女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九十話「動力源」

 戦いはまぁ、いつも通りの防戦一方。

 黒州で鬼と幽鬼を同時に相手にした時と同じく、敵と敵の合間に入っては避けてを繰り返す戦法。ただしあの時と違って屋内であることや、部屋の壁が上手く崩れない……恐らく結界が何部屋かに張られていることも相俟って、少々戦い難い。

 敵も……これといった明確な弱点が今のところ見つかっていない。人形師と人形なのだから、どちらかが動いている時はどちらかが動けなくなる、なんて定番の弱点は存在せず、金棒を持った童女も頭部と手足だけとかいう変な鬼も同時攻撃を仕掛けてくる。今のところ毒類が体内に侵入した形跡はないし、穢れは威圧で浄化できているものの……時間の問題と言われたら、まぁ、何の反論もできないというか。

 

 一応赤積君謹製の鋸とトンカチのおかげでこっちの攻撃も通りはする。通りはする、だけだけど。

 いくら硬い武器を持っていたって膂力が女児のそれでは然程の意味はない。刃毀れこそしないものの金棒には力負けするし、鬼の方も手数が多すぎて打撃で捌き切る、というのは無理だ。

 

「腹!! へ、へ、へへへへった、食べる、魂! 色!!」

「お前がこの童女を操っている……にしては、知能が足りていなさすぎじゃないか?」

「笑う、笑わせる、せる!! 今にしてなお、おれ、わたし、ぼく、僕には敵わない平民が、口ばかり、口だけ!!」

「同族嫌悪は大概にしてくれ。思いっきりお前に突き刺さったぞその言葉」

 

 次に作るのはブーメランとかアリだな、なんてどうでもいいアイデアを頭の隅に起きつつ、まぁ現状維持でいいかぁ、という気持ちもある。

 赤積君がいるのだ、あの見習い付き人をどうにかしたら、あとはなんとかなるだろう、と。

 命をくれてやるつもりはないけど、命を奪えるほどの手がこちらにないのがなんともなんとも。人形師と人形の間に糸があるわけでもないっぽいしなぁ。

 

 金棒と己の間に鋸を挟み、吹き飛ばされる。

 足から壁に張り付いて受け身をとりつつ、伸びて来た多腕から逃げるように壁を走る。……水平移動じゃないぞ。あくまで落ちながら、だ。

 腕の材質はよくわからないけど人間のそれよりは軽め。一撃の威力も気にするほどではないけれど、こちらの身体を掴もうとしてくるので打撃よりそっちに警戒するべき。握力がどれほどかは知らないけど、一度掴まれたら全ての腕に掴まれて、そのあと金棒でドーンがオチだろう。

 

 地面へと再度辿り着く……寸前で大きくジャンプ。壁に突き刺さる金棒に「おー怖」なんて感想を抱きながら、「く、空中なら逃げ場はない、い、いいい!」とかお決まりの台詞を言っている鬼の指を蹴って、別の場所に着地。壁に突き刺さった金棒を抜いてこちらに突撃して来た童女の頭を踏んで、再度位置を変える。直後、先程まで私のいた場所に多量の腕が降ってきて、それらが金棒によって砕き壊された。

 

 一応これが違いではあるか。人形である童女には機動力がない。攻撃力が凄まじい上に、金棒にわざと振り回されることで直線移動だけは早いけれど、方向転換もままならない。

 対して鬼は知能には劣るが素早い。そのため、少しでも硬直を見せればすぐに腕が殺到する。ただし耐久性能に劣る上、命を狙って来ている感じはしない。童女の攻撃をどうにか鬼へと当てつつ逃げ回る、がベストなのは明白なんだけど……それが中々。

 

「ちょこ、ちょこ、ちょこまかと! でも無駄! 無駄! ぼく、おれ、わたし! わたしは無尽蔵!! 壊しても壊れても、関係ない!!」

 

 らしいのだ。

 壊れた腕は攻撃しにきていない腕が拾い上げ、取り込み、再度腕や足として出てくる。材料の修繕を己で行える絡繰りとは恐れ入る。しかも人形師側が、というのは全く以て……。

 

 ……。

 

「お前が人形師、ということも、まぁなくはないのか?」

 

 この童女の方が。

 ……ずっとサポートに徹している様子だけど、こっちが本体の可能性もゼロじゃあない。鬼の生態なんてわからんしなぁ、今まで会ってきた鬼がたまたま人間っぽかっただけかもしれん。

 

「無い」

「ぁ……ぇ?」

 

 すぱぁん、と……真っ二つに斬れる、童女。

 中身は……よくわからんな。絡繰りに見えるけど、何がどうなっているのかはわからん。

 

 斬ったのは。

 

「なんだ祭唄、上は片付いたのか?」

「うん。『比我預想花的時間(思ったより手間取ったけど)』」

「ほー、上手くなったものだな。それに、強くなった……のか? 敵を見ていないからよくわからんが」

「……一応、謝っておく。私には祆蘭みたいに幽鬼を諭すような真似はできない。だから、祓うに終わった」

「別に、害ある幽鬼ならばそれでいいだろう。剣か爪か、その類のものを使う幽鬼だったと見るが」

「長い爪で斬撃を。毒も使ってきたけど、斬撃を当てられないと毒を相手に届かせられないみたいだったから、当たらなければいい話だった」

 

 長い爪で攻撃してくる幽鬼。

 やはり宋層(ソンツォン)と同じ類の、か。となると敵は御史處か、あるいは「事象の呼応」か。

 

 どちらにせよまた"(とこしなえ)の命"関連が出てくるのは間違いないだろう。……陽弥を同盟に引き入れたのに、か。やはり頭と胴体は別かね、あそこ。

 

「それで、どうして待ってくれているんだ、鬼。それとも己の作品が壊れたことを嘆いているのか?」

「……」

「さっきから微動だにしていない。……穢れの量からして、これが鬼なのは確実だと思う。けど……」

「ああ、妙だな」

 

 ずっと煩かった鬼は一言も話していない。

 加えて、先ほど童女が祭唄に斬られた時……間の抜けた声を出したのは鬼の方だった。

 

 ……。

 

「祭唄、私がコレを調べる間、私を守れるか」

「当然」

 

 調べる。童女を。

 真っ二つになった中身は……何か、ベタベタした液体に溢れている。臭いは……なんだろう、オイルに近い、かな? 油は油でも、機械油のような臭い。

 

「あ、が、が、がああ、ああ、あああああ!!」

「お」

「動き出した。でも、安心して。守るから」

「わかった。もう振り返らん」

 

 わかる。蝶の羽のように穢れが広がったことも。

 私と敵対していた時に比べて理性をトばし──凶暴になっているのだろうことも。

 

 でもまぁ、守ってくれるみたいだから。

 信頼しよう。

 

 さて、私は私でこの童女の分解を試みる。

 小物入れから普段は戦闘に使うことのない工具類を取り出し、まずはそのガワ……筐体を砕いていく。

 これが絡繰り人形なのだとしたら、フレームはその機構の一切に関わっていないただの入れ物だ。無論眼球と口だけは何かの動作機構である可能性があったし、この重い金棒を動かしていた腕パーツと肩パーツは慎重に取り扱うけれど、その他の部分は雑に破壊していく。

 衣服を剥ぎ、肌を砕き。

 出て来たのは……やはり、デッサンモデルのような人形。さらに外殻を砕けば、数毫米(mm)で金属部品が顔を表した。

 

 ……ロボット? いや、にしては軽量が過ぎる。割断面も……金属金属し過ぎていないというか、木が混ざっているというか。

 金属パーツを持っている絡繰り人形と考えるべきか? 金棒を振り回すために荷重のかかりすぎる部分は木では耐久性に難ありで、金属にした……。

 となると、動力源がどこかにあるな。それも金属パーツで守られたどこかに。あの鬼が操っていたにせよそうでないにせよ、突進のための速度は必要だ。それを可能にするものがあるとしたら、上半身ではなく……。

 

 破片が頬を掠める。

 

「心配してほしいか?」

「破片が飛んだのなら謝る。けど、問題ない」

「そうか」

 

 ならば振り返らない。

 部屋を満たしつつある穢れも、背後で喚き散らかしている鬼も。

 思考を妨げるものにはなり得ない。

 

 金属パーツを辿っていく。

 そして……ああ、見つけた。やはり上半身ではなく下半身だ。回転による金棒の振り回しに、突撃時の脚力。腕回りが金属パーツだったのは、足の回転で生じる遠心力……慣性への余計な分散を避けるため。

 箱。いや、匣か。こういうものを入れるのなら、そう表現すべきだ。

 

 引き抜く……のは、難しそうなので、周囲のパーツを削って壊す。

 真っ二つになった童女の下半身をまさぐるのは絵面として最悪だけど、こっちも童女なのでセーフということで。

 

 ──ついに穢れが部屋の全域を覆い尽くす。

 こちらもこちらで匣パーツを取り出せたが……さて。

 

「倒すことは?」

「無理。再生能力が私の圧し切れる域に無い」

「ならば一度穢れを消し飛ばす。近くに赤積君がいるから、方向と範囲を指定して吹き飛ばしてもらえ」

「……私を心配している?」

「誰がするか。一度任せたのだ、そしてお前は守り切った。単純にな、みつけたものを分解するのに穢れが邪魔であるというだけだ。不満か?」

 

 背中合わせの会話。

 彼女は。

 

「わかった」

「顔を見ずとも悔しさは伝わるさ。応援はしているよ、お前の作る安全圏からな」

 

 威圧。消滅するは穢れ。

 そして──。

 

 

 

 とりあえず、被害は最小限に抑えられた、と言って良いだろう。

 死者はおらず、負傷者が十数名。平民は既に全員避難していた……あるいは怪我人の治療に当たっていたため、負傷したのは付き人見習いの三人と自警組織だという『熄火隊(シーフォドゥイ)』の面々だけ。

 ただし予断を許されない状況というか、結構な人数が毒にやられてしまっている。

 今は私の知る限りのジギタリスの毒の解毒法を赤積君に教え、あとは医院に任せる、という形で落ち着いているけれど……正直生存確率も、あと後遺症の懸念も……何とも言えない。

 医者ではないし、薬学を修めているわけでもない。ただガーデニングの一環としてそういう毒草の対処法を知っていただけの一般人だ。

 天染峰の医療は妙な発達を遂げているから、という希望を抱くくらいしかないだろうな。

 

 それと。

 

「……祭唄様、夜雀様」

「あ、小祆。……頬、大丈夫?」

「ああ、掠っただけだ。それより祭唄様は」

「問題ない。体内の穢れも……浄化し終えた。ただ、今回で痛感した。私には攻撃の威力というものが足りない」

 

 祭唄と夜雀。

 まず夜雀は、私達のところへ戻る……前に赤積君と遭遇し、彼の運ぶ少女を見て状況を理解。流水や食用酒……まぁアルコールの代用品を使って、その毒の除去に協力したらしい。彼女がその場での判断のできる人物で良かった。これで「でも小祆が!」なんて食い下がっていたら……あの付き人見習いの命はなかったかもしれないしな。

 そして祭唄だけど、目立った怪我はなし。体内の穢れも強がりとかではなく浄化しきっていて、ただ……。

 

「……祭唄、戦わなかった私が言うのもなんだけどさ、祆蘭を鬼から守り通し続けた、って凄い事だよ? ほら、前は逃げ帰るので精一杯だった、って言ってたのに……」

「要人護衛としてはこれで正解なのかもしれない。……けど、やっぱり……州君たちには憧れる。特に最後の一撃。……赤積君は遠方にいて、私は位置と大きさを伝えただけ。なのに他の何を巻き込むこともなく、鬼だけを文字通り消し飛ばした。……ああなれるとは思えないけど、ああなりたい」

「見上げるには高すぎる目標だが、私の背を守るのならばそれくらいでなければな」

「小祆まで……。……反省することじゃないと思うけどなぁ。もっと誇るっていうか、喜んでもいいくらいなのに」

 

 仕方のないことだろう。

 多分彼女は感じている。新帝同盟(シンディトンモン)における、己の一人沈みを。

 祭唄だけが……弱い。他が神や鬼なのだから仕方がないとは思うけど、それでも、だ。唯一実力の近いはずの蓬音(ポンイン)さんも、曰く祭唄よりは強いとかで。

 

 慰めはしないし、そのままでいい、なんて言うつもりは無い。

 やるならとことんやるといい。上り詰めるほどにな。

 

 

 それで、と。

 あったことがあったことなだけに、赤塞城に呼ばれての夜。三泊四日の温泉旅行とは。

 

「鬼の操っていたという人形。その中に入っていたものが、それ……か」

「ああ。見覚えは無いだろうが、私にはあってな。青州、緑州でその存在を確認した。曰く──人工的な穢れの主の卵、だそうだ」

 

 赤塞城の天守閣。赤積君の間にて、山賊と二人。

 此度の件についてを話す。

 

「穢れの主……というのは?」

「そこからか。まぁ、鬼ども曰く、穢れには意思があるのだそうだ。チャオチャンディツンザイとはまた違う、穢れそのものの意思。鬼に声を届ける主。ヒトが鬼となる遠因、あるいは原因」

「成程。……人工的な鬼、というのは、灯濫会の地下施設にあった資料で少しだけ読んだが……」

「ん、掘り返したのか?」

「多少は、だが」

 

 へえ、結構マメだな。

 で、だ。

 

「そんな穢れの主の方まで人工的に作ってしまおうとしているのがコイツ、というわけだ」

 

 匣の中にある、気味の悪い瘤。

 穢れに触れた瞬間孵っていたのだろうこれは、まぁ、防げるのか知らんが金属で覆われていたがゆえにこのままの状態だった……と見るべきだろう。

 

「どう見る?」

「進史様のようなことを聞くものだな、赤積君」

「む。進史の坊主はお主にそんな相談をしておるのか。ブァッハッハッハ……まぁ、縋りたくなる気持ちもわかる。……放任主義といい寝不足といい、最近の儂は……少々、落ちぶれておるからなぁ」

「どう見る、と問われるのならば、そこだな。──色々重なり過ぎているとは思わないか、赤積君」

 

 赤積君の不調。貴族と平民が入り混じるとはいえ、少な目であるはずの繁華街での鬼と幽鬼の出現。その前にあった殺人二件。

 私が来たから明るみに出た、というのはもうわかったから良いにしても、水面下で何かが動いているのは事実だ。

 混幇が赤州から手を引いているとして。

 だとして……明らかに、と。

 

「……はっきり言ってくれて構わん」

折居(ジェァジュ)様が怪しい。どう考えても、だ」

「う、ううむ……」

 

 疑う理由はシンプルだ。

 彼が人形師だから。此度の鬼も人形も、彼ならば作れそうなものだ、と思えてしまう。

 また。

 

「お前が悪夢を見ていることさえあのご老人のせいに思えてしまうがな、私は」

「……お主が思っているほど、儂は折居と会ってはおらんぞ」

「だが熱丸(ルヴァワン)には通っているだろう」

「まぁ……儂はあの街が好きだからな」

「その熱丸には火通路(フォトンルー)が張り巡らされている。折居様謹製の、だ」

 

 考えれば考えるほど、だ。

 突然鬼が現れたことも、幽鬼絡みの事件も、あの火通路なるものが折居の監視の目であるのならば納得ができてしまう。

 また、事象の呼応を考えるのなら……どれほど前後するかは知らないが、「私が真実を知る時期」がこの辺りだ。

 

 今のところ州君の中で最も世を知らぬのが赤積君なれば、彼に、と考えるのもまぁ。

 

「人工的な穢れの主を孵らせて、折居に何の益がある」

「知るか。私は証拠から推測を立てているに過ぎん。推理素人に"どう思う"だの"どう見る"だのと聞いてくるお前達の方がおかしいんだ。この憶測を、当て推量を、どこまで縋るかはお前達次第。見当違いの妄言だと切り捨てるならそれもよし、だろうさ」

 

 赤積君は……額を揉む。寝不足のところにこれだからな。頭痛も凄いのだろう。

 タイミングが良かったのか悪かったのかは正直わからないけれど、まぁ、これが「事象の呼応」であるというのなら解決はできそうなもの。

 そうでないというのなら──わからん。

 

「あぁそうだ、結衣(ジェイー)はあれからどうだ」

「どう、と言われてもな。特に接触はない」

「性格からして関わっているとは思えないが、可能性の芽は潰しておきたい。明日、朝一番で結衣の霊廟へ私を連れて行くことは可能か?」

「可能だが、要人護衛はどうする」

「付き人見習い三人娘の護衛にあたらせる。未だあの温泉宿の殺人犯も見つかっていないし、本当の狙いが誰だったのかもわからん状況だ。怪我人と戦力は城へ固めておくべきだろう」

 

 特に祭唄は穢れへ対抗できるわけだし。

 万一があっても──なんとかできるだろう。

 

「それと、当然だが」

「折居には監視をつける。儂とて疑いたくはないが……可能性がある以上、無視はできぬ。そうであろう」

「ああ、()()()が憧れに焼け焦がれただけの少年でなくて安堵したよ」

「時間稼ぎを頼んだからか?」

「いいや、感情と理性のどちらもを使い分けることができると理解できたからだ」

「それにしちゃぁ、呼び方がどんどん雑になっていく気がするがなぁ」

 

 私の場合は逆なんだよ。

 気を許せば口が悪くなるタイプだ。教えんがな。

 

 

 

 結衣の霊廟。

 切り立った崖の裏側にあるここは、波の音が激しい。安置されるには向いていない場所に思うけど、まぁほとんど追いやっただけなのだろうし扱いは良い方なのかね。

 

「あら美味しそうな人間……と思ったら! 久しぶりじゃない! えっと……そう……えーと……犬犬(チュンチュン)?」

「それでも構わん。此度は少し聞きたいことがあってな。大した用じゃない」

「そうなの? ……でも、なにかしら……あなた、()()になったわね、なんだか」

 

 さて。

 なんのことやら。

 

「用向きだが。ここ最近で、赤宮廷近くの繁華街へ赴いたこと、及び何か手を伸ばすようなことはしたか?」

「特には? ああでも、数日前? 少し前に、なんだかヘンなモノを見たわ」

「ほう、というと?」

「ヘンな、としか表現できないのだけど、こう……真っ黒い蛇みたいなやつが空を飛んでたのよ。感覚からして穢れっぽかったのだけど、うーん、なんていうか……薄っぺらい? 奥行きがない? こう、魂の抜けた死体みたいな穢れ……って言って、伝わるわけないかぁ」

「いや、伝わる。それがどこへ向かったかわかるか?」

「そう? 良かったわ、伝わって。向かったのは赤宮廷の方よ。その後は知らない。……って伝わるわけないでしょ!!」

 

 おお。

 コッテコテのノリツッコミ。私の知る限りではまだ結衣しか習得していない特殊スキル。

 

「伝わるんだよ。各地で目撃され始めているからな」

「……なにそれ。もしかして……私今、世間知らず?」

「ああ、かなり」

 

 言えば……彼女は口をとがらせる。そのまま怒るのかと思ったらしょぼーんとしょぼくれて、なぜか恥ずかしそうに指と指を突き合わせて。

 いやはや全く、感情豊かというか情緒不安定というか。

 

「桃湯は……何か言ってた? 私について」

「一言も」

「も~!! あの子、いつになったら私を頼ってくれるのよ! 年齢は確かにあの子の方が上だけど、鬼になった年齢で言うなら私の方が上なんだから頼りなさいっていつも言っているのに!」

「アナタほど頼りない鬼も中々いないから、よ」

 

 赤積君が武器を抜く……が、まぁ当然のように誰もいない。背後にも天井にも。

 いつも通りの「声だけ届ける」というやつだ。

 

「あ、あら桃湯。……そんなに私は頼りない?」

「ええ。計画通りに動けないわ、重要なことを考え無しに口走るわ。ま、遂行能力そのものは評価しているから、頼るべき時に頼るつもりだけど」

「奇怪な……やはり鬼というのは、こうも……」

「それと、祆蘭。今回の騒ぎ、私達も結衣も無関係よ。"彼"にも問い詰めに行ったけれど、無関係。ただ、胴体がどうかはわからない、らしいわ」

「やはりか。……制御はできそうにないのか、あいつ」

「どこまで行ってもただの鬼。強制力を以て輝術師を制御できる、というわけじゃない。その点で言えば、あの疑いのある子は……危ないでしょうね」

「黒幕か、首魁か。……奔迹(ベンジー)にも気を遣ってやれ。効かないとは思いたいが……」

「ええ、"あの方"も、ね」

 

 聞かせているけれど、聞かせる気のない会話。

 結衣と赤積君は頭上にクエスチョンマークを浮かべていることだろう。……この世界の文字で何がそれに該当するかは知らないが。

 

 そうして音が消える。気配が去る。

 

「何の話か教えなさい、犬犬」

「お前が今回こちらに協力する、というのならば口を割ってやってもいいぞ」

「おい、前に共闘したとはいえ、鬼だぞ」

「知識量の観点から言っても、今の体調の面から言っても、結衣はお前の上位互換だ。時折話が通じないことはあるが、むやみやたらに人を食う鬼でもないしな」

 

 実際のところ、私は鬼子母神に依りつつある。その辺の話をするにも、そして感情に左右されない調査をするためにも、相棒は赤積君より結衣の方が良い。勿論祭唄が一番で、次点で鈴李か夜雀、というのはあるが、選べる人材がこの二人だけなら迷わず結衣を選ぶさな。

 

「今回、ってそもそも何の話? ……何かあったの?」

「それも含めて、だ。どうする?」

「ふぅん。……態度は少し気に入らないけれど、別にそれは前も同じだったし。いいわ、協力してあげる。……それで? 本名は?」

「なんだ、犬犬でもよかったんだがな」

「名前は大切になさい。鬼でも生前の名を大切に使い続けるものよ」

 

 出た。変な倫理観の高さ。

 じゃあ名前覚えておけよ、とか思わないでもないが。

 

「祆蘭だ。……で、赤積君。お前はどうする」

「儂は少し、別口をあたる。折居が悪事を為しているとは考え難い……いや、考えたくない、というべきだろうな。だからこそ……それを否定するための材料を集める」

「そうか。お前が命を狙われている、という可能性も否めない。用心しろよ、山賊」

「ブァッハッハッハ! 娘子に命を心配されるとは、本当に落ちぶれたものよな。……ああ、此度は儂の州だけでなく、見習いとしてそばに置かんとした者まで殺されかけている。少しばかり……この立った腹を収めん限りには、人付き合いができそうにないからな」

 

 彼は巨大な斧槍を担ぎ、そして。

 

「恩は必ず返す。それだけは理解しておけ、祆蘭」

「それまでは死なない、と? 使い古された誓約だな。頑張れ、応援している」

 

 ブァッハッハッハ! なんて笑って霊廟を出て行く赤積君。

 ……死相が見える、と思ってしまうのは、ファンタジー知識のせいかね。

 

「なんか死にそうね、当代の赤積君」

「けったいな夢を見る上に、けったいなことが周囲で起きているらしくてな。死するにも安堵の涯の方が良かろう」

「助けてあげる、とかはないのね~」

「そのような優しさが私にあるとでも?」

「あなたは優しくて賢い子。それは知っているから」

 

 ふん。そういえば、初めて会った時もそんなことを言われたっけ。

 こいつもこいつで……よくわからんのだよな。明らかに理性ぶっ飛んでる鬼なのに、変なところで。

 

「それで、何が起きているのか教えて。あの蛇みたいなものがなんなのかとか、あなたが今やっていることがなんなのかとか、全部」

「ああ」

 

 かいつまんで話す。

 新帝同盟のことは触れずに──穢れの主と、人工的なその卵の話を。それに纏わるあれこれを。

 また、"(とこしなえ)の命"に関する話もした。したら。

 

「……なるほどね。穢れ増幅装置。……嫌悪感が勝るけれど、確かに効率的。それに……穢れの意思をこの世界に、ねぇ。……どうにも……発案者が人間には思えないのだけど」

「私もそう思っていた。だが、確実な部分が今のところなくてな。鬼である可能性と遮光鉱である可能性、そして輝術の意思である可能性。全てが可能性として値すると来た」

 

 (シィェン)がやり方を教えたのかとも思ったけれど、あの地黒ヤンキーは「願われないと上手く動けない」と言っていた。

 農民の子供だった陽弥(ヤンミィ)が人工的な穢れの意思の卵や"(とこしなえ)の命"をパッと思いつくとも考え難い。けれど遮光鉱……天故理がわざわざこの遠回し手段を授けたとも、それを素直に彼らが受け取ったともなんとなくしっくりこない。

 

 何より、"(とこしなえ)の命"が作られた……作られ始めた時期の変動が「おかしすぎる」。

 七年前のそれが始まりではない、というのは混幇の地下施設で証明された。十一年前……陽弥が帝になってから作らせたものは、あくまで多くを己が手で動かせるようになったから増えて行った、増え始めたもの。混幇の地下施設では、結衣の証言が正しいのなら、千年前の時点から"(とこしなえ)の命"自体は作られていたと見るべきだ。

 

「"もっと世界が穢れに満ちていてもおかしくないはずなのに"……ってとこかしら、アナタが今悩んでいるのは」

「どう……だろうな。穢れとは輝術に駆逐されるもの。駆逐され続けた結果なのか、いやでも……」

 

 結衣の言う通りなのだ。

 四千七百年前から作られ始めたものじゃあない。でも千年前からは作られている。恐らく七年前に作られたのは、それが露見したのは、「私が赴いたから」。

 ……智慧を授けたのは、誰だ。

 

「わからないことがあるなら、あれしなさいよあれ」

「あれ?」

「アナタの得意なことよ。原理は知らないけど、何か作って、全部解決! アナタの術、でしょ?」

 

 そんなけったいな術を持ったつもりはないが。

 まぁ……確かに、そうだな。ただ、今は色々な調査をしたいから……。

 

「上の山。連れて行ってくれ。そこで材料を採って、作りながら調査をする」

「調査?」

「ああ、お前に協力してほしいこと、の方だ」

 

 するのは、おかしなおかしな、鬼のお話──。

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