女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十九話「ケイジドガラス」

 まず、不規則に穴の開いた鉄の筒を作る。これは当然折居(ジェァジュ)さんや祭唄らに手伝ってもらって作るのだけど、やってもらうことは高温を保ってもらうことだけ。

 鉄の棒を使って鉄の筒を成形する。こちらの棒が溶けないように、くっつかないように……ということも気にしない。雑な作業ではないけれど、細心の注意を払う作業でもない感じで。

 そうやって筒を作ったら、穴を開ける。これも手伝っては貰うけど、採寸したり図面を引いたりはしない。あくまで感覚でやるのが大事。

 

 最後に──ガラスを吹く。

 私の部屋ではできない作業だけど、この工房にはガラス工場があったから、使わせてもらった。赤い硝子を割らないように吹いて、鉄の筒の中で膨らませていく。

 

「ほほぉ……器用なもんじゃのぅ」

 

 ある程度膨らませ終わったら、バリ取りやらなにやらを済ませて、完成。

 

 ケイジドグラス……投獄ガラスなんて呼ばれているインテリアである。

 

「これが……心の晴れるもの、か?」

「さぁな。何を感じ取るかはお前次第だし、こんなものなくとも問題はないのやもしれん。色合いもその夢見に近いから、捨ててくれても構わん。……だが」

「いいや! 勇迅(ヨンシュン)これは後生大事に持っておれ! ワシが保証する! これは……凄まじいものじゃ。いや、娘さんが凄まじいのかの?」

 

 ……老人は発明ができる説。そして……何かが見えている説。

 どんどんサンプルケースが上がっていくなぁ。

 

「しっかし娘さん、硝子の扱いが上手いのぉ~。どこかの工房にいたのかの?」

「いや、そういう経験はないな」

「では初めてでこれか。それはそれは、将来有望じゃのぅ」

 

 硝子の製作体験くらい誰でもやったことがあるだろう、なんて話はまぁおいておいて。

 さて……作ってしまったからには、起きるだろう。

 

「名を……そうだな。空檻筒(コンカントン)とでも名付けようか。折居様はこう言っているがな、好きに扱え、赤積君」

「ああ、礼を言おう。……それで、当初の目的があったのではないか?」

「ワシの発明品を見たい、じゃろ? 良いぞ良いぞ~、好きに見ていけ。何か娘さんのお眼鏡に適うものがあるかのぅ~」

 

 工房……ではなく、作品群の展示されたその場所へ入らせてもらう。

 祭唄には目配せをしつつ、だ。

 

 して、展示室には。

 

「……なんだこれ」

「……なに、これ」

「……なんだろうこれ~」

「ブァッハッハッハ! やはりか! なんとなくお主が正しいのではないかという気分になっていたが、やはりお主の感性は若者とてわからぬようではないかこの変態爺め!」

「え~? わかってくれるじゃろ~? ほれここ、ほれここ……尻の形が、普通の女体には存在しない、すんばらしい流線型を」

 

 そこには──所謂フィギュア群があった。

 きわどい恰好をした女性や少女の。いや、一部がっつり色々出ている女性の、金属製フィギュア。

 

 う、うーん。

 別に趣味を否定するつもりはないけど、これを嬉々として年頃の女性に見せるのは……。

 

 ん?

 

「これ……なにか機構がついているのか」

「おお! よく気付きおったのぅ、そう、そうじゃ、ここの帯をくるりと回すと、弁が開いて」

 

 ちょろちょろと、人形の股から──。

 

「小祆帰ろう? あ、お邪魔しましたー」

「祆蘭。ここに祆蘭の欲するものはない。帰ろう」

「あ、いや」

「帰ろうね~」

 

 あ、うん。

 ……ちょっと話したいことあったけど、まぁいいか。

 

 

 

 では。

 

「あ……ふ、ぐぅうぅぅうう……」

「良いお湯……」

「きもち~」

 

 沁みる。湯浴み場で働いている人達には悪いけど、うん、やっぱり温泉は違う。色々違う。色も違う。乳白色だ。……遮光鉱とはまた別の色味。

 祆蘭ちゃんボディはまだ温泉を必要としないつるつるぴかぴかボディであるとはいえ、こう、魂の洗濯が、こう……。

 

「美肌、若返り、滋養強壮、疼痛緩和……だって。ここの温泉の効能」

「温度も丁度いい。……やはり青州の水に効能がある、というのは嘘」

「実際の話、どこから湯を引いているのかは気になるが……まぁいいか、そんなこと」

 

 近くに火山があるようには、っていうか天染峰が火山だ、なんて話はどうでもいいのだ。

 今はこの湯に溶けよう。

 

「……祭唄、その背中……」

「うん? ああ、前に話した通り、鬼から逃げた時の傷。塞がったけど、痕は残った」

 

 斜めにつけられた傷痕は、けれど痛ましさはない。余程腕のいい縫合医がいるのか、応急処置がよかったのか……あるいは、切り口が綺麗だったのか、だろうな。

 

「良く見れば夜雀も、上腕に結構な怪我があるな」

「これは訓練でついた傷だよー」

「嘘吐き。喧嘩してついた傷もいっぱいあるでしょ」

「ああ、子供の頃は暴れていたとかそういう話か」

「敵は~、悪・即・斬! といっても昔は刀なんか持ってなかったから、拳とか取っ組み合いでね、その時に引っかかれた傷とかが残ってるんだよ」

「朝烏さんに聞いたことがあるけれど、引っかかれたどころではなかったと記憶している」

「いーのいーの、勝ったんだし!」

 

 血の気が多いなぁ。

 対して私の身体は……うむ。

 

「手指の傷は、水生にいた頃についたものばかり。折れたはずの腕や足はなんとも、か」

 

 ここもなぁ、解明するべき謎ではあるのだけど、誰に聞いても「そんな事例知らない」と返ってくるばかりでな。

 青宮城にいると傷の治りが早い、というのは……うーん。

 

 空を見上げる。

 夜空にはやはり雲があるけれど、瞬く星々も見える。未だ元気のない月も。

 

「お酒、飲みたくなるな~」

「贅沢。要人護衛の仕事、忘れてない?」

「忘れてないって~。でも赤積君もいるんだし、大丈夫だと思うけど~」

「……そういえば二人とも酒は飲むのだったか」

「あ、出た、祆蘭の酒嫌い」

「大丈夫! 小祆が寝てからお酒は飲むから!」

 

 なるほど一杯やるつもり、と。

 まぁ構いやせんがね。……二人ともそわそわしているし、あれか、赤州の酒は美味い、とかそんな感じだったりするのか。それとも火に秀でるから、火酒があったり?

 ……流石に安直か。でも青州の酒は清酒だったし……。

 

「何、その顔。……小祆も飲んでみる?」

「私は飲酒可能年齢ではないし、なったとしても絶対に呑まん。毒だからな」

「そう言うと思った~」

 

 なんて。

 そんな感じで、三泊四日の温泉旅行の一泊目は、終わりを迎えるのであった。

 

 視界の隅で蠢く影が無ければ。

 

 

 の、翌日。

 

「はぁ……まぁそんなこったろーとは思ったが……」

「夜雀、祆蘭を守っていて。私が話を聞いてくる」

「うん」

 

 お約束といえばお約束なのかね。

 ……殺人事件があったそうだ。男湯の方で。

 

 輝術の痕跡は無いけれど、証拠となりそうなものも湯に流されていてなさそう、と。

 殺されたのは貴族の男性。名前はわからなかった。歳は三十代半ば。この温泉宿をよく利用している、いわば常連客。

 

「小祆?」

「昨日、それらしき幽鬼を見たが、どう説明したものかねぇ」

「あー……。……でも他州の問題だから、あんまり」

「ああ、わかっている。だからどうしたものかと悩んでいたんだ」

 

 ここで出しゃばると、幽鬼の言葉がわかる、というのがバレかねない。特にあの好々爺のいる街ではあまり目立ちたくない。

 読み切られる気がしてならない。自惚れでなければ、あれは私と同タイプだ。つまり、直感も経験則もどちらも大事にするタイプ。直感と経験則が乖離した場合は直感側を信じるタイプ。

 

 説得とか言い訳の通じない厄介タイプ、ってこと。

 

 ……発生しているだろう「符合の呼応」。あとは……直感。

 なんとなくだいたいを理解してしまっているのは、おかしなことか。

 

「あ、祭唄が。……凶器は不明。殺人であることは確実。首に索状痕アリ……だって」

「いいのか、私にそんなことを伝えて」

「だって小祆、気になったままだと何するかわからないし」

 

 ハ、二人とも私の扱いを良く心得ていることで。

 

 ……。

 

「殺人であることが確定したのは、首の索状痕が原因か?」

「……そうみたい。だけど後頭部からも血が出ているから、恨みがあったかもしれない?」

「いや……」

 

 犯行がどのようにして行われ、被害者がなぜ死んだのかはわかった。

 が、腑に落ちない。

 

 私が昨日言葉を交わした幽鬼は「背後から心臓を一刺しにされた」と言っていた。

 

「恐らく。犯人は被害者の首を締めようとした。が、手が滑ったか想像以上に力が必要で死にきらなかったか、まぁ何かしらの抵抗があったかで、殺し切れなかった。ただ体勢を崩した被害者が足を滑らせて後頭部を石にぶつけ、死には至った。犯人は咄嗟に石についた血だけを洗い流してその場を去った……程度の話だろう」

「え、凄い。今のでそこまでわかるの?」

「真実かどうかは知らん。……祭唄に聞いてくれ。その男の心臓に傷はあるか、と」

「無いみたいよ。首と頭以外に傷はないって最初に言ってた」

 

 ……となると。

 

「この騒ぎに隠れて、もう一つ殺人が起きている可能性がある。宿の者に他の部屋を調べるように言う、というのはできるか?」

「難しいかなぁ。私達、赤州の貴族じゃないから……」

「しがらみ、か」

 

 と、祭唄が帰ってくる。

 その手にお茶菓子を持って。

 

「おかえり、だが……それは?」

「宿の人に、言われてしまった。"あくまであなた達はお客様なのですから、お貴族様であるとか関係なしに、おくつろぎください"って。こっちのことはこっちでやるから、って」

「それは素晴らしい精神だが、祭唄。この宿全体の精査はできるか? 他に死体が転がっている可能性がある」

「わかった。やってみる」

 

 一瞬目を瞑って。

 そして上を向いた。

 

「この部屋の真上。三階。そこに、布団で隠された死体がある」

「宿の人には」

「……伝達すると、煙たがられるかもしれない。おくつろぎください、はあくまで客に対する言葉。本当の意味は」

「首を突っ込むな余所者、か」

「うん」

 

 なら……まぁ。

 諦めるか。

 

「幽鬼絡みの事件は全て私が解決せねばならん、というわけでもないんだ。皮肉は額面通りに受け取って、せいぜいくつろぐとしよう」

「そうだねー」

「また『何もしない日』……」

「あ、でももう少し結界は弄らせてもらおっかな。殺人犯が捕まってないわけだし」

「それも二人」

「口出しをする気はない。……ないことはないんだが」

 

 祭唄が遮光鉱の刀を、夜雀が円月輪のような何かを抜く。なんだそれ、前から持ってたっけ?

 

「はにゃ……気付かれた!?」

「馬鹿者、仮に気付かれたかもしれない、からとてそう簡単に声に出す奴があるか」

「やっぱりこの変装輝術難しいよぉ~!」

 

 数は三。全員が輝術師であるとするならば、単純にこちらの戦力が劣る。

 加えてこの状況で姿を隠さねばならぬ相手とくれば──。

 

「なにをやっとるかぁ!!」

 

 ゴチンゴチンゴチン、と。

 綺麗に三回、その頭蓋が拳骨に殴られる。……輝術師じゃなかったら陥没してそう。

 

「あ痛ァ!?」

「ちょ、赤積のおっさんいきなり殴るのやめろって!」

赤積公(チィジーゴン)。仮にも乙女の頭を殴るのはやめていただきたい……」

 

 窓の外で、変装輝術なるものを解いた三人、髪の長さや背丈に違いあれど、少女が着るにはおかしい直垂(ひただれ)を纏う彼女らは……良く似ている。三つ子か?

 そして、彼女らの頭を殴った赤積君とも似た姿。

 

「赤積君」

「む、おお、スマヌな。こやつらが昨日言っていた見習いの付き人──」

「この宿で起きた事件についてはその三人に任せる。事情聴取には対応するが、こちらからは動かない。それでいいか?」

「こ……この小娘!! 赤積君になんて口の利き方を!! 両脇の二人も一向に武器を降ろさないし!」

「ああ、それで構わぬ。何かと迷惑をかけるだろうが、幼い。大目に見てやってほしい」

九歳()よりも?」

「未熟である、という話ぞ」

 

 ふぅん。

 ま、いいけど。

 

 そんな感じで……見習い付き人三人娘が探偵役で、私達は宿の宿泊客、という立ち位置での推理物語が始まるのであった。

 

 

 

 あの三人、大丈夫かな、という文字が夜雀の顔に見えてくるようだった。

 

「何か手伝ってあげた方がいいのかな」

「それだと成長に繋がらんのだろう。赤積君とて山賊だが馬鹿じゃない。しっかりと色々考慮した上での采配だろうさ」

「山賊なの?」

「ああいや失言だ失言」

 

 今この部屋にかかっているのは軽めの防音輝術らしく、だから「わー」だの「何やってるんですか」だの「看你(カンニー)!」だのと聞こえる。看你は、まぁ「だーから言ったでしょ!」みたいな意味合いの言葉だ。

 それを聞きながら、思う。

 

「おかしいな」

「どうしたの?」

「いや……知っての通り、私は読み書きができん。言葉も正しいものを発話できているとは言えない。それは……相手の言葉を読み取る能力も、なんだ。基本的には発話される音と口の形を見て言葉を判断しているのだが……今、どう考えても彼女らの口元は見えないし、防音輝術でくぐもって聞こえづらいはず……なんだが」

「理解できている?」

「ああ。……言語への理解度が上がったか……」

 

 あるいは、天遷逢の時、廊下の先の見えないところでの話し声が聞こえたアレのような。

 つまり、というかやっぱり鬼子母神化が進んでいる、ということなのだろうか。

 ……悩むことでもないか。

 

「そうだ、祭唄。夜雀も"友達"となったのだから、あれを見せるか」

「……危険」

「いや、気付きの方じゃなく、覚える方だ」

「ああ。……夜雀は絵が壊滅的だから、無理な気がするけど」

「昨日から二人とも私を馬鹿にし過ぎじゃない!? なになに、見せてみて!」

 

 言われたからには、と。

 自身の……身体のどこに隠していたのかは知らないけど、マグネットボードを取り出す祭唄。

 

 そしてそこに、サラサラと『夜雀』の文字を描く祭唄。

 隣に『祭唄』、『祆蘭』、『青清君』、『進史』『様』とも。

 

「……えっと、なに? 何の絵?」

「実は私と祆蘭は、この絵を使って秘密の会話をしている。絵の形を組み合わせて、言葉を作る。最初のがイェチュェ、ジーベイ、シェンラン、シーシェイクン、シンシ、サマ。そう発音する」

「そういう……遊び、ってこと?」

「うん。で、この絵が一万以上ある」

「えーと……共有とか……」

「覚えることに意味がある。区別することに意味がある」

 

 夜雀はよし! と元気よく頷いて。

 

「お出掛けしよっか!」

 

 諦めたのである。

 

 が。そうは問屋がトントントン!!

 

「次はこの部屋だねー……って」

「あ」

 

 赤積君の付き人見習いこと、探偵役三人がこの部屋を訪れたのだから──。

 

 

 事情聴取、というか昨夜の行動を事細かに聞かれる。

 けれど。

 

「まぁ、だよねぇ。……男湯に自ら近付きたがるはずないし」

「何より他州の貴族が赤州の貴族を、なんて……ありえぬだろうな」

「無駄足ですか」

 

 祭唄や夜雀の言う通り、やっぱり私達は動機が薄すぎる、ということで、質問攻めにはならなかった。

 というのも、そもそも州が違うと貴族同士に接点が生まれない。生まれないから恨みを抱くこともない、の二段論法で、他州の人間は容疑者から外れやすい。また、輝術の痕跡が残っていないことも一助だ。

 だけど。

 

「この部屋の真上。三階にある死体には気付いているのか?」

「ちょっと小祆、ダメだって。首を突っ込むと……」

「……」

 

 見るからに嫌そうな顔をする小娘三人。

 ふぅん。成程。これは確かに「見習い」だ。

 

「なんですか、それ。……私達に無断で調査……精査をした、と?」

「私は要人なのでな。未だ殺人犯の見つかっていない宿で過ごすのだ、それくらいの警戒心は許されて然るべきだろう」

「……この小娘、最初からではあったけど、なんか失礼すぎない!? 赤積君にも偉そうな態度だったしさぁ!」

「青州の要人だぞ、私は。当然だろう」

 

 剣気が来た。から、圧し返す。

 

「ッ……!」

「一番冷静そうに見えて、一番タガの外れやすい奴だったか。赤積君が護衛をするような相手に剣気を向けるとは、失格だな」

「……失格とは、何の話ですか」

「当然、お前達の付き人適性だよ、見習い」

 

 両脇の二人がものっそい視線を向けてくるけど、多分そういうことだと思っている。

 わざわざ私の前であの茶番劇をやったのだ。私の目から見極めろ、ということだろう。

 

「し……青州のやつが、赤州の問題に口出しできるわけないじゃん!」

「そうか。そう思うのならそれでいいさ」

「う、ぐ……」

 

 おや、案外素直だな。

 そこで言葉に詰まるということは、何かしら記憶があるということだ。

 

「三階の……この部屋の真上、だな。……情報提供感謝する」

「ちょっと!」

「他に聞くべきことは?」

「……確認をした上で、再度」

「ああ、待っている」

 

 剣気を放ってきた、一番背の高い女。

 けれど冷静でもある、か。血の気が多いのは赤州の特徴かなんかなんかねぇ。

 黒州でも似たようなことをしていたけど、ああやって選定して……誰か一人を、か?

 

「祆蘭の目。親が子供を見るみたい」

「付き人候補ってことは、強いのかな?」

「ま、なんにせよ螺孜(ルゥォズー)よりは良い付き人となるだろう。気付いたか? あの三人、私が平民であることは決して理由に挙げなかった。赤積君が嫌っていた貴族と平民の差。平民を下に見るな、という言葉。しっかり浸透しているし、徹底されている」

「確かに……小祆のこと、そういう目でみてなかったね」

「赤積君への態度が失礼だとは言っていたけど、実際にそれはそうだし」

 

 州君に対する態度ではないのは確かだからな。

 あれらの誰かが大人になって、付き人になってくれるのならば……別に赤州の心配をしているわけじゃあないが、安泰だと思うから。

 

 さて、湯けむり殺人事件もまぁ、輝術師が本格捜査に当たったのならなんとかなるだろう。上の奴は幽鬼関連なわけだしな。

 

「じゃ、改めて、今日もどっか出かけようか!」

「色んな饅頭(マントゥ)が有名。食べに行く」

 

 おお。ではまさか温泉饅頭もあったりするのか。温泉卵や──温泉卓球も!!

 

 

 なかった。

 けど、色んな饅頭があったのは事実。別に温泉饅頭も温泉卵も特別好みというわけではないけれど、温泉といえば、だったからの期待感はあった。

 なお卓球はそもそもそんなスポーツがないらしい。テニスもないらしい。というよりスポーツらしいスポーツがあんまりないらしい。輝術師ingスポーツが発展しているのかと思ったら、それこそ『輝園』のアクロバットや蹴鞠手毬くらいだとか。

 まー平民はスポーツなんぞに余力を割く時間はないだろうし、輝術師は輝術師でやること沢山だろうからなぁ。あと球技なんかは球が耐えられないんじゃないかな。

 スポーツなぁ。中国は結構なスポーツ大国なイメージも強いけれど、あくまで異世界だしなぁ。

 

 なんて。

 

「祭唄、もっと速くできる!?」

「できるけど、固定輝術の重ね掛けしないと」

「もうやってある!」

「じゃあ加速する」

 

 卓球台は無いのか、なんて私が呟いたばっかりに……目の前で、祭唄と夜雀による超高速卓球が行われている。

 カンコンカンコンじゃない。ガガガガガだ。工事現場か。

 

 なお、ラケットのラバーは防腐剤での代用でしかないので上手く摩擦がかかるはずがないのだけど、二人は完璧に使いこなしている。ちなみにペン持ち。

 ネットは草を編んで作った。卓球台は普通に木を切り出しただけ。

 白線は使える染料がなかったので適当な染料で枠線を引いた。そしてルールを教えてやれば、あの通り。

 球は卵の殻。に、固定の輝術をかけたもの。温泉卵はなかったけど鶏卵はあったのだ。……なお温泉卵については、「それをやる意味、ある?」と聞かれてしまった。私は「ううむ」としか返せなかった。すまない地球の温泉宿の人達……私には必要性を見出せなかった……。

 

「ちなみに今話す余裕あるか、二人とも」

「割とないけど! 良い訓練!」

「いいよなんでも話して。まだ余裕」

「む!」

 

 更に球速が上がる。

 話す余裕が……あるならいいんだが。

 

「今日って、温泉は使えるんだろうか、という」

「あー。……どうなんだろう。まだ犯人見つかってないっぽいしー」

「安全面で言えば、今日はやめてほしい。けど、私達が守るから平気」

「そうか。それは良かっ……」

 

 異音。あるいは、違和感。

 

 祭唄が卵を掴む。夜雀が顔を上げる。

 私は窓を開けて、鋸の腹を差し出した。

 

 そこに引っかかるは……肩口から左わき腹までを袈裟懸けに斬られた、付き人見習いの少女。赤積君を赤積公と呼んでいたその少女の袖を掴んで、引き摺り上げ……上げ……。

 

 ふわり。

 

「夜雀、応急処置! 私は上を見てくる!」

「わかった!」

 

 浮き上がって私達の部屋へと彼女が入りこんだのは、二人のどちらかの輝術によるものだろう。

 卓球台を退かして、少女を寝かせる。

 脈はある。呼吸も然程荒くない。気道や肺には傷が達していないものと思われる。

 自分で下がって傷を浅くしたのか、それとも別の要因かはわからないけれど……だとしても出血量が厳しめだな。

 

「傷口に固定をかけるから、少し離れて」

「いや、それよりもまずすべきことがある。……夜雀、その打板の防腐剤を私の手に纏わりつかせてくれ」

「え……。……。うん、わかった!」

 

 手に纏わりついてくる防腐剤。熱くも無ければ皮膚を引っ張ることもない。相変わらず意味の分からん技術だけど、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「夜雀、麻酔はかけるな。……痛むだろうが……我慢してくれよ」

 

 傷口に触れる。付着している黄色い粉を、慎重に取っていく。

 苦悶の声が漏れるけれど知らん知らん。今は解毒剤がないんだ、身体に回らないでいてくれることを願うしかない。

 

「できるだけ綺麗な水と、調理に使うような酒も欲しい。頼めるか」

「わかった、取ってくる」

「それと祭唄に、敵が毒遣いである可能性を伝達してくれ」

「……一瞬だけ守れなくなるけど、無理しないでね」

「莫迦者。私を誰だと思っている。……時間がない、頼む」

「うん」

 

 彼女が出ていって──すぐ、威圧を撒き散らす。

 傷口に穢れ。加えてジギタリスの毒。わざわざ剣に毒を塗る酔狂な奴がこんな温泉宿に、とは考え難い。

 となれば。

 

「久方振りに敵対する鬼か。上は幽鬼でも残してきたと見たが……」

 

 穢れを纏いて窓から侵入してきたのは……童女。ただし、顔は能面のように無表情。

 加えて金棒のようなものをずりずり引き摺っているあたり、もしや温泉での殺人もコイツか?

 

 なんて考えながら、刺激物入り手裏剣を天井に投げる。見習い小娘を引き摺って逃げるは卓球台の裏。

 

「なん、なんで、気付いた!?」

「莫迦者め、窓から入ってくる奴があるか。今しがた私の護衛が出て行った場所だぞ。とあらば下階から来たと考えるのが道理だろうに、窓の外の瓦には一片の欠けもない。であるのなら、()()()()()()()()と考えるのが普通だろう」

 

 刺激物は……一切効果を為していない様子。やっぱり酒か遮光鉱の粉末じゃないとダメか。

 

 祭唄と夜雀、あと他の付き人見習いや宿の人達が心配だが……今はこの鬼か。

 

「へい、平民! けどけどけどっ……美味しそうな、魂……珍しい!! 腕、腕、腕!! 斬り取らせろ!!」

「む。お前がそう、なのか? 前歯に欠けはないようだが」

 

 天井にいる鬼。

 今までの鬼は大体がヒトガタだったけど……こいつは完全に、だな。

 球体関節の手足を無理矢理頭蓋に接続しまくった姿、とでも表現すべきか。言葉の飛び方といい、理性の無い鬼に近しく思える。

 が、操り人形を()る知能はある、と。はぁ、まったく。

 

「で、鬼から私を守ってくれる州君は?」

「時間稼ぎを頼んでも良いか、娘子」

「ハ、名実ともに頭を上げられなくなったわけだ。……いいか、その娘の傷口についているのは地黄(ディファン)の毒だ。誰が触っても猛毒だから、輝術で除去しろ。血中に回った毒の処置は心臓を動かさせ過ぎずにやること。いいな」

「恩に着る」

「恩に着るなら上階の私の護衛やお前の付き人見習いも援けてやってくれ。恐らく苦戦している。敵は手練れだぞ」

「委細承知」

 

 さて、と。

 小物入れから凛凛さんの包帯を取り出し、口元に巻いて。

 防腐剤手袋で鋸とトンカチを持って、と。

 

「ころ、ころころころころさない! 魂、汚れ、勿体ない!! たべたべる! いきたまま……生きたまま!!」

「お前を放ったもう一体がいるだろう。心臓を背後から一突きにできる技術がお前にあるとは思えん」

「知らない、知らない、知る意味がない!! お前は……おれ、わたし、ぼく、あれ、わたしに食べられて死ぬ!!」

「生かしたまま食べるんじゃなかったのか。一貫性のない奴だな」

 

 では──踊ろうか。

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