女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十八話「火通路」

 膨れ面の祭唄。その頬を突いてぷしゅうと息を吐き出させる。

 

「まぁそう拗ねるな。答えが欲しければくれてやるから」

「嫌。自分で解明する」

 

 先日の練兵場での結果、一応、私は祭唄に勝ったことになっている。

 輝術の性質を利用しての勝利。けれど祭唄には……あと玉帰さんには、なぜあの時祭唄が「痛がったのか」が理解できないらしい。

 それは身体強化という輝術と固定の輝術の違いからくるものなのだけど……この通り、祭唄は一向に答えを聞こうとしない。そんなんだから子供っぽいんだよ、とは言わないでおく。

 

「……ん。青清君から。……祆蘭に来てほしい、って」

「おお、なんだなんだ」

 

 また思春期中学生っぽい話か?

 

 

 え、行きたい、と言いかけた。

 が、思いとどまった。

 

「……怪しい」

「な、何がだ」

「どう考えても怪しいだろう。……なんだ、祭唄様と夜雀様と共に赤州の温泉へ浸かりに行ってこい、とは。……怪しさしかない」

「い、いや! 最近疲れているだろうし、そう……行きたいと言っていたそうではないか」

 

 それはそうなんだけど。

 怪しさしかない。鈴李が自ら私を遠くへ追いやることもそうだし、さらに言えば青州ではなく赤州へやる、というのが怪しさ満点門左衛門。

 

「も、もうすでに赤積君へは連絡をつけてある! 三泊四日の温泉旅行だ! 文句はなかろう!」

「……いいのか。お前は来なくて」

「当然行きたい……が、外せない用事が……」

「やっぱり、私を遠ざけてまでやらなければならん用事があるわけだな」

「……それは認める。が、今回は進史も同意の上のこと……と言えば、安心できるか?」

 

 ふむ。確かに……進史さんがGOサインを出したのなら、まぁ。

 危ない事では……ないのだろう。彼は青州と鈴李を本当に大切に想っているようだから……うーむ。

 怪しさ満点なれど、まぁ。

 

 オンセンニハイキタイノデス。

 

 

 お待ちしておりました……なんて女将さんが出てくる、ということはなかった。

 ここは赤宮廷に隣接する繁華街、熱丸(ルヴァワン)。嫌な思い出し方だけど、赤積君の足繁く通っていた老舗の宿屋、懐真亭(フゥァイヂェンティン)のあった街だ。あれね、灯濫会(ドンランフゥイ)とか睡蓮塔(シュイリィェンター)なんかの情報が幽鬼たちの口から出てきた時、一緒に出た名前。

 貴族と平民の入り混じる繁華街、という謳い文句は偽りないようで、そこらじゅうに輝術師がいるし、当然のように平民と貴族が笑い合って生活を送っている。他の州にある貴族街も似たような光景ではあるけれど、ここはより距離が近いというか……貴族も平民も関係ない、という考えが根付いているように見えた。

 

 にしちゃ螺孜(ルゥォズー)は完全なる貴族主義っぽかったから、まぁ人に依るんだろうけど。

 

 で、その繁華街にある温泉宿に、女三人で小旅行、というわけだ。

 

「……おかしな輝術の気配はなし。穢れも見当たらない」

「覗き穴とか薄壁もないね~。本当に普通の部屋かな」

「赤州の人間が私をどうこうするとは思えんのだし、そこまで気にする必要があるのか?」

「まー、これは職業病というか、要人護衛なら真っ先にやるべきことだからさ」

 

 ──ついでに言うと、お前は"次点の絶対決定権"を有しているのだ。知る者こそ少なかれ、その力を、と目論む何某かがいてもおかしくはあるまい。

 

 それを言われると、まぁそうか。

 旅館でずっと気を張り詰めているのもなんだし、湯に浸かる時は無手になるわけだし。

 後顧の憂いは断っておくべき、かねぇ。

 

 一応、赤積君からも通達があった。祭唄たちを通じて。

 曰く、一人だけ。あの時の事件に関わっていた者で、「前歯が二本無くて、爪に黒い土の混じった、若者の手首から先を収集する癖のある男」だけは見つかっていないのだそうで。似た特徴の男を全て検挙するわけにもいかず、かといって放置もできず。街や村などには兵士が目を光らせているけれど、気を付けるだけ気を付けろ、と。

 恨みを抱いている可能性があるから。

 

 ま、そうだろうな。私と赤積君……と結衣(ジェイー)のせいで職を失ったどころかお尋ね者だ。

 けど私を知っているかどうかはわからないんじゃ、と言おうとして、そういえば輝術師には情報伝達という素晴らしいまでの手配書製作術があるのを思い出した。……ま、用心するに越したことはない、と。そういうことだ。

 

 ただそんなことより。

 

「……なんだと思う、祭唄様、夜雀様」

「なにがー?」

「青清君が私達を遠ざけた理由、でしょ。聞きたいのは」

「ああ。お前達も聞かされていないのだろう。お前達、嘘が吐けんし」

「あ、あははは……そうだね、隠し事は得意じゃないから……今回は何にも知らされてないんだ」

「だから共に考えよう。実際何があれば私を遠ざける? 自分の監視下から外してまで、だ」

 

 三人で、うーんと唸る。

 危ない事ではないと言っていた。進史さんがGOサインを出したかどうかについては本人の確認も取っているから嘘じゃない。

 だから、私のいない内に黄州と戦争、とかではないのだろう。

 

「祆蘭がいると、できないこと……だとすると」

「……恋愛の勉強会、とかか」

「あり得なくはないけど、それなら私を外すかなぁ。それに、そんなの情報伝達でできるんだから、小祆を赤州まで追い出す必要はないんじゃない?」

「確かに」

 

 少々浮ついているとはいえ、夜雀さんは恋愛の、しかも同性愛のスペシャリストのようなもの。

 彼女を外す理由には足りない。……むぅ、鈴李のいつもの言動が言動なだけに、花嫁修業とか寝技のうんたらとか、よりあり得ないものばかりが浮かぶ。

 

「祭唄様は、何かないのか」

「案出しは構わないけれど、そろそろその二人きりの時以外に敬称をつけるのをやめて。特に夜雀とか玉帰だけの時は、要らない」

「え!? もしかして二人きりの時は呼び捨てで呼び合ってたの!? ……羨ましい!!」

 

 唐突過ぎるし突然過ぎる嘆願。

 

「いや……祭唄様とはほら、あっただろう? 私のうんたらかんたらが。それがあって、敬称を外す、という流れになっただけで……本来私は平民で、お前達は貴族なわけで」

「忘れたの? あなたには中位貴族と同じくらいの権限が与えられている。夜雀は」

「はいはーい! 最下級の貴族! つまり呼び捨てでも問題なし! というか、確かにそうなんだよね。ずーっと敬称をつけられてると距離を感じるから……これを機に! さぁ!」

 

 いやまぁ。

 本人がいいなら……構わないんだけど。

 

「あー……じゃあ、夜雀(イェチュェ)

「わ……な、なんだか特別感あるね……!」

「うん。実はずっと前から名前で呼ばれていた」

「ずーるーいー!」

 

 貴族は敬称ありの方が嬉しいんじゃないのか。ほら、ご主人様的なノリで。

 ……まぁ友達なら、というのはあるのかもしれない。二人とも若いし、いつまでもビジネスな関係性では思うところも……。

 

 よーしオバサンくさい感想が出たので思考をカット。

 

「それで、祭唄様……じゃない、祭唄は何か考えが?」

「あ、うん。多分だけど、政治の話をするんだと思う」

「政治の話?」

「そう。普段は青宮廷にある行政区画……というかそこにいる行政の人達を青宮城に招いて、色々やるのかなって。その時、万一でも祆蘭が見つかると厄介になるから」

「平民だからか」

「違う。逆」

 

 ……逆、とは。

 

「小祆はね、今ちょ~っとだけ微妙な立場なんだよ。ほら、幽鬼の事件のみならず、鬼とか、他州の件とか、そして人と人との問題まで解決しちゃってるでしょ? その歳で。……九歳でそこまでできることは、お城のみんなならもう過ぎたことなんだけど、他の人からするとおかしなことに映るみたいでさ~」

「祆蘭こそが神子なんじゃないか、と実しやかに噂する声が青宮廷内部で上がっている。……それで、けれど輝術の使えない平民だから……つまり」

「楽土より帰りし神子なのではないか、と。そう噂され始めているわけだ」

「荒唐無稽な話だけどね~。だって楽土より帰りし神子って言ったら帝の母御でしょ? 私、何度か見たことはあるけど、小祆とはこう……迫力! みたいなものに差があるっていうかさ」

 

 ふむ。

 ふぅむ。

 

「まぁなんだ、つまり面倒事なわけか。私がいると……そして、あの部屋に住んでいると知られると」

「楽土より帰りし神子、あるいは神子を不当に扱っているとして担ぎ上げられかねない。それが青清君へ牙を剥く大義名分ともされかねない。当然だけど、青清君に牙を剥いたところで彼らに旨味はない。でも己の考えを妄信するあまり、益も不利益も度外視して呆れる行動に出る者もいる」

「私と祭唄が離されたのもそれかなぁ。よく一緒にいることは知られているだろうし」

 

 なるほど……なんか、ちゃんと面倒臭いんだな、その辺。

 ヨーロッパ的な貴族制度ではないようだからと甘く見ていたけど、そうか、信仰か。擁立する柱が多いと……内部分裂に至りかねないと。

 それで、だとしても鈴李の力が弱まるわけではない。ただし鈴李のお気に入りが私だから、私さえ味方につけてしまう……あるいは九歳の子供を丸め込んでしまいさえすれば、あとは思い通り……とかいうのが筋書きかね。

 

 くだらんなぁ、あまりにも。

 

「……行政側を擁護するわけじゃないけど、青清君にも悪い所はある。祆蘭が来る前の青清君は、本当に外に興味が無くて……青宮廷へ降りてくることは勿論、貴族の問題にも他州にも、一切口を出してこなかった。けど、最近の青清君は……明らかに何か目的を持って動いている。それはまぁ、だから……」

「ああ、そういうことか」

「なに、その反応。二人だけの秘密?」

 

 一応まだ鈴李が帝の座を狙っていることは秘密だからなぁ。

 だけどそうか、鈴李的には必ず勝つ、いつか勝つってつもりでいるのだから、その辺を整備しておきたいのか。

 

「早めに諦めさせるのも手だが……」

「実際、引き込むのはあり」

「ちょっとー! 二人だけの世界で話さないでよ~」

 

 この辺は……要相談、だな。特に玻璃、凛凛さんあたりとは話しておきたい。

 なし崩し的に陽弥の今までの所業も割れるわけで……鈴李がどういう反応を示すかは未知数だ。また、彼女を抱き込むと言うのなら進史さんも、ということになる。さてそうなってくると……誰がどこまで、誰を、何を、許すことができるのか、と。

 蓬音(ポンイン)さんを引き込んでおいて黒根君を引き込まないのは、彼女が想譚(シァンタン)をまだ想っている可能性が高いからだし。"(とこしなえ)の命"には悪い印象を通り越して殺意を抱いている可能性の方が高いからなぁ。

 

 パンパン、と。手が叩かれた。

 

「はいはいはーい。二人とも難しい話も隠し事もやめやめ! 折角の旅行なんだから、眉間に皺を寄せるのはやめよ? ね?」

「確かに……そう。うん、夜雀の言う通りだった」

「そうだなー。羽を伸ばしに来たのだ、ここで疲れては勿体ないか。……だとして、夜雀、祭唄。その……なんだ、私は世間知らずでな、こう見えても」

「知ってる」

「知ってるよ~」

「ならいい。だから、繁華街の楽しみ方、というものを知らんのだ。……三泊四日もあって、ずーっと旅館と温泉、というわけにはいかないだろう? ……こういう場所には何があって、どうするのが正解だ」

 

 地球でなら、あの馬鹿……もとい親友と、その奥さんこと聖人……こと奥方と共に旅行、というのはあった。どう考えてもお邪魔虫な私を快く受け入れてくれた奥方の立てたスケジュール通りに動いたり、親友曰く「旅行地では迷え。そうして通行人に道を聞くべきだ。それこそが見知らぬ地の最も美しい楽しみ方なのだからな」なんて言葉に従って五時間くらい迷いまくったり……なんだ。

 結局頼り切りだったからなぁ。一人旅行もすることはあったけど、地図アプリを見て目的を果たしてホテルに帰ってを繰り返すだけの……それこそ親友曰く、「機械かお前」と言われるような旅行ばかりで。

 

 ……女友達と温泉旅行。いや、行った記憶がないわけじゃないけど、基本一泊二日だったような。

 三泊四日って……何をすればいいんだ?

 

「輝術師ならではの楽しみ方と、誰でもできる楽しみ方。どっちがいい?」

「じゃあ、初日だし、輝術師ならでは、の方で」

「わかった。じゃあ行こう」

 

 身体が浮く。……えーっと。

 夜雀さん……夜雀を見ても、にっこり笑うばかり。

 

 えっと?

 

 

 

 心地の良い風を全身に受ける。

 

「成程屋根の上。……こういうの、許可とか取らなくていいのか?」

「汚したら掃除するし、壊したら修復する。何よりこの観光方法は赤積君もやっていたこと。咎められることはない」

「あー」

 

 やりそう。やってそう。

 

 ……視界に映る街並みは、まぁ、これといって特徴があるわけじゃない。

 壁材は赤く、瓦屋根。ところどころにある煙突らしきものからは蒸気が出ているので、あれら一つ一つが温泉旅館なのかな。

 これで空が快晴であれば……と思わないでもないのだが、当然のように雲がたくさん。そんでもってあれが通常の雲ではないと知っている身からすると……ああ、やめやめ。

 

「やっぱり青州とは違うねー」

「うん」

「え。……どこが?」

「あれ、こういうのは小祆の方が真っ先に気付くのに。ほら、青州の街は水路とか橋とかがたくさんあるでしょ?」

「でもこっちはない。代わりに、今は灯されていないけれど篝火や火通路(フォトンルー)がある」

 

 言われて、みれ……ば?

 前提知識がないと気付けない違いだなぁ。……というか私の場合は三古厥は全て同じ作りをしている、という偽の前提知識があったせいな気がしなくもないのだが。

 

 ──基礎は同じだよ。ただその基礎をどう改造するかは人の手に依るだろうね。

 

 ふぅん。

 

「火通路、というのはなんだ。いや、物自体はわかる。軒下に通っている雨樋のようなものだろう?」

「そう。あれには油が流れててね、幽鬼が出たとか、喧嘩が起きたとか、そういう事件があったとき、お店の人がそこに火を入れるの。それは街の自警組織のもとまで燃えていって、自警組織はすぐにその場所へ辿り着ける、ってわけ。燃えていく方向もわかるから、避難もしやすいんだ~」

 

 へー。……色々穴がありそうだ、と思ってしまうけれど、その穴は輝術か何かで埋めているのだろうなぁ。

 しかし。

 

「他州にはないのか、そういうもの」

「んーん、各州でも色んな方法での通報手段があるよ。銅鑼を鳴らしたり、鳴子をわざと鳴らしたり。……けど、こういう火通路みたいな……発明品? が使われてるのは、確かに珍しいかも」

「赤州は平民を大事にする政策を取っているから、かな。赤積君がそういう傾向にあるから、自然と?」

「成程。お前そんなに民を想う州君だったのか」

「へ?」

「え?」

 

 カラン、と。わざと足音を立てて……姿を現すは、赤州が州君、赤積君。

 一瞬戦闘態勢になりかけた二人も、その姿を見てすぐに畏まる。

 

「偽装輝術ではむしろ勘付かれるかもしれない、と聞いて、儂の培った技術を総動員して気配を薄めていたのだが……ブァッハッハッハ! まるで効かぬか!」

「青清君からの入れ知恵か。大方、護衛でも任されたか?」

「ああ。幽鬼とかであれば要人護衛と本人がなんとかするだろうが、鬼との戦いとなれば手を貸せ、とな。青清君め、儂を小間使いのように使いおって」

 

 妥当だな。

 これは祭唄らが信用されていないわけじゃない。鬼との戦いになったら、この二人は下がらせなければならない。そして私も……負ける気はサラサラ無いが、誰かを守る力があると言ったらそれは嘘になる。

 武力という面ではこれ以上ない護衛だろう。

 

 が。

 

「生憎と今は女三人での旅行中でな。男は邪魔だ。別に感知であればどこか遠くからでもできるのだろう。こうも近くにいる必要はあるまい」

「なんだ、つれない娘子よな、相変わらず。折角来たのだから象棋(シャンチー)の一つでも打っていかぬかと誘おうとしたのだが」

「後で、だ。……それより赤積君。この火通路というものを発明したのはお前か?」

「それより、で転換可能な話題変更でもないが……違う。折居(ジェァジュ)という老人だ。火消しの折居、とは数十年前に通った名でな、ブァッハッハッハ、儂も子供の頃は焦がれたものよ」

「平民か?」

「輝術師だが、貴族ではない。……会いたいのは伝わったが、奴めが訪問を許可するかどうかは……」

「お前、偉いのだろう」

「……はぁ。本当に……どこまでもいつまでも偉そうな娘子よな……」

 

 観光地と言ったらやっぱりこれだろう。

 

 工房見学……後学のためにも、現地の特産品を作った相手とあらば、是非とも会ってみたいものである。

 ちら、と。二人の顔を窺えば、頷きが。すまんな、毎回毎回全部決めてしまって。

 

「……珍しいこともあるものだ。今すぐに来られるのならば良い、だと。……あの偏屈爺め、儂が会いたいとせがんだ時には五日は待たせてきたというのに……若い娘三人ならば……ということか」

「憧れていたのではなかったのか」

「当時は、だ。会ってみて人となりを理解し、焦がれはとうに消え失せた。……さて、行くか。そちらの要人護衛も浮かせるが、構わぬな?」

「ああ、頼む」

 

 祭唄も夜雀も上手く話せないだろうし、私が答えて、と。

 

 ではいざ行かん──。

 

 

 その老人は、白髪の全てを後ろに流した……剣客を思わせる雰囲気を持つ男性だった。

 というか実際に剣客だった。だって声をかけた赤積君に容赦なく斬りかかったし。

 

「久しいなぁ折居。それで、州君である儂に斬りかかるとは何事だ。ん?」

「ワシが許可したのは娘さん三人の訪問であっておぬしのような巨漢ではないわい!」

「やーっぱり女目当てかこの耄碌変態爺め!」

「何を言うとるか男は墓場に埋まるまで変態じゃこの阿呆州君!!」

 

 おお。

 赤積君も折居さんも輝術こそ使っていないものの、武芸は互角のように見える。いやもちろん本気じゃないんだろうけど。赤積君の使う大きな斧槍と打ち合うは双剣……というか双刀。それも直刃ではない面白い反りを持つ刀。

 なんだっけ、柳葉刀? ちゃんと芯があるように見えるから、演舞なんかで使うやつじゃないっぽい。実用的な武器。

 

 しかしなんだこの茶番は。私達は何を見せられて……って。

 あれ、二人とも興味津々。

 

「……もしかして、あの老人は凄いのか?」

「うん。赤積君も手加減はしているけれど、斧槍の重さが変わるわけじゃない。それを……あの細腕で、しっかりと弾いている。並みの技術ではないのは確か」

「体格差のある相手と対等に戦う、っていうのは、ほら、私達一応戦闘者だからさ。盗める技があるなら盗みたい、みたいな……」

 

 なーる……ほど?

 にしては……。

 

「左足の中指の骨、折れているだろう、ご老人」

「!?」

「むぉっ……っとぉ、危ないではないか。喧嘩の最中に何を」

「じゃれ合いもいいがな。何か重い物でも落としたか? しっかりと固定せねば、その歳だ、中々治らんぞ」

 

 だからこそ凄いというのはわかるんだけどね。

 ずっと左足に重心をかけないよう立ち回りながら、そしてそれを赤積君に悟らせないように振る舞っていた。

 足の指というのは身体を動かす上での重要な要素の一つだ。それを使わずに、となると相当な縛りがかかる。だから。

 

「体格差のある相手と対等に……ではなく、遊んでやっていたな。赤積君の武芸を傷つけぬためかは知らぬが、それで老骨に傷がついたのだと後から知れば、こいつは気負うぞ。すぐに落ち込む男だからな」

「……折居」

「むぉ~……これは若い男の説教くさい言葉であれば聞き流したんじゃがのぅ。綺麗どころ二人に可愛らしい娘さんからの言葉とあらば、降参じゃわい。……ほれ、勇迅(ヨンシュン)。遊びは終わりじゃ。とっとと仕事に戻れぃ」

「もう歳なのだ、無理はしてくれるな、耄碌爺」

「ワシに説教なぞ百万年早いわクソガキ!」

 

 良い関係性であるのはわかった。

 ま、薬とか包帯とかはあとで彼が手を回すなりなんなりするだろう。そういうところ抜かりないだろうし。

 

 ……あれ。

 

「なんだ、仕事に戻らないのか」

「いや、儂の仕事はお主らの護衛だからな。宿では流石に離れようが、郊外においてはすまぬが張り付かせてもらう。要人護衛もそれで構わぬか?」

 

 頷く二人。だから無理だって、他州の州君に意見するのは。

 黒根君を除く。

 

「えー、クソガキの監視付きじゃとなーんにもできぬじゃろー」

「己より一回りも二回りも三回りも年下の娘子らに何をする気だったのかは知らぬが、これは青清君からの要請だ。無下にはできぬ」

「……先ほど要人護衛と言っておったが、この可愛らしい娘さんは商家の一人娘、とかじゃったりするのかの?」

「いや」

 

 と、紹介を入れようとした赤積君を制す。

 相手が職人なんだ。敬意は必要だろうさ。

 

「初めまして。先程は不躾な言葉を吐いてすまなかった。……私は祆蘭という。青州にて、青清君のお気に入り、という名目の細工師をやっている者だ。この二人は私の護衛である夜雀様と祭唄様」

 

 敬称に二人が反応したのがわかったけど、まぁ流石にここではな。

 

「ほほほ、言葉はワシら下町の者に近いが、目の奥に確かな知性を感じるのぅ。ではこちらも改めて。ワシはこの熱丸で細々と暮らしておる折居という老人じゃ。よろしく頼むぞい」

「ああ。ところで──その剣気は、なんだ」

「おぬし、強いじゃろ。ほほほっ、武芸の達者さではない。心の強さじゃ。ワシはこれでも人を見る才に長けている自負がある。ワシの発明品を見に来たことは勇迅から聞いておるが……少しばかりの手合わせをしてみる気はないか?」

「馬鹿を言うな、折居。足を怪我していると今──」

「じゃから、戦うのはおぬしじゃよ、勇迅。──現赤積君と同等。ワシの目には娘さんがそう映っておる」

 

 ふむ。

 まぁ同等というのは普通に買い被りだけど、言わんとしていることはわかった。

 

「タダで見せてくれることはない、と。同業者だからな、理解はできる。……ただ、観戦中に夜雀様と祭唄様の尻に触る、などの行為をしようものなら、その股間と尻に特製の刺激物を塗りたくらせてもらおう」

「交渉成立じゃな。──そら勇迅。準備せい」

「いや……何を二人で話を進めている。儂はこれでも州君で」

 

 斬りかかる。腰に佩いていた鋸で。

 当然のように止められるソレに、けれど全体重を乗っけて宙返りし、彼の首にまたがるようにして纏わりつく。

 

将死(ジャンスー)

 

 そのまま眼球の直前へくぎ抜きを持っていって、チェックメイト。

 

「な……」

「とまぁ、輝術なりなんなりで抜け出し得るからな。私の勝つ術などこういう奇襲くらいしかない。──それを許している時点で腑抜けていると、そう言いたいわけだろう、ご老人」

「お見通しじゃった。うむうむ。先程の手合わせでワシの怪我を見抜けなかったことといい、そもそもの手合わせの感触といい、おぬし、妙に弱くなったな。何かあったのじゃろう、勇迅。娘さんらに聞かせたくない話題であれば伝達でも構わぬが──ワシの直感はこう告げておる」

 

 発明家らしい老人、折居。

 彼は好々爺たる笑みを浮かべて──私を見た。

 

「この娘さんなら、なんとかしてくれるであろうよ」

 

 と。

 

 

 さて──まぁ。

 私の行くところに事件アリ、というか。観光地の工房見学とはなんだったのか、温泉旅行で羽を伸ばすとはなんだったのか、という感情は当然あれど。

 まー三泊四日だし。一日くらいヘーキヘーキ。

 

「夢見が悪くて寝不足とはのぅ。ワシに健康を説いておいておぬしがそれか」

「……赤塞城には、儂に夢を見る者が多くてな。あまり吐けんのだ、こういう弱音は」

「付き人は? 螺孜(ルゥォズー)ではなくなったのだろう?」

「見習いも良い所よ。……あ奴には悪いが、頼りになるとは言えんなぁ」

 

 色々あるんだなぁ、州君と付き人の関係性、って。

 そう考えると鈴李と進史さん、黒根君と凛凛さんの関係性は凄まじく良好だったわけだ。

 ……烈豊や玻璃もそうだったはずなのに、なんて。

 

「どういう夢を見る。殺した相手が縋ってくる夢か? それとも何かに追われる夢? あるいは高いところから落ちているのに輝術が発動しない夢とか」

「妙に具体的だな……。が、違う。……。……空を、黒と赤が覆い尽くし、民が……そして儂もが、当然のように殺し合い、当然のように自死を選ぶ夢、だ」

「うむ疲れておる! おぬし疲れておる!! それこそ温泉にでも浸かって日々の疲労を洗い流してこい!!」

「やはりそうかぁ……。儂、疲れておったかぁ……」

「ワシが言うのもなんじゃが、そういうものを放置しておると、いつかぽっきり行ってしまうぞ」

 

 いやまぁそうなんだけど。

 私と祭唄からすると……そう単純な話じゃない。

 

 具体的過ぎるし。

 的確過ぎるし。

 

 ……彼に予知の才能があるのだとしてもないのだとしても……兆候、だったりするのか。

 空を見上げる。……さっき見た通りの晴れ模様。雲はあっても、その向こうは青い。

 

「武器を持つとな、道端の民を殺す己を幻視する。刃を見ると、それが己が喉に突き刺さる光景を見る。……疲れておるかぁ、儂」

「老けたのぅ勇迅。……そうじゃ、娘さん。細工師と言っておったが、なにかこう、心の晴れるようなものは作れぬか?」

「それはお前の工房を使って腕を見せてみろ、という挑発と捉えるが、構わないな?」

「そうじゃ。話が早くて助かるのぅ」

 

 はぁ。

 心の晴れるような工芸品、ねぇ。……うーん。

 

 まぁ作るだけ作ってみますか。

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