女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第八十七話「六角返し」

 大霊害。曰く、祭唄の家……先祖がそれの解決に貢献したので、彼女は中位貴族になった、とか、その程度しか知らない話。

 誰も情報を持っていないそれは。

 

「増えすぎたンだよ。もうわかってる前提で話すが、同一因子……平民っつーのは、神を希釈するためだけに送り込まれたモンだ。神と番い、神の力を持つ者と番い、その子供と番い。そうして神の血を希釈することで、万が一を失くす。万が一、っつぅのは、オレ達が世界結界をどうにかして壊しちまう可能性の話な」

 

 語り手を変えて、(シィェン)

 

「陽弥のやり方でもなんでも、神の力……輝術師の力を一纏めにできりゃ、今でもまだやりようはある。総量は変わらねえからな。……で、そのために送り込まれた同一因子は、だからこそ知識や発想に制限がかけられている。余計なことをしないように、余計な発想を持たないように。それが混ざった奴らも同じだ。思考に上限がかかる。……んだが、この仕組みには欠陥があった。今もそうだが、ある一定になってくると、輝術師は輝術師同士と、平民は平民同士としか番わねえようになるンだ。大規模な飢饉やら災害やらが無い限りな」

 

 難しい顔をしているのは祭唄と蓬音(ポンイン)さん。彼女らは当事者だから……悍ましいのだろう。

 凛凛さんはまた別口だ。多分玻璃も。ああ、私も、か。

 

「産めや増やせや、ってな。平民はある程度豊かになると、出生時の死亡率ってモンも下がる。平民だけで増えられると困るンだよ、奴らにとっては。だから」

「──だから、口減らしをしたのか」

「質疑応答は最後、じゃなかったのか? ン?」

「舐めた口調は気に入らんが、他人のことを言えたことではないし、それを言ったのは私だから黙ろう。すまん、続けてくれ」

「オウ」

 

 ……だが、それで終わりだろう。

 なるほど……だから貴族街も含まれたのか。

 

「口減らし。つゥか、増え過ぎたから消えてくれ、って話だ。神の力を希釈するためだけに送り込まれた同一因子は、増えることも発展することも望まれちゃいねェ。せいぜい見目麗しく生まれて、輝術師……貴族に見初められてさらなる希釈を、くらいの価値だ。()()()()()()()()()()()()()。基本的にはな」

「……──」

「その口が開く前に言ってやるよ。……平民が幽鬼とならねェのは、未練が無いから、なんて理由じゃねぇのさ。誰も彼もがテメェのようにさっぱりきっぱりしてるわけじゃねェ。生を諦められない平民もごまんといる。だが、そいつらは幽鬼にはならない。邪魔だからだ。そんな役割を、そんな機能をつけられていないから、平民は幽鬼とならない。……ただし、それは基本的な話。例外もある」

 

 そうか……幽鬼や鬼が迷信なのは、貴族しか幽鬼にならないのは。

 ……とんだ世間知らずもいたものだな……偉そうに語って、まぁ。

 

「例外。それは、奴らが鬼を作ろうとした時にだけ起こる。それが『大霊害』だ。……媧、聞こえてんだろ? 五千年前の話をそのガキにしてやれよ。お前が何をし、どうなったのか」

「私の口を通す必要があるのか? 玻璃」

「あら。彼のことまで気付いていたのですか。ふふ、もう隠し事はできそうにありませんね。──では、どうぞ」

 

 と言われて出てきたのは。

 

「なーんか嫌な空気に参上! あ、人呼んで流離いの奔迹(ベンジー)!! そう、人は俺をこう呼ぶ、あ、流離いの」

「奔迹」

「……おっと。そういう空気じゃないのはわかったんで、神門様も小祆もその目を向けるのはやめようか。……で、五千年前の話ね。ま、俺が鬼になった年なんだけど……」

 

 奔迹。なんだか久しぶりな気がするけれど、祭唄とは頻繁に会っているのだったか。

 そして五千年前。五千歳の鬼は、濁戒(ヂュオジェ)もそうだったな。

 

「五千年前。その年の明けに、我らが鬼子母神(グゥイズームーシェン)が復活したのさ。俺とか濁戒とか、その他にも結構いるんだけど、彼女の穢れを直接受け取った鬼は"子"になる。"子"となった鬼は、知るんだ。知覚できるようになる、が正しいかな。世界を囲む壁の存在を。歪んだ空を。悍ましい深海を。あの峰々が悪しきものであると理解する。──だから俺達は、彼女と共に世界からの脱出を図った。……とはいえ俺達は考え無しでさ、当時は若かったのもあるんだけど……集った鬼の九割方が死んだよ」

「輝術師、ではなさそうだな」

「まーね。あんなのに負けはしない。ああいや、州君には負けてた奴らもいたけど、そうじゃない。空の域を超えて消失したやつ。海の域を越えて潰されたやつ。思いついてはいけないことを思いついて、抹消されたやつ。沢山いた同期の同胞は、九割が死んだ。消えた。穢れの意思に殺された」

 

 だから、と。奔迹は指を立てる。

 

「他の時の復活で彼女が倒されたのは人間の勇士によるもの……つまり、"子"を集められなくての死が多いんだけど、五千年前の鬼子母神の討滅は、奴らの意思がほとんどだった。俺達もまた増え過ぎたと思われたんだろうな。消されて消されて殺されて、それでも向かってくるから"必要な分"さえ消えちゃって。……弱りに弱った鬼子母神の下した命は、"今は逃げて、次なる機を待て"だった。完全なる敗走。っつーか、潰走? 生き残った"子"はまた各地に分散して、それでも諦めきれないバカはどんどん死んで……鬼が減っちゃったわけさ。穢れもね」

「必要量まで消えちまって頭を抱えた奴らは、自分たちで鬼を作ることにした。今までもその事例はあったし、此度も上手くいくと信じて疑わずにな。……そうして起こした『大霊害』にて、お望み通り鬼が生まれる。ただし──陽弥っつゥ、予想外にも意識を保った、農村出身のなんでもないガキの鬼が。奴らの操作を、意思を受け付けることのない、むしろ牙を剥く強大な鬼が生まれたわけだ」

 

 それが『大霊害』の真相。

 であれば。

 

「肉体はどこへ、って顔してるけど、そりゃ鬼火が焼いたんだよ。前にも言っただろ? まぁ忘れてくれって言ったけどさ。平民の死体も、鬼の死体も、世界に残っちまったら邪魔だろ? だから鬼火が焼く。焼いて掃除する。理性の無い鬼でも鬼火は出せるからな、掃除屋としては持って来いだ。死体についた鬼火は死体にだけ延焼する。その燃焼速度は文字通りあっという間でさ。だから、大霊害で生まれた死体は、一晩の内に燃え尽きたのさ。邪魔にならないように、ってな」

「どこまでも……平民も、鬼も、消耗品か」

「ああ。五千年前に散っていった同胞をあんまり馬鹿にはしてくれんなよ。みんな、色んな信念を持ってたけどさ、それでもそっちが許せなくて、死んだ。無駄死になのはわかってるさ。でも……許せなかったんだよ。今も世界の外から俺達を見て笑ってるんだろう奴らの顔を想像したら、己の制動ができなかった」

 

 沈黙が落ちる。

 ふむ。……まぁ、理解はできる。できるが……。

 

「つまり、奴らは平民の幽鬼を作るかどうか、すら自在なのか?」

「ン、ああ。話しの途中だったな。そうだ、そういう例外も作り出せる。……が、陽弥の件で懲りたみてぇで、それ以降は見てねえな」

「桃湯。寧暁(ニンシャォ)の幽鬼は」

「ええ……私も、今それを考えていた」

 

 寧暁。私が相対した二人目の幽鬼。

 貴族の中に混じっていた平民で、輝術師に焦がれていた彼女。彼女は桃湯によって光を纏わされていたけれど、そもそもの話をするならば。

 

「あの子は私が殺したわけじゃない。あの子は初めから幽鬼だったわ。私と会うまえからね。……考えられる可能性としては三つ。一つは、あの子の中にも多少なりとも輝術師の血が混じっていた、という可能性。前にも話したことだけど、平民の中には己に輝術の才があると知らずに生涯を終える者も多いの。その可能性は……あったかもしれない。けれど」

「常日頃から輝術を使いたいと考えていて、けれど使えず。そして多くの輝術師から輝術師かどうかの精査まで受けて、そうではないと判断された者だ。その可能性は薄く感じられる」

「そうね。……二つめは、生霊であった、という可能性。現帝、あなた達の……"(とこしなえ)の命"を作る技術の過程で、肉体を生かしたままに幽鬼を作る、というものがあるでしょう」

「ある。けれど、それはあり得ないね。"(とこしなえ)の命"の材料は皆輝術師だ。平民では作り得ないよ」

「……なら、これもあり得ない。とすれば」

 

 顕が上を見上げる。庫の中だから、空は見えないけれど。

 

「それ、いつの話だ」

「四()月前の話だな」

「……桃湯さん。今、天染峰にいる鬼の総数はわかるかな」

「いえ……私に付き従っている鬼が百二十。それ以外は知らないわ」

「少ないのか多いのかわからんな」

 

 ──少ない。かなり、だ。覚えているか? 私がお前の身体を乗っ取った時に集まった鬼の数を。私はあの時、世界中に声を届けていた。だが、あれしか集まらなかった。つまり。

 

「いつまた……あの惨劇が起こってもおかしくはない、ということか」

「寧暁が奴らの作ろうとした鬼であるのならば、だがな」

「楽観視はできないでしょうね。……私の把握している鬼も含めて……桃湯」

「ええ。一度、天染峰にいる全ての鬼を確認する必要がある。……現帝、あなたも」

「陽弥と。私はあなたより若い鬼だからね」

「えっと、俺も参加する感じ? この流れ?」

 

 玻璃プラス鬼達はそう動いてもらうとして、こっちはこっちの話をする必要があるな。

 まずは。

 

「凛凛様、『継草(ジーツァォ)』の繁殖はどこまで進んでいる?」

「天染峰の六割方、といったところね。いくつか植物の侵入できない地域や、穢れに阻まれている場所があるの。……そのあたり、鬼になんとかしてもらいたいのだけど」

「桃湯や現帝は忙しいだろうから、私が請け負うよ。……その種に詰まった輝術が私を焼かないのなら、だけど」

「それなら、遮光鉱の粉末で包むのはどうだ? 目の細やかな布を作り得る者にもアテがある」

「逆に輝術が消えてしまう、ということになりかねないのではないかな」

「……ある程度の土で覆っておけば大丈夫よ。その上から遮光鉱の粉末を塗して、布で包む。少し面倒だけど、それで行きましょう」

 

 よし、こっちも上手く行きそうだ。

 では……一番面倒臭そうな部分の話し合いをするか。

 

蓬音(ポンイン)様、祭唄様……それと、顕、伏」

「ん」

「……」

「ンだよ」

「確かめてもらいたいことがある。──特に蓬音様と顕にはな」

 

 全てがおかしくなる前に、全てをやってしまおう、と。

 

 

 

 帰り道……というか、帰り空。

 

「仮に……蓬音と伏たちが、祆蘭の確かめてほしいことについて……正しい、と返してきたら、どうする気なの?」

「どうしてほしい?」

「……嫌な想像ばかりが浮かぶ。……今日聞いたことは、全て……私にとって、悍ましいことばかりだった。あなたがなりかけているもの含めて……平穏無事であってほしいと思うものばかり。だけど、なにより」

 

 必要ないだろうに、私の手を握って浮遊している彼女の指が……ぎゅ、と閉じられる。

 

「死ぬつもり、じゃない……よね?」

「それだけは絶対に無い。険しい道となることはわかっているが、それだけは絶対にあり得ないと約束する」

「……わかった」

 

 今生では都合よく、だ。

 そうだろう、親友。自殺など……私達は絶対にしない。殺されたとて尚も哄笑するお前が目に浮かぶからな。自殺など誰がしてやるものか。

 

「あ、そうだ。一つ言い忘れたな……」

「伝え忘れ? この距離なら伝達できるかも」

「ああじゃあ、蓬音さんか凛凛さんに伝言を頼みたいのだが……」

 

 祭唄に耳打ちをする……と。

 物凄く憮然とした……というか、冷ややかなものを見る目になる彼女。

 

 えー。

 

「ダメ。許さない」

「いや……まぁ祭唄でもいいのだが」

「そういう話じゃない」

 

 お願いしたこと。それは。

 

「黒根君から体術を学びたい、なんて……そろそろ守られる側の自覚をして欲しい」

「いやでも、必要だろう? 必要になりがちだし」

「それは私のせい。要人護衛が弱いせい。あなたが己を高める必要はない」

 

 輝術攻撃が主体の鈴李と玻璃。武器攻撃が主体の赤積君。

 対し、輝術攻撃と体術のどちらもを使うのは黒根君と烈豊しかいない。いや探せばいくらでもいるんだろうけど、私の知り合いで頼めそうなのがそこだけ。で、烈豊は連絡手段がないし、忙しそうだし。

 逆に黒根君はなんか暇そうだなって。ド失礼だけど。

 

 さすがに工具を使った戦い方、なんてものを熟知している人はいないだろうから、せめて体術の基本くらいは学んでおきたいのだけど……。

 

「ダメか」

「だめ」

「もし私が一人となって、窮地に陥ったら」

「陥らせない」

「前の時のように、わざと戦力を分散させる時もある。そういう場合に」

「最悪、威圧と剣気でなんとかなるでしょ、祆蘭は。体術は肉迫するから危険。それをわかって」

 

 ……今回は強固そうだ。

 これは無理だな。付き合いも四か月となってきたから、わかる。

 

 "八千年前の組成"の時みたいに三人がかりでかかってきてくれると尚良かったのだけど、これじゃ他の要人護衛に頼んでも無駄かなぁ。

 

「平民に武道家などはいないのか」

「いるかもしれないけど知らないし、祆蘭とは会わせない」

「……」

「……」

「進史様に頼るか」

「許可を出してしまいそうだから、今から説得する。頷かないように」

 

 うーむ。

 これは。

 

「わかった、諦める」

「……本当に?」

「ああ。代わりに強くなってくれるのだろう?」

「本当に?」

「ん? 何がだ」

「本当に?」

「……諦める、という部分を信じてないのか」

「……だって、祆蘭が諦めるわけがない」

 

 いやいや、そこまで無理なら諦めるよ。

 

 

 

 現実では、だが。

 

「さて、やろうか媧。お前、そこそこ動けるのだろう」

「……あの輝術師も可哀想にな。しっかり眠っているかを監視しているようだが、まさか眠っていること自体が見逃しだとは思うまい」

「今回は私も役立たずではなく、教えられる。嬉しいね。これで媧から嫌味を言われずに済む」

「そうか、烈豊の師匠、なのだったな」

咲着(シャオシー)が、だけどね。それでも人にものを教えるのは初めてではないよ」

 

 うむ。

 相手にとって不足なしとはまさにこのこと。

 

 では──。

 

「だが一つ言っておく。お前は子供だ。だから、単純な殴り合いや関節技を教える気はない。意味が無いからな」

「え」

「大した痛みも与えられず、隙を晒して終わり。関節を決めても抜け出されて終わり。子供が大人や、あるいは力の強い者に勝る、というのは基本的にはあり得ないことだよ」

 

 だから、と。

 異口同音に、二人は言う。

 

「──卑怯を覚えろ、祆蘭。ここなるは心境世界。目やらなにやら、多少潰れたところで問題はあるまい」

「ずる賢い戦闘をしようね。ここなるは心境世界。何が起こるかはお楽しみということで」

 

 の……望むところだ!

 

 

 目を覚ます。

 ……なぜか頬をぶにゅう、とされている。

 

「なんだ、祭唄」

「本当に眠っていた?」

「ああ……心地の良い眠りだったぞ」

「……じゃあ、時々祆蘭から剣気が漏れていたのは、なぜ?」

 

 ギク。

 え……夢の中で放ったモノでも、外に影響が出ることあるの? 聞いてないんだけど?

 

「まぁ斯ような状勢だからな。悪夢でも見たのではないか?」

「心地の良い眠りだったのに?」

「悪夢程度で魘されやしないさ。無意識に私を媽媽(マーマ)呼びする誰かさんと違ってな」

「……」

「……それより……あれだ、昼餉を食べに行こう」

「眠る前に食べたのに、お腹が空いたの?」

「あ、いや。……えー……そうだ、何か作ろう。そうしよう」

 

 こういう時は仕事に逃げるのが一番!

 仕事なら邪魔のしようがないからな!!

 

 では用意しますは厚くも薄くもない紙一枚と筆。あとカッター代わりの刃物。

 まず、一辺が七厘米(cm)の正三角形を製図し、それが上下に重なる平行四辺形を作るようさらに作図。このセットを五つ横に並べる。

 十個に並んだそれらの外辺を切り取り、左上から右下へ向かう線を谷折りに、左下から右下へ向かう線を山折りにしていく。

 両端の正三角形同士を糊でくっつけ、乾燥まで待ち、完全にくっついたら中心を開く。

 それを祭唄に渡して、適当に絵やら柄やらを表裏六面へと描いてもらえば……完成。

 

「六角返し、という玩具だ。開く面によって柄の変わる、単純であるが故に面白いもの、だな」

「……じゃあ、お仕事終わり?」

 

 ん~。

 

「なら祭唄。そろそろ……そうだな。やるべきだな」

「何を?」

「前はダメだと言われたことを、だ」

 

 

 

 練兵場。

 本当に渋々……といった感じで申請を出してくれた祭唄は、これまた渋々、といった様子で私の前に立っている。

 木刀を手に。

 

「……本当にやるの?」

「輝霊院の学び舎へ潜入した時の演習を見ただろう。体術は確かに無理やもしれんが、短剣術ならばある程度できる」

「ほとんど野生の勘で動いているように見えたけど」

 

 それは先生が悪い。つまり媧が悪い。

 

 ──私の戦闘技術はまさに野生で培われたものだ。正しいことを言われても然程気にならんな。

 

 さいで。

 

「危ないと思えば……俺が、止める。双方の武器には……等量の固定輝術をかけた。それが破損しても、試合は終わり。そう……思え」

「付き合い、感謝するぞ、玉帰様」

「……俺達が弱い。それが悪い。……事実だ」

 

 立会人は玉帰さん。夜雀さんは今別のことをやっているらしいのでいない。

 

「俺が……手を降ろす。それが合図だ。……いいな」

「ああ」

「うん」

 

 上体を屈める。ほとんど四足の構えに近いソレの状態で、さらに目を瞑る。

 深く深く息を吐き。

 深く深く息を吸い。

 

 色を、消していく。

 

「はじめ」

 

 弾く。

 

「ッ!? 嘘……」

「……なんだ、避けられるか、流されるか。どちらかだと予想していたか」

 

 弾いた。最低限といえど身体強化の為されている祭唄の一撃を、真正面から。

 

 確かに「なりかけている」のは事実だけど、それでもあの時に発した言葉は嘘じゃない。

 だんだんわかってきた。それも事実なのだ。

 

 そもそも身体強化とはなんなのか。

 固定の輝術とはなんなのか。

 輝術とは、どういうことなのか。

 

 彼女ら自身ですら気付いていない発生の兆候。思い通りにしか動かないという事実の隙。

 固定輝術が持つ本来の性質による、打撃や斬撃との相性。

 

 また弾く。弾く。時折往なして突きを放つ。

 

 かぁん、という音と共に弾かれる短剣。……ま、握力は女児のそれだからな。

 けれどおかげで地面を掴みやすくなった。

 

 ──そうだ。それでいい。地面は壁であると認識しろ。普段はただ、足が地に引っ付いているだけだ。登るにも飛び移るにも、必要なものは指の力であると心得ろ。

 ──いいかい、戦場では何が起きても不思議ではない。不思議がってはいけないよ。剣が弾き飛ばされることも当然のことだし、仮にそれが──偶然、敵の頭上にくることも当然のこと。狙うんじゃなく、当然のことだから、気にしない。そして勘付かれることもまた、だ。当然であるのなら、過ぎたこと。わかるかな。

 

 過去の事象には手が出せない。出せないのなら出さなくていい。仕方がないことは仕方がない。

 行うべきことは集中。そして──。

 

「自己都合で動くこと!」

 

 祭唄がこちらに剣を突き出していることなど関係ない。弾かれていない剣を当てるために必要な動きをする。その過程で負う怪我はただの距離だ。辿り着くための距離でしかない。

 生まれが「不都合」で、育ちが「不都合」で、終わりが「不都合」だったのだ。

 

 今生にてまで相手に合わせる必要がどこにある!

 

「遅い、のに……躱しきれない……ッ!?」

 

 落ちて来る剣を当然のように避けた彼女。その逃げ先に、もう片方の短剣がある。

 身を捩ってそれを避けるというのなら、弾かれた短剣をキャッチ……ではなく拳底で殴り飛ばし、攻撃とする。

 払うために振るわれる木刀。ガラ空きとなった肩口目掛けて突進し、急に止まる。

 

 ──敵は輝術師。全身が武器だ。ゆえに隙など生じない。最悪、くるくると回るだけでも平民にとっては害となるからだ。

 ──であればどこを狙うべきか。

 

 私が急に止まったから、祭唄が用意していた膝蹴りも空を切る。ガラ空きになった箇所など彼女が最も把握しているのだから、それをフェイントに使わないはずがないのだ。

 

 ああ、けれど。

 身体強化とは何なのかを、この輝術師は……いや、彼女は理解していない。

 

 くらえ祭唄。

 秘技──足払い!!

 

「へ……痛っ!?」

 

 恐らくこの模擬戦では感じることはないと思っていたのだろう痛み。

 それに驚きすぎて、可愛らしい声を出してしまった彼女の首元に剣先を突きつける。

 

「……勝負あり」

「い……痛い。なぜ……?」

 

 足を払われ、しりもちをついた彼女。

 その尻の下にあったのは、殴り飛ばした方の短剣。

 

 フフーフ。これは輝術への理解度の差だぞ、祭唄。

 穢れへの耐性ばかりつけていては、私の護衛としてはまだまだ──。

 

「ふむ。固定の輝術の特性を利用したのか。……それを教えたのは誰だ、祆蘭」

「……青清君?」

「そんなもの、輝術の研究者か……あるいは、実際に食らったことのある者くらいしかわからぬことだが……」

「……いやー」

「祭唄、そして玉帰よ」

「は」

「はい」

「お前達はまだ"なぜ"がわかっていないようだから、己らで研鑽を積んでおけ。私は祆蘭を問い質す」

 

 おっと。

 ……祭唄より怖いものに捕まったかな、これは。

 

 

 

 さて、天守閣。青清君の部屋。

 

「最初から見ていたが、あれはヒトの戦い方ではないな。野生児……それも、逃げながら追手を一人一人倒していくことに長けた者の戦い方だった。だというのに時折見せた余裕は武芸者のもの。私は武芸を嗜んでいるわけではないが、長らく見てきたゆえな、原理はわかる」

「……結論から言え。私に何を見出した」

「中に何を飼っている。今までのお前が見せていた戦い方は、本能と埒外の危機察知能力にかまけた野生動物のそれだった。だが今回見せたものは明らかに他者の考えの入った戦い方だ。が、お前と接触した者の中にそれらしい人物はいない。なれば中に何かいると考えるのが妥当だろう。それが余程信じられぬことであっても、な」

 

 事象には足る理由がある。

 全ての可能性を排除していって、残ったものがどれほど荒唐無稽でも、それは真実だ、か。

 

「華胥の一族を、二匹ほど飼っている」

 

 ──オイ。

 ──匹、かい?

 

「華胥の一族……というのは、純血の者達か」

「ああ。一匹は燧という者。そしてもう一匹は、媧という者」

「……ウァー。その名には聞き覚えがある」

「なに?」

「お前には知らせたと思うが……私は帝となるために、一時的ではあれど、鬼共と結託を結んでいる。その鬼の一体から漏れ出でた名だ。(ウァー)。またの名を……鬼子母神(グゥイズームーシェン)

 

 ……口の軽い鬼。検索。

 

 ──青州の鬼にそこまで口の軽い奴はいないはずだ。況してや私の名を知るほどの鬼は……相当に古い鬼でしかあり得んぞ。

 ──桃湯の支配下なれば、尚更だ。……いや、であれば。

 

 陽弥、か?

 

 ……違った場合のリスクが大きすぎるな。少し様子見をするか。

 

「鬼子母神が中にいるのか」

「乗っ取ってきたからな。捻じ伏せた」

「……本当に捻じ伏せられているのか? お前は……日を増すごとに、気が強くなっていっているように思う。こちらの話を遮ったり、我を貫き通そうとしたり。……確かに私は楽土のお前の全てを知っているわけではないが、今のお前は……本当に」

「私は私だよ、鈴李。……お前なら特段気を遣わないだろうと思って明かすがね。楽土での私の終わりは……大勢に責められた挙句の、他殺だった。色々な貧乏籤を引いてな……」

 

 生まれや育ちと同じく、よくある話だ。

 

 あるプロジェクトの失敗の全責任を押し付けられて、矢面に立たされて。

 後ろ指を指されて叩きのめされて、けれど気にせずにいたら背後からグサリ、と。一刺しじゃない。相当に恨みがあったようで、何度も何度も刺されて……土砂降りの中に放置されて、死んだ。

 しっかりとした冤罪だったからな、認めたら負けだと思って毅然な態度を取っていたのが悪かったらしい。反省していないと思われたのだろう。その失敗の被害者が犯人なのだから、最早どうしようもない。

 

 不義の子であり、一度は捨てられ、拾い直された。灰色の空に銀色の雨。それが生まれの「不都合」。

 そういう出生ゆえに法に反しない程度で「早く死なないものか」と願われて育てられた。それが育ちの「不都合」。

 社会に出でてからは普通だった。友人……親友もできたし、その他友達付き合いもあった。趣味もそれなりに充実した。

 

 ただ、その終わりは突然で、とても許容できるものではなかったと、それだけの話。

 

「そうあって尚、私は私だった。無論ここまでの思想家ではなかったからな、何かは確実に変わったのだろう。楽土とこちらの違いを上げるとすればキリが無いが、まぁ、色々はあったのだろう」

 

 それでも。

 

「それでも、私は私だよ。今生にても必ず、最後の最期まで。……気が強くなっているのは当然だろう。できることが増えているのだから。我を貫くことは悪いことでもなかろう。そうでもなければ、それこそ鬼子母神にでも食い潰されていただろうさ」

「……っ?」

「ん? どうした」

「いや……今、一瞬……黒い髪をした、私と同じくらいの背丈の女を……幻視した。……まさか」

「どういう原理があればそんなものを幻視するのだ。あるとすれば、今の話を聞いてお前が勝手に作り出した憧憬だろうよ」

 

 確かに前に祭唄が描いた前世の私の人物像はそんな感じだったけど。

 さてね。

 

 ご丁寧にそんなものを見せてくれる世界なのかどうかは知らないが──。

 

「今は祆蘭だよ、鈴李。そんな死人は忘れてしまえ」

 

 その女はもう死んだからな。

 生者を見ると良いさ。

 

「……ああ。……が、いいか。一つだけ」

「む?」

「媧、というのは──女だな。つまり……湯浴みや、就寝時。と……ともに、共に!!」

「ああ、まぁ」

「──待て。ならば燧は!? そちらも……女であろうな? さすがに許さぬだろう? 祆蘭、どうなのだ」

「んー。まぁまぁ」

 

 ──行け、やれ、青州の州君。州君の力を以てこの喧しい寄生虫を消し去ってくれ!

 ──その力があるのならまず真っ先に消されるのは君だと思うけれどね?

 

「と、とととととというかだな、聞いたぞ、夜雀と……湯浴みをしたと!!」

「あ、それは認める。したぞ」

「私とも、は……入れ。……その……身体は、布などで覆っても……構わぬから」

「別に入るのは構わんし、布も要らんだろう。なんだ、恥ずかしいのか?」

 

 まったく。

 こいつの思春期中学生みたいな初心感はいつになったら治るんだ?

 いっそのことあらゆる段階をすっ飛ばして肌でも重ねてやろうか。それで全てが解決するだろう。

 

 ──やめてやれ。

 ──ほら、私もいるからね。

 ──……仮にやるとなったら、こいつの意識を最小まで抑えつけてやるが……やめてやれ。

 

 ふん。

 倫理観の高い二柱だことで。

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