李は「我が儘だけど」「考える脳がある」。玻璃は「底知れず」「最強」。

 で、赤積君は。

 

「武器を用いた戦闘に長けるだけの輝術師、か。確かに一人沈みだな」

「ブァッハッハッハ……ああ、返す言葉もないわい」

 

 これならば"八千年前の組成の赤積君"の方がまだ良かった。彼女は天然でありながら冷徹で、そして人情もある人。その大部分は蓬音さんが引き継いでいるけれど、州君としての力は失くしている。

 

「象棋をな、持ってきた」

「ん……首が動かせん」

「浮かせてやるとも。……一局、どうだ」

 

 盤が浮かぶ。駒が浮かぶ。

 そうして私の目の前に来た盤に、並べられて張り付いていく駒。

 ……こういうところは真っ当に便利だな、輝術。

 

「武でも無理なら、せめて将才、と?」

「だから見透かすなと言っておる。……これで負けるようであれば、儂は……まぁ、己の采配では州君をやめることはできぬから、兵を育てる位置からは退こう。従来通りの州君……政に関わらぬ守り人に徹するとする」

「なるほど、赤州を弱体化させるにはここで本気を出す必要があるわけだ」

「なぜ赤州の弱体化を狙うのかは知らぬが、そうだな」

 

 では一局。

 

 

 惨敗した。

 うーん。今のは勝つ流れじゃないかなぁ。

 

「ブァッハッハッハ! ……ま、象棋如きで将の才が決まるのならば苦労はせんがな」

「此度も手加減をしなかったどころか、前より強くなっていないか? 何もできなかったぞ……」

「ああ、万が一にもお主に負けぬよう、赤州イチの象棋打ちと腕を競い合っていたからな」

 

 おい、誰だよその象棋打ち。

 元から強い奴を強化するなよ……って。

 

「……折居、か?」

「烏が飛び立ったから梨が落ちた、か? ブァッハッハ! 思い出せ、やつの工房へ赴いた時、儂は久しいと言ったであろう。象棋打ちは全くの別人だ」

「いや……そうだな。無理に繋げ過ぎた」

 

 それにしては、というような空気を纏っているけれど。

 

「……つい先ほど、焼死した、との報せが入った」

「焼死? ……まさか火通路(フォトンルー)か?」

「わからぬわい。もう……儂の周囲の人間が傷つき、死に過ぎて……よくわからぬ」

 

 折居も、このまま無罪放免には決してならないだろう。

 その死は確定しているようなものだ。

 

「老けたな。今の一瞬で、十歳ほど」

「やもしれぬ。……笑う気力もない」

 

 十歳や二十歳ではない。死ぬ寸前の枯れ木爺のようにまでなっている。

 寝不足と幻覚と失敗が積み重なって、ストレスが限界値と見た。……この世界でどう診断されるかはわからないけど、鬱病になる一歩手前、みたいな兆候だ。いやもうなっているのかもしれないけど。

 

「……時に赤積君。お前はこの世をどう思う?」

「抽象的な……問いだな。唐突過ぎる。いったい何の話をしておる」

「混幇や灯濫会が手を引いた赤州は、平和だ。幽鬼が出ようと鬼が出ようと殺人事件が起ころうと、私が前に来た時よりは平和となった。──お前の目には、どう映るのかと問うている」

 

 怪我人がする話でも、させる話でもなかろうに。

 私はどうしてこう……お節介を焼きたがるのかね。

 

「平和とは言えぬ。民は日夜不安を抱き、政の動きにも暗雲がある。このような世では、儂とておちおち楽土にも赴けぬわい」

「ではお前の思う平和とはなんだ、赤積君。幽鬼も鬼も出ず、殺人事件も窃盗事件も起きない。不審火か事故かは知らぬが、人が焼け死ぬこともない。飢え死ぬこともない。そんな世か?」

「……夢物語か、その平和は」

「そうさせぬための松明だと言っている。少なくとも現時点の赤州は、お前の背を追っている。あの付き人見習い三人娘は決して私を平民呼ばわりしなかった。先に見舞いに来た時も、心配だけをしていたし、胸に傷を負ったやつに至っては深々と頭まで下げてきた。己の傷もまだ痛むだろうにな」

 

 何度言わせる気だ、莫迦者め。

 

「あれら付き人は見習いなのだろう。赤州の輝術師とお前とでは歴然たる差があるのだろう。……今お前が迷えば、それら全員が迷う。それら全員が標を見失い、霧中で果てる」

「……」

()()()()()責任くらいは取れよ、英雄」

 

 将を退くのは自由にすりゃいいさ。

 それでも、大きな背ではあり続けろよ。

 

「厳しいのぉ……。本当に」

「甘い言葉が聞きたけりゃ、私のところには来ないだろう」

「ブァッハッハッハ、それもそうだ。ああ、笑う気力は取り戻せたか。……だがの、儂に甘い言葉を吐いてくれる女はおらんぞ。誰も彼もが厳しい」

「……そういえば、州君は結婚というものはしないのか? 血は残しておくわけだろ? 血筋は関係ないらしいのに」

 

 問えば、先ほどから見せていた哀愁とはまた違う……とんでもなく嫌そうな顔を見せる赤積君。

 なんだなんだ。そんなに悪い話題か?

 

「代替わりまで死ななければ、させられる。行政の選んだ女とな。……無論、己で相手を選ぶ州君もいるが……儂はどうにもそのテの話題が苦手でな」

「なんだ、あの折居と付き合いがあったのに、女遊びの一つもしていないのか」

「娘子がそのような言葉を吐くでないわ。……儂は目立つ。花街に行けば、民が委縮する。そう気軽には行かんのだ」

「見習い三人娘ならどうだ。あの背の高いやつなら、丁度いいだろう」

「歳の差があり過ぎる」

「倫理観が高いな、州君のくせに」

「どういう意味だ……」

 

 いやだって、精神年齢が一歳差だから良いとか言い張る成人女性とか、顔を思い出すだけでいいのに思い出そうとするだけで輝絵情報が春画になる成人女性とか、私の生着替えをまじまじと見つめる少年州君とか、何の断りも無く他者への嫌がらせのためだけにキスしてくる四十過ぎ元州君とか。

 ねぇ?

 

「逆に、そんなんだから委縮されるのではないか? 女で遊ばないから、硬派な人物だと思われる。幼少を知る者が多いから、奥手だと思われる」

「む、むぅ。ぬぬぬ……」

「青清君もだが、全州君黒根君から性教育を受けた方がいいんじゃないか。あれは経験豊富だぞ」

「知っておるし、知りとうないし……」

「まぁ奴の知識にあるのは同性とのアレソレだからなぁ。まともな女遊びで言うなら……」

「ええい、この話は終わりだ終わり! 怪我人は早く眠れい!」

「怪我人の部屋で騒がないで。しかも深夜に。動けない異性の近くで」

「ぬおっ!?」

 

 おお。

 最近正論パンチを覚えた祭唄が来てくれた。いやまぁずっと様子を窺っていたのは知っていたけど、空気を読んでくれていたのだろう。

 

「き、気付かなんだ……お主、名は?」

「……? さっき自己紹介したばかり。祭唄」

「ほ……ほぅ……」

 

 ゆんゆんゆんゆん……!

 今祆蘭剣気センサーならぬ祆蘭オバサンセンサーが電波を受信した。

 

 こいつ、成程、そういうことか。

 

「赤積君。お前、自分より強い女に惹かれ──」

「よーし儂は部屋に帰る。もう見舞いなど来てやるものか。えんやこっらさっさ、えーんやこっらさっさ!」

「だから、うるさい。怪我人がいるし深夜だし。州君だからと言って何をやっても許されるとは思わないで」

「お、おお……ではなく、うむ。……あー、失礼した」

 

 年齢差とか身長差とか色々気にしてたけど。

 なるほどね。方便ね。

 な~ほ~ね~……。

 

 でも……あいつより強い女性って……鈴李か玻璃くらいしかいなくないか?

 大丈夫か?

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