女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
輝霊院院長による悪事の数々。及び先代青清君のやらかし。そしてその付き人閣利の末路。
調査によってどんどん明らかになっていく物事の反面で、「それを開示するかどうかは別の話」であると進史さんから聞かされた。
ま、そりゃそうだ。だって不祥事オブ不祥事だし。
たとえ本当に閣利がいて、たとえ本当に雲妃の言うことが正しくて、たとえ本当に青宮廷の水面下で密かに進められていたことがあったとしても──残念ながら、関係者の罪が消えることはない。
雲妃の復讐も、蜂花に加担した三人も。同時に、全てを明かして良いわけでもない。特に紊鳬との話は……現状どうしようもない、が正解だ。
ままならない。どうやっても、どうしようもない。結局分かったことはそれだけで。
そして。
「そう、か。……何に謝っているのかはわからんが、すまないな」
「本当に何に謝っているのかわかりませんね、小祆」
雨妃。
そして雪妃も、か。
彼女らはもう察してしまったのだとか。先日の
あるいはそれは、彼なりの優しさだったのかもしれない。なんせ私は今年中に動くつもりでいる。となれば、どれほど帝に誠意を見せたところで、となるだろうから。けれど当然そんなことは明かされるはずもないから、せめて態度で、かね。
……間接的に、というかほとんど直接的に私のせいだよなぁ、とか。
雨妃が帝の妃になりたいかどうか、という問答は以前行った通りだとしても、私がなろうとしている「帝」はそういった「後に続くもの」や「今まで培ってきたもの」を損なう行為に等しい。
彼女らの半生に至りかけた努力をふいにすることに変わりは無いのだ。
「小祆。ひとつ、聞きたいことがあるのです」
「ん……ああ、なんだ」
「……暗い話題、と捉えないでいただきたいのですが……私の妹について」
ふむ。ならばご所望通り。
「流れたと聞いている。……死者への同情は期待するなよ? 私は生者相手でもこんなだからな」
「ええ。だからこそ、ずっとずっと気になっていることがあって……」
「……暗い話題ではないのだとしたら、お家騒動とかでもなさそうだな」
彼女は。雨妃はゆっくりと手を組む。
すこし中華風世界には合わないと感じてしまう、キリシタン風な手の組み方。さらには目を瞑り。
「私はあの子が……楽土にては、元気であると信じています。けれど」
けれど、に続いた言葉は……少しばかり、目から鱗だった。
青宮城へと帰り、自室に戻る。
朝烏さんはいない。夜雀さんもいない。祭唄もいないけど、多分もうすぐ帰ってくる。
「……答えられなかったな」
だからこれは独白だ。
水の入っていない花瓶に活けられた、鈍色の花。彩色のされていない無骨な鳥。試作にと何度も作り直した段返り人形の胴体。
答えられなかった。言葉に詰まった。
いつもの手八丁口八丁で済ませりゃいいものを……誠実でいたいと思ってしまって。
「
空の向こうとでも言えばよかったのに。
空の向こうにそんなものがないと知っているから。いいや、この世界は閉じていて、楽土などという場所の入る余地がないことを知ってしまっているから。
ならば幽鬼たちは。次を求めなかった幽鬼たちは、どこへ消えたのか。
楽土より帰りし神子とは、なんなのか。
仮にそれが形而上のものではないのなら……どこかに、あるのか。
「……知っているさ、そんな答えは」
楽土がどこにあるか、など。
"
「祆蘭!!」
物凄い勢いで戸が開けられて、思考が中断された。
祭唄だ。珍しく肩で息をしている。……なんだ、何事だ?
「──祆蘭は、
「いや、別に私はあの人の監視をしているわけではないから……」
「そうじゃなくて、蜜祆という人を知っているか聞きたくて」
「……? 当然知っているが」
言えば、ほ、と胸をなでおろす祭唄。
そしてずるずると崩れ落ちるものだから、さすがに駆け寄る。駆け寄って確認する。熱などがないかを。
走り回ったらしき体温上昇はあるが、正常そう、か?
「何があった」
「……私も……
瞬きをする祭唄。
直後、呼吸が落ち着いた。そして……こてん、と首を傾げる。
「なに、祆蘭」
「……」
「あれ……祆蘭、どうして私を抱いている? ……祆蘭の筋力じゃ、持ち上げられない」
お前達はどうだ? 覚えているか?
──なんの話だ。
──唐突に話を振られてもね。
……。……成程。
そういうこともしてくるのか。
「さて……考えるべきは、誰の仕業か、か」
紊鳬ではないように思う。メリットが無さすぎる。やるなら皆から私の記憶を奪う、とかの方が効果的だろう。
だから、奴らである気もする。だけど奴らにもメリットがあるかと問われたら微妙なところだ。
なぜ……蜜祆さんを狙った?
「三層へ行く。ついてこい、祭唄」
「あ、うん」
久方振りに鼠返しを逆上がりで昇っていく。「行くなら輝術を」と言っている彼女を無視する形で。
だからだろう。彼女も何かを察したらしい。
さて──研究室の戸を開く。
「……なんですか、平民。ここはあなたが来て良い場所ではありませんよ」
「ケチ臭い事言うなよ。小祆がここに来るのはいつものことだろ」
「小祆! 小祆! もしかして
ぴしゃりと戸を閉める。次に向かうのは五層。ここは私を嫌うものがわんさかいるけれど、知らん。
大切な書類などを保管する場所だ、と聞かされた部屋に入る。……複数人と、散らばった紙。ああ、今色々調べ中か。
いつもの書庫ではないから顔が利かない。ので、強硬手段を取る。
「……青清君の……お気に入り。何用だね、今、此度の事件の記録を」
「この城に勤める者の名簿を貸せ。余計な問答ができるほど心に余裕がない」
「許可が必要だね。進史様の許可が──」
掴む。
何をって──その貴族の、顔を。そのまま書棚に押し付ける。……握力が低いな、面倒なことに。
「は……!?」
「チ、手が小さいな。……私は言ったはずだぞ、輝術師。余計な問答ができるほど心に余裕が無いと」
「何をしている!」
「平民、室長から離れろ!」
「寄越せと言った。私が言ったのだぞ。なぜ聞けない。……そっちのやつらでもいい。この城に勤める貴族の名簿を寄越せ。輝術を放とうとしている暇があるのなら、今すぐに」
放たれる輝術は、恐らく拘束用のもの……と、そこそこの殺傷能力のありそうなものも含まれているか。
片手が塞がっている以上、致命的なもの以外は弾けんな、なんて考えていたら、目の前に祭唄が現れた。現れて遮光鉱の小刀でかき消してくれた。
「守りはする! 守りはするけど、説明して! それと、今自分が何をしているのか理解してる!?」
「している。命令も聞けん愚か者に制裁を──」
「その人はもう気絶してる! 言葉は話せない!」
ん。
……ああ、本当だ。手を離せば……ずるずると崩れ落ちる室長なる人物。
おかしいな。威圧した覚えはないのだが。
「何事だ、祭唄。記録庫の者達も」
声は……進史さんか。
丁度いい。
「青宮城に勤める者全員の名簿を寄越せ」
「……なんだ、何があった? どうしてそこまで気を立てている。……何かしたのか、お前達」
全力で顔を振る貴族様方々。加えて、なんらかを伝達したような気配を見せる。
ああ。面倒な。
「よくわからんが、わかった。祆蘭はこちらで預かる。お前達は……この件は他言するな。今はそれだけで良い」
今度こそトンカチで殴打する。
凄まじい硬質な音。柄を握るこちらの掌が痛いくらいだ。
だが──。
「段々、わかるようになってきたぞ、輝術師。お前達の輝術がどのようにして作用しているのか」
「……祭唄、足を」
「はい」
輝術……じゃない。ただ高速で動いて、こちらを縛りに来た。それはわかった。
だから、バク転の要領で祭唄と進史さんの双方を避ける。
頼りにならんのはわかった。わかったし、ここの情報を頼っても恐らくは無駄だな。
窓を見る。
「ッ、進史様! 無理矢理でもいいから、祆蘭を止めて!! 落ちる気!!」
「何を馬鹿な──」
流石は祭唄だが、進史さんは遅いな。
もう私は窓に手をかけている。足もかけている。いいや、思考の最中に……身を投げ出している。
落ちた。そのままに、だ。
「祆蘭──!!」
「安心しろ、既に浮層岩の効果範囲外に人員を配置している。これで」
雲に近付く。この世界の雲は硬いから、激突すれば必死だろう。
だから殴打する。雲を何度も殴打して己の軌道を変えて、落ちる方向も調整していく。
……絶望でも与えようとしたのかは知らんがな。
生憎と私の心はそこまで広くないぞ。
身体が止まる。……なに?
「……馬鹿者め。二度目をやるとは何事だ」
「莫迦者はそちらだ。雲の中で私を待ち受けていたのか。助けて、あんたに……なんの益がある。今の私は裏切り者同然だぞ。天遷逢でもないわけだしな」
流るる雲の中。落ちていく身がその中で受け止められた。気配の偽装は、朝烏さんよりもずっと上、か。
「城全体を覆う……ともすれば宮廷にさえ届いていたやもしれん剣気だ。気付かないはずがないであろう?」
「また剣気か。……ただ怒っているだけでも出るとは、不便極まりないな」
深く息を吸う。吸って吐く。
……ダメだな。落ち着ける気がしない。
「まだ広げる気か……。その剣気は気の弱い者には毒だ。少しばかり、人里離れたところへ行こう。どうだ、当代青清君との逢瀬だぞ、祆蘭」
「不謹慎なことを言うな莫迦者め。……まぁ、頼む。憤りが収まるような場所で頼むよ、鈴李」
せめて、落ち着いて話のできる場所で。
山の名前はわからないけれど、どこかの山。その中腹にあった泉の畔。
裸足になって水に足を浸けて、深呼吸をする。
「落ち着いたか?」
「どう見える」
「全く、だ」
「ああ」
魂の消えた者は、忘れ去られる。
記憶からも記録からも。その者が遺した物さえも。
……ああ。
「私は頼りにならぬか、祆蘭」
「鈴李。常識で考えてくれ。青宮城から行方不明者が出たら……どうなる。騒ぎになるか?」
「私の問いには答えぬか……。はぁ、まぁいい。……そうだな、騒ぎになる。あってはならぬことだからだ。青宮城の人間は皆何かしら見える形で己を証明している。これは鬼対策でもあるし、成り済まし対策でもある。お前が来て、あの件があってから実施されるようになったことだ」
だよなぁ。
つまり、「何事だ」なんて聞いてきた進史さんも、だ。
騒いでいなかった青宮城そのものが、だ。
そして……鈴李もまた。祭唄が数瞬耐えることができていたのは「訓練」のおかげか、それとも彼女の意志か。
「先日の女子会を覚えているか」
「……まぁ、覚えてはいる」
「お前の幼き頃の痴態。幼さの感じられる暴言の数々。あれを話した者が誰だったのかを覚えているか」
「なぜお前がそのようなことを知っている……。あの女子会に参加した者に、それを知る者はいないはずだ。夜雀も祭唄も城に来て日が浅いのだから」
「そうだ。なぜ私が知っているかを考えろ」
「む……。先代青清君の話を調査しているときに、誰かから聞いたのではないのか?」
「ならばなぜ私は先日の女子会の話を切り出した」
「……ふむ」
足を動かすと水面に波紋が浮かぶ。
裸足で水遊びとは、まるで童女だな。……童女ではあるか、私なぞ。
「久方振りに問答をしたいところではあるが、今、お前の気が立ち過ぎている。結論から言おう。──誰か、消えたのだな。先代青清君の付き人と同様に」
「ああ。私ともお前とも、いや、城の皆と仲の良かった者が一人、いなくなった」
「……」
不思議な方言ではあっても、基本的に物腰柔らかで、誰に対しても優しかった彼女だ。
地方貴族だから、なんて理不尽な理由での好悪でないかぎり、彼女を嫌っていた者は少なかったのだと自信を持って言える。
……。
「
「むぅ、すまない。聞き覚えが……む? それは……人の名か? とてもそうには聞こえぬが」
「名すら忘れられている……つまり、名付けたのは彼女か。……だとしても、じゃないか?」
価値はあるものと見た。
彼女の地元なら、あるいは、だ。
「鈴李。お前はこういう……話し方をする者達を知らないだろうか?」
「……いつものお前と何が違う? ……後ろの方をゆっくり話す話し方、ということか?」
ぐ。
……再現ができない。初めが砕けた言葉で後が丁寧語、という方言。私の言語能力では……。
──私達に説明をしてくれるのであれば、少しばかり助力してあげようか。
──些事で出ていくつもりはないぞ。
──媧とは違うやり方だけれど、私も似たようなことができるからね。
そうか。元々
──寄生……いや、一応同意のもとの間借りなのだけど。
なんでもいい。
説明は今した通りだ。奴らの介入か他の誰かかは知らんが、知り合いの魂がこの世を去ったような状態にある。だが、そう易々と人が死ぬるものではないと私は信仰している。……無論、足る理由があるのなら引き留める手は持たないが……それでも、祭唄の縋りは私に対しての足る理由だと考える。
死者を生き返らせるつもりはない。事実は受け止める。だが虚実に惑わされるのは性に合わん。──力を貸せ、燧。
「いいよ。……こういう話し方だよ、こうして話し言葉の初めと終わりで口調が整ったように聞こえるものです。地方方言の一種だねー」
「ああ、
「ええ、連れて行ってくだされば──連れて行ってくれ、頼む」
「……? なぜ今言葉を崩した。素晴らしい発音だったぞ。今のであれば、平民とすら思われぬかもしれぬほどだ」
「すまん鈴李、そういう問答は後にしたい。ダメか」
あと勝手なことをするんじゃない。
助けてくれたことには感謝するが、また情報量で押し流すぞ。……ほとんど聞き取れなかったし。
「良いだろう。舞楽に行くのは久方振りだ。お前の調査も兼ねているのなら小うるさい進史からも逃げられる」
「……仕事があったのか」
「些事だ些事。ゆくぞ」
靴が浮かび上がる。足についていた水が雲散霧消し、乾く。
……輝術って。
地方貴族街
その名が示す通り舞や音楽に満ち溢れた場所……ということはない。漢字は私が「こんなかんじかな?」って当てはめているだけだし。
漁業が盛んなようで、大きな船がいくつか見えることと……貴族街の割に平民の顔が明るいことが特徴的、かな。あまり他の貴族街を見たことがないのでサンプルケース不足だけど。
「消えた者の名はなんという?」
「
「そうか。であれば貴族は私があたろう。この程度の広さであれば、どこにいても目が届くから、好きに調査するといい。お前と悩みを共有できぬ私では頼りにならぬだろうからな」
「……すまんな」
「先代青清君の付き人にしてもそうだが、敵が想像以上である、というのは身に染みて理解した。であれば責めるべきは己であろうな。お前についていくこともままならぬ私を許せ、祆蘭」
「なんだ、珍しく、というかとんでもなく殊勝になったな。玻璃に負け過ぎてようやく凹んだか?」
「その影響がないとは言わぬ。あれから二十は戦っているが、格の違いを知らされるばかりだ。……ではな、祆蘭。用があれば……そうだな、私の名を口にするといい。それだけで飛んでいく」
行動がヒーロー過ぎるけれど。
あと二十回も戦ってるのか。知らなかった。……陽弥が「青清君では母には勝てないから」って言い切っちゃう理由もわかるな。
ふわりと浮かんで、高い建物へ向かって飛んでいく鈴李。
私の時とは違う。もう常識をある程度持っている彼女だ、騒ぎは起こさないだろう。むしろ心配されるべきは私の方、というのは……それはそうなんだけど。
磯の匂い。
「おや、っとと……。お嬢ちゃんそんなところで、どうしたのですか? あぶねえよ道のど真ん中に突っ立ってたら、私達のような荷運びの者に轢かれてしまいますよ?」
聞き覚えのありすぎる方言は、けれど男声だった。
振り返る……と、つるりとした頭の眩しい大男が一人。……じゃないな。彼よりは小さいけれど、それでも大きな男が四人、籠を担いでいる。籠と言っても人が乗るものではなく、積荷を乗せているらしきもの。馬車とかじゃなく人力でやっているのか。しかも輝術ではないということは、平民で……。
おっと。
「ああ、すまない。舞楽に来たのが初めてでな。あの大きな船に驚いていたのだ。邪魔をしたのなら謝る」
「なんだぁ、面白い言葉遣いの方ですね……っとと、それは私達もとやかく言えねえが」
「田舎モン同士、仲良くしましょう。たぁ言え今は荷運びの最中でな! 親方、行きましょうか」
「おう!」
……おお。
とても奇妙に感じるけど、多分普段から私と接している人達も同じこと思ってるんだろうなぁ。
ツルピカ頭の親方さんの声に合わせて、男たちが「えんやこらさっさ」と籠を運んでいく。……どっかで聞いた掛け声だなー……とか。
なんて感動している場合じゃない。
ええと、確か、紺色の鳥がいるはずだ。綺麗な紺色の鳥。
家まで無くなっている可能性を考えて、まずはその鳥を──。
「親方~ちょっと待って~、私はこの方を案内したいと思うのですが、どう?」
「んぁ? あー、まぁなんとかなるか! 少し重くなりますが、皆さんいけますね?」
「おうよー!」
ひたり、と降りて来たのは。
……いや。いやいや。
「……
「あれ? どこかでお会いしましたか?」
探し人、その人だった。
舞楽が一望できる丘。その上に設置された……というか、単純に切り倒されて放置されている樹木に座る。
周囲には切り株やら盛られた土やらと、まぁ……整備の整っていない感丸出しの光景が。
……うん。服装は当然のように違うけど……蜜祆さんだ。
さらにファンタジーチックというか、腕に紺色の鳥を乗せて、たまに頬擦りをしている。……少し。いや、かなり……憤りは、落ち着いた。
「祆蘭が、私の知り合い……ですか」
「今どうであるかは知らんがな。そもそもの話をするなら、あなたは貴族ではないのか? 先程荷運びを手伝っていたようだが」
「貴族だけど~、貴族であることは働かない理由にはなりませんから」
「む……まぁ、その通りだが。……すまないな、突然こんなことを言われてもさっぱりだろうが……」
「うん、ホントに覚えてない。忘れる、ということはないはずなのですが……」
こうなってくると……別説が生まれるな。
異説というか。つまり。
「分水嶺の消失、か……」
「なんて? 申し訳ありません、聞き取れなかった」
「いや……」
蜜祆さんが青宮城へ行ったきっかけ。登城したきっかけが消失して、蜜祆が青宮城にいる事実に整合性が取れなくなり、彼女が舞楽で過ごしていることになって、皆の記憶から彼女のことが消えた……と。
バタフライエフェクトの典型例のような感じだ。……あとまたSFだ。オルタナティブ、だったっけ。こういうジャンルは。ジャンルを増やすのはいい加減にしてくれとは思うが諦めている節もある。
「……そうだな。では、当初の予定通り、舞楽を案内してくれないだろうか」
「休憩はもういいの? では、案内しますのでこちらの手を取ってください」
「ああ」
触れる。柔らか……くない。硬い手だ。……力仕事をしている手に感じる。
その手に触れた途端、身体が浮きあがった。
……あれ、蜜祆さんって、触れないと浮遊させられない人だっけ。
「行くよ~」
「頼む」
なんてことを考えながら舞楽の空を行けば……おお。
THE☆港町。だけど、なんていうのかな。少し歓楽街チックでもある。いや観光地チック? ライトアップ次第では夜とか綺麗なんだろうな、って。
「まずねー、あそこが茶屋で、あちらが良質な山菜の揚げ物を提供してくださるお店、少し入り組んでて覚えるのは難しいと思うけど、二階の窓の障子がずっと破れたままになっているお店がお酒を飲むことのできる場所……だけど、祆蘭には必要ないか!」
「……」
「あちらにある船着場正面のお店は
「食べるの、好きなのか」
「え、うん。大好きですよ!」
満面の笑みで言葉を紡ぐ彼女に……少しだけ。
こちらの方が幸せそうだな、なんて……感じてしまった。……しまった、という表現が正しいのかすらわからない。何があって青宮城へ行くことになったのかがわからない限り、判断は保留にしなければ。
「舩は……どこまで行くんだ。ああすまない、話を遮る形になったが」
「どこまでって? ……漁をするところまで、ですよ?」
「ん、まぁそうだよな」
「なんだったら乗ってみる? 怖くないですよ、ついていってあげます」
……それは、少し……興味があるな。
一度この目で
「実はもう一人、輝術師と共に来たんだ。その人に連絡を入れてから」
「聞こえているし、もういる」
いた。空に。上に。
ゆっくりと降りてきて……彼女は私達の前で溜息を吐く。
「いないか、と聞いたら……当然のような顔をして、いる、と言われた。……その者、なのだな」
「あ、ああ。すまないな、無駄足を踏ませた」
「いや……構わぬ」
「……? ……えっ、青……青清君、ですか?」
「む……あの者達め、私の正体は伏せろと言い付けたというのに。伝達をしたな……」
おっと。
これは、懐かしい……爺さんと婆さんの反応と同じソレだ。
「青清君。私と蜜祆様が漁に出ても、捕捉は可能か?」
「可能だが、私がついていっても良かろう?」
「あー……いえ……そのね、青清君……? 皆さん委縮してしまって、漁どころじゃなくなると思う……」
「むう……確か、偽装輝術……仕組みは……」
鈴李が何かを呟く……と共に、変化が表れた。
色が変わる。まず、髪の色が深い青から緑っぽく。
そして目も紺碧のような色になって……いや、そんなレベルじゃない。顔つきも体つきも、どんどん変わっていく。変わらないのは背丈くらいで……そうして。
「どうだ」
「ほへぇ……それってもしかして~、輝術そのものを輝絵の情報体として現出させて、体表面に纏ったって感じなの?」
「ほう、わかるか。偽装輝術というものが青宮廷の輝霊院で少しばかりの流行を見せていてな。従来の変装輝術は視界情報を変えているだけだから、見る者が見ればすぐに見抜けるものだが、このように輝術を着てしまえば見抜くことも難しかろう」
「うん、うんうん! 凄いです! 流石は州君、というより、あなた自身がとても熱心な研究者なのですね!」
「む……むぅ。あまり褒めるな。私が……神子でなければ、このようなことはできていなかったさ」
「いやいや、どーみても研鑽の証が見てとれるし、何より輝術に興味が無かったらこのような発想はできないでしょう。ね、青清君って役職名でしょ? お友達になるために、お名前、教えてくださいませんか?」
な……なんだこの距離の詰め方。
いや私との時もそうだったけど。
……女子会で蜜祆さんが鈴李にぐいぐい行けていたのは、こういう部分が根っこにあったから、なのかな。
昔から結構仲良し、みたいにも見えていたし……。
それに、研究者か。……少し分野は違うけれど、"彼女"が医者であったことを思い出すな。
「あ、ぅ、
「可愛い名前! ご両親にとても愛されているのでしょうね。じゃあもう知ってるみたいだけど改めて、私は蜜祆! この舞楽で輝術と幽鬼を研究してる、一応私も、研究者、ですかね?」
「む……あ、ああ。よろしく頼む、蜜祆」
「うん、よろしく! ……ですが、舩に乗るというのなら偽名のほうが良いでしょうね。青清君の名前を知っている、って人もいるかもしれないし」
「なら、
なんてことを考えていたから、さらっと出てしまった。
「衿泉……確か私の先祖に」
「良さそうですね。では衿泉さん、祆蘭さんと呼ばせていただきます。それじゃあ知り合いの漁師に話つけるから、船着場に急行! あ、でもそのお着物は着替えて来てくださいね」
「あ、おい! ……まぁ構わ──」
なんて鈴李の声を遠くに聞きながら、急行させられる。まぁね、私は蜜祆さんの輝術で浮いていたわけだからね。
いやぁ……やっぱり何の防護もない飛翔はGが凄い。あと色々ぶわぁってなる。ぶわぁって。
「親方~! 親方いますかー?」
「ん、どうした蜜祆。お嬢さんの案内に向かわれていたのでは?」
「ああ船長でもいいや! この子とその保護者の人が、漁を見てみたいそうで……乗せてあげてもらうことは……だめ?」
「構わねえよ! ああちなみに嬢ちゃんは平民、ですよね?」
「そうだ。……平民ではダメか?」
「いやそうじゃねぇが、幼子ですと万一海に落ちた時、救助が大変なんだわ」
「船長、多分問題ない。私より力量の高い輝術師が保護者ですので……」
と、タイミングよく降り立つ影があった。
いつものよくわからん何重もの青い着物……確か
……着方とかは大丈夫なんだろうか。形だけ真似た、とかないよな?
「あなたが船長さん、ですか? 初めまして。私は衿泉と申します」
「ああこりゃご丁寧に。その上、高い力量を持つ輝術師とお見受けしました。これなら問題なさそうだな!」
「申し訳ありません、急な願いを聞き届けていただいて。ほら、祆蘭。あなたもお礼を」
「……あ、ああ。ありがとう、船長様」
「敬称なんて要らねえよこっぱずかしい! 船長とそう呼んでくだされば大丈夫です。よろしくな、お二人さん!」
一瞬本当に衿泉さんかと思った。
それくらい……それくらい違う。いや本当に失礼ではあるのだけど、ちゃんとしようとしたらちゃんとできるんだな、って。
もし鈴李が、青清君になることなく成長していたら……こういう人になっていたのかな、とも。
──気を引き締めろよ、祆蘭。お前が行く場所は。
ああ。明るみに出る、からな。
──入れ込みようが凄いねぇ。
──黙っていろ役立たず。